参考資料
「孫子」投資術

「孫子」投資法

項 目
内  容
第1篇 始 計 《株式投資を始めるに当たっての注意事項》
 ①株式投資の成功は、始める前から決まっている
 ②株式投資に必要な5要件と判断するための7項目
 ③株式投資というものは、悪く言えば化かし合い
第2篇 作 戦 《株式投資に必要な費用と損切りの考え方》
 ①株式投資にかかる必要経費の考え方
 ②投資に失敗したときの対処方法とその必要性
 ③短期投資の実用性と対費用効果の考え方
第3篇 謀 攻 《リスクを減らして行う株式投資の考え方》
 ①トレンドからアプローチするリスクの少ない投資方法
 ②投資金額からアプローチするリスクの少ない投資方法
 ③自己管理からアプローチするリスクの少ない投資方法
第4篇 軍 形 《株式投資とは無理せず損しないこと》
 ①株式投資に最も重要なことは損をしないこと
 ②平凡こそが最も優れた投資方法
 ③損しないために必要な投資方法の確立と状況把握
第5篇 兵 勢 《相場の動きとタイミングの重要性》
 ①相場の動きに合わせて投資するための4条件
 ②仕込みと待ちの関係
 ③儲けは銘柄選択ではなく、相場の動き
第6篇 虚 実 《投資の基本は、投資をしないこと》
  ①仕込みの安全性と効率性を知る
  ②究極の仕込みと究極の損切りとは何か
  ③待ちの態勢が基本
第7篇 軍 争 《株価の位置を知ることの重要性》
  ①仕込みの難しさを理解して実践する
  ②資金の取り扱い方と損切りの設定
  ③相場を操る方法は
第8篇 九 変 《投資家がしてはならない基本原則》
  ①投資家が仕込んではならない9つの場面
  ②投資家が仕込んではいけない5つの種類
  ③投資家がしてはならない5つの過ち
第9篇 行 軍 《具体的な相場状況から見る投資の可否》
  ①具体的な相場の対処方法
  ②自分に見合った資金量を知ることの必要性
第10篇 地 形 《相場環境の種類と活用方法》
  ①6つの相場環境の活用方法と6つの資金に対する注意事項
  ②相場環境の利用は補助的条件
  ③自制の必要性
第11篇
九 地
《株価の位置の種類と活用方法》
  ①株価が持つ9つの位置とその特性
  ②具体的なトレンドの利用方法
  ③投資する上で最も大事なこととは
第12篇 火 攻 《仕手材料株の扱い方》
  ①仕手材料株の種類
  ②具体的な仕手材料株の利用方法
  ③投資する上で最も大事なこととは
第13篇 用 間 《情報の重要性》
  ①情報の必要性とその成果
  ②情報の種類
  ③最も重要な情報とは

第一篇 始計

☆☆☆準備(株式投資を始めるには)☆☆☆
1.原 訳
孫武先生が言われている。
戦争というものは、国にとっては重大事である。それは、国民にとっては生死の分かれ目となり、国家にとっては存亡の危機となるからである。だから、戦争をするに当たって、事前にその勝敗の見通しが立たないというのは済まされないことなのである。そこで、その見通しを立てる為に、5つの条件について敵国と比較し、それぞれについて分析して、その優劣を調査しなければならない。その条件とは、1つ目は『道』、2つ目は『天』、3つ目は『地』、4つ目は『将』、5つ目は『法』である。『道』とは、国民と君主の意識が同じという政治的条件、つまり大義名分のことである。大義名分があれば、君主の命令でその生死が決定されても、国民は畏れることが無くなるからである。『天』とは、天候、寒暑、時節等自然的条件のことである。『地』とは、距離、険しさ、広さ、高さ等地理的条件のことである。『将』とは、智略、信義、仁愛、勇敢、厳正を併せ持つ将軍の資質のことで人的条件のことである。『法』とは、軍隊統制に関する法令、政務、組織等規範的条件のことである。およそ、これら5つの条件について、聞いたことが無い者はいない。つまり、これらのことをより深く理解している者が勝利を収め、理解していない者が勝利できないということなのである。
 だから、より深く理解するために、更に細かく分析して、その優劣を探るのである。つまり、どちらの君主がより国民から支持されているか、どちらの将軍がより有能であるか、どちらの国がより自然的、地理的条件を得ているか、どちらの法令がより厳格に適用されているか、どちらの軍隊がより強力であるか、どちらの兵士がより熟練しているか、どちらの賞罰がより明らかであるか、である。以上のことを分析することにより、戦争を行なう前から、勝敗の行方を知ることができるのである。
そこで、もし、全軍を任せる将軍が以上のこのことを理解しているのであれば、必ず勝つことになるので、この者を留任させることができる。反対に、理解していないのであれば、必ず敗れることになるので、留任させることができない。そして、分析の結果、勝算有りとして出兵の勅許が得られたのであれば、後は情勢を整備して、出兵後の障害を減らさなければならない。情勢とは、利益によって、反対勢力を制することである。
 戦争とは、人の考えの裏をかくことである。だから、できるのにできないように見せかけたり、必要なのに不要なように見せかけたり、近いのに遠いように見せかけたり、遠いのに近いように見せかけたりしなければならない。また、敵が利益を求めていれば誘い出したり、混乱していれば奪い取ったり、充実していれば備えたり、強ければ避けたり、怒っていれば掻き乱したり、謙虚であれば増長させたり、楽をしていれば疲労させたり、親しんでいれば分裂させたりしなければならない。その無防備を攻め、不意を衝かなければならない。これが兵法でいうところの「兵勢」であって、予め教えることができないものなのである。
 開戦前の御前会議において、既に勝っているというのは、勝算が多いからである。反対に、開戦前の御前会議において、既に負けているというのは、勝算が少ないからである。勝算が多ければ勝ち、少なければ勝てないのは当然である。まして、勝算無き戦いなど勝てることがあろうか。私は、この会議を観ることにより、勝敗の行方を事前に知ることができるのである

2.株式投資編
 株式投資というものは、一般人にとっては重大事である。それは、財産が増えるか減るかの分かれ目であり、人生にとってはその後を左右する大問題となるからである。だから、株式投資をするに当たって、事前にその成否の見通しが立たないというのでは済まされないことなのである。そこで、その見通しを立てる為に、5つの条件について現状を確認し、それぞれについて分析して、その状況を調査しなければならない。その条件とは、1つ目は『自制』、2つ目は『時期』、3つ目は『環境』、4つ目は『能力』、5つ目は『方法』である。
『自制』とは、自己の欲望を抑えることであり、心理的条件のことである。株式投資で失敗する最大の原因は、楽して大儲けしたいという安易な考えや、自分に都合の良い考えに基づいて投資を行なうことであり、その考えをどれだけ自制できるかが、成功の鍵を握ると言える。
『時期』とは、日時、季節、サイクル等時間的条件のことである。
『環境』とは、政治、経済、外交等相場を取り巻く環境的条件のことである。
『能力』とは、知力、信念、謹直、勇気、厳毅等、投資家自身の人格的条件のことである。
『方法』とは、投資に関するやり方、決め事、原理原則等、手段的条件のことである。
およそ、これら5つの条件について、聞いたことが無い者はいない。つまり、これらのことをより深く理解している者が成功を収め、理解していない者が成功できないということなのである。
 だから、 より深く理解するために、更に細かく分析して、その状況を探るのである。つまり、どれだけ欲望を自制して客観的に判断できているか、どれだけ能力的に完成されているか、どれだけ時間的、環境的条件を得ているか、どれだけ原則に従った行動ができているか、どれだけ種玉に余裕があるか、どれだけ株式投資のシステムを理解しているか、どれだけ見切りが厳格に運用できるか、である。 以上のことを分析することにより、株式投資を行なう前から、成否の行方を知ることができるのである。
 そこで、もし、株式投資を始めようとする人が、以上のことを理解しているのであれば、必ず成功することになるので、株式投資を始めてみれば良い。反対に、理解していないのであれば、必ず失敗することになるので、株式投資などに興味を持たないほうが良い。そして、分析の結果、成功率が高いと判断できたときは、後は希望的観測に留意して、投資後のリスクを軽減しなければならない。希望的観測とは、利益に目が眩んで、悪材料を無視することである。
 株式投資とは、相場の裏を行くこと である。だから、買われているときには買わなかったり、売られているときに売らなかったり、買われ過ぎたところを売ったり、売られ過ぎたところを買ったりするのである。また、相場が仕込みし易そうな状況であれば見送ったり、混乱していれば総退却したり、充実していれば反落に備えたり、弱ければ避けたり、急落していれば安値を拾ったり、上昇していれば売り場を考えたり、急騰していれば高値を売ったり、全ての指標が同一方向を示せばその反対を疑わなければならない。相場の極みで仕込み、誰も考えない銘柄を拾わなければならない。これが株式投資でいうところの「相場の流れ」であって、予め教えることができないものなのである。
 仕込み前の銘柄選定において、既に利益が出ているというのは、成功率が高いからである。反対に、仕込み前の銘柄選定において、既に損失が出ているというのは、成功率が低いからである。成功率が高ければ成功し、低ければ失敗するのは当然である。ましてや、成功率も計算できないような仕込みをして、利益が出ることなどがあろうか。つまり、銘柄選定方法を見ることにより、その成否の行方を事前に知ることが出来るのである。
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第二篇 作戦

☆☆☆勝つための具体的な方法☆☆☆
1.原 訳
 孫武先生が言われている。
 「戦争を行なうには、例えば、戦車1千台、補給車1千台、兵卒10万人からなる部隊を、補給物資を本国から輸送して千里の彼方に遠征させる場合、国内外の経費、外交費用、武器の補充費用、食料の補給費用等併せると、1日1千金もの大金が必要となる。つまり、これだけの費用が無ければ総兵力10万人もの大軍を動かすことはできないのである。それなのに、いざ会戦となったとき、決め手を欠いて戦争を長期化させれば、兵力を消耗した上に、兵隊達の戦意を鈍らせることになる。そこで、力ずくで城攻めを仕掛けるとなると、例え勝ったとしても、その被害は甚大なものとなる。かといって攻めあぐねていると、後方支援の負担は膨大となり、国の経済そのものを破綻させることになる。
 そもそも兵隊の戦意を鈍らし、国庫を枯渇させ、国力を疲弊させるということは、その機に乗じて第三国に攻め込まれる要素を作ることになり、いくら有能な軍師がいたとしても、それを防ぎきるということはできない。だから戦争には『程々の勝利で素早く撤兵すること。』が有利というのは聞くが、『敵国を滅亡させるまで徹底的に戦うこと。』が有利というのは聞かないのである。未だ嘗て、戦争を長期化させて国家に利益があったということは無いのである。だから、戦争の被害を充分知り尽くしていない者は、戦争の利益を充分知り尽くすことができないのである。
 名将と呼ばれる人は、国民を兵役に2度も着かせず、本国からの食糧輸送も3度は行なわず、軍需物資は本国から輸送させるが、食料品等補給物資は敵国内で現地調達するのである。だから、いつも部隊では食料品が溢れているのである。出兵により貧しくなるというのは、遠方まで食料品等を輸送しなければならないからであり、遠方までの輸送に国民が借り出されるから、国民は本業に専念できずに貧しくなるのである。だからといって国の近くで戦争をすると、物資の需給バランスが崩れ、物価が跳ね上がることとなり、物価が跳ね上がると、国民は蓄えを吐き出さざるを得なくなり、国民の蓄えが無くなると、雑役にも苦しむこととなる。そうなると、戦場では兵力が尽きることとなり、国内の家々では家財が尽きることとなる。国民の生活は、平時の7割がカットされ、国費は、武器の補修、補充費用及び戦争用土木工事費用等が歳出の6割を占めることとなる。だからこそ智将は、敵国内に遠征して、食料を現地調達するのである。敵食料を1斗奪うのは、味方の食料20斗運ぶのと同じだけの価値があり、敵飼料を1石奪うのは、味方の飼料20石運ぶのと同じだけの価値があるからである。
 これと同じ意味で、敵を殺すというのは思慮の足りない野蛮行為であり、敵を虜にするというのは利益を考えた正当な行為なのである。だから、敵戦車10台以上を捕獲したときは、先駆けの者に賞としてそれを与え、旗印を取り替えて味方の戦車とするのである。降伏した敵兵は手厚くもてなして、味方にするのである。このことこそが、敵に勝って益々強くなるということなのである。
 だからこそ、戦争というのは勝つことが先決であるが、長引かせることはよくない。このことは、兵隊たちの運命を左右することであり、国民の命を司るものであり、国家の安危を握っているものなのである。」

