小学(現代子供教育の危機を救う)朱子学 ー温故知新ー)     [戻る][小学(読み下し文)]

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国立国会図書館 書籍 (小学一・二巻)(三・四巻)(五巻)(六巻)

現代子供教育の危機を救う ー温故知新ー

小 學 (原文・読み下し文)

    題辞    (内篇→) 立教    明倫    敬身    稽古    (外篇→) 嘉言    善行

小學序
古者小學、敎人以灑掃・應對・進退之節、愛親、敬長、隆師、親友之道。皆所以爲脩身・齊家・治國・平天下之本、而必使其講、而習之於幼穉之時。欲其習與智長、化與心成、而無扞格不勝之患也。今其全書雖不可見而雜出於傳記者亦多。讀者往往直以古今異宣、而莫之行。殊不知、其無古今之異者、固未始不可行也。今頗蒐輯、以爲此書、授之童蒙資其講習。庶幾有補於風化之萬一云爾。
淳煕丁未三月朔旦、晦菴題
【読み】
古[いにしへ]は小學[せうがく]、人を敎[おし]うるに灑掃[さいそう]・應對[]おうたい]・進退[しんたい]の節[せつ]、親を愛し、長を敬[けい]し、師を隆[たっと]び、友に親しむの道[みち]を以てす。皆、脩身・齊家・治国・平天下の本[もと]と爲す所以にして、必ず其れをして講じて、之を幼穉[えうち]の時に習わしむ。其の習い、知と長じ、化[くわ]、心[こころ]と成り、扞格[かんかく]して勝[た]えざるの患[うれ]い無からんことを欲するなり。今、其の全書は見る可からずと雖[いへど]も、傳記[でんき]に雜出する者亦多し。讀む者往往直[ただ]古今の宜しきを異にするを以てして、之を行う莫[な]し。殊[こと]に知らず、其の古今の異なること無き者は、固より未だ始[はじめ]より行う可[べ]からざるにはあらざるを。今、頗[すこぶる]る蒐集[しうしふ]して、以てこの書を爲し、之を憧蒙[どうもう]に授け、其の講習に資す。庶幾[こひねが]わくば風化の万一に補い有らんかと爾[し]か云う。
淳煕[じゅんき]丁未[ていび]三月朔旦[さくたん]、晦菴[くわいあん]題す

小學題辭
元亨利貞天道之常、仁義禮智人性之綱。凡此厥初無有不善、藹然四端、隨感而見。愛親敬兄、忠君弟長、是曰秉彛。有順無彊。惟聖性者、浩浩其天、不加毫末萬善足焉。衆人蚩蚩、物欲交蔽、乃頹其綱安此暴棄。惟聖斯惻、建學立師、以培其根、以達其支。小學之方、灑掃應對、入孝、出恭、動罔或悖、行有餘力、誦詩讀書、詠歌舞蹈、思罔或逾。窮理脩身斯學之大、明命赫然罔有内外。德崇業廣、乃復其初。昔非不足、今豈有餘。世遠人亡、經殘敎弛、蒙養弗端、長益浮靡、郷無善俗、世乏良材、利欲紛挐、異言喧豗。幸茲秉彛極天罔墜。爰輯舊聞庶覺來裔。嗟嗟小子、敬受此書。匪我言耄。惟聖之謨。
【読み】
元亨利貞は天道の常、仁義禮智は人性の綱。凡そ此れ厥の初め不善有ること無く、藹然[あいぜん]たる四端、感に隨いて見わる。親を愛し兄を敬し、君に忠に長に弟なる、是を秉彛と曰う。順うこと有りて彊[し]うること無し。惟れ聖は性のままなる者、浩浩たる其の天、毫末をも加えずして萬善足る。衆人は蚩蚩、物欲交々蔽い、乃ち其の綱を頹[くず]して此の暴棄に安んず。惟れ聖斯に惻れみ、學を建て師を立て、以て其の根に培い、以て其の支を達す。小學の方は、灑掃應對、入りては孝、出でては恭、動くには悖ること或る罔く、行いて餘力有らば、詩を誦[くちずさ]み書を讀み、詠歌し舞蹈して、思うには逾ゆること或る罔し。理を窮め身を脩むるは斯れ學の大、明命赫然として内外有ること罔し。德崇く業廣くして、乃ち其の初めに復る。昔足らざるに非ず、今豈餘有らんや。世遠く人亡[う]せ、經殘[そこな]われ敎え弛み、蒙養端[ただ]しからず、長じて益々浮靡、郷に善俗無く、世に良材乏しく、利欲紛挐し、異言喧豗[けんかい]す。幸に茲の秉彛は極天墜つる罔し。爰に舊聞を輯め來裔を覺さんことを庶う。嗟嗟小子、敬みて此の書を受けよ。我が言の耄なるに匪ず。惟れ聖の謨なり。

小學内篇

立教第一

子思子曰、天命之謂性、率性之謂道、脩道之謂敎。則天明、遵聖法、述此篇、俾爲師者知所以敎、而弟子知所以學。
【読み】
子思子曰く、天の命ずる之を性と謂い、性に率う之を道と謂い、道を脩むる之を敎と謂う。天の明に則り、聖の法に遵いて此の篇を述べ、師爲る者をして以て敎うる所を知り、弟子をして以て學ぶ所を知らしむ。

立教1
列女傳曰、古者婦人妊子寢不側、坐不邊、立不蹕、不食邪味、割不正不食、席不正不坐、目不視邪色、耳不聽淫聲。夜則令瞽誦詩、道正事。瞽盲者、樂官也。如此則生子、形容端正、才過人矣。言妊子之時、必愼所感。感於善則善、感於惡則惡也。
【読み】
列女傳に曰く、古は婦人子を妊めば寢ぬるに側せず、坐するに邊せず、立つに蹕[ひ]せず、邪味を食わず、割[きりめ]正しからざれば食わず、席正しからざれば坐せず、目は邪色を視ず、耳は淫聲を聽かず。夜には則ち瞽をして詩を誦し、正事を道わしむ。瞽盲は、樂官なり。此の如くなれば則ち生まるる子、形容端正にして、才人に過ぐ。子を妊む時は、必ず感ずる所を愼むを言う。善に感ずれば則ち善、惡に感ずれば則ち惡なり。

立教2
○内則曰、凡生子、擇於諸母與可者、必求其寬裕・慈惠・溫良・恭敬、愼而寡言者、使爲子師。諸母、衆妾也。可者、傅御之屬也。子師、敎示以善道者。○司馬溫公曰、子始生、求乳母必擇良家婦人稍溫謹者。乳母不良非惟敗亂家法、兼令所飼之子性行亦類之。子能食食、敎以右手。能言男唯女兪。兪、然也。○溫公曰、子能言、敎之自名及唱喏萬福安置。稍有知則敎之以恭敬尊長。有不識尊卑長幼者、則嚴訶禁之註曰、古有胎敎。况於已生、子始生未有知。固舉以禮。况於已有知。孔子曰、幼成若天性、習慣如自然。顏氏家訓曰、敎婦初來、敎兒嬰孩。故在謹其始、此其理也。若夫子之初生也、使之不知尊卑長幼之禮、遂至侮詈父母、敺擊兄姊。父母不知訶禁、反笑而奬之彼旣未辨、好惡謂禮當然、及其旣長、習已成、性乃怒、而禁之不可復制。於是父嫉其子、子怨其父、殘忍悖逆無所不至。此蓋父母無深識遠慮、不能防微杜漸、溺於小滋、養成其惡故也。男鞶革、女鞶絲。鞶、小嚢、盛帨巾者。男用韋、女用繒帛。六年敎之數與方名。數謂一十百千萬。方名謂東西南北。○溫公曰、始習書字。七年男女不同席、不共食。蚤其別也。○溫公曰、始誦孝經・論語、次及諸經。八年出入門戶、及卽席飮食、必後長者。始敎之讓。示以廉恥。九年敎之數日。朔望與六甲也。○溫公曰、始爲之講解使曉義理。十年出就外傳、居宿於外、外傳敎學之師也。十年以後有學無敎。學書計。書謂六書。計謂九數。衣不帛襦袴。不用帛爲襦袴。太溫傷陰氣也。禮帥初。帥、循也。行禮動作皆遵習先日所爲。朝夕學幼儀、言從朝至夕、學幼少奉事長者之儀。請肄簡諒。肄、習也。簡、書篇數也。諒、言語信實也。請肄、請於長者習學之也。溫公曰、自是以往、可以博觀群書。然必擇其精要者而誦之。如禮記則學記・大學・中庸・樂記之類。其異端非聖賢之書、傅宜禁之。勿使妄觀、以惑亂其志。觀書皆通、始可學文辭。十有三年學樂誦詩舞勺。樂謂六樂之器。勺、籥也。舞籥文舞也。成童舞象學射御。成童、十五以上。舞象、武舞也。謂用干戈之小舞也。射謂五射。御謂五御。二十而冠、始學禮。可以衣裘帛。舞大夏、冠、加冠也。禮謂五禮。二十、成人血氣强盛、可衣衣裘。大夏、禹樂。樂之文武備者也。惇行孝弟、博學不敎、内而不出。廣博學問不可爲師敎人。蘊蓄其德、在内而不可出言爲人謀慮。三十而有室、始理男事。博學無方、孫友視志。室、猶妻也。男事受田給政役也。方、猶常也。至此學、無常。在志所好也。四十始仕、方物出謀發慮。道合則服從、不可則去。物、猶事也。方物出謀、則謀不過物。方物發慮、則慮不過物。五十命爲大夫、服官政。統一官之政也。七十致事。致其事於君而告老。女子、○溫公曰、女子六歳始習女工之小者。七歳誦孝經・論語、九歳講解孝經・論語及列女傳・女誡之類、略曉大意。註曰、古之賢女無不觀圖史以自鑑。如曹大家之徒、皆精通經術論議明正。今人或敎女子以作歌詩執俗樂。殊非所宜也。○伊川程先生曰、先夫人侯氏七八歳時誦古詩。曰、女子不夜出。夜出秉明燭。自是日暮則不復出房閤。旣長好文而不爲詞章。見世之婦女以文章筆札傅於人者、則深以爲非。○安定胡先生曰、鄭衛之音導淫。以敎女子。非所宜也。十年不出。恆居内也。姆敎婉娩聽從。姆、女師也。婉謂言語。娩謂容貌。溫公曰、柔順貌。執麻枲、治絲繭、織紝・組・紃、學女事以共衣服。紝謂繒帛。組・紃倶絛也。薄闊爲組、似繩爲紃。○溫公曰、蚕桑・織績・裁縫及爲飮膳、不惟正是婦人之職、兼欲使之知衣食所來之艱難、不敢恣爲奢麗。至於纂組華巧之物、亦不必習也。觀於祭祀、納酒漿・籩豆・葅醢、禮相助奠。當及女時而知也。納謂置酒漿・籩豆・葅醢之等於神座。禮相助奠謂以禮相長者之事、而助其饋奠。十有五年而筓。筓、今簪也。此謂應年許嫁者。女子許嫁而筓、字之。未許嫁、則二十而筓。二十而嫁。有故、二十三年而嫁。故謂父母之喪。聘則爲妻、奔則爲妾。聘、問也。妻之言、齊也。以禮見問、則得與夫敵體。妾之言、接也。言得接見於君子、不得與之敵體也。
【読み】
○内則に曰く、凡そ子を生まば、諸母と可者とに擇び、必ず其の寬裕・慈惠・溫良・恭敬、愼みて言寡なき者を求めて、子の師爲らしむ。諸母は衆妾なり。可者は傅御の屬なり。子師は敎示を以て善道する者。○司馬溫公曰く、子始めて生まるれば、乳母は必ず良家婦人の稍溫謹なる者を擇び求む。乳母良からざれば惟家法を敗亂するのみに非ず、兼て飼う所の子の性行も亦之の類にせしむ。子能く食を食えば、右手を以[もち]うることを敎う。能く言えば、男は唯し、女は兪せしむ。兪は然りなり。○溫公曰く、子能く言わば、之に自名及び萬福安置を唱喏するを敎ゆ。稍知有れば則ち之に敎うるに恭敬尊長を以てす。尊卑長幼を識らざる者有れば、則ち嚴に之を訶禁し註して曰く、古は胎敎有り。况や已に生じ、子始めて生まれ未だ知ること有らざれば、固より舉ぐるに禮を以てす。况や已に知有れば、と。孔子曰く、幼成は天性の若く、習慣は自然の如し、と。顏氏家訓に曰く、婦を敎うるに初來、兒を敎うるに嬰孩、と。故に其の始めを謹むに在るは、此れ其の理なり。夫れ子の初生の若き、之に尊卑長幼の禮を知らざれば、遂に父母を侮詈し、兄姊を敺擊するに至らしむ。父母訶禁するを知らず、反って笑いて之を奬て彼旣に未だ辨せずとし、好惡を禮の當然と謂う。其の旣に長ずるに及び、習已に成り、性は乃ち怒にして、之を禁ずるも復た制する可からず。是に於て父は其の子を嫉み、子は其の父を怨み、殘忍悖逆至らざる所無し。此れ蓋し父母の深く遠慮を識ること無く、微を防ぎ漸を杜ぐこと能わず、小滋に溺し、其の惡を養成する故なり。男は革を鞶[はん]にし、女は絲を鞶にせしむ。鞶は小嚢、盛帨巾なる者。男は韋を用い、女は繒帛を用う。六年にして之に數と方との名を敎う。數は一十百千萬を謂う。方名は東西南北を謂う。○溫公曰く、始めに字を書くを習う、と。七年にして男女席を同じくせず、食を共にせず。其の別を蚤[はや]くするなり。○溫公曰く、始めて孝經・論語を誦み、次に諸經に及ぶ、と。八年にして門戶を出入し、及び席に卽きて飮食するに、必ず長者に後れしむ。始めて之に讓を敎ゆ。示すに廉恥を以てす。九年にして之に日を數うることを敎う。朔望と六甲なり。○溫公曰く、始めて之の爲に講解して義理を曉らしむ、と。十年にして出でて外傳に就き、外に居宿し、外傳は敎學の師なり。十年以後は學ぶこと有りて敎うること無し。書計を學ぶ。書は六書を謂う。計は九數を謂う。衣は襦袴を帛にせず。帛を用いて襦袴を爲らず。太だ溫にて陰氣を傷ればなり。禮は初めに帥[したが]い、帥は循なり。禮を行う動作は皆先日爲す所に遵い習う。朝夕幼儀を學び、朝より夕に至るまで、幼少の長者を奉事するの儀を學ぶを言う。簡諒を請い肄[なら]う。肄は習なり。簡は書の篇數なり。諒は言語信實なり。請い肄うは長者に請いて之を習い學うなり。溫公曰く、是より以往、以て博く群書を觀る可し。然るに必ず其の精要なる者を擇びて之を誦む。禮記の如きは則ち學記・大學・中庸・樂記の類なり。其の異端の聖賢の書に非ざるは、傅は宜しく之を禁ずべし。妄りに觀て、以て其の志を惑亂せしむること勿かれ。書を觀て皆通じ、始めて文辭を學ぶ可し、と。十有三年にして樂を學び詩を誦し勺を舞う。樂は六樂の器を謂う。勺は籥なり。籥を舞うは文の舞なり。成童にして象を舞い射御を學ぶ。成童は十五以上。象を舞うは武の舞なり。干戈を用うるの小舞を謂うなり。射は五射を謂う。御は五御を謂う。二十にして冠し、始めて禮を學ぶ。以て裘帛を衣る可し。大夏を舞い、冠は冠を加うるなり。禮は五禮を謂う。二十は成人血氣强盛、衣裘を衣る可し。大夏は禹の樂。樂の文武備わる者なり。惇く孝弟を行い、博く學びて敎えず、内にして出さず。廣博に學問して師と爲りて人に敎う可からず。其の德を蘊蓄して、内に在りて言を出して人の爲に謀慮す可からず。三十にして室有り、始めて男の事を理[おさ]む。博く學びて方無く、友に孫[したが]い志を視る。室は妻に猶[おな]じ。男の事は田を受けて政役に給すなり。方は常に猶じ。此に至りて學ぶに、常無し。志の好む所に在り。四十にして始めて仕え、物を方[くら]べて謀を出し慮を發す。道合えば則ち服從し、不可なれば則ち去る。物は事に猶じ。物を方べて謀を出せば、則ち謀は物に過ぎず。物を方べて慮を發すれば、則ち慮は物に過ぎず。五十にして命ぜられて大夫と爲り、官政を服す。一官の政を統るなり。七十にして事を致す。其の事を君に致して老を告ぐ。女子は、○溫公曰く、女子六歳にして始めて女工の小なる者を習う。七歳にして孝經・論語を誦し、九歳にして孝經・論語及び列女傳・女誡の類を講解して、略々大意を曉る、と。註に曰く、古の賢女、圖史を觀て以て自ら鑑みざること無し、と。曹大家の徒の如き、皆精しく經術に通じ論議明正なり。今人或は女子を敎うるに歌詩を作り俗樂を執るを以てす。殊に宜しき所に非ざるなり。○伊川程先生曰く、先夫人侯氏、七八歳の時古詩を誦す。曰く、女子は夜出でず。夜出れば明燭を秉る、と。是より日暮れれば則ち復た房閤を出でず。旣に長なりて文を好みて詞章を爲らず。世の婦女の文章筆札を以て人に傅うる者を見れば、則ち深く以て非と爲す。○安定胡先生曰く、鄭衛の音は淫を導く。以て女子に敎う。宜しき所に非ざるなり、と。十年にして出でず。恆に内に居るなり。姆、婉娩聽從を敎う。姆は女師なり。婉は言語を謂う。娩は容貌を謂う。溫公曰く、柔順の貌、と。麻枲[まし]を執り、絲繭を治め、紝・組・紃を織り、女の事を學びて以て衣服に共す。紝は繒帛を謂う。組・紃は倶に絛なり。薄く闊きを組と爲し、繩に似るを紃と爲す。○溫公曰く、蚕桑・織績・裁縫及び飮膳を爲る、惟正に是れ婦人の職のみにあらず、兼て之をして衣食來る所の艱難を知り、敢て恣に奢麗を爲さざらしめんことを欲す。纂組華巧の物に至ては、亦必ずしも習わざるなり、と。祭祀に觀、酒漿・籩豆・葅醢[そかい]を納むるを、禮相[たす]けて奠[てん]を助く。當に女の時に及びて知るべし。納は酒漿・籩豆・葅醢の等を神座に置くを謂う。禮相けて奠を助くは、禮を以て長者の事を相けて、其の饋奠を助けるを謂う。十有五年にして筓す。筓は今の簪なり。此は年に應じて嫁を許す者を謂う。女子嫁を許して筓し、之に字す。未だ嫁を許さざれば、則ち二十にして筓す。二十にして嫁す。故有れば、二十三年にして嫁す。故は父母の喪を謂う。聘すれば則ち妻と爲し、奔れば則ち妾と爲す。聘は問うなり。妻の言は齊なり。禮を以て問わるれば、則ち夫と敵體するを得。妾の言は接なり。君子に接見するを得て、之と敵體するを得ざるを言うなり。


★★
【読み】
○内則に曰く、凡そ子を生まば、諸母と可者とに擇び、必ず其の寬裕・慈惠・溫良・恭敬、愼みて言寡なき者を求めて、子の師爲らしむ。諸母は衆妾なり。可者は傅御の屬なり。子師は敎示を以て善道する者。○司馬溫公曰く、子始めて生まるれば、乳母は必ず良家婦人の稍溫謹なる者を擇び求む。乳母良からざれば惟家法を敗亂するのみに非ず、兼て飼う所の子の性行も亦之の類にせしむ。子能く食を食えば、右手を以[もち]うることを敎う。能く言えば、男は唯し、女は兪せしむ。兪は然りなり。○溫公曰く、子能く言わば、之に自名及び萬福安置を唱喏するを敎ゆ。稍知有れば則ち之に敎うるに恭敬尊長を以てす。尊卑長幼を識らざる者有れば、則ち嚴に之を訶禁し註して曰く、古は胎敎有り。况や已に生じ、子始めて生まれ未だ知ること有らざれば、固より舉ぐるに禮を以てす。况や已に知有れば、と。孔子曰く、幼成は天性の若く、習慣は自然の如し、と。顏氏家訓に曰く、婦を敎うるに初來、兒を敎うるに嬰孩、と。故に其の始めを謹むに在るは、此れ其の理なり。夫れ子の初生の若き、之に尊卑長幼の禮を知らざれば、遂に父母を侮詈し、兄姊を敺擊するに至らしむ。父母訶禁するを知らず、反って笑いて之を奬て彼旣に未だ辨せずとし、好惡を禮の當然と謂う。其の旣に長ずるに及び、習已に成り、性は乃ち怒にして、之を禁ずるも復た制する可からず。是に於て父は其の子を嫉み、子は其の父を怨み、殘忍悖逆至らざる所無し。此れ蓋し父母の深く遠慮を識ること無く、微を防ぎ漸を杜ぐこと能わず、小滋に溺し、其の惡を養成する故なり。
男は革を鞶[はん]にし、女は絲を鞶にせしむ。鞶は小嚢、盛帨巾なる者。男は韋を用い、女は繒帛を用う。
六年にして之に數と方との名を敎う。數は一十百千萬を謂う。方名は東西南北を謂う。○溫公曰く、始めに字を書くを習う、と。
七年にして男女席を同じくせず、食を共にせず。其の別を蚤[はや]くするなり。 ○溫公曰く、七歳にして始めて孝經・論語を誦み、次に諸經に及ぶ、と。
八年にして門戶を出入し、及び席に卽きて飮食するに、必ず長者に後れしむ。始めて之に讓を敎ゆ。示すに廉恥を以てす。
九年にして之に日を數うることを敎う。朔望と六甲なり。○溫公曰く、始めて之の爲に講解して義理を曉らしむ、と。
十年にして出でて外傳に就き、外に居宿し、外傳は敎學の師なり。十年以後は學ぶこと有りて敎うること無し。書計を學ぶ。書は六書を謂う。計は九數を謂う。衣は襦袴を帛にせず。帛を用いて襦袴を爲らず。太だ溫にて陰氣を傷ればなり。禮は初めに帥[したが]い、帥は循なり。禮を行う動作は皆先日爲す所に遵い習う。朝夕幼儀を學び、朝より夕に至るまで、幼少の長者を奉事するの儀を學ぶを言う。簡諒を請い肄[なら]う。肄は習なり。簡は書の篇數なり。諒は言語信實なり。請い肄うは長者に請いて之を習い學うなり。溫公曰く、是より以往、以て博く群書を觀る可し。然るに必ず其の精要なる者を擇びて之を誦む。禮記の如きは則ち學記・大學・中庸・樂記の類なり。其の異端の聖賢の書に非ざるは、傅は宜しく之を禁ずべし。妄りに觀て、以て其の志を惑亂せしむること勿かれ。書を觀て皆通じ、始めて文辭を學ぶ可し、と。
十有三年にして樂を學び詩を誦し勺を舞う。樂は六樂の器を謂う。勺は籥なり。籥を舞うは文の舞なり。成童にして象を舞い射御を學ぶ。
成童は十五以上。象を舞うは武の舞なり。干戈を用うるの小舞を謂うなり。射は五射を謂う。御は五御を謂う。

二十にして冠し、始めて禮を學ぶ。以て裘帛を衣る可し。大夏を舞い、冠は冠を加うるなり。禮は五禮を謂う。二十は成人血氣强盛、衣裘を衣る可し。大夏は禹の樂。樂の文武備わる者なり。惇く孝弟を行い、博く學びて敎えず、内にして出さず。廣博に學問して師と爲りて人に敎う可からず。其の德を蘊蓄して、内に在りて言を出して人の爲に謀慮す可からず。
三十にして室有り、始めて男の事を理[おさ]む。博く學びて方無く、友に孫[したが]い志を視る。室は妻に猶[おな]じ。男の事は田を受けて政役に給すなり。方は常に猶じ。此に至りて學ぶに、常無し。志の好む所に在り。
四十にして始めて仕え、物を方[くら]べて謀を出し慮を發す。道合えば則ち服從し、不可なれば則ち去る。物は事に猶じ。物を方べて謀を出せば、則ち謀は物に過ぎず。物を方べて慮を發すれば、則ち慮は物に過ぎず。
五十にして命ぜられて大夫と爲り、官政を服す。一官の政を統るなり。
七十にして事を致す。其の事を君に致して老を告ぐ。

女子は、○溫公曰く、
女子六歳にして始めて女工の小なる者を習う。
七歳にして孝經・論語を誦し、
九歳にして孝經・論語及び列女傳・女誡の類を講解して、略々大意を曉る、と
。註に曰く、古の賢女、圖史を觀て以て自ら鑑みざること無し、と。曹大家の徒の如き、皆精しく經術に通じ論議明正なり。今人或は女子を敎うるに歌詩を作り俗樂を執るを以てす。殊に宜しき所に非ざるなり。○伊川程先生曰く、先夫人侯氏、
七,八歳の時古詩を誦す。曰く、女子は夜出でず。夜出れば明燭を秉る、と。是より日暮れれば則ち復た房閤を出でず。旣に長なりて文を好みて詞章を爲らず。世の婦女の文章筆札を以て人に傅うる者を見れば、則ち深く以て非と爲す。○安定胡先生曰く、鄭衛の音は淫を導く。以て女子に敎う。宜しき所に非ざるなり、と。
十年にして出でず。恆に内に居るなり。姆、婉娩聽從を敎う。姆は女師なり。婉は言語を謂う。娩は容貌を謂う。溫公曰く、柔順の貌、と。麻枲[まし]を執り、絲繭を治め、紝・組・紃を織り、女の事を學びて以て衣服に共す。紝は繒帛を謂う。組・紃は倶に絛なり。薄く闊きを組と爲し、繩に似るを紃と爲す。○溫公曰く、蚕桑・織績・裁縫及び飮膳を爲る、惟正に是れ婦人の職のみにあらず、兼て之をして衣食來る所の艱難を知り、敢て恣に奢麗を爲さざらしめんことを欲す。纂組華巧の物に至ては、亦必ずしも習わざるなり、と。祭祀に觀、酒漿・籩豆・葅醢[そかい]を納むるを、禮相[たす]けて奠[てん]を助く。當に女の時に及びて知るべし。納は酒漿・籩豆・葅醢の等を神座に置くを謂う。禮相けて奠を助くは、禮を以て長者の事を相けて、其の饋奠を助けるを謂う。
十有五年にして筓す。筓は今の簪なり。此は年に應じて嫁を許す者を謂う。女子嫁を許して筓し、之に字す。未だ嫁を許さざれば、則ち二十にして筓す。
二十にして嫁す。故有れば、二十三年にして嫁す。故は父母の喪を謂う。聘すれば則ち妻と爲し、奔れば則ち妾と爲す。聘は問うなり。妻の言は齊なり。禮を以て問わるれば、則ち夫と敵體するを得。妾の言は接なり。君子に接見するを得て、之と敵體するを得ざるを言うなり。



立教3
○曲禮曰、幼子常視毋誑。小未有知。常示以正事。不宜示以欺誑。立必正方、不傾聽。立必正向一方、不得傾頭屬聽左右。習其自端正也。
【読み】
○曲禮に曰く、幼子には常に視[しめ]すに誑くこと毋かれ。小にして未だ知ること有らず。常に示すに正事を以てす。宜しく示すに欺誑を以てすべからず。立つには必ず方を正しくし、傾き聽かず。立つに必ず正しく一方に向い、頭を傾けて左右に屬聽するを得ず。其の自ら端正なるを習うなり。

立教4
○學記曰、古之敎者家有塾、黨有庠、術有序、國有學。術、讀爲遂。門側之堂謂之塾。古者二十五家爲閭。閭共一巷。巷首有門。門邊有塾。里中之老有道德者、爲左右師坐於两塾。民在家之時、朝夕出入恆受敎於塾。五百家爲黨、萬二千五百家爲遂。遂、在遠郊之外。國謂天子所都及諸侯國中。
【読み】
○學記に曰く、古の敎うる者は家に塾有り、黨に庠有り、術に序有り、國に學有り。術は讀みて遂と爲す。門の側の堂を之を塾と謂う。古は二十五家を閭と爲す。閭は一巷を共にす。巷の首に門有り。門の邊に塾有り。里中の老いて道德有る者、左右の師と爲りて两塾に坐す。民家に在る時、朝夕出入して恆に敎を塾に受く。五百家を黨と爲し、萬二千五百家を遂と爲す。遂は遠郊の外に在り。國は天子の都する所及び諸侯の國中を謂う。

立教5
○孟子曰、人之有道也、飽食暖衣、逸居而無敎、則近於禽獸。人之有道、言其皆有秉彛之性也。聖人有憂之使契爲司徒、敎以人倫。父子有親、君臣有義、夫婦有別、長幼有序、朋友有信。聖人謂堯・舜。契、臣名。司徒、官名。倫、序也。敎以人倫、亦因其固有者、而導之耳。書曰、天叙有典。勑我五典五惇哉。此之謂也。
【読み】
○孟子曰く、人の道有る、食に飽き衣を暖にし、居を逸して敎無ければ、則ち禽獸に近し。人の道有るは、其の皆秉彛の性有るを言うなり。聖人之を憂うる有りて契をして司徒と爲らしめ、敎うるに人倫を以てす。父子親有り、君臣義有り、夫婦別有り、長幼序有り、朋友信有り。聖人は堯・舜を謂う。契は臣の名。司徒は官名。倫は序なり。敎うるに人倫を以てすは、亦其の固有の者に因りて、之を導くのみ。書に曰く、天有典を叙つ。我が五典を勑して五つながら惇くせよ、と。此れ之を謂うなり。

立教6
○舜命契曰、百姓不親、五品不遜。舜、虞帝名。五品謂父子・君臣・夫婦・長幼・朋友。遜、順也。汝作司徒、敬敷五敎在寬。五敎謂父子有親、君臣有義、夫婦有別、長幼有序、朋友有信。敷此五敎、以敬爲主、而以寬濟之。命夔曰、命汝典樂。敎冑子。直而溫、寬而栗、剛而無虐、簡而無傲。夔、舜臣名。冑、長也。冑子謂天子以下至卿大夫嫡子。直失太嚴、故令溫。寬失緩慢、故令栗。剛失入虐、簡失入傲、故敎之以防其失。詩言志、歌永言、聲依永、律和聲。八音克諧無相奪倫、神人以和。聲謂五聲。宮・商・角・徵・羽。律謂六律・六呂。黄鐘・太蔟・姑洗・蕤賓・夷則・無射爲六律、大呂・應鐘・南呂・林鐘・仲呂・夾鐘爲六呂。八音謂金・石・絲・竹・匏・土・革・木。金、鐘鎛也。石、磬也。絲、琴瑟也。竹、管簫也。匏、笙也。土、塤也。革、鼗皷也。木、柷敔也。詩言志以導之、歌詠其義以長其言。五聲依附長言而爲之。其聲未和、乃用律呂調和之、使應於節奏。八音能諧理不錯奪、則神人咸和。
【読み】
○舜、契に命じて曰く、百姓親しまざるは、五品遜[したが]わざればなり。舜は虞帝の名。五品は父子・君臣・夫婦・長幼・朋友を謂う。遜は順なり。汝司徒と作り、敬みて五敎を敷き寬に在れ、と。五敎は父子親有り、君臣義有り、夫婦別有り、長幼序有り、朋友信有りを謂う。此の五敎を敷き、敬を以て主と爲して、寬を以て之を濟う。夔[き]に命じて曰く、汝に典樂を命ず。冑子[ちゅうし]に敎えよ。直にして溫、寬にして栗、剛にして虐すること無く、簡にして傲ること無からしめよ。夔は舜の臣の名。冑は長なり。冑子は天子以下卿大夫に至るまでの嫡子を謂う。直の失は太だ嚴、故に溫ならしむ。寬の失は緩慢、故に栗ならしむ。剛の失は虐に入る、簡の失は傲に入る、故に之に敎えて以て其の失を防ぐ。詩は志を言い、歌は言を永くし、聲は永に依り、律は聲を和す。八音克く諧[かな]いて倫を相奪うこと無ければ、神人以て和せん、と。聲は五聲を謂う。宮・商・角・徵・羽。律は六律・六呂を謂う。黄鐘・太蔟・姑洗・蕤賓・夷則・無射を六律と爲し、大呂・應鐘・南呂・林鐘・仲呂・夾鐘を六呂と爲す。八音は金・石・絲・竹・匏・土・革・木を謂う。金は鐘鎛なり。石は磬なり。絲は琴瑟なり。竹は管簫なり。匏は笙なり。土は塤なり。革は鼗皷なり。木は柷敔なり。詩は志を言いて以て之を導き、歌は其の義を詠みて以て其の言を長くす。五聲は長言に依り附きて之を爲す。其の聲未だ和せざれば、乃ち律呂を用いて之を調え和して、節奏に應ぜしむ。八音能く諧理して錯奪せざれば、則ち神人咸[みな]和す。

