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駒澤大学貴重図書(正法眼蔵)、、 国立国会図書(正法眼蔵)

道元・禅・正法眼蔵(dogen zen buddhism)

正法眼藏のテキスト
正法眼蔵を書き換える意図=十二巻「正法眼蔵」


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永平寺 (YouTube)Eiheiji zen eiheiji(YouTube)
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(永平寺) 曹洞宗大本山・永平寺...開祖道元は、森羅万象の全てに仏が在り、人間1人1人の中にも、仏が在ると説きました。 連綿と受け継がれて来た精神とその営みは私たちが忘れかけているものを教えてくれます。

 
(eiheiji)(ミックスリスト1~50 - 曹洞宗大本山總持寺 朝課) 、 ・荒神諷経(こうじんふぎん) ・伝灯諷経(でんとうふぎん) ・御両尊諷経(ごりょうそんふぎん)・五院尊諷経(ごいんそんふぎん) ・祠堂諷経(しどうふぎん) 大本山總持寺では、開山以来一日も欠かすことなく朝のおつとめが続けられ、今日に至っています。 平成元年に三松閣落慶・御移転80年記念として大本山總持寺法要事務局により収録した正式版です。

     禅 (道元禅師)   Zen Dogen the Zen Master 1~9
道元(どうげん)は、鎌倉時代初期の禅僧。日本における曹洞宗の開祖。晩年に希玄という異称も用いた。同宗旨では高祖と尊称される。諡号は、仏性伝東国師、承陽大師。一般には道元禅師と呼ばれる。 徒(いたずら)に見性を追い求めず、座禅している姿そのものが仏であり、修行の中に悟りがあるという修証一等、只管打坐の禅を伝えた。『正法眼蔵』は、和辻哲郎、ハイデッガーなど西洋哲学の研究家からも注目を集めた。
Dōgen Zenji (道元禅師; also Dōgen Kigen 道元希玄, or Eihei Dōgen 永平道元, or Koso Joyo Daishi) (19 January 1200 -- 22 September 1253) was a Japanese Zen Buddhist teacher born in Kyōto, and the founder of the Sōtō school of Zen in Japan after travelling to China and training under the Chinese Caodong lineage there. Dōgen is known for his extensive writing including the Treasury of the Eye of the True Dharma or Shōbōgenzō, a collection of ninety-five fascicles concerning Buddhist practice and enlightenment.

   
正法眼蔵随聞記・現代語訳朗読1~6・正法眼蔵随聞記・抄訳詩1 ~6


スティーブジョブズは、老師のもとで「禅」を学び、また、老師は後年ジョブズのセカンドハウスで生活するなど、2人の親交はとても深いものに アップル社の次に立ち上げたNeXT社の精神的アドバイザーとして、弘文老師を迎え入れている。 老師・乙川弘文 一枚のガラスの上で操作できるiPhoneなど、アップル社の製品には「集中とシンプルさ」という「禅」の教えが見える
スティーブ・ジョブズ 乙川弘文(動画)

〇正法眼蔵 (原文対照現代語訳・道元禅師全集) 鏡島 元隆 (監修), 水野 弥穂子 (翻訳) 出版社: 春秋社
正法眼蔵 1
宋に渡り、仏法正法を示す宝である袈裟にであった喜びとともに、国内の袈裟に対する誤った考え方は、仏法が正伝していない証であると説く伝衣第三十二を含む、諸悪莫作第三十一から説心説性第四十二までを収録。
正法眼蔵 2
宋より帰朝後、晩年に至るまで、正伝の仏法を広めるべく何度も書き改め、練り上げられた畢生の主著『正法眼蔵』。本巻では考え抜かれたその巻立ての中で、坐禅儀第十一から行持第十六、さらに観音第十八まで、道元の視座の基本を凝縮した巻を収録。
正法眼蔵 3
自己を離れて正伝の仏法はありえないことを鏡の同生から説き起こす古鏡第十九、自己の生きているところに無限の時間があることを明かす有時第二十、女性差別の愚かさを鋭く批判する礼拝得髄第二十八をはじめ、現代にこそ生かすべき巻を収録。
正法眼蔵 4
宋に渡り、仏法正法を示す宝である袈裟にであった喜びとともに、国内の袈裟に対する誤った考え方は、仏法が正伝していない証であると説く伝衣第三十二を含む、諸悪莫作第三十一から説心説性第四十二までを収録。
正法眼蔵 5
経巻を軽んじてはならないとする仏経第四十七や、身体を清潔に保つことこそ正法であるとして、その実践法をこまかく説いた洗面第五十を含む諸法実相第四十三から梅花第五十三までを収録。
正法眼蔵 6
仏祖の護持しきたれる修証ありいわゆる不染汚なり。爪の切り方から東司(トイレ)の作法までを詳述し、日常生活を正しく過ごしていくことが、そのまま修行であると説く洗浄第五十四から大修行第六十八までを収録。
正法眼蔵 7
一切の形あるものを形あるものとしてとらえない所から真実が見えてくると示す虚空第七十を含む自証三昧第六十九から出家第七十五、さらに付巻として洞雲寺本他から法華転法華など5篇を収録。七十五巻本ついに完結。
正法眼蔵 8
道元が命終するまで、七十五巻本とあわせて撰述された十二巻本『正法眼蔵』。本巻ではそのうち、出家功徳第1、受戒第2、袈裟功徳第3、発菩提心第4、供養諸仏第5を収録。
正法眼蔵 9
十二巻本の内、帰依仏法僧宝第6から八大人覚第12を収録。

