ダイソンが電気自動車をつくる計画は、それほど「非現実的」でもない

独自のサイクロン掃除機や羽根のない扇風機など、革新的な家電を数多く発表してきたダイソン。家電メーカーだったはずのこの会社が、なんと電気自動車の開発を始めようとしているという。同社は家電のみならず自動車業界にもイノヴェイションを起こしうるのだろうか?

この7台の「EVコンセプトカー」が、自動車産業の未来を指し示す

自社のクルマを「機器」と呼ばれて、自動車メーカーは喜ばないだろう。情熱や興奮を大切にする自動車産業にとって、クルマをトースターや電子レンジのような日常的なものと同等に扱われることは、失敗だったと受け止められるはずだ。

しかし、世界で最もクールな家電を生産して巨万の富を生み出したこの男が、電気自動車(EV)をつくる計画を実現してしまったら──自動車業界にとってそれは、新たな侮辱となりうるかもしれない。イギリスの発明家、サー・ジェームズ・ダイソンは、自身の会社が誰もが羨むようなゼロエミッションのクルマを生産するため、2020年までに27億ドル超を投資することを2017年9月26日に発表した。

ダイソンのEVに関する情報は、まだ詳しく明らかにはされていない。ダイソンは「自動車業界の技術競争は激しく、できる限り詳細を機密にしたいと考えている」と、社員に向けたメールで述べている。同社はクルマを扱ったことのあるエンジニアたちを集めたチームを編成し、そのメンバーはすでに400名強に達している。しかも、さらに採用を進めているという。

ダイソンは、紙パックのいらない掃除機や羽根のない扇風機、独自技術が詰め込まれたヘアドライヤーなどに対して、人々が多くの追加費用を喜んで支払うことを証明してきた。しかし、同じことを同じようにクルマでも起こせる保証はない。

自動車ビジネスは新参者に対して残酷なことで有名だ。テスラ以上に失敗したより多くの企業の存在(デロリアンやフィスカー、アプテラ)がそれを証明している。イーロン・マスクの会社でさえ、未だに利益を計上してはいないのだ。世界で最も裕福な会社であるアップルは、実際にクルマをつくることがいかに難しいかを理解し、最近になってクルマに関する計画を縮小することになった。

グローバルなサプライチェーンを築き、無数にある難解な規制に従い、膨大な間接費を管理して稼働する生産ラインを築くこと。それは試作品を1台だけつくることとは大きく異なっている。成功している自動車メーカーでさえ、その薄利にあがいている状況にあるのだ。

クルマとバッテリーに対するダイソンの数十億ドルにものぼる投資は巨大である。だが、新たなクルマの設計・開発にどれぐらいの費用を要するか熟知している旧来の自動車メーカーと並ぶと、弱々しく見える。ダイムラーはEVに100億ドルを投じ、テスラは年末までに同程度の金額を費やすだろう。

こうした高いハードルがあるものの、英国が誇る家電メーカーであるダイソンが(たとえ少量販売であるとしても)デザイン性に秀でた魅力的なクルマをつくることは馬鹿げたアイデアではない。同社はスマートで、ときに意外性のある製品を開発することで定評がある。毎週1,000万ドルもの額を開発費用として投じれば、それは可能になるのだという。

「ダイソンは、同社の掃除機がもつ高級なイメージや設計の経験を活かせるでしょう」と、コーネル大学で自動車産業を専門としているアーサー・ウィートンは言う。「テスラが最初はそうであったように、ニッチプレーヤーになるチャンスは大いにあります。ただし、ご存知のように、それは急勾配の丘を登っていくようなものですが」

さらにいいことは、クルマに関していえば、ダイソンが開発に踏み出すために必要な中核技術をもっていることだ。第1に、ダイソンはバッテリーに対して相当額の投資を行ってきた。特に、全固体電池を専門とする企業であるSakti3を2015年に買収している。まだ実用化されてはいないものの、その技術はより多くのエネルギーを既存のリチウムイオンバッテリーよりも小さく軽いパッケージに収められるようにするものだ。

第2に、ダイソンは電気モーターの分野でも多くの経験があり、常にそれを強化・効率化するための努力を続けている。電気モーターは、エアコンからプール用ポンプ、重機にいたるまですべてを動かし、地球上の電力の40%を消費している。それらを少しでも改良できれば、かなりの省エネルギーに繋がり、ダイソンに競争優位性をもたらすことになる。

「かなり規模が大きいので、モーターの設計と製造に関するより効率的で革新的な手法を発見できれば、経済規模と省エネルギーの量は膨大なものになるでしょう」。コロンビア大学でビジネスとエンジニアリングを専門とするR.A.ファロクニア教授はそう語る。彼は、ダイソンなど革新的な企業が、ほかのEVメーカーに部品を供給する新世代のメーカーになりうると考えている。

そして第3にダイソンの製品は、掃除機に吸引される空気や羽根をもたない扇風機から出される空気など、すべてが効率的な空気の流れを考慮して設計されているということだ。小さな抵抗が電池寿命を消耗することに繋がるため、EVにとって空気力学は特に重要となる。

テスラのクルマのドアハンドルはどうしてドアと同一面になっているのか? これまでレーシングカーの空気抵抗を低減するために数十億ドルもの開発費が投入されてきたが、ダイソンが技術革新を起こすことで同社のクルマに競争力を与えることになるだろう。

ダイソンがクルマに投入できるすべてのイノヴェイションをもってしても、同社が利益を生むために大量の製造販売を行うのはほぼ確実に無理だろう。しかし、ユニークで高品位な高級EVをつくれたとしたら、それが購入者を引きつけ、ブランドと高い技術力のショーケースになる。アストンマーチン、ロータス、TVR、MG、ケータハムなど、専門的な自動車メーカーを生み出す英国の強い伝統に力を与えることも可能なはずだ(少なくともアストンマーチンはその準備ができているように見受けられる)。

歴史的に見れば、ダイソンはその技術を社内に温存してきたが、もしジェームズ・ダイソンが世界に変化をもたらしたいと本当に思うのであれば、(彼自身はそう思っていると言っているが)それがモーターであれバッテリーや空気力学のからくりであれ、彼は自分がつくったものを業界の大手企業に提供できる。

クルマの生産はジェームズ・ダイソンにとって情熱的なプロジェクトのようで、彼の発明者としての評判を拡散し補強するものだ。「あなたは掃除機の人と電気スポーツカーの人、どちらとして有名になりたいですか?」と、コーネル大学のウィートン教授は問う。

もしダイソンがこれに成功したとすれば、自動車業界はただご機嫌をとって取り入ろうとするだけになるはずだ。