2.株式投資編
 そこで、実際に株式投資を始めるには、例えば、100万円の元金で証券会社に口座を開設し、信用取引契約をして300万円程度の投資をする場合、評価損、情報料、口座管理料、売買手数料、日歩、逆日歩等を合わせると、1日当たり数百円から数万円程度の維持費が必要となる。それなのに、いざ投資となったとき、撤退する機会を逃して建玉をダラダラと長期化させてしまえば、資金を消耗させた上に、投資家自身の投資意欲を鈍らすことになる。そこで、起死回生をもくろみ解体銘柄の逆張りなどに手を出すと、例え一時は成功しても、最終的には大損することになる。だからといって、そのまま持続していると、日々の維持費の負担が膨大となり、株式投資そのものを破綻させることになる。
 そもそも投資家自身の投資意欲を鈍らし、資金を枯渇させ、投資余力を疲弊させるということは、絶好の投資好機に遭遇しても、適切な仕込みをすることができなくなり、いくら有益な情報を得たとしても、利益を得るということができなくなる。
だから株式投資には、『程々の利益で満足して、素早く撤退すること。』が有利
というのは聞くが、『より大きな利益を得る為に、銘柄の天井まで持続すること。』が有利というのは聞かないのである。未だ嘗て、利益に目が眩んで仕込みを長期化させて、投資家自身に利益があったということは無いのである。だから、株式投資の失敗を充分知り尽くしていない者は、株式投資の成功を充分知り尽くすことができないのである。
 名投資家と呼ばれる人は、銘柄の仕込みを2度もせず(利乗せ、難平買いしない)、元金からの損失及び維持費の持ち出しも3度は行なわず(最初と2度目の仕込み銘柄分まで)、仕込みにかかる費用は元金を担保とするが、損失及び維持費については、全て得た利益の中で賄うのである。だから、いつも資金が枯渇して仕込みできないということは無いのである。仕込みにより資金が足りなくなるというのは、利益も無いのに長期間に渡って仕込みを持続するからであり、長期間に渡って建玉を維持するから、評価損がジリジリ拡大し、維持費の負担も重くなるのである。だからといって考え無しに短期で回転すると、利益は小さくなって、維持費の負担が跳ね上がることとなり、維持費の負担が跳ね上がると、少ない利益では賄えずに元金を吐き出すことになり、元金を吐き出すと、他の銘柄を仕込む資金が無くなるのである。そうなると、相場では投資余力が尽きることとなり、元金では信用取引担保が尽きることとなる。株式投資に臨める資金は、当初の7割を失い、元金は、情報料の支払い、売買手数料の支払い及び日歩並びに逆日歩の負担が残金の6割を占めることになる。だからこそ、頭の良い投資家は、不必要に短期で回転させるのではなく、投資銘柄を慎重に選択して、確実に利益を上げていくのである。投資により1万円の利益を得るということは、資金20万円を持ち出すのと同じだけの価値があるからである。
 これと同じ意味で、利益の出ている銘柄を深追いするというのは、思慮の足りない野蛮行為であり、程々の利益で確定するというのは、株式投資の本質を理解した正当な行為なのである。だから、仕込んで10%以上の利益が出たときは、まず、利益を確定して必要経費等を精算した後、純利益を元金に算入するのである。このことにより、得た利益は3倍の価値を生じることになるのである。このことこそが、投資に成功して益々強くなるということなのである。
だからこそ、株式投資というものは利益を上げることが先決であるが、長引かせることはよくない。このことは、資金の増減を左右することであり、自身の人生を司るものであり、家族の安危を握っているものなのである。
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第三篇 謀攻

☆☆☆リスクの少ない投資の勧め☆☆☆
1.原 訳
 孫武先生が言われている。
「戦争を行なうには、敵国を攻めずに屈服させるのが上策であり、攻め破るのは次策である。敵軍を攻めずに屈服させるのが上策であり、攻め破るのは次策である。敵大隊を攻めずに屈服させるのが上策であり、攻め破るのは次策である。敵中隊を攻めずに屈服させるのが上策であり、攻め破るのは次策である。敵小隊を攻めずに屈服させるのが上策であり、攻め破るのは次策である。だから、100回戦って100回勝っても、最善の勝ち方ではないのである。戦わずに敵を屈服させてこそ、最善の勝ち方なのである。
 だから、最良の策というのは、敵の謀略を看破して心理的ダメージを与えて降伏させることであり、次の策は、敵の外交関係を分断して孤立化させることにより降伏させることであり、その次の策は、敵軍を野戦で打ち破って降伏させることであり、攻城戦と言うのは下の下の策である。攻城戦というのは、止むを得ない場合に行なうものである。攻城戦用の道具や武器を製作するには3ヶ月程度の期間が必要であり、土塁等の建設には更に3ヶ月程度の期間が必要となる。将軍が、この準備期間を待つことができずに、無理に総攻撃をかければ、全軍の1/3を失っても、まだ城が落ちないという憂き目にあう。これは攻撃側にとって悲劇としか言いようが無い。だから稀代の名将というのは、敵を屈服させたとしても戦わず、敵城を落としたとしても攻めず、敵国を討ったとしても長期化させていないのである。必ず兵力を全うして天下の覇権を争うので、戦力を疲弊させずに、利益の全てを得ることが出来るのである。これが謀略による戦い方なのである。
 次に野戦に突入した場合の戦い方として、敵の10倍の兵力であれば敵軍を包囲し、5倍の兵力であれば地形や態勢を整えて敵軍を攻め、2倍の兵力であれば敵軍を分断して各個撃破し、等しい兵力であれば堅陣を築いて敵軍の隙を待たなければならない。また、敵より少ない兵力であれば敵軍から逃げ、少なすぎれば見つからないように避けなければならない。何故なら、無理に寡兵で戦うことは、敵軍の捕虜になるのが関の山だからである。
 ところで、そもそも将軍というものは、国の輔弼となるべき者であって、君主との関係が親密であれば、その国は強くなり、君主との関係に隙間があれば、その国は弱くなるものである。何故なら、君主が将軍を信頼できずに、軍に干渉した場合、憂慮すべきことが3つ起こるからである。まず、進軍してはならないことを知らずに進軍を命じたり、退却してはならないことを知らずに退却を命じたりして、軍を束縛することである。次に、軍隊のことを何も知らないのに、軍政に口を挟み、軍を迷わせることである。最後に、作戦のことを何も解らないのに、作戦に口を挟み、軍に疑心を抱かせることである。既に軍が戸惑い、疑心暗鬼に陥っていたら、そのことを知った第三国が攻め入ってくるのは当然である。だからこれを「軍を乱して、勝利を譲る」と言うのである。
 以上のことをまとめると、次の5つの条件を知っている者が、勝利を収めるのである。まず、戦うべき時とそうでない時を知っている者が勝つ。次に、多勢と無勢の用い方を知っている者が勝つ。そして、将軍から兵士までが心を一つにしていれば勝つ。それから、よく準備をして準備をしていない敵と戦えば勝つ。最後に、主君が名将を用いて、軍に干渉しなければ勝つ。これら5つの条件が、勝利を知る者への道である。だから私は言うのである。『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。(敵の実力を見極め、己の力を客観的に判断して敵と戦えば、100戦したところで危機に陥るようなことはない。)敵の実力を見極めようとせず、己の力だけを客観的に判断して敵と戦えば、勝つか負けるかはわからない。敵の実力を見極めようとせず、己の力すら客観的に判断できないで敵と戦えば、戦う度に危機に陥るであろう。』

2.株式投資編
 株式投資を行なうには、相場のトレンドに順張りして利益を上げるのが上策であり、逆張りして利益を上げるのは次策である。セクターのトレンドに順張りして利益を上げるのが上策であり、逆張りして利益を上げるのは次策である。銘柄の長期トレンドに順張りして利益を上げるのが上策であり、逆張りして利益を上げるのは次策である。銘柄の中期トレンドに順張りして利益を上げるのが上策であり、逆張りして利益を上げるのは次策である。銘柄の短期トレンドに順張りして利益を上げるのが上策であり、逆張りして利益を上げるのは次策である。だから、100回逆張りして100回成功しても、最善の投資方法ではないのである。 リスクを少なくして利益を上げてこそ、最善の投資方法なのである。
だから、上策というのは、大きく売られ(買われ)過ぎた銘柄の反転時を仕込むことであり、中策は、トレンドが反転した後の最初の押し目を仕込むことであり 、下策は、大きく動いたところを追撃買い(売り)することであり、反落(反騰)場面で逆張りするのは下の下の策である。逆張りというのは、どうしても仕込む銘柄が無いときに、遊びとして損失覚悟で行なうものなのである。シコリ玉を多く抱えている上に、出来高も減少傾向にある銘柄では、反転のタイミングを探るのが難しく、そのまま反転せずに続落(続伸)する場合も多い。投資家が、このタイミングを掴めないで無理な仕込みをすれば、資金の1/3を失っても、まだ損切りできないという憂き目に遭う。これは投資家にとって悲劇としか言いようが無い。だから稀代の名投資家と呼ばれる人達は、投資をしたとしてもリスクを限定し、仕込みをしたとしても逆張りせず、持続したとしても長期化させていないのである。必ず資金を全うして株式投資に臨むから、資力を疲弊させずに、利益の全てを得ることが出来るのである。これがリスクの少ない投資方法なのである。
 そこで、リスクの高い追撃買い(売り)する場合の投資方法としてETFであれば全額の資金で仕込みし、国債優良銘柄であれば1/2の資金で仕込みし、余り値動きの無い銘柄であれば1/5の資金で仕込みし、ある程度値動きが期待できる銘柄であれば1/10の資金で仕込みしなければならない。また、仕手銘柄であれば遊び程度の資金で仕込みし、解体銘柄であれば仕込みしてはならない。何故なら、大きな利益が期待できる銘柄は、大きな損失を被る可能性が高いからである。
 ところで、そもそも「能力」というものは、投資家にとって重要な条件であって、投資家自身が自分自身の能力を自覚していれば、成功し易くなり、自覚していなければ、成功し難くなるのである。何故なら、投資家が自身の「能力」を知らずに、投資をした場合、憂慮すべきことが3つ起こるからである。まず、仕込んではならないときに仕込みしようとしたり、撤退してはならないときに撤退しようとしたりして、仕込みを感覚で決めようとすることである。次に、株式投資のことをよく理解していないのに、理解したつもりになって、プロと同じ手法をとろうとすることである。最後に、投資方法など全く確立できていないのに、らしきものを作り、自分の失敗を正当化しようとすることである。既に、投資時期が分からず、投資そのものを理解できず、投資方法すら確立できていないのでは、いくら経験を積んだところで、成功できないのは当然である。だからこれを「自滅」と言うのである。 以上のことをまとめると、
次の5つの条件を知っている者が、成功を収めるのである。まず、

 仕込んでも良い時期とそうでない時期を知っている者が成功する。次に、
 銘柄によって資金の投入量の違いを知っている者が成功する。そして、
 欲望を自制して、寡欲を心掛けている者が成功する。それから、
 日頃からよく研究している者が成功する。最後に、
 自分の能力をよく理解している者が成功する。

これら5つの条件が、成功を知る者への道である。 だから昔から言われているのである。
『相場の状況を見極め、自分自身の能力を客観的に判断して投資に臨めば、100回仕込みしたところで危機に陥るようなことはない。(敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。)相場の状況を見極めようとせず、自分自身の能力を客観的に判断して投資に臨めば、成功するかどうかは五分五分である。相場の状況を見極めようとせず、自分自身の能力すら客観的に判断できないで投資に臨めば、仕込む度に危機に陥るであろう。』
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第四篇 軍形

☆儲けるよりも、損しないことを心掛けること☆
1.原 訳
古の名将と言われる人達は、まず、敵軍がどんな攻撃を仕掛けても敗けないように自軍の態勢を整えて、どんなに拙い攻撃をしても勝てるような敵の間隙を待ったのである。何故なら、敗北するかどうかは自軍の問題であり、勝利するかどうかは敵軍の問題であるからである。だから、例え名将であっても、不敗の戦いをすることはできても、常勝の戦いをすることはできないのである。『勝利することはわかっていても、必ずそれを成し遂げられるかどうかは分からない。』と言われる所以である。敗北しないというのは防御に関することであり、勝利するというのは攻撃に関することである。だから不敗の名将と言われる人達は、地中深くに潜むように防御し、常勝の英雄と言われる人達は、空高く飛び回るように自由自在に攻撃するのである。だから、自軍の兵力を損耗させることなく、完全な勝利を収めることができるのである。
 勝機を掴むのに一般人でもわかる程度なら、誰も名将とは言わない。同様に、戦いに勝って世間から名将だと賞賛される程度なら、本当の意味での名将とは言えないのである。何故なら、細い毛を持ち上げられても力持ちと言われないし、太陽や月が見えても視力が良いとは言われないし、雷鳴が聞こえても耳が良いとは言われないのと同じである。(つまり、一般人が凄いと気付く程度なら、実際は凄くないのである。)昔の名将と呼ばれる人たちは、無理なく勝てるときに勝っているのである。だから名将の勝利には、奇策だとか、知略だとか、武勇だとかの手柄話が何もないのである。何故なら、戦って勝つのに間違いない状況で勝っているからである。間違いないということは、自身は必勝の態勢で臨んでいるので、敵は戦う前から敗北しているのである。だから名将というのは、自身は不敗の地に立ち、敵を必敗の地に立たせるのである。必勝の軍は先ず勝利してから敵と戦うのに対して、必敗の軍は戦ってから勝利を探すのである。
 名将と言われる人たちは、必ず軍の意識を一つに統一し、軍紀を厳守させるのである。だからこそ、勝敗を自由に決することができるのである。
 昔からの兵法には次のように述べられている。最初に『度(物差しで測る)』、次に『量(升目で量る)』、その次に『数(数え計る)』、そして『称(比べ計る)』、最後に『勝(勝率を諮る)』であると。まず戦場の地形から、広さや距離という『度』の問題を考えなければならない。そして、『度』の結果を受けて、投入すべき物資という『量』の問題を考えなければならない。それから、『量』の結果を受けて、動員すべき兵力という『数』の問題を考えなければならない。その上で、『数』の結果を受けて、敵軍と比較するという『称』の問題を考えなければならない。最後に、『称』の結果を受けて、勝敗という『勝』の問題を考えなければならない。だからこそ必勝の軍は、重い鎰で軽い銖と重さ比べをするように優勢であり、必敗の軍は、軽い銖で重い鎰と重さ比べをするよう劣勢なのである
 勝利者が民を戦わせようとする方法は、千仞の谷を切り崩して水を流すようなものであり、これが理想的な体勢なのである。」

