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三教指帰巻上 鎌倉極初期写 1巻(上巻のみ) http://mahoroba.lib.nara-wu.ac.jp/y05/html/274/
 ・↑空海撰 〔鎌倉初期〕写 1巻(上巻のみ)遍照発揮性霊集. 巻第2-3 / [空海] [撰] ; [真済] [編]
◎弘法大師 空海全集3巻(筑摩書房)・日本古典文学大系 71(岩波書店)
・近代デジタルライブラリー
弘法大師(少年大日本史 )
三教指帰(弘法大師 著[他] )岩波書店三教指帰(空海 著)森江佐七三教指帰 : 新註(空海 著)高野山大学
弘法大師空海(三教指帰 )

『三教指帰』(さんごうしき、さんごうしいき)
は、空海による、宗教的寓意小説に仮託した出家宣言の書。
序文から、延暦16年(797年)12月1日に成立していることがわかる。空海が24歳の著作であり、出家を反対する親族に対する出家宣言の書とされる。流麗な四六駢儷体で書かれている。蛭牙公子、兎角公、亀毛先生、虚亡隠士、仮名乞児の5人による対話討論形式で叙述され、戯曲のような構成となっている。亀毛先生は儒教を支持しているが、虚亡隠士の支持する道教によって批判される。最後に、その道教の教えも、仮名乞児が支持する仏教によって論破され、仏教の教えが儒教・道教・仏教の三教の中で最善であることが示されている。弁証法的な手法によって、仏教が論理的に称揚されている。日本における最初の比較思想論であり、思想の主体的実存的な選択を展開した著作である。

古注釈書
三教指帰注集
三教勘注抄
三教指帰注
三教指帰註抄

主な訳注文献
『三教指帰』(加藤精神訳註、岩波文庫、1935年) 角川文庫版は子と孫。
『弘法大師著作全集 第三巻』勝又俊教編(山喜房佛書林、1973年)
『三教指帰 性霊集』渡辺照宏・宮坂宥勝校注 〈日本古典文学大系71〉(岩波書店、1965年)
『弘法大師 空海全集 第六巻』(山本智教訳注、筑摩書房、1984年、再版2001年)
『三教指帰 文鏡秘府論・序』(福永光司訳注、中公クラシックス、2003年)
『空海 三教指帰』(加藤純隆、加藤精一訳注、角川ソフィア文庫、2007年)

関連項目
十住心論
三教
レーゼドラマ


三教指帰 序

口語訳   三 教 指 帰

底本 日本古典文学大系「三教指帰 性霊集」(渡邊照宏 宮坂宥勝 校正) 岩波書店 昭和40年
参照 三教指帰               福永光司 訳    中公クラシックス 平成15年
   三教指帰               加藤精神 訳注       岩波文庫 昭和9年
   三教指帰  弘法大師空海全集 第6巻 山本智教 訳注       本多碩峯HPより
   三教指帰  世界の大思想Ⅱ-2 仏典  渡邊照宏 訳        河出書房 昭和44年

 口語訳の方針
 戯曲という性格を生かすため、会話体を基調として、読み易く、わかり易い現代語表現を第一とした。 引用の故事来歴も簡潔に本文に盛り込むよう努めたが、叙述の流れを損なわず煩雑に過ぎない範囲に止めた。原文の気品と格調を伝えたかったが、それは到底訳者の力量の及ぶところではなかった。この拙訳が弘法大師の御著作が少しでも多くの方に親しまれる契機となれば、望外の幸である。 (平成十六年十二月一日)

                   序

文章が書かれるには理由があります。天が朗らかに晴れ渡っているときは、吉凶をあらわす象を垂れ、人が何かに感じるときには筆を取るものです。このために心の動きを紙に記して、鱗卦、耼篇、周詩、楚賦などの優れた古典が出来上がったのです。 凡人と聖賢、昔と今で、人も時も異なるとはいえ、人の憤りを写すのは同じこと、わたくしもここに志を述べましょう。
 わたくしは十五歳で母方の叔父で親王の侍講を勤める大夫阿刀大足に就いて、学問に喜び励みました。そして十八歳で大学に遊学し、雪明りや蛍火の下で書物を開いた古人を思って自分を励まし、眠気を払いのけるために梁に懸けた縄に首を掛け、また腿を錐で刺したという故事に己れを奮い立たせて、勉学に打ち込んだものでした。
 そんなとき、一人の沙門から、虚空蔵菩薩求聞持の法を授かりました。そのお経には「もしこの法によって虚空蔵菩薩の真言百万遍を誦すれば、たちまち一切の教法の文義を暗記することができる」と説かれていました。 わたくしは仏陀のお言葉を信じて、木を擦って火を熾すように、たゆまず精進努力しました。阿波国大瀧嶽に攀じ登り、土佐室戸岬で念慮に勤めますと、谷は響きを惜しまず、虚空蔵菩薩の化身である明星が来影しました。 そして朝廷の官位や市場の富などの栄耀栄華を求める生き方は嫌でたまらなくなり、朝な夕な霞たなびく山の暮らしを望むようになりました。軽やかな服装で肥えた馬や豪華な車に乗り都の大路を行き交う人々を見ては、そのような富貴も一瞬で消え去ってしまう稲妻のように儚い幻に過ぎないことを嘆き、みすぼらしい衣に不自由な身体をつつんだ人々を見ては、前世の報いを逃れられぬ因果の哀しさが止むことはありません。日々のこのような光景を見ては、誰が風を繫ぎとめることが出来ましょうか!
 しかし、わたくしに学問を教えてくださった叔父や、大学の先生方は、儒教が説く人として守るべき道をもってわたくしを縛り、出家の道が忠孝に乖くものとして、わたくしの願いを聞き入れてくれません。 わたくしはこのように考えました。
「生き物の心は一つではない。鳥は空を飛び魚は水に潜るように、その性はみな異なっている。それゆえに、聖人は、人を導くのに、いわゆる仏教、道教、儒教の三種類の教えを用意されたのだ。それぞれの教えに浅深の違いはあるにしても、みな聖人の教えなのだから、そのうちの一つに入るのであれば、どうして忠孝に乖くことになるだろうか」  また、わたくしには一人の甥がありますが、この男は身持ちが悪く、人の言葉に耳を貸さずに、狩をして生き物を殺めたり、酒や女色や賭博に遊び耽ることをもっぱらの楽しみとしています。それは、彼が良き薫陶を受けずに育ったからでありましょう。  このようなことが重なって、わたくしは日ごとに悩みをつのらせてまいりました。そのため、亀毛を儒者の賓客に仕立て、兎角を主人とし、虚亡を迎えて道教を述べてもらい、仮名乞児を煩わせて仏教の教えを示してもらいましょう。いずれも鋭い論鋒を連ねて、放蕩者の蛭牙公子を戒めるのです。この物語を三巻にまとめて「三教指帰」と名づけます。ただ憤懣に駆られてはやる心のままに書き記すもの、どなたかに読んでいただくようなものではありません。  
                        時に延暦十六年臘月(一二月)の一日に


三教指帰 亀毛先生論 1

   第一巻   亀毛先生論
亀毛先生という方がいます。生まれつき聡明俊敏で、顔かたちも優れた、目をみはるばかりの偉丈夫です。儒教の九つの経典や昔の歴史書をことごとく記憶して、農業、薬草、医学、占いの術にも通暁しています。その言葉の巧みなこと、わづかに舌を動かせば枯れた木に花を咲かせ、たった一言を発すれば道ばたの骸骨も生き返ってしまうほど。蘇秦、晏平といった有名な雄弁家も舌を巻き、張儀、郭象といった優れた政治家も言葉を失って黙り込むほどです。 この亀毛先生が、休暇の日に、たまたま兎角公の館に立ち寄りました。兎角公は宴席を設けご馳走を用意して、お酒を酌み交わしました。二人は久しぶりの挨拶を交わすと、親しく語り合いました。 ところで、兎角公の母方の甥に蛭牙公子という若者がありました。この男は、狼のような無慈悲な心の持ち主で、何を教え諭しても聞き入れることがありません。虎のように暴悪で、礼儀をわきまえません。賭け事にうつつを抜かし、狩に熱中しています。遊びごとにばかり耽って頼りがいもなく、その驕り昂ぶる性格は目に余るものです。罪が不幸を招き、善が幸福を呼ぶ因果の道理を信じることがありません。大酒を飲み、たらふく食べて、女に溺れ、眠りをむさぼります。親戚に病人が出てもさらさら心配する様子もなく、お客様があっても丁寧にお迎えしたことがありません。父や兄を小馬鹿にして、学徳に優れた老人に対しても傲慢な態度を改めません。 兎角公は、亀毛先生に語って申します
「わたしは次のように聞いています。王豹の謡は高唐地方の人々の心を虜にし、学問好きの文翁は野蛮な蜀の国を学問で教化し治めました。淮河の南に生える橘も、淮北に移すと自然に枳(からたち)となり、曲がりくねったヨモギも麻と一緒に育てれば手を加えなくても自ずから真直ぐに育ちます。お願いでございます。先生、秘密の鍵を用いて儒学の奥義を明らかにして、甥のかたくなな心を諭し、秘密の鈴を振り鳴らして愚か者の耳を覚醒させてください」 亀毛先生は答えます
「智者は教えなくても知り、愚者は教えても無益であると聞いています。古への聖人ですらなおためらったことを、わたくしのような愚かな者に、どうしてすることができましょう」 兎角公は続けます
「昔の賢者は、対象に即して心をめぐらし詩を作るものと申しております。その時々の状況に応じて文章を作ることが昔から貴ばれています。そのゆえに韋昭が賭博を誹る文、元淑が邪悪を憎む詩、それが書物になって、世を経て人々の戒めとなっているのです。  また、鈍い刀が骨を切るには、必ず砥石の助けが必要です。重い車が軽々と走るのは、車軸に油を注してやるからです。木や鉄など知恵なきものですら、かくのごとしですから、心を持った人間を教え諭すことができないわけがありません。  亀毛先生、どうぞ、甥の心から愚かな迷いを洗い落として、迷路の出口を指し示し、未熟な愚か者を治療して、真っ直ぐな人の道に連れ戻してやってください。それこそ、やりがいのある、愉快な仕事ではありませんか」  ここに亀毛先生は、心わずらい、魂を悩ませて、呆然として溜息をつきました。天を仰いで嘆き、地に伏して思い悩みました。長く溜息をついていましたが、やや久しくして、大いに笑って申します。
「三度も懇願されては、お申し出を拒むことはできません。浅学非才の身ではありますが、わたくし自身の経験をお話し、“心を治めて散逸させない”そのあらましについて、愚見を披露いたしましょう。ただし、わたくしには水の流れるような弁舌や、あの鄭玄のような深い智慧などありません。陳琳の読む者に頭痛を忘れさせるほどの、また、魯連の矢文をもって敵の将軍を自殺させるほどの文才もございません。儒学の趣を述べようとしても語りつくすことかなわず、語ることをやめて沈黙しようとしても、心は憤々と悶えて止まず、抑え忍ぶことも容易ではありません。わたくしは古今の事跡に託していささかのお話しをして、その一隅を示すにとどめ、残りはどなたか別の方にお任せいたしましょう。