立教7
○周禮、大司徒以郷三物敎萬民、而賓興之。物、猶事也。興、猶舉也。三事敎成、郷大夫舉其賢者能者、以飮酒之禮賓客之。旣則獻其書於王。一曰、六德。知・仁・聖・義・忠・和。知謂明於事。仁謂愛人以及物。聖謂通而先識。義謂能斷時宜。忠謂言以中心。和謂不剛不柔。二曰、六行。孝・友・睦・婣・任・恤。孝謂善事父母。友謂善於兄弟。睦謂親於九族。婣謂親於外親。任謂信於友道。恤謂振於憂貧。三曰、六藝。禮・樂・射・御・書・數。禮謂五禮。吉・凶・賓・軍・嘉也。樂謂六樂。雲門・大咸・大詔・大夏・大濩・大武。射謂五射。一曰、白矢。矢貫侯過、見其鏃白也。二曰、參連。前放一矢、後三矢連續而去也。三曰、剡注。謂羽頭高鏃低而去、剡剡然也。四曰、襄尺。謂臣與君射不與君並立、襄君一尺而退也。五曰、井儀。謂四矢貫侯如井之容儀也。御謂五御。一曰、嗚和鸞。和在式、鸞在衡。升車則馬動。馬動則鸞鳴。鸞鳴則和應也。二曰、遂水曲。謂御車隨遂水勢之屈曲、而不墜水也。三曰、過君表。謂若毛詩傳云、褐纏旃以爲門、裘纏質以爲褹、間容握、驅而入擊則不得入。君表卽褐纏旃也。四曰、舞交衢。衢、道也。謂御車在交道、車旋應於舞節。五曰、逐禽左。謂御驅逆之車、逆驅禽獸、使左當人君、以射之也。書謂六書。一曰、象形。謂日月之類。象日月形體而爲之。二曰、會意。謂武信之類。人言爲信。止戈爲武。會合人意也。三曰、轉注。謂考老之類。建類一首、文意相受、左右相注。四曰、處事。謂上下之類。人在一上爲上、人在一下爲下。各有其處事、得其宜。故曰處事。五曰、假借。謂令長之類。一字两用也。六曰、諧聲。謂形聲一也。如江河之類、皆以水爲形、以工可爲聲也。數謂九數。一曰、方田以御田疇界域。二曰、粟布以御交質變易。三曰、衰分以御貴賤廩稅。四曰、少廣以御積羃方圓。五曰、商功以御功程積實。六曰、均輸以御遠近勞費。七曰、盈以御隱雜互見。八曰、方程以御錯揉正負。九曰、勾股御高深廣遠。以郷八刑糾萬民。糾、割察也。謂察取郷中八種之過、而斷割其罪也。一曰、不孝之刑。二曰、不睦之刑。三曰、不婣之刑。四曰、不弟之刑。不弟謂不敬師長。五曰、不任之刑。六曰、不恤之刑。七曰、造言之刑。訛言惑衆。八曰、亂民之刑。亂名改作、執左道、以亂政也。
【読み】
○周禮に、大司徒、郷の三物を以て萬民を敎えて、之を賓興す。物は事に猶[おな]じ。興は舉に猶じ。三事の敎成れば、郷の大夫、其の賢者能者を舉げて、飮酒の禮を以て之を賓客とす。旣にして則ち其の書を王に獻ず。一に曰く、六德。知・仁・聖・義・忠・和。知は事に明なるを謂う。仁は人を愛して以て物に及ぶを謂う。聖は通じて先ず識るを謂う。義は能く時の宜しきを斷ずるを謂う。忠は言、中心を以てするを謂う。和は剛ならず柔ならざるを謂う。二に曰く、六行。孝・友・睦・婣・任・恤。孝は善く父母に事うるを謂う。友は兄弟に善きを謂う。睦は九族に親しきを謂う。婣は外親に親しきを謂う。任は友道に信なるを謂う。恤は憂貧を振うを謂う。三に曰く、六藝。禮・樂・射・御・書・數。禮は五禮を謂う。吉・凶・賓・軍・嘉なり。樂は六樂を謂う。雲門・大咸・大詔・大夏・大濩・大武なり。射は五射を謂う。一に曰く、白矢。矢、侯を貫き、過ぎて其の鏃の白きを見わすなり。二に曰、參連。前に一矢を放ち、後の三矢連續して去るなり。三に曰く、剡注。羽頭高く鏃低れて去る、剡剡然たるを謂うなり。四に曰く、襄尺。臣と君と射るに君と並び立たず、君に一尺を襄りて退くを謂うなり。五に曰く、井儀。四矢侯を貫いて井の容儀の如くなるを謂うなり。御は五御を謂う。一に曰く、嗚和鸞。和は式に在り、鸞は衡に在り。車に升れば則ち馬動く。馬動けば則ち鸞鳴る。鸞鳴けば則ち和應す。二に曰く、遂水曲。車を御して水勢の屈曲に隨い遂きて、水に墜ちざるを謂うなり。三に曰く、過君表。毛詩傳に、褐纏旃を以て門と爲し、裘纏質を以て褹と爲し、間に握を容れ、驅けて入り擊てば則ち入るを得ざるを云うが若きを謂う。君表は卽ち褐纏旃なり。四に曰く、舞交衢。衢は道なり。車を御して交道に在り、車旋して舞節に應ずるを謂う。五に曰く、逐禽左。驅逆の車を御し、禽獸を逆驅して、左を人君に當て、以て之を射さしむるを謂うなり。書は六書を謂う。一に曰く、象形。日月の類を謂う。日月形體に象りて之を爲す。二に曰く、會意。武信の類を謂う。人の言を信と爲す。戈を止めるを武と爲す。人意を會合するなり。三に曰く、轉注。考老の類を謂う。類を建て首を一にし、文意相受け、左右相注す。四に曰く、處事。上下の類を謂う。人、一の上に在るを上と爲し、人、一の下に在るを下と爲す。各々其の事を處き、其の宜しきを得る有り。故に處事と曰う。五に曰く、假借。令長の類を謂う。一字两用なり。六に曰く、諧聲。形聲一なるを謂うなり。江河の類の如き、皆水を以て形と爲し、工可を以て聲と爲す。數は九數を謂う。一に曰く、方田以て田疇の界域を御む。二に曰く、粟布以て交質の變易を御む。三に曰く、衰分以て貴賤の廩稅を御む。四に曰く、少廣以て積羃の方圓を御む。五に曰く、商功以て功程の積實を御む。六に曰く、均輸以て遠近の勞費を御む。七に曰く、盈以て隱雜互見を御む。八に曰く、方程以て錯揉正負を御む。九に曰く、勾股、高深廣遠を御む。郷の八刑を以て萬民を糾す。糾は割察なり。郷中八種の過を察し取りて、其の罪を斷割するを謂うなり。一に曰く、不孝の刑。二に曰く、不睦の刑。三に曰く、不婣の刑。四に曰く、不弟の刑。不弟は師長を敬わざるを謂う。五に曰く、不任の刑。六に曰く、不恤の刑。七に曰く、造言の刑。訛言は衆を惑わす。八に曰く、亂民の刑。名を亂して改め作り、左道を執り、以て政を亂すなり。

立教8
○王制曰、樂正崇四術立四敎。樂正、樂官之長。掌國子之敎。崇、高也。高尙其術以作敎也。四術、詩・書・禮・樂。四敎、春・夏・秋・冬。順先王詩・書・禮・樂以造士。順、依也。造、成也。依此四術而敎、以成是士也。春秋敎以禮樂、冬夏敎以詩書。春夏、陽也。詩樂者聲。聲亦陽也。秋冬、陰也。書禮者事。事亦陰也。
【読み】
○王制に曰く、樂正、四術を崇び四敎を立つ。樂正は樂官の長。國子の敎を掌る。崇は高なり。其の術を高尙にして以て敎を作すなり。四術は詩・書・禮・樂。四敎は春・夏・秋・冬。先王の詩・書・禮・樂に順いて以て士を造[な]す。順は依なり。造は成なり。此の四術に依りて敎え、以て是の士を成すなり。春秋は敎うるに禮樂を以てし、冬夏は敎うるに詩書を以てす。春夏は陽なり。詩樂は聲。聲も亦陽なり。秋冬は陰なり。書禮は事。事も亦陰なり。

立教9
○弟子職曰、先生施敎、弟子是則。溫恭自虛、所受是極。必虛其心、然後能有所容。極謂盡其本原也。見善從之、聞義則服。溫柔孝弟毋驕恃力。驕而恃力則羝羊觸藩。志無虛邪、虛謂虛僞。行必正直游居有常。必就有德。顏色整齊、中心必式。式、法也。夙興夜寐、衣帶必飭、朝益暮習、小心翼翼。一此不懈。是謂學則。
【読み】
○弟子職に曰く、先生敎を施し、弟子是れ則る。溫恭にして自ら虛しくし、受くる所是れ極む。必ず其の心を虛しくして、然して後能く容るる所有り。極むるは其の本原を盡すを謂うなり。善を見ては之に從い、義を聞きては則ち服す。溫柔孝弟にして驕りて力を恃むこと毋かれ。驕りて力を恃めば則ち羝羊藩に觸れる。志に虛邪無く、虛は虛僞を謂う。行は必ず正直に游居常有り。必ず有德に就く。顏色整齊にして、中心必ず式あり。式は法なり。夙に興き夜寐ね、衣帶必ず飭[ととの]え、朝は益し暮は習い、心を小にして翼翼たり。此を一にして懈らず。是を學則と謂う。

立教10
○孔子曰、弟子入則孝、出則弟、謹而信、汎愛衆而親仁、行有餘力則以學文。謹、行謹。信、言信。汎、廣也。衆、衆人。親、近也。仁謂仁者。餘力猶言暇日。以、用也。文謂詩書六藝之文。
【読み】
○孔子曰く、弟子入りては則ち孝、出でては則ち弟、謹みて信あり、汎く衆を愛して仁に親しみ、行いて餘力有れば則ち以いて文を學ぶ。謹は行を謹む。信は言に信あり。汎は廣なり。衆は衆人。親は近なり。仁は仁者を謂う。餘力は暇日と言うに猶[おな]じ。以は用なり。文は詩書六藝の文を謂う。

立教11
○興於詩、興、起也。詩、因人情之邪正以示勸懲。其言易曉、而諷詠之間又有以感發而入於人心。故習於詩、則其志意油然有所興起、而去惡從善、自不能已。立於禮、禮以恭敬辭讓爲本、而有節文度數之詳。不可以毫髪僭差也。故習於禮則德性堅定、而得所以自處之正位。成於樂。樂有五聲・六律・八音之節、而其聲氣之和至與天地相應。故習於樂則有以存養其善心、以至於義精仁熟、而自和順於道德。○伊川先生曰、天下之英才不爲少矣。只爲道不明於天下。故不得有所成就。且古者興於詩、立於禮、成於樂。如今人怎生會得。古人之於詩、如今人歌曲一般。雖閭巷草野童稚、皆習聞其說而曉其義。故能興起於詩。後世老師宿儒尙不能曉其義、怎生責得學者。是不得興於詩也。古禮旣廢人倫不明。以至於治家皆無法度。是不得立於禮也。古人有歌詠、以養其情性、聲音以養其耳目、舞蹈以養其血脈。今皆無之。是不得成於樂也。古之成材也易、今之成材也難。
【読み】
○詩に興り、興は起なり。詩は、人情の邪正に因りて以て勸懲を示す。其の言曉り易くして、諷詠の間も又以て感發して人心に入る有り。故に詩に習えば、則ち其の志意油然として興起する所有りて、惡を去り善に從うこと、自ら已むこと能わず。禮に立ち、禮は恭敬辭讓を以て本と爲して、節文度數の詳なる有り。以て毫髪も僭差す可からざるなり。故に禮に習えば則ち德性堅定して、以て自ら處る所の正位を得。樂に成る。樂は五聲・六律・八音の節有りて、其の聲氣の和は天地と相應ずるに至る。故に樂に習えば則ち以て其の善心を存養する有りて、以て義精しく仁熟するに至りて、自ら道德に和順す。○伊川先生曰く、天下の英才、少なしと爲さず。只道、天下に明かならざると爲す。故に成就する所有るを得ず。且つ古は詩に興り、禮に立ち、樂に成る。今人の如き怎生ぞ會し得ん。古人の詩に於ける、今人の歌曲の如く一般なり。閭巷草野の童稚と雖も、皆其の說を習い聞きて其の義を曉る。故に能く詩に興起す。後世は老師宿儒すら尙其の義を曉ること能わず、怎生ぞ學者を責め得ん。是れ詩に興るを得ざればなり。古禮旣に廢れて人倫明かならず。以て家を治むるに至りて皆法度無し。是れ禮に立つを得ざればなり。古人歌詠有り、以て其の情性を養い、聲音以て其の耳目を養い、舞蹈以て其の血脈を養う。今皆之れ無し。是れ樂に成るを得ざればなり。古の材を成すや易く、今の材を成すや難し、と。

立教12
○樂記曰、禮樂不可斯須去身。言禮樂是治身之具、不可斯須去離於身也。
【読み】
○樂記に曰く、禮樂は斯須も身を去る可からず。禮樂は是れ身を治むるの具、斯須も身を去り離るる可からざるを言う。

立教13
○子夏曰、賢賢易色、事父母能竭其力、事君能致其身、與朋友交言而有信、雖曰未學、吾必謂之學矣。子夏、孔子弟子。姓、卜。名、商。賢人之賢而易其好色之心、好善有誠也。致猶委也。委致其身、謂不有其身也。人之所以爲學大要、不過求欲能是四者。故如是之人、雖或以爲未嘗學、而子夏必以爲已學也。
【読み】
○子夏曰く、賢を賢として色を易え、父母に事えて能く其の力を竭[つく]し、君に事えて能く其の身を致し、朋友と交わり言いて信有らば、未だ學ばずと曰うと雖も、吾は必ず之を學ぶと謂わん。子夏は孔子の弟子。姓は卜。名は商。人の賢を賢として其の色を好むの心に易れば、善を好む誠有るなり。致は委に猶[おな]じ。其の身を委ね致すは、其の身を有せざるを謂うなり。人の以て學を爲むる所の大要は、求めて是の四の者を能くするを欲するに過ぎず。故に是の如き人は、或は以て未だ嘗て學ばずと爲すと雖も、而れども子夏は必ず以て已に學ぶと爲すなり。

明倫第二

孟子曰、設爲庠・序・學・校、以敎之。皆所以明人倫也。稽聖經、訂賢傳、述此篇、以訓蒙士。
【読み】
孟子曰く、庠・序・學・校を設け爲して、以て之を敎う。皆人倫を明かにする所以なり。聖經を稽[かんが]え、賢傳を訂[はか]り、此の篇を述べ、以て蒙士を訓[おし]う。

明倫1
内則曰、子事父母、溫公曰、孫事祖父母同。雞初鳴咸盥、漱、咸、皆也。盥謂盥手。漱謂漱口。櫛、縰、筓、總、櫛、梳也。縰、黑繒、韜髪而結之也。筓者横施於髻中以固髻也。總、裂綀繒以束髪也。拂髦、拂謂振去塵也。髦、用髪爲之。象幼時鬌。冠緌纓、纓者結之頷下以固冠。結之餘者散而下垂。謂之緌。溫公曰、今用帽子。端、韠、紳、玄端、士服也。庶人、深衣。韠、蔽膝也。以韋爲之。與裳同色。上繋之革帶。紳、大帶也。○溫公曰、今用衫帶。搢笏、搢猶扱也。扱笏於紳。笏、所以記事也。左右佩用、紛帨刀・礪觽燧之屬。備尊者使令也。偪、屨、著綦。偪、行滕也。綦、屨繋也。屨頭施繋以爲行戒。婦事舅姑如事父母、○溫公曰、孫婦亦同。雞初鳴咸盥、漱、櫛、縰、筓、總、衣、紳、○溫公曰、今用冠子・背子。左右佩用、衿纓、綦屨。衿猶結也。婦人有纓示繋屬也。以適父母舅姑之所。及所、下氣、怡聲、問衣燠寒・疾痛・苛癢、而敬抑掻之。怡、悦也。苛、疥也。抑、按也。掻、摩也。○溫公曰、丈夫唱喏、婦人道萬福。問侍者夜來安否如何、侍者曰安、乃退。其或不安節則侍者以告。此卽禮之晨省也。顏之推曰、父子之嚴不可以狎、骨肉之愛不可以簡。簡則慈孝不接、狎則怠慢生焉。由命士以上父子異宮。此不狎之道也。抑掻痒痛、懸衾篋枕。此不簡之敎也。出入則或先或後、而敬扶持之。先後、隨時便也。進盥、少者奉槃、長者奉水、請沃盥。盥卒授巾。槃、承盥水者。巾、以帨手。問所欲而敬進之、柔色以溫之。父母舅姑必嘗之而後退。所欲、如饘酏酒醴。飮食之類。溫、藉也。承尊者必和顏色。○溫公曰、父母舅姑起、子供藥物、婦具晨羞。尊長擧箸子婦乃各退就食。註曰、藥物乃關身之切務、人子當親自檢校調煮供進。不可但委奴僕。脱若有誤卽其禍不測。晨羞、俗謂點心。易曰、在中饋。詩曰、惟酒食。是議。凡烹調飮膳婦人之職也。近年婦女驕倨皆不肯。入庖厨今縱不親執刀匕、亦當檢校監視、務令淸潔。男女未冠筓者、雞初鳴咸盥、漱、櫛、縰、拂髦、總角、衿纓、皆佩容臭、昧爽而朝、總角、収髪結之。容臭、香物也。以纓佩之。爲迫尊者給小使也。昧爽、後成人也。問何食飮矣。若已食則退。若未食、則佐長者視具。具、饌也。
【読み】
内則に曰く、子の父母に事うる、溫公曰く、孫の祖父母に事うるも同じ、と。雞初めて鳴きて咸[みな]盥[あら]い、漱ぎ、咸は皆なり。盥は手を盥うを謂う。漱は口を漱ぐを謂う。櫛[くしけず]り、縰[かみつつみ]し、筓[かんざし]し、總[もとゆい]し、櫛は梳なり。縰は黑繒にて、髪を韜[つつ]みて之を結ぶなり。筓は横に髻中に施して以て髻を固むなり。總は綀繒を裂きて以て髪を束るなり。髦を拂い、拂は塵を振い去るを謂うなり。髦は髪を用いて之を爲る。幼時の鬌に象る。冠し纓を緌し、纓は之を頷下に結びて以て冠を固む。之を結びて餘る者は散らして下に垂る。之を緌と謂う。溫公曰く、今帽子を用う、と。端し、韠[ひざかけ]し、紳し、玄端は士の服なり。庶人は深衣す。韠は蔽膝なり。韋を以て之を爲る。裳と同色。上は之を革帶に繋ぐ。紳は大帶なり。○溫公曰く、今衫帶を用う、と。笏を搢[さ]し、搢は扱に猶[おな]じ。笏を紳に扱む。笏は以て事を記す所なり。左右に用を佩び、紛帨刀・礪觽燧の屬。尊者の使令に備うるなり。偪[むかばき]し、屨し、綦を著く。偪は行滕なり。綦は屨繋なり。屨頭に繋を施し以て行戒と爲す。婦の舅姑に事うるは父母に事うるが如くし、○溫公曰く、孫婦も亦同じ、と。雞初めて鳴きて咸盥い、漱ぎ、櫛り、縰し、筓し、總し、衣し、紳し、○溫公曰く、今冠子・背子を用う、と。左右用を佩び、纓を衿[むす]び、屨に綦をす。衿は結に猶じ。婦人の纓有るは繋屬を示すなり。以て父母舅姑の所へ適く。所に及びては、氣を下し、聲を怡[よろこ]ばし、衣の燠寒・疾痛・苛癢を問いて、敬みて之を抑え掻く。怡は悦なり。苛は疥なり。抑は按なり。掻は摩なり。○溫公曰く、丈夫は唱喏し、婦人は萬福を道う。侍者に夜來安否如何と問い、侍者安しと曰えば、乃ち退く。其れ或は節を安んぜざれば則ち侍者以て告ぐ。此れ卽ち禮の晨省なり、と。顏之推曰く、父子の嚴は以て狎るる可からず、骨肉の愛は以て簡なる可からず。簡なれば則ち慈孝接せず、狎なれば則ち怠慢生ず、と。命士より以上は父子宮を異にす。此れ狎れざるの道なり。痒痛を抑え掻き、衾を懸け枕を篋にす。此れ簡ならざるの敎なり。出入すれば則ち或は先だち或は後れて、敬みて之を扶け持つ。先後は時の便に隨うなり。盥を進むるには、少者槃を奉げ、長者水を奉げて、沃盥せんと請う。盥卒れば巾を授く。槃は盥水を承る者。巾は以て手を帨う。欲する所を問いて敬みて之を進め、色を柔かにして以て之を溫[う]く。父母舅姑必ず之を嘗めて後に退く。欲する所は饘酏酒醴の如し。飮食の類なり。溫は藉なり。尊者に承るに必ず顏色を和にす。○溫公曰く、父母舅姑起きれば、子は藥物を供え、婦は晨羞を具う、と。尊長箸を擧げて子婦乃ち各々退いて食に就く。註に曰く、藥物は乃ち身に關るの切務、人子當に親自ら檢校し調煮し供進すべし。奴僕に委ぬ可からず。脱若し誤る有れば卽ち其禍測られず、と。晨羞は俗に點心と謂う。易に曰く、中饋に在り、と。詩に曰く、惟れ酒食、と。是れ議るなり。凡そ飮膳を烹調するは婦人の職なり。近年の婦女は驕倨にして皆肯わず。庖厨に入るに今縱い親[みずか]ら刀匕を執らずとも、當に檢校監視して、務めて淸潔ならしむべし。男女の未だ冠筓せざる者は、雞初めて鳴きて咸盥い、漱ぎ、櫛り、縰し、髦を拂い、總角し、纓を衿び、皆容臭を佩い、昧爽にして朝し、總角は髪を収めて之を結ぶ。容臭は香物なり。纓を以て之を佩う。尊者に迫りて小使に給する爲なり。昧爽は成人に後るなり。何をか食飮すと問う。已に食するが若きは則ち退く。未だ食せざるが若きは、則ち長者の具を視るを佐く。具は饌なり。

明倫2
○凡内外、此總論子婦之外、僕隷之等。雞初鳴咸盥、漱、衣服、歛枕・簟、灑掃室・堂及庭、布席、各從其事。
【読み】
○凡そ内外、此れ總て子婦の外、僕隷の等を論ず。雞初めて鳴きて咸[みな]盥[あら]い、漱ぎ、衣服し、枕・簟を斂[おさ]め、室・堂及び庭を灑掃し、席を布き、各々其の事に從う。

明倫3
○父母舅姑將坐、奉席請何郷。將衽、長者奉席請何趾。衽、臥席也。將衽謂更臥處。順長者所安也。小者執牀與坐、御者舉几歛席與簟、縣衾篋枕、歛簟而襡之。早旦親起、侍御之人擧几以進使憑之。篋謂以篋貯之。襡謂以襡韜之。須臥且鋪之也。父母舅姑之衣衾・簟席・枕几不傳。杖・屨祗敬之勿敢近。敦牟巵匜非餕莫敢用。與恆食飮、非餕莫之敢飮食。傳、移也。杖屨、服御之重者。彌須恭敬。勿敢迫近也。敦、今杯盂也。牟、土釜也。今以木爲器象土釜之形。巵、酒器也。匜、盛酒漿之器。餕、食尊者餘也。與、及也。恆、常也。旦夕之常食也。
【読み】
○父母舅姑將に坐せんとすれば、席を奉げて何くに郷[む]かわんと請う。將に衽せんとすれば、長者席を奉げて何くに趾せんと請う。衽は臥席なり。將に衽せんとすは臥す處を更るを謂う。長者の安んずる所に順うなり。小者は牀を執りて與えて坐せしめ、御者は几を舉げ席と簟とを斂め、衾を縣け枕を篋にし、簟を斂めて之を襡[とく]にす。早旦親起きれば、侍御の人几を擧げて以て進めて之に憑かしむ。篋は篋を以て之を貯るを謂う。襡は襡を以て之を韜[つつ]むを謂う。臥すを須ちて且つ之を鋪くなり。父母舅姑の衣衾・簟席・枕几は傳せず。杖・屨は之を祗[つつし]み敬[つつし]みて敢て近づくこと勿かれ。敦牟巵匜[たいぼうしい]は餕[しゅん]するに非ざれば敢て用うること莫かれ。與[およ]び恆の食飮も、餕するに非ざれば之を敢て飮食すること莫かれ。傳は移なり。杖屨は服御の重き者。彌々須らく恭敬すべし。敢て迫り近づくこと勿かれ。敦は今の杯盂なり。牟は土釜なり。今木を以て器を爲り土釜の形に象る。巵は酒器なり。匜は酒漿を盛る器。餕は尊者の餘を食うなり。與は及なり。恆は常なり。旦夕の常食なり。

明倫4
○在父母舅姑之所有命之、應唯敬對。進退周旋愼齊、升降出入揖遊。齊、莊也。揖、抑也。遊、揚也。不敢噦・噫・嚏・咳・欠・伸・跛・倚・睇視、不敢唾洟。寒不敢襲、癢不敢掻、不有敬事、不敢袒裼、不渉不撅。睇、傾視也。襲謂重衣。撅、掲衣也。不因渉水、不敢掲衣。褻衣衾不見裏。父母唾洟不見。見裏爲其可穢。唾洟輒刷去之。冠帶垢和灰請漱、衣裳垢和灰請澣。和、漬也。手曰漱、足曰澣。衣裳綻裂紉箴請補綴。綻猶解也。少事長、賤事貴、共帥時。共猶皆也。帥、循也。時、是也。言禮皆如此。
【読み】
○父母舅姑の所に在りて之に命ずること有れば、應唯し敬みて對[こた]う。進退周旋愼齊にし、升降出入揖遊す。齊は莊なり。揖は抑なり。遊は揚なり。敢て噦・噫・嚏・咳・欠・伸・跛・倚・睇視せず、敢て唾洟せず。寒くとも敢て襲[かさ]ねず、癢くとも敢て掻かず、敬事有らざれば、敢て袒裼[たんせき]せず、渉らざれば撅[かか]けず。睇は傾き視るなり。襲は衣を重ねるを謂う。撅は衣を掲げるなり。水を渉るに因らざれば、敢て衣を掲げず。褻の衣衾は裏を見わさず。父母の唾洟は見わさず。裏を見わすは其の穢る可き爲なり。唾洟は輒ち之を刷去す。冠帶垢つけば灰を和して漱がんと請い、衣裳垢つけば灰を和して澣[あら]わんと請う。和は漬なり。手に漱と曰い、足に澣と曰う。衣裳綻び裂くれば箴に紉[じん]して補い綴らんと請う。綻は解に猶[おな]じ。少の長に事え、賤の貴に事うる、共[みな]時に帥[したが]う。共は皆に猶じ。帥は循なり。時は是なり。禮は皆此の如きを言う。

明倫5
○曲禮曰、凡爲人子之禮、冬溫而夏淸、昏定而晨省。定、安其牀衽也。省、問其安否如何。○溫公曰、父母舅姑將寢、則安置而退。丈夫唱喏、婦人道安置。此卽禮之昏定也。出必告、反必面。告與面同。反言面者、從外來。宜知親之顏色安否。所遊必有常、所習必有業。緣親之意、欲知之。恆言不稱老。廣敬也。老、是尊稱。稱老是自尊。
【読み】
○曲禮に曰く、凡そ人の子爲るの禮は、冬は溫かにして夏は淸しくし、昏に定めて晨に省みる。定は其の牀衽を安んずるなり。省は其の安否如何と問う。○溫公曰く、父母舅姑將に寢ねんとすれば、則ち安置して退く。丈夫は唱喏し、婦人は安置を道う。此れ卽ち禮の昏定なり、と。出づれば必ず告げ、反れば必ず面す。告と面は同じ。反るに面すと言うは、外より來る。宜しく親の顏色安否を知るべし。遊ぶ所必ず常有り、習う所必ず業有り。親の意、之を知るを欲するに緣る。恆の言に老を稱せず。敬を廣むるなり。老は是れ尊稱。老を稱すれば是れ自ら尊し。

明倫6
○禮記曰、孝子之有深愛者必有和氣。有和氣者必有愉色。有愉色者必有婉容。愛根於心。故其發見於外如此。孝子如執玉、如奉盈、洞洞屬屬然如弗勝、如將失之。洞洞、質愨貌。屬屬、專一貌。上言愛、此言敬。故曰、愛敬盡於事親。嚴威儼恪非所以事親也。嚴謂嚴肅。威謂威重。儼謂儼正。恪謂恪敬。言四者容貌非事親之體。事親當和順卑柔。
【読み】
○禮記に曰く、孝子の深愛有る者は必ず和氣有り。和氣有る者は必ず愉色有り。愉色有る者は必ず婉容有り。愛は心に根ざす。故に其の外に發見すること此の如し。孝子は玉を執るが如く、盈るを捧ぐるが如く、洞洞屬屬然として勝えざるが如く、將に之を失わんとするが如し。洞洞は質愨の貌。屬屬は專一の貌。上に愛を言い、此に敬を言う。故に曰く、愛敬親に事うるに盡す、と。嚴威儼恪は親に事うる所以に非ざるなり。嚴は嚴肅を謂う。威は威重を謂う。儼は儼正を謂う。恪は恪敬を謂う。四の者の容貌は親に事うるの體に非ず。親に事うるは當に和順卑柔にすべし。

明倫7
○曲禮曰、凡爲人子者、居不主奥。室中西南隅謂之奥。奥、尊者所居。不敢當尊處也。坐不中席。一席四人、席端爲上。非惟不可上、亦不可中。或曰、共坐則席端爲上。獨坐則席中爲尊。故卑者坐不得居中也。行不中道。尊者當正路而行。卑者故不得也。男女各路。路各有中。立不中門。門中有闑。两旁有棖。中門謂棖闑之中。尊者所行也。○溫公曰、有賓客不敢坐於正廳。無書院則坐於廳之傍側。升降不由東階。上下馬不當廳。凡事不敢自擬於其父。食饗不爲槩。槩、量也。不制待賓客、饌具之限量多少也。祭祀不爲尸。尸、代尊者之處。爲其失子道。然則尸卜筮無父者。聽於無聲、視於無形。恆若親之將有敎使然。不登高、不臨深。不苟訾、不苟笑。爲其近危辱也。人之情不欲見毀訾。不欲見笑。
【読み】
○曲禮に曰く、凡そ人の子爲る者は、居るに奥を主たらず。室中は西南の隅、之を奥と謂う。奥は尊者の居る所。敢て尊處に當らざるなり。坐するに席に中せず。一席四人、席端を上と爲す。惟上す可からざるに非ず、亦中す可からず。或は曰く、共に坐すれば則ち席端を上と爲す。獨り坐すれば則ち席中を尊と爲す。故に卑者坐するに中に居るを得ざるなり。行くに道に中せず。尊者は正路に當りて行く。卑者は故に得ざるなり。男女各々路あり。路各々中有り。立つに門に中せず。門中に闑有り。两旁に棖有り。門に中するは棖闑の中を謂う。尊者の行く所なり。○溫公曰く、賓客有れば敢て正廳に坐せず。書院無ければ則ち廳の傍側に坐す。升降は東階に由らず。馬を上下するに廳に當らず。凡そ事は敢て自ら其の父に擬せず、と。食饗に槩を爲さず。槩は量なり。賓客を待つに、饌具の限量の多少を制せざるなり。祭祀に尸と爲らず。尸は尊者の處に代わる。其の子の道を失う爲なり。然れば則ち尸は父無き者を卜筮す。聲無きに聽き、形無きに視る。恆に親の將に敎使すること有らんとするが若く然り。高きに登らず、深きに臨まず。苟も訾[そし]らず、苟も笑わず。其の危辱に近づく爲なり。人の情は毀訾せらるるを欲せず、笑わるるを欲せず。

明倫8
○孔子曰、父母在不遠遊。遊必有方。遠遊則去親遠、而爲日久。定省曠而音問疎。不惟己之思親不置、亦恐親之念我不忘也。遊必有方、如已告云詣甲、則不敢更詣乙、欲親必知己之所在而無憂、召己則必至而無失也。子能以父母之心爲心則孝矣。
【読み】
○孔子曰く、父母在れば遠く遊ばず。遊べば必ず方有り。遠く遊べば則ち親を去ること遠くして、日爲たるや久し。定省曠くして音問疎なり。惟己の親を思いて置かざるにあらず、亦親の我を念いて忘れざらんことを恐る。遊べば必ず方有りは、已に告げて甲に詣ると云うが如き、則ち敢て更に乙に詣ることをせず、親の必ず己の在る所を知りて憂い無く、己を召せば則ち必ず至りて失う無からんことを欲すなり。子能く父母の心を以て心と爲れば則ち孝なり。

明倫9
○曲禮曰、父母存、不許友以死。爲忘親也。死謂相衛。非報仇讎也。
【読み】
○曲禮に曰く、父母存すれば、友に許すに死を以てせず。親を忘るる爲なり。死は相衛るを謂う。仇讎を報ゆるに非ざるなり。

明倫10
○禮記曰、父母在不敢有其身、不敢私其財。示民有上下也。有猶專也。身及財、皆當統於父母。父母在饋獻不及車馬。示民不敢專也。車馬、物之重者。
【読み】
○禮記に曰く、父母在れば敢て其の身を有せず、敢て其の財を私せず。民に上下有るを示すなり。有は猶專のごとし。身及び財は、皆當に父母に統ぶべし。父母在れば饋[や]り獻[や]るに車馬に及ばず。民に敢て專らにせざるを示すなり。車馬は物の重き者なり。

明倫11
○内則曰、子婦孝者敬者、父母・舅姑之命、勿逆、勿怠。恃其孝敬之愛、或則違解。若飮食之、雖不耆必嘗而待。言尊者以飮食與己、己雖不耆必且嘗之、而待尊者後命令己去之而後去之。加之衣服、雖不欲必服而待。待後命而藏去之。加之事人代之、己雖不欲姑與之、而姑使之而後復之。姑、且也。尊者使人代己、己雖不欲其妨己業、且與代己者爲之、待其休解而後復。本事業於己身、遠懟怨於勞事也。
【読み】
○内則に曰く、子婦の孝なる者、敬する者は、父母・舅姑の命、逆うこと勿かれ、怠ること勿かれ。其の孝敬の愛を恃みて、或は則ち違解す。之に飮食するが若き、耆まずと雖も必ず嘗めて待つ。尊者飮食を以て己に與うれば、己耆まずと雖も必ず且く之を嘗めて、尊者後命じて己をして之を去らしむるを待ちて後之を去るを言う。之に衣服を加うれば、欲せずと雖も必ず服して待つ。後命を待ちて之を藏して去る。之に事を加えて人之に代れば、己欲せずと雖も姑く之に與えて、姑く之を使[せ]しめて後之を復す。姑は且なり。尊者人をして己に代わらしむれば、己其の己の業を妨ぐるを欲せずと雖も、且く己に代る者に與えて之を爲し、其の休解するを待ちて後復す。事業を己の身に本づけ、懟怨を勞事に遠ざくるなり。

明倫12
○子婦無私貨、無私畜、無私器。不敢私假、不敢私與。家事統於尊也。○溫公曰、俸禄及田宅所入、盡歸之父母舅姑、當用則請而用之。婦或賜之飮食・衣服・布帛・佩帨・茝蘭、則受而獻諸舅姑。舅姑受之、則喜如新受賜。或賜之謂私親・兄弟。若反賜之則辭。不得命如更受賜、藏以待乏。不得命、不見許也。待乏、待舅姑之乏也。婦若有私親・兄弟將與之、則必復請其故、賜而后與之。溫公曰、夫人子之身、父母之身也。身且不敢自有、况敢有私財乎。若父子異財互相假借、則是有子富而父母貧者、父母飢而子飽者。賈誼所謂借父耰鉏慮有德色、母取箕箒、立而誶語、不孝不義孰甚於此。
【読み】
○子婦に私の貨無く、私の畜無く、私の器無し。敢て私に假さず、敢て私に與えず。家事は尊を統ぶるなり。○溫公曰く、俸禄及び田宅の入る所、盡く之を父母舅姑に歸し、用うるに當りては則ち請いて之を用う。婦或は之に飮食・衣服・布帛・佩帨・茝蘭を賜えば、則ち受けて諸を舅姑に獻ず。舅姑之を受ければ、則ち喜びて新めて賜を受くるが如くす。或は之に賜うは私親・兄弟を謂う。之を反し賜うが若きは則ち辭す。命を得ざれば更に賜を受けたるが如くにして、藏して以て乏しきを待つ。命を得ざるは、許されざるなり。乏しきを待つは、舅姑の乏しきを待つなり。婦の私親・兄弟有りて將に之に與えんとするが若きは、則ち必ず復た其の故を請い、賜いて而る后に之を與う。溫公曰く、夫れ人子の身は父母の身なり。身且つ敢て自ら有せず、况や敢て私財を有せんや、と。父子財を異にして互いに相假借するが若きは、則ち是れ子富みて父母貧しき者、父母飢えて子飽く者有り。賈誼の、父に耰鉏を借して慮り德色有り、母箕箒を取り、立ちて誶語すと謂う所、不孝不義孰れか此より甚しからん。

明倫13
○曲禮曰、父召無諾、先生召無諾、唯而起。應辭。唯、恭於諾。稱諾則似寬緩驕慢。
【読み】
○曲禮に曰く、父召せば諾すること無く、先生召せば諾すること無く、唯して起つ。應辭。唯は諾より恭し。諾と稱すれば則ち寬緩驕慢に似る。