〇正法眼蔵 (原文対照現代語訳 道元禅師全集) 鏡島 元隆 (監修), 石井 修道 (翻訳)
十二巻本『正法眼蔵』のうち、出家功徳第1、受戒第2、袈裟功徳第3、発菩提心第4、供養諸仏第5を収録。

〇永平広録 (原文対照現代語訳・道元禅師全集)  道元 (著), 鏡島 元隆 (翻訳) 出版社: 春秋社
永平広録1
『正法眼蔵』と並ぶ道元禅師の主著の巻1~3を読解し、興聖寺時代から越前永平寺に定着するまでの青壮年期の熱意と使命感あふれる説法を、実際にその場で聴仏法がいまだ滅びていない末法こそ修行の好機と捉え、真実の仏道を説き続けた、道元最晩年の上堂語をはじめ、小参・法語・普勧坐禅儀・頌古を含む佳境の巻七~九を収録。聞しているごとくに再現し、新たなる道元像を浮き彫りにする。
永平広録2
本巻では『永平広録』全十巻のうちの、巻四~六を収録する。
永平広録3
仏法がいまだ滅びていない末法こそ修行の好機と捉え、真実の仏道を説き続けた、道元最晩年の上堂語をはじめ、小参・法語・普勧坐禅儀・頌古を含む佳境の巻七~九を収録。
永平広録4
道元の詩的世界を表現し尽くした『広録』最終巻(巻十)、およびその示寂後、中国(宋)にもたらされた『広録』が無外義遠の手で編集・抜粋された『略録』を収録。併せて両書の詳細な解説を付す

道元

百科事典 道元 正治2年1月2日 - 建長5年8月28日(旧暦)
(1200年1月19日 - 1253年9月22日(ユリウス暦))
道元禅師
諡号 仏性伝燈国師、承陽大師
尊称 高祖
生地 山城国乙訓郡久我村 誕生寺
没地 京都
宗旨 曹洞宗
寺院 永平寺
天童如浄
弟子 孤雲懐奘
著作 正法眼蔵』、『永平清規
永平寺承陽殿

道元(どうげん、正治2年1月2日1200年1月19日)- 建長5年8月28日(1253年9月22日))は、鎌倉時代初期の日本における曹洞宗の開祖。晩年に希玄という異称も用いた。同宗旨では高祖と尊称される。諡号は、仏性伝燈国師、承陽大師。一般には道元禅師と呼ばれる。徒(いたずら)に見性を追い求めず、坐禅している姿そのものがであり、修行の中に悟りがあるという修証一等只管打坐を伝えた。『正法眼蔵』は、和辻哲郎ハイデッガーなど西洋哲学の研究家からも注目を集めた。

生い立ち

道元は、正治2年(1200年)、京都久我家に生まれた。両親が誰であるかについては諸説ある。

一時定説化した仏教学者・大久保道舟の説によれば、父は内大臣源通親(久我通親または土御門通親とも称される)であり、母は太政大臣松殿基房(藤原基房)の娘である藤原伊子であって、京都木幡松殿山荘で生まれたとされていた。だが、説の根拠とされた面山瑞方による訂補本『建撕記』の記載の信用性に疑義があり、上記説の優位性が揺らいだ。これを受けて、上記説では養父とされていた、源通親の子である大納言堀川通具を実父とする説も有力になった[1]。いずれにせよ、上級貴族、公卿の家の生まれである。

四国地方には道元の出生に関して、「稚児のころに藤原氏の馬宿に捨てられていたのを発見され、その泣き声が読経のように聞こえるので神童として保護された」との民間伝承が残っている。これはキリスト聖徳太子の出生にまつわる話と混同されて生じたものであると考えられる。