[儒学の教え]
 ひそかに考えてみれば、原初の混沌から天地が開闢して後に、霊長たる人類が生まれました。そして天地陰陽の気の交わりを受けて五体を備えたのです。この中にも、賢者は優曇華のように稀で、愚者は雑木のように多いのです。ですから、善を仰ぐ者は麒麟よりも稀で、悪に耽る輩は龍の鱗よりも多いのです。人の行いは好むところに従って様々で、顔つきが人それぞれみな違うように心も異なっているのです。玉と石が似ているようで類を異にするように、人を論ずるにも九等の区別があります。愚か者は賢者に遠く及ばないものです。そして愚も賢も、おのおのが好むところに赴けば、石を水に投げ込むように意気投合して仲間になるし、嫌うところでは水と油のように反発して混じり合いません。
まことに悪習が身につくこと、あたかも魚屋は干物の臭いが染み付いて取れないように、また畑の麻が自然に真っ直ぐに伸びるように、いずれも習慣次第なのです。頭の虱は自ずから黒くなり、棗(なつめ)を食べる晉人の歯は黄色くなるように、習い性となるのです。 蛭牙公子よ、あなたは、このままでは表向きは虎皮の文様のように立派でも、内は錦袋に入れた糞と同じです。『人は学ばなければ、肉を見てただ食らうことのみを知る禽獣と異ならない』という誹りを一生にわたって受け、『愚者はあたかも盆を頭に載せているので天を望むことができない』という嘲りを長く受けることでありましょう。 何と恥ずかしく、哀しいことでしょうか!
 わたくしが思うに、玉は磨かなければ光を致さず、錦も川で濯ぐことによってしだいに文彩が明らかになるのです。盗賊の戴淵は志を入れ替えて将軍の位に登り、やくざな嫌われ者の周處も心を改めて忠孝の誉れを得たのです。それならば、玉は磨き出すことによって前後十二乗も並んだ車を照らし出す宝玉となり、人は切磋することで犀や象の皮を切断する利刀のような英才になるのです。素直に教えに従えば、取るに足らない凡庸な者でも天子を輔弼する高官の位に登ります。頑なに諫めごとに逆らうときには、天子の末裔も愚民に身を落とすでしょう。昔から、『木は縄に従って直し』と言われています。人は諫めごとを容れて聖なり、ということは、決して空言ではありません。上は天子から下は凡庸の民に至るまで、学ばなくしてよく覚り、教えに乖いて自ら道理に適うということは、未だございません。夏の桀王と殷の紂王は忠臣の諫言を容れずに国を滅ぼし、周の西伯と漢の高祖は徳高くして臣下の諫言を入れて国家が興隆したことは、前者の失敗が後者への警告となり戒めとなった好個の例であります。戒まなければなりません。慎まなければなりません。蛭牙公子よ、あなたは、耳目をそばだてて、謙虚に、注意深く、わたくしの教えを聞き、自分の陥っている迷いの道を覚らなければなりません。


[蛭牙公子への訓戒]
 あなたのありさまは、上に対しては父母を侮ってないがしろにし、外出に際しては親に告げ、帰宅すれば挨拶をする孝行もなく、下の民草に向っては憐れみ慈しむ心のないこと、誰よりも勝るほどです。狩猟のために山野を歩き回り、漁どりに海原に漕ぎ出しています。ひねもす戯れ遊び暮らすさまは、あの暴虐驕慢な州吁を凌ぐほどで、よもすがら賭博に耽ること、母の臨終のときにも大酒を飲み囲碁に熱中していた嗣宗にも過ぎるほどです。ためになる言葉からは遠く離れて、寝食も忘れて遊びごとに熱中しています。

『明らかなること水鏡のごとく、清きこと氷霜のような行い』など全くなく、大渓谷が水を入れるように限りなく深い欲望が燃え盛っています。獣を食らうこと獅子や虎のごとく、魚を食らうこと弱者をほしいままに併呑する憎むべき鯨にも勝ります。獣や魚どもを、前世の父母妻子兄弟と観じて食わない心がけなどありません。ましてや、この世の生きとし生けるものは、みな我が父母と思い、これを殺めることは父母を殺し我が故身を殺すことだと観じて、殺生を止めることなど、思いもよらないでしょう。あなたが酒を嗜んで酩酊し夏蝉のように騒ぎ散らすこと、渇きに苦しんでいる猿ですら、そのあさましさに恥入り、食を求めて徘徊すること、飢えた蛭どころではありません。華厳経に説かれる、草の葉の滴ほどの酒ですら、口に入れることなかれ、という戒めに耳を貸さず、昼夜の区別なく貪り食らい、少食にして正午以降は食事をしない戒めなど顧みることもありません。

  頭髪がヨモギのようにボサボサに乱れた卑しい女を見ても、好色で知られる登徒子よりもひどいありさまで、いわんや艶かしい美人を見たら、王女を見て焦がれ死んだという漁師の術婆伽の逸話は、他人事ではないでしょう。あなたの胸の中は、春の馬や夏の犬のように性欲熾烈なのです。女性を老猿、毒蛇と観想する気持ちを起こすことなど思いもよりません。まるで大猿が梢で暴れまわるように遊女屋で歌い騒ぎ、学堂では悪賢い兎が居眠りをするようにあくびをする始末。眠気を払いのけるために梁に懸けた縄に首を掛け、腿を錐で刺して勉学に打ち込む心がけは、全く欠けています。願いといえば、右手に盃を、左手に蟹を握って酒に耽る夢ばかりで、書を読むために蛍を集めることなく、銭を持てば前後の見境なく飲んでしまいます。
もし、たまたま寺に入り仏を見ても、罪咎を懺悔しないで、かえって邪心を起こします。仏のみ名を一度唱えるだけでも菩提の因となり、貧者が一灯を捧げたことが成仏の機縁となることを未だ知りません。師匠の側に侍り訓戒をいただいても、自分の落ち度を顧みないで、返って先生の教えを恨みます。先生が繰り返し丁寧に教えてくださること実の子に対するように、弟子に対する懇ろな思いは兄弟の子に対するよりも重いことに、思い至らないのでしょうか。
好んで人の短所をあげつらい、『人の短をいうことなかれ、己が長を説くことなかれ』という、あの崔玉子の十韻の座右銘を顧みることなく、しばしば余計なおしゃべりをして、『多言することなかれ、多事なることなかれ、安楽にして必ず誡めよ』という三緘の戒めを守りません。君子の言葉はその栄辱を左右するのだから、軽率に他人の悪口などを口にしていれば、やがて親族も財産も滅ぼすに至ることを承知しているくせに、それでも軽口を慎みません。このような不祥事は、枚挙にいとまがありません。名づけの名人禹の筆も記しきれず、計算の達人隷でさえ数え切れません。
もしまた、旨いものを食らって徒に百年の月日を空しく過ごしてしまったら、ケダモノと同じです。華麗な着物をあたたかく着て空しく四季を過ごしていては、犬や豚と変りません。礼記には、『元服して冠をつけた若者は、父母が病のときには、髪を梳らず、立居を慎み、音楽も控え、酒も顔色が変わるほどは飲まず、歯を出して笑うこともしない』と説かれています。これは親を思うこと骨髄に徹して、あえて容装を控えるのです。また、『隣家が喪に服しているときには、臼を突くときにも杵歌を歌わない。里に殯(もがり)があるときには、巷で歌声を上げない』とも説かれています。これは、人々と憂いをともにして、親疎の分け隔てをしないのです。疎遠な人にも、近親の人にも、このように礼儀を尽くすべきなのです。でありますから、親族が病に罹れば、医者を迎え、処方される薬をまず自分で試してみるほどの真心がなければ、見識ある人々は、恐れ呆れて横目で見ることでしょう。民衆の間に憂いがあるときには、一緒に憂い、訪問し慰める情けがなければ、物事の道理に明るい者、思慮分別のある者は、こころに恐れを抱き、穴でもあれば入りたいと思うでありましょう。あなたは姿かたちは禽獣と異なるのですから、心まで木石と同じことがありましょうか。体は人の姿をしていながら、なぜあなたの心は鸚鵡や猩猩に似ているのでしょうか。

三教指帰 亀毛先生論

蛭牙公子よ、もし、あなたが悪を玩ぶ心を入れ替えて専ら孝徳を行えば、父が死んでから三年の間血涙を流した高柴、母を養うためわが子を埋めようとして穴を掘り、黄金の釜を掘り出した貧しい郭巨、笋(たけのこ)好きの母のために真冬に笋(たけのこ)を得た孟宗、生魚を食べたがる母のために氷の下から鯉を得た王祥、幼くして親を失い親の木像を作り仕えた丁蘭、このような孝の鑑とされている人々をも凌駕する、素晴らしい美名を馳せることでありましょう。
心を忠義に向ければ、あなたも主君に命がけの直言をすることによって、欄干を折り、琴を投げて窓を壊すなど、朱雲や師経の死罪を覚悟して主君を諫めた者や、殺された主君の肝が捨てられているのを見て、腹を割き、主君の肝と自分の肝を入れ替えた弘演、殷の紂王を諫めて紂の逆鱗に触れ心臓をえぐり取られた比干たちなど、忠の至りと讃えられた人々を越えて、後世に諤々たる誉れを流すでありましょう。
四書五経などの経典を講論すれば、論講巧みな包咸、子夏も舌を巻いて恐れ入ることでありましょう。