明倫14
○士相見禮曰、凡與大人言、始視面、中視抱、卒視面。毋改。衆皆若是。視面、謂觀其顏色可傳言未也。視抱、容其思之且爲敬也。卒視面、察其納己言與否也。毋改、謂答應之間、當正容體以待、毋自變動。嫌解惰也。衆謂同在此者。若父則遊目。毋上於面。毋下於帶。若不言立、則視足。坐則視膝。子於父、主孝不主敬。所視廣也。不言則伺其行起而已。
【読み】
○士相見禮に曰く、凡そ大人と言えば、始めは面を視、中は抱を視、卒りには面を視る。改むること毋かれ。衆に皆是の若くす。面を視るは、其の顏色、言を傳う可きか未だしきかを觀るを謂うなり。抱を視るは、其の之を思うを容れて且つ敬を爲すなり。卒りには面を視るは、其の己の言を納むるか否かを察するなり。改むること毋かれは、答應の間、當に容體を正しくして以て待ち、自ら變動すること毋かるべきを謂う。解惰に嫌いあればなり。衆は同じく此に在る者を謂う。父の若きは則ち目を遊ばしむ。面より上ること毋かれ。帶より下ること毋かれ。言わざるが若きに立てば、則ち足を視る。坐すれば則ち膝を視る。子の父に於ける、孝を主として敬を主とせず。視る所廣し。言わざれば則ち其の行起を伺うのみ。

明倫15
○禮記曰、父命呼唯而不諾。手執業則投之、食在口則吐之、走而不趨。主敬也。命呼、爲父命所呼。急趨父命、故投業吐食。趨、疾趨也。急走往而不暇疾趨也。親老出不易方、復不過時。不可以憂父母也。易方、爲其不信己所處也。復、反也。親癠色容不盛。此孝子疏節也。癠、病也。疏節、言未足爲至孝也。父没而不能讀父之書。手澤存焉爾。母没而杯圏不能飮焉。口澤之氣存焉爾。孝子見親之器物、哀惻不忍用也。圏、屈木爲之。謂巵匜之屬也。
【読み】
○禮記に曰く、父命じて呼べば唯して諾せず。手に業を執れば則ち之を投げ、食口に在れば則ち之を吐き、走りて趨せず。敬を主とするなり。命じて呼ぶは、父の命に呼ばるるを爲す。急に父の命に趨る、故に業を投げ食を吐く。趨は疾く趨るなり。急に走り往きて疾く趨るに暇あらざるなり。親老いては出づるに方を易えず、復るに時を過さず。以て父母を憂えしむ可からざるなり。方を易れば、其の己の處る所を信ぜざると爲すなり。復は反なり。親癠[や]めば色容盛んならず。此れ孝子の疏節なり。癠は病なり。疏節は未だ至孝と爲るに足らざるを言うなり。父没して父の書を讀むこと能わず。手澤存して爾り。母没して杯圏飮むこと能わず。口澤の氣存して爾り。孝子親の器物を見て、哀惻して用うるに忍びざるなり。圏は木を屈して之を爲る。巵匜[しい]の屬を謂うなり。

明倫16
○内則曰、父母有婢子若庶子・庶孫甚愛之、雖父母没、没身敬之不衰。子有二妾、父母愛一人焉、子愛一人焉、由衣服・飮食、由執事、毋敢視父母所愛。雖父母没不衰。由、自也。
【読み】
○内則に曰く、父母に婢子若しくは庶子・庶孫、甚だ之を愛する有れば、父母没すと雖も、身を没[お]うるまで之を敬して衰えず。子に二妾有り、父母一人を愛し、子一人を愛すれば、衣服・飮食より、執事より、敢て父母の愛する所に視[なぞら]うること毋かれ。父母没すと雖も衰えず。由は自なり。

明倫17
○子甚宜其妻、父母不說出。子不宜其妻、父母曰是善事我、子行夫婦之禮焉、没身不衰。宜猶善也。
【読み】
○子甚だ其の妻を宜しくすとも、父母說びざれば出だす。子其の妻を宜しくせずとも、父母是れ善く我に事うると曰えば、子夫婦の禮を行い、身を没するまで衰えず。宜は善に猶[おな]じ。

明倫18
○曾子曰、孝子之養老也、樂其心、不違其志。樂其耳目、安其寢處、以其飮食忠養之。養之、如此爲其近於親也。言忠養之、嫌或僞也。是故父母之所愛亦愛之、父母之所敬亦敬之。至於犬馬盡然。而况於人乎。上言其近親者、此言親所愛敬者。
【読み】
○曾子曰く、孝子の老を養うや、其の心を樂しましめ、其の志に違わず。其の耳目を樂しましめ、其の寢處を安んじ、其の飮食を以て之を忠養す。之を養す、此の如きは其の親に近き爲なり。之を忠養すと言うは、或は僞るに嫌あればなり。是の故に父母の愛する所は亦之を愛し、父母の敬する所は亦之を敬す。犬馬に至るまで盡く然り。而るを况や人に於てをや。上は其の親に近き者を言い、此は親の愛敬する所の者を言う。

明倫19
○内則曰、舅没則姑老。謂傳家事於長婦。冡婦所祭祀・賓客、每事必請於姑。婦雖受傳、猶不敢專。介婦請於冡婦。介婦、衆婦也。舅姑使冡婦毋怠。雖有勤勞、不敢解倦。不友無禮於介婦。舅姑若使介婦、毋敵耦於冡婦。雖有勤勞、不敢相絞訐。今按、下文三句亦是也。不敢竝行、不敢竝命、不敢竝坐。下冡婦也。竝命、不敢與冡婦並有敎令之命也。凡婦不命適私室不敢退。婦、侍舅姑者也。婦將有事、大小必請於舅姑。不敢專行。
【読み】
○内則に曰く、舅没すれば則ち姑老す。家事を長婦に傳うるを謂う。冡婦祭祀・賓客する所、事每に必ず姑に請う。婦は傳を受くと雖も、猶敢て專らにせざるがごとし。介婦は冡婦に請う。介婦は衆婦なり。舅姑冡婦を使わば怠たる毋かれ。勤勞有りと雖も、敢て解き倦まず。友[あえ]て介婦に無禮せず。舅姑介婦に使わしむるが若き、冡婦に敵耦すること毋かれ。勤勞有りと雖も、敢て相絞訐せず。今按ずるに、下文の三句も亦是れなり。敢て竝び行かず、敢て竝び命ぜず、敢て竝び坐せず。冡婦に下るなり。竝び命ずるは、敢て冡婦と並ぶに敎令の命有らざるなり。凡そ婦は私室に適けと命ぜざれば敢て退かず。婦は舅姑に侍する者なり。婦將に事有らんとすれば、大小必ず舅姑に請う。敢て專らに行わず。

明倫20
○適子・庶子祗事宗子・宗婦。雖貴富、不敢以貴富入宗子之家、雖衆車徒舍於外、以寡約入。祗、敬也。入、謂入宗子之家。不敢以貴富加於父母・宗族。加猶高也。
【読み】
○適子・庶子は祗[つつし]みて宗子・宗婦に事う。貴富と雖も、敢て貴富を以て宗子の家に入らず、車徒衆しと雖も外に舍き、寡約を以て入る。祗は敬なり。入るは宗子の家に入るを謂う。敢て貴富を以て父母・宗族に加えず。加は猶高のごとし。

明倫21
○曾子曰、父母愛之喜而弗忘。父母惡之懼而無怨。父母有過諫而不逆。無怨、謂無怨於父母之心。不逆、順而諫之也。
【読み】
○曾子曰く、父母之を愛すれば喜びて忘れず。父母之を惡めば懼れて怨む無し。父母過有れば諫めて逆わず。怨む無しは、父母の心を怨む無きを謂う。逆わずは、順いて之を諫むるなり。

明倫22
○内則曰、父母有過、下氣怡色、柔聲以諫。諫若不入、起敬起孝。說則復諫。子事父母、有隱無犯。復猶更也。不說、與其得罪於郷黨州閭、寧孰諫。孰諫謂殷勤純熟而諫。犯顏而諫、使父母不悦、其罪輕。畏懼不諫、使父母得罪於郷黨州閭、其罪重。二者之間、寧可熟諫。父母怒不說而撻之流血、不敢疾怨、起敬起孝。
【読み】
○内則に曰く、父母過有れば、氣を下し色を怡ばし、聲を柔らかにして以て諫む。諫めて入れざるが若き、敬を起し孝を起す。說べば則ち復た諫む。子の父母に事うる、隱す有りて犯す無し。復は猶更のごとし。說びざるも、其の罪を郷黨州閭に得ん與[よ]り、寧ろ孰諫す。孰諫は、殷勤純熟にして諫むるを謂う。顏を犯して諫め、父母をして悦ばざらしむは、其の罪輕し。畏懼して諫めず、父母をして罪を郷黨州閭に得せしむるは、其の罪重し。二者の間、寧ろ熟諫す可し。父母怒り說ばずして之を撻ち血を流すとも、敢て疾み怨みず、敬を起し孝を起す。

明倫23
○曲禮曰、子之事親也、三諫而不聽則號泣而隨之。至親無去。志在感動之。
【読み】
○曲禮に曰く、子の親に事うるや、三諫して聽かざれば則ち號泣して之に隨う。至親は去ること無し。志は之を感動するに在り。

明倫24
○父母有疾冠者不櫛、行不翔、憂不爲容。言不惰、憂不在私好。琴瑟不御、憂不在樂。食肉不至變味、飮酒不至變貌、憂不在味。笑不至矧、怒不至詈。憂在心、難變也。齒本曰矧。大笑則見。疾止復故。自若常也。○溫公曰、凡父母舅姑有疾、子色不滿容、不戯笑、不宴遊。捨置餘事、全以迎醫、檢方、合藥爲務。疾已復初。顏氏家訓曰、父母有疾、子拜醫以求藥。蓋以醫者親之存亡所繋、豈可傲忽也。
【読み】
○父母疾有れば冠者は櫛[くしけ]らず、行くに翔[かけ]らず、憂いて容を爲さず。言惰ならず、憂いて私好に在らず。琴瑟御せず、憂いて樂に在らず。肉を食いて味を變ずるに至らず、酒を飮みて貌を變ずるに至らず、憂いて味に在らず。笑いて矧[しん]に至らず、怒りて詈るに至らず。憂い心に在りて變じ難きなり。齒の本を矧と曰う。大いに笑えば則ち見わる。疾止めば故に復る。自ら常の若し。○溫公曰く、凡そ父母舅姑疾有れば、子色容に滿たず、戯笑せず、宴遊せず。餘事を捨て置き、全く醫を迎え、方を檢し、藥を合すを以て務と爲す。疾已めば初に復る、と。顏氏家訓に曰く、父母疾有れば、子醫を拜して以て藥を求む。蓋し醫は親の存亡の繋る所以、豈傲忽す可けんや、と。

明倫25
○君有疾飮藥、臣先嘗之。親有疾飮藥、子先嘗之。嘗、度其所堪。醫不三世不服其藥。謹物齊也。
【読み】
○君疾有りて藥を飮めば、臣先ず之を嘗む。親疾有りて藥を飮めば、子先ず之を嘗む。嘗は其の堪る所を度る。醫は三世ならざれば其の藥を服せず。物を謹みて齊すればなり。

明倫26
○孔子曰、父在觀其志、父没觀其行。三年無改於父之道、可謂孝矣。父在、子不得自專、而志則可知。父没、然後其行可見。故觀此足以知其人之善惡。然又必能三年無改於父之道、乃見其孝。不然則所行雖善、亦不足爲孝矣。三年無改者、孝子之心有所不忍故也。然亦謂在所當改而可以未改者耳。
【読み】
○孔子曰く、父在れば其の志を觀、父没すれば其の行いを觀る。三年父の道に改むること無くして、孝と謂う可し。父在れば、子自ら專らするを得ずして、志は則ち知る可し。父没して、然して後其の行いを見る可し。故に此を觀て以て其の人の善惡を知るに足る。然るに又必ず能く三年父の道を改むること無ければ、乃ち其の孝を見る。然らざれば則ち行う所善と雖も、亦孝爲るに足らず。三年改むること無き者は、孝子の心忍びざる所有る故なり。然れども亦當に改むべき所在りて以て未だ改めざる可き者を謂うのみ。

明倫27
○内則曰、父母雖没將爲善、思貽父母令名必果。將爲不善、思貽父母羞辱必不果。貽、遺也。果、决也。言親没而思慕不忘、則必能勇於從善、而憚於爲惡。
【読み】
○内則に曰く、父母没すと雖も將に善を爲さんとすれば、父母の令名を貽[のこ]さんことを思いて必ず果す。將に不善を爲さんとすれば、父母の羞辱を貽さんことを思いて必ず果さず。貽は遺なり。果は决なり。親没して思慕して忘れざれば、則ち必ず能く善に從うに勇にして、惡を爲すを憚るを謂う。

明倫28
○祭義曰、霜露旣降、君子履之必有悽愴之心。非其寒之謂也。春雨露旣濡、君子履之必有怵惕之心。如將見之。霜露旣降、禮說在秋。此無秋字。蓋脱爾。非其寒之謂、謂悽愴及怵惕皆爲感時念親也。
【読み】
○祭義に曰く、霜露旣に降れば、君子之を履みて必ず悽愴の心有り。其の寒きを之れ謂うに非ざるなり。春雨露旣に濡えば、君子之を履みて必ず怵惕の心有り。將に之を見んとするが如し。霜露旣に降るは、禮說秋に有り。此に秋の字無し。蓋し脱するのみ。其の寒きを之れ謂うに非ざるは、悽愴及び怵惕は皆時に感じて親を念う爲なるを謂う。

明倫29
○祭統曰、夫祭也者、必夫婦親之。所以備外内之官也。官備則具備。具謂所共衆物。
【読み】
○祭統に曰く、夫れ祭りは、必ず夫婦之を親[みずか]らす。外内の官を備うる所以なり。官備われば則ち具え備わる。具は共する所の衆物を謂う。

明倫30
○君子之祭也、必身親莅之。有故則使人可也。莅、臨也。
【読み】
○君子の祭りや、必ず身親[みずか]ら之に莅[のぞ]む。故有れば則ち人を使しめて可なり。莅は臨なり。

明倫31
○祭義曰、致齊於内散齊於外。齊之日思其居處、思其笑語、思其志意、思其所樂、思其所耆。齊三日、乃見其所爲齊者。致齊、思此五者也。散齊七日、不御、不樂、不弔耳。所嗜素所欲飮食也。見所爲齊者、思之熟。若見其所爲齊之親也。祭之日、入室僾然必有見乎其位。僾然、微見貌。如見親之在神位也。周還出戶、肅然必有聞乎其容聲。謂薦饌時也。肅然如聞親舉動容止之聲。出戶而聽、愾然必有聞乎其歎息之聲。設祭旣畢、孝子出戶而聽、愾然如有聞乎嘆息之聲也。是故先王之孝也、色不忘乎目、聲不絶乎耳、心志嗜欲不忘乎心。致愛則存、致愨則著。著存不忘乎心。夫安得不敬乎。致、極也。極愛親之心、則若親之存。極端愨敬親之心、則若親之顯著。
【読み】
○祭義に曰く、内に致齊し外に散齊す。齊の日は其の居處を思い、其の笑語を思い、其の志意を思い、其の樂しむ所を思い、其の耆む所を思う。齊すること三日にして、乃ち其の爲に齊する所の者を見る。致齊は此の五の者を思うなり。散齊は七日、御せず、樂せず、弔せざるのみ。嗜む所は素欲する所の飮食なり。爲に齊する所の者を見るは、之を思うの熟なり。其の爲に齊する所の親を見るが若きなり。祭の日、室に入れば僾然として必ず其の位に見ること有り。僾然は微見の貌。親の神位に在るを見るが如し。周還して戶を出づれば、肅然として必ず其の容聲を聞くこと有り。饌を薦める時を謂うなり。肅然として親の舉動容止の聲を聞くが如し。戶を出でて聽けば、愾然として必ず其の歎息の聲を聞くこと有り。祭を設けて旣に畢り、孝子戶を出でて聽けば、愾然として嘆息の聲を聞くこと有るが如し。是の故に先王の孝や、色目に忘れず、聲耳に絶えず、心志嗜欲心に忘れず。愛を致[きわ]むれば則ち存し、愨[かく]を致むれば則ち著わる。著存して心に忘れず。夫れ安んぞ敬せざるを得んや。致は極なり。親を愛するの心を極むれば、則ち親の存するが若し。端愨にして親を敬うの心を極むれば、則ち親の顯著なるが若し。

明倫32
○曲禮曰、君子雖貧不粥祭器、雖寒不衣祭服、爲宮室不斬於丘木。廣敬鬼神也。粥、賣也。丘、壟也。
【読み】
○曲禮に曰く、君子貧なりと雖も祭器を粥[う]らず、寒しと雖も祭服を衣ず、宮室を爲るに丘木を斬らず。鬼神を敬うを廣むるなり。粥は賣なり。丘は壟なり。

明倫33
○王制曰、大夫祭器不假。祭器未成不造燕器。造、爲也。
【読み】
○王制に曰く、大夫は祭器を假らず。祭器未だ成らずんば燕器を造らず。造は爲なり。

明倫34
○孔子謂曾子曰、身體髪膚受之父母。不敢毀傷孝之始也。身體、言其大。髪膚、言其細。聖人論孝之始、以愛身爲先。立身行道、揚名於後世、以顯父母、孝之終也。國人稱願幸哉有子如此。所謂孝也。夫孝始於事親、中於事君、終於立身。愛親者不敢惡於人、敬親者不敢慢於人。愛敬盡於事親而德敎加于百姓、刑于四海。此天子之孝也。惡慢於人、則人亦惡慢之。如此辱將及親。在上不驕、高而不危、制節謹度、滿而不溢。然後能保其社稷而和其民人。此諸侯之孝也。高而危者以驕也。滿而溢者以奢也。制節、制財用之節。謹度、不越法度。非先王之法服不敢服、非先王之法言不敢道、非先王之德行不敢行。然後能保其宗廟。此卿大夫之孝也。以孝事君則忠、以敬事長則順。忠順不失以事其上。然後能守其祭祀。此士之孝也。用天之道、因地之利、謹身節用以養父母。此庶人之孝也。春耕、秋穫、高宜黍稷、下宜稻麥。謹身則無過不犯兵刑、節用則不乏以共甘旨。能此二者養道盡矣。故自天子至於庶人、孝無終始、而患不及者、未之有也。
【読み】
○孔子、曾子に謂いて曰く、身體髪膚之を父母に受く。敢て毀傷せざるは孝の始なり。身體は其の大を言う。髪膚は其の細を言う。聖人孝の始を論じ、身を愛するを以て先と爲す。身を立て道を行い、名を後世に揚げて、以て父母を顯わすは、孝の終 わりなり。國人、幸なるかな子有りて此の如しと稱願す。孝と謂う所なり。夫れ孝は親に事うるに始まり、君に事うるに中ばし、身を立つるに終 わる。親を愛する者は敢て人を惡まず、親を敬う者は敢て人を慢らず。愛敬親に事うるに盡して德敎百姓に加わり、四海に刑[のっと]る。此れ天子の孝なり。人を惡み慢れば、則ち人も亦之を惡み慢る。此の如くなれば、辱しめ將に親に及ばんとす。上に在りて驕らざれば、高くして危からず、節を制し度を謹めば、滿ちて溢れず。然して後に能く其の社稷を保ちて其の民人を和す。此れ諸侯の孝なり。高くして危き者は驕るを以てなり。滿ちて溢れる者は奢るを以てなり。節を制するは、財用の節を制するなり。度を謹むは、法度を越えざるなり。先王の法服に非ざれば敢て服せず、先王の法言に非ざれば敢て道わず、先王の德行に非ざれば敢て行わず。然して後に能く其の宗廟を保つ。此れ卿大夫の孝なり。孝を以て君に事うれば則ち忠、敬を以て長に事うれば則ち順。忠順失わずして以て其の上に事う。然して後に能く其の祭祀を守る。此れ士の孝なり。天の道を用い、地の利に因り、身を謹み用を節して以て父母を養う。此れ庶人の孝なり。春は耕し、秋は穫り、高きは黍稷に宜しく、下きは稻麥に宜し。身を謹めば則ち過無くして兵刑を犯さず、用を節すれば則ち乏しからずして以て甘旨を共う。此の二の者を能くして養道盡く。故に天子より庶人に至るまで、孝に終始無くして、患及ばざる者は、未だ之れ有らざるなり。

明倫35
○孔子曰、父母生之、續莫大焉。君親臨之、厚莫重焉。是故不愛其親而愛他人者、謂之悖德。不敬其親而敬他人者、謂之悖禮。悖、亂也。苟不能恭愛其親、雖恭愛他人、猶不免於悖。以明孝者德之本也。
【読み】
○孔子曰く、父母之を生む、續ぐこと焉[これ]より大なるは莫し。君親之に臨む、厚きこと焉より重きは莫し。是の故に其の親を愛せずして他人を愛する、之を悖德と謂う。其の親を敬せずして他人を敬す、之を悖禮と謂う。悖は亂なり。苟も其の親を恭愛すること能わざれば、他人を恭愛すと雖も、猶悖るるを免がれざるがごとし。以て孝は德の本なるを明かにす。

明倫36
○孝子之事親、居則致其敬、夔夔齊慄。養則致其樂、樂親之志。病則致其憂、喪則致其哀、祭則致其嚴。嚴猶恭也。五者備矣然後能事親。事親者、居上不驕、爲下不亂、在醜不爭。亂謂干犯上之禁令。醜類也。謂己之等夷。居上而驕則亡。爲下而亂則刑。在醜而爭則兵。爭而不已。必以兵刃相加。此三者不除、雖日用三牲之養、猶爲不孝也。三牲、牛羊豕大牢。三者不除、憂將及親。雖日用大牢之養、庸爲孝乎。
【読み】
○孝子の親に事うる、居には則ち其の敬みを致し、夔夔として齊慄す。養には則ち其の樂しみを致し、親の志を樂しむ。病には則ち其の憂いを致し、喪には則ち其の哀しみを致し、祭には則ち其の嚴しきを致す。嚴は恭に猶[おな]じ。五者備わりて然して後能く親に事う。親に事うる者は、上に居りて驕らず、下と爲りて亂れず、醜に在りて爭わず。亂は上の禁令を干し犯すを謂う。醜は類なり。己の等夷を謂う。上に居りて驕れば則ち亡ぶ。下と爲りて亂るれば則ち刑せらる。醜に在りて爭えば則ち兵せらる。爭いて已まず。必ず兵刃を以て相加う。此の三の者除かざれば、日に三牲の養を用うと雖も、猶不孝と爲す。三牲は牛羊豕の大牢。三の者を除かざれば、憂い將に親に及ばんとす。日に大牢の養を用うと雖も、庸[なん]ぞ孝と爲さんや。

明倫37
○孟子曰、世俗所謂不孝者五。惰其四支不顧父母之養、一不孝也。博奕好飮酒不顧父母之養、二不孝也。好貨財私妻子不顧父母之養、三不孝也。從耳目之欲以爲父母戮、四不孝也。好勇闘狠以危父母、五不孝也。戮、辱也。狠、忿戾也。
【読み】
○孟子曰く、世俗に不孝と謂う所の者五あり。其の四支を惰りて父母の養を顧みざる、一の不孝なり。博奕し、酒を飮むを好み、父母の養を顧みざる、二の不孝なり。貨財を好み、妻子に私して、父母の養を顧みざる、三の不孝なり。耳目の欲を從[ほしいまま]にして、以て父母の戮[りく]を爲す、四の不孝なり。勇を好み闘狠[とうこん]して、以て父母を危くする、五の不孝なり。戮は辱なり。狠は忿戾なり。

明倫38
○曾子曰、身也者父母之遺體也。行父母之遺體、敢不敬乎。居處不莊非孝也。事君不忠非孝也。莅官不敬非孝也。朋友不信非孝也。戰陳無勇非孝也。五者不遂、烖及於親。敢不敬乎。遂、成也。
【読み】
○曾子曰く、身は父母の遺體なり。父母の遺體を行う、敢て敬せざらんや。居處莊ならざるは孝に非ざるなり。君に事えて忠ならざるは孝に非ざるなり。官に莅[のぞ]みて敬まざるは孝に非ざるなり。朋友信ならざるは孝に非ざるなり。戰陳勇無きは孝に非ざるなり。五の者遂げざれば、烖[わざわい]親に及ぶ。敢て敬まざらんや。遂は成なり。

明倫39
○孔子曰、五刑之屬三千、而罪莫大於不孝。異罪同罰合三千條。
【読み】
○孔子曰く、五刑の屬三千にして、罪不孝より大なるは莫し。異罪同罰合わせて三千條なり。

右明父子之親。
【読み】
右、父子の親を明かにす。

明倫40
禮記曰、將適公所、宿齊戒、居外寢沐浴。史進象笏。書思・對・命。思、所思念將以告君者也。對、所以對君者也。命、所受君命也。書之於笏爲失忘也。旣服習容觀・玉聲乃出。旣服、著朝服已竟也。習容觀爲有觀之者、習玉聲爲有聽之者。
【読み】
禮記に曰く、將に公の所に適かんとすれば、宿に齊戒し、外寢に居りて沐浴す。史、象笏を進む。思・對・命を書す。思は思念して將に以て君に告げんとする所の者なり。對は以て君に對する所の者なり。命は受くる所の君命なり。之を笏に書すは失忘の爲なり。旣に服し容觀・玉聲を習いて乃ち出づ。旣に服すは、朝服を著て已に竟るなり。容觀を習うは之を觀る者有る爲、玉聲を習うは之を聽く者有る爲なり。

明倫41
○曲禮曰、凡爲君使者、已受命君言不宿於家。急君使也。言謂有故所問也。君言至、則主人出拜君言之辱。使者歸、則必拜送于門外。敬君命也。出、出門也。此謂國君問事於其臣。若使人於君所、則必朝服而命之。使者反、則必下堂而受命。謂臣有所告請於其君。去不下、送反而下迎、尊君命也。不出門、己使卑於君使也。
【読み】
○曲禮に曰く、凡そ君の爲に使いする者は、已に命を受けては君言家に宿[とど]めず。君の使いを急にするなり。言は、問う所を故有りて言うなり。君言至れば、則ち主人出でて君言の辱きを拜す。使者歸れば、則ち必ず拜して門外に送る。君命を敬うなり。出は門を出づるなり。此は國君の事を其の臣に問うを謂う。人をして君の所に使わすが若きは、則ち必ず朝服して之を命ず。使者反れば、則ち必ず堂を下りて命を受く。臣の其の君に告げ請う所有るを謂う。去るに下り送らず、反りて下り迎うは、君命を尊ぶなり。門を出でざるは、己の使い、君の使いより卑ければなり。

明倫42
○論語曰、君召使擯、色勃如也、足躩如也。擯、主國之君所使出接賓者。勃、變色貌。躩、盤辟貌。皆敬君命也。揖所與立左右手、衣前後襜如也。所與立謂同爲擯者也。擯用命數之半、皆西向立、以次傳命。揖左人、則左其手。揖右人、則右其手。襜、整貌。趨進翼如也。疾趨而進、張拱端好如鳥舒翼。賓退必復命曰、賓不顧矣。紓君敬也。
【読み】
○論語に曰く、君召して擯せしめば、色勃如たり、足躩如[かくじょ]たり。擯は主國の君、出でて賓に接せられる所の者。勃は色を變ずる貌。躩は盤辟の貌。皆君命を敬うなり。與に立つ所に揖[ゆう]して手を左右にすれば、衣の前後襜如[せんじょ]たり。與に立つ所は同じく擯と爲る者を謂うなり。擯は命數の半を用い、皆西に向きて立ち、次を以て命を傳う。左の人を揖すれば、則ち其の手を左にす。右の人を揖すれば、則ち其の手を右にす。襜は整う貌。趨り進めば翼如たり。疾く趨りて進み、拱を張るに端好にして鳥の翼を舒るが如し。賓退けば必ず復命して曰く、賓顧みず、と。君の敬を紓うるなり。

明倫43
○入公門鞠躬如也。如不容。鞠躬、曲身也。公門高大、入如不容、敬之至也。立不中門、行不履閾。中門、中於門也。詳見此篇第七條。閾、門限也。禮、士大夫出入君門、由闑右不踐閾。立中門則當尊。行履閾則不恪。過位色勃如也。足躩如也。其言似不足者。位、君之虛位。謂門屛之間、人君宁立之處。所謂宁也。君雖不在、過之必敬。不敢以虛位而慢之也。言似不足不敢肆也。攝齊升堂鞠躬如也。屛氣似不息者。攝、摳也。齊、衣下縫也。禮、將升堂兩手摳衣使去地尺。恐躡之而傾跌失容也。息、鼻息出入者。近至尊氣容肅也。出降一等逞顏色怡怡如也。没階趨、翼如也。復其位踧踖如也。等、階之級也。逞、放也。漸遠所尊、舒氣解顏。怡怡、和悦也。没階、下盡階。趨、走就位也。俗本、作趍進。陸氏釋文云、古本無進字。今從之。復位踧踖、敬之餘也。
【読み】
○公門に入れば鞠躬[きくきゅう]如たり。容れられざるが如し。鞠躬は身を曲むるなり。公門高大、入るに容れられざるが如きは、敬みの至りなり。立ちて門に中せず、行きて閾を履まず。門に中するは門に中するなり。詳かに此の篇第七條に見ゆ。閾は門限なり。禮に、士大夫君門を出入すれば、闑の右に由り閾を踐まず、と。立ちて門に中すれば則ち尊に當る。行きて閾を履めば則ち恪[つつし]まず。位を過ぎれば色勃如たり。足躩如たり。其の言足らざる者に似たり。位は君の虛位。門屛の間、人君宁立の處を謂う。宁と謂う所なり。君在らずと雖も、之を過ぎれば必ず敬む。敢て虛位を以て之を慢らず。足らざるに似るは敢て肆にせざるを言うなり。齊を攝[かか]げて堂に升れば鞠躬如たり。氣を屛[おさ]めて息せざる者に似る。攝は摳なり。齊は衣の下の縫めなり。禮に、將に堂を升らんとして兩手衣を摳りて地を去る尺ならしむ、と。之を躡みて傾跌して容を失わんことを恐る。息は鼻息の出入する者。至尊に近づき氣の容肅むなり。出でて一等を降れば顏色を逞[はな]ちて怡怡如たり。階を没して趨る、翼如たり。其の位に復れば踧踖[しゅくせき]如たり。等は階の級なり。逞は放なり。漸く尊ぶ所に遠ざかり、氣を舒え顏を解く。怡怡は和悦なり。階を没するは、階を下り盡すなり。趨は走りて位に就くなり。俗本に、趍り進むに作る、と。陸氏釋文に云う、古本に進の字無し、と。今之に從う。位に復りて踧踖たるは、敬の餘なり。

明倫44
○禮記曰、君賜車馬乗以拜、賜衣服服以拜。敬君惠也。乗服所賜、往至君所。賜君未有命、弗敢卽乗服也。謂卿大夫受賜於天子者、歸必致於其君、有命乃乗服之。或曰、君賜句絶。若車馬則乗以拜賜。若衣服則服以拜賜也。君未有命、弗敢卽乗服者、謂非經賜、雖有車馬衣服、不敢輒乗服也。若後世三品雖應服紫、五品雖應服緋、必君賜而後服。
【読み】
○禮記に曰く、君車馬を賜えば乗りて以て拜し、衣服を賜えば服して以て拜す。君の惠を敬うなり。賜う所を乗服し、往きて君の所に至る。賜わりて君未だ命有らざれば、敢て卽ち乗服せず。卿大夫の賜を天子に受くる者、歸を必ず其の君に致し、命有りて乃ち之を乗服するを謂う。或は曰く、君の賜句絶す。車馬の若きは則ち乗りて以て賜を拜す。衣服の若きは則ち服して以て賜を拜すなり。君未だ命有らざれば、敢て卽ち乗服せざる者は、賜を經るに非ざれば、車馬衣服有りと雖も、敢て輒[たやす]く乗服せざるを謂うなり。後世の三品應に紫を服すべしと雖も、五品應に緋を服すべしと雖も、必ず君に賜いて後服すが若し。

明倫45
○曲禮曰、賜果於君前、其有核者懷其核。敬君之賜不敢褻也。木實曰果。核當棄。重君賜、故懷之而不棄也。
【読み】
○曲禮に曰く、果を君前に賜えば、其の核有る者は其の核を懷にす。君の賜を敬いて敢て褻れざるなり。木實を果と曰う。核は當に棄つべし。君の賜を重んず、故に之を懷にして棄てざるなり。

明倫46
○御食於君、君賜餘、器之漑者不寫。其餘皆寫。重汙辱君之器也。漑、謂陶梓之器、可滌潔者。不漑謂萑竹之器。寫者傳己器中乃食之也。勸侑曰御。
【読み】
○君に御食するに、君餘を賜えば、器の漑する者は寫さず。其の餘は皆寫す。君の器を汙辱するを重んずるなり。漑は陶梓の器、滌潔す可き者を謂う。漑せざるは萑竹の器を謂う。寫は己の器中に傳えて乃ち之を食すなり。勸め侑るを御と曰う。

明倫47
○論語曰、君賜食必正席先嘗之。君賜腥必熟而薦之。君賜生必畜之。食恐或爲餕餘。故不以薦。正席先嘗、如對君也。言先嘗、則餘當以頒賜矣。腥、生肉。熟而薦之祖考、榮君賜也。畜之者仁君之惠、無故不敢殺也。
【読み】
○論語に曰く、君食を賜えば必ず席を正して先ず之を嘗む。君腥を賜えば必ず熟して之を薦む。君生を賜えば必ず之を畜う。食は或は餕餘爲らんことを恐る。故に以て薦めず。席を正して先ず嘗むるは、君に對するが如くするなり。先ず嘗むると言えば、則ち餘は當に以て頒ち賜うべし。腥は生肉なり。熟して之を祖考に薦むるは君の賜を榮とするなり。之を畜う者は君の惠を仁にし、故無ければ敢て殺さざるなり。

明倫48
○侍食於君、君祭先飯。君祭則己不祭而先飯、若爲君嘗食然。不敢當客禮也。
【読み】
○君に侍食するに、君祭れば先ず飯す。君祭れば則ち己祭らずして先ず飯するは、君の爲に食を嘗むるが若く然り。敢て客の禮に當らざるなり。

明倫49
○疾君視之、東首、加朝服、拖紳。疾者常處北牖下。爲君來視疾、暫時遷向南牖下東首、令君得以南面視己。病臥不能著衣束帶、又不可以褻服見君。故加朝服於身、又引大帶於上也。
【読み】
○疾みて君之を視れば、東首し、朝服を加え、紳を拖[ひ]く。疾む者は常に北牖の下に處る。君來て疾を視るを爲さば、暫時南牖の下に遷り向きて東首し、君をして以て南面して己を視るを得せしむ。病臥衣を著け帶を束ること能わざれば、又褻服を以て君を見る可からず。故に朝服を身に加え、又大帶を上に引くなり。