2.株式投資編
 古の名投資家と言われる人達は、まず、相場がどんな動きになっても損失を出さないように自分の投資方法を確立して、どんなに拙い仕込みをしても利益が得られるような相場の動きを待ったのである。 何故なら、損失を出すかどうかは投資家自身の問題であり、利益が得られるかどうかは相場の動きの問題だからである。 だから、例えどんな名投資家であっても、絶対に損失を出さない投資をすることができても、絶対に利益を得られる投資をすることができないのである。『成功することはわかっていても、必ずそれを成し遂げられるかどうかは分からない。』と言われる所以である。損失を出さないというのは損切りに関することであり、利益を出すというのは仕込みに関することである。だから、決して損しない投資家達は、名刀の切れ味のように瞬時に判断して損切りし、必ず儲けられる投資家達は、筍を掘るように儲かりそうな銘柄を仕込むのである。だから、資金を損耗させることなく、完全な成功を手にすることができるのである。
 投資好機を判断するのに、並みの投資家でもわかる程度なら、誰も名投資家とは言わない。同様に、株式投資に成功して、世間から名投資家だと賞賛される程度なら、本当の意味での名投資家とは言えないのである。何故なら、細い毛を持ち上げられても力持ちと言われないし、太陽や月が見えても視力が良いとは言われないし、雷鳴が聞こえても耳が良いとは言わないのと同じである。(つまり、一般人が凄いと気付く程度なら、実際は凄くないのである。)歴史に名を残した名投資家達は、無理せずに儲けられるときに儲けていたのである。だから、名投資家の成功には、急騰銘柄だとか、仕手銘柄だとか、逆張りだとかの儲け話が何も無いのである。何故なら、仕込んで、儲かるに違いない相場で儲けているからである。儲かるに違いないということは、自分自身は必ず儲かる状況で仕込んでいるので、仕込む前から成功しているのである。だから名投資家というのは、自分自身は決して損しない投資をしながら、相場が必ず儲けられる状況になるのを待ったのである。必ず成功する投資というのは、まず成功してから仕込みをするのに対して、必ず失敗する投資というのは、仕込んでから成功を探すのである。
 名投資家と言われる人達は、必ず欲望を自制して、自分の投資方法を厳守したのである。だからこそ、成否を自由に決することができるのである。
 昔からの投資方法には、次のように述べられている。最初に『度(物差しで測る)』、次に『量(升目で量る)』、その次に『数(数え計る)』、そして『称(比べ計る)』、最後に『勝(勝率を諮る)』であると。まず、相場の環境から、良し悪しという『度』の問題を考えなければならない。そして、『度』の結果を受けて、投入すべき資金という『量』の問題を考えなければならない。それから、『量』の結果を受けて、仕込める株数という『数』の問題を考えなければならない。その上で、『数』の結果を受けて、過去と比較するという『称』の問題を考えなければならない。最後に、『称』の結果を受けて、勝敗という『勝』の問題を考えなければならない。だからこそ、必ず成功する投資は、重い鉛で軽い羽毛と重さ比べをするように優勢であり、必ず失敗する投資は、軽い羽毛で重い鉛と重さ比べをするよう劣勢なのである。
 成功者が利用する相場の動きというものは、千仞の谷を切り崩して水を流すようなものであり、これが理想的な体勢なのである。
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第五篇 兵勢


☆☆☆相場の動きとタイミングの重要性☆☆☆
1.原 訳
 孫武先生が言われている。
 「多くの将兵を指揮しているのに、少ない将兵を指揮しているように、整然と動かすことができるのは、組織編成(部隊を少数づつ分けて、ピラミッド型に組むこと)の問題である。多くの将兵を戦わせているのに、少ない将兵を戦わせるように、臨機応変に動かせるのは、指揮系統(目に見える信号や耳に聞こえる信号を整備すること)の問題である。全軍が、敵の攻撃を受けても、決して敗れることが無いのは、作戦立案(敵を正攻法で迎え撃ち、奇策で撃破すること)の問題である。攻撃したとき、卵に石をぶつけるように容易く撃破できるのは、目標選択(敵の防備している所を避けて、不備を攻撃すること)の問題である。
 そもそも戦いというものは、不敗の地という正攻法で迎え撃って、臨機応変な対処である奇策を用いて勝利するものである。だから上手に奇策を用いる者は、天や地にいるように追いつめられることはなく、その奇策は大河のように枯れることはない。終わっては始まるのは、月日のようなものであり、死してはまた生き返るのは、四季が訪れるようなものである。音は五段階(宮、商、角、徴、羽)に過ぎないが、その作り出す音を全て聞き尽くすことはできない。色は五色(青、赤、黄、白、黒)に過ぎないが、その作り出す色を全て見尽くすことはできない。味覚は5種類(酸、辛、塩辛、甘、苦)に過ぎないが、その作り出す味を全て味わい尽くすことはできない。これらと同様に、戦勢(戦闘状況)は正攻法と奇策の2種類に過ぎないが、その作り出す勢の全てを極め尽くすことはできない。奇策は正攻法から生まれ、正攻法から奇策は生まれるのである。それはまるで、終わりの無い輪のように延々と続くのであって、どうやってこれを極められることが出来ようか。
 激しい水流が石をも押し流す力のことを、『勢』という。猛禽が骨をも打ち砕くタイミングのことを『節』という。名将は、『勢』を激しく、『節』を高めるのである。つまり、『勢』は弓を引くように強く、『節』は矢を放すように素早くするのである。
 ところで、敗戦要因である混乱は整然から生まれ、臆病は勇敢から生まれ、軟弱は頑強から生まれるのである。混乱か整然かは組織編成の問題である。臆病か勇敢かは、戦闘状況の問題である。軟弱か頑強かは、指揮系統の問題である。(つまり、敗れるかどうかは、戦う前から決まっているのである。)
 敵を思うが侭に動かせるという者は、敵にわざと隙を見せて、その計略にのせるのである。敵に何かを与えるふりをして、取りに来させるのである。敵に利益をちらつかせて、裏をかいてそれに当たるのである。
 名将は、勝利を戦いの流れに求めて人材に求めようとはしない。だから上手にその流れに任せて、人才を用いることができるのである。流れに任せるということは、兵士達を木や石を転がすような方法で用いるということである。木や石の性質というものは、平地では止まっているが、傾斜では動き出す。方形であれば止まっているが、球形であれば動き出す。だから名将が作り出す流れというものは、千仞の山から丸い石を転がすようなものである。これこそが真の『戦勢』である。」

2.株式投資編
 多額の資金を運用しているのに、少額の資金で運用しているように、整然と動かすことができるのは、資金管理の問題である。多額の資金を運用しているのに、少額の資金で運用しているように、臨機応変に動かすことができるのは、状況把握の問題である。相場が急変しても、決して損しないのは、ストップロスの問題である。仕込みしたとき、天から金が降ってくるように利益が得られるのは、銘柄選択の問題である。
 そもそも投資というものは、決して損失を出さないという「待ちの態勢」で相場に臨んで、臨機応変な対処である「仕込みの態勢」を用いて利益を得るものである。だから上手に「仕込みの態勢」を用いる者は、天や地にいるように追いつめられることはなく、その「仕込み」の方法は大河のように枯れることはない。終わっては始まるのは、月日のようなものであり、死してはまた生き返るのは、四季が訪れるようなものである。音は五段階(宮、商、角、徴、羽)に過ぎないが、その作り出す音を全て聞き尽くすことはできない。色は五色(青、赤、黄、白、黒)に過ぎないが、その作り出す色を全て見尽くすことはできない。味覚は5種類(酸、辛、塩辛、甘、苦)に過ぎないが、その作り出す味を全て味わい尽くすことはできない。
これらと同様に投資の勢いは「待ちの態勢」と「仕込みの態勢」の2種類に過ぎないが、その作り出す勢の全てを極め尽くすことはできない。「仕込みの態勢」は「待ちの態勢」から生まれ、「待ちの態勢」から「仕込みの態勢」は生まれるのである。それはまるで、終わりの無い輪のように延々と続くのであって、どうやってこれを極められることが出来ようか。
 激しい水流が石をも押し流す力のことを、『勢』という。猛禽が骨をも打ち砕くタイミングのことを『節』という。名投資家は、『勢』を激しく、『節』を高めるのである。つまり、『勢』は弓を引くように強く、『節』は矢を放すように素早くするのである
 ところで、失敗要因である混乱は整然から生まれ、臆病は勇敢から生まれ、軟弱は頑強から生まれるのである。混乱か整然かは資金管理の問題である。臆病か勇敢かは、投資状況の問題である。軟弱か頑強かは、状況把握の問題である。(つまり、失敗するかどうかは、仕込む前から決まっているのである。)
 相場を思うが侭に動かせるという者は、相場の動きを先読みして、相場が追い付いてくるのを待つからである。動きの強さと方向性を絶えず把握し、最悪の状況に備えるのである。変化の兆しを見つけ、実際に変化するのを待つのである。
 名投資家は、成功を投資の勢いに求めて銘柄に求めようとはしない。だから上手にその流れに任せて、銘柄の特性を用いることができるのである。流れに任せるということは、資金を木や石を転がすような方法で用いるということである。木や石の性質というものは、平地では止まっているが、傾斜では動き出す。方形であれば止まっているが、球形であれば動き出す。だから、名投資家が作れ出す流れというものは、千仞の山から丸い石を転がすようなものである。これこそが真の『投資の勢い』である。
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第六篇 虚実


☆☆☆投資の基本は仕込みをしないこと☆☆☆
1.原 訳
「実際に野戦を行なう場合、先に戦場に赴いて敵の来襲を待つのは、防備を調えることができて戦い易いが、後から戦場に到着した場合は、防備を調えることができない為に、戦い難くなる。だから、名将と言われる人は、敵を自分の呼吸に合わせさせることをしても、敵に合わせるということはしないのである。敵軍を自由に移動させることができるのは、利益を示して誘っているからであり、敵軍を自由に移動させないようにすることができるのは、害悪を示して封じ込めているからである。だから、敵の防備が万全であれば不備にし、食料が足りていれば不足させ、休養充分であれば疲れさせるのである。
 敵が行軍されたくないところを通り、敵が意図していないところを行軍すると、無人の地を行くように労せずして千里の道を行くことができる。攻めれば必ず勝てるということは、守りが手薄なところを攻めているからであり、決して負けない堅固な防御をするということは、敵が攻めずらいところで守っているからである。だから、常勝の英雄と呼ばれる人達に対しては、敵はその攻撃をどのようにして守ったらよいのか解らなくなり、不敗の名将と呼ばれる人達に対しては、敵はその防御をどのようにして攻めるべきか解らなくなるのである。敵に知られない態勢こそが究極の防御であり、敵に知られない号令こそが究極の攻撃である。その極みに達すればこそ、敵の命運を左右することができるのである。
 自軍の進撃に対して敵がこれを防ぎきれないのは、その虚を突いているからである。自軍の退却に対して敵がこれを追撃できないのは、退却の早さに追いつけないからである。だからこちらが戦いたいと思うときには、例え土塁を高くし、土濠を深くしていても敵は戦わなければならなくなる。何故なら、必ず敵が迎撃に出なければならないところを攻めるからである。反対にこちらが戦いたくないと思うときは、線を引いて守るだけで、敵は戦うことができなくなる。何故なら、敵が思いもよらない所に布陣するからである。
 敵が態勢を顕にするのに対して、こちらの態勢を隠すことができれば、敵は分断され、こちらは集中することができる。こちらが一つに集中し、敵が十に分断されれば、敵の十倍の戦力で戦うのと同じになる。つまり大軍で寡兵と戦うのと同じとなる。大軍で寡兵を攻撃できるのは、自軍が集中しているからである。というのも、自軍の態勢を、敵軍が発見できなければ、敵軍は見えない敵に備えるために、戦力を集中することができないからである。集中できないということは、我軍は寡兵と戦えることである。敵が前衛中心に陣を構えると後衛が手薄になり、後衛中心に陣を構えると前衛が手薄になり、左翼中心に陣を構えると右翼が手薄になり、右翼中心に陣を構えると左翼が手薄になり、四方全体に陣を構えると四方全体が手薄になるということである。つまり、寡兵になるのは敵に備えるからであり、大軍になるのは敵に備えさせるからである。だから、戦うべき場所と時間が判れば、千里の道をも遠いと思わずに赴いて戦うべきである。反対に、戦うべき場所も時間も判らなければ、例え同じ部隊内であっても、左翼は右翼を助けることができず、右翼は左翼を助けることができず、前衛は後衛を助けることができず、後衛は前衛を助けることができない。ましてや遠くて数十里、近くても数里離れている援軍であれば尚更である。以上のことから、いくら敵兵が多くても、勝敗には関係がないのである。だから私は言うのである。『敵が大軍と雖も戦うことができなくすれば、簡単に勝つことができる。』 と。そのためには、まず敵情を把握してその詳細を知ることが先決である。相手を行軍させてその行動パターンを掴んだり、その態勢に基づいて周辺の地形を調べたり、小競合いをしてその態勢の長短を知ることである。