歴史書を渉猟すれば、屈原、揚雄、司馬相如などの歴史家も黙り込んであなたを敬うでありましょう。
書を好めば、鵾の翔り、虎の臥すような勢いのある筆跡をわがものとして、書聖と言われる鐘繇、張芝、王羲之、欧陽詢、欧陽通も筆を放り出して恥じることでありましょう。
弓術を習えば、堯の治世に太陽が十も現れ、過酷な日照りで作物が枯れ果てたときに、太陽を射落として人々を救ったとされる羿や、また弓を手に取っただけで狙われた猿も泣き叫んだと言われる養由基ほどに巧みな術によって、これらの名人たちも、弦を絶って嘆くことでありましょう。
戦陣に赴けば、張良、孫子も、神人黄石公から授かった『三略の術』があなたには通用しないことをいたみ、農事に携われば、瞬く間に巨万の富を築いた陶朱公や猗頓も、自分たちに蓄えがないと愁うでありましょう。
まつりごとに臨めば、賄賂を受け付けない政治によって清廉の誉れを馳せ、訴訟にあたっては、公正な裁きによって後世に美名を広めることでありましょう。

潔く慎み深ければ、我が子に決して嘘をつかなかった孟子の母や、勅使の招聘を断って山中で薬草を採って暮らした孝威のようであり、廉潔ならば、首陽山で餓死した伯夷や、堯から天子の位を譲ると聞かされて川で耳を洗った許由のようでしょう。 もし医術や技芸に心を向ければ、外科手術を施して心臓を入れ替えたり、胃を取り出して疾穢を洗った扁鵲、華他の奇異の術を越えて名声を勝ち得るでしょう。斧を振るって鼻先に着いた蝿の羽ほどの汚れを削り落としたという匠石や、彫り物の鳶が本当に空を飛んだという公輸般の妙技を凌いで後世に喧伝されるでしょう。もしこのようになれば、清濁併せ呑む器量の大きさは叔度にも等しく深く広くして計り知れず、森厳な風格は庾嵩にも比べられて、観る者は深さを測ることができず、仰ぐものは高さを見届けることができないでしょう。
さらに郷土のよいところを選んで家を作り、土を選んで屋とし、道理をとって床とし、徳をひっさげて褥とし、仁を席として座り、義を枕にして臥し、礼を襖として寝ね、信を衣として日常を送るべきです。一日一時をも慎み、念々に思い努めて力を尽くし、よくよく勤めるべきです。そして書物と紙筆は片時も離してはなりません。
以上のように勤め精進すれば、学問上の集まりで議論すれば、朱雲が五鹿充宗を論破して高慢な五鹿の角を摧いたと讃えられ、学生たちの論難に対しては、戴憑が五十人もの学者と対論して勝ち抜いた故事にも匹敵する働きができるでしょう。湧き出でる弁舌の泉は蒼海のように限りがなく、文筆の森は青々とした樹々を豊穣に繁らせるでありましょう。
玲々として玉のごとくに振る舞い、名文家の孫綽や司馬相如を凌いで功績を重ね、曄々として金のごくに響いて、文豪の揚雄や班固を超えて美しい花房を連ね実らせるでしょう。その筆の速さは文帝が瞬く間に屈原の『離騒』の注釈を書き上げたほど、禰衡が宴席で即興に鸚鵡を賦してその詩が完全だったことにも匹敵するでしょう。詩賦の苑に遊び戯れ、文章の野に休息します。そうすれば、貴人たちの豪華な車が門の外に集り並び、たくさんの贈り物の玉帛を捧げた人々があなたの粗末な門構えの前に居並び伏すことでしょう。魏の文侯が貧しい叚干木を訪ねたように貴人は徳を慕って訪れるのですから、甯戚が牛の角を叩いて不遇を嘆き桓公に仕官を願ったような真似をする必要はありません。太公望は草屋に住んで田を作り魚を釣りながら高位に登ったのですから、憑驩が刀の柄を叩いて孟嘗君に立身を求めたような真似もすることはありません。偶然の幸いなどに頼らなくても三公の高位に登り、自ら衒わずに三公九卿に列します。地面の塵の中から卿大夫の地位を拾うことなどは、一瞬にして成就します。ですから、印綬を結ぶためには、迷わずに股錐の努力に励まなければなりません。
そして仕官がかなったら、父母への孝を忠に移して君主に仕え、まごころをもって友と交わります。名剣を佩びて鏘鏘とし、圭勺をさしはさんで威厳を備えます。紫宸殿に進退し、天子の庭に仰ぎ俯します。朝廟に登って政治に携われば栄誉は四海に満ち、市井に出て民衆を慰撫すれば、政治に不満を抱き誹る者はいなくなるでしょう。あなたの名前は史書に記され、繁栄は後裔に受け継がれるでしょう。高位をまっとうし、諡を贈られることでしょう。これこそ、これ以上を望むことのできない、不朽の盛事であります。


[結婚について]
もしまた、遊び暮らす人生の日々は楽しいけれど、死んだ後には、共に楽しむ人もありません。天上の牽牛星も独り住むことを嘆き、水中の鴛鴦もつれあいと一緒にいることを歓びます。このゆえに、詩にも婚期を過ぎつつある娘を歌った『七梅の嘆き』があり、書にも堯帝が二人の娘を臣下に嫁がせた『二女の嬪』が残されています。
しかれば、人は、展季のような女嫌いでなければ、どうして伴侶を持たないことがありましょう。世間の人々は、隠者の子登とは違うのですから、どうして独り枕することがありましょうか。かならず名族の中から美人美女を選んで娶るのがよろしいでしょう。
婚礼の迎えの車は轟々と音を立てて巷に溢れ、供の乗る馬どもは躍り上がって城郭の外を進みます。花嫁の従者はまぶしい陽光に袂をかかげて歩み、輿を担う者どもや馬の手綱を引くものは、滝のような汗を流します。里帰りには、輿の上に紫の天蓋が懸けられ、豪華な繍服を着た供の者たちは地を払って風のように歩みます。このように花嫁を迎える礼を尽くし、送り出す義を極めるのです。
夫婦は寝食を共にし、酒を楽しむときには瓢を二つに切って盃として使います。そうして一心同体の暮らしをして龍と鳳凰に喩えられるような夫婦となれば、美しい妻は玉簾の奥に豪華な臥所を整えて、あなたが帰るのを心待ちにするでしょう。

 夫婦は琴の調べが和するように仲睦まじく、膠漆よりもかたい契りを深めます。二人一緒に仲良く老いて行き、最後は同じ墓穴に入るのです。結婚こそ、一生涯の愁いを消して、百年の歓びを楽しむものです。  また、時には親族を集め、友人を招き、ご馳走でもてなし佳き酒をふるまい、盃を重ね酌み交わすがよろしいでしょう。客は琴や笙などさまざまな楽器を奏でて『我帰らん』という詩を詠み、主は客が帰れないように車にいたずらをして、帰路には露が多いなどと引きとめます。宴に日を重ねて客は帰ることを忘れ、毎夜舞踏に興じ、天下の楽しみをほしいままにして、この世の歓楽を尽くせば、これほどの楽しみはないでしょう。
 蛭牙公子よ、早く愚かな執着を改めて、専らにわたくしの教えを習うべきです。まことに、かくのごとくならば、親に仕える孝窮まり、君に仕える忠備わるでありましょう。友に交わる美普く、子々孫々まで繁栄させる慶びに満たされるでしょう。身を立てる大本、名を揚げる要は、けだしかくの如くであります。孔子さまは『耕すときは飢その中にあり、学ぶときは禄その中にあり』とおっしゃっていますが、まことにその通りであります。この言葉を常に肝に銘じるべきでありましょう」
 ここに蛭牙公子は跪いて申します
「謹んでご教示を承りました。今より後は、心を専らにして習い奉ります」
 兎角公は席から下りて再拝して申します
「素晴らしいことです。素晴らしいことです。昔、雀が変じて蛤になることを聞いても、なお疑いを抱いておりました。今、蛭牙の鳩の心が変化して鷹になるのを目の当たりにしました。葛公は口に含んだ白飯を蜂に変え、左慈は難を逃れるために羊に化けたそうですが、この気狂いの蛭牙を聖人の道に導きいれた先生の弁舌に勝るものはありません。いわゆる『漿(こんず)をもとめて酒を得、兎を打って麞(くじか)を獲た』というのは、このことでしょうか。詩経を聞き礼記を聞く者も、今日の勝れた誘いと勝れた教えに過ぎることはないでしょう。ただ蛭牙を誡めただけでなく、わたくしも生涯の座右の銘として、日々味わうことにいたします」


三教指 虚亡隠士論

 第二巻   虚亡隠士論
虚亡隠士という方がいます。さっきから座の傍らにあって、愚者のように、知恵を隠し光を和らげて、痴人のようなありさまです。ヨモギのように乱れた髪は卑しい身分の女にまさり、ボロボロの着物は仙人たちをも凌いでいます。傲然とあぐらをかき、にっこりと微笑み、目を見張り相好をくずして、おもむろに話し出します。
「ああ、違う。亀毛さん、あんたの言うことは、はじめは千金の皮衣のようにご立派で、まるで龍虎のような勢いであったが、おしまいは小さな蛇か小鼠みたいなものだ。自分自身の重病を治しもしないで、どうして他人の腫れ足に触れられようか。あんたが病を治療するくらいなら、まだなにもしないほうがマシだ」