伝記である『建撕記』によれば、3歳で父(通親)を、8歳で母を失って、異母兄である堀川通具の養子になった。また、一説によれば、両親の死後に母方の叔父である松殿師家(元摂政内大臣)から松殿家の養嗣子にしたいという話があったが、(世の無常を感じ出家を志した)道元が断ったとも言われている。この時の逸話として残っているのが、誘いを受けた道元が近くに咲いていた花を(その花に群がっていた虫ごと)むしりとって食べはじめ、無言のうちにその申し出を拒否する意志を伝えたという話である。

主な活動

道元禅師示寂の地
この頃、比叡山からの弾圧を受ける。

教義

  • 成仏とは一定のレベルに達することで完成するものではなく、たとえ成仏したとしても、さらなる成仏を求めて無限の修行を続けることこそが成仏の本質であり(修証一如)、釈迦に倣い、ただひたすら坐禅にうちこむことが最高の修行である(只管打坐)と主張した。
  • 鎌倉仏教の多くは末法思想を肯定しているが、『正法眼蔵随聞記』には「今は云く、この言ふことは、全く非なり。仏法に正像末(しょうぞうまつ)を立つ事、しばらく一途(いっと)の方便なり。真実の教道はしかあらず。依行せん、皆うべきなり。在世の比丘必ずしも皆勝れたるにあらず。不可思議に希有(けう)に浅間しき心根、下根なるもあり。仏、種々の戒法等をわけ給ふ事、皆わるき衆生、下根のためなり。人々皆仏法の器なり。非器なりと思ふ事なかれ、依行せば必ず得べきなり」と、釈迦時代の弟子衆にもすぐれた人ばかりではなかったことを挙げて、末法は方便説に過ぎないとして、末法を否定した。
  • 道元は易行道(浄土教教義の一つ)には、否定的な見解を述べている[2]

著書

  • 正法眼蔵』(しょうぼうげんぞう、七十五巻本+十二巻本+補遺)
  • 永平廣録』(えいへいこうろく、全十巻)
    • 『永平廣録』(石井恭二訳、河出書房新社 上中下、2005年)
    • 『永平廣録 道元禅師の語録』(篠原寿雄、大東出版社全3巻、1998年) 
    • 『永平廣録提唱』(西嶋和夫訳、金沢文庫11分冊、1997年)
    • 『道元和尚廣録』(寺田透訳、筑摩書房 上下、1995年)
    • 『道元禅師語録』(鏡島元隆編、講談社学術文庫、1990年)- 文庫判は各抄版
    • 『道元「永平広録・上堂」選』(大谷哲夫全訳注、講談社学術文庫
    • 『道元「小参・法語・普勧坐禅儀」』(大谷哲夫全訳注、同上)
    • 『道元「永平広録・頌古」』(大谷哲夫全訳注、同上、2005-2007年)
  • 『永平清規(典座教訓、対大己法、弁道法、知事清規、赴粥飯法、衆寮箴規)』(えいへいしんぎ(てんぞきょうくん、たいたいこほう、べんどうほう、ちじしんぎ、ふしゅくはんほう、しゅうりょうしんぎ))
    • 『永平清規 典座教訓 赴粥飯法』、(各西嶋和夫、金沢文庫、1991-92年)
    • 『道元・日々の生きかた 典座教訓・赴粥飯法・衆寮箴規』(佐藤達全、大法輪閣、2001年)
    • 『典座教訓 赴粥飯法』(中村璋八ほか2名訳注、講談社学術文庫、1991年)
  • 普勧坐禅儀
  • 正法眼蔵随聞記』(しょうぼうげんぞうずいもんき) - 懐奘編で道元の言行録。
  • 寶慶記』(ほうきょうき、在宋中の道元が師とかわした問答の記録)
    • 『宝慶記-道元の入宋参学ノート』(池田魯参大東出版社1989年、新装版2004年)
    • 『道元禅師 宝慶記 現代語訳・註』(水野弥穂子、大法輪閣、2012年)
  • 『道元禅師全集 原文対照現代語訳』 (全17巻、鏡島元隆監修、水野弥穂子石井修道角田泰隆ほか訳註、春秋社、1999年-2013年)