 だから、究極の態勢というものは敵に読み取られない態勢ということになる。読み取られなければ、間者もその態勢を把握することができず、名将であっても罠を仕掛けることができないからである。
 つまり、勝利を得ることができるかどうかは、態勢を読み取ることができるかどうかにかかっているが、一般人はその態勢を読み取ることが出来ない。一般人は皆、味方がどのような態勢で勝ったかを知ってはいるが、どのような態勢で勝利を決定付けたかを知らない。戦いというのは二度と同じ流れになることはなく、相手の態勢に対して臨機応変に応じなければならないのである。
 そもそも軍の態勢というものは、水のようなものである。水が高い所から低い所へと流れるのと同様、軍は敵の実を避けて虚を攻撃する。水は地形に基づいて流れるのと同様、軍は敵の態勢に基づいて勝利を得るのである。だから、戦いの流れに普遍的なものはなく、軍の態勢に絶対的なものはないのである。だから、よく敵の変化に応じて勝利を治めることを『神業』とか『神がかり的』というのである。五行(木・火・土・金・水)には必ず勝てるというものは無く、四季にも移らないということはなく、日照時間は日々変わり、月の満ち欠けも日々変わるのと同じである。

2.株式投資編
 実際に仕込みを行なう場合、まだ動いていない銘柄を仕込みして、その銘柄の動きを待つのは、リスクが少なく利益も上げ易いが、既に動き出している銘柄を仕込みして、更なる銘柄の動きを待つのは、リスクも大きく利益も上げ難くなる。だから、
名投資家と言われる人は、まだ
、初動の段階にある銘柄の仕込みはするが、既に大きく動いている銘柄の仕込みはしないのである
。だから、相場が楽観的なときには悲観を待ち、株価が高値のときには安値を待ち、上昇トレンドの時には押し目を待つのである。
 誰も仕込みしたくないときに仕込みし、誰も投資するとは思わない銘柄に投資すると天から金が降るように労せずして大金を手にすることができる。仕込めば必ず利益が出るということは、株価が低いときに買い建てているからであり、決して損失を出さない撤退をするということは、損切りを手早く行い、躊躇しないからである。だから、必ず利益を出せる投資家と言われる人達には、買い建てた後に株価が値下がりするということは無く、決して損失を出さない投資家と言われる人達には、損失が拡大するということは無い。それ以上値下がりしないところで買い建てるというのが究極の仕込みであり、損失が出ないところで見切るというのが究極の損切りなのである。その極みに達すればこそ、投資の成否を左右することができるのである。
 買い建てた後に値下がりしないのは、時期や環境の好転を先取りしているからである。損切りしても損が出ないのは、判断の早さに値下がりがついていけないからである。だから、こちらが買いたいと思う銘柄は、例え株価が上昇して、目先の過熱感が生じていても、値下がりしないものなのである。何故なら、必ず株価が上昇しなければならない状況を先取りしているからである。反対に、こちらが損切りしたいと思う銘柄は、撤退する前に値下がりしないものである。何故なら、値下がりする前に素早く損切りするからである。
 相場の動きが徐々に顕れ始めるときに、こちらが仕込みをせずに、冷静にその動きを観察することができれば、最も効率の良い銘柄を見つけ出し、最も効率の良いタイミングで仕込みすることができる。効率の良い銘柄にタイミング良く投資し、効率の悪い銘柄に投資をしなければ、10倍の資金で投資したのと同じだけの利益を上げることができる。つまり、大金で投資したのと同じことになるのである。言い換えれば、大金で投資ができるかどうかは、銘柄とタイミングを選別できているかどうかに因るのである。そもそも、相場の動きを見極められなければ、効率の良い銘柄を選別することができずに、仕込みを集中させることができなくなる。集中させることができないということは、効率の悪い銘柄にも分散して仕込みしてしまうということである。相場が景気敏感株中心に買われるとディフェンヴ株が売られ、ディフェンヴ株が買われると景気敏感株が売られ、値嵩株が買われると低位株が売られ、低位株が買われると値嵩株が売られ、総花的に全セクターが買われると全セクターが売られることになる。つまり、売られる銘柄を買い建てるのは、相場の動きを把握できていないからであり、買われる銘柄だけを買い建てられるのは、相場の動きを把握できているからである。だから、仕込むべき銘柄とタイミングが解れば、どんなに忙しくても時間を作って仕込むべきである。反対に、仕込むべき銘柄もタイミングも解らなければ、例え同じ時期に仕込んだものであっても、景気敏感株の損失をディフェンヴ株の利益で穴埋めすることはできず、ディフェンヴ株の損失を景気敏感株の利益で穴埋めすることはできず、値嵩株の損失を低位株の利益で穴埋めすることはできず、低位株の損失を値嵩株の利益で穴埋めすることはできない。まして、仕込み時期をずらして仕込んだ銘柄同士であれば尚更である。以上のことから、いくら資金が多くても、成功には関係がないのである。だから昔から言われているのである。『相場の質が悪いと雖も、その動きを読み取ることができれば、簡単に儲けることができる。』
 そのためには、まず相場の状況を把握して、その詳細を的確に分析することが先決である。過去の値動きを調べてそのパターンを掴んだり、相場の動きに基づいて影響を与えている環境的条件を調べたり、打診買いをして相場の強さを計ったりするのである。
 だから、究極の態勢というものは、仕込みをしていない待ちの態勢ということになる。仕込みしていなければ、相場がどのように急変しても損失を被ることはなく、不安に駆られて眠れない夜を過ごすこともないからである。つまり、株式投資で成功できるかどうかは、仕込み銘柄とタイミングを正確に読み取ることができるかどうかにかかっているが、一般投資家ではこれを読み取ることはできない。一般投資家は皆、上がった銘柄を知ってはいるが、どのような条件で上がることを決定付けたかを知らないのである。投資というのは二度と同じ流れになることはなく、相場の状況に対して臨機応変に応じなければならないのである。
 そもそも投資の態勢というものは、水のようなものである。水が高い所から低い所へと流れるのと同様、銘柄の高値を避けて安値を買い建てるのである。水は地形に基づいて流れるのと同様、投資は相場の流れに沿って利益を増やすものである。だから、投資の流れに普遍的なものはなく、投資の態勢に絶対的なものはないのである。だから、よく相場の変化に応じて成功を治めることを、『神業』とか『神がかり的』というのである。それは、あたかも、五行(木・火・土・金・水)には必ず勝てるというものは無く、四季にも移らないということはなく、日照時間は日々変わり、月の満ち欠けも日々変わるのと同じである。
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第七篇 軍争

☆☆☆株価の位置を知ることの重要性☆☆☆
1.原 訳
「用兵の中で、君命を受けて軍を編成して出撃し、敵と対峙するまでを『軍争』というが、これが最も難しいところである。『軍争』の難しさは、遠い廻り道を近道にしたり、害を利益に転じたりすることである。だから、敵に遠回りしているように見せかけたり、利益があるように見せかけたりして、後で出発して先に到着するという迂直の計が使えるのである。軍争は、利益となる反面、危険も隣り合わせにある。というのも、全軍を挙げて有利な場所で敵と対峙しようとすると、動きが鈍くなり、反対に敵にその場所を奪われてしまう。また、足の速い機動部隊だけを先発させると、足の遅い補給部隊等が取り残され敵の餌食となる。軍隊は、補給物資、食料および財貨を無くすと必ず敗れるものである。だから、鎧を脱ぎ捨て、昼夜兼行し、百里先にある場所を占領しようと強行すると大敗の憂き目に遭う。疲労した兵士達を置き去りにするため、到着する兵士は全体の1/10になるからである。五十里先にある場所を占領しようと強行すると先発隊が敗北の憂き目に遭う。やはり疲労した兵士達を置き去りにするため、到着する兵士は全体の1/2になるからである。三十里先にある場所を占領しようと強行すると、到着する兵士は全体の2/3になる。
 軍事行動というのは、敵の裏をかくことであり、自軍の有利に従って行動すること及び分散、集合の変化で態勢を整えることが大事なのである。
 軍隊を動かすときは、風のように早く、林のように静かに、火のように侵奪し、山のように慌てず、影のように知られ難く、雷のように動かねばならない。村から食料を調達するには部隊を分けなければならず、要所を占領するにも部隊を分けなければならず、そういうときはよくよく考えて行動しなければならないのである。迂直の計を先に知っている者が勝つ、これが軍争の基本である。
 兵法書には『戦場で命令するときには、声が聞こえないので鐘や太鼓を使用するのであり、指揮官が見えないから旗指物を使用する』とある。鐘、太鼓や旗指物を使用するということは、全兵士への命令を統一するためである。統一すると、いくら勇猛な兵士であっても勝手に抜け駆けすることができず、いくら臆病な兵士であっても勝手に退却することができない。これが大軍を率いる方法である。だから、夜戦では松明や太鼓を多く使用し、昼戦では旗指物を多く使用すれば、自軍を見誤り、敵や敵将は戦意を無くすことになる。戦意というものは、朝は高く、昼は衰え、夜になると無くなってしまうのである。 名将は、戦意の昂揚している敵を避けて、戦意の消沈している敵と戦う。このことを『気を操る』という。整然とした状態で混乱した敵と戦い、冷静な状態で興奮した敵と戦う。このことを『心を操る』という。遠征して来る敵と戦い、疲弊している敵と戦い、飢えている敵と戦う。このことを『力を操る』という。旗指物を整然と並べている敵には戦いを仕掛けず、威風堂々と陣立てしている敵には攻撃をしない。このことを『変を操る』というのである。」

2.株式投資編
 株式投資の中で、相場の動きを先取りし、銘柄を選別して、株式を購入することを「仕込み」というが、これが最も難しい問題である。「仕込み」の難しさは、高く見える価格の中の安値を見抜いたり、危険の中から安全を発見したりすることである。だから、相場が高く見えたり、危険に見えたりしても、相場の動きを客観的に分析して、その安値を探り出して買い建てることにより、「人の行く裏に道有り華の山」ができるのである。「仕込み」には、利益となる反面、損失も隣り合わせている。と言うのも、資金全額を最安値で買い建てようとすると、判断が鈍くなり、躊躇している間に相場は反騰してしまう。また、一部の資金で打診買いすると、残りの資金は利乗せする形となり、直ぐに反落を被って大損してしまうことになる。株式投資は、いかに損をしないかが大切であって、大損すると必ず失敗するものである。だから、利益に目が眩み、欲望を抑え切れずに、打診買いの10倍の資金を利乗せすると、大損の憂き目に遭う。買値平均が大きく上昇する為、反落したときの損失が、当初の10倍になるからである。5倍の資金を利乗せすると打診買い分の資金を失うことになる。やはり、買値平均が上昇する為、損失が5倍となるからである。3倍の資金を利乗せすると、当初得られたはずの利益を失うことになる。
 株式投資というのは、他人と違った動きをすることであり、自分自身の法則に従って仕込むこと及び投資資金を環境に応じて集中、分散させることが大事なのである。資金を動かすときは、風のように素早く状況を把握し、林のように心静かに状況を観察し、火のように全ての好条件を侵奪し、山のように好条件をひたすら待ち、影のように人知れず雌伏し、雷のように一気に動かさなければならない。(風林火山)また、日常経費を賄う為には資金を分けなければならず、打診買いをするにも資金を分けなければならず、こういうときは十二分に考えて行動しなければならない。「人の裏に道有り華の山」を先に知っている者が成功する。これが仕込みの基本である。
 投資の基本には、「仕込んだ後は、どうしても欲が生じるので事前に目標値を定め、また、どうしても失敗を認めたく無くなるので事前に損切り値を定める。」とある。目標値や損切り値を定めるということは、自身の投資方針を決定するためである。決定すると、いくら暴騰相場に遭遇しても無理な高値を追うようなことはせず、暴落相場に遭遇しても、慌てて最安値で損切りするようなことは無い。これが、大金を投資する方法である。だから仕込む前に、客観的にそれらの値を決めておくのである。冷静さというものは、値動きが大きくなればなるほど失うものであり、最も必要なときに、最も失う確率が高いものであるからである。
 名投資家は、大儲けできると思うときを避けて、確実に利益が得られると思うときに仕込みをする。このことを「気を操る」という。整然とした体勢で相場の流れに沿って仕込みし、冷静な体勢で相場の流れに沿って仕込みする。このことを「心を操る」という。売られ過ぎた相場を買い建て、売り疲れている相場を買い建て、これ以上下げられない相場を買い建てる。このことを「力を操る」という。下げトレンドにある相場は買い建てず、大きな悪材料がある相場には仕込みをしない。このことを「変を操る」というのである。
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第八篇 九変