 それを聞いて、亀毛公はびっくりして振り返り、恥入って顔を赤らめ、進み出て申します。 「先生、もし異なるご意見があれば、ぜひご教示いただきとうございます。わたくしは兎角公の依頼を断れずに、軽率に話してしまいました。お願いでございますから、ご高説をお聞かせください」 隠士が語ります
「爀々たる太陽はまぶしく輝いているけれど、メクラにはその光は見えない。猛く激しい雷鳴が轟いても、ツンボにはその響きは聞こえない。いわんや、道教の始祖黄帝の秘録は、ボンクラどもの耳には遥かである。天尊の隠術をみだりに話すことはでぬ。生贄の血を啜って誓いを立てても、なかなか聞くことは出来ないものだ。誓いの言葉を骨に刻んで契約を残しても、容易に伝えることはかなわぬ。なぜかといえば、凡人どもは、あたかも釣瓶が短いために水が汲めないのに、井戸が涸れたものと思い、指で海の深さを測ろうとして、指の長さで海の底が尽きたと思い込んでしまうからじゃ。いやしくも相応の人物でなければ説くことはできず、その器でなければ伝授することは罷りならぬ。機を見て人を選んで教え授けるのじゃ」
 亀毛公たちは、口を揃えて申します
「昔、漢の武帝は仙術を希って懇ろに仙女の西王母に頼みましたし、長房という男は壺公仙人から仙術を学び得ることができました。わたくしたちが、邴原が千里の道を歩いて孫崧を尋ねたような苦労もせずに、彭祖のように萬年の寿命を保つ術を体得することができれば、それは素晴らしいこと、幸いなことです」
三人は進み出て再拝し額を地につけて、隠士に頼んで申します
「どうか仙人の道を示されますよう、重ねてお願いいたします」
隠士は答えます

「祭壇を設け、生贄の血をもって誓いを立てれば、少しは教えてやってもよいぞ」
亀毛、兎角、蛭牙の三人は、隠士の言葉に従い、祭壇に昇って誓いを結び、生贄の獣を埋める穴に臨んで血を啜って、盟書を読み上げました。こうして誓いの儀式を済ませ、さらに教えを請いました。
隠士は語ります
「よろしいじゃろう。謹んで聞け。お前たちに不死の神術と長生の奇異隠密の方法を教えよう。お前たちをして、蜉蝣の短い命を亀鶴と競わせ、ちんばの馬ののろい足を翼を持つ龍と等しく疾くさせ、日・月・星々と同じく生まれ同じく終え、かの八仙人と相向かい、朝には渤海の神山に遊んで銀の宮殿に終日に遊び、暮には大壑の五岳の黄金の門を夜もすがら逍遥できるようにしてやろう」
亀毛たちは答えて言います「はい、どうぞお聞かせ下さい」 隠士は語ります
「天地の造化の働きには、彼此の差別はない。溶鉱炉が鋳を鎔かすような造化の作用は、愛憎の執着を離れて公平である。長寿の仙人である赤松子と王子喬を手厚く扱い、才子にして短命の項槖と顔回を薄命に定めたのではない。ただ、各自がよく自然の本性を保つか保たないかの違いにすぎない。性を養う方法・長生きの秘術は、その道は極めて多いのである。つぶさに述べることは出来ないから、大筋を明らかにして、そのいくつかを示そう。
昔、秦の始皇帝、漢の武帝は、内心では仙術を願っていたが、外面は世間の俗事に煩わされていた。鐘や太鼓の楽器の音色に耳を奪われ、燦爛としたきらびやかな服飾に目を晦まされていた。紅の瞼、朱の唇のたくさんの美女を常に身の回りに侍らせ、かりそめの食事にも山海の珍味の魚や肉を貪っていた。おまけに戦争に明け暮れて、残虐を好み、屍を積み上げて見世物とし、血を流して川となした。このような行いは、枚挙にいとまがない。

 しかし、いくら権力を極め贅沢の限りを尽くしても、始皇帝や武帝の肉体は少しばかりの小便をたれ、糞を泄らすクソ袋にすぎない。肉体と心の動きが食い違って、いたづらに疲労を深めてしまったのだ。これは四角い箱を丸い蓋で覆いながらそれが合致することを願い、力を込めて寒氷を擦り、火を起こそうと求めるようなものだ。なんと愚かなことであろうか。
しかし、世間の凡俗どもは「貴い皇帝ですら仙術を得ることができなかったのだから、凡人にはかなうわけがない」と考え、仙術をデタラメで、怪異の術だとぬかしおる。
何を間違えているのか。始皇帝や武帝、それに武帝に取り入って仙人にまみえたと偽った欒太のごときは、仙道のカス、仙術を好む石ころにすぎぬ。こんな連中はもののかずではない。それゆえに、仙術を伝えるには必ず人を選ぶのだ。尊卑など問題ではない。お前たちは心を致して学び取って、後世に誹りを受けないようにしなければならぬ。よく仙術を学ぶ者は、みなこのような者である。

[仙術の伝授]
 よいか、手足の及ぶところ、虫けらも害さず、肉体のものは、唾液精液も漏らさず吐き捨てない。身は臭塵を離れ、心は貪欲を絶つ。目は遠くを見ることを止め、耳は久しく聴くことをせず、口は粗雑な言葉を慎み、舌は滋味を断つ。親孝行につとめ、正直で、憐れみ、慈しみのこころを大切にせよ。千金の宝も塵芥のように捨ててしまい、万乗の天子の地位も藁沓のように脱ぎ捨てる。美しい女を見てもバケモノのように思い、爵位や禄なんぞドブネズミ同然である。煩いを逃れて静寂のうちに無為である。ゆったりと暮らして世俗の仕事を全て退ける。そのようにすれば、掌を指すように易々と仙術を学ぶことができる。世間の俗人どもが喜んで玩び好むものは、道侶がもっとも忌み嫌うところである。よくこれを離れることが出来れば、仙術を得るのは難しいことではないのだ。
五穀は内臓を腐らせる毒。五辛は目を損ずる毒。酒は腹を痛める剣。豚・魚は命を縮める戟。眉目美麗の佳人は命を伐る斧。歌舞踊躍は寿命を奪う鉞。大笑いし、大喜びし、憤怒し、嘆き哀しむことは、みな身を損ずるところが多い。一身の内にも既にこのような敵が多いのである。この仇を断たなければ、長生久存を得ることは難しいのだ。しかし、これらを離れることは、俗人にとっては最も難しい。これらの害毒を断てば、仙道を得ることはいとも簡単なのだ。必ず、先ずこの要を理解して、仙薬を服さなければならないのだ。

[仙薬・仙符]
 白朮、黄精、松脂、穀實の類は内の病を除き、よもぎの矢、葦の戟、神符、呪禁などは外難を防ぐものだ。呼吸をするのは生気を吸える深夜から午前中までのあいだに限り、季節に応じて呼吸の緩急を調節する。鼻孔を開いて、口中の唾を醴泉に変えて飲み、地底から玉石を掘り出して仙薬として服する。草芝、宍草といった茸で朝の飢えを慰め、松脂を調製した伏苓、威僖は夕べの疲れを癒す。
そうすれば、日中に身の影を消してしまい、夜半には書き物ができるほどよく目が見える。地下を見通し、水上を歩むことも自在である。鬼神を召し使い飛龍や駿馬を乗り物にする。刀を呑み、火を呑み、風を起こし、雲を起こす。このような神術を成就し、あらゆる願いが満たされるのだ。
 また、白銀、黄金は天地間の精髄であり、神丹、練丹はあらゆる薬の中でもっとも霊妙である。服用するに方法があり、調合するに秘術がある。この調合に一人が成功して仙人となれば、その一族もみな仙人となって昇天する。僅か一粒を服すれば、真昼に天空に昇るのだ。そのほかの神符を呑み、生気を食らって昇仙する術、遠い道のりを一跨ぎにする縮地や、身体を変易し仙を得る奇瑞など、いくらでもあって、数え尽くし語り尽くすことはできないのじゃ。

[仙人の世界]
もしこの道にかない、この術を得れば、老いた肉体も若返り、髪は黒々と生え、寿命を延ばすのだ。冥府の死者の戸籍から己の名前を削ってこの世の年月を久しく延ばすのだ。天空を翔けめぐり日輪を見下ろして逍遥し、奔放な馬のごとき心に鞭打って世界の果てに駆け、激しく回転する車輪のような意識を励まして天地の際に遊び戯れる。太陽の天子の城に遊楽し天帝の宮殿にくつろぎ休む。天の川に織女を尋ね、月世界に仙女の姮娥を訪なう。上代の天子軒帝や神術の名人王喬を友とし、大鵬が雄飛する風に乗って、犬ですら仙薬を舐めて昇天したという目出度い跡を見て、さらに星空に上っては列馬星や牽牛星を訪ね遊ぶのだ。
心の赴くままに寝転んで、気の向くままに天空の涯まで昇降する。淡白として欲はなく、寂漠として音もない。天地とともに永く生き、日月とともに久しく楽しむ。これほど優れて遥かなることがあろうか。崑崙山に住む東王公・西王母の夫婦の仙人を疑い怪しむことはない。以上がワシの聞き学んだ霊宝の秘術である。

 世の中を顧みれば、貪欲に縛られ纏いつかれて心を苦しめられ、愛欲の鬼に繋がれ精神を焼き焦がされている。朝夕の食を営み夏冬の衣に苦労している。浮雲のようにはかなく当てにならない富を願って泡のような財産を集め、過分の福を求めて稲妻のようにはかない身を養っている。僅かな楽しみがあれば天上の楽しみのように笑い、ちっぽけな憂いがあれば塗炭の苦しみに沈むように嘆く。陽気な楽の音が終わらないうちに、悲しみの響きが奏でられる。今日は大臣宰相の身であっても、明日には臣下奴僕となる。鼠を追い詰めた猫のように権勢をふるっても、衰微すれば鷹に狙われる雀のようなものだ。草の露を恃んで朝日の至ることを忘れ、枝先の葉を恃んで風霜の来ることを忘れている。
ああ、痛ましいことだ。
仙道を希い求めずに、こんな無常の世俗の泥にまみれているとは、その愚かなことは言葉に尽くせない。ワシの師匠の教えと、お前たちが説くところと、お前たちが楽しみとするものと、ワシの仲間が好むものと、どちらが優れ、どちらが勝っているであろうか」