明倫50
○君命召、不俟駕行矣。急趨君命、行出而駕車隨之。
【読み】
○君命じて召せば、駕を俟たずして行く。急に君命に趨り、行き出でて駕車之に隨う。

明倫51
○吉月、必朝服而朝。吉月、月朔也。孔子在魯致仕時如此。
【読み】
○吉月には、必ず朝服して朝す。吉月は月朔なり。孔子魯に在りて致仕の時此の如し。

明倫52
○孔子曰、君子事君、進思盡忠、退思補過、將順其美、匡救其惡。故上下能相親。
【読み】
○孔子曰く、君子の君に事うる、進みては忠を盡さんことを思い、退きては過を補わんことを思い、其の美を將順し、其の惡を匡救す。故に上下能く相親しむ。

明倫53
○君使臣以禮、臣事君以忠。
【読み】
○君、臣を使うに禮を以てし、臣、君に事うるに忠を以てす。

明倫54
○大臣者以道事君、不可則止。
【読み】
○大臣は道を以て君に事え、不可なれば則ち止む。

明倫55
○子路問事君。子曰、勿欺也。而犯之。
【読み】
○子路君に事うるを問う。子曰く、欺くこと勿かれ。而して之を犯せ、と。

明倫56
○鄙夫可與事君也與哉。其未得之也、患得之、旣得之、患失之。苟患失之、無所不至矣。
【読み】
○鄙夫は與に君に事う可けんや。其の未だ之を得ざるや、之を得んことを患え、旣に之を得れば、之を失わんことを患う。苟も之を失わんことを患えば、至らざる所無し。

明倫57
○孟子曰、責難於君、謂之恭、陳善閉邪、謂之敬、吾君不能、謂之賊。
【読み】
○孟子曰く、難きを君に責むる、之を恭と謂い、善を陳べ邪を閉ずる、之を敬と謂い、吾君能わずとす、之を賊と謂う。

明倫58
○有官守者、不得其職則去。有言責者、不得其言則去。
【読み】
○官守有る者は、其の職を得ざれば則ち去る。言責有る者は、其の言を得ざれば則ち去る。

明倫59
○王蠋曰、忠臣不事二君、列女不更二夫。
【読み】
○王蠋曰く、忠臣は二君に事えず、列女は二夫を更[か]えず。

右明君臣之義。
【読み】
右、君臣の義を明かにす。

明倫60
曲禮曰、男女非有行媒、不相知名。有媒往來、傳昏姻之言、乃相知姓名。非受幣不交、不親。重別、有禮乃相纏固。幣謂聘之玄纁束帛也。故日月以告君、書取婦之年月日時以告國君也。周禮、凡取判妻入子者、媒氏書之以告君。謂此也。齊戒以告鬼神、昏禮、凡受女之禮皆於廟爲神席以告鬼神。謂此也。爲酒食以召郷黨・僚友、以厚其別也。會賓客。厚、重愼也。取妻不取同姓。故買妾不知其姓、則卜之。爲其近禽獸也。妾、賤。或時非媵取之。賤者世無本繋。卜者卜吉凶。旣不知其姓、但卜吉則取之。
【読み】
曲禮に曰く、男女行媒有るに非ざれば、名を相知らず。媒往來し、昏姻の言を傳うる有りて、乃ち姓名を相知る。幣を受くるに非ざれば交わらず、親しまず。別を重んじ、禮有りて乃ち相纏固す。幣は聘の玄纁束帛を謂うなり。故に日月は以て君に告げ、婦を取るの年月日時を書して以て國君に告ぐるなり。周禮に、凡そ判妻入子を取る者は、媒氏之を書して以て君に告ぐ、と。此を謂うなり。齊戒して以て鬼神に告げ、昏禮に、凡そ女を受くるの禮は皆廟に於て神席を爲して以て鬼神に告ぐ、と。此を謂うなり。酒食を爲りて以て郷黨・僚友を召くは、以て其の別を厚くするなり。賓客を會す。厚は重んじ愼むなり。妻を取るに同姓を取らず。故に妾を買うに其の姓を知らざれば、則ち之を卜す。其の禽獸に近き爲なり。妾は賤し。或は時に媵に非ずして之を取る。賤しき者は世に本繋無し。卜するは吉凶を卜す。旣に其の姓を知らざれば、但卜して吉なれば則ち之を取る。

明倫61
○士昏禮曰、父醮子、子、婿。命之曰、往迎爾相、承我宗事、相、助也。宗事、宗廟之事。勖帥以敬、先姒之嗣。若則有常。勖、勉也。若猶女也。勉帥婦道以敬。其爲先姒之嗣、女之行則當有常。深戒之。詩云、大姒嗣徽音。子曰、諾。唯恐弗堪。不敢忘命。父送女、命之曰、戒之敬之夙夜無違命。夙、早起也。早起夜臥。命、舅姑之戒命。母施衿結帨曰、勉之敬之夙夜無違宮事。帨、佩巾。庶母及門内施鞶、申之以父母之命、命之曰、敬恭聽。宗爾父母之言夙夜無愆。視諸衿鞶。庶母、父母之妾也。鞶、鞶囊也。所以盛帨巾。申、重也。宗、尊也。愆、過也。諸、之也。示之衿鞶者、皆託戒使識之也。
【読み】
○士昏禮に曰く、父子に醮[しょう]し、子は婿なり。之に命じて曰く、往きて爾の相を迎え、我が宗事を承け、相は助なり。宗事は宗廟の事。勖[つと]め帥いて以て敬み、先姒に之れ嗣げ。若は則ち常有れ、と。勖は勉なり。若は女に猶[おな]じ。勉めて婦を帥いて道くに敬を以てす。其れ先姒に之れ嗣ぐと爲さば、女の行は則ち當に常有るべし。深く之を戒む。詩に云う、大姒徽音を嗣ぐ、と。子曰く、諾。唯堪えざらんことを恐る。敢て命を忘れず、と。父女を送り、之に命じて曰く、之を戒め之を敬して夙夜命に違うこと無かれ、と。夙は早くに起きるなり。早くに起き夜臥す。命は舅姑の戒命なり。母衿を施し帨[ぜい]を結びて曰く、之を勉め之を敬して夙夜宮事に違うこと無かれ、と。帨は佩巾なり。庶母門内に及びて鞶を施し、之を申[かさ]ぬるに父母の命を以てし、之に命じて曰く、敬み恭しく聽け。爾の父母の言を宗び夙夜愆[あやま]つこと無かれ。諸を衿鞶に視よ、と。庶母は父母の妾なり。鞶は鞶囊なり。以て帨巾を盛る所なり。申は重なり。宗は尊なり。愆は過なり。諸は之なり。之を衿鞶に示るは、皆戒めを託して之を識らしむるなり。

明倫62
○禮記曰、夫昏禮萬世之始也。取於異姓、所以附遠厚別也。取異姓者、所以依附相疏遠之道、厚重分別之義、不欲相褻故也。幣必誠、辭無不腆。誠、信也。腆猶善也。告之以直信。直猶正也。二者所以敎婦正直信也。信事人也。信婦德也。事猶立也。或曰、婦人事人者也。事人必以信。故體信以爲德。壹與之齊、終身不改。故夫死不嫁。齊謂共牢而食、同尊卑也。男子親迎男先於女、剛柔之義也。天先乎地、君先乎臣。其義一也。先謂倡導也。執摯以相見、敬章別也。言不敢相褻也。摯、所奠鴈也。章、明也。男女有別、然後父子親。父子親、然後義生。義生、然後禮作。禮作、然後萬物安。言人倫有別則氣性醇也。無別無義禽獸之道也。言聚麀之亂類也。
【読み】
○禮記に曰く、夫れ昏禮は萬世の始なり。異姓に取るは遠きに附き、別を厚くする所以なり。異姓に取るは、相疏遠なるに依り附く所以の道、分別を厚重するの義は、相褻るるを欲せざる故なり。幣は必ず誠に、辭に不腆無し。誠は信なり。腆は猶善のごとし。之を告ぐるに直信を以てす。直は猶正のごとし。二の者は婦に正直信を敎うる所以なり。信は人を事[た]つるなり。信は婦の德なり。事は猶立のごとし。或は曰く、婦人は人に事うる者なり。人に事うるには必ず信を以てす。故に信を體して以て德と爲す。壹たび之と齊しくし、身の終えるまで改めず。故に夫死して嫁せず。齊は牢を共にして食い、尊卑を同じくするを謂うなり。男子親迎して男女に先だつは、剛柔の義なり。天は地に先だち、君は臣に先だつ。其の義一なり。先は倡い導くを謂うなり。摯を執りて以て相見ゆるは、敬みて別を章かにするなり。敢て相褻れざるを言うなり。摯は奠る所の鴈なり。章は明なり。男女別有りて、然して後父子親しむ。父子親しみて、然して後義生ず。義生じて、然して後禮作る。禮作りて、然して後萬物安し。人倫別有れば、則ち氣性醇[あつ]きを言うなり。別無く義無きは禽獸の道なり。麀を聚にするの類を亂すを言うなり。

明倫63
○取婦之家、三日不舉樂、思嗣親也。重世變也。
【読み】
○婦を取るの家、三日樂を舉げざるは、親を嗣ぐを思えばなり。世變を重んずるなり。

明倫64
○昏禮不賀、人之序也。序猶代也。
【読み】
○昏禮に賀せざるは、人の序なり。序は猶代のごとし。

明倫65
○内則曰、禮始於謹夫婦。爲宮室辨外内、男子居外女子居内。深宮固門閽寺守之、男不入女不出。閽、掌守中門之禁者也。寺、掌内入之禁令者也。男女不同椸枷、不敢縣於夫之楎椸、不敢藏於夫之篋笥、不敢共湢浴。竿謂之椸。楎、杙也。植曰楎、横曰椸。湢、浴室也。夫不在、歛枕篋、簟席襡器而藏之。不敢褻也。少事長賤事貴。咸如之。咸、皆也。雖婢妾衣服・飮食必後長者。人貴賤不可無禮。妻不在妾御、莫敢當夕。辟女君之御日也。
【読み】
○内則に曰く、禮は夫婦を謹むに始まる。宮室を爲り外内を辨ち、男子外に居り女子内に居る。宮を深くし門を固くして閽寺之を守り、男は入らず女は出でず。閽は、中門の禁を掌り守る者なり。寺は、内入の禁令を掌る者なり。男女椸枷[いか]を同じくせず、敢て夫の楎椸[きい]に縣けず、敢て夫の篋笥[きょうし]に藏せず、敢て湢浴を共にせず。竿、之を椸と謂う。楎は杙なり。植なるを楎と曰い、横なるを椸と曰う。湢は浴室なり。夫在らざれば、枕を篋に斂め、簟席を襡[とく]にし器して之を藏す。敢て褻れざるなり。少の長に事え賤の貴に事うる、咸之の如くす。咸は皆なり。婢妾と雖も衣服・飮食は必ず長者に後る。人貴賤、禮無くんばある可からず。妻在らざれば妾御するに、敢て夕に當ること莫し。女君の御日を辟くるなり。

明倫66
○男不言内、女不言外。謂事業之次序。非祭非喪不相授器。祭嚴、喪遽、不嫌也。其相授、則女受以篚。其無篚則皆坐奠之而后取之。奠、停地也。外内不共井、不共湢浴、不通寢席、不通乞假、男女不通衣裳、男子入内不嘯不指。嘯、讀爲叱。夜行以燭。無燭則止。女子出門必擁蔽其面。夜行以燭。無燭則止。道路男子由右、女子由左。地道尊右。
【読み】
○男は内を言わず、女は外を言わず。事業の次序を謂う。祭に非ず喪に非ざれば器を相授けず。祭は嚴に、喪は遽にし、嫌とせざるなり。其の相授くるには、則ち女は受くるに篚[ひ]を以てす。其れ篚無ければ則ち皆坐して之を奠[お]きて后之を取る。奠は地に停むなり。外内井を共にせず、湢浴を共にせず、寢席通ぜず、乞假[きっか]を通ぜず、男女衣裳を通ぜず、男子内に入りては嘯かず指さず。嘯は讀みて叱と爲す。夜行くに燭を以てす。燭無ければ則ち止む。女子門を出づれば必ず其の面を擁い蔽う。夜行くに燭を以てす。燭無ければ則ち止む。道路は、男子は右に由り、女子は左に由る。地道は右を尊ぶ。

明倫67
○孔子曰、婦人伏於人也。是故無專制之義。有三從之道。在家從父、適人從夫、夫死從子。無所敢自遂也。敎令不出閨門、事在饋食之間而已矣。是故女及日乎閨門之内。不百里而犇喪。事無擅爲、行無獨成。叅知而後動、可驗而後言。晝不遊庭、夜行以火。所以正婦德也。女有五不取。逆家子不取、亂家子不取、世有刑人不取、世有惡疾不取、喪父長子不取。逆家子、爲其逆德也。亂家子、爲其亂人倫也。世有刑人者、爲其棄於人也。世有惡疾者、爲其棄於天也。喪父長子者、爲其無所受命也。婦有七去。不順父母去、無子去、淫去、妬去、有惡疾去、多言去、竊盗去。不順父母、爲其逆德也。無子、爲其絶世也。淫、爲其亂族也。妬、爲其亂家也。有惡疾、爲其不可與共粢盛也。多言、爲其離親。盗竊、爲其反義也。有三不去。有所取無所歸不去、與更三年喪不去、前貧賤後富貴不去。凡此聖人所以順男女之際、重婚姻之始也。
【読み】
○孔子曰く、婦人は人に伏するなり。是の故に專制するの義無し。三從の道有り。家に在りては父に從い、人に適きては夫に從い、夫死しては子に從う。敢て自ら遂ぐる所無し。敎令閨門を出ださず、事饋食の間に在るのみ。是の故に女は日を閨門の内に及ぶ。百里にして喪に犇らず。事擅[みだり]に爲すこと無く、行い獨り成すこと無し。叅り知りて而して後動き、驗す可くして而して後言う。晝は庭に遊ばず、夜は行くに火を以てす。婦の德を正しくする所以なり。女に五の取らざる有り。逆家の子は取らず、亂家の子は取らず、世々刑人有るは取らず、世々惡疾有るは取らず、父を喪いし長子は取らず。逆家の子は、其の德に逆う爲なり。亂家の子は、其の人倫を亂す爲なり。世々刑人有る者は、其の人に棄らるる爲なり。世々惡疾有る者は、其の天に棄らるる爲なり。父を喪いし長子は、命を受く所無き爲なり。婦に七の去る有り。父母に順ならざれば去る、子無きは去る、淫すれば去る、妬めば去る、惡疾有れば去る、多言なれば去る、竊盗すれば去る。父母に順ならずは、其の德に逆う爲なり。子無きは、其の世を絶つ爲なり。淫は、其の族を亂す爲なり。妬は、其の家を亂す爲なり。惡疾有るは、其の與に粢盛を共す可からざる爲なり。多言は、其の親を離るる爲なり。盗竊は、其の義に反く爲なり。三の去らざる有り。取る所有りて歸す所無きは去らず、與に三年の喪を更[ふ]れば去らず、前に貧賤にして後に富貴なれば去らず。凡そ此れ聖人の男女の際を順にし、婚姻の始めを重んずる所以なり。

明倫68
○曲禮曰、寡婦之子、非有見焉、弗與爲友。避嫌也。有見謂有奇才。卓然衆人所知。
【読み】
○曲禮に曰く、寡婦の子は、見わるること有るに非ざれば、與に友と爲らず。嫌を避くるなり。見わるること有るは、奇才有るを謂う。卓然として衆人の知る所なり。

右明夫婦之別。
【読み】
右、夫婦の別を明かにす。

明倫69
孟子曰、孩提之童無不知愛其親。及其長也、無不知敬其兄也。孩提、知孩笑可提抱者也。
【読み】
孟子曰く、孩提の童も其の親を愛することを知らざるは無し。其の長ずるに及ぶや、其の兄を敬することを知らざるは無し。孩提は、孩笑を知りて提抱す可き者なり。

明倫70
○徐行後長者、謂之弟。疾行先長者、謂之不弟。
【読み】
○徐かに行きて長者に後る、之を弟と謂う。疾く行きて長者に先だつ、之を不弟と謂う。

明倫71
○曲禮曰、見父之執不謂之進不敢進、不謂之退不敢退。不問不敢對。見父同志、如事父。
【読み】
○曲禮に曰く、父の執を見ては、之に進めと謂わざれば敢て進まず、之に退けと謂わざれば敢て退かず。問わざれば敢て對えず。父の同志を見るに、父に事うる如くす。

明倫72
○年長以倍、則父事之。十年以長、則兄事之。五年以長、則肩隨之。年長以倍、謂年二十於四十者。肩隨、與之並行差退。
【読み】
○年長ずること以て倍すれば、則ち之に父とし事う。十年以て長ずれば、則ち之に兄とし事う。五年以て長ずれば、則ち之に肩して隨う。年長ずるに以て倍するは、年二十の四十に於るを謂う。肩隨は、之と與に並び行きて差々[やや]退くなり。

明倫73
○謀於長者、必操几杖而從之。操、執持也。几、可以扶己、杖、可以策身。倶養尊者之物。從猶就也。長者問不辭讓而對非禮也。當謝不敏、若曾子之爲。
【読み】
○長者に謀るに、必ず几杖を操りて之に從う。操は執り持つなり。几は以て己を扶く可く、杖は以て身を策す可し。倶に尊者を養う物なり。從は就に猶[おな]じ。長者問うに辭讓せずして對えるは禮に非ざるなり。當に不敏を謝するは、曾子の爲の若くなるべし。

明倫74
○從於先生、不越路而與人言。尊不二矣。先生、年德倶高、又敎道於幼者。遭先生於道、趨而進、正立拱手。爲有敎使。先生與之言則對。不與之言則趨而退。爲其不欲與己並行。從長者而上丘陵、則必郷長者所視。爲遠視不察。有所問。
【読み】
○先生に從いては、路を越えて人と言わず。尊は二つにせざるなり。先生は年德倶に高く、又幼者を敎え道くなり。先生に道に遭えば、趨りて進み、正しく立ちて手を拱す。敎使すること有る爲なり。先生之と言えば則ち對う。之と言わざれば則ち趨りて退く。其の己と並び行くを欲せざる爲なり。長者に從いて丘陵に上れば、則ち必ず長者の視る所に郷[む]かう。遠く視て察せず。問う所有る爲なり。

明倫75
○長者與之提携、則兩手奉長者之手。提携謂牽行。奉手、習扶持尊者。負劔辟咡詔之、則掩口而對。負謂置之於背。劔謂挾之於旁如帶劔也。口旁曰咡。辟咡詔之、謂傾頭與語也。掩口而對、習其郷尊者屛氣也。
【読み】
○長者之と提携すれば、則ち兩手もて長者の手を奉ぐ。提携は牽き行くを謂う。手を奉るは、尊者を扶持するを習うなり。負い劔み咡を辟けて之に詔ぐれば、則ち口を掩いて對う。負は之を背に置くを謂う。劔は之を旁に挾みて劔を帶るが如きを謂うなり。口旁を咡と曰う。咡を辟けて之を詔ぐるは、頭を傾けて與に語るを謂うなり。口を掩いて對うるは、其の尊者に郷[む]かいて氣を屛[おさ]むるを習うなり。

明倫76
○凡爲長者糞之禮、必加帚於箕上、掃席前曰糞。此謂初執而往時也。加帚於箕上、得兩手奉箕恭也。弟子職曰、執箕膺擖、厥中有帚。以袂拘而退、其塵不及長者。謂掃時也。袂、衣袖末也。以袂擁帚之前、掃而却行之。以箕自郷而扱之。扱、讀曰吸。謂収糞時也。箕去棄物。以郷尊者則不恭。
【読み】
○凡そ長者の爲に糞[はら]うの禮は、必ず帚を箕上に加え、席前を掃うを糞と曰う。此れ初め執りて往の時を謂うなり。帚を箕上に加え、兩手にて箕を奉るを得て恭するなり。弟子職に曰く、箕を執りて擖を膺にし、厥の中に帚有り。袂を以て拘えて退き、其の塵を長者に及さず。掃う時を謂うなり。袂は衣袖の末なり。袂を以て帚の前を擁い、掃きて之を却行す。箕を以て自らに郷[む]かえて之を扱[おさ]む。扱は讀みて吸と曰う。糞を収むる時を謂うなり。箕は棄物を去るなり。以て尊者に郷えば則ち恭しからず。

明倫77
○將卽席、容無怍。卽、就也。怍、顏色變也。就席宜莊、不得變動。兩手摳衣、去齊尺。摳、提挈也。齊謂裳下緝也。亦謂就席之時。以兩手當裳前、提裳令下緝去地一尺。恐衣長轉足躡履之。衣毋撥、足毋蹶。撥、揚也。蹶、行遽貌。先生書策・琴瑟在前、坐而遷之戒勿越。廣敬也。在前謂當行之前。坐亦跪也。遷、移也。越、踰也。坐必安、執爾顏。凡坐好自揺動。故戒以安坐。執猶守也。久坐好異。長者不及毋儳言。說文云、儳互不齊也。儳言、儳長者之先而言也。正爾容、聽必恭。正謂矜莊也。聽先生之言宜敬。毋勦說。勦猶擥也。謂取人之說以爲己說。毋雷同。雷之發聲、物無不同。人之言當由己、不當然也。孟子曰、無是非之心非人也。必則古昔稱先王。則、法也。言必有依據。
【読み】
○將に席に卽かんとすれば、容怍わること無かれ。卽は就くなり。怍は顏色變わるなり。席に就きて宜しく莊なるべく、變動するを得ず。兩手に衣を摳[かか]げ、齊を去ること尺にす。摳は提挈なり。齊は裳の下の緝を謂うなり。亦席に就く時を謂う。兩手を以て裳の前に當て、裳を提げ下緝をして地を去ること一尺ならしむ。衣長く足を轉し之を躡み履まんことを恐る。衣撥すること毋かれ、足蹶にすること毋かれ。撥は揚なり。蹶は行くこと遽かなる貌。先生の書策・琴瑟前に在れば、坐して之を遷し、戒めて越ゆること勿かれ。敬を廣むるなり。前に在るは、行く前に當るを謂う。坐も亦跪なり。遷は移なり。越は踰なり。坐しては必ず安くし、爾の顏を執れ。凡そ坐は自ら揺動するを好む。故に戒むるに安坐を以てす。執は守に猶[おな]じ。久しく坐すれば異を好む。長者及ばざれば儳言すること毋かれ。說文に云う、儳は互にして齊からざるなり。儳言は、長者の先に儳して言うなり。爾の容を正しくし、聽くに必ず恭しくせよ。正は矜莊を謂うなり。先生の言を聽くに宜しく敬むべし。勦說[そうせつ]すること毋かれ。勦は擥に猶じ。人の說を取りて以て己の說と爲すを謂う。雷同すること毋かれ。雷の聲を發する、物同ぜざる無し。人の言は當に己に由るべく、當に然りとすべからず。孟子曰く、是非の心無きは人に非ざるなり、と。必ず古昔に則り先王を稱せ。則は法なり。言えば必ず依り據る有り。

明倫78
○侍坐於先生、先生問終則對。不敢錯亂尊者之言。請業則起、請益則起。尊師重道也。若今摳衣前請也。業謂篇巻也。益謂受說不了、欲師更明說也。
【読み】
○先生に侍坐し、先生問うこと終われば則ち對う。敢て尊者の言を錯亂せず。業を請えば則ち起ち、益を請えば則ち起つ。師を尊び道を重んずるなり。今衣を摳げて前で請うが若きなり。業は篇巻を謂うなり。益は說を受けて了らず、師更に明かに說かんことを欲するを謂うなり。

明倫79
○尊客之前、不叱狗、嫌若風去之。讓食不唾。嫌有穢惡。侍坐於君子、君子欠伸、撰杖屨、視日蚤莫、侍坐者請出矣。以君子有倦意也。志疲則欠、體疲則伸。撰猶持也。
【読み】
○尊客の前にては、狗を叱せず、風して之を去るが若きを嫌わん。食を讓りて唾せず。穢惡有るを嫌わん。君子に侍坐するに、君子欠し伸し、杖屨[じょうく]を撰[と]り、日の蚤莫を視れば、侍坐する者は出でんことを請う。君子倦怠有るを以てなり。志疲るれば則ち欠し、體疲るれば則ち伸す。撰は猶持のごとし。

明倫80
○侍坐於君子、君子問更端、則起而對。離席對、敬異事也。
【読み】
○君子に侍坐するに、君子問うこと端を更むれば、則ち起ちて對う。席を離れて對うるは、異事を敬むなり。

明倫81
○侍坐於君子、若有告者、曰少間願有復也、則左右屛而待。復、白也。言欲得少空閑有所白也。屛、退也。
【読み】
○君子に侍坐するに、告ぐる者有りて、少間復[もう]すこと有るを願うと曰うが若き、則ち左右に屛[しりぞ]きて待つ。復は白なり。少しく空閑を得て白す所の有らんことを欲するを言うなり。屛は退なり。

明倫82
○侍飮於長者、酒進則起拜受於尊所。長者辭少者反席而飮。降席拜受敬也。燕飮之禮、嚮尊、長者辭止少者之起。故復反還其席。長者舉未釂、少者不敢飮。不敢先尊者。舉猶飮也。盡爵曰釂。燕禮曰、公卒爵而後飮。
【読み】
○長者に侍飮するに、酒進めば則ち起ちて拜して尊所に受く。長者辭すれば少者席に反りて飮む。席を降りて拜して受くるは敬なり。燕飮の禮に、尊に嚮わば、長者辭して少者の起つを止む。故に復た其の席に反り還る、と。長者舉げて未だ釂[つく]さざれば、少者敢て飮まず。敢て尊者に先んじてせず。舉は猶飮のごとし。爵を盡すを釂と曰う。燕禮に曰く、公爵を卒りて而して後飮む、と。

明倫83
○長者賜、少者・賤者不敢辭。不敢亢禮。賤者、僮僕之屬。
【読み】
○長者賜えば、少者・賤者敢て辭せず。敢て亢禮せず。賤者は僮僕の屬なり。

明倫84
○御同於長者、雖貳不辭。御謂待也。御同謂待食於長者、饌具與之同也。貳謂重殽膳也。此饌本爲長者設。辭之爲長者嫌。偶坐不辭。盛饌不爲己。
【読み】
○長者に御同しては、貳と雖も辭せず。御は待を謂うなり。御同は長者に待食し、饌具之と同じきを謂うなり。貳は重殽の膳を謂うなり。此の饌、本長者の爲に設く。之を辭せば長者の嫌を爲す。偶坐も辭せず。盛饌は己の爲ならず。

明倫85
○侍於君子、不顧望而對非禮也。禮尙謙。不顧望、若子路卒爾而對。
【読み】
○君子に侍し、顧望せずして對うるは禮に非ざるなり。禮は謙を尙ぶ。顧望せざるは、子路卒爾として對うるが若し。

明倫86
○少儀曰、尊長於己踰等、不敢問其年。踰等、父兄黨也。問年、則恭敬之心不全。燕見不將命。私燕而見、不使擯者將傳其命。不敢用賓主之禮來。則若子弟然。遇於道見則面。可隱則隱。不敢煩動。不請所之。不問所往。侍坐、弗使不執琴瑟、不畫地、手無容、不翣也。尊長或使彈琴指畫、則爲之可也。手無容、不弄手也。翣、扇也。雖熱亦不敢揺扇也。此皆端愨、所以爲敬。寢則坐而將命。坐、跪也。命、有所傳辭。若尊者臥而侍者傳辭、當跪前、不可以立。恐臨尊者。侍射則約矢、矢、箭也。凡射必計耦、先設箭在中庭、上耦前取一、次下耦又進取一。如是更進、各得四箭而升堂、挿三於要而手執一。若卑者侍射、則不敢更拾進取。但一時幷取四矢。故云約矢。侍投則擁矢。投、投壷也。擁、抱也。矢、投壷箭也。尊者委四矢於地、一一取以投。卑者不敢委於地。悉執之。勝則洗而以請。若敵射及投壷竟、司射命酌、而勝者弟子酌酒、不勝者飮之。若卑者得勝、則不敢直酌。當前洗爵而請行觴也。
【読み】
○少儀に曰く、尊長己に於て等を踰ゆれば、敢て其の年を問わず。等を踰ゆは、父兄の黨なり。年を問えば、則ち恭敬の心全しからず。燕見には命を將[おこな]わず。私燕にして見るに、擯者をして其の命を將い傳えしめず。敢て賓主の禮を用いて來らず。則ち子弟の若く然り。道に遇いて見れば則ち面す。隱るる可ければ則ち隱る。敢て煩動せず。之く所を請わず。往く所を問わず。侍坐するに、使[せし]めざれば琴瑟を執らず、地に畫せず、手に容すること無く、翣[そう]せず。尊長或は琴を彈し指畫せしむれば、則ち之を爲して可なり。手に容すること無しは、手を弄せざるなり。翣は扇なり。熱きと雖も亦敢て扇を揺さず。此れ皆端愨、敬を爲す所以なり。寢ぬれば則ち坐して命を將う。坐は跪なり。命は辭を傳うる所有り。尊者臥して侍者辭を傳うるが若き、當に跪きて前むべく、以て立つ可からず。尊者に臨むを恐る。射に侍すれば則ち矢を約し、矢は箭なり。凡そ射は必ず耦を計り、先ず箭を設けて中庭に在り、上耦前にて一を取り、次に下耦又進みて一を取る。是の如く更いに進み、各々四箭を得て堂に升り、三を要に挿して手に一を執る。卑者の射に侍するが若きは、則ち敢て更いに拾し進みて取らず。但一時に四矢を幷せ取る。故に矢を約すと云う。投に侍すれば則ち矢を擁す。投は投壷なり。擁は抱なり。矢は投壷の箭なり。尊者は四矢を地に委ね、一一取りて以て投ぐ。卑者は敢て地に委ねず。悉く之を執る。勝てば則ち洗いて以て請う。敵射及び投壷の竟るが若きは、司射酌を命じて、勝つ者の弟子酒を酌み、勝たざる者之を飮む。卑者の勝つことを得るが若きは、則ち敢て直に酌まず。當に前にて爵を洗いて觴を行わんと請うべし。

明倫87
○王制曰、父之齒隨行、兄之齒鴈行、朋友不相踰。廣敬也。謂於塗中。輕任幷重任分。頒白者不提挈。皆謂以與少者。君子耆老不徒行、庶人耆老不徒食。徒猶空也。謂無車而行、無肉而食。
【読み】
○王制に曰く、父の齒には隨い行き、兄の齒には鴈行し、朋友には相踰えず。敬を廣むるなり。塗中に於るを謂う。輕任は幷せ重任は分つ。頒白の者は提挈[ていけい]せず。皆以て少者に與るを謂う。君子の耆老は徒行せず、庶人の耆老は徒食せず。徒は猶空のごとし。車無くして行き、肉無くして食うを謂う。

明倫88
○論語曰、郷人飮酒杖者出斯出矣。杖者、老人也。六十杖於郷。未出不敢先。旣出不敢後。
【読み】
○論語に曰く、郷人の飮酒に杖者出づれば斯に出づ。杖者は老人なり。六十にして郷に杖つく。未だ出でざれば敢て先だたず。旣に出でれば敢て後れず。

右明長幼之序。
【読み】
右、長幼の序を明かにす。

明倫89
曾子曰、君子以文會友、以友輔仁。講學以會友、則道益明、責善以輔仁、則德日進。
【読み】
曾子曰く、君子は文を以て友を會し、友を以て仁を輔く。學を講じて以て友を會すれば、則ち道益々明かに、善を責めて以て仁を輔くれば、則ち德日に進む。

明倫90
○孔子曰、朋友切切偲偲、兄弟怡怡。切切、懇到也。偲偲、詳勉也。怡怡、和說也。
【読み】
○孔子曰く、朋友には切切偲偲、兄弟には怡怡たり。切切は懇到なり。偲偲は詳勉なり。怡怡は和說なり。

明倫91
○孟子曰、責善朋友之道也。
【読み】
○孟子曰く、善を責むるは朋友の道なり。

明倫92
○子貢問友。孔子曰、忠告而善道之、不可則止。無自辱焉。友、所以輔仁。故盡其心以告之、善其說以道之。然以義合者也。故不可則止。若以數而視疏、則自辱矣。
【読み】
○子貢友を問う。孔子曰く、忠告して善く之を道き、可ならざれば則ち止む。自ら辱しむること無かれ、と。友は以て仁を輔くる所なり。故に其の心を盡して以て之に告げ、其の說を善くして以て之を道く。然るに義を以て合う者なり。故に可ならざれば則ち止む。以て數々して疏まるるが若きは、則ち自ら辱しむるなり。

明倫93
○孔子曰、居是邦也事其大夫之賢者、友其士之仁者。賢以事言、仁以志言。事而友之、則有所禀畏切磋、以成其德也。
【読み】
○孔子曰く、是の邦に居りては其の大夫の賢者に事え、其の士の仁者を友とす。賢は事を以て言い、仁は志を以て言う。事えて之を友とすれば、則ち禀畏切磋する所有りて、以て其の德を成すなり。

明倫94
○益者三友、損者三友。友直、友諒、友多聞、益矣。友便辟、友善柔、友便佞、損矣。友直則其聞過、友諒則進於誠、友多聞則進於明。便、習熟也。便辟謂習於威儀而不直。善柔謂工於媚說而不誠。便佞謂習於口語而無聞見之實。三者損益正相反也。
【読み】
○益する者三友、損する者三友。直を友とし、諒を友とし、多聞を友とすれば、益す。便辟を友とし、善柔を友とし、便佞を友とすれば、損なり。直を友とすれば則ち其の過を聞き、諒を友とすれば則ち誠に進み、多聞を友とすれば則ち明に進む。便は習熟なり。便辟は威儀に習いて直ならざるを謂う。善柔は媚說に工にして誠ならざるを謂う。便佞は口語に習いて聞見の實無きを謂う。三の者の損益、正に相反するなり。

明倫95
○孟子曰、不挾長、不挾貴、不挾兄弟而友。友也者友其德也。不可以有挾也。挾者兼有而恃之之稱。挾兄弟、言恃己有兄弟之屬。
【読み】
○孟子曰く、長を挾[さしはさ]まず、貴を挾まず、兄弟を挾まずして友とす。友は其の德を友とするなり。以て挾むこと有る可からず。挾は兼ね有して之を恃むの稱。兄弟を挾むは、己に兄弟の屬有るを恃むを言う。