☆☆☆投資家がしてはならない基本原則☆☆☆
1.原 訳  
用兵というものは、以下の『九変(常識では考えられない行動を取る必要がある9つの場合)』が重要であることを肝に銘じておかなければならない。高い丘に陣取る敵を攻めてはならない。丘を背にして攻めかかる敵を迎え撃ってはならない。行軍不能な地形にいる敵と長く対峙してはならない。策略により退却する敵を追撃してはならない。戦意の昂揚している敵を攻めてはならない。餌として囮になっている敵を食いついてはならない。帰還しようとしている敵を引き止めてはならない。包囲している敵には、逃げ道を設けておかなければならない。窮鼠と化した敵を追い詰めてはならない。
 また、以下の『五利(常識では判断し難い5つの場合)』も重要である。道といっても通ってはならない道がある。敵といっても攻撃してはならない敵がある。城といっても攻め落としてはならない城がある。土地といっても争奪してはならない土地がある。君命といっても聞き入れてはならない君命がある。
 だから、『九変』に精通してその真髄を心得ている将軍は、用兵のなんたるかを理解している者である。反対に、心得ていない将軍は、用兵のなんたるかを理解していない者であり、たとえ地形を熟知していたとしも、地の利を得ることができない者である。ましてや、『九変』自体を知らない者が兵を統率しようとすると、たとえ『五利』を知っていたとしても、兵を上手に用いることができないのは当然である
 ところで、深慮遠謀に長けた智将は、必ず表裏の関係にある利害を考える。だから利益を得る為であってもその損失まで考慮するから、物事は必ず上手くいく。損失があるときでも、それから生じる利益を知ることが出来るから、決して慌てずに済むのである。
 だから、諸侯を屈服させようとすればその害を説き、諸侯を使おうと思えばその魅力を説き、諸侯を奔走させようと思えばその利益を説くのである。
 つまり、用兵というのは、敵が来襲しないことを恃みとするのではなく、いつ来襲しても問題ない防御を恃みとし、敵が攻撃しないことを恃みとするのではなく、いつ攻撃しても問題ない態勢を恃みとするのである。
 また、将軍には、『五危(犯してはならない5つの危険な行動)』がある。死を覚悟していると殺され、生き残ろうとすると捕虜となり、激昂しやすいと侮られ、清廉であれは辱められ、部下を大事にしすぎると苦労させられるのである。以上5つのことは、将軍の起こし易い過ちであり、用兵にとって災いとなる。軍が全滅し、将軍が戦死するというときは、必ずこの『五危』のいずれかが生じているときでるから、そのことが解らないでは済まされないのである。」

2.株式投資編
 株式投資というものは、以下の『九変(常識では考えられない行動を取る必要がある9つの場合)』が重要であることを肝に銘じておかなければならない。

①高値にある銘柄を仕込んではならない。
②高値から反落中の銘柄を買い向かってはならない。
③悪い環境にある銘柄を持続してはならない。
④空売り筋が狙っている急騰銘柄を追撃買いしてはならない。
⑤みんなが強気している銘柄を仕込んではならない。
⑥証券会社が勧める銘柄に食いついてはならない。
⑦適正株価に戻ろうとしている銘柄に拘ってはならない。
⑧儲かっている銘柄には、損益ラインを厳格に設けておかなければならない。
⑨買われ過ぎた銘柄を最後まで追い駆けてはならない。

 また、以下の『五利(常識では判断し難い5つの場合)』も重要である。
①相場といっても、投資してはいけない相場がある。
②銘柄といっても、手を出してはいけない銘柄がある。
③安値といっても、仕込んではいけない安値がある。
④利益といっても、得てはならない利益がある。
⑤情報といっても、聞き入れてはならない情報がある。


 だから、『九変』に精通してその真髄を心得ている投資家は、株式投資のなんたるかを理解している者である。反対に、心得ていない投資家は、株式投資のなんたるかを理解していない者であり、例え時期や環境を熟知していたとしも、その利益を得ることができない者である。ましてや、『九変』自体を知らない者が株式投資を行なおうとすると、たとえ『五利』を知っていたとしても、投資資金を上手に運用することができないのは当然である。
 ところで、深慮遠謀に長けた投資家は、必ず表裏の関係にある利害を考える。だから利益を得る為であってもその損失まで考慮するから、物事は必ず成功する。損失があるときでも、それから生じる利益を知ることが出来るから、決して慌てずに済むのである。
 だから、銘柄を仕込もうと思えば値下がりによる損切りを考え、銘柄を持続しようと思えば撤退による利益を考え、銘柄を撤退しようと思えば持続による損益を考えるのである。
 つまり、株式投資というのは、相場が下がらないことを恃みとするのではなく、いつ下がっても対処できる体勢にあることを恃みとし、銘柄が買値より下がらないことを恃みとするのではなく、いつ値下がりしても問題ないよう損切りできる体勢にあることを恃みとするのである。
 また、投資家には、『五危(犯してはならない5つの危険な行動)』がある。
①損失を覚悟して危険な銘柄に手を出すと大損させられ、
②儲けようと損切りを躊躇すると資金を減らされ、
③冷静さを逸すると判断を誤らされ、
④自身の法則を大事にし過ぎると臨機応変に動けなくなり、
⑤資金を大事にし過ぎると心労させられるのである。


以上5つのことは、投資家の起こし易い過ちであり、株式投資にとって災いとなる。投資資金が無くなり、投資家が株式市場を去るというときは、必ずこの『五危』 のいずれかが生じているときであるから、そのことが解らないでは済まされないのである。
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第九篇 行軍


☆☆☆具体的な相場状況から見る投資の可否☆☆☆
1.原 文
 「地理的条件に合わせた具体的な、軍の運用方法および敵の対処方法は次のとおりとなる。山越えするときは谷に沿って行かなければならない。小高い丘を見つけたときはそこに登って周囲を偵察しなければならない。敵と交戦するときは、自軍より高い場所に居る敵と戦ってはならない。以上が、山間に展開する軍の守らなければならない事項である。渡河するときは、渡河し終わると急いで川辺から遠ざからなければならない。敵が渡河して来る場合は、渡河中に迎え撃つのではなく、敵の半分が渡河し終えたときに迎え撃たなければならない。敵と戦うときは、川辺で戦ってはならない。小高い丘を見つけたときはそこに登って周囲を偵察しなければならない。敵と交戦するときは、自軍より川上に居る敵と戦ってはならない。以上が、川辺に展開する軍の守らなければならない事項である。湖沼を通過するときは、立ち止まらずに急いで通りすぎなければならない。もし湖沼で交戦しなければならなくなったときは、水と飼料を確保し、森林を背にして応戦しなければならない。以上が、湖沼に展開する軍の守らなければならない事項である。平地では足場のいい場所にいなければならない。高地を背後と右翼に置き、敵は前方と左翼に置かなければならない。以上が、平地に展開する軍の守らなければならない事項である。これら四つの場合の用兵を知っていたからこそ、黄帝(五帝の筆頭:伝説上の明君)は天下を統一できたのである。

 一般的に軍隊が陣取るときは、高地の方が良く、低地は良くない。日当たりが良い方が良く、悪いのは良くない。兵士の健康に留意して、食住の安定した場所を選ぶのが良い。そうすれば、軍内に疫病が蔓延することもなく、必勝の軍となることができるのである。また、丘や堤防があるときは、必ず右後背にこれが来るようにし、日当たりを確保しなければならない。これは兵士達にとって良いことであり、地の助けと言えることだからである。

 川の上流で降雨があり、川が増水しているときは、直ぐに渡ろうとせず、流れが落ち着くのを待たなければならない。

 絶壁の谷間、渓流が流れ込む窪地、三方を囲まれた自然の牢獄、草木が密生して自由のきかない野原、地形の落ち込んだ泥沼および、洞穴のような地割れなどは、足早に通り過ぎて、決して近づいてはならない。こういう場所は、敵が近づくように仕向け、味方は遠ざかるようにする。敵の背後に来るよう画策し、味方は正面にくるようするのである。
 軍の近くに、険しい地形、窪地、葦原や水草が茂る場所および山林がある場合は、慎重に索敵しなければならない。このような場所に、敵の伏兵が隠れているのである。
 敵が近くにいるにもかかわらず静かでいられるのは、地形の険阻を助けとしているからである。敵が遠くにいるにもかかわらず合戦を仕掛けてくるのは、こちらを進軍させようとしているからである。敵陣が平易な場所にあるときは、利で誘い出そうとしているからである。樹木がざわめくのは、敵襲の証拠である。多量の草木を目に付く所に積んでいるのは、伏兵を疑わせようとしているのである。鳥が飛び立つのは伏兵がいる証拠である。獣が驚いて逃げ出すのは奇襲の証拠である。砂煙が高く鋭く上がるのは、足の速い戦車が攻めてくる証拠である。低く広く上がるのは、足が遅い歩兵が攻めてきた証拠である。所々に散らばって上がるのは、薪を拾っている証拠である。少しづつあちこちに往来しているのは、軍営を作ろうとしている証拠である。
 敵の使者の言葉が遜(へりくだ)り、備えを固めているような素振りを見せるときは、攻撃を仕掛けて来るという証拠である。言葉が高圧的で、軍を進めてくるような素振りを見せるときは、退却しようとしている証拠である。戦車で両脇を備えているのは、陣立てをしている証拠である。困窮もしていないのに講和したがるのは、謀略を考えている証拠である。兵や戦車を並べて奔走しているのは、出陣しようとしている証拠である。敵部隊の半数が進軍し、半数が退却しているのは、誘い出そうとしている証拠である。
 兵士が杖をついて歩いているのは、飢えているからである。水汲みの者が真っ先に水を飲むのは、飲料水が不足しているからである。利益を見ながら進撃して来ないのは、疲れているからである。鳥が集っているのは、人がいないからである。夜に呼ぶ声がするのは、怖がっているからである。軍内が騒いでいるのは、将軍に威厳がないからである。旗指物が動揺しているのは、軍内が乱れているからである。役人が怒鳴り散らしているのは、くたびれているからである。騎馬に兵糧米を与え、兵士に牛馬の肉を食べさせ、鍋や釜を壊している軍は、決死の覚悟をしているからである。上官が部下の顔色を見ながら命令しているのは、部下の心が離れているからである。賞の数が多いのは、士気が低いからである。罰が多いのは、困窮しているからである。兵士達を乱暴に扱った後、畏れるということは、無能の極みである。贈答品を携えて謝りに来るのは、休息が欲しいからである。敵兵が怒気とともに攻めてきながら、なかなか攻撃せず、また退却もしないときは、必ず戦いを謹んで敵を観察しなければならない。
 戦争は、兵士数が多ければ良いというものではない。敵を侮らずに、敵を偵察して兵力を集中して向かえば、少人数でも足りないことはない。そもそも敵を侮るような能無しは、必ず敵の捕虜となる。部下が、まだ親しみを感じていないのに罰を加えると、心服しなくなる。心服しない部下は、用い辛いものである。既に親しみを感じているのに罰を加えないでいると、軽んじられることとなり用いることができなくなる。だから、法令をもって命令し、武功を賞すれば、これを必勝の軍というのである。平素より法を実行して民を教化していれば、民は心服するものである。平素より法を実行せず民を教化しなければ、心服しないのも当然である。法令が平素より守られていれば、上下の心が一体となるのである。」