 亀毛公、蛭牙公子、兎角公たちは、一列に並び、跪いて申します。
「わたくしたちは、幸いにもよき出会いを得て、善いお話を承りました。塩魚を売る店の臭いことと方壺の極めて香しいことと、美しいものと醜いものと、黄金と石ころほどの隔てがあることを知りました。善美と醜悪とは並び立ちません。これからは、心を専らにし、精神を鍛錬して、永く今日のご教示を味わいましょう」


三教指帰 仮名乞児論

  第三巻   仮名乞児論
仮名乞児という者がいます。どんな素性のものか、よくわかりません。草葺の屋根の下に生まれて、戸も縄で結び繫ぐような貧しい家で育ちました。塵の舞い立つ繁華な街や世の中の俗事を退けて、仏の道を慕って勤苦しています。
その姿は、漆のような黒髪を剃り落とし、頭はツルツル、まるで赤銅の甕のようです。化粧もしていないので顔色も悪く、顔面は瓦の坩堝のようです。容色はくたびれ憔悴し、体つきは小さくて卑しく、骨と皮ばかりに痩せ細った足は田んぼの鷺のごとく、細い首は筋立って泥の中の亀のようです。
いでたちも惨めなもので、いつも左の肘に懸けた牛の餌袋のような袋の中には、割れてしまったのを繫ぎ合わせた木鉢が入っており、右手には馬の尻管のような形の大顆の数珠を提げています。足に履いているのは上等な牛革の履ではなく、道祖神に供えるような粗末な草履ですし、腰に巻いているのは犀角をあしらった豪華な帯ではなく、駄馬の手綱のような縄にすぎません。いつもゴザを引っ提げて歩くので、市に群れる乞食たちすら顔を覆い下を向いて笑っています。縄を張った椅子を負い紐で括りつけて背負って歩くものですから、牢獄に繋がれた盗賊どもでさえ、それを見ては膝を抱いて空を仰ぎ溜息をつきます。口の割れた水差しを肩に掛けたさまは見苦しい油売りのようで、鐶の落ちた錫杖を握ったさまは薪売りのようです。
その顔立ちも、鼻は低くつぶれて、目は落ち窪んで眼ぶちが高く突き出し、顎は細くとんがって目の形は角張っています。口元に髯もなく、歪んだ唇は子安貝に似て、兎のように三つ口に欠け、歯も疎らに抜け落ちています。
たまたま町に入って行けば、雨のように瓦礫を投げつけられ、船着場に来れば、霧のように馬糞を浴びせられます。阿毘私度たちが無二の親友で、信心深い光明婆塞が親切に面倒を見てくれました。
あるときは伊予の国の金の嶽に登ってみたものの雪に降られて途方に暮れ、あるときは石鎚山に跨ったはいいが腹ペコで困り果ててしまいました。あるときは住吉の海女の娘にポーッとなって心をたるませ、あるときは皺だらけの婆さんをじっと見つめて、持戒の念を奮い立たせるのでした。
霜を払って野草を食べ、雪を掃いて肘を枕に眠る。子思のように質素で、孔子の戒めによく適った生活ぶりでありました。我が家の屋根は青い空、沸き起こる白雲がそのまま帷と、家を持つ煩わしさとは無縁な気楽な暮らし。夏にはゆったりと衣の襟を開いてさわやかな風を楽しみ、冬は首を縮めて寒さに震えながら小さな火に暖を求めるのでした。食べるものといえば、どんぐり飯に苦菜を添えただけの食事に、十日に一度ありつければいいほうで、着るものといえば、破れて肩も露わな紙の衣と葛の綿入れだけでした。小鳥が一枝に巣食って木の実を一粒食べて満ち足りるように、わづかな恵みで満足し、滋養豊かな食べ物を願わず、暖かい皮衣も希いませんでした。その貧しく質素な暮らしぶりは、無欲で知られる三楽の翁も恥入り、知恵に優れた漢代の四人の老人も及ばないものでした。姿かたちは嘲笑を買うようなみすぼらしさでも、仮名の志はすでに高く堅固でした。
 ある人が仮名に向かってこのように言いました。

「わたしは師からこのように教えられました。天地の間でもっとも優れているものは人である。ひとの優れた行いは、孝養と忠節である。そのほかの行為は千差万別であるけれど、孝養と忠節が人の行いの要である。このゆえに、父母から貰った大切な身体は、髪を剃ったり飢えや寒さに晒して傷つけてはならず、忠義においては主君に危難が降りかかったときには命を顧みずにこれを助けるべきである。子たるものは、身を立て後世に名を残して父母を顕彰しなければならないのだ。
また、一生の楽しみは富貴である。妻子は、固く結ばれた親友よりも良いものである。子路も曾子も、貧しい頃には米を運ぶなどの苦役をして年老いた親を養い、出世し一国の宰相となり百乗の車を従える身分となった後には、その富をもって孝行をしたくても、すでに親が亡くなってしまったことを悲しみ嘆いたのである。

 今、お前は、親もあり君もあるのに、なぜ養わず仕えないのか。いたずらに乞食の群れに沈んで、むなしく賦役を逃避する連中に交わって、その恥ずべき行いによって祖先を辱め汚名を後世に残すのである。これはまことに死罪に当たる罪であり、君子の恥ずべきところである。しかもお前の行いによって、親戚は世間に顔向けが立たず、赤の他人すらその浅ましさに目を覆う有様である。すぐにも心を入れ替えて、いそいで忠孝の道に就きなさい」
 仮名乞児は憮然として問い返します。
「何をもってして、忠孝と言うのでしょうか」
「家にいれば笑顔を絶やさず、まごころを込めて一生懸命に親に仕え、外出や帰宅の際には父母に挨拶を欠かさず、両親の居間を夏は涼しく冬は暖かく保ち、夜は寝所を安らかにし、朝にはご機嫌をうかがい、つねに穏やかな顔で尽くすことである。これを孝養と言うのだ。古の帝王舜、周王もこれを行って帝位に登り、董永、伯喈も孝養を守って美名を伝えているのである。
そして四十歳頃にようやく仕官すれば、孝心をそのまま忠義に移して主君に命をささげ、もし主君に非があれば厳しい顔でお諫め申し上げるのだ。天文、地理を知り尽し、古の事跡を調べて現在の政治を考え、遠方の民にも足下の民にも幸福を与え、天下を治めて君主をお助けするのである。そうすれば、繁栄は子孫に及び、誉は後世に伝わるであろう。このようなことを忠義と言うのである。伊、周、箕、比、みな忠義の人でありますぞ」
仮名乞児は答えて申します

「親を大切にし主の非を正すこと、それらを忠とし孝とすること、謹んで承りました。
わたくしはまことに不肖の身でありますが、それでも禽獣とは違います。我が身の不孝の一念が離れずに、はらわたの爛れ裂ける思いをしています。
両親はわたくしを大切にねんごろに養育してくださいました。その苦労は山よりも高く、その恩の深さは海にも勝りましょう。どうして忘れることがありましょうか。恩に報いようにも極まりがなく、恩を返そうにも際限がありません。孝を尽くせなかった悲しみを詠んだ昔の歌を歌っては、愁い恥じているのです。孝を尽くす動物と言われる烏を見ては終日に身を焦がし、正月に魚を捕って祖先を祭ると言われる川獺を思っては夜通し肝が爛れる思いです。年老いた両親はもう先が長くないのに、頑ななわたくしが養育していただいた恩に報いる前に、冥府に旅立ってしまうのではないかと、常に嘆いております。月日は矢の如くに父母の寿命に迫り、家産は薄く屋根や柱も傾いています。二人の兄は幼くして立て続けに死んでしまい、父母も親族もみな涙が止まりません。わたくしは己の愚鈍さに憤りの思いを起こしては月日をしのぎ、悲しみの痛みに捕らえられて毎日を送っているのです。ああ、悲しいことです。仕官しようと望んでも叶えられず、退いて黙しようと思っても養わなければならない親が待っているのです。進退窮まって、狼狽するばかりの身の上です。
そして、仮名はその悲しみを美しい歌に託します。

力を尽くして田畑を耕そうとしても、わたくしにはその力もなく
懸命に官途を望んでみても、わたくしを認めてくれる人はありません
智慧もないくせに役人となったら、無能の誹りを残すばかりでしょう
貪って徒食すれば、空しく職にあって無駄飯を食うばかりでしょう
ごくつぶしの役人どもの行いが正しいはずもなく
讃えられるべき礼楽の善政は、古の周の国で終わっています
かの聖人孔子は諸邦を遊説して止みませんでしたが
このはなはだ頑愚なわたくしは、すすんで仕官するか、退いて沈黙するか
どちらとも決めかねて迷っています
進もうとしても才能なく
退こうとしても禄を待つ父母はわたくしの立身を希っています
進退の板ばさみに嘆息するばかりなのです


三教指帰 仮名乞児論

「わたくしは、『普通の孝は力を尽くして自分の親に仕えるが、最も偉大な孝は、世の中の全ての人々のために尽くして已まないことである』と聞いています。それゆえ、泰伯は弟に王位を継がせるために髪を剃り刺青を入れて自ら未開の蛮族のもとに身を隠し、薩埵王子は飢えた虎の母子を救うために自らの身を虎に施したのです。国王と王妃は地に倒れるほど悲しみ、親戚も天を仰いで嘆きました。このことを見るに、両親からいただいた身体を傷つけ九族の悲しみを誘うこと、この二人に過ぎるものがありましょうか。あなたがおっしゃることからすれば、この二人は、まさに不孝を犯したことになるでありましょう。しかしながら泰伯は徳の至れる名誉を受け、薩埵王子は大覚の尊と讃えられています。
それならば、いやしくも孝の道にかなうのであれば、世俗の孝に縛られることがありましょうか。
 羅卜や那舎長者が仏の教えに従って餓鬼道に堕ちた父母を救った行為は、むしろ大孝であり、善智識ではないでしょうか。わたくしは愚かで頑なではありますが、仏の教えを掬みとり、泰伯や薩埵王子や羅卜や那舎長者の遺風を鑚仰しています。つねに国家のために陰徳を積み、二親と一切の衆生に回向いたしております。この恵みと福をすべて忠とし孝といたしましょう。
 けれども、あなたはただ身を動かし礼儀正しく仕えることのみを知って、陰徳を積むことの大切さや寛容を忘れたものの不幸をご覧になりません。わたくしの考えが劣っていると言えるでしょうか。でも、まだわたくしは自分の考えを詳しく述べてはおりません。後ほど明らかに述べることといたしましょう」