参考文献

  • 里見弴『道元禅師の話』(岩波書店/新版岩波文庫、1994年)
  • 竹内道雄『道元 人物叢書』(吉川弘文館、1962年)
  • 高橋新吉『道元禅師の生涯』(宝文館、1963年)
  • 圭室諦成『道元』(新人物往来社、1971年)
  • 今枝愛真『道元 坐禅ひとすじの沙門』(NHKブックス:日本放送出版協会、1976年)
  • 菅沼晃『道元辞典』(東京堂出版、1977年)
  • 平野雅章『道元の食事禅』〈日本料理探求全書第十三巻〉(東京書房社、1979年)
    (「典座教訓」と「赴粥飯法」の全文および現代語訳・解説)
  • 鏡島元隆・玉城康四郎編『講座道元』(全6巻 春秋社、1979年-1981年)
  • 水野弥穂子『道元禅師の人間像』〈岩波セミナーブックス〉(岩波書店、1995年)
  • 玉城康四郎『道元』(上下 春秋社、1996年)
  • 鏡島元隆『道元禅師』春秋社、1997年)
  • 大谷哲夫『永平の風 道元の生涯』(文芸社 2001年)
  • 立松和平『道元禅師』上・大宋国の空/下・永平寺への道(東京書籍、2007年/新潮文庫 上中下巻、2010年6月)
  • 『道元禅師と永平寺〜CD版』(日本音声保存)
  • Dogen "Shobogenzo" Ausgewaehlte Schriften.
    ロルフ・エルバーフェルト、大橋良介編でドイツ語訳
    〈井筒ライブラリー・東洋哲学3〉(慶應義塾大学出版会、2006年)

関連書籍

  • 司馬遼太郎街道をゆく18 越前の諸道』(朝日新聞社、のち朝日文庫)
    • 「道元」(同所収)49-61頁
    • 「山中の宗僧」(同所収)63-76頁。
    • 「寶慶寺の雲水」(同所収)77-89頁。
    • 寂円の画像」(同所収)91-104頁。

脚注

  1. ^ 道元の父母については、中尾良信編『孤高の禅師 道元』(吉川弘文堂,2003)50頁以下参照。
  2. ^ 今人云はく、行じ易きの行を行ずべし、と。この言尤も非なり、太だ佛道に合はず。…好道の士は易行に志すことなかれ。若し易行を求むれば、定んで實地に達せず、必ず寶所に到らざるものか。『永平初祖學道用心集』の「第六、参禅に知るべき事」より

関連項目

外部リンク



正法眼蔵

百科事典

正法眼蔵(しょうぼうげんぞう、正法眼藏)は、主にである道元が執筆した仏教思想書を指す。正法眼蔵という言葉は、本来は仏法の端的な、すなわち肝心要の事柄を意味する。禅家はこれをもって教外別伝の心印となす。[1]著者によって大別すると、次の3種類に分かれる。

  1. 『正法眼蔵』 - 3巻。大慧宗杲
  2. (仮字)『正法眼蔵』(仮名記述) - 75巻+12巻+拾遺4巻(現在の研究結果による)。道元著
  3. (真字)『正法眼蔵』(漢文記述) - 300則の公案集。道元選(ただし道元による若干の変更あり)

ここでは、2番目の道元著(仮字)『正法眼蔵』について述べる。

仮名版と漢字版の正法眼蔵

日本曹洞宗の開祖である道元が、1231年から示寂する1253年まで生涯をかけて著した87巻(=75巻+12巻)に及ぶ大著であり、日本曹洞禅思想の神髄が説かれている。道元は、中国曹洞宗の如浄の法を継ぎ、さらに道元独自の思想深化発展がなされている。

真理を正しく伝えたいという考えから、日本語かつ仮名で著述している。当時(鎌倉時代)の仏教者の主著は、全て漢文で書かれていた(法然、親鸞『教行信証』、栄西、日蓮、…)。古い巻の記述を書き直し、新しい巻を追加して、全部で100巻にまで拡充するつもりであったが、87巻で病のため完成できなかった。その後、拾遺として4巻が発見され、追加されている。

(仮字)『正法眼蔵』は、道元の禅思想を表現するために、語録から特に公案で使われてきた重要な問答を取り出し、それに説明注釈する形で教えを述べている。その種本が(真字)『正法眼蔵』であり、10種類ぐらいの禅語録から、道元がみて重要な300則の禅問答を抜き出している。ただし、そのまま写したのではなく、(抜き出した段階で既に)道元の思想によって若干の変更が加えられていることが、研究の結果分かっている。

真筆と諸版

道元真筆とされるものは、正法眼蔵嗣書(しょうぼうげんぞうししょ、伊予松平家旧蔵、駒澤大学禅文化歴史博物館所蔵)[2]、正法眼蔵「山水経」(愛知県全久院所蔵)など[3]10数種が残っている。 また、道元の死後直後から、後継者らにより頻繁に書写され、各地に分散していく。現在では次の6系統が確認されている。