明倫96
○曲禮曰、君子不盡人之歡、不竭人之忠。以全交也。
【読み】
○曲禮に曰く、君子は人の歡を盡さず、人の忠を竭さず。以て交りを全くするなり。

明倫97
○凡與客入者、每門讓於客。下賓也。客至寢門、主人請入爲席、寢門、内門也。爲猶敷也。然後出迎客。客固辭。辭不先入也。主人肅客而入。肅、進也。先道之。主人入門而右、客入門而左。右就其右、左就其左。主人就東階、客就西階。客若降等則就主人之階。降、下也。不敢由其階。卑統於尊。不敢自專。主人固辭、然後客復就西階。主人與客讓登。主人先登客從之。拾級聚足、拾、當爲渉。聲之誤也。級、等也。渉等聚足、謂前足躡一等、後足從之倂。連歩以上。連歩、謂足相隨不相過。重蹉跌也。上於東階則先右足、上於西階則先左足。近相郷。敬。
【読み】
○凡そ客と入る者は、門每に客に讓る。賓に下るなり。客寢門に至れば、主人請いて入り席を爲[し]きて、寢門は内門なり。爲は敷に猶[おな]じ。然して後出でて客を迎う。客固辭す。辭して先ず入らざるなり。主人客を肅[すす]めて入る。肅は進なり。先だって之を道く。主人は門に入りて右し、客は門に入りて左す。右は其の右に就き、左は其の左に就く。主人は東階に就き、客は西階に就く。客の降等の若きは則ち主人の階に就く。降は下なり。敢て其の階に由らず。卑は尊に統ぶ。敢て自ら專らにせず。主人固辭して、然して後客復た西階に就く。主人客と登るを讓る。主人先ず登り客之に從う。級を拾[わた]りて足を聚め、拾は當に渉に爲すべし。聲の誤りなり。級は等なり。等を渉るに足を聚むるは、前足一等を躡み、後足之に從いて倂すを謂う。歩を連ねて以て上る。歩を連ねるは、足相隨いて相過ぎざるを謂う。蹉跌せんことを重んずるなり。東階に上るには則ち右の足を先にし、西階に上るには則ち左の足を先にす。相郷[む]かうに近し。敬なり。

明倫98
○大夫士相見、雖貴賤不敵、主人敬客、則先拜客。客敬主人、則先拜主人。尊賢也。
【読み】
○大夫士相見ゆるに、貴賤敵せずと雖も、主人客を敬えば、則ち先ず客を拜す。客主人を敬えば、則ち先ず主人を拜す。賢を尊ぶなり。

明倫99
○主人不問、客不先舉。客自外來。宜問其安否及所爲來。故客不可以先問。
【読み】
○主人問わざれば、客先ず舉げず。客は外より來る。宜しく其の安否及び爲に來る所を問うべし。故に客は以て先ず問う可からず。

右明朋友之交。
【読み】
右、朋友の交わりを明かにす。

明倫100
孔子曰、君子之事親孝。故忠可移於君。事兄弟。故順可移於長。長謂卿士大夫。凡在己上者也。居家理。故治可移於官。書云惟孝友于兄弟克施于政。是故行成於内而名立於後世矣。
【読み】
孔子曰く、君子の親に事うるや孝。故に忠、君に移す可し。兄に事うるや弟。故に順、長に移す可し。長は卿士大夫を謂う。凡そ己の上に在る者なり。家に居りて理む。故に治、官に移す可し。書に、惟れ孝に、兄弟に友に、克く政に施すと云う。是の故に、行、内に成りて、名、後世に立つ。

明倫101
○天子有爭臣七人、雖無道不失其天下。天下至大、萬機至重。故必有能爭者七人、然後能無失也。諸侯有爭臣五人、雖無道不失其國。大夫有爭臣三人、雖無道不失其家。士有爭友、則身不離於令名。士、無臣。故以友爭。父有爭子、則身不陷於不義。通上下而言。故當不義、則子不可以弗爭於父。臣不可以弗爭於君。
【読み】
○天子に爭う臣七人有れば、無道なりと雖も其の天下を失わず。天下は至大、萬機は至重。故に必ず能く爭う者七人有りて、然して後能く失うこと無し。諸侯に爭う臣五人有れば、無道なりと雖も其の國を失わず。大夫に爭う臣三人有れば、無道なりと雖も其の家を失わず。士に爭う友有れば、則ち身令名を離れず。士は臣無し。故に友を以て爭う。父に爭う子有れば、則ち身不義に陷らず。上下に通じて言う。故に不義に當りては、則ち子は以て父に爭わざる可からず。臣は以て君に爭わざる可からず。

明倫102
○禮記曰、事親有隱而無犯。左右就養無方。服勤至死。致喪三年。隱謂恐傷親意、情有不盡。無犯、不犯顏而諫。論語曰、事父母幾諫。左右謂扶持之。方猶常也。子則然。無常人。勤、勞辱之事。致謂戚容稱其服也。凡此以恩爲制。事君有犯而無隱、左右就養有方。服勤至死。方喪三年。無隱、君臣尙義。雖盡情以諫可也。有方、不可侵官。方喪、資於事父。凡此以義爲制。事師無犯無隱。左右就養無方。服勤至死。心喪三年。無犯無隱言雖盡情猶微而婉。心喪、戚容。如父而無服。凡此以恩義之間爲制。
【読み】
○禮記に曰く、親に事えては隱すこと有りて犯すこと無し。左右し就き養いて方無し。勤を服して死に至る。致喪三年。隱すは、親意を傷らんことを恐れ、情盡さざること有るを謂う。犯すこと無きは、顏を犯して諫めず。論語に曰く、父母に事えて幾かに諫む、と。左右するは、之を扶持するを謂う。方は常に猶[おな]じ。子は則ち然り。常人無し。勤は勞辱の事。致は戚容其の服を稱うを謂うなり。凡そ此れ恩を以て制を爲す。君に事うるに犯すこと有りて隱すこと無し。左右し就き養いて方有り。勤を服して死に至る。方喪三年。隱すこと無しは、君臣義を尙ぶ。情を盡して以て諫むと雖も可なり。方有るは、官を侵す可からざるなり。方喪は、父に事うるに資る。凡そ此れ義を以て制を爲す。師に事うるに犯すこと無く隱すこと無く、左右し就き養いて方無し。勤を服して死に至る。心喪三年。犯すこと無く隱すこと無しは、情を盡すと雖も猶微にして婉なり。心喪は戚容父の如くして服無し。凡そ此れ恩義の間を以て制を爲す。

明倫103
○欒共子曰、民生於三。事之如一。父生之、師敎之、君食之。非父不生、非食不長、非敎不知。生之族也。故壹事之、唯其所在則致死焉。在君父爲君父、在師爲師。報生以死、報賜以力。人之道也。
【読み】
○欒共子[らんきょうし]曰く、民は三に生く。之に事うるに一の如くす。父之を生み、師之を敎え、君之を食[やしな]う。父に非ざれば生まれず、食に非ざれば長とならず、敎に非ざれば知らず。生けるの族なり。故に壹に之に事え、唯其の在る所にして則ち死を致す。君父に在れば君父の爲にし、師在れば師の爲にす。生けるに報ゆるに死を以てし、賜に報ゆるに力を以てす。人の道なり。

明倫104
○晏子曰、君令臣共、父慈子孝、兄愛弟敬、夫和妻柔、姑慈婦聽、禮也。君令而不違、臣共而不貳、父慈而敎、子孝而箴、箴、諫也。兄愛而友、弟敬而順、夫和而義、妻柔而正、姑慈而從、婦聽而婉、從、不自專。婉、順也。禮之善物也。
【読み】
○晏子曰く、君令して臣共し、父慈にして子孝に、兄愛して弟敬し、夫和して妻柔し、姑慈にして婦聽なるは、禮なり。君令して違わず、臣共して貳ならず、父慈にして敎え、子孝にして箴[いまし]め、箴は諫なり。兄愛して友に、弟敬して順に、夫和して義に、妻柔にして正しく、姑慈にして從い、婦聽にして婉なるは、從は自ら專らにせざるなり。婉は順なり。禮の善物なり。

明倫105
○曾子曰、親戚不說不敢外交。近者不親不敢求遠。小者不審不敢言大。故人之生也百歳之中有疾病焉、有老幼焉。故君子思其不可復者而先施焉。親戚旣没、雖欲孝誰爲孝。年旣耆艾、雖欲悌誰爲悌。故孝有不及、悌有不時、其此之謂歟。
【読み】
○曾子曰く、親戚說びざれば敢て外に交わらず。近き者親しまざれば敢て遠きを求めず。小なる者は審かならざれば敢て大を言わず。故に人の生けるや百歳の中疾病有り、老幼有り。故に君子は其の復びす可からざる者を思いて先ず施す。親戚旣に没せば、孝ならんと欲すと雖も誰か爲に孝せん。年旣に耆艾[きがい]なれば、悌たらんと欲すと雖も誰か爲に悌せん。故に孝も及ばざること有り、悌も時ならざること有りとは、其れ此を之れ謂うか。

明倫106
○官怠於宦成、病加於少愈、禍生於懈惰、孝衰於妻子。察此四者愼終如始。詩曰、靡不有初、鮮克有終。
【読み】
○官は宦の成るに怠り、病は少しく愈ゆるに加わり、禍は懈惰に生じ、孝は妻子に衰う。此の四者を察して終わりを愼むこと始めの如くす。詩に曰う、初め有らざること靡[な]く、克く終 わり有ること鮮し、と。

明倫107
○荀子曰、人有三不祥。幼而不肯事長、賤而不肯事貴、不肖而不肯事賢。是人之三不祥也。
【読み】
○荀子曰く、人に三の不祥有り。幼にして長に事うることを肯[したが]わず、賤にして貴に事うるを肯わず、不肖にして賢に事うるを肯わず。是れ人の三の不祥なり。

明倫108
○無用之辯、不急之察、棄而不治。若夫君臣之義、父子之親、夫婦之別、則日切磋而不舍也。
【読み】
○無用の辯、不急の察は、棄てて治めず。夫の君臣の義、父子の親、夫婦の別の若きは、則ち日に切磋して舍てざるなり。

右通論。
【読み】
右、通論なり。

敬身第三

孔子曰、君子無不敬也。敬身爲大。身也者親之枝也。敢不敬與。不能敬其身、是傷其親。傷其親、是傷其本。傷其本、枝從而亡。仰聖模、景賢範、述此篇、以訓蒙士。
【読み】
孔子曰く、君子は敬まざること無し。身を敬むを大なりと爲す。身は親の枝なり。敢て敬まざらんや。其の身を敬むこと能わざるは、是れ其の親を傷[そこな]うなり。其の親を傷うは、是れ其の本を傷うなり。其の本を傷えば、枝從いて亡ぶ、と。聖模を仰ぎ、賢範を景[した]い、此の篇を述べ、以て蒙士を訓[おし]う。

敬身1
丹書曰、敬勝怠者吉。怠勝敬者滅。義勝欲者從、欲勝義者凶。
【読み】
丹書に曰く、敬、怠に勝つ者は吉。怠、敬に勝つ者は滅ぶ。義、欲に勝つ者は從い、欲、義に勝つ者は凶。

敬身2
○曲禮曰、毋不敬。禮主於敬。儼若思。儼、矜莊貌。人之坐思貌、必儼然。安定辭。審言語。安民哉。上三句可以安民。敖不可長、欲不可從、志不可滿、樂不可極。四者慢遊之道。桀紂所以自禍。賢者狎而敬之、畏而愛之。狎、習也、近也。附而近之、習其所行。易相褻慢。故戒令相敬。心服曰畏。旣有所畏、必當愛其德義。不可疎之。愛而知其惡、憎而知其善。謂凡與人交、不可以己心之愛憎、誣人之善悪。積而能散、謂己有蓄積、見貧窮者、則當能散、以賙之。安安而能遷。謂己今安此之安、圖有後害、則當能遷。臨財、毋苟得。爲傷廉也。臨難、毋苟免。爲傷義也。狠、毋求勝。分、毋求多。爲傷平也。狠、鬩也。謂爭訟也。疑事、毋質。質、成也。彼己倶疑、則己無得成言之。直而勿有。彼疑而己不疑者、仍須謙退稱師友所說以正之。勿爲己有此義也。
【読み】
○曲禮に曰く、敬まざること毋かれ。禮は敬を主とす。儼として思うが若くせよ。儼は矜莊の貌。人の坐して思う貌は、必ず儼然たり。辭を安定にせよ。言語を審かにす。民を安んぜんかな。上の三句、以て民を安んず可し。敖りは長ず可からず、欲は從[ほしいまま]にす可からず、志は滿たす可からず、樂は極む可からず。四の者は慢遊の道なり。桀紂の自ら禍する所以なり。賢者は狎れて之を敬い、畏れて之を愛す。狎は習なり、近なり。附きて之に近づき、其の行く所を習う。相褻れ慢り易し。故に戒めて相敬わしむ。心服するを畏と曰う。旣に畏るる所有りて、必ず當に其の德義を愛すべし。之を疎んず可からず。愛して其の惡きを知り、憎みて其の善を知る。凡そ人と交わり、己の心の愛憎を以て人の善悪を誣ゆ可からざるを謂う。積みて能く散じ、己に蓄積有りて、貧窮の者を見れば、則ち當に能く散らして、以て之を賙わすべきを謂う。安きに安んじて能く遷る。己今此の安きに安んじ、後害有らんことを圖れば、則ち當に能く遷るべし。財に臨みては、苟も得ること毋かれ。廉を傷る爲なり。難に臨みては、苟も免るること毋かれ。義を傷る爲なり。狠[あらそ]いては、勝たんことを求むること毋かれ。分ちては、多からんことを求むること毋かれ。平を傷る爲なり。狠は鬩なり。爭い訟るを謂うなり。疑わしき事は質[な]すこと毋かれ。質は成なり。彼己倶に疑えば、則ち己之を成言するを得ること無し。直して有りとすること勿かれ。彼疑いて己疑わざるは、仍[なお]須く謙退して師友の說く所と稱して以て之を正すべし。己此の義有りと爲ること勿かれ。

敬身3
○孔子曰、非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動。非禮者、己之私也。勿者、禁止之辭。
【読み】
○孔子曰く、禮に非ざれば視ること勿かれ、禮に非ざれば聽くこと勿かれ、禮に非ざれば言うこと勿かれ、禮に非ざれば動くこと勿かれ。非禮は己の私なり。勿は禁止の辭なり。

敬身4
○出門如見大賓、使民如承大祭。敬以持己。己所不欲勿施於人。恕以及物。
【読み】
○門を出づるに大賓を見るが如くし、民を使うに大祭を承くるが如くす。敬以て己を持つ。己の欲せざる所を人に施すこと勿かれ。恕以て物に及ぼす。

敬身5
○居處恭、執事敬、與人忠。雖之夷狄不可棄也。恭主容、敬主事。恭見乎外、敬主乎中。之夷狄不可棄、勉其固守而勿失也。
【読み】
○居處恭しく、事を執るに敬み、人の與[ため]に忠。夷狄に之くと雖も棄つ可からざるなり。恭は容を主とし、敬は事を主とす。恭は外に見われ、敬は中に主たり。夷狄に之くも棄つ可からずは、其の固く守りて失うこと勿からんことを勉む。

敬身6
○言忠信、行篤敬、雖蠻貊之邦行矣。言不忠信、行不篤敬、雖州里行乎哉。盡己之謂忠、以實之謂信。篤、厚也。篤敬、厚而敬也。蠻、南蠻、貊、北狄。二千五百家爲州、二十五家爲里。
【読み】
○言、忠信にして、行、篤敬ならば、蠻貊の邦と雖も行われん。言、忠信ならず、行、篤敬ならずんば、州里と雖も行われんや。己を盡すを之れ忠と謂い、實を以てするを之れ信と謂う。篤は厚なり。篤敬は厚くして敬むなり。蠻は南蠻、貊は北狄なり。二千五百家を州と爲し、二十五家を里と爲す。

敬身7
○君子有九思。視思明、聽思聦、色思溫、貌思恭、言思忠、事思敬、疑思問、忿思難、見得思義。視、無所蔽則明、無不見。聽、無所壅則聦、無不聞。色、見於面者。貌、舉身而言。思問則疑不蓄。思難則忿必懲。思義則得不苟。
【読み】
○君子に九の思い有り。視に明を思い、聽に聦を思い、色に溫を思い、貌に恭を思い、言に忠を思い、事に敬を思い、疑に問わんことを思い、忿に難を思い、得るを見ては義を思う。視るは、蔽う所無ければ則ち明かにて、見えざる無し。聽くは、壅う所無ければ則ち聦にて、聞かざる無し。色は面に見わる者。貌は身を舉げて言う。問うを思えば則ち疑いを蓄えず。難を思えば則ち忿りを必ず懲す。義を思えば則ち得ること苟もせず。

敬身8
○曾子曰、君子所貴乎道者三。動容貌斯遠暴慢矣、正顏色斯近信矣、出辭氣斯遠鄙倍矣。貴猶重也。容貌、舉一身而言。暴、粗厲也。慢、放肆也。信、實也。正顏色而近信、則非色莊也。辭、言語、氣、聲氣也。鄙、几陋也。倍、與背同。謂背理也。言道雖無所不在、然君子所重者在此三者而已。蓋皆脩身之驗、爲政之本、非莊敬誠實涵養有素者不能也。
【読み】
○曾子曰く、君子道に貴ぶ所の者三あり。容貌を動かして斯に暴慢に遠く、顏色を正して斯に信に近く、辭氣を出して斯に鄙倍に遠し。貴は猶重のごとし。容貌は一身を舉げて言う。暴は粗厲なり。慢は放肆なり。信は實なり。顏色を正して信に近ければ、則ち色莊に非ざるなり。辭は言語、氣は聲氣なり。鄙は几陋なり。倍は背と同じ。理に背くを謂うなり。道在らざる所無しと雖も、然れども君子重んずる所の者は此の三の者に在るのみを言う。蓋し皆身を脩むるの驗、政を爲むるの本、莊敬誠實涵養の素有る者に非ざれば能わざるなり。

敬身9
○曲禮曰、禮不踰節、不侵侮、不好狎。禮所以辨尊卑等級。故不踰越節度。禮主於敬、自卑而尊人。故不得侵犯侮慢於人。習近而不加敬、則是好狎。脩身踐言。謂之善行。踐、履也。言履而行之。
【読み】
○曲禮に曰く、禮は節を踰えず、侵し侮らず、好しみ狎れず。禮は尊卑の等級を辨ずる所以なり。故に節度を踰越せず。禮は敬を主とし、自ら卑くして人を尊ぶ。故に人に侵犯侮慢することを得ず。習近して敬を加えざれば、則ち是れ好み狎るる。身を脩め言を踐む。之を善行と謂う。踐は履なり。履みて之を行うを言う。

敬身10
○樂記曰、君子姦聲・亂色不留聦明。淫樂・慝禮不接心術。惰慢・邪辟之氣不設於身體。使耳目鼻口心知百體皆由順正、以行其義。不留聦明謂不停於耳目也。術猶道也。不接心術謂心不存念也。
【読み】
○樂記に曰く、君子は姦聲・亂色、聦明に留めず。淫樂・慝禮、心術に接せず。惰慢・邪辟の氣、身體に設けず。耳目鼻口、心知百體をして皆順正に由らしめ、以て其の義を行う。聦明に留めずは、耳目に停めざるを謂うなり。術は猶道のごとし。心術に接せずは、心念を存せざるを謂うなり。

敬身11
○孔子曰、君子食無求飽、居無求安、敏於事而愼於言、就有道而正焉。可謂好學也已。不求安飽、方有事於學。不暇以此爲心也。敏於事、不敢怠也。愼於言、不敢忽也。有道謂知此道而能體之者。道則事物當然之理、人之所共由者也。正謂正其是非。
【読み】
○孔子曰く、君子、食、飽かんことを求むること無く、居、安からんことを求むること無く、事に敏にして言に愼み、有道に就きて正す。學を好むと謂う可きのみ。安飽を求めず、方に學に事とすること有り。此を以て心と爲すに暇あらざるなり。事に敏にするは、敢て怠らざるなり。言に愼むは、敢て忽にせざるなり。有道は、此の道を知りて能く之を體する者を謂う。道は則ち事物當然の理、人の共に由る所の者なり。正は其の是非を正すを謂う。

敬身12
○管敬仲曰、畏威如疾、民之上也。畏威、如畏疾病、此民之上行。從懷如流、民之下也。從心所思如水流行、此民之下行。見懐思威、民之中也。威、畏也。見可懷則思可畏、此民之中行。
【読み】
○管敬仲曰く、威を畏るること疾の如くなるは、民の上なり。威を畏るること、疾病を畏るるが如くなるは、此れ民の上行なり。懷[おもい]に從うこと流るるが如くなるは、民の下なり。心の思う所に從うこと水の流行するが如くなるは、此れ民の下行なり。懐を見て威を思うは、民之中なり。威は畏なり。懷う可きを見て則ち畏るる可きを思うは、此れ民の中行なり。

右明心術之要。
【読み】
右、心術の要を明かにす。

敬身13
冠義曰、凡人之所以爲人者禮義也。禮義之始在於正容體、齊顏色、順辭令。言人爲禮、以此三者爲始。容體正、顏色齊、辭令順、而後禮義備、以正君臣、親父子、和長幼。言三始旣備、乃可以求三行也。君臣正、父子親、長幼和、而後禮義立。立猶成也。
【読み】
冠義に曰く、凡そ人の人爲る所以の者は禮義なり。禮義の始は容體を正しくし、顏色を齊え、辭令を順にするに在り。人の禮を爲むるに、此の三の者を以て始と爲すを言う。容體正しく、顏色齊い、辭令順にして、而して後に禮義備わり、以て君臣を正しくし、父子に親しみ、長幼を和す。三始旣に備わりて、乃ち以て三行を求む可きを言うなり。君臣正しく、父子親しみ、長幼和して、而して後に禮義立つ。立は猶成のごとし。

敬身14
○曲禮曰、毋側聽。嫌探人之私也。側聽、耳屬于垣。毋噭應。毋淫視。毋怠荒。遊毋倨。立毋跛。坐毋箕。寢毋伏。歛髪毋髢。冠毋免。勞毋袒。暑毋褰裳。皆爲其不敬也。噭、號呼之聲也。淫視、流動睇眄也。怠荒、放散身體也。遊、行也。倨、慢也。跛、偏任也。箕謂坐展兩足狀、如箕舌也。伏、覆也。髢、髲也。毋垂餘如髲也。免、去也。祖、露體也。褰、袪也。
【読み】
○曲禮に曰く、側聽[そくてい]すること毋かれ。人の私を探るに嫌なればなり。側聽は、耳を垣に屬くなり。噭應[きょうおう]すること毋かれ。淫視すること毋かれ。怠荒すること毋かれ。遊びて倨ること毋かれ。立ちて跛すること毋かれ。坐して箕すること毋かれ。寢て伏すこと毋かれ。髪を斂めて髢[たい]すること毋かれ。冠して免[ぬ]ぐこと毋かれ。勞すとも袒すること毋かれ。暑くとも裳を褰[かか]ぐること毋かれ。皆其の不敬なるが爲なり。噭は號呼の聲なり。淫視は流動睇眄なり。怠荒は身體を放散するなり。遊は行なり。倨は慢なり。跛は偏任なり。箕は、坐して兩足を展べ狀ち、箕舌の如きを謂うなり。伏は覆なり。髢は髲なり。垂れ餘して髲の如くすること毋かれ。免は去るなり。袒は體を露すなり。褰は袪なり。

敬身15
○登城不指、城上不呼。爲惑人。將適舍、求毋固。適舍謂行而就人館。固猶常也。求主人物、不可以舊常。恐時或無。將上堂、聲必揚。警内人也。戶外有二屨、言聞則入。言不聞則不入。將入戶視必下。入戶奉扃、視瞻毋回。襌下曰屨。視必下、不舉目而視也。回、迴轉廣有瞻視也。皆不干掩人之私也。扃、關戶之木也。奉扃謂應小啓之以兩手奉戶置扃之處。戶開亦開、戶闔亦闔。不以後來變先。有後入者。闔而勿遂。示不拒人。毋踐屨、履他人之屨爲踐屨。毋踖席。躡他人之席爲踖席。摳衣趨隅。摳、提也。衣、裳也。趨猶向也。隅猶角也。旣不踖席、當兩手提裳之前向席之下角、從下而升就己位也。必愼唯諾。唯諾、應對也。不先舉、見問乃應。
【読み】
○城に登りて指ささず、城上に呼ばず。人を惑わす爲なり。將に舍に適かんとすれば、求め固すること毋かれ。舍に適くは、行きて人の館に就くを謂う。固は猶常のごとし。主人の物を求むるに、舊常を以てす可からず。時に或は無からんことを恐る。將に堂に上らんとすれば、聲必ず揚ぐ。内人を警むるなり。戶外に二の屨有りて、言聞ゆれば則ち入る。言聞えざれば則ち入らず。將に戶に入らんとすれば視ること必ず下す。戶に入りて扃[けい]を奉げ、視瞻回らすこと毋かれ。下を襌にするを屨と曰う。視ること必ず下すは、目を舉げて視ざるなり。回は、迴轉して廣く瞻視すること有るなり。皆人の私を干し掩わざるなり。扃は關戶の木なり。扃を奉ぐは、小しく之を啓き、兩手を以て戶の扃を置く處を奉ぐに應うを謂う。戶開けば亦開き、戶闔[と]ずれば亦闔ず。後に來るを以て先を變えず。後に入る者有らん。闔じて遂[と]ぐること勿かれ。人を拒まざるを示す。屨を踐むこと毋かれ、他人の屨を履むを屨を踐むと爲す。席を踖[ふ]むこと毋かれ。他人の席を躡むを席を踖むと爲す。衣を摳げて隅に趨[むか]う。摳は提なり。衣は裳なり。趨は猶向のごとし。隅は猶角のごとし。旣に席を踖まざれば、當に兩手にて裳の前を提げて席の下角に向い、下に從いて升りて己の位に就くべし。必ず唯諾を愼む。唯諾は應對なり。先ず舉げず、問われて乃ち應う。

敬身16
○禮記曰、君子之容舒遲。見所尊者齊遬。謙愨貌。遬猶蹙蹙也。足容重、舉、欲遲也。手容恭、高且正也。目容端、不邪睇而視也。口容止、不妄動也。聲容靜、不噦欬也。頭容直、不傾顧也。氣容肅、似不息者。立容德、德、得也。立則磬折。如人授物與己、己受得之之形也。色容莊。勃如戰色。
【読み】
○禮記に曰く、君子の容は舒遲なり。尊ぶ所の者を見ては齊遬[せいそく]す。謙愨の貌。遬は猶蹙蹙のごとし。足の容は重く、舉るに遲きを欲するなり。手の容は恭しく、高く且つ正しくするなり。目の容は端しく、邪睇して視ざるなり。口の容は止み、妄動せざるなり。聲の容は靜かに、噦欬せざるなり。頭の容は直く、傾顧せざるなり。氣の容は肅み、息せざる者に似る。立つ容は德に、德は得なり。立てば則ち磬折す。人物を授け己に與え、己之を受け得るの形の如くするなり。色の容は莊にす。勃如として戰色あり。

敬身17
○曲禮曰、坐如尸、立如齊。尸者神象。如尸則其莊可知。齊者致其精誠之至。如齊則肅而靜可知。
【読み】
○曲禮に曰く、坐するには尸の如く、立つには齊するが如くす。尸は神の象。尸の如くなれば則ち其の莊を知る可し。齊は其の精誠を致すの至り。齊する如ければ、則ち肅にして靜なることを知る可し。

敬身18
○少儀曰、不窺密、密、隱處也。嫌伺人之私。不旁狎、旁猶妄也。不得妄與人狎習。不道舊故、言知識之過失。不戲色、戲、弄也。言暫變傾爲非常也。毋拔來、毋報往、拔、赴、皆疾也。人來往所之、當有宿漸、不可卒也。毋瀆神、瀆、慢也。毋循枉、前日之不正、不可復遵。毋測未至、測、意度也。毋訾衣服・成器、訾、思也。成猶善也。思此則疾貧。毋身質言語。質、成也。聞疑則傳疑。成之恐有誤。
【読み】
○少儀に曰く、密なるを窺わず、密は隱處なり。人の私を伺うに嫌し。旁[みだ]りに狎れず、旁は猶妄のごとし。妄りに人と狎れ習うを得ざるなり。舊故を道わず、知識の過失を言う。戲色せず、戲は弄なり。暫く變傾の非常を爲すを言うなり。拔き來ること毋かれ、報き往くこと毋かれ、拔、赴は、皆疾なり。人來往して之く所は、當に宿漸有り、卒にす可からざるなり。神を瀆すること毋かれ、瀆は慢なり。枉れるに循うこと毋かれ、前日の不正は、復た遵う可からず。未だ至らざるを測ること毋かれ、測は意度なり。衣服・成器を訾[おも]うこと毋かれ、訾は思なり。成は猶善のごとし。此を思えば則ち貧を疾む。身[みずか]ら言語を質すこと毋かれ。質は成なり。疑を聞かば則ち疑を傳う。之を成さば、誤り有らんことを恐る。

敬身19
○論語曰、車中不内顧、不疾言、不親指。内顧、回視也。禮曰、顧不過轂。三者皆失容且惑人。
【読み】
○論語に曰く、車中にては内顧せず、疾言せず、親指せず。内顧は回視なり。禮に曰く、顧るに轂を過ぎず、と。三の者は皆容を失い且つ人を惑わす。

敬身20
○曲禮曰、凡視上於面則敖、敖、慢也。敖則仰。下於帶則憂、憂則低。傾則姦。側頭旁視、心不正也。
【読み】
○曲禮に曰く、凡そ視ること面より上れば則ち敖り、敖は慢なり。敖れば則ち仰ぐ。帶より下れば則ち憂い、憂えば則ち低る。傾けば則ち姦なり。頭を側だて旁視すれば、心正しからざるなり。

敬身21
○論語曰、孔子於郷黨恂恂如也。似不能言者。恂恂、信實溫恭之貌。似不能言者、謙卑遜順、不以賢知先人之意。孔子居郷黨容貌詞氣如此。郷黨尙齒故也。其在宗廟・朝廷便便言。唯謹爾。便便、辨也。宗廟、禮法之所在。朝廷、政事之所出。言可以不明辨。故必詳問而極言之。但謹而不放爾。朝與下大夫言、侃侃如也。與上大夫言、誾誾如也。此君未視朝時也。諸侯上大夫、卿。下大夫、五人。侃侃、剛直也。誾誾、和悦而諍也。
【読み】
○論語に曰く、孔子郷黨に於ては恂恂如たり。言うこと能わざる者に似る。恂恂は信實溫恭の貌。言うこと能わざる者に似るは、謙卑遜順、賢知を以て人に先だたざるの意なり。孔子郷黨に居て容貌詞氣此の如し。郷黨は齒を尙ぶ故なり。其れ宗廟・朝廷に在るや便便として言う。唯謹むのみ。便便は辨なり。宗廟は禮法の在る所。朝廷は政事の出る所。言は以て明辨せざる可からず。故に必ず詳問して極めて之を言う。但謹みて放にせざるのみ。朝にして下大夫と言えば、侃侃[かんかん]如たり。上大夫と言えば、誾誾如たり。此れ君未だ朝を視ざる時なり。諸侯の上大夫は卿なり。下大夫は五人なり。侃侃は剛直なり。誾誾は和悦して諍うなり。

敬身22
○孔子食不語、寢不言。答述曰語。自言曰言。聖人存心不他。當食而食、當寢而寢。言語非其時也。或曰、肺爲氣主而聲出焉。寢食則氣窒而不通。語言恐傷之也。亦通。
【読み】
○孔子食うに語らず、寢ぬるに言わず。答え述ぶるを語と曰う。自ら言うを言と曰う。聖人心を存して他ならず。食するに當りて食し、寢ぬるに當りて寢ぬ。言語其の時に非ざればなり。或は曰く、肺は氣の主と爲りて聲出づ。寢食すれば則ち氣窒りて通ぜず。語言すれば之を傷んこと恐る。亦通ず。

敬身23
○士相見禮曰、與君言言使臣、與大人言言事君、與老者言言使弟子、與幼者言言孝弟于父兄、與衆言言忠信・慈祥、與居官者言言忠信。言使臣者、使臣之禮也。大人、卿大夫也。言事君者、臣事君以忠也。祥、善也。
【読み】
○士相見禮に曰く、君と言えば臣を使うことを言い、大人と言えば君に事うることを言い、老者と言えば弟子を使うことを言い、幼者と言えば父兄に孝弟ならんことを言い、衆と言えば忠信・慈祥を言い、官に居る者と言えば忠信を言う。臣を使うを言うは、臣を使うの禮なり。大人は卿大夫なり。君に事うるを言うは、臣君に事うるに忠を以てするなり。祥は善なり。

敬身24
○論語曰、席不正不坐。聖人心安於正。故事之小者、不正則不處。
【読み】
○論語に曰く、席正しからざれば坐せず。聖人の心は正しきに安んず。故に事の小なる者も、正しからざれば則ち處らず。

敬身25
○子見齊衰者、雖狎必變、見冕者與瞽者、雖褻必以貌、齊衰、喪服。冕、各有制。貴者之盛服也。瞽、無目者。狎謂素親狎、褻謂燕見、貌謂禮貌也。哀有喪、尊有爵、矜不成人。凶服者式之、式負版者。式、車前横木。有所敬則俯而憑之。負版、持邦國圖籍者。式此二者、哀有喪、重民數也。周禮、獻民數於王。王拜受之。其重如此。
【読み】
○子、齊衰者を見れば、狎るると雖も必ず變じ、冕者と瞽者とを見れば、褻ると雖も必ず貌を以てし、齊衰は喪服なり。冕は各々制有り。貴者の盛服なり。瞽は目無き者なり。狎は素親しみ狎れるを謂い、褻は燕見を謂い、貌は禮貌を謂うなり。喪に有るを哀しみ、爵有るを尊び、不成人を矜む。凶服者には之に式し、版を負う者に式す。式は車前の横木なり。敬う所有れば則ち俯して之に憑る。版を負うは、邦國の圖籍を持する者なり。此の二の者を式するは、喪有るを哀しみ、民の數を重んずるなり。周禮に、民數を王に獻ず。王拜して之を受く、と。其の重んずること此の如し。

敬身26
○禮記曰、若有疾風・迅雷・甚雨、則必變、雖夜必興、衣服冠而坐。敬天之怒。
【読み】
○禮記に曰く、疾風・迅雷・甚雨有るが若きは、則ち必ず變じ、夜と雖も必ず興き、衣服冠して坐す。天の怒を敬む。

敬身27
○論語曰、寢不尸、居不容。尸謂偃臥、似死人也。惰慢之氣不設於身體。雖舒布其四體、而未嘗肆也。居、居家。容、容儀。不容非惰也。但不若奉祭祀見賓客而已。申申夭夭是也。
【読み】
○論語に曰く、寢ぬるに尸せず、居るに容せず。尸は偃臥、死人に似るを謂うなり。惰慢の氣を身體に設けず。其の四體を舒べ布すと雖も、而して未だ嘗て肆にせざるなり。居は居家。容は容儀。容せざるは惰るに非ざるなり。但祭祀に奉じ賓客を見るが若くならざるのみ。申申夭夭、是なり。

敬身28
○子之燕居、申申如也、夭夭如也。燕居、間暇、無事之時。申申、其容舒。夭夭、其色愉。
【読み】
○子の燕居するや、申申如たり、夭夭如たり。燕居は間暇にして無事の時なり。申申は其の容舒ぶ。夭夭は其の色愉わし。

敬身29
○曲禮曰、並坐不横肱、爲害旁人。授立不跪、授坐不立。爲煩尊者俛仰受之。
【読み】
○曲禮に曰く、並び坐するに肱を横たえず、旁人を害する爲なり。立てるに授くるに跪かず、坐せるに授くるに立たず。尊者俛仰して之を受くるを煩わす爲なり。