仮名乞児はこのような信念を固くして、父兄や親戚からも離れ、浮き草のように諸国を放浪し、ヨモギのように異郷をさまよう日々を送りました。そんな暮らしをしているので、夜が更けて天の川に星も疎らになった頃、すっかり空腹になりました。住まいの石窟には蓄えも尽き、八万匹もいるというおなかの虫も困り果ててしまいました。米を炊く甑(こしき)には塵が積もり、竈の内側は苔むしていました。仮名は考えました。
「仏典には、生きとし生けるものは皆食べ物によって命をつなぐと書かれているし、外典では食べてから学問をせよと説く。ここはひとつ、腹の虫たちに施すために、彼らを連れて、実り豊かな郷に行くのがいいだろう」 そして住処の松林を出て賑やかな都に赴き、分に安んじて貪らない三衣一鉢の暮らしを保つため、托鉢の鉢を捧げながら真っ直ぐに歩いて行きました。お供をする児わらべもなく、ただ一人仏経を持って、兎角公の邸宅の門口に至りました。そこで亀毛先生と虚亡隠士が激しく論争している場面に出くわしたのでした。 門柱に寄りかかって二人の論争を聞きながら、仮名は次のように思いました。
「母胎から生まれるもの、卵から生まれるもの、湿気から生まれるもの、化して生まれるもの、いづれに生まれても、その体は電光のようにはかない。見るもの、聞くもの、香り、味わい、触れるもの、そして心の動きも、みな夢のよう。感覚の働きや心の動きが作り上げる世界はみな幻の城で、地・水・火・風から成る世界は泡のようにはかない仮初めにすぎない。
 この二人の言い争いは、蜘蛛の網を甲にして、蚊の睫毛に巣食う小虫の駒に鎧を着せ、虱の皮を張った太鼓を叩いて大騒ぎをし、蚊の羽を旗に立てた軍団を率いているような取るに足りないものだ。我という実体があるという誤った見方に囚われて、浅薄な見解に固執している。霜のように脆い考えを次々と繰り出しては、子供だましの妖怪談義に耽っている。私利私欲のことばかり言い争って、世俗の議論から抜け出ることがない」

 仮名は立ち止まったまま、目を瞬いて二人の論争に耳を傾けていました。二人とも自分は正しいと思い、相手が間違っていると信じています。仮名は考えました。 「水溜りのひとしずくや、ちっぽけな篝火のような取るに足らない話題でも、このありさまだ。いわんや、わたしは菩薩の道を志す者である。我が虎豹の鉞をかざして、彼らの蟷螂の斧を打ち砕いてやろう」 仮名は智慧の剣を砥ぎ弁才の泉を湧かし、忍辱の鎧を着て慈悲の早馬に乗り、急ぐでもなく遅くもなく、亀毛の陣に入り、驚かず憚らず虚亡の軍に向いました。そして檄文を飛ばし敵将の心をも捉える名文を掲げて、我が城を出て敵の前に進み、城壁を背に暴れ回りました。敵の将軍は恐れ慄き、兵士たちは気を失ってしまいました。相手は直ちに降服してしまい、刀が血に汚れることもありませんでした。けれど亀毛や虚亡の疑いの心は改め難く、まだ疑念が残っていました。仮名は涙を流し、みなの首を撫でて、悲しみながら諭しました。
「小川に棲むめだかには、背中の長さが千里もあるといわれる大魚の昆を見ることはできないでしょう。垣根でさえずる小鳥には、九万里を飛ぶ大鵬を知るよしもないでしょう。このゆえに、海辺に住む頑固者は魚のような木があるものと疑い、山上に住む愚か者は木のような魚があると怪しんでいるのです。細毛の先を見るには離朱のよく見える目が、鐘の響きを聞き分けるには子野の鋭敏な耳が必要であることを知らなければなりません。 ああ、 ると見ないと、愚かなると、愚かならざると、なんと遥かに隔たっていることでしょう。わたくしがあなたがたの議論を聞くに、氷に装飾を施し水に絵を描くように、苦労ばかりあって何の利益もないことです。何が劣っているのでしょうか。亀毛先生のお考えも、虚亡隠士のお考えも、鴨の脚は短く鶴の足が長いといった、取るに足らない比較の問題にすぎません。あなた方は、まだ仏陀の教えをお聞きになっていないのですか?
わたくしは、あなた方のために、その概略をお話ししましょう。秦の始皇帝の偽りを映す鏡を思い、竜が大好きで絵や彫刻を集めていた葉公が、本物の竜をみて恐ろしさに気絶してしまった故事に習い、二人とも盲人が象に触れて思い思いに勝手に象を想像するような迷いを覚まして、あらゆる獣を屈服させる獅子の咆哮にも喩えられる如来の説法を学ばれるのがよろしいでしょう。孔子も老子も実は如来の弟子、わたくしの友人なのです。あなたがたの愚かさを憐れんで、仏陀が先にお遣わしになったのです。けれども、素質が劣っていたので、天地・陰陽といった世間の理法を示して、過去・現在・未来を貫いて不変の真理は説かなかったのです。それなのに、おのおのが異なる主張に固執して激しく争うとは、迷いでありましょう」
 虚亡隠士は、答えて言います
「ワシがお見受けするに、君は世の人と異なっている。君の頭には一本の髪の毛もない。身体にはたくさんのガラクタを身につけている。君はどこの国、どこの県の、誰の子で、誰の弟子だ?」
仮名は大笑いをして答えます
「三界に定まった家などありません。わたくしもあなたがたも、六道を輪廻してつねに経巡って止まることがないのです。ある時は天堂を国とし、ある時は地獄を家とし、或いはあなたの妻子となり或いは父母となります。ある時は魔物を師とし、ある時は異端邪教の輩を友とします。餓鬼・禽獣はみなわたくしやあなたの父母・妻子です。始まりというものはなく、現在から始まりまでの時間を数えることもできません。円環のように胎生・卵生・湿生・化生に死に変わり生まれ変わり、車輪のように地獄から天界にいたる六道を巡り続けているのです。あなたの髪は雪のように白いけれども、わたくしより年長ということはなく、わたくしの鬢は若々しく美しいけれど、年下というわけではありません。あなたもわたくしも、無始よりこのかた、幾度となく生と死をかわるがわる繰り返して、片時も定まることなく移り変わっているのです。どうして定まった国・州・県・親などがありましょうか。
そうはいっても、わたくしは、今この頃は、まぼろしのように南閻浮提の東の果て、みかどの治められる日の出づる国の、玉藻たゆたう讃岐の島は樟木の生い茂る屏風ヶ浦に住み、未だ自らの生き方を決め兼ねないまま二四歳になりました」
虚亡隠士は、大いに驚いて尋ねます
「君は何をもって地獄・天堂というのか? また、どうしてそんなに沢山の多くの荷物を抱えているのか?」
仮名は答えて言います
「自らの行いが不善であれば、牛頭・馬頭などの獄卒が自然に湧き出して、辛苦の報いを与えます。心を保ち常に善を心がければ、金閣・銀閣がたちまちに現れて、甘露が授けられます。難しいのは己の心を改めること、地獄や天上なども心次第で現れるものであり、何処か決まった場所があるわけではないのです。わたくしも以前にはあなたのように迷い疑っていましたが、この頃たまたま仏陀の教えに巡り会って、これまで輪廻を繰り返してきた前世の迷いを醒ますことができました。

 わたくしの師釈尊は、人々を救おうという大誓願をお立てになり、深い慈悲を抱かれて三十歳で成道され、八十年のご生涯を衆生済度に捧げられたのです。有縁の衆生は、龍神でさえ、甘露の雨を浴びるように師の教えに沐し、枯れ萎んだ枝に花が開くように悟りの道を示されました。
福徳のない人々は、地獄の住人も天人でさえも、辛臭もわからず、苦しみの世界に沈んで仏法の味わいを忘れています。そのゆえに、慈悲深い仏陀は、入滅を示される日に、懇ろに弥勒菩薩や文殊菩薩に後事を託され、印璽を弥勒に授け、衆生済度の教えを弟子たちに残しました。これを受けて上足の文殊・迦葉らは経論を四方の国々に伝へ、弥勒菩薩が成道されることを人々に知らせました。

 このようなわけで、わたくしは、弥勒成道の知らせを聞いて、旅の支度を整え、教えの道に入り、昼夜を問わず弥勒菩薩がいらっしゃる都率天の都を目指して歩いているのです。
この道のりは困難を極め、人里を遥かに離れてしまいました。仏陀の教えは広大無辺で、方角もわからず迷っているありさまです。同行の者もいくらかは居りましたが、生死の海に沈み溺れて、未だ抜け出すことができない者もあれば、馬を駆り車を走らせるように精進努力してずっと先を進んでいる者もいます。この果てのない旅のために、持ち物を携え、痩せた身に背負っているのです。そして糧もなくなり道に迷ってしまい、かたじけなくもこちらの門の傍らに立って、生計の助けを乞うているのです」
仮名乞児は以上の志を述べ終わると、心を励まして、カラカラと錫杖を鳴らし、玉のような柔らかな声をもって、「無常の賦」を歌い、続けて「受報の詞」を、亀毛先生たちに唱えて聴かせました。



[無常の賦]
(世界を焼き尽くす劫末の火災水害に至れば)
「峨々たる妙高山は高々と銀河をささえているけれども、猛烈な劫火に焼かれて灰となり
四大海は天空の果てにまで広々と続いているが、太陽が七つも現れて干上がってしまう
広大な大地も激流に砕け裂かれ、弓なりの大空も轟音とともに焼け落ちるだろう
しかれば、八万劫の寿命を保つ静かな非想天も稲妻よりも迅速に過ぎ去り
気儘にして心楽しい神仙たちも、雷に打たれるように短い命だ
いわんや、わたくしたちの命は永遠の金剛ではなく、肉体は瓦礫を集めたに等しい
身体を形成する五蘊は虚妄であり、水に映った月影に等しい
四大はとどまることなくうつろい行き、たちまちに過ぎ去る陽炎のようなもの