4.内 容
具体的な投資方法及び相場の対処方法は次のとおりとなる。
好材料があるときは、トレンドの下限に沿って投資し、少しでも押し目を見つければそこを仕込みし、高値にあるところでは仕込んではならない。以上が、好材料で投資する場合の守らなければならない事項である。
悪材料が出たときには必ず撤退し、悪材料が現れてきたときには、その最中に買い向かうのではなく、悪材料が出尽くした所で仕込むのが有利である。仕込もうとするときは、悪材料の懸念がある中で仕込んではならない。駄目押しを見つければそこで仕込みし、悪材料が隠れている銘柄を仕込んではならない。以上が、悪材料で投資する場合の守らなければならない事項である。
大きな悪材料による急落時では、静観するのみに終始して決して投資してはならない。もし、このような場面で仕込もうとするならば、必ず後の好材料の有無を見極めて、下値リスクの少ない銘柄を仕込まなければならない。以上が、大きな悪材料で投資する場合の守らなければならない事項である。材料の無いときは、仕込みと撤退がし易い良好な状態にある銘柄を選び、トレンドの下限で仕込まなければならない。以上が、材料無しで投資する場合の守らなければならない事項である。これら4つの場合の投資方法を知っていたからこそ、古の名投資家は巨万の富を築くことができたのである
 一般的に投資を始めるときは、安値の方が良く、高値は良くない。相場環境が良い方が良く、悪いのは良くない。資金の維持に留意して、好条件のある安定した環境を選ぶのが良い。そうすれば、急な悪材料が出現することもなく、必勝の投資とすることができるのである。また、銘柄が歴史的な安値に放置されているときは、必ず近い将来に好条件があるかどうかを確認し、その底打ち確認をしてから仕込まなければならない。これは投資にとって有利なことであり、環境の助けと言えることだからである。
 先の相場で大きな悪材料があり、相場が乱れているときは、直ぐに撤退しようとせず、流れが落ち着くのを待たなければならない。
 窓の開いた相場、買い残が貯まった相場、上下値抵抗が大きく値動きが少ない相場、出来高が少なく自由のきかない相場、一段落ちした相場、及び価格維持力の無い相場等は、静観をして、決して仕込みしようとしてはならない。こういう環境は、他の投資家が参加しても、自身は決して参加しない。他の投資家が渦中にあっても、自身は一歩引いて相場を観察するのである。
 仕込んだ後に、窓が開いたり、買い残が急増したり、出来高が急減したり、先行き不透明となったりしたときは、慎重に検討しなければならない。このような場合に、相場の急落の兆しが隠れているのである。
 相場が買われすぎているにもかかわらず押し目をつけないのは、相場環境の好転が裏にあるからである。相場が売られすぎているにもかかわらず反騰しないのは、相場環境の悪化が裏にあるからである。相場が仕込みし易い環境にあるときは、高値掴みをさせようとしているからである。相場が騒がしくなるのは、反落する証拠である。相場全体が悲観的となり、好材料に反応しなくなったときは、大きな悪材料の出現を疑わせようとしているのである。相場全体が楽観的になっているときは、大きな悪材料が出る証拠である。楽観の中で相場が上昇しなくなったときは、急反落する証拠である。出来高が、一部の銘柄に集中しているのは、部分物色されている証拠である。全ての銘柄に分散しているのは、全体的に買われている証拠である。所々、バラバラに急増しているのは、日替わり物色がされている証拠である。少しずつ、あちこちで増加しているのは、循環物色されている証拠である。
 弱気の評論家の言葉が強気になり、大きく買い推奨に傾いたときは、上昇相場が崩れる証拠である。
 強気の評論家の言葉が弱気になり、大きく売り推奨に傾いたときは、下降相場が反騰する証拠である。
先導銘柄が下値を固めているのは、もう一段高を取りに行こうとする証拠である。高値圏にも無いのに調整するのは、裏に悪材料が隠れている証拠である。資金の出入が慌しく、値動きが荒くなっているのは、反落しようとする証拠である。反落中に、売られ過ぎによる反騰があるときは、誘い出そうとしている証拠である。
 薄商いの中で急落するのは、買い主体が無いからである。急騰した翌日に急落するのは、材料が弱いからである。好材料があるのに反応しないのは、下落相場に疲れているからである。一部の銘柄に出来高が集中するのは、相場の地合が悪いからである。上値を追わないのは、反落を怖がっているからである。値動きが激しいのは、超短期投資家(デイトレ)が暴れ回っているからである。損益ライン(目標値と損切り値)の設定が難しいのは、相場が乱れているからである。連日、大きく買われているのに上値を追えないのは、買い疲れが出ているからである。出来高を伴って下値を切り上げているのは、大きく化けるか大きく反落するかである。相場を見ずに、銘柄を見て投資されているのは、相場全体が騰がらないからである。年初来高値が多いのは、相場の参加者が多いからである。年初来安値が多いのは、相場の参加者数が少ないからである。無謀な仕込みをした後、損失を畏れるというのは、無能の極みである。相場が大きく上がるのは、売り方が退却しているからである。銘柄が出来高を伴って動意づきながら、なかなか上がりもせず、また下がりもしないときは、必ず仕込みを謹んで銘柄を観察しなければならないのである。
 株式投資は、資金量が多ければ良いというものではない。相場を侮らずに、相場を観察して資金を集中して投資すれば、少額でも足りないことはない。そもそも相場を侮るような能無しは、必ず相場によって損をさせられることになる。資金量が、まだ手の内に入っていないのに損切りをすると、損失が怖くなる。損失を出すのが怖い資金は、仕込みにくいものである。既に手の内に入れているのに損切りしないでいると、資金が削られることになり、仕込みすることができなくなる。だから、法則をもって損切りし、利益を得ることができれば、これを必勝の投資というのである。平素より法則を厳守し、資金を大事にしていれば、損失は怖くないのである。平素より法則を厳守せず、資金を大事にしなければ、損失を怖れるのも当然である。法則が平素より厳守されていれば、自身の欲望を自制できるのである。
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第十篇 地形

☆☆☆相場環境の種類と活用方法☆☆☆
1.原 訳
「地形には、普通のもの、障害があるもの、分かれているもの、狭いもの、険しいものおよび遠いものがある。味方が往くことができ、敵が来ることができるような何も無い地形は、普通の地形である。このような地形では、先に高所と日当たりを確保し、補給路を絶たれないように戦うと有利である。往くのは容易いが、帰るのが難しいのは、障害のある地形である。このような地形では、無防備な敵に対して撃って出れば勝てるが、防備が充分な敵に対しては勝てないだけでなく、撤退も難しくなる。味方が攻め込むのも不利であり、敵が攻めてくるのも不利なのは、枝道が多い地形である。このような地形では、敵がこちらを誘き出そうとしても攻め込んではならない。むしろ退却してその場を去り、敵が追撃をかけて半数が出てきた所を攻撃すべきである。狭い地形では、味方が先にその場を占拠し、必ず防備を整えて敵の来襲を待たなければならない。もし、敵が先にその場を占拠していれば、防備が万全なときは攻撃してはならず、不完全のときのみ攻撃してもよい。険しい地形では、味方が先にその場を占拠し、必ず高所と日当たりを確保して敵の来襲を待たなければならない。もし、敵が先にその場を占拠していれば、攻めかかるようなことはせずに撤退しなければならない。両軍の陣地が離れているような地形では、勢力が均衡しているような場合に戦うことは難しく、攻めかかれば不利になるだけである。以上6つが地形の活用方法である。将軍に任ぜられたからには、わからないでは済まされないことである。
 軍隊には、逃げ出すもの、緩慢となるもの、落ち込むもの、崩れるもの、乱れるものおよび敗北するものがある。これら6つは天災というものではなく、将軍の過失によって引き起こされるものである。そもそも軍勢が拮抗しているときに、味方に10倍する敵を攻撃するなど無謀な戦いをしかけるとなると、兵士達を逃げ出させることになる。兵士達の実力が、それを指揮する士官より強いと、綱紀が緩むことになる。士官達が兵士より強すぎると、戦意を喪失させることになる。士官が、怒りに任せて将軍の命令に服従せず、敵に遭遇したときには勝手な命令を出して戦わせ、将軍がその事実を知らないときは、軍隊は総崩れとなる。将軍が軟弱で威厳がなく、軍令も不明で士官もおらず、兵士達が自由気ままにしているようなときは、軍隊は乱れることになる。将軍が敵情を推察することができないことから、寡兵で大軍の敵を攻撃したり、無勢で多勢に立ち向かったり、先鋒に選りすぐりの勇士を配置できないときは、軍勢を敗北させることになる。以上6つが、敗北するときの法則である。将軍に任ぜられたからには、わからないでは済まされないことである。
 そもそも地形というのは、戦いに勝つための補助的条件にすぎない。敵情を把握して勝算を計ったり、地形の遠近険阻を測ったりすることが主要条件であり、将軍のすべきことである。地形が補助的条件であることを知っている者は、戦えば必ず勝つことができるが、知らない者は必ず負けることになる。だから、戦い方としては、必勝を期することができれば、主君が戦うなと言っても戦うべきである。反対に、必敗となりひうであれば、主君が出兵を命じても戦ってはならない。功名を第一とせずに戦うべきときに戦い、罪科を避けるために引き際を誤ってはならない。国民の生活を保護し、国益を損なわない将軍こそ、国の宝というべきである。
 兵士達を赤ん坊のように大事に接すると、兵士達は深い渓谷に赴くことを厭わなくなる。兵士達を可愛い我が子のように大事に接すると、兵士達は死地に赴くことを厭わなくなる。しかし、手厚く遇するだけで使役することができず、可愛がるばかりで命令することができず、軍規が乱れていても統率することができなければ、我侭な子供のようなもので、とてもものの役には立たなくなる。
 味方が攻撃できる態勢にあると知っていたとしても、攻撃してもよい敵であるかどうかを知らなければ、勝てるかどうか解らない。敵が攻撃できる態勢にあることを知っていたとしても、味方が攻撃できる態勢になければ、勝てるかどうかは解らない。味方が攻撃できる態勢にあり、敵が攻撃できる態勢にあることを知っていたとしても、戦えない地形であるかどうかを知らなければ、勝つかどうかは解らない。だから名将は、兵を動かしたとしても迷わず、戦ったとしても窮することはない。だからいうのである。敵を知り己を知れば、必ず勝利することができる。天を知り地を知れば、決して窮することはないと。

2.株式投資編
 相場環境には、(相場全体を動かす)悪材料が無いもの、悪材料があるもの、好悪材料が入り乱れているもの、悪材料が出尽くしたもの、好材料があるものおよび材料がないものがある。仕込みと撤退が自由であり、相場全体の動きに方向性が無い環境は、悪材料のない環境である。このような環境では、先に個別の好材料を内包している銘柄の安値を仕込み、悪材料の出現しないように注意して投資すると有利である。仕込むのは容易いが、撤退するのが難しいのは、悪材料のある環境である。このような環境では、売り込まれて売られ過ぎた銘柄を拾えば利益は出るが、売り込まれていない銘柄では利益が出ないどころか、損切りすら難しくなる。仕込むのは不利であり、だからと言って相場も下がらないのは、好悪材料が入り乱れている環境である。このような環境では、相場が押し目をつけたからと言って仕込んではならない。むしろ撤退して仕込みを整理し、相場が落ち着いて反騰が確認できたところを仕込むのが有利である。悪材料が出尽くした環境では、先に銘柄の安値を仕込みし、必ず損切り体勢を整えた上で相場の動きを待たなければならない。もし、相場が先に上昇してい れば、上値が無いと判断されるときは仕込んではならず、上値があるときのみ仕込んでも良い。好材料のある環境では、先に銘柄の安値を仕込み、個別の好材料を確保した上で相場の動きを待たなければならない。もし、既に相場が上昇していれば、仕込むようなことはせずに撤退しなければならない。材料が何も無い環境では、値動きが極端に小さいような場合に投資することは難しく、仕込めば不利になるだけである。以上6つが相場環境の活用方法である。投資家となったからには、わからないでは済まされないことである。
 資金には、擦り減るもの、緩慢となるもの、恐れるもの、危険なもの、削られるものおよび失敗するものがある。これら6つは天災というものではなく、投資家自身の過失によって引き起こされるものである。そもそも明確な方針無しに仕込むと、資金を擦り減らせることになる。資金量が、投資家の金銭感覚より少ないと、資金管理が緩慢となる。投資家の金銭感覚が、資金量より少ないと、損失を恐れて投資できなくなる。投資家が、欲望に任せて投資方法を無視し、勝手な銘柄を仕込んで、投資家がその事実に気付かないときは、資金は危険な状態となる。投資家が、優柔不断で決断力が無く、投資方法も確立されておらず、勝手気侭に仕込んでいるときは、資金は削られることになる。投資家が、情報を分析することができないことから、高値を買い進んだり、利乗せしたり、損切りできなかったりするときは、投資に失敗することになる。
以上6つが、失敗するときの法則である。投資家となったからには、わからないでは済まされないことである。
 そもそも相場環境というのは、投資に成功するための補助的条件にすぎない。投資の時期を把握して成功確率を計ったり、銘柄固有の情報を計ったりすることが主要条件であり、投資家がすべきことである。相場環境が補助的条件であることを知っている者は、仕込めば必ず儲けることができるが、知らない者は必ず損をすることになる。だから、投資方法としては、必ず儲けられると確信できるのであれば、相場の急落場面でも仕込むべきである。反対に、必ず損をすると思うのであれば、例え急騰場面でも仕込んではならない。大利を第一とせずに仕込めるときに仕込み、損失を避けるために引き際を誤ってはならない。自身の生活を保護し、投資資金を損なわない投資家こそ、名投資家というべきである。
 資金を、命の次に大事なものと気付くと、無理な仕込みをすることが無くなる。資金を家族の次に大事なものと気付くと、損切りをすることを迷わなくなる。しかし、資金の大切さに気付き過ぎ、資金に意欲が押しつぶされ、金に汚くなり、損失を怖がるようになっては、とても投資などできなくなる。
 自身が己の欲望を自制できる状態であるとしても、仕込みして良い相場であるかどうかを知らなければ、利益を得られるかどうかわからない。相場が仕込みして良い状態であると知っていても、自身が己の欲望を自制できる状態でなければ、利益を得られるかどうかわからない。自身が己の欲望を自制できる状態であり、相場が仕込みして良い状態であると知っていても、仕込める銘柄があるかどうかを知らなければ、利益を得られるかどうかわからない。だから名投資家は、資金を動かしたとしても迷わず、仕込んだとしても窮することはない。だからいうのである。相場を知り、己の欲望を自制できれば、必ず利益を得ることができる。時期を知り環境を知れば、決して窮することはないと。
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第士篇 九地