敬身30
○入國不馳、馳、善躪人。入里必式。不誣十室。
【読み】
○國に入りては馳せず、馳すれば善く人を躪む。里に入りては必ず式す。十室を誣いず。

敬身31
○少儀曰、執虛如執盈、入虛如有人。重愼。
【読み】
○少儀に曰く、虛しきを執るには盈つるを執るが如くし、虛しきに入るには人有るが如くす。重く愼む。

敬身32
○禮記曰、古之君子必佩玉。比德。右徵・角、左宮・羽、玉聲所中。趨以釆薺、釆薺、詩篇名。趨時歌以爲節。行以肆夏。登堂之樂節。周還中規、反行也宜圜。折還中矩。曲行也宜方。進則揖之、退則揚之。然後玉鏘鳴也。揖之謂小俛。揚之謂小仰。鏘、聲貌。故君子在車則聞鸞和之聲、行則鳴佩玉。是以非辟之心無自入也。鸞在衡。和在式。自、由也。以君子恆聞鸞和佩玉之正聲。是以非類邪僻之心無由入也。
【読み】
○禮記に曰く、古の君子は必ず玉を佩ぶ。德に比す。右に徵・角、左に宮・羽、玉聲の中る所なり。趨るに釆薺[さいし]を以てし、釆薺は詩の篇名。趨る時に歌いて以て節を爲す。行くに肆夏を以てす。堂に登るの樂節。周還は規に中り、反り行くや宜しく圜なるべし。折還は矩に中る。曲り行くや宜しく方なるべし。進めば則ち之を揖し、退けば則ち之を揚ぐ。然して後に玉、鏘[しょう]として鳴る。之を揖するは小しく俛くを謂う。之を揚ぐるは小しく仰ぐを謂う。鏘は聲の貌なり。故に君子車に在れば則ち鸞和の聲を聞き、行けば則ち佩玉を鳴らす。是を以て非辟の心自りて入ること無し。鸞は衡に在り。和は式に在り。自は由なり。君子恆に鸞和佩玉の正聲を聞くを以てす。是を以て非類邪僻の心由りて入ること無し。

敬身33
○射義曰、射者進退周還必中禮、内志正外體直、然後持弓矢審固。持弓矢審固、然後可以言中。此可以觀德行矣。内正外直、習於禮樂有德行者也。
【読み】
○射義に曰く、射る者は進退周還必ず禮に中り、内志正しく外體直くして、然して後に弓矢を持つこと審固なり。弓矢を持つこと審固にして、然して後に以て中るを言う可し。此に以て德行を觀る可し。内正しく外直きは、禮樂を習いて德行有る者なり。

右明威儀之則。
【読み】
右、威儀の則を明かにす。

敬身34
士冠禮、始加祝曰、令月令吉日始加元服。令、吉、皆善也。元、首也。棄爾幼志、順爾成德、壽考維祺。介爾景福。爾、女也。旣冠爲成德。祺、祥矣。介、景、皆大也。因冠而戒、且勸之。女如是、則有壽考之祥、大女之大福也。再加曰、吉月令辰乃申爾服。辰、子丑也。申、重也。敬爾威儀、淑愼爾德、眉壽萬年永受胡福。胡猶遐也。遠也。三加曰、以歳之正、以月之令、咸加爾服。正猶善也。咸、皆也。皆加女之三服。謂緇布冠皮弁爵弁也。兄弟具在、以成厥德、黄耇無疆受天之慶。黄、黄髪也。耇、凍梨也。皆壽徵也。
【読み】
士冠禮、始加に祝して曰く、令月令吉日始めて元服を加う。令、吉は、皆善なり。元は首なり。爾の幼志を棄て、爾の成德に順わば、壽考まで維れ祺あり。爾の景なる福を介にせん。爾は女なり。旣に冠すれば成德と爲す。祺は祥なり。介、景は、皆大なり。冠するに因りて戒め、且つ之を勸む。女是の如くならば、則ち壽考の祥有りて、女の大なる福を大にせん。再加に曰く、吉月令辰乃ち爾に服を申ぬ。辰は子丑なり。申は重なり。爾の威儀を敬み、淑[よ]く爾の德を愼まば、眉壽萬年永く胡[はる]かなる福を受けん。胡は猶遐のごとし。遠なり。三加に曰く、歳の正を以て、月之令を以て、咸爾の服を加う。正は猶善のごとし。咸は皆なり。皆女の三服を加う。緇布冠皮弁爵弁を謂うなり。兄弟具に在り、以て厥の德を成さば、黄耇[こうこう]まで疆[かぎ]り無くして天の慶を受けん。黄は黄髪なり。耇は凍梨なり。皆壽の徵しなり。

敬身35
○曲禮曰、爲人子者、父母存冠衣不純素。爲其有喪象也。純、緣也。玉藻曰、縞冠素紕。旣祥之冠也。深衣曰、具父母、衣純以靑。孤子當室冠衣不純釆。雖除喪不忘哀也。當室、適子也。謂子未三十者。三十、壯。有室代親之端、不爲孤也。深衣曰、孤子衣純以素。
【読み】
○曲禮に曰く、人の子爲る者は、父母存すれば冠衣に素を純にせず。其の喪の象有る爲なり。純は緣なり。玉藻に曰く、縞冠に素紕す、と。旣祥の冠なり。深衣に曰く、父母を具われば、衣の純靑を以てす、と。孤子の當室は冠衣に釆を純にせず。喪を除[お]えると雖も哀を忘れざるなり。當室は適子なり。子の未だ三十にならざる者を謂う。三十は壯。室を有し親に代わるの端、孤と爲らざるなり。深衣に曰く、孤子は衣の純に素を以てす、と。

敬身36
○論語曰、君子不以紺緅飾、紺、深靑揚赤色。齊服也。緅、縫色。三年之喪以飾練服者也。飾、領緣也。紅紫不以爲褻服。紅紫、間色。不正。且近婦人女子之服。褻服、私居服也。當暑袗絺綌。必表而出之。袗、單也。葛之精者曰絺。麤者曰綌。表而出之、謂先著裏衣表絺綌而出之於外。欲其不見體也。詩所謂蒙彼縐絺、是也。
【読み】
○論語に曰く、君子は紺緅[かんすう]を以て飾りとせず、紺は深靑揚赤の色。齊服なり。緅は縫色。三年の喪に以て練服を飾る者なり。飾は領の緣なり。紅紫は以て褻の服と爲さず。紅紫は間色。正しからず。且つ婦人女子の服に近し。褻の服は私居の服なり。暑に當りては袗[ひとえ]の絺綌[ちげき]なり。必ず表して之を出す。袗は單なり。葛の精しき者を絺と曰う。麤き者を綌と曰う。表して之を出すは、先ず裏衣を著け、絺綌を表にして之を外に出すを謂う。其の體を見わさざらんことを欲するなり。詩に彼の縐絺を蒙うと謂う所、是なり。

敬身37
○去喪、無所不佩。君子無故玉不去身。觽礪之屬亦皆佩也。
【読み】
○喪を去りて、佩びざる所無し。君子故無ければ玉身を去らず。觽礪の屬も亦皆佩ぶるなり。

敬身38
○孔子羔裘玄冠不以弔。羔裘、用黒羊皮爲之。喪主素、吉主玄。弔必變服所以哀死。
【読み】
○孔子は羔裘玄冠して以て弔わず。羔裘は黒羊の皮を用いて之を爲る。喪は素を主とし、吉は玄を主とす。弔うに必ず服を變えるは死を哀む所以なり。

敬身39
○禮記曰、童子不裘、不帛、不屨絇。裘、帛、溫、傷壯氣也。絇、屨頭飾也。未成人、不盡飾也。
【読み】
○禮記に曰く、童子は裘せず、帛せず、屨の絇[く]をせず。裘、帛は、溫、壯氣を傷るなり。絇は屨頭の飾りなり。未だ成人ならざれば、飾りを盡さざるなり。

敬身40
○孔子曰、士志於道而恥惡衣・惡食者未足與議也。心欲求道、而以口體之奉、不若人爲恥。其識趣之卑陋甚矣。何足與議於道哉。
【読み】
○孔子曰く、士、道に志して惡衣・惡食を恥ずる者は未だ與に議するに足らざるなり。心道を求めんと欲して、口體の奉、人に若かざるを以て恥と爲す。其の識趣の卑陋甚しきかな。何ぞ與に道を議するに足らんや。

右明衣服之制。
【読み】
右、衣服の制を明かにす。

敬身41
曲禮曰、共食不飽。謙也。謂共羹飯之大器。共飯不澤手。澤謂捼莎也。禮飯以手。臨食捼莎、恐爲人穢。毋摶飯、爲欲飽不謙。毋放飯、放飯、大飯也。毋流歠、流歠、長歠也。毋咜食、咜、口舌中作聲。嫌薄之。毋齧骨、爲有聲不敬。毋反魚肉、爲己歴口爲人所穢。少牢禮、尸所食餘肉、皆別致於肵俎。毋投與狗骨、爲其賤飮食之物。毋固獲、取有不獲、不可固也。毋揚飯、飯黍毋以箸、毋嚃羹、嫌欲疾也。揚、去熱氣也。飯黍當用匕。嚃謂不嚼菜。毋絮羹、爲其詳於味也。絮猶調也。謂加以鹽梅。毋刺齒、爲其弄口不敬。毋歠醢。亦嫌詳於味也。醢、肉醬也。醬宜鹹。歠者、爲其淡故也。客絮羹、主人辭不能亨。客歠醢主人辭以窶。主人優賓之辭。亨、煮也。窶、貧也。濡肉齒决、濡、濕也。决猶斷也。乾肉不齒决。堅。宜用手。毋嘬炙。爲其貪也。嘬謂一舉盡臠。
【読み】
曲禮に曰く、食を共にして飽かず。謙るなり。羹飯の大器を共にするを謂う。飯を共にして手を澤せず。澤は捼莎を謂うなり。禮飯は手を以てす。食に臨みて捼莎すれば、人の穢れを爲んことを恐る。摶飯すること毋かれ、飽きんことを欲して謙らざる爲なり。放飯すること毋かれ、放飯は大飯なり。流歠[りゅうせつ]すること毋かれ、流歠は長歠なり。咜食すること毋かれ、咜は、口舌の中に聲を作す。之を薄くするを嫌わん。骨を齧むこと毋かれ、聲有りて敬まざる爲なり。魚肉を反すこと毋かれ、己口を歴るを爲して人を穢さん所を爲す。少牢禮に、尸食う所の餘肉は、皆別に肵俎に致す、と。狗に骨を投げ與うること毋かれ、其の飮食の物を賤しむ爲なり。獲を固くすること毋かれ、取りて獲らざること有れば、固す可からざるなり。飯を揚ぐること毋かれ、黍[しょ]を飯して箸を以てすること毋かれ、羹を嚃[とう]すること毋かれ、疾からんを欲するを嫌わん。揚は熱氣を去るなり。黍を飯するは當に匕を用うべし。嚃は菜を嚼にせざるを謂う。羹を絮[じょ]すること毋かれ、其の味に詳かなる爲なり。絮は猶調のごとし。加うるに鹽梅を以てするを謂う。齒を刺すこと毋かれ、其の口を弄び敬まざる爲なり。醢[かい]を歠[すす]ること毋かれ。亦味に詳なるに嫌しければなり。醢は肉醬なり。醬は宜しく鹹すべし。歠は其の淡き爲故なり。客羹を絮せば、主人亨ること能わずと辭す。客醢を歠れば、主人辭するに窶[く]を以てす。主人の賓を優にするの辭なり。亨は煮なり。窶は貧なり。濡肉は齒にて决[た]ち、濡は濕なり。决は猶斷のごとし。乾肉は齒にて决たず。堅し。宜しく手を用うべし。炙を嘬[さい]すること毋かれ。其の貪る爲なり。嘬は一舉して臠を盡すを謂う。

敬身42
○少儀曰、燕侍食於君子、則先飯而後已。先飯先君子而飯。若嘗食、然。君子食罷而後已。若勸食、然。毋放飯。毋流歠。小飯而亟之、小飯、小口而飯。備噦噎也。凾、疾也。疾咽之。備見問也。數噍。謂數數噍之。毋爲口容。口容、弄口。
【読み】
○少儀に曰く、燕に君子に侍食すれば、則ち先ず飯して後に已む。先ず飯するは君子に先だちて飯す。食を嘗むるが若く、然り。君子食い罷りて後に已む。食を勸むるが若く、然り。放飯すること毋かれ。流歠[りゅうせつ]すること毋かれ。小飯にして之を亟[すみ]やかにし、小飯は小口にして飯す。噦り噎うに備うるなり。凾は疾なり。疾やかに之を咽む。問わるるに備うるなり。數々噍[か]むに、數數之を噍むを謂う。口の容を爲すこと毋かれ。口容は口を弄するなり。

敬身43
○論語曰、食不厭精、膾不厭細。食、飯也。精、鑿也。牛羊與魚之腥聶而切之爲膾。食精則能養人。膾麤則能害人。不厭、言以是爲善、非謂必求如是也。食饐而餲、魚餒而肉敗不食。色惡不食。臭惡不食。失飪不食。不時不食。饐、飯傷熱濕也。餲、味變也。魚爛曰餒。肉腐曰敗。色惡臭惡、未敗而色臭變也。飪、烹調生熟之節也。不時、五谷不成、果實未熟之類。此數者皆足傷人。故不食。割不正不食。不得其醬不食。割肉不方正者不食。造次不離於正也。漢陸續之母切肉未嘗不方。斷葱以寸爲度。蓋得此意。食肉用醬。各有所宜、不得則不食、惡其不備也。此二者無害於人。但不以嗜味而苟食耳。肉雖多不使勝食氣。惟酒無量。不及亂。食以穀爲主。故不使肉勝食氣。酒以爲人合歡。故不爲量。但以醉爲節而不及亂耳。沽酒・市脯不食。沽、市、皆買也。恐不精潔、或傷人也。與不嘗康子之藥同意。不撤薑食。薑、通神明去穢惡。故不徹。不多食。適可而止。無貪心也。
【読み】
○論語に曰く、食は精を厭わず、膾は細を厭わず。食は飯なり。精は鑿なり。牛羊と魚との腥聶して之を切り膾を爲る。食精なれば則ち能く人を養う。膾麤ければ則ち能く人を害す。厭わざるは、是を以て善と爲し、必ず是の如きを求むると謂うに非ざるを言うなり。食饐して餲し、魚餒[だい]して肉敗れたるは食わず。色惡しきは食わず。臭惡しきは食わず。飪[じん]を失いたるは食わず。時ならざるは食わず。饐は、飯の熱濕に傷らるるなり。餲は味變わるなり。魚爛したるを餒と曰う。肉腐りたるを敗と曰う。色惡しく臭惡しは、未だ敗れずして色臭變わるなり。飪は、烹調生熟の節なり。時ならざるは、五谷成らず、果實未だ熟さざるの類。此の數の者は皆人を傷るに足る。故に食わず。割くこと正しからざれば食わず。其の醬を得ざれば食わず。肉を割きて方正ならざる者は食わず。造次も正しきに離れざるなり。漢の陸續の母は肉を切るに未だ嘗て方ならずんばあらず。葱を斷つに寸を以て度と爲す。蓋し此の意を得るなり。肉を食うに醬を用う。各々宜しき所有り、得ずんば則ち食わざるは、其の備わらざるを惡みてなり。此の二の者は人に害無し。但味を嗜むを以て苟も食わざるのみ。肉多しと雖も食の氣に勝たしめず。惟酒は量無し。亂るるに及ばず。食は穀を以て主と爲す。肉をして食の氣に勝たしめず。酒は以て人の爲に歡を合す。故に量を爲さず。但醉を以て節と爲して亂るるに及ばざるのみ。沽酒・市脯は食わず。沽、市は、皆買なり。精潔ならず、或は人を傷んことを恐る。康子の藥を嘗めざると同意なり。薑を撤せずして食う。薑は神明を通して穢惡を去る。故に徹せず。多く食わず。可く適きて止む。貪る心無きなり。

敬身44
○禮記曰、君無故不殺牛、大夫無故不殺羊、士無故不殺犬豕。故謂祭祀之屬。君子遠庖厨、凡有血氣之類弗身踐也。踐、當爲翦。聲之誤也。此謂尋常。若祭祀之事、則身自爲之。
【読み】
○禮記に曰く、君故無ければ牛を殺さず、大夫故無ければ羊を殺さず、士故無ければ犬豕[けんし]を殺さず。故は祭祀の屬を謂う。君子は庖厨を遠ざけ、凡そ血氣有るの類は身[みずか]ら踐[ころ]さざるなり。踐は當に翦に爲るべし。聲の誤りなり。此は尋常を謂う。祭祀の事の若きは、則ち身自ら之を爲す。

敬身45
○樂記曰、豢豕爲酒、非以爲禍也。而獄訟益繁、則酒之流生禍也。以穀食犬豕曰豢。爲、作也。言豢豕爲酒、本以享祀養賢、而小人飮之善酗以致獄訟。是故先生因爲酒禮、一獻之禮賓主百拜。終日飮酒而不得醉焉。此先王之所以備酒禍也。一獻、士飮酒之禮。百拜、以喩多。
【読み】
○樂記に曰く、豕[し]を豢[やしな]い酒を爲るは、以て禍を爲すには非ず。而れども獄訟益々繁きは、則ち酒の流れの禍を生ずればなり。穀を以て犬豕を食わしむるを豢と曰う。爲は作なり。豕を豢い酒を爲るは、本以て祀を享し賢を養いて、小人之を飮み善酗して以て獄訟を致すを言う。是の故に先王因りて酒禮を爲り、一獻の禮に賓主百拜す。終日酒を飮みて醉を得ず。此れ先王の酒の禍に備うる所以なり。一獻は士酒を飮むの禮。百拜は以て多きに喩う。

敬身46
○孟子曰、飮食之人則人賤之矣。爲其養小、以失大也。小、口腹。大、心志也。
【読み】
○孟子曰く、飮食の人は則ち人之を賤しむ。其の小を養いて、以て大を失うが爲なり。小は口腹。大は心志なり。

右明飮食之節。
【読み】
右、飮食の節を明かにす。

稽古第四

孟子道性善。言必稱堯・舜。其言曰、舜爲法於天下可傳於後世。我猶未免爲郷人也。是則可憂也。憂之如何。如舜而已矣。摭往行、實前言、述此篇使讀者有所興起。
【読み】
孟子性善を道う。言えば必ず堯・舜を稱す。其の言に曰く、舜は法を天下に爲して後世に傳う可し。我猶未だ郷人爲るを免れず。是れ則ち憂う可し。之を憂えば如何すべき。舜の如くせんのみ、と。往行を摭[と]り、前言を實にし、此の篇を述べて讀む者をして興起する所有らしむ。

稽古1
太任、文王之母、摯任氏之中女也。任、姓。文王、周君。摯、國名。王季娶以爲妃。太任之性端一誠莊、惟德之行。王季、周君。文王父。及其娠文王目不視惡色、耳不聽淫聲、口不出敖言。娠、振動。懷妊之意。生文王而明聖。太任敎之以一而識百。卒爲周宗。君子謂太任爲能胎敎。宗謂有德有功、爲百世不遷之廟。
【読み】
太任は文王の母、摯の任氏の中女なり。任は姓。文王は周君。摯は國名。王季娶りて以て妃と爲す。太任の性端一誠莊にして、惟れ德を之れ行う。王季は周君。文王の父。其の文王を娠むに及びて目惡色を視ず、耳淫聲を聽かず、口敖言を出ださず。娠は振動。懷妊の意。文王を生みて明聖なり。太任之に敎うるに一を以て百を識る。卒に周宗と爲る。君子、太任は胎敎を能く爲すと謂う。宗は德有り功有りて、百世遷らざるの廟と爲すを謂う。

稽古2
○孟軻之母、其舍近墓。孟子之少也、嬉戲爲墓間之事踊躍築埋。孟母曰、此非所以居子也。乃去舍市。其嬉戲爲賈衒。孟母曰、此非所以居子也。乃徙舍學宮之旁。其嬉戲乃設爼豆揖讓進退。孟母曰、此眞可以居子矣。遂居之。孟子幼時、問東家殺豬何爲。母曰、欲啖汝。旣而悔曰、吾聞古有胎敎。今適有知而欺之。是敎之不信。乃買豬肉以食之。旣長就學、遂成大儒。
【読み】
○孟軻の母、其の舍墓に近し。孟子の少なるや、嬉戲墓間の事を爲し踊躍築埋す。孟母曰く、此れ以て子を居く所に非ざるなり、と。乃ち去りて市に舍す。其の嬉戲賈衒[こげん]を爲す。孟母曰く、此れ以て子を居く所に非ざるなり、と。乃ち徙[うつ]りて學宮の旁に舍す。其の嬉戲乃ち爼豆を設け揖讓進退す。孟母曰く、此れ眞に以て子を居く可し、と。遂に之に居る。孟子の幼なる時、東家に豬を殺す何か爲ると問う。母曰く、汝に啖[くら]わしめんと欲す、と。旣にして悔いて曰く、吾古は胎敎有りと聞く。今適[まさ]に知る有りて之を欺く。是れ之に不信を敎う、と。乃ち豬肉を買いて以て之に食わしむ。旣に長じて學に就き、遂に大儒と成る。

稽古3
○孔子嘗獨立。鯉趨而過庭。鯉、孔子之子。字、伯魚。曰、學詩乎。對曰、未也。不學詩無以言。鯉退而學詩。事理通達、而心氣和平。故能言。他日又獨立。鯉趨而過庭。曰、學禮乎。對曰、未也。不學禮無以立。鯉退而學禮。品節詳明、而德性堅定。故能立。
【読み】
○孔子嘗て獨り立てり。鯉趨りて庭を過ぐ。鯉は孔子の子。字は伯魚。曰く、詩を學びたるか、と。對えて曰く、未だし、と。詩を學ばざれば以て言うこと無し、と。鯉退きて詩を學ぶ。事理通達して心氣和平す。故に能く言う。他日又獨り立てり。鯉趨りて庭を過ぐ。曰く、禮を學びたるか、と。對えて曰く、未だし、と。禮を學ばざれば以て立つこと無し、と。鯉退きて禮を學ぶ。品節詳明にして、德性堅定す。故に能く立つ。

稽古4
○孔子謂伯魚曰、女爲周南・召南矣乎。人而不爲周南・召南、其猶正牆面而立也與。爲猶學也。周南召南、詩首篇名。所言皆脩身齊家之事。正牆面而立、言卽其至近之地、而已無所見、不可行也。
【読み】
○孔子、伯魚に謂いて曰く、女周南・召南を爲[まな]びたるか、と。人にして周南・召南を爲ばざれば、其れ猶正に牆に面して立つがごときか、と。爲は學に猶[おな]じ。周南召南は詩の首篇の名。言う所は皆身を脩め家を齊うる事。正に牆に面して立つは、其の至近の地に卽き、已に見る所無く、行く可からざるを謂うなり。

右立教。
【読み】
右、立教なり。

稽古5
虞舜父頑母嚚象傲。克諧以孝、烝烝。乂不格姦。虞、氏。舜、名。父、瞽叟。心不則德義之經爲頑。母、瞽叟後妻。舜繼母也。口不道忠信之言爲嚚。象、舜後母弟。傲、慢、不友、言並惡。諧、和。烝、進也。言能以至孝諧和頑嚚昏傲、使進進以善自治不至於姦惡。史記云、舜父瞽叟盲、而舜母死。瞽叟更娶妻而生象。象、傲。瞽叟愛後妻子、常欲殺舜。舜避逃。及有小過、則受罪。順事父及後母與弟。日以篤謹匪有懈。
【読み】
虞舜は父頑に、母嚚に、象傲る。克く諧[かな]うるに孝を以てし、烝烝たり。乂[おさ]めて姦に格らざらしむ。虞は氏。舜は名。父は瞽叟。心、德義の經に則らざるを頑と爲す。母は瞽叟の後妻。舜の繼母なり。口、忠信の言を道わざるを嚚と爲す。象は舜の後母の弟。傲は慢で友ならず、並に惡を言う。諧は和。烝は進なり。能く至孝を以て頑嚚昏傲を諧和し、進に進みて善を以て自ら治めて姦惡に至らざらしむるを言う。史記に云う、舜の父瞽叟は盲にて、舜の母死す。瞽叟更に妻を娶りて象を生む。象は傲る。瞽叟は後妻の子を愛し、常に舜を殺さんと欲す。舜避け逃る。小過有るに及び、則ち罪を受く。父及び後母と弟とに順い事うる。日に以て篤く謹みて懈る有るに匪ず。

稽古6
○萬章問曰、舜往于田號泣旻天。何爲其號泣也。孟子曰、怨慕也。我竭力耕田共爲子職而已矣。父母之不我愛、於我何哉。號泣于旻天、呼天而泣也。怨慕、怨己之不得其親而思慕也。於我何哉、自責不知己有何罪耳。非怨父母也。帝使其子九男二女、百官・牛羊・倉廩備、以事舜於畎畝之中。天下之士多就之者。帝將胥天下而遷之焉。爲不順於父母、如窮人無所歸。帝、堯也。胥、相視也。遷之、移以與之也。如窮人之無所歸、言其怨慕迫切之甚也。天下之士悅之人之所欲也。而不足以解憂。好色人之所欲。妻帝之二女、而不足以解憂。富人之所欲。富有天下、而不足以解憂。貴人之所欲。貴爲天子、而不足以解憂。人悅之、好色富貴、無足以解憂者。惟順於父母可以解憂。人少則慕父母、知好色則慕少艾、有妻子則慕妻子、仕則慕君、不得於君則熱中。艾、美好也。不得、失意也。熱中、躁急心熱也。大孝終身慕父母。五十而慕者予於大舜見之矣。
【読み】
○萬章問いて曰く、舜田に往きて旻天に號泣す。何爲れぞ其れ號泣するや、と。孟子曰く、怨み慕うなり。我力を竭して田を耕し子爲るの職を共するのみ。父母の我を愛せざるは、我に於て何ぞや、と。旻天に號泣すは、天を呼びて泣くなり。怨み慕うは、己の其の親に得られざるを怨みて思い慕うなり。我に於て何ぞやは、自ら己に何の罪有るかを知らざるを責むるのみ。父母を怨むに非ざるなり。帝其の子の九男二女をして百官・牛羊・倉廩を備えて、以て舜に畎畝の中に事えしむ。天下の士之に就く者多し。帝將に天下を胥[ひき]いて之に遷さんとす。父母に順ならざるが爲に、窮人の歸する所無きが如し。帝は堯なり。胥は相視るなり。之を遷すは、移して以て之に與うるなり。窮人の歸する所無きが如しは、其の怨慕迫切の甚しきを言うなり。天下の士之を悅ぶは人の欲する所なり。而して以て憂いを解くに足らず。好色は人の欲する所なり。帝の二女を妻として、而して以て憂いを解くに足らず。富は人の欲する所なり。富天下を有して而して以て憂いを解くに足らず。貴は人の欲する所なり。貴きこと天子と爲りて、而して以て憂いを解くに足らず。人之を悅ぶこと、好色・富貴あるも、以て憂いを解くに足る者無し。惟父母に順にして以て憂いを解く可し。人少なれば則ち父母を慕い、好色を知れば則ち少艾[しょうかい]を慕い、妻子有れば則ち妻子を慕い、仕うれば則ち君を慕い、君に得られざれば則ち中に熱す。艾は美好なり。得られずは、意を失うなり。中に熱するは、躁急にして心熱するなり。大孝は身を終 うるまで父母を慕う。五十にして慕う者は予大舜に於て之を見る、と。

稽古7
○楊子曰、事父母自知不足者其舜乎。不可得而久者、事親之謂也。孝子愛日。
【読み】
○楊子曰く、父母に事えて自ら足らざるを知る者は其れ舜か。得て久しくす可からずとは、親に事うるの謂なり。孝子は日を愛[お]しむ。

稽古8
○文王之爲世子、朝於王季日三。雞初鳴而衣服至於寢門外、問内豎之御者曰、今日安否如何。内豎曰、安。文王乃喜。内豎、小臣。掌通内外之命。及日中又至亦如之。及莫又至亦如之。莫、夕也。其有不安節、則内豎以告文王。文王色憂、行不能正履。節謂居處、故事、履蹈地也。王季復膳、然後亦復初。食上必在視寒暖之節、食下問所膳、命膳宰曰、末有原。應曰、諾。然後退。在、察也。末猶勿也。原、再也。勿有所再進、爲其失飪、臭味惡也。退、反其寢。
【読み】
○文王の世子爲るや、王季に朝すること日に三たび。雞初めて鳴きて衣服して寢門の外に至り、内豎の御者問いて曰く、今日の安否如何、と。内豎曰く、安し、と。文王乃ち喜ぶ。内豎は小臣。内外の命を通ずるを掌る。日中に及びて又至りても亦之の如し。莫に及びて又至りても亦之の如し。莫は夕なり。其れ節に安んぜざること有れば、則ち内豎以て文王に告ぐ。文王色憂えて、行くに正しく履むこと能わず。節の謂いは居處、故事の履蹈の地なり。王季膳に復りて、然して後に亦初めに復る。食上れば必ず寒暖の節を在視し、食下れば膳する所を問い、膳宰に命じて曰く、原[ふたた]びすること有る末[な]かれ、と。應えて曰く、諾、と。然して後に退く。在は察なり。末は猶勿のごとし。原は再なり。再び進むる所有る勿かれは、其の飪を失い、臭味の惡からん爲なり。退は其の寢に反るなり。

稽古9
○文王有疾、武王不說冠帶而養。文王一飯亦一飯。文王再飯亦再飯。欲知氣力箴藥所勝。
【読み】
○文王疾有れば、武王冠帶を說かずして養う。文王一たび飯すれば亦一たび飯す。文王再び飯すれば亦再び飯す。氣力は箴藥の勝る所を知らんことを欲す。

稽古10
○子曰、武王・周公其達孝矣乎。夫孝者善繼人之志、善述人之事者也。武王・周公、文王子。達、通也。言天下通共之孝也。踐其位、行其禮、奏其樂、敬其所尊、愛其所親。事死如事生、事亡如事存。孝之至也。踐、升也。其、先王也。所尊、所親、先王之祖考・子孫・臣庶也。始死、謂之死。旣葬則曰反而亡焉。皆指先王也。此皆繼志述事之意也。
【読み】
○子曰く、武王・周公は其れ達孝なるかな。夫れ孝とは善く人の志を繼ぎ、善く人の事を述ぶる者なり。武王・周公は文王の子。達は通なり。天下通共の孝を言うなり。其の位に踐[のぼ]り、其の禮を行い、其の樂を奏し、其の尊ぶ所を敬い、其の親しむ所を愛す。死に事うること生に事うるが如く、亡に事うること存に事うるが如し。孝の至りなり。踐は升なり。其は先王なり。尊ぶ所、親しむ所は、先王の祖考・子孫・臣庶なり。始めて死する、之を死と謂う。旣に葬せば則ち反て亡と曰う。皆先王を指すなり。此れ皆志を繼ぎ事を述ぶるの意なり。

稽古11
○淮南子曰、周公之事文王也、行無專制、事無由己、身若不勝衣、言若不出口。有奉持於文王、洞洞屬屬如將不勝、如恐失之。可謂能子矣。
【読み】
○淮南子に曰く、周公の文王に事うるや、行い、專制すること無く、事、己に由ること無く、身、衣に勝えざるが若く、言、口より出でざるが若し。文王に奉持すること有れば、洞洞屬屬として將に勝えざらんとするが如く、之を失わんことを恐るるが如し。子たるを能くすと謂う可し。

稽古12
○孟子曰、曾子養曾晳必有酒肉。將徹必請所與。問有餘必曰有。曾子、孔子弟子。名、參。曾皙、曾子父。名、點。徹、去也。曰有、恐親意更欲與人也。曾晳死。曾元養曾子必有酒肉。將徹不請所與。問有餘曰亡矣。將以復進也。此所謂養口體者也。曾元、曾子子。若曾子則可謂養志也。事親若曾子者可也。養志、承順父母之志、而不忍傷之也。
【読み】
○孟子曰く、曾子、曾晳を養うに必ず酒肉有り。將に徹せんとして必ず與うる所を請う。餘り有るかと問えば必ず有りと曰う。曾子は孔子の弟子。名は參。曾皙は曾子の父。名は點。徹は去るなり。有りと曰うは、親の意、更に人に與えんと欲するを恐るるなり。曾晳死す。曾元、曾子を養うに必ず酒肉有り。將に徹せんとして與うる所を請わず。餘り有るかと問わば亡しと曰う。將に以て復た進めんとするなり。此れ口體を養うと謂う所の者なり。曾元は曾子の子。曾子の若きは則ち志を養うと謂う可し。親に事うるに曾子の若き者は可なり。志を養うは、父母の志を承け順いて、之を傷るに忍びざるなり。

稽古13
○孔子曰、孝哉閔子騫。人不間於其父母・昆弟之言。閔子騫、孔子弟子。名、損。父母昆弟、稱其孝友、人無異詞。
【読み】
○孔子曰く、孝なるかな閔子騫。人、其の父母・昆弟の言を間[そし]らず。閔子騫は孔子の弟子。名は損。父母昆弟、其の孝友を稱し、人異詞無し。

稽古14
○老萊子孝奉二親。行年七十作嬰兒戲、身著五色斑斕之衣。嘗取水上堂、詐跌仆臥地、爲小兒啼、弄雛於親側。欲親之喜。
【読み】
○老萊子二親に孝奉す。行年七十にして嬰兒の戲を作し、身に五色斑斕[はんらん]の衣を著る。嘗て水を取りて堂に上り、詐りて跌[つまず]き仆れて地に臥し、小兒の啼を爲し、雛を親の側に弄す。親の喜ばんことを欲するなり。

稽古15
○樂正子春下堂而傷其足。數月不出。猶有憂色。門弟子曰、夫子之足瘳矣。數月不出。猶有憂色何也。樂正子春曰、善、如爾之問也。善、如爾之問也。吾聞諸曾子、子春、曾參弟子。曾子聞諸夫子。曰、天之所生、地之所養、無人爲大。父母全而生之。子全而歸之、可謂孝矣。不虧其體、不辱其身、可謂全矣。故君子頃歩而不敢忘孝也。頃、當爲跬。一舉足爲跬。再舉足爲歩。今予忘孝之道。予是以有憂色也。一擧足而不敢忘父母。是故道而不徑、舟而不游。不敢以先父母之遺體行殆。壹出言而不敢忘父母。是故惡言不出於口、忿言不反於身、不辱其身、不羞其親、可謂孝矣。人不能無忿怒之言。當由其直。直則人服、不敢以忿言來也。
【読み】
○樂正子春、堂より下りて其の足を傷う。數月出でず。猶憂色有り。門弟子曰く、夫子の足瘳[い]ゆ。數月出でず。猶憂色有るは何ぞや、と。樂正子春曰く、善いかな爾の問の如きや。善いかな爾の問の如きや。吾諸を曾子に聞き、子春は曾參の弟子。曾子諸を夫子に聞く。曰く、天の生ずる所、地の養う所、人より大爲るは無し。父母全くして之を生む。子全くして之を歸すは孝と謂う可し。其の體を虧[か]かず、其の身を辱しめざるは、全くすと謂う可し。故に君子は頃歩[きほ]にして敢て孝を忘れず。頃は當に跬に爲るべし。一たび足を舉ぐるを跬と爲す。再び足を舉ぐるを歩と爲す。今予孝の道を忘る。予是を以て憂色有るなり、と。一たび足を擧げて敢て父母を忘れず。是の故に道にして徑[こみち]せず、舟にして游がず。敢て先父母の遺體を以て殆きに行かず。壹たび言を出して敢て父母を忘れず。是の故に惡言口に出さず、忿言身に反らず、其の身を辱しめず、其の親を羞しめずして、孝と謂う可し。人、忿怒の言無きこと能わず。當に其の直に由るべし。直なれば則ち人服し、敢て忿言を以て來らざるなり。