 十二の因縁は意識を誘って猿のように狂奔させ、八つの苦しみは常に心を悩ます
 三毒の炎は昼夜を分かたず燃え盛り、百八の煩悩は四季を通して次々と芽吹き繁茂する
 疾風に吹き飛ばされる塵のような脆い肉体は
命尽きれば春の花が乱れ散るように解離してしまい
 風に翔る仮の命は、因縁が尽きれば秋の葉が舞い散るように離れ去っていく
 千金の玉のように美しい姿も、さざ波よりも早く黄泉に沈み
 万乗の君の雄姿も、ひとすじの煙となって空に昇る
 物憂げな目をした佳人も霞を追って雲の上に飛び去り
 艶やかに微笑む麗人も露が落ちるように零落する
 瞳輝く傾城の花たちはたちまちに澤の苔の緑に還り
 豪華な耳飾りのゆらめきも瞬く間に松風の吹く谷の土に帰る
 朱をさした紅の瞼はついに青蝿の群がりたかるところとなり
 丹に染めた赤い唇は烏どもにつつかれほじられる死肉となる
 媚を含んだなまめかしい笑顔は、晒された枯骨となれば面影すら残らず
 色香漂う妙なる姿も、腐ち爛れ捨てられて顧みられることもない
 豊かな黒髪も草の根に捨てられて千々に乱れる芥となり
ほっそりとした白い腕も野辺の草むらに沈んで腐敗する

 馥郁たる蘭香は冷たい風に運び去られ
 目や耳や口からは汚らしい臭液が滲み出てくる
 睦まじい妻子との暮らしも、夢に麗しい神女に出会うのと変らず
 富も財宝も、はかない幻に過ぎない

 心地よく涼やかな松風の響きをよろこぶ耳は、どこに行ってしまうのだろうか
 面を照らす玲瓏たる桂月をたのしむ心は、いづれの処に赴くのか
 しなやかな立派な服装も、愛し喜ぶべきものではなく
 こんもりと繁る蔦かづらが、とこしえの飾りとなることを知るべきである

 赤土や白壁の美しい家に住んでも、そこにいつまでも留まることは叶わず
 松や檟(ひさぎ)の植えられた墓場こそ、永遠の住家なのだ
 塚の中では、家族のなごやかな生活を続けることはできないのだ
 荒れ果てた墓所に赴いたら、堅い絆で結ばれた親友と談笑することも叶わない
 聳え立つ松の陰に孤り伏して、空しく土に帰り
 鳥どものさえずる傍らで独り草の根に消えてゆくのだ
 無数の虫どもは蠢き集まって、歯を剥く犬どもが群がり
 妻子は鼻を塞いで厭い退き、疎きも親しきも面を覆って逃げ去ってしまう
 ああ、痛ましきかな!

 珍味ご馳走を味わい艶やかな衣服に身をつつむ鳳凰の姿は、犬や烏の屎尿となり
 一身に人目を集めたうるわしい龍の形も、むなしく燃え尽きる定めなのだ
 誰か春の宴に遊んで愁いを消し、秋の池に戯れて酒盛りに興じていられようか
 ああ、哀れなるかな!

 亡妻を悼む詞を詠んで哀哭に沈み
 焼け死んだ姫君を偲ぶ歌を歌って哀傷を深める
 無常の暴風には神仙たちもなす術がなく
 生命を奪う猛鬼どもは貴賎の分け隔てをしない
 財をもってその定めを贖うことはできず
 権勢をもって留めることもかなわない
 不老不死の妙薬を幾ら飲もうとも
死者をも蘇らせる奇瑞の香をどれほど焚こうとも
 片時も留めることはできず、死すべき定めを免れることはできないのだから」

[受報の詞]
「(地獄)
屍骸は草の中に爛れて形を留めない
心は煮えたぎる釜に煮られてまったく思うようにならない

 あるときは鋭く尖った刀剣の山に投げられて血を流し
 あるときは剣の如き鉄の峰に胸を貫き穿たれて嘆き苦しむ
 石を積んだ車の灼熱の車輪に踏み轢かれ
底知れぬ凍てついた川に沈む

 熱湯を飲まされて内臓が煮えたぎること間断なく
溶けた鉄を喉に流し込まれ一時も免れることができない


 (餓鬼)
 飲み物も食べ物も、億劫にわたって名前すら聞かれない
 咳や唾ほどの僅かな食べ物すら、気の遠くなるほどの長い間、自由にはならない


(再び地獄)
 獅子や虎、狼どもが大口を開け牙を剥いて歓び踊り
 牛頭・馬頭や羅刹どもは目を剥いて襲ってくる
 泣き叫ぶ声は朝が訪れるたびに天空に向って訴えるけれど
 赦し憐れむ心は日が暮れれば消え去ってしまう


 閻魔王に哀願しても憐憫の心は望むべくもなく
 妻子を招き呼ぼうとしてもいかなる術もない
 財宝をもって罪を購おうとしても、贈り物にするようなものは一つもない
 責苦を免れるため逃げ出そうとしても、城壁は高く乗り超えることはできない

 ああ、苦しきかな! ああ、痛ましきかな!
 だれがこの地獄の門の閂を開けることができようか
 だれが盗人を雇って極刑の刃を奪うことができようか
 はかりごとも方策も窮って、愁い、嘆くばかりなのだ
 石劫とも芥子劫ともいわれる永遠にも等しい長きに渡って叫び声は増すばかり

 ああ、痛ましきかな! ああ、痛ましきかな!
 この生存のあいだに仏道に勤め励まずしてこのような地獄の苦しみに落ちてしまっては
 どれほど嘆き、どれほど苦悩しようと、更に誰を頼みとできようか
 この教えに勉めよ この教えに勉めよ」

 ここに亀毛先生たちは、たくさんの梅酢が鼻に入って酸っぱいことこの上もなく、たくさんの苦菜が喉に入って肝を爛らし、仮名の説く仏教の教えが腹の底まで染みわたりました。火を呑むよりも先にはらわたが焼け、刀が穿つよりも先に胸が割ける思いでした。むせび泣き悲しみ悼み、とめどなく涙を流しました。胸を打って地に倒れ、身を割かれるような叫び声を上げて天に訴えました。その悲しみようは、慈しみ深い親を亡くし、いとおしい妻を失ったかのようでした。恐ろしさのあまり魂を失い、悲しさのあまり悶え苦しみ気絶してしまいました。
 仮名乞児は、瓶を手に取り、水をまじなって皆の顔に注ぎかけました。まもなく息を吹き返しても、二日酔いのようにものも言えませんでした。その押し黙ったようすは、墓から蘇生した死人のように、また父親の喪に服している人のようでした。やや久しくして、両目から涙を流し、五体を地に投げて仮名乞児に額ずき、礼拝して申します。
「わたくしたちは、長い間、瓦礫のようにつまらない儒教や道教の教えに熱中し、つねに人天界の僅かばかりの楽しみに耽っておりました。それは、蓼の葉の苦い味わいや屎尿の臭気を快楽と思い込み、目も見えないまま険しい六道輪廻の生死の道に進み、びっこののろま馬に乗って冥土へ向けて旅するようなものでした。そして至り着く冥土も、そこに待っている恐ろしい報いも知りませんでした。今、たまたま慈愛ある有難い教えを示されて、わたくしたちの道が浅薄であることを知りました。今までを振り返ればやり切れぬ後悔の気持ちで一杯で、これからは粉骨砕身して仏道に一心に打ち込みます。慈悲深き和尚さま、お願いでございます、仏教の至極をもう一度ご教示くださいませ」
仮名乞児は言います
「その通りであります。ああ、素晴らしいことです! あなた方は遠からずして本源に還るでありましょう。わたくしは、今一度生死の苦しみとその原因を述べ、さとりという真実の安楽を示しましょう。それは聖人の周公や孔子も述べず、老子や荘子も説かなかったことです。その安楽は、小乗の阿羅漢や、声聞・縁覚も及ばないところです。ただ大乗の菩薩たちだけがよく遊ぶところです。よくよく心を澄ませて聞き、胸に刻みなさい。その大筋を要約してお話しいたしましょう」

 亀毛たちはへりくだって申します
「かしこまりました。心を静め耳を傾けて、謹んで拝聴いたします」
仮名乞児は心の堂奥を開き、流麗な弁舌で「生死海の賦」を述べ、さらに「大菩提の果」を示します。


第三巻   仮名乞児論

[生死海の賦]
「(解脱できずに輪廻を繰り返しているわたくしたちの苦しい生死を海に喩えれば)
生死の海は、欲界、色界、無色界の辺在まで続き、遥かに見渡しても極りがない
それはこの世界の外側までも果てしなく広がり、測ることすらできない

 海はあらゆる生き物を生み出し、無数のものどもを支配する
 大口を開けて、底なしの腹に全ての川の流れを呑み込む
 岩壁を打つ激しき波は休むことなく、磯を洗う早波はぶつかり砕けて休むことがない
 昼も夜も車のきしむがごとき雷霆の響きを轟かせて陸を叩く
 あらゆる種類の数限りなく多くのものが集り群れる
 奇異なもの、奇怪なもの、怪しげな異類どもを豊かに生み育くむ  

 その鱗あるものどもは、慳貪・瞋恚・極癡・大欲である
 長い頭には端なく、遠い尾には極まりがない
 鰭を挙げ尾を打って、口を開いて食を求める
 波を吸うときは、離欲の船も帆柱が摧け帆も失われる      (貪欲)
 霧を吐くときは、慈悲の船も舵が折れ人も沈む         (瞋恚)
 または泳ぎ(煩悩が起こり)または沈んで(悪心がおさまる)  (愚癡)
 心はつねに揺れ動いてとりとめなく乱れる
 財を貪り食を貪り、心は直きことがない
 欲はますます深く、そのために身を滅ぼし家を滅ぼす
 鼠や蚕のように貪り喰らい、惻隠の気持ちなど起こらない
 千劫の長き地獄の苦しみを忘れて、たった一生の富貴を望む