☆☆☆株価の位置と種類と活用方法☆☆☆
1.原 訳
「用兵上の地形の見方としては、次の9つがある。それは、散地、軽地、争地、交地、衢地、重地、地(兵の進め難い土地)、圍地及び死地である。散地とは、諸侯自らの領土であり、兵が逃げ帰ることができる土地のことである。軽地とは、敵の領内ではあるが、まだそれ程深く攻め入っていない土地のことである。争地とは、味方も敵も共に先に占領すれば有利になる土地のことである。交地とは、味方が往くことができるし、敵も来ることができる土地のことである。衢地とは、諸侯の領地が四方を囲み、先にその土地を占領すると万民の助けを借りて天下を得られる土地のことである。重地とは、敵領深く攻め入り、背後に敵城が多々ある土地のことである。地(兵の進め難い土地)とは、山林、澤および険阻な土地で、行軍するのが難しい土地のことである。圍地とは、入ろうとすれば狭すぎて味方で溢れ、出ようとすれば迂回せねばならず、少数の敵兵で味方の大軍を打ち負かすことができる土地のことである。死地とは、速戦であれば生き残り、速戦でなければ生き残れないような土地のことである。だから、散地では戦ってはいけないし、軽地では止まってはならない。争地では攻撃してはならないし、交地では隊を分断してはならない。また、衢地では諸侯と同盟関係を結び、重地では掠奪をしてでも食料を確保しなければならない。地なら急いで通り過ぎ、圍地では策謀をもって敵を迎え撃ち、死地では奮闘して脱出しなければならない。
 古の名将は、敵の前衛と後衛の連絡を絶たせたり、大部隊と小部隊の連携を乱したり、敵兵の貧富や身分の差に付けこんで互いに憎ませたりした。そして、協力し合っている敵にはその協力を断ち切り、協力し合っていない敵には協力させないようにする。こうして味方に有利な状況ができるまで待ち、できなければ次の機会まで待ったのである。
 例えば、敵が整然と攻撃を仕掛けようとしているときは、どうすればよいか。それは、敵が大切にしているものを真っ先に奪うことである。兵は迅速が肝要であり、敵の不備を突くのが原則である。思いもよらない方法で、警戒していない場所を攻めるものなのである。
 他国を侵略する場合、敵中深く攻め込めば、味方は自然に結束して勝つことが出来る。肥沃な地方を占領すれば、食料の心配をしなくて済む。兵には行動を謹ませ、疲労を無くして養生させれば、体力を回復させることができ、併せて気力も回復する。将軍が、策謀を巡らし、敵の裏をかき、味方の逃げ場所を無くせば、兵は死を怖れて負けるようなことは無くなる。死さえ怖れなくなれば得られないものがあろうか。そのような状況にして将兵が力を合わせて戦うようにするのである。兵士というものは、余りに危険な立場に追い込まれれば怖れるということをしなくなり、逃げられない状況に追い込まれたら開き直り、敵中深く侵攻したら結束し、戦わなければならなくなれば戦うものである。だからそのような軍は、治めなくても自然に治まり、勇戦させなくても自然に勇戦し、協調させなくても自然に協調し、信用がなくても自然に命に従うのである。また、博打、占いの類を禁止し、戦争全般に対する疑惑を排除すれば、兵は死ぬまで逃げることはない。私や兵士達の余財を廃棄するのは、財貨を嫌うからではない。同様に、余命を投げ出すのは、長寿を嫌うからではないのである。出兵の命令を発すれば、兵士で坐っている者は、涙で襟元を濡らし、寝ている者は、涙で顔中グチャグチャにする。しかし、このような者達でも、今挙げたような逃げ道のない状況に追い込めば、伝説の勇士達と同じ働きをすることができるのである。
 だから名将は、卒然のように兵を用いる。卒然とは、常山に棲むと言われている大蛇のことである。その頭を攻撃しようとすると尾で反撃されるし、尾を攻撃しようとすると頭で反撃され、腹を攻撃しようとすると頭と尾で反撃される。そのような大蛇のように、果たして兵を用いることができようか。できるのである。呉人と越人とは仲は悪いと言われているが、偶然同じ舟に乗り合わせた時に強風に晒されようなものなら、互いに手を取り合って協力するだろう。だから、いくら陣固めしようとも、必勝の軍隊となることはできない。兵卒全員を勇者にするのは、将軍の指揮如何に関わっているのであり、兵卒全員を剛強にするには、地形の運用に関わっているのである。だから名将は、まるで手を繋いでいるかのように兵を用いるために、兵を逃げ場の無い状況に追い込むのである。
 将軍の仕事というものは、静寂、深長、正大かつ治整でなければならない。兵士の耳目を晦まして作戦の真意を知らせずに使うのである。その運用、謀略を様々に変化させ、兵士と雖も気づかれないようにするのである。また、その居場所、行軍進路についても千変万化させ、人が考えもつかないことをするのである。部隊を率いる場合は、高い場所に登らせた後梯子を取り去るような指揮をすべきである。また他国の奥深くに攻め込んだ場合は、羊の群れを追いやるように指揮すべきである。追いやられるようにあちこち行き来すると、誰も現在の居場所がわからなくなる。全軍を集めて、決死の覚悟で部隊を戦場に投入するということは、将軍たる者の仕事である。将軍たる者、以上地形の9種の違いを知らず、それに基づく用兵を知らず、またそれに基づく兵の心情を知らないということでは済まされないのである。
 他国を侵略する場合のやり方としては、深く攻め入れば味方は自然に団結するが、浅ければそうはならない。本国を出立し、国境を越えたところは絶地となる。その中で四方が開けている場所が衢地となる。敵国深く侵攻した場所が重地となり、浅ければ軽地となる。後背が堅固で前方が狭い場所が圍地となり、逃げ場のない場所が死地となる。であるから私は、散地であれば、兵士達の心を一つにしようとする。軽地であれば、兵士達の行動を一つにしようとする。争地であれば、後方部隊を急がせようとする。交地であれば、守備に徹しようとする。衢地であれば、他国と同盟しようとする。重地であれば、食料を確保しようとする。地(兵を進め難い土地)であれば、行軍を早めようとする。圍地であれば、敵の逃げ道を塞ごうとする。死地であれば、生きて帰れない状態であることを兵士に知らせようとする。だから兵士の心情としては、囲まれれば防御し、逃げられなくなれば戦い、余りに危険な状況になると従順になるのである。
 諸侯の考えが解らないと、同盟を締結することは出来ない。山林や土地の険阻等の地形を知らないと、行軍することは出来ない。先導者がいないと、地の利を享受することができない。以上3つのうち1つでも知らなければ、覇王の軍とはならない。覇王の軍というものは、大国を征伐する際は、戦い殺されるのを怖れて敵兵が集まらない。その矛先が向けられた敵は、恐れた諸外国と同盟できなくなる。だから覇王は、諸外国と同盟しあう必要なくなり、また天下の権力を手に入れようとしなくても、自身の思い通りに敵を支配下に組み入れることができる。だから、敵城を落としたり、敵国を滅ぼしたりできるのである。平時よりも重賞と重罰を適用すれば、兵士達を指揮するのは、一人の兵を指揮するのと同じことになる。兵士を動かす際には、兵士にその理由を知らせてはならない。また兵士には有利なことだけを知らせて、不利なことを知らせてはならない。兵士というものは、全滅の憂き目に遭う状況にして、始めて生き延びられるのである。そもそも兵士達は、そういう危難に陥ってこそ、勝敗を左右する働きができるようになるのである。
 戦う上で大事なことは、敵の意思を詳細に読み取ることである。その上で味方は一致団結すれば、どんなに遠い敵でも攻め滅ぼすことができる。
 これこそが、事が巧く成就するということである。いざ戦いとなったとき、関所を封鎖し、その通行を制限する。宗廟を詣でて、戦いの良し悪しを探る。敵が浮足立つと必ずそれに乗じて、その急所を抑えるのである。始めは処女のように用心深く、後には脱兎のように素早く動くのである。

2.株式投資編
 株式投資をするに当たっての銘柄価値の見方は、次の9つがある。それは、価格帯としての散値、軽値、争値、交値、衢値、重値及び出来高帯としての毀値、圍値、死値である。

①散値とは、弱気の範囲であり、投資すれば損失が生じる可能性が高い値のことである。
②軽値とは、強気ではあるが、まだそれ程明確に強気できない値のことである。
③争値とは、取れば強気転換が明確になり、投資するのに有利になる値のことである。
④交値とは、上げ下げしても強気の度合いが変化しない値のことである。
⑤衢値とは、多くの投資家が注目し、その値を奪取すると全員参加型の大相場が期待できる値のことである。
⑥重値とは、強気の極みであり、当初の仕込みや売り方の多くが撤退する値のことである。
⑦毀値とは、買い残が急増したり、出来高が急減したりした値で、投資するのが難しい値のことである。
⑧圍値とは、買おうとしたら値が飛び、売ろうとしたら売れない、少額の売買で大きく値動きする出来高が少ない値のことである。
⑨死値とは、出来高は多いが値動きが一方通行な為、日計りであれば大損しないが、日計りでなければ大損するような値のことである。

だから、散値では投資してはならないし、軽値では仕込んではならない。争値では(強気確認が取れるまでは)買い建ててはならないし、交値では損切りを躊躇してはならない。衢値ではトレンドに乗り、重値では上値が少なければ多少利益が減ってでも撤退しなければならない。また、毀値なら急いで撤退し、圍値では深慮をもって投資し、死値ではあらん限りの能力を結集して挑まなければならない。
 古の名投資家は、セクター間の人気度の違いを利用したり、銘柄間の買われ方の違いを利用したり、銘柄固有の値動きに付け込んで利用したりした。そして、より人気の高いセクターに着目し、より買われている銘柄に注目したのである。こうして投資に有利な状況ができるまで待ち、できなければ次の機会まで待ったのである。
 例えば、相場がゆっくりと下げようとしているときは、どうすれば良いか。それは、買われている個別銘柄(材料株)に注目して投資するのである。投資は迅速が肝要であり、相場の安値を仕込むのが原則である。(相場が下げて)思いもよらないときに、(中央突破するような)思いもよらない銘柄を仕込むから利益をあげることができるのである。
 上昇トレンドに沿って投資する場合、トレンド深く追い駆ければ、(撤退時期を注視する為に)投資家の神経は自然に相場に集中して大利を得ることができる。好環境で投資をすれば、損失の心配をしなくて済む。無駄に資金を動かすことを慎み、欲望を自制して無心となれば、資金の減少を防ぐことができ、併せて気力の減少も防ぐことができる。投資家が、深慮を巡らし、相場の裏をかき、(損をしても良いという)安易な妥協を無くせば、失敗を怖れて損をするということはなくなる。失敗さえ怖れなくなれば、得られないものがあろうか。そのような心理状態にして、死力を尽くして投資しようとするのである。投資家の心理というものは、余りに危険な立場に追い込まれれば怖れるということをしなくなり、安易な妥協を許されなくなれば開き直り、トレンド深く追い駆ければ集中し、投資しなければならなくなれば投資するものである。だからそのような投資は、管理させなくても自然に管理し、仕込みさせなくても自然に仕込みし、銘柄選定させなくても自然に選定し、法則がなくても自然に法則に従うのである。また、噂や風説の類を無視し、投資全般に対する不確定要素を排除すれば、投資家の心理は絶対に死ぬまで相場から逃げることはない。投資家が、時間を投資に当てるのは、時間が余っているからではない。同様に、資金を投資に当てるのは、資金が余っているからではないのである。仕込みをしようとすれば、資金の少ない者は、損をしないかと気が気で無くなり、資金の多い者は、損失が拡大しないかと夜も眠れなくなる。しかし、このような投資家でも、今挙げたように神経を集中して相場に向かい合えば、伝説の投資家達と同じように利益を出すことができるのである。
 だから名投資家は、大鵬のように資金を動かす。大鵬とは、常山に棲むと言われている大鳥のことである。その目は千里先をも見通し、その翼は天空を覆い尽く程広く、その嘴はどんな小さな獲物であっても啄ばむことができる。そのような大鳥のように、果たして投資することができようか。できるのである。普段は重くて運ぶことはおろか、持ち上げることすら出来ない家具であっても、火事となれば運び出すことができるだろう。これと同じように、追いつめられればできるのである。だから、いくら投資方法を確立しても、必勝の投資とすることはできない。投資家を名投資家にするのは、投資家自身の心理に関わっているのであり、投資を常勝にするのは、状況の見極めに関わっているのである。だから名投資家は、まるで死の危険と隣り合わせに居るかのような環境に自分を置くために、自身の神経を逃げ場の無い状況に追い込むのである。
 投資家の態度というものは、静寂、深長、正大かつ治整でなければならない。自分の内に潜む安易な考えを除いて欲望を捨て去って投資するのである。その運用、見通しを様々に変化させ、一般社会で生活するように安易に妥協する自分を捨て去るようにするのである。また、仕込み銘柄、時期についても千変万化させ、人が考えもつかないことをするのである。資金を動かす場合は、高い場所に登らせた後梯子を取り去って火をつけるような心構えですべきである。また、上昇トレンド深く追い駆けた場合は、羊羹を切るように投資すべきである。切られるように順次利益を確定していくと、反落時の損失が軽微になり、また続伸しても利益が乗ることになる。資金全額を集めて、決死の覚悟で資金を相場に投入するということは、投資家たる者の仕事である。投資家たる者、以上銘柄価値の9種の違いを知らず、それに基づく運用を知らず、またそれに基づく投資家の心理を知らないということでは済まされないのである。
 上昇トレンドを追い駆ける場合のやり方としては、深く追い駆ければ自然に神経は集中するが、浅ければそうはならない。トレンドが反転し、上値抵抗線を越えたところは絶値(散値以外の8値)となる。その中で多くの投資家が注目している値点は、衢値となる。上昇トレンド深く追い駆けた値点が重値となり、浅ければ軽値となる。出来高が少ない値点は圍値となり、値動きが激しい値点が死値となる。だから投資家は、散値であれば、仕込みを慎もうとする。軽値であれば、損をしないようにしようとする。争地であれば、焦らないようにしようとする。交値であれば、損切りを徹底しようとする。衢値であれば、他の投資家の動きに乗ろうとする。重値であれば、利益を確定しようとする。毀値であれば、早急に撤退しようとする。圍値であれば、値動きに注視しようとする。死値であれば、必至の覚悟でないと大損することを自覚しようとする。だから投資家の心理としては、トレンド深く追い駆ければ集中し、安易な妥協を許されなくなれば開き直り、余りに危険な立場に追い込まれれば怖れるということをしなくなるのである。
 他の投資家の動向がわからなければ、仕込む時期を知ることができない。相場の状況やそれを取り巻く環境を知らなければ、仕込む銘柄を特定することはできない。相場の手口がわからなければ、利益そのものを得ることはできない。以上の3つのうち1つでも知らなければ、覇王の投資とはならない。覇王の投資というものは、トレンドに乗る際は、それ以上値下がりしない状況で仕込むので値下がりしない。その目が向けられた銘柄は、例え悪材料があっても値下がりしなくなる。だから覇王は、悪材料を気にする必要が無くなり、また相場の主導権を手に入れようとしなくても、自分の思い通りに相場を動かすようにすることができる。だから、上昇トレンドを利用したり、上昇相場を活用したりできるのである。平時よりも損益ラインを厳密に運用すれば、多額の資金を動かすのは、少額の資金を動かすのと同じことになる。また、資金を動かす際には、資金にその例外を設けてはならない。資金には有利なときだけは弾力的に運用し、不利なときはしてはならない。投資家というものは、丸損の憂き目に遭う状況にして、始めて利益を上げられるのである。そもそも一般投資家達はそういう危難に陥ってこそ、成否を左右する投資ができるようになるのである。
 投資する上で大事なことは、相場の方向性を詳細に読み取ることである。その上で安易な考えを捨て去れば、どんなに難しい相場であっても利益を得ることができる。これこそが、事が巧く成就するということである。いざ仕込みとなったとき、甘えを無くし、その心理を追いつめる。相場を観察して、投資の良し悪しを探る。相場が動き出すと必ずそれに乗じて、その人気どころを抑えるのである。始めは処女のように用心深く、後には脱兎のように素早く動くのである。
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第拾弐篇 火攻