稽古16
○伯兪有過、其母笞之泣。其母曰、他日笞子未嘗泣、今泣何也。對曰、兪得罪笞常痛。今母力、不能使痛。是以泣。故曰、父母怒之、不作於意、不見於色、深受其罪使可哀憐、上也。父母怒之、不作於意、不見其色、其次也。父母怒之、作於意、見於色、下也。
【読み】
○伯兪過有り、其の母之を笞つに泣く。其の母曰く、他日子を笞つに未だ嘗て泣かず、今泣くは何ぞや、と。對えて曰く、兪罪を得て笞たるれば常に痛む。今母の力、痛らしむる能わず。是を以て泣く、と。故に曰く、父母之を怒るに、意を作[おこ]さず、色に見わさず、深く其の罪を受けて哀憐す可からしむるは、上なり。父母之を怒るに、意を作さず、色に見わさざるは、其の次なり。父母之を怒るに、意を作し、色に見わすは、下なり。

稽古17
○公明宣學於曾子三年不讀書。曾子曰、宣而居參之門三年不學何也。公明宣曰、安敢不學。宣見夫子居庭、親在叱咤之聲未嘗至於犬馬。宣說之、學而未能。宣見夫子之應賓客、恭儉而不懈惰。宣說之、學而未能。宣見夫子之居朝廷、嚴臨下而不毀傷。宣說之、學而未能。宣說此三者、學而未能。宣安敢不學而居夫子之門乎。
【読み】
○公明宣、曾子に學び三年書を讀まず。曾子曰く、宣、而[なんじ]參の門に居ること三年、學ばざるは何ぞや、と。公明宣曰く、安んぞ敢て學ばざらんや。宣、夫子の庭に居るを見るに、親在せば叱咤の聲未だ嘗て犬馬に至らず。宣之を說び、學びて未だ能くせず。宣、夫子の賓客に應ずるを見るに、恭儉にして懈惰せず。宣、之を說び、學びて未だ能くせず。宣、夫子の朝廷に居るを見るに、嚴に下に臨みて毀い傷らず。宣、之を說び、學びて未だ能わず。宣、此の三の者を說び、學びて未だ能わず。宣、安んぞ敢て學ばずして夫子の門に居らんや、と。

稽古18
○少連・大連善居喪。三日不怠、三月不解、期悲哀、三年憂。怠、惰也。解、倦也。期、周年也。東夷之子也。言其生於夷狄而自知禮也。
【読み】
○少連・大連善く喪に居る。三日怠らず、三月解[おこた]らず、期に悲哀し、三年に憂う。怠は惰なり。解は倦なり。期は周年なり。東夷の子なり。其の夷狄に生まれて自ら禮を知るを言うなり。

稽古19
○高子皐之執親之喪也、泣血三年、未嘗見齒。君子以爲難。子皐、孔子弟子。名、柴。泣血、言泣無聲、如血出。未嘗見齒、言笑之微。
【読み】
○高子皐の親の喪を執るや、泣血三年、未だ嘗て齒を見わさず。君子以て難しと爲す。子皐は孔子の弟子。名は柴。泣血は、泣きて聲無く、血出るが如きを言う。未だ嘗て齒を見わさずは、笑いの微きを言う。

稽古20
○顏丁善居喪。始死、皇皇焉、如有求而弗得。旣殯、望望焉、如有從而弗及。旣葬、慨然如不及。其反而息。顏丁、魯人。從、隨也。慨、憊也。
【読み】
○顏丁、善く喪に居る。始めて死すれば、皇皇焉として、求むること有りて得ざるが如し。旣に殯すれば、望望焉として從うこと有りて及ばざるが如し。旣に葬れば、慨然として及ばざるが如し。其れ反りて息す。顏丁は魯人。從は隨なり。慨は憊なり。

稽古21
○曾子有疾、召門弟子曰、啓予足。啓予手。啓、開也。曾子以爲身體髪膚受於父母、父母旣全而生之。子當全而歸之。故平日保守不敢毀傷。至此將死。故使弟子開其衾而視之、見其所歸之全也。詩云、戰戰兢兢如臨深淵、如履薄冰。而今而後、吾知免夫、小子。詩、小旻之篇。旣以其所歸之全示門人、而又言其所以全之之難如此。免謂旣死、然後得免於毀傷。小子、門人也。呼之、使記其言也。
【読み】
○曾子疾有り、門弟子を召して曰く、予が足を啓け。予が手を啓け。啓は開なり。曾子以て身體髪膚を父母に受け、父母旣に全くして之を生む。子當に全くして之を歸すべしと爲す。故に平日保ち守りて敢て毀い傷らず。此に至りて將に死せんとす。故に弟子をして其の衾を開かせて之を視せしめ、其の歸すの全きを見わす。詩に云う、戰戰兢兢として深淵に臨むが如く、薄冰を履むが如し、と。今にして而して後、吾免るることを知るかな、小子、と。詩は小旻の篇。旣に其の歸す所の全きを以て門人に示して、又其の之を全くする所以の難きを言うこと此の如し。免は、旣に死して、然して後に毀い傷ることを免るるを得るを謂う。小子は門人なり。之を呼ぶは、其の言を記さしむるためなり。

稽古22
○箕子者紂之親戚也。箕、國。子、爵。紂、商王帝辛。紂始爲象箸。箕子歎曰、彼爲象箸、必爲玉桮。爲玉桮則必思遠方珍怪之物而御之矣。輿馬・宮室之漸自此始不可振也。紂爲淫泆。箕子諫。紂不聽而囚之。人或曰、可以去矣。箕子曰、爲人臣諫不聽而去、是彰君之惡而自說於民。吾不忍爲也。乃被髪佯狂而爲奴、遂隱而皷琴以自悲。故傳之曰箕子操。王子比干者亦紂之親戚也。見箕子諫不聽而爲奴則曰、君有過而不以死爭、則百姓何辜。乃直言諫紂。紂怒曰、吾聞聖人之心有七竅、信有諸乎。乃遂殺王子比干、刳視其心。微子曰、父子有骨肉而臣主以義屬。微子、名啓、帝乙之子。紂庶兄。故父有過、子三諫不聽、則隨而號之。人臣三諫不聽、則其義可以去矣。於是遂行。孔子曰、殷有三仁焉。
【読み】
○箕子は紂の親戚なり。箕は國。子は爵。紂は商王、帝辛。紂始めて象箸を爲る。箕子歎じて曰く、彼象箸を爲る、必ず玉桮を爲らん。玉桮を爲らば則ち必ず遠方珍怪の物を思いて之を御[もち]いん。輿馬・宮室の漸、此より始まり振[すく]う可からず、と。紂淫泆を爲す。箕子諫む。紂聽かずして之を囚う。人或は曰く、以て去る可し、と。箕子曰く、人の臣と爲り諫め聽かれずして去るは、是れ君の惡を彰かにして自ら民に說ばるるなり。吾爲すに忍びず、と。乃ち髪を被り佯狂して奴と爲り、遂に隱れて琴を皷して以て自ら悲しむ。故に之を傳えて箕子操と曰う。王子比干も亦紂の親戚なり。箕子の諫めて聽かれずして奴と爲るを見て則ち曰く、君過ち有りて死を以て爭わずんば、則ち百姓何の辜[つみ]かある、と。乃ち直言して紂を諫む。紂怒りて曰く、吾聖人の心に七の竅有りと聞く、信[まこと]に諸有るか、と。乃ち遂に王子比干を殺し、刳[さ]きて其の心を視る。微子曰く、父子は骨肉有りて臣主は義を以て屬す。微子、名は啓、帝乙の子。紂の庶兄。故に父過ち有り、子三諫して聽かれざれば、則ち隨いて之に號[さけ]ぶ。人臣三諫して聽かれざれば、則ち其の義以て去る可し、と。是に於て遂に行[さ]る。孔子曰く、殷に三仁有り、と。

稽古23
○武王伐紂。伯夷・叔齊叩馬而諫。左右欲兵之。伯夷・叔齊、孤竹君之子。兵謂殺之也。太公曰、此義人也。扶而去之。武王已平殷亂天下宗周、而伯夷・叔齊恥之、義不食周粟、隱於首陽山。釆薇而食之。遂餓而死。
【読み】
○武王紂を伐つ。伯夷・叔齊馬を叩[ひか]えて諫む。左右之を兵せんと欲す。伯夷・叔齊は孤竹君の子。兵は之を殺すを謂うなり。太公曰く、此れ義人なり。扶けて之を去る。武王已に殷の亂を平げ天下周を宗として、伯夷・叔齊之を恥じ、義、周の粟を食わず、首陽山に隱る。薇を釆りて之を食ふ。遂に餓して死す。

稽古24
○衛靈公與夫人夜坐、聞車聲轔轔至闕而止、過闕復有聲、轔、車聲。公問夫人曰、知此謂誰。夫人曰、此蘧伯玉也。伯玉、名瑗。孔子居衛主其家。公曰、何以知之。夫人曰、妾聞禮、下公門式路馬、所以廣敬也。路馬、君路車。所駕之馬也。夫忠臣與孝子、不爲昭昭信節、不爲冥冥惰行。蘧伯玉、衛之賢大夫也。仁而有智。敬於事上。此其人必不以闇昧廢禮。是以知之。公使人視之。果伯玉也。
【読み】
○衛の靈公、夫人と夜坐し、車聲轔轔として闕に至りて止み、闕を過ぎて復た聲有るを聞き、轔は車の聲。公、夫人に問いて曰く、此れ誰と謂うを知るか、と。夫人曰く、此れ蘧伯玉なり、と。伯玉、名は瑗。孔子衛に居りて其の家を主とす。公曰く、何を以て之を知る、と。夫人曰く、妾、禮に、公門を下り路馬に式すは、敬を廣むる所以なりと聞く、と。路馬は君の路車。駕する所の馬なり。夫れ忠臣と孝子とは、昭昭の爲に節を信[の]べず、冥冥の爲に行を惰らず。蘧伯玉は、衛の賢大夫なり。仁にして智有り。上に事うるに敬む。此れ其の人必ず闇昧を以て禮を廢せず。是を以て之を知る。公人をして之を視せしむ。果して伯玉なり。

稽古25
○趙襄子殺智伯、漆其頭以爲飮器。二人皆晉大夫。智伯之臣豫讓欲爲之報仇、乃詐爲刑人、挾匕首入襄子宮中、塗廁。左右欲殺之。襄子曰、智伯死、無後而此人欲爲報仇。眞義士也。吾謹避之耳。讓又漆身爲癩、呑炭爲啞、行乞於市。其妻不識也。其友識之、爲之泣曰、以子之才臣事趙孟必得近幸。子乃爲所欲爲、顧不易耶。何乃自苦如此。讓曰、委質爲臣而求殺之、是二心也。吾所以爲此者、將以愧天下後世之爲人臣、而懐二心者也。後又伏於橋下欲殺襄子。襄子殺之。
【読み】
○趙襄子、智伯を殺し、其の頭に漆して以て飮器と爲す。二人は皆晉の大夫。智伯の臣豫讓、之が爲に仇を報いんことを欲し、乃ち詐りて刑人と爲り、匕首を挾みて襄子の宮中に入り、廁を塗る。左右之を殺さんと欲す。襄子曰く、智伯死し、後無くして此の人爲に仇を報いんと欲す。眞の義士なり。吾謹みて之を避けんのみ、と。讓又身を漆して癩と爲り、炭を呑みて啞と爲り、市に行乞す。其の妻も識らざるなり。其の友之を識り、之が爲に泣きて曰く、子の才を以て趙孟に臣とし事うれば必ず近幸を得ん。子乃ち爲さんと欲する所を爲さば、顧うに易からざらんや。何ぞ乃ち自ら苦しむこと此の如きや、と。讓曰く、質を委き臣と爲りて之を殺さんことを求む、是れ二心なり。吾が此を爲す所以は、將に以て天下後世の人の臣と爲りて、二心を懐く者を愧しめんとするなり。後に又橋下に伏して襄子を殺さんと欲す。襄子之を殺す。

稽古26
○王孫賈事齊閔王。王出走。賈失王之處。其母曰、女朝去而晩來、則吾倚門而望、女莫出而不還、則吾倚閭而望。女今事王、王出走、女不知其處。女尙何歸。王孫賈乃入市中曰、淖齒亂齊國殺閔王。欲與我誅齒者袒右。市人從之者四百人、與誅淖齒、刺而殺之。
【読み】
○王孫賈、齊の閔王に事う。王出でて走る。賈、王の處を失う。其の母曰く、女朝に去きて晩に來れば、則ち吾門に倚りて望み、女莫に出でて還らざれば、則ち吾閭に倚りて望む。女今王に事え、王出で走るも、女其の處を知らず。女尙何ぞ歸るや、と。王孫賈乃ち市中に入りて曰く、淖齒齊の國を亂り閔王を殺せり。我と齒を誅せんと欲する者は右を袒せよ、と。市人之に從う者四百人、與に淖齒を誅し、刺して之を殺す。

稽古27
○臼季使過冀、臼季、胥臣字。冀、晉邑。見冀缺耨、其妻饁之、敬相待如賓、與之歸、言諸文公、文公、晉君。名、重耳。曰、敬、德之聚也。能敬、必有德。德以治民。君請用之。臣聞出門如賓、承事如祭、仁之則也。文公以爲下軍大夫。
【読み】
○臼季使して冀を過ぎ、臼季は胥臣の字。冀は晉の邑。冀の缺[けつ]の耨[くさぎり]て、其の妻の之に饁[よう]するに、敬みて相待つこと賓の如くなるを見て、之と歸り、諸を文公に言いて、文公は晉君。名は重耳。曰く、敬は德を之れ聚むるなり。能く敬めば、必ず德有り。德は以て民を治む。君之を用いんことを請う。臣、門を出づるに賓の如く、事を承るに祭の如くなるは、仁の則なりと聞く、と。文公以て下軍大夫と爲す。

稽古28
○公父文伯之母、季康子之從祖叔母也。文伯、魯大夫、公父は歜。母、敬姜也。康子、魯正卿。名、肥。康子往焉、■(門に爲)門而與之言、皆不踰閾。■(門に爲)、闢也。閾、門限也。仲尼聞之、以爲別於男女之禮矣。
【読み】
○公父文伯の母は、季康子の從祖叔母なり。文伯は魯の大夫、公父歜。母は敬姜なり。康子は魯の正卿。名は肥。康子往くに、門を■(門に爲)[ひら]きて之と言い、皆閾[よく]を踰えず。■(門に爲)は闢なり。閾は門限なり。仲尼之を聞きて、以て男女を別つの禮と爲す。

稽古29
○衛共姜者、衛世子共伯之妻也。共伯蚤死。共姜守義。父母欲奪而嫁之。共姜不許。作柏舟之詩以死自誓。
【読み】
○衛の共姜は、衛の世子共伯の妻なり。共伯蚤く死す。共姜義を守る。父母奪いて之を嫁せんと欲す。共姜許さず。柏舟の詩を作りて、死を以て自ら誓う。

稽古30
○蔡人妻宋人之女也。旣嫁而夫有惡疾。其母將改嫁之。女曰、夫之不幸乃妾之不幸也。奈何去之。適人之道、壹與之醮、終身不改。不幸遇惡疾。彼無大故、又不遣妾。何以得去。終不聽。酌而無酧酢曰醮。昏禮賛者三酳婿婦、而自酢。婿婦不與之酧也。
【読み】
○蔡人の妻は宋人の女なり。旣に嫁して夫惡疾有り。其の母將に之を改め嫁せんとす。女曰く、夫の不幸は乃ち妾の不幸なり。奈何ぞ之を去らん。人に適くの道、壹たび之と醮[しょう]すれば、身を終うるまで改めず。不幸にして惡疾に遇う。彼に大故無く、又妾を遣らず。何を以て去ることを得ん、と。終に聽かず。酌して酧酢無きを醮と曰う。昏禮賛者三たび婿婦に酳して、自ら酢う。婿婦與に之れ酧せざるなり。

稽古31
○萬章問曰、象日以殺舜爲事。立爲天子、則放之何也。孟子曰、封之也。或曰、放焉。萬章、孟子弟子。放猶置也。問何不誅也。孟子言舜實封之、而或者誤以爲放也。仁人之於弟也不藏怒焉、不宿怨焉。親愛之而已矣。藏怒謂藏匿其怒。宿怨謂留蓄其怨。
【読み】
○萬章問いて曰く、象は日に舜を殺すを以て事と爲す。立ちて天子と爲りて、則ち之を放つは何ぞや、と。孟子曰く、之を封ずるなり。或ひと曰く、放つ、と。萬章は孟子の弟子。放は猶置のごとし。何ぞ誅せざると問うなり。孟子は、舜は實に之を封じて、或者は誤ちて以て放つと爲すと言うなり。仁人の弟に於るや怒を藏さず、怨を宿[とど]めず。之を親愛するのみ、と。怒を藏すは、其の怒を藏し匿すを謂う。怨を宿むは、其の怨を留め蓄うるを謂う。

稽古32
○伯夷・叔齊、孤竹君之二子也。父欲立叔齊。及父卒、叔齊讓伯夷。伯夷曰、父命也。遂逃去。叔齊亦不肯立而逃之。國人立其中子。
【読み】
○伯夷・叔齊は孤竹君の二子なり。父叔齊を立てんと欲す。父卒するに及びて、叔齊、伯夷に讓る。伯夷曰く、父の命なり、と。遂に逃げ去る。叔齊も亦立つを肯[したが]わずして之を逃る。國人其の中子を立つ。

稽古33
○虞・芮之君、相與爭田、久而不平。乃相謂曰、西伯仁人也。盍往質焉。乃相與朝周。入其境、則耕者讓畔、行者讓路。入其邑、男女異路、班白不提挈。入其朝、士讓爲大夫、大夫讓爲卿。二國之君感而相謂曰、我等小人。不可以履君子之庭。乃相讓、以其所爭田爲間田而退。天下聞之、而歸者四十餘國。
【読み】
○虞・芮[ぜい]の君、相與に田を爭い、久しくして平がず。乃ち相謂いて曰く、西伯は仁人なり。盍[なん]ぞ往きて質さざらん、と。乃ち相與に周に朝す。其の境に入れば、則ち耕す者は畔を讓り、行く者は路を讓る。其の邑に入れば、男女路を異にし、班白は提挈せず。其の朝に入れば、士は大夫と爲るを讓り、大夫は卿と爲るを讓る。二國の君感じて相謂いて曰く、我等は小人なり。以て君子の庭を履む可からず、と。乃ち相讓りて、其の爭う所の田を以て間田と爲して退く。天下之を聞きて、歸する者四十餘國あり。

稽古34
○曾子曰、以能問於不能、以多問於寡、有若無、實若虛、犯而不校。昔者吾友嘗從事於斯矣。友指顏淵也。
【読み】
○曾子曰く、能を以て不能に問い、多を以て寡に問い、有りて無きが若く、實にて虛きが若く、犯して校らず。昔、吾が友嘗て事を斯に從う。友は顏淵を指すなり。

稽古35
○孔子曰、晏平仲善與人交。久而敬之。晏平仲、齊大夫。名、嬰。
【読み】
○孔子曰く、晏平仲善く人と交わる。久しくして之を敬う。晏平仲は齊の大夫。名は嬰。

右明倫。
【読み】
右、明倫なり。

稽古36
孟子曰、伯夷目不視惡色、耳不聽惡聲。
【読み】
孟子曰く、伯夷は目に惡色を視ず、耳に惡聲を聽かず。

稽古37
○子游爲武城宰。子曰、女得人焉爾乎。曰、有澹臺滅明者。行不由徑、非公事未嘗至於偃之室也。子遊、孔子弟子。姓、言。名、偃。武城、魯下邑。澹臺、姓。滅明、名。字、子羽。徑、路之小而捷者。公事、如飮射讀法之類。
【読み】
○子游は武城の宰爲り。子曰く、女人を得たるか、と。曰く、澹臺滅明なる者有り。行くに徑に由らず、公事に非ざれば未だ嘗て偃の室に至らず、と。子遊は孔子の弟子。姓は言。名は偃。武城は魯の下邑。澹臺は姓。滅明は名。字は子羽。徑は路の小にして捷き者。公事は飮射讀法の類の如し。

稽古38
○高柴自見孔子、足不履影、啓蟄不殺、方長不折。高柴、卽高子皐也。不履影謂不敢履孔子之影。敬之至也。啓蟄、蟲獸胎卵之時。長謂草木發生也。折、毀折也。衛輒之難、出而門閉。或曰、此有徑。子羔曰、吾聞之、君子不徑。曰、此有竇。子羔曰、吾聞之、君子不竇。有間使者至、門啓而出。
【読み】
○高柴、孔子を見てより、足は影を履まず、啓蟄は殺さず、方長は折らず。高柴は卽ち高子皐なり。影を履まずは、敢て孔子の影を履まざるを謂う。敬の至りなり。啓蟄は、蟲獸胎卵の時。長は草木の發生するを謂うなり。折は毀い折るなり。衛の輒[ちょう]の難に、出づれば門閉ず。或ひと曰く、此に徑有り、と。子羔曰く、吾之を聞く、君子は徑よりせず、と。曰く、此に竇[とう]有り、と。子羔曰く、吾之を聞く、君子は竇よりせず、と。間[しばら]く有りて使者至り、門啓きて出づ。

稽古39
○南容三復白圭。南容、孔子弟子。名、适。白圭、大雅。抑篇之辭曰、白圭之玷、尙可磨也。斯言之玷、不可爲也。南容一日三復此語。蓋有意於愼言也。孔子以其兄之子妻之。妻、以女爲之妻也。
【読み】
○南容白圭を三復す。南容は孔子の弟子。名は适。白圭は大雅。抑の篇の辭に曰く、白圭の玷たるは、尙磨く可し。斯の言の玷たるは、爲む可からず、と。南容一日に此の語を三復す。蓋し言を愼むに意有るなり。孔子、其の兄の子を以て之に妻す。妻は、女を以て之の妻と爲すなり。

稽古40
○子路無宿諾。子路、孔子弟子。姓、仲。名、由。宿、豫也。恐臨時多故。故不豫諾。
【読み】
○子路、宿して諾すること無し。子路は、孔子の弟子。姓は仲。名は由。宿は豫なり。時に臨み故多からんことを恐る。故に豫め諾せず。

稽古41
○孔子曰、衣敝縕袍、與衣狐貉者立而不恥者、其由也與。敝、壞也。縕、枲著也。袍、衣有著者也。蓋衣之賤者。狐貉、獸名。以其皮爲裘。衣之貴者。立、竝立也。恥謂愧其不如。言其不以貧富動其心也。
【読み】
○孔子曰く、敝[やぶ]れたる縕袍を衣て、狐貉を衣たる者と立ちて恥じざる者は、其れ由や。敝は壞なり。縕は枲著なり。袍は衣の著有る者なり。蓋し衣の賤しき者。狐貉は獸の名。其の皮を以て裘を爲る。衣の貴き者。立つは竝び立つなり。恥は其の如からざるを愧じるなり。其の貧富を以て其の心を動かさざるを言うなり。

稽古42
○鄭子藏出犇宋。好聚鷸冠。鄭、國名。子藏、鄭文公子。宋、國名。鷸、鳥名。聚鷸羽以爲冠。鄭伯聞而惡之、使盗殺之。君子曰、服之不衷身之災也。詩曰、彼己之子不稱其服、子藏之服不稱也夫。衷猶適也。詩、曹風候人篇。
【読み】
○鄭の子藏、宋に出犇す。聚鷸冠[しゅういつかん]を好む。鄭は國の名。子藏は鄭文公の子。宋は國の名。鷸は鳥の名。鷸の羽を聚めて以て冠に爲る。鄭伯聞きて之を惡み、盗をして之を殺さしむ。君子曰く、服の衷[かな]わざるは身の災いなり。詩に曰く、彼の子其の服に稱[かな]わず、と。子藏の服稱わざるかな、と。衷は猶適のごとし。詩は曹風候人の篇。

稽古43
○公父文伯退朝、朝其母。其母方績。文伯曰、以歜之家而主猶績乎。其母歎曰、魯其亡乎。使僮子備官。而未之聞邪。居、吾語女。夫民勞則思。思則善心生。逸則淫。淫則忘善。忘善則惡心生。沃土之民不材。淫也。瘠土之民莫不嚮義。勞也。是故王后親織玄紞、公侯之夫人加以紘・綖、卿之内子爲大帶、命婦成祭服、列士之妻加之以朝服。自庶士以下皆衣其夫。社而賦事、烝而獻功、男女效績、愆則有辟。古之制也。玄、黒色。紞、冠之垂前後者。紘、纓之無緌者。從下而上不結。綖、冕上之覆者。内子、卿之適妻也。大帶、緇帶也。命婦、大夫之妻也。列士、元士也。庶士、下士也。社、春分。祭社也。事、農桑之屬也。冬祭曰烝。烝而獻五穀布帛之功也。吾冀而朝夕脩我曰必無廢先人、爾今曰胡不自安。以是承君之官。余懼穆伯之絶嗣也。
【読み】
○公父文伯朝より退き、其の母に朝す。其の母方に績げり。文伯曰く、歜の家を以てして主猶績ぐか、と。其の母歎じて曰く、魯は其れ亡びんか。僮子をして官に備わしむ。而[なんじ]未だ之を聞かざるや。居れ、吾女に語げん。夫れ民勞すれば則ち思う。思えば則ち善心生ず。逸すれば則ち淫す。淫すれば則ち善を忘る。善を忘るれば則ち惡心生ず。沃土の民は材ならず。淫すればなり。瘠土の民は義に嚮[む]かわざること莫し。勞すればなり。是の故に王后は親から玄紞[げんたん]を織り、公侯の夫人は加うるに紘・綖を以てし、卿の内子は大帶を爲り、命婦は祭服を成し、列士の妻は之に加うるに朝服を以てす。庶士より以下は皆其の夫に衣す。社にして事を賦り、烝にして功を獻り、男女績を效[いた]し、愆[あやま]てば則ち辟有り。古の制なり。玄は黒色。紞は冠の前後に垂るる者。紘は纓の緌無き者。下に從して上りて結ばず。綖は冕上の覆う者。内子は卿の適妻なり。大帶は緇帶なり。命婦は大夫の妻なり。列士は元士なり。庶士は下士なり。社は春分。社に祭るなり。事は農桑の屬なり。冬の祭を烝と曰う。烝にして五穀布帛の功を獻るなり。吾、而の朝夕我を脩めて必ず先人を廢すること無かれと曰わんことを冀うに、爾今胡[なん]ぞ自ら安んぜずと曰う。是を以て君の官を承く。余、穆伯の嗣を絶たんことを懼る、と。

稽古44
○孔子曰、賢哉回也。一簞食、一瓢飮、在陋巷。人不堪其憂。回也不改其樂。賢哉囘也。囘、孔子弟子。姓、顏。字、子淵。簞、竹器。食、飯也。瓢、瓠也。言不以貧窶累其心而改其所樂也。
【読み】
○孔子曰く、賢なるかな回や。一簞の食、一瓢の飮、陋巷に在り。人其の憂いに堪えず。回や其の樂を改めず。賢なるかな囘や。囘は孔子の弟子。姓は顏。字は子淵。簞は竹器。食は飯なり。瓢は瓠なり。貧窶を以て其の心を累わして、而して其の樂しむ所を改めざるを言うなり。

右敬身。
【読み】
右、敬身なり。

稽古45
衛莊公娶于齊東宮得臣之妹。曰莊姜。美而無子。又娶于陳。曰厲嬀。生孝伯。早死。其娣戴嬀生桓公。莊姜以爲己子。衛、國名。莊公、衛君。齊、國名。東宮、太子。得臣、齊太子名。姜、齊姓。娣、女弟之從嫁者。嬀、陳姓。厲、戴、皆謚也。桓公、名完。公子州吁嬖人之子也。有寵而好兵。公弗禁。莊姜惡之。嬖、親幸也。石碏諫曰、臣聞愛子敎之以義方、弗納於邪。驕奢淫泆所自邪也。四者之來寵祿過也。石碏、衛大夫。方、道也。夫寵而不驕、驕而能降、降而不憾、憾而能眕者鮮矣。憾、恨。眕、重也。降其身則必恨。恨則思亂、不能自安自重。且夫賤妨貴、少陵長、遠間親、新間舊、小加大、淫破義、所謂六逆也。君義、臣行、父慈、子孝、兄愛、弟敬、所謂六順也。臣行君之義。去順效逆所以速禍也。君人者將禍是務去。而速之無乃不可乎。
【読み】
衛の莊公、齊の東宮得臣の妹を娶る。莊姜と曰う。美にして子無し。又陳に娶る。厲嬀と曰う。孝伯を生む。早く死す。其の娣戴嬀、桓公を生む。莊姜以て己の子と爲す。衛は國の名。莊公は衛の君。齊は國の名。東宮は太子。得臣は齊の太子の名。姜は齊の姓。娣は女弟の嫁に從う者。嬀は陳の姓。厲、戴は皆謚なり。桓公、名は完。公子州吁[しゅうく]は嬖人[へいじん]の子なり。寵有りて兵を好む。公禁ぜず。莊姜之を惡む。嬖は親幸なり。石碏諫めて曰く、臣、子を愛し之に敎うるに義方を以てし、邪に納れず。驕奢淫泆は自りて邪なる所なり。四の者の來るは寵祿過ぐればなりと聞く。石碏は衛の大夫。方は道なり。夫れ寵して驕らず、驕りて能く降し、降して憾[うら]みず、憾みて能く眕する者は鮮し。憾は恨。眕は重なり。其の身を降せば則ち必ず恨む。恨めば則ち亂を思いて、自ら安んじ自ら重んずること能わず。且つ夫れ賤の貴を妨げ、少の長を陵ぎ、遠の親を間[へだ]て、新の舊を間て、小の大に加え、淫の義を破るは、六逆と謂う所なり。君義に、臣行い、父慈に、子孝に、兄愛し、弟敬すは、六順と謂う所なり。臣は君の義を行う。順を去りて逆を效うは禍を速[まね]く所以なり。人に君たる者は將に禍は是れ務めて去らんとす。而るに之を速くは不可なること無からんや、と。

稽古46
○劉康公、成肅公、會晉侯伐秦。成子受脤于社不敬。脤、宜社之肉。盛以脤器。故曰脤。宜、出兵祭社之名。劉子曰、吾聞之、民受天地之中以生。所謂命也。是以有動作・禮義・威儀之則、以定命也。能者養之以福、不能者敗以取禍。是故君子勤禮、小人盡力。勤禮莫如致敬。盡力莫如敦篤。敬在養神。篤在守業。國之大事在祀與戎。祀有執膰、戎有受脤、神之大節也。膰、祭肉。交神之大節也。今成子惰。棄其命矣。其不反乎。
【読み】
○劉康公、成肅公、晉侯に會して秦を伐つ。成子脤[しん]を社に受けて敬しまず。脤は、社に宜するの肉。盛るに脤器を以てす。故に脤と曰う。宜は、兵を出して社を祭るの名。劉子曰く、吾之を聞く、民は天地の中を受けて以て生まる。謂う所の命なり。是を以て動作・禮義・威儀の則有り、以て命を定む。能くする者は之を養いて以て福し、能くせざる者は敗りて以て禍を取る、と。是の故に君子は禮を勤め、小人は力を盡す。禮を勤むるには敬を致すに如くは莫し。力を盡すには篤を敦くするに如くは莫し。敬は神を養うに在り。篤は業を守るに在り。國の大事は祀と戎とに在り。祀に膰[はん]を執ること有り、戎に脤を受くること有るは、神の大節なり。膰は祭の肉。神に交わるの大節なり。今成子惰る。其の命を棄つ。其れ反らざらんか、と。

稽古47
○衛侯在楚、北宮文子見令尹圍之威儀、文子、名括。圍、楚公子名。言於衛侯曰、令尹其將不免。詩云、敬愼威儀、維民之則。令尹無威儀。民無則焉。民所不則以在民上。不可以終。公曰、善哉。何謂威儀。對曰、有威而可畏、謂之威。有儀而可象、謂之儀。君有君之威儀、其臣畏而愛之、則而象之。故能有其國家、令聞長世。臣有臣之威儀、其下畏而愛之。故能守其官職、保族、宜家。順是以下皆如是。是以上下能相固也。衛詩曰、威儀棣棣、不可選也。棣棣、富而閑也。選、數也。言君臣・上下・父子・兄弟・内外・大小、皆有威儀也。周詩曰、朋友攸攝、攝以威儀。攸、所也。攝、依也。言朋友之道、必相敎訓以威儀也。故君子在位可畏、施舍可愛、進退可度、周旋可則、容止可觀、作事可法、德行可象、聲氣可樂、動作有文、言語有章、以臨其下。謂之有威儀也。
【読み】
○衛侯楚に在り、北宮文子、令尹圍の威儀を見て、文子、名は括。圍は楚の公子の名。衛侯に言いて曰く、令尹は其れ將に免れざらんとす。詩に云う、威儀を敬み愼む、維れ民の則、と。令尹威儀無し。民則ること無し。民の則らざる所を以て民の上に在り。以て終うる可からず、と。公曰く、善いかな。何を威儀と謂う、と。對えて曰く、威有りて畏る可き、之を威と謂う。儀有りて象る可き、之を儀と謂う。君に君の威儀有れば、其の臣畏れて之を愛し、則りて之を象る。故に能く其の國家を有[たも]ち、令聞世に長し。臣に臣の威儀有れば、其の下畏れて之を愛す。故に能く其の官職を守り、族を保ち、家に宜し。是より以下皆是の如し。是を以て上下能く相固し。衛の詩に曰く、威儀棣棣たり、選う可からず、と。棣棣は富みて閑うなり。選は數なり。君臣・上下・父子・兄弟・内外・大小、皆威儀有るを言うなり。周の詩に曰く、朋友攸[もっ]て攝[たす]く、攝くるに威儀を以てす、と。攸は所なり。攝は依なり。朋友の道は、必ず相敎訓するに威儀を以てするを言うなり。故に君子位に在りて畏る可く、施舍愛す可く、進退度とす可く、周旋則る可く、容止觀る可く、作事法る可く、德行象る可く、聲氣樂しむ可く、動作文有り、言語章有り、以て其の下に臨む。之を威儀有りと謂う、と。

右通論。
【読み】
右、通論なり。

小學内篇終。

小學外篇

詩曰、天生烝民、有物有則。民之秉彛、好是懿德。孔子曰、爲此詩者其知道乎。故有物必有則、民之秉彛也。故好是懿德。歴傳記、接見聞、述嘉言、紀善行、爲小學外篇。
【読み】
詩に曰く、天の烝民を生ずる、物有れば則有り。民の秉彛、是の懿德を好む、と。孔子曰く、此の詩を爲る者は其れ道を知るか、と。故に物有れば必ず則有りは、民の秉彛なり。故に是の懿德を好む。傳記を歴[かんが]え、見聞を接[まじ]え、嘉言を述べ、善行を紀[しる]して、小學の外篇を爲る。