  • 75巻本
  • 12巻本(百八法明門がある)
  • 60巻本
  • 卍山本
  • 80巻本
  • 95巻本

最後に開版(出版)された95巻本には、『正法眼蔵』とは呼べない文章も混入している[4]

大久保道舟などを先駆とする精緻な研究結果から、現在では、旧稿75巻+新稿12巻に整理され、これが学会で合意されている[5]

修證義

特に在家への布教を念頭において、正法眼蔵から重要な点を抜粋したものに修証義(しゅしょうぎ)がある。

主な刊行書籍

原本・注釈

  • 道元 『本山版 縮刷 正法眼蔵 全』鴻盟社、1952年。
  • 道元、大久保道舟編『道元禅師全集』上巻、筑摩書房、1969(旧稿75巻、新稿12巻、拾遺6巻)。
  • 道元、水野弥穂子校注『正法眼蔵』全4巻、岩波文庫、1990-93年(ワイド版 1993年)。
  • 道元、水野弥穂子訳注『道元禅師全集 原文対照現代語訳 第1-7巻』、春秋社、2002-09年(正法眼蔵75巻本)。
    (第8・9巻は12巻本、石井修道訳注、2011-12年)

現代語訳

巻名

75巻本

  1. 現成公案、
  2. 摩訶般若波羅蜜、
  3. 佛性、
  4. 身心學道、
  5. 即心是佛、
  6. 行佛威儀
  7. 一顆明珠
  8. 心不可得
  9. 古佛心
  10. 大悟
  11. 坐禪儀
  12. 坐禪箴
  13. 海印三昧
  14. 空華
  15. 光明
  16. 行持
  17. 恁麼
  18. 觀音
  19. 古鏡
  20. 有時
  21. 授記
  22. 全機
  23. 都機
  24. 畫餠
  25. 谿聲山色
  26. 佛向上事
  27. 夢中説夢
  28. 禮拜得髓
  29. 山水經
  30. 看經
  31. 諸惡莫作
  32. 傳衣
  33. 道得
  34. 佛教
  35. 神通
  36. 阿羅漢
  37. 春秋
  38. 葛藤
  39. 嗣書
  40. 栢樹子
  41. 三界唯心
  42. 説心説性
  43. 諸法實相
  44. 佛道
  45. 密語
  46. 無情説法
  47. 佛經
  48. 法性
  49. 陀羅尼
  50. 洗面
  51. 面授
  52. 佛祖
  53. 梅花
  54. 洗淨
  55. 十方
  56. 見佛
  57. 遍參
  58. 眼睛
  59. 家常
  60. 三十七品菩提分法
  61. 龍吟
  62. 祖師西來意
  63. 發菩提心
  64. 優曇華
  65. 如來全身
  66. 三昧王三昧
  67. 轉法輪
  68. 大修行
  69. 自證三昧
  70. 虚空
  71. 鉢盂
  72. 安居
  73. 他心通
  74. 王索仙陀婆
  75. 出家

12巻本

  1. 出家功徳
  2. 受戒
  3. 袈裟功徳
  4. 發菩提心
  5. 供養諸佛
  6. 歸依佛法僧寶
  7. 深信因果
  8. 三時業
  9. 四馬
  10. 四禪比丘
  11. 一百八法明門
  12. 八大人覺

別巻

  1. 辦(辨)道話(弁道話、別本あり)
  2. 四攝法(菩提薩埵四攝法)
  3. 法華轉法華
  4. 唯佛與佛
  5. 生死
  6. 道心

その他

  1. 心不可得
  2. 重雲堂式
  3. 示庫院文

脚注

  1. ^ 「織田佛教大辞典」p790
  2. ^ 駒澤大学禅文化歴史博物館 平成21年度企画展『正法眼蔵』出版の足跡リーフレット
  3. ^ 鏡島元隆「正法眼蔵の成立的研究について:吉田紹欽氏著『正法眼蔵の研究』刊行にちなんで」『駒澤大學佛教學部研究紀要』31巻、1973年
  4. ^ 旧岩波文庫全3巻、ただしこの版は、語句の誤りが多いので、岩波書店では絶版になった。復刻版が一穂社にある。
  5. ^ 水野弥穂子校注、岩波文庫版での解説。

関連項目

  • 『正法眼蔵那一宝』 - 父幼老卵が撰述した『正法眼蔵』の註釈書。
  • 正法眼蔵随聞記』 - 道元の弟子の懐弉がまとめた道元の説法集。
  • 全久院 - 道元直筆の山水経(75巻本の29)を所蔵。国の重要文化財。

外部リンク