☆正攻法ではないものの利用の仕方☆
1.原 訳
「火攻めの方法には、次の5種類がある。兵舎を焼くこと(火人)、兵糧庫を焼くこと(火積)、荷駄を焼くこと(火輜)、武器庫等を焼くこと(火庫)および行軍路の営造物を焼くこと(火隊)である。火攻めをするには必ず事前準備が必要であり、準備は平素からしておかなければならない。火攻めには適した時間と、適した日がある。適した時間は、空気が乾燥している時間であり、適した日は、月が一定の場所に入る4日である。この4日というのは、風が起こる日なのである。
 火攻めをするには、必ずこの5種類を理解して、それぞれの変化に応じて行わなければならない。火が敵陣の中で発したときは、素早くそれに呼応して外から攻めかかる。火が発しているのに敵陣が静まり返っている場合は、暫く様子を見るべきであって、攻めてはならず、その火力を見極めてから、攻められれば攻め、攻められなければ取りやめる。火を敵陣の外からかけられれば、敵陣中からの出火を待たずに火をかけるべきである。風上から火をかけたときは、風下から攻めてはならない。昼の風が長く続いたときは、夜風は止まってしまうので、火攻めは中止する。火攻めについては以上5種類の変化があるので、そのことをよく理解して守らなければならない。
 火の助けを借りて攻撃しようとする軍は、用兵に明るい軍である。水の助けを借りて攻撃しようとする軍は、強大な軍である。しかし、水の助けでは、敵を分断することはできても、敵陣を奪取するまではできないのである。
 戦いに勝ち、敵陣を攻め取っているのに、それを支配下に組み入れないでいるのは不吉なことであり、これを『費留』という。だから明君はこのことを憂慮するし、名将は支配下に組み入れようとする。有利でなければ動かず、得るものがなければ軍を用いず、危険が迫らなければ戦わないのである。主君は、怒りに任せて軍を興してはならず、将軍も、憤りのままに合戦に及んではならない。兵を動かすこととそれから得られる利益が釣り合わなければ、兵を動かしてはならないのである。というのも、怒りが治まれば喜びも生まれるし、憤りが治まれば悦びも生まれる。それに対して、滅んだ国を復国させることはできないし、死んだ人間を生き返らせることはできない。だから、明君は怒りに任せず慎み深く兵を興し、名将は、憤りに任せず考えを戒めて合戦に及ぶのである。これが、国家を安全にし、軍を全うする方法である。」

2.株式投資編
 材料株の投資方法には、次の5種類がある。思惑だけを狙うもの、材料を狙うも の、業績の好転を狙うもの、出来高の増加を狙うもの及び取組みを狙うものである。
 材料株を利用するには、必ず事前準備(勉強)が必要であり、準備は平素からしておかなければならない。材料株の利用には適した時期と、適した環境がある。適した時期とは、悪材料が連なり、まともに投資しては損をするという時であり、適した環境とは、優良銘柄が上がらない環境である。この優良銘柄が上がらない環境とは、日経平均225やTOPIXが上がらない環境である。
 材料株を利用するには、必ず次の5種類を理解して、それぞれの変化に応じて行なわなければならない。

①仕手筋からの仕込みが確認できたときは、素早くそれに呼応して仕込む。
②出来高が急増しているのに上値を追えない場合は、暫く様子を見るべきであって、仕込んではならず、その強さを見極めてから、仕込めれば仕込み、仕込めなければ取り止める。
③出来高を伴って高値を追っている場合は、筋の仕込みを確認せずとも仕込むべきである。
④高値で仕込んだ場合は、欲張ってはならない。
⑤高値で好材料が出たときは、目先的に材料出尽くしとなるので、材料株の利用は中止する。


以上、材料株の利用については5種類の変化があるので、そのことをよく理解して守らなければならない。
 材料株を利用しようとする投資家は、株式投資に明るい者である。優良株を利用しようとする投資家は、豊富な資金を有する者である。しかし、優良株では、安定的に利益を得ることはできても、大きな利益を得ることまではできないのである。
 投資に成功し、利益を得ているのに、それを投資資金に組み入れないでいるのは不吉なことであり、これを『費留』という。だから名投資家は、このことを憂慮するし、投資資金に組み入れようとする。有利でなければ投資せず、得るものが無ければ資金を動かさず、条件が整わなければ仕込まないのである。投資家は、欲望に駆られて投資をしてはならず、利益に目を奪われて仕込んではならない。資金を動かすことと、それから得られる利益が釣り合わなければ、資金を動かしてはならないのである。というのも、欲望が自制できれば満足感を得られるし、利益に目を奪われなければ充実感を得られるからである。それに対して、失敗した投資をやり直しすることはできないし、失った資金を元通りにすることもできないのである。だから、名投資家は、欲望に任せず慎み深く資金を動かし、利益に目を奪われず考えを戒めて仕込みに及ぶのである。これが、投資家自身を安泰にし、株式と一生付き合っていく方法である。
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第拾参篇 用閒

☆情報の利用の仕方☆
1.原 訳
  「10万の大軍を千里の遠征に行かせるには、民衆の生活費や国費を合わせて、一日千金もの大金が必要となる。国内外は大騒動となり、本業に専念できなくなる家が70万家にもなる。そして数年間も対峙していたかと思うと、その決着は1日でついてしまう。だから、爵禄や褒美を惜しんで敵の情報を知ろうとしない者は、不仁の極地である。人の上に立つ者の器量ではなく、また主君を保佐する者の器量でもなく、勝者となる者の器量でもない。だから明君や賢将と呼ばれる人の勝利の裏には、必ず敵の情報を先に知るということがあるのである。先に知るというのは、占いで知るというのではなく、状況で判るというのでもなく、経験から推察できるというものでもない。必ず人の手(間者:スパイ)によってもたらされるものなのである。
 そこで、間者というものは5種類ある。郷間、内間、反間、死間および生間である。これらの間者がそれぞれ行動して、そのことを全く気づかれないのは、神技というべきものであり、君主や将軍にとっては宝というべきものである。郷間というものは、敵国出身者を間者として使うことである。内間とは、敵の役人等を間者として使うことである。反間とは、敵の間者をそれと知られずに使うことである。死間とは、策略をもって敵味方を欺き、終には殺される者のことである。生間とは、生きて帰って報告する者のことである。
 だから全軍の中で、間者を最も信頼しなければならず、最も厚賞にしなければならず、最も秘密にしなければならない。また間者を用いるには聖智に秀でていなければならず、使うには仁義に厚くなければならず、もたらす情報の真実を見抜くには機微でなければならない。そもそも間者を用いずに済むようなことはないのである。また、間者からまだもたらされていない情報を他の者から聞かされたときは、その者と後にその情報をもたらした間者を殺さなければならない。
 攻撃したい敵や、落としたい城、殺したい人があるときは、必ずまずその指揮官や守将、護衛兵等々の官位や氏名を調べ、間者にその詳細を調査させなければならない。
 敵の間者で、こちらのことを探っている者を見つけたときは、必ず利益で誘って味方にしなければならない。そしてこの者を反間として用いるのである。この反間からもたらされる情報があるからこそ、郷間や内間を使うことができるのである。そしてこの郷間や内間からもたらされる情報があるからこそ、死間が策略を弄して敵を欺けるのである。そして死間の策略があるからこそ、生間がその事実を報告することができるのである。五間の情報は、全て主君にもたらされるが、それがもたらされるそもそもの功績は反間によるものである。だから、反間こそは、最も厚遇しなければならない者なのである。
 昔、殷王朝が建国したときには、滅亡した夏王朝には間者として伊尹(いいん:殷王朝建国の功臣)がいた。周王朝が建国したときには、滅亡した殷王朝には間者として呂常(りょじょう:周王朝建国の功臣であり、太公望のこと)がいた。だから、明君や賢将であってこそ、優れた智者を間者として用い、大成功を納めることができるのである。この間者こそが戦争の要であり、全軍がこの間者のもたらす情報に従って動くものなのである。」

2.株式投資編
 数百万円もの資金全額で仕込みをすると、日歩や逆日歩等諸々の費用を合わせて、一日数千円もの経費が必要となる。投資家の心理は気が気でなくなり、本業としての仕事にすら専念できなくなる。そして数週間保ち合ったかと思うと、その決着は1日でついてしまう。だから、僅かな経費を惜しんで相場や銘柄の情報を知ろうとしない者は、無能の極みである。株式投資をしようとする者の器ではなく、また資産運用をしようとする者の器でもなく、勝者となる者の器でもない。だから名投資家の勝利の裏には、必ず相場や銘柄の現状を詳細に知るということがあるのである。詳細に知るというのは、噂や風説で知るというものではなく、状況で判るというものでもなく、経験から推察できるというものでもない。必ず確たる情報によってもたらされるものなのである。
 そこで情報というものは、次の5種類がある。①チャート、②格付情報、③相場情報、④打診買いおよび⑤モメンタムであるこれらの情報をそれぞれ分析して、その内容が全て合致するというのは、奇跡というべきものであり、投資家にとっては宝というべきものである。①チャートというものは、銘柄の過去の値動きや出来高を情報として使うことである。②格付情報とは、証券会社等が発表する投資格付けやレポートを情報として使うことである。③相場情報とは、相場参加者の動向を情報として使うことである。④打診買いとは、損失を覚悟できる程度の資金で仕込みをし、相場の強さを情報として使うことである。⑤モメンタムとは、相場の方向性を情報として使うことである。
 だから投資をする上では、情報を最も信頼しなければならず、最も費用を割かねばならず、最も大切にしなければならない。また情報を分析するには有能でなければならず、使うには勇敢でなければならず、もたらされる情報の真実を見抜くには機微でなければならない。そもそも情報を用いずに済むようなことはないのである。また、既存の情報から、まだ掴めていない事実を、他の情報から教えられ、より有益だったときは、これまで利用してきた情報を改めなければならない。
 投資したい相場や、注目したいセクター、仕込みしたい銘柄があるときは、必ずまずその手口や出来高、その材料等々の裏づけを調べ、情報を精査しなければならない。
 数多くある情報提供会社の中で、相場の情報を的確に提供している会社を見つけたときは、必ず費用を支払ってでも契約しなければならないそしてこの会社の情報を相場情報として利用するのである。この相場情報からもたらされる内容があるからこそ、チャートや格付情報を使うことができるのである。そしてこのチャートや格付情報からもたらされる情報があるからこそ、損失覚悟で打診買いができるのである。そして打診買いがあるからこそ、モメンタムがその事実を裏付けるのである。これら5つの情報は、全て投資家にもたらされるが、それがもたらされるそもそもの功績は相場情報によるものである。だから、相場情報こそは、最も大切にしなければならない情報なのである
 昔、江戸中期に本間宗久が米相場で連戦連勝したときには、宗久の為に相場の動向を詳細に探る者がいた。戦後のドサクサに五島某が株式相場で大暴れしたときには、情報屋として横井某がいた。だから、名投資家であればこそ、優れたものを情報として用い、大成功を納めることができるのである。この情報こそが投資の要であり、全投資資金がこの情報に従って動くものなのである。
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ぷらっとさんぽ(-Prattosampo-)  by 江守孝三(KozoEmori)