 その羽のあるものどもは、こびへつらい(諂誑)、あしざまにそしり(讒諛、誹謗)、言葉が粗悪で(麁悪)、多言し(噂沓)、かすまびしく(嚾呶)、
驕慢(籧除)で、悪事を働く

 翼を整えて道に背き、高く羽ばたいて快楽に赴く
 常・楽・我・浄の四つの執着の浦に声高に叫び
 殺生・偸盗・邪淫・妄語・綺語・悪口・両舌・貪欲・瞋恚・邪見の十悪の澤に羽ばたく
 正直の実をついばみ、廉潔の豆を啜り食らう
 鵬を見、鸞を見ては、拾った腐鼠を奪われまいと威嚇し
 犬を捕り鼠を捕って、俯して大声で喚く
 または飛び、または鳴いて、目先の欲に囚われ
 あるいは生まれあるいは死んで、未来に受けなければならない苦の報いを忘れてしまう
 飛び行く先には細い網が張り巡らされ、羽を休める池には罠が仕掛けられ
 前からは矢が飛来して頭を砕き、後ろからは弓引かれて血を流すことを
知らないのだろうか  

 禽獣の類は、憍慢・忿怒・罵詈・嫉妬・自讃・毀他・遊蕩・放逸・無慚・無愧・不信・不恤・邪淫・邪見・憎愛・寵辱・殺害のともがら、争い殺しあう輩である
 形を同じくしても心は夫々に異なり、また行いの程度もさまざまである
 鋸の爪、鑿の歯あって、慈しみ少なくして穀を食らう
 眈々として虎のごとく視て、朝露のようにはかない人生に遊び
 怒りの眼差しで獅子のように吼え、夜夢のような現世に戯れる
 これに逢う者は悪心が蔓延り、精抜けて、脳を擂り潰され、腸を砕かれる
 これを見るものは身慄き、心怖じて、恐れと目の眩みに慄き伏す

 かくのごときの衆類が、上は有頂天をめぐり、下は無間地獄にあふれ、
 それぞれの場所に櫛のように並び、浦ごとに住処を連ねている
 このありさまは筆舌に尽くしがたい
 これによって不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒の五戒の小舟も
 猛烈な浪に漂って羅刹の津に曳かれ掣かれて漂着する
 不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不綺語
不悪口・不両舌・不貪欲・不瞋恚・不邪見の十善の車も
 強烈な破壊の力に引かれ車軸をきしませて魔鬼の住処に集り行き交う


[大菩提の果]
 このゆえに、菩提心を発し、最上の果報を仰ぐのでなければ
 だれが暗黒の生死海の底から抜け出して、広大な法身に昇ることができようか
 すべからく生死の漂河に六度の筏のともづなを解き

愛着の波頭に八正道の船を棹さして
精進の帆柱を立て静慮の帆を挙げ
群がる煩悩を忍辱の鎧をもって防ぎ、智慧の剣をもって威し
七覚支の馬に鞭打って速やかに沈淪を超え
四念処の車に乗って高々と迷いの世界を越えてゆけば
未来に成仏し仏の境界を許されること
舎利発が授記を受け
龍女が仏に首飾りを奉って正等覚を成じた吉祥に比べられよう

十地の菩薩の長い修行の道程を須臾に経尽くし
三大阿僧祇劫の遥かな時間を究め尽くして、さとりに至ることも困難ではない
 そうした後に十地の菩薩の十重の荷を捨てて、常住不変の真如の理法を証得し
 煩悩を転じて菩提を、生死を転じて涅槃を得て、法王の名を浄土に讃える
 平等不二の理が顕現し心に親疎の分け隔てなく
 如実空鏡・因熏習鏡・法出離鏡・縁熏習鏡の
四つの鏡に喩えられる智慧を身につけて毀誉褒貶を離れる
 生滅を超えて常住不変で、増減を越えて盛衰もない
 万劫を超えて円寂であり、過去・現在・未来の三際にわたって無為である
 これこそ大いなる吉祥である
 聖天子の軒帝、堯、羲なども足許にも及ばず
 転輪聖王、帝釈天、梵天も全く力が及ばない
 天魔、外道も論難し誹ることがかなわず
 声聞、辟支がいくら讃えても讃え尽くすことはできない

 そうはいっても、大乗菩薩の四弘誓願が未だ達成されないままに
一切衆生は苦海に沈んでいる
 そのことを思って仏陀は悲しみ悼み、心を痛めている
 ここに本来虚空に等しい無相無形の如来は、百億の国土に百億の化身の仏を出現させた
 久遠の過去に成道した法身如来は、釈尊の八相の姿をとり
仏陀は、苦・集・滅・道の四諦の中にその身をゆだねた
 仏陀の教えは弟子たちによって多くの国の果てにまで広まり
 慈愛の羽檄を無数の衆生に分かち与えた


 そうして後に、一切有縁のあらゆる衆生が、風に乗り雲のように集って
 天より地より、雨の如く泉の如く
 清らかなものも汚れたものも、雲の如く煙の如く
 地に下り天に上り、天に上り地に下り
仏陀に帰依するのをお待ちになった
天・竜・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅迦の八部と
比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四衆は、おのおのまちまちに交わり連なって
仏の徳を讃えて詠唱し
賛嘆の声は鼓を打ち馬が走るように轟きざわめいた
鐘のように遠くまで鳴り響き、花のように連なり翻った
その集いは宝石の彩がきらめくように端正で
車馬の響きは大地を揺るがして盛大であった
目に盈ち耳に盈ち、地に満ち天に満ちた
踵を履み跟を履み、肱を側め肩を側め
礼を尽くし敬を尽くし、心を謹み、心を専らにして

しかればすなわち、仏の不可思議な働きは一音の法輪を転じて衆生の邪見を摧き
三千大千世界を引き抜いて他界へ放り投げ、須弥山をそのまま芥子粒に入れてしまう
甘露の雨を降らせて、誘い誡める
教えの歓びを分かち、智慧をつつみ戒をつつむ
ことごとく天下の太平を詠じて民は腹を打って喜び
ことごとく仏の来臨を頌して地上の為政者の功績も忘れてしまう
無慮無数の国々の来集するところ、有情界の讃仰するところ
これこそ最も尊く、崇め敬われるべきものである
ああ、比類なき仏陀世尊のなんと偉にして雄大なことであろう!
これはまことに吾が師仏陀の残された教え、その真理の一少部分である
かの神仙の小術は世俗の微々たる説に過ぎず
言うべきものもなく、取るに足りるものではない」


ここに亀毛公らは、仏教の説く悪業の結果の重いことを恐れ、儒教の浅劣なことを恥じ、自分たちの信奉した世俗の教えを懼ぢました。また、これまで仏法を知らなかったことを哀しみ、また今知ったことを喜びました。仮名乞児の説くところを頼みとして従い、躍り上がらんばかりに喜んで申します。
「わたくしたちは、幸いにも稀有の大阿闍利にお会いすることができ、仏法の最も優れた教えを受けることができました。往昔にも未だ聞いたことがなく、末世にもこのようなことがありましょうか。わたくしは、もし不幸にも和上さまに会うことができなければ、永く現前の五欲の境界に沈んで、地獄・餓鬼・畜生の三悪趣に没していたことでありましょう。いま、わづかに有難いお話を承って、身も心も安らかで朗らかです。たとえば、雷が鳴り響いて土の中で眠っている虫たちが目覚めるように、暖かな春の太陽が寒中の氷を溶かすように、これまでの迷いを醒ましていただきました。
孔子や老子・荘子の教えの、なんと偏って底の浅いものでありましょう。今より後は、この身の皮を剥いで紙とし、骨を折って筆を作り、血を墨に代えて、髑髏を曝して硯として、つつしんで大和上の慈しみの教えを書き記して、生死輪廻の海を渡る航海のしるべと致しましょう」
仮名が申します
「それぞれの席にお戻りなさい。今、まさに儒・道・仏の三つの教えを開き示して、十韻の詩にまとめて、仏法とめぐりあったあなたがたの歌い鼓舞する楽しみに代えましょう」
すなわち詩を作って申します

[十韻の詩]
日月は暗い夜を破る 三教は愚かな心を向上させる
人々の欲求はさまざまであれば 仏はその素質に応じて教えを用意する
三綱五常は孔子が述べ それを受け習えば三公九卿の地位に登る
万物の変転は老子が授け これを伝授されれば仙道に入る
大乗の法は 教義の益するところ最も幽深である
自己と他者とすべて利益救済し 獣や禽も忘れない  春の花は枝の下に落ち 秋の露は葉の前に沈む
 流れ行く水はとどまることなく 疾風は音を残して過ぎ去っていく
 六塵は人々の溺れる海であり 四徳は帰るべき峯である
 すでに三界の束縛を知ったのだから 世俗の栄達を捨て去ろう
                             
  三教指帰 終

参考文献


参考¶『三教指帰』だけを本にしたものはない。本書の岩波版のほかに、華麗極上の四六駢儷体の読み下しを読みたいなら、山喜房の『弘法大師著作全集』第3巻がいいだろう。ぼくのばあいは、福永光司による詳細な註が魅力的な「日本の名著」第3巻の『最澄・空海』にずいぶんお世話になった。さらに原文と現代語訳がぴったり比較対照できるようになっているのは、筑摩書房の『空海全集』第6巻である。『聾瞽指帰』を村岡空さんが、『三教指帰』を山本智教さんが訳している。
このほか空海についてはいまや夥しい評伝や評論が出回っているものの、筑摩の全集を読む以外は、僭越ながら渡辺照宏・宮坂宥勝『沙門空海』(筑摩叢書)、司馬遼太郎『空海の風景』(中央公論社)、松岡正剛『空海の夢』(春秋社)だけで十分なのではないかとおもう。
いずれにしても空海思想の原点は『三教指帰』にすべてある。(参考:千夜千冊)