嘉言第五

嘉言1
横渠張先生曰、敎小兒、先要安詳恭敬。今世學不講、男女從幼便驕惰壞了、到長益凶狠。只爲未嘗爲子弟之事、則於其親已有物我不肯屈下。病根常在。又隨所居而長、至死只依舊。爲子弟、則不能安洒掃應對、接朋友、則不能下朋友、有官長、則不能下官長、爲宰相、則不能下天下之賢。甚則至於徇私意、義理都喪、也只爲病根不去、隨所居所接而長。
【読み】
横渠張先生曰く、小兒を敎うるには、先ず安詳恭敬ならんことを要す。今世學講ぜず、男女幼より便ち驕惰にして壞り了り、長ずるに到りて益々凶狠[きょうごん]なり。只未だ嘗て子弟の事を爲さざるが爲に、則ち其の親に於て已に物我有り、屈し下るを肯ぜず。病根常に在り。又居る所に隨いて長じ、死に至るまで只舊に依る。子弟と爲りては、則ち洒掃應對に安んずること能わず、朋友に接[まじ]わりては、則ち朋友に下ること能わず、官長有れば、則ち官長に下ること能わず、宰相と爲りては、則ち天下の賢に下ること能わず。甚しきは則ち私意に徇い、義理都て喪うに至るも、也[また]只病根去らざずして、居る所接わる所に隨いて長ずるが爲なり。

嘉言2
○楊文公家訓曰、童稺之學不止記誦。養其良知良能、當以先入之言爲主。日記故事、不拘古今、必先以孝悌・忠信・禮義・廉恥等事。如黄香扇枕、陸績懷橘、叔敖陰德、子路負米之類、只如俗說、便曉此道理、久久成熟、德性若自然矣。
【読み】
○楊文公の家訓に曰く、童稺の學は記誦に止まらず。其の良知良能を養うには、當に先入の言を以て主と爲すべし。日に故事を記し、古今に拘らず、必ず先ず孝悌・忠信・禮義・廉恥等の事を以てす。黄香の枕を扇ぎ、陸績の橘を懷にし、叔敖の陰德、子路の米を負うの類の如き、只俗說の如くして、便ち此の道理を曉し、久久に成熟せば、德性自然の若くならん。

嘉言3
○明道程先生曰、憂子弟之輕俊者、只敎以經學念書、不得令作文字。子弟凡百玩好、皆奪志。至於書札、於儒者事最近。然一向好著亦自喪志。
【読み】
○明道程先生曰く、子弟の輕俊なる者を憂えば、只敎うるに經學念書を以てし、文字を作らしむるを得ず。子弟凡百の玩好、皆志を奪う。書札に至りては、儒者の事に於て最も近し。然れども一向に好著すれば亦自ら志を喪う。

嘉言4
○伊川程先生曰、敎人、未見意趣、必不樂學、欲且敎之歌舞。如古詩三百篇、皆古人作之。如關雎之類、正家之始。故用之郷人、用之邦國、日使人聞之。此等詩其言簡奥、今人未易曉。別欲作詩、略言敎童子、洒掃・應對・事長之節、令朝夕歌之。似當有助。
【読み】
○伊川程先生曰く、人を敎うるに、未だ意趣を見ざれば、必ず學ぶことを樂[よろこ]ばず、且く之に歌舞を敎えんと欲す。古詩三百篇の如きは、皆古人之を作る。關雎の類の如きは、家を正するの始なり。故に之を郷人に用い、之を邦國に用い、日に人をして之を聞かしむ。此等の詩は其の言簡奥にして、今人未だ曉り易からず。別に詩を作り、略々童子を敎うるに、洒掃・應對・長に事うるの節を言いて、朝夕之を歌わしめんと欲す。當に助有るべきに似たり。

嘉言5
○陳忠肅公曰、幼學之士先要分別人品之上下。何者是聖賢所爲之事、何者是下愚所爲之事、向善背惡去彼取此。此幼學所當先也。顏子・孟子亞聖也。學之、雖未至亦可爲賢人。今學者若能知此、則顏・孟之事我亦可學。言溫而氣和、則顏子之不遷漸可學矣。過而能悔、又不憚改、則顏子之不貳漸可學矣。知埋鬻之戲不如爼豆、念慈母之敎至於三遷、自幼至老、不厭不改、終始一意、則我之不動心、亦可如孟子矣。若夫立志不高、則其學皆常人之事。語及顏・孟則不敢當也。其心必曰、我爲孩童、豈敢學顏・孟哉。此人不可以語上矣。先生長者見其卑下、豈肯與之語哉。先生長者不肯與之語、則其所與語皆下等人也。言不忠信、下等人也。行不篤敬、下等人也。過而不知悔、下等人也。悔而不知改、下等人也。聞下等之語爲下等之事、譬如坐於房舍之中、四面皆墻壁也。雖欲開明不可得矣。
【読み】
○陳忠肅公曰く、幼學の士は先ず人品の上下を分別せんことを要す。何者か是れ聖賢の爲す所の事か、何者か是れ下愚の爲す所の事か、善に向い惡に背き彼を去り此を取る。此れ幼學の當に先んずべき所なり。顏子・孟子は亞聖なり。之を學べば、未だ至らざると雖も亦賢人と爲る可し。今の學者の能く此を知るが若きは、則ち顏・孟の事我も亦學ぶ可し。言溫にして氣和せば、則ち顏子の遷さざることを漸く學ぶ可し。過ちて能く悔い、又改むるに憚らざれば、則ち顏子の貳びせざることを漸く學ぶ可し。埋鬻[まいいく]の戲の爼豆に如かざることを知り、慈母の敎の三遷に至れることを念い、幼より老に至りて、厭わず改めず、終始意を一にせば、則ち我の心を動かさざることも、亦以て孟子の如くなる可し。夫の志を立つるに高からざるが若きは、則ち其の學は皆常人の事のみ。語りて顏・孟に及べば則ち敢て當らざるなり。其の心に必ず曰う、我は孩童爲り、豈敢て顏・孟を學ばんや、と。此の人以て上を語ぐ可からず。先生長者、其の卑下なるを見れば、豈之と語るを肯[したが]わんや。先生長者、之と語るを肯わざれば、則ち其の與に語る所は皆下等の人なり。言忠信ならざるは、下等の人なり。行篤敬ならざるは、下等の人なり。過ちて悔ゆるを知らざるは、下等の人なり。悔いて改むるを知らざるは、下等の人なり。下等の語を聞き下等の事を爲すは、譬えば房舍の中に坐して、四面皆墻壁なるが如し。開明を欲すと雖も得可からず。

嘉言6
○馬援兄子嚴・敦、並喜譏議而通輕俠客。援在交趾還書、誡之曰、吾欲汝曹聞人過失、如聞父母之名。耳可得聞、口不可得言也。好議論人長短、妄是非政法。此吾所大惡也。寧死不願聞子孫有此行也。龍伯高敦厚周愼口無擇言、謙約節儉、廉公有威。吾愛之重之。願汝曹效之。杜季良豪俠好義、憂人之憂、樂人之樂、淸濁無所失、父喪致客、數郡畢至。吾愛之重之。不願汝曹效也。效伯高不得、猶爲謹敕之士。所謂刻鵠不成、尙類鶩者也。效季良不得、陷爲天下輕薄子。所謂畫虎不成、反類狗者也。
【読み】
○馬援の兄の子嚴・敦、並びに譏議を喜[この]みて輕俠の客に通ず。援、交趾に在りて書を還し、之を誡めて曰く、吾汝の曹[ともがら]の、人の過失を聞くこと父母の名を聞く如くならんことを欲す。耳は聞くを得可し、口は言を得可からざるなり。好みて人の長短を議論し、妄りに政法を是非す。此れ吾が大いに惡む所なり。寧ろ死すとも子孫に此の行有るを聞くを願わざるなり。龍伯高は敦厚周愼にして口に擇ばん言無く、謙約節儉、廉公にして威有り。吾之を愛し之を重んず。汝の曹、之に效わんことを願う。杜季良は豪俠にして義を好み、人の憂いを憂い、人の樂しみを樂しみ、淸濁失う所無く、父の喪に客を致し、數郡畢[ことごと]く至る。吾之を愛し之を重んず。汝の曹、效わんことを願わず。伯高に效いて得ずんば、猶謹敕[きんちょく]の士と爲らん。鵠[こく]を刻して成らざるも、尙鶩[ぼく]に類すと謂う所の者なり。季良に效いて得ずんば、陷りて天下の輕薄の子と爲らん。虎を畫きて成らず、反て狗に類すと謂う所の者なり。

嘉言7
○漢昭烈將終。敕後主曰、勿以惡小而爲之、勿以善小而不爲。
【読み】
○漢の昭烈將に終わらんとす。後主を敕[いさ]めて曰く、惡の小なるを以て之を爲すこと勿かれ、善の小なるを以て爲さざること勿かれ、と。

嘉言8
○諸葛武侯戒子書曰、君子之行、靜以脩身、儉以養德。非澹泊、無以明志。非寧靜、無以致遠。夫學須靜也。才須學也。非學、無以廣才、非靜、無以成學。慆慢、則不能研精、險躁、則不能理性。年與時馳、意與歳去、遂成枯落、悲歎窮廬、將復何及也。
【読み】
○諸葛武侯、子を戒むる書に曰く、君子の行は、靜以て身を脩め、儉以て德を養う。澹泊に非ざれば、以て志を明かにすること無し。寧靜に非ざれば以て遠きを致すこと無し。夫れ學は須く靜なるべし。才は須く學ぶべし。學ぶに非ざれば、以て才を廣むること無く、靜なるに非ざれば、以て學を成すこと無し。慆慢なれば、則ち精を研くこと能わず、險躁なれば、則ち性を理むること能わず。年、時と與に馳せ、意、歳と與に去り、遂に枯落と成り、窮廬に悲歎すとも、將[は]た復た何ぞ及ばん、と。

嘉言9
○柳玼嘗著書、戒其子弟曰、夫壞名災己、辱先喪家。其失尤大者五。宜深誌之。其一、自求安逸靡甘澹泊、苟利於己不恤人言。其二、不知儒術、不悦古道、懵前經而不恥、論當世而解頥、身旣寡知惡人有學。其三、勝己者厭之、佞己者悦之、唯樂戲談、莫思古道、聞人之善嫉之、聞人之惡揚之、浸漬頗僻、銷刻德義。簪裾徒在、廝養何殊。其四、崇好優遊、耽嗜麯蘖、以衘杯爲高致、以勤事爲俗流。習之易荒、覺已難悔。其五、急於名宦匿近權要、一資半級雖或得之、衆怒羣猜、鮮有存者。余見名門右族、莫不由祖先忠孝・勤儉、以成立之、莫不由子孫頑率・奢傲、以覆墜之。成立之難、如升天、覆墜之易、如燎毛。言之痛心。爾宜刻骨。
【読み】
○柳玼[りゅうへん]嘗て書を著し、其の子弟を戒めて曰く、夫れ名を壞[やぶ]り己に災し、先を辱しめ家を喪[うしな]う。其の失の尤も大なる者五つ。宜しく深く之を誌[しる]すべし。其の一、自ら安逸を求め澹泊に甘んずること靡く、苟も己を利して人の言を恤[うれ]えず。其の二、儒術を知らず、古道を悦ばず、前經に懵[くら]くして恥じず、當世を論じて頥[い]を解き、身旣に知ること寡くして人の學有るを惡む。其の三、己に勝る者は之を厭い、己に佞う者は之を悦び、唯戲談を樂しみ、古道を思うこと莫く、人の善を聞きては之を嫉み、人の惡を聞きては之を揚げ、頗僻[はへき]に浸漬し、德義を銷刻す。簪裾[しんきょ]徒[いたずら]に在るも、廝養[しよう]と何ぞ殊ならん。其の四、優遊を崇び好み、麯蘖[きくげつ]を耽り嗜み、杯を衘[ふく]むを以て高致と爲し、事を勤むるを以て俗流と爲す。之に習えば荒[すさ]み易く、覺るとも已に悔い難し。其の五、名宦に急にして權要に匿れ近づき、一資半級或は之を得ると雖も、衆怒り羣猜[そね]み、存する者有ること鮮し。余、名門右族を見るに、祖先の忠孝・勤儉に由りて、以て之を成立せざる莫く、子孫の頑率・奢傲に由りて、以て之を覆墜せざる莫し。成立の難きは、天に升るが如く、覆墜の易きは、毛を燎[や]くが如し。之を言いて心を痛む。爾宜しく骨に刻むべし、と。

嘉言10
○范魯公質爲宰相。從子杲嘗求奏遷秩。質作詩曉之。其略曰、戒、爾學立身、莫若先孝悌。怡怡奉親長、不敢生驕易。戰戰復兢兢、造次必於是。戒、爾學干祿、莫若勤道藝。嘗聞諸格言。學而優則仕。不患人不知、惟患學不至。戒、爾遠恥辱。恭則近乎禮。自卑而尊人、先彼而後己、相鼠與茅鴟、宜鑑詩人剌。戒、爾勿放曠。放曠非端士。周・孔垂名敎。齊・梁尙淸議、南朝稱八達、千穢靑史。戒、爾勿嗜酒。狂藥非佳味。能移謹厚性、化爲凶險類。古今傾敗者、歴歴皆可記。戒、爾勿多言。多言衆所忌。苟不愼樞機、災厄從此始。是非毀譽間、適足爲身累。舉世重交游、擬結金蘭契。忿怨容易生、風波當時起。所以君子心、汪汪淡如水。舉世好承奉、昂昂增意氣。不知承奉者、以爾爲翫戲。所以古人疾、籧篨與戚施。舉世重游俠、俗呼爲氣義。爲人赴急難、往往陷囚繋。所以馬援書殷勤戒諸子。舉世賤淸素、奉身好華侈、肥馬衣輕裘、揚揚過閭里。雖得市童憐、還爲識者鄙。我本覉旅臣、遭逢堯・舜理。位重才不充、戚戚懷憂畏。深淵與薄冰、蹈之惟恐墜。爾曹當閔我。勿使增罪戾。閉門歛蹤跡、縮首避名勢。勢位難久居。畢竟何足恃。物盛則必衰。有隆還有替。速成不堅牢。走多顚躓。灼灼園中花、發還先萎。遲遲澗畔松、鬱鬱含晩翠。賦命有疾徐。靑雲難力致。寄語謝諸郎。躁進徒爲耳。
【読み】
○范魯公質は宰相爲り。從子杲[じゅうしこう]嘗て奏して秩を遷さんことを求む。質、詩を作りて之を曉す。其の略に曰く、戒む、爾身を立てることを學ばば、孝悌を先にするに若くは莫し。怡怡として親長に奉じ、敢て驕易を生ぜず。戰戰復た兢兢、造次も必ず是に於てせよ。戒む、爾祿を干むることを學ばば、道藝を勤むるに若くは莫し。嘗て諸を格言に聞く。學びて優なれば則ち仕う。人の知らざるを患えず、惟學の至らざるを患う、と。戒む、爾恥辱に遠ざかれ。恭しければ則ち禮に近づく。自ら卑くして人を尊び、彼を先にして己を後にし、相鼠と茅鴟[ぼうし]と、宜しく詩人の剌[そしり]を鑑むべし。戒む、爾放曠なること勿かれ。放曠なるは端士に非ず。周・孔名敎を垂る。齊・梁淸議を尙び、南朝に八達と稱し、千靑史を穢す。戒む、爾酒を嗜むこと勿かれ。狂藥にして佳味に非ず。能く謹厚の性を移し、化して凶險の類と爲る。古今傾敗する者歴歴として皆記す可し。戒む、爾多言なること勿かれ。多言は衆の忌む所。苟も樞機を愼まざれば、災厄此より始まる。是非毀譽の間、適に身の累を爲すに足る。世を舉げて交游を重んじ、金蘭の契を結ばんと擬す。忿怨容易に生じ、風波時に當りて起る。所以に君子の心は汪汪として淡きこと水の如し。世を舉げて承奉を好み、昂昂として意氣を增す。承奉する者の爾を以て翫戲と爲すを知らず。所以に古人は籧篨[きょじょ]と戚施とを疾[にく]めり。世を舉げて游俠を重んじ、俗呼びて氣義と爲す。人の爲に急難に赴き、往往にして囚繋に陷る。所以に馬援の書、殷勤に諸子を戒む。世を舉げて淸素を賤しみ、身を奉じて華侈を好み、肥えたる馬に輕き裘を衣、揚揚として閭里を過ぐ。市童の憐を得ると雖も、還て識者の鄙と爲る。我は本覉旅[きりょ]の臣、堯・舜の理に逢うに遭う。位重くして才充たず、戚戚として憂畏を懷く。深淵と薄冰と、之を蹈みて惟墜ちんことを恐る。爾が曹[ともがら]當に我を閔むべし。罪戾を增さしむること勿かれ。門を閉じて蹤跡を斂め、首を縮めて名勢を避く。勢位は久しく居り難し。畢竟何ぞ恃むに足らん。物盛んなれば則ち必ず衰う。隆有れば還て替有り。速かに成れば堅牢ならず。かに走れば多くは顚躓[てんち]す。灼灼たる園中の花、く發けば還て先ず萎む。遲遲たる澗畔の松、鬱鬱として晩翠を含む。賦命は疾徐有り。靑雲力めて致し難し。語を寄せて諸郎に謝す。躁進は徒爲のみ、と。

嘉言11
○康節邵先生子孫曰、上品之人不敎而善、中品之人敎而後善、下品之人敎亦不善。不敎而善非聖而何。敎而後善非賢而何。敎亦不善非愚而何。是知、善也物吉之謂也。不善也者凶之謂也。吉也者、目不觀非禮之色、耳不聽非禮之聲、口不道非禮之言、足不踐非禮之地。人非善不交、物非義不取。親賢如就芝蘭、避惡如畏蛇蝎。或曰不謂之吉人、則吾不信也。凶也者、語言詭譎、動止陰險、好利、飾非、貪淫、樂禍、疾良善如讎隙、犯刑憲如飮食。小則身滅生、大則覆宗絶嗣。或曰不謂之凶人、則吾不信也。傳有之、曰、吉人爲善、惟日不足。凶人爲不善、亦惟日不足。汝等欲爲吉人乎。欲爲凶人乎。
【読み】
○康節邵先生、子孫をめて曰く、上品の人は敎えずして善、中品の人は敎えて而る後に善、下品の人は敎うるも亦不善なり。敎えずして善なるは聖に非ずして何ぞ。敎えて而る後に善なるは賢に非ずして何ぞ。敎うるも亦不善なるは愚に非ずして何ぞ。是に知る、善は吉を之れ謂うなり。不善は凶を之れ謂うなり。吉は、目、非禮の色を觀ず、耳、非禮の聲を聽かず、口、非禮の言を道わず、足、非禮の地を踐まず。人善に非ざれば交らず、物義に非ざれば取らず。賢に親づくこと芝蘭に就くが如く、惡を避くること蛇蝎を畏るるが如し。或は之を吉人と謂わずと曰うとも、則ち吾は信ぜざるなり。凶は、語言詭譎[きけつ]、動止陰險、利を好み、非を飾り、淫を貪り、禍を樂しみ、良善を疾[にく]むこと讎隙の如く、刑憲を犯すこと飮食の如し。小なれば則ち身をし生を滅し、大なれば則ち宗を覆し嗣を絶つ。或は之を凶人と謂わずと曰うとも、則ち吾は信ぜざるなり。傳に之れ有り、曰く、吉人は善を爲すに、惟日足らず。凶人は不善を爲すに、亦惟日足らず、と。汝等吉人と爲らんと欲するか。凶人と爲らんと欲するか、と。

嘉言12
○節考徐先生訓學者曰、諸君欲爲君子而使勞己之力、費己之財、如此而不爲君子猶可也。不勞己之力、不費己之財、諸君何不爲君子。郷人賤之、父母惡之、如此而不爲君子猶可也。父母欲之、郷人榮之。諸君何不爲君子。又曰、言其所善、行其所善、思其所善、如此而不爲君子、未之有也。言其不善、行其不善、思其不善、如此而不爲小人、未之有也。
【読み】
○節考徐先生、學者を訓えて曰く、諸君君子爲らんと欲して己の力を勞し、己の財を費さしめ、此の如くにして君子と爲らざるは猶可なり。己の力を勞せず、己の財を費さず、諸君何ぞ君子と爲らざる。郷人之を賤しみ、父母之を惡み、此の如くにして君子と爲らざるは猶可なり。父母之を欲し、郷人之を榮とす。諸君何ぞ君子と爲らざる、と。又曰く、其の善なる所を言い、其の善なる所を行い、其の善なる所を思い、此の如くにして君子と爲らざるは、未だ之れ有らざるなり。其の不善を言い、其の不善を行い、其の不善を思い、此の如くにして小人と爲らざるは、未だ之れ有らざるなり、と。

嘉言13
○胡文定公與子書曰、立志以明道・希文自期待、立心以忠信・不欺爲主本、行己以端莊・淸愼見操執、臨事以明敏・果斷辨是非、又謹三尺、攷求立法之意、而操縱之、斯可爲政不在人後矣。汝勉之哉。治心脩身、以飮食・男女爲切要。從古聖賢自這裏做工夫。其可忽乎。
【読み】
○胡文定公の子に與うる書に曰く、志を立つるは明道・希文を以て自ら期待し、心を立つるは忠信・不欺を以て主本と爲し、己を行うは端莊・淸愼を以て操執を見[しめ]し、事に臨みては明敏・果斷を以て是非を辨じ、又三尺を謹み、法を立つるの意を攷[かんが]え求め、而して之を操縱せば、斯に政を爲すこと人の後に在ざる可し。汝之を勉めよや。心を治め身を脩むるは、飮食・男女を以て切要と爲す。古より聖賢這の裏より工夫を做す。其れ忽[ゆるがせ]にす可けんや、と。

嘉言14
○古靈陳先生爲居令、敎其民曰、爲吾民者、父義、能正其家。母慈、能養其下。兄友、能愛其弟。弟恭、能敬其兄。子孝、能事父母。夫婦有恩、貧窮相守爲恩。若棄妻不養、夫喪改嫁、皆是無恩也。男女有別、男有婦、女有夫。分別不亂。子弟有學、能知禮義廉恥。郷閭有禮、歳時寒暄皆以恩意往來、燕飮叙老少坐立拜起。貧窮患難親戚相救、謂借貸錢穀。昏姻死喪鄰保相助、無墮農業、無作盗賊、無學賭博、無好爭訟、無以惡陵善、無以富呑貧、行者讓路、少避長、賤避貴、輕避重、來避去。耕者讓畔、地有界畔。不相侵奪。斑白者不負戴於道路、子弟負重、執役、不令老者擔擎。則爲禮義之俗矣。
【読み】
○古靈の陳先生、居の令と爲り、其の民を敎えて曰く、吾が民爲る者は、父は義に、能く其の家を正す。母は慈に、能く其の下を養う。兄は友に、能く其の弟を愛す。弟は恭に、能く其の兄を敬う。子は孝に、能く父母に事う。夫婦恩有り、貧窮相守るを恩と爲す。妻を棄て養わざる、夫喪して改め嫁するが若き、皆是れ恩無きなり。男女別有り、男に婦有り、女に夫有り。分別して亂れず。子弟學有り、能く禮義廉恥を知る。郷閭禮有り、歳時寒暄皆恩意を以て往來し、燕飮に老少坐立拜起を叙つ。貧窮患難には親戚相救い、錢穀を借り貸しするを謂う。昏姻死喪には鄰保相助け、農業を墮すこと無く、盗賊を作すこと無く、賭博を學ぶこと無く、爭訟を好むこと無く、惡を以て善を陵ぐこと無く、富を以て貧を呑むこと無く、行く者は路を讓り、少は長を避け、賤は貴を避け、輕きは重きを避け、來るは去るを避く。耕す者は畔を讓り、地に界畔有り。相侵し奪わず。斑白の者は道路に負い戴かずんば、子弟重きを負い、役を執り、老者を擔擎せしめず。則ち禮義の俗と爲らん、と。

右廣立教。
【読み】
右、立教を廣む。

嘉言15
司馬溫公曰、凡諸卑幼、事無大小、毋得專行。必咨稟於家長。易曰、家人有嚴君焉、父母之謂也。安有嚴君在上、而其下敢直情、自恣不顧者乎。雖非父母、當時爲家長者亦當咨禀而行之、則號令出於一人、家政可得而治矣。
【読み】
司馬溫公曰く、凡そ諸々の卑幼は、事大小と無く、專ら行うことを得る毋かれ。必ず家長に咨稟[しひん]せよ。易に曰く、家人に嚴君有るは、父母を之れ謂うなり。安ぞ嚴君上に在ること有りて、其の下敢て情を直ちにし、自ら恣して顧みざる者あらんや。父母に非ずと雖も、當時家長爲る者も亦當に咨禀して之を行うべく、則ち號令一人に出で、家政得て治まる可し。

嘉言16
○凡子受父母之命、必籍記而佩之、時省而速行之、事畢則返命焉。或所命有不可行者、則和色柔聲、具是非・利害而白之、待父母之許、然後改之。若不許、苟於事無大害者亦當曲從。若以父母之命爲非、而直行己志、雖所執皆是、猶爲不順之子。况未必是乎。
【読み】
○凡そ子、父母の命を受けては、必ず籍に記して之を佩び、時に省みて速かに之を行い、事畢れば則ち命を返ず。或は命ずる所行う可からざる者有れば、則ち色を和し聲を柔かにし、是非・利害を具にして之を白[もう]し、父母の許すを待ちて、然して後に之を改む。許さざるが若きは、苟も事に於て大なる害無き者は亦當に曲從すべし。父母の命を以て非と爲して、直に己の志を行うが若きは、執る所皆是なりと雖も、猶不順の子と爲す。况や未だ必ずしも是ならざるをや。

嘉言17
○横渠先生曰、舜之事親有不悦者、爲父頑母嚚、不近人情。若中人之性、其愛惡、若無害理、必姑順之。若親之故舊所喜、當極力招致。賓客之奉當極力營辨。努以悦親爲事、不可計家之有無。然又須使之、不知其勉強勞苦。苟使見其爲而不易、則亦不安矣。
【読み】
○横渠先生曰く、舜の親に事えて悦ばれざる有るは、父頑に母嚚に、人情に近からざるが爲なり。中人の性の若き、其の愛惡、理を害すること無きが若きは、必ず姑く之に順え。親の故舊、喜ぶ所の若きは、當に力を極めて招き致すべし。賓客の奉は當に力を極めて營み辨ずべし。努めて親を悦ばすを以て事と爲し、家の有無を計る可からず。然るに又須く之をして、其の勉強勞苦するを知らざらしむべし。苟も其の爲して易からざるを見せしめば、則ち亦安んぜず。

嘉言18
○羅仲素論瞽瞍底豫而天下之爲父子者定云、只爲天下無不是底父母。了翁聞而善之曰、唯如此而後天下之爲父子者定。彼臣弑其君、子弑其父、常始於見其有不是處耳。
【読み】
○羅仲素、瞽瞍豫を底して天下の父子爲る者定まるを論じて云う、只天下に不是底の父母無きが爲なり、と。了翁聞きて之を善しとして曰く、唯此の如くにして而る後に天下の父子爲る者定まる。彼の臣其の君を弑し、子其の父を弑するは、常に其の不是の處有るを見るに始まるのみ、と。

嘉言19
○伊川先生曰、病臥於床、委之庸醫、比之不慈不孝。事親者、亦不可不知醫。
【読み】
○伊川先生曰く、病みて床に臥し、之を庸醫に委するは、之を不慈不孝に比す。親に事うる者、亦醫を知らざる可からず。

嘉言20
○横渠先生嘗曰、事親奉祭、豈可使人爲之。
【読み】
○横渠先生嘗て曰く、親に事え祭を奉ずる、豈人をして之を爲さしむ可けんや。

嘉言21
○伊川先生曰、冠昏喪祭禮之大者、今人都不理會。豺獺皆知報本。今士大夫家多忽此、厚於奉養而薄於先祖、甚不可也。某嘗脩六禮大略。六禮、冠・昏・喪・祭・郷飮酒・士相見。家必有廟、古者庶人祭於寢、士大夫祭於廟。庶人無廟、可立影堂。廟必有主。高祖以上、卽當祧也。又云、今人以影祭。或一髭髪不相似、則所祭已是別人。大不便。月朔必薦新。如仲春薦含桃之類。時祭用仲月。物成也。古者天子諸侯於孟月者、爲首時也。時祭之外更有三祭。冬至祭始祖、冬至、陽之始也。始祖、厥初生民之祖也。無主、於廟中正位設一位、合考姒享之。立春祭先祖、先祖、初祖以下高祖以上之祖也。立春、生物之始。故象其類而祭之。季秋祭禰。季秋、成物之始。亦象其類而祭之。忌日遷主祭於正寢。凡事死之禮、當厚於奉生者。人家能存得此等事數件、雖幼者可使漸知禮義。
【読み】
○伊川先生曰く、冠昏喪祭は禮の大なる者なるに、今人都て理會せず。豺獺[さいだつ]も皆本を報ずるを知る。今士大夫の家多く此を忽にし、奉養に厚くして先祖に薄くするは、甚だ不可なり。某嘗て六禮の大略を脩む。六禮は、冠・昏・喪・祭・郷飮酒・士相見。家に必ず廟有り、古は庶人寢に祭り、士大夫廟に祭る。庶人廟無ければ、影堂を立つ可し。廟に必ず主有り。高祖以上、卽ち當に祧すべし。又云う、今人影を以て祭る。或は一髭髪相似せざれば、則ち祭る所已に是れ別人。大いに便ならず、と。月朔は必ず新を薦む。仲春に含桃を薦むの類の如し。時祭は仲月を用う。物成ればなり。古は、天子諸侯孟月に於てするは、首時爲ればなり。時祭の外更に三祭有り。冬至に始祖を祭り、冬至は陽の始なり。始祖は厥の初生民の祖なり。主無ければ、廟中の正位に於て一位を設け、考姒を合して之を享る。立春に先祖を祭り、先祖は初祖以下高祖以上の祖なり。立春は物を生ずるの始。故に其の類に象りて之を祭る。季秋に禰を祭れ。季秋は物の成るの始。亦其の類に象りて之を祭る。忌日に主を遷して正寢に祭る。凡そ死に事うるの禮、當に生に奉ずる者より厚くすべし。人家能く此れ等の事數件を存し得ば、幼者と雖も漸く禮義を知らしむ可し。

嘉言22
○司馬溫公曰、冠者成人之道也。成人者將責爲人子、爲人弟、爲人臣、爲人少者之行也。將責四者之行於人、其禮可不重與。冠禮之廢久矣。近世以來人情尤爲輕薄。生子猶飮乳、已加巾帽。有官者、或爲之製公服而弄之。過十歳猶總角者蓋鮮矣。彼責以四者之行、豈能知之。故往往自幼至長愚騃如一。由不知成人之道故也。古禮雖稱二十而冠、然世俗之弊、不可猝變。若敦厚好古之君子、俟其子年十五上、能通孝經・論語、粗知禮義之方、然後冠之。斯其美矣。
【読み】
○司馬溫公曰く、冠するは成人の道なり。成人は將に人の子爲り、人の弟爲り、人の臣爲り、人の少爲る者の行を責めんとするなり。將に四の者の行を人に責めんとす、其の禮、重んぜざる可けんや。冠禮の廢れたること久し。近世以來人情尤も輕薄爲り。子を生みて猶乳を飮むに、已に巾帽を加う。官有る者は、或は之が爲に公服を製して之を弄す。十歳を過ぎて猶總角なる者、蓋し鮮し。彼責むるに四の者の行を以てすとも、豈能く之を知らんや。故に往往幼より長に至るまで愚騃[ぐかい]なること一の如し。成人の道を知らざるに由る故なり。古禮、二十にして冠すと稱すと雖も、然れども世俗の弊、猝[にわか]に變ず可からず。敦厚にして古を好む君子の若きは、其の子年十五已上にして、能く孝經・論語に通じ、粗禮義の方を知るを俟ち、然して後之に冠する。斯に其れ美し。

嘉言23
○古者父母之喪旣殯食粥。齊衰食水飮、不食菜果。父母之喪旣虞、卒哭食水飮、不食菜果。期而小祥食菜果、又期而大祥食醯醬。中月而禫。禫而飮醴酒。始飮酒者先飮醴酒、始食肉者先食乾肉。古人居喪、無敢公然食肉飮酒者。漢昌邑王奔昭帝之喪、居道上不素食。霍光數其罪而廢之。晉阮籍負才放誕、居喪無禮。何曾面、質籍於文帝坐曰、卿敗俗之人、不可長也。因言於帝曰、公方以孝治天下、而聽阮籍以重哀飲酒食肉於公坐。宜擯四裔、無令汚染華夏。宋廬陵王義眞居武帝憂、使左右買魚肉珍羞、於齊内別立厨帳。會長吏劉湛入。因命臑酒、炙車螯。湛正色曰、公當今不宜有此設。義眞曰、旦甚寒。長吏事同一家。望不爲異。酒至。湛起曰、旣不能以禮自處、又不能以禮處人。隋煬帝爲太子、居文獻皇后喪、每朝令進二溢米、而私令外取肥肉・脯・鮓、置竹筒中、以蠟閉口、衣襆裹而納之。湖南楚王馬希聲葬其父武穆王之日、猶食雞臛。其官屬潘起譏之曰、昔阮籍居喪食蒸豚。何代無賢。然則五代之時、居喪食肉者、人猶以爲異事。是流俗之弊、其來甚近也。今之士大夫、居喪食肉飮酒無異平日。又相從宴集、靦然無愧、人亦恬不爲怪。禮俗之壞、習以爲常。悲夫。乃至鄙野之人、或初喪未歛、親賓則齎酒饌、往勞之、主人亦自備酒饌、相與飮啜醉飽連日。及葬亦如之。甚者初喪作樂以娯尸、及殯葬、則以樂導轜車、而號哭隨之。亦有乗喪卽嫁娶者。噫、習俗之難變、愚夫難曉、乃至此乎。凡居父母之喪者、大祥之前皆未可食肉飮酒。若有疾暫須食飮。疾止亦當復初。必若素食不能下咽久而臝憊、恐成疾者、可以肉汁及脯・醢、或肉少許助其滋味。不可恣食珍羞盛饌、及與人宴樂。是則雖被衰麻、其實不行喪也。唯五十以上、血氣旣衰、必資酒肉扶養者、則不必然耳。其居喪聽樂、及嫁娶者、國有正法。此不復論。
【読み】
○古は父母の喪旣に殯して粥を食う。齊衰には疏食水飮し、菜果を食わず。父母の喪には旣に虞し、卒哭して疏食水飮し、菜果を食わず。期にして小祥して菜果を食い、又期にして大祥して醯醬[けいしょう]を食う。月を中[へだ]てて禫[たん]す。禫して醴酒[れいしゅ]を飮む。始めて酒を飮む者は先ず醴酒を飮み、始めて肉を食う者は先ず乾肉を食う。古人喪に居りて、敢て公然として肉を食い酒を飮む者無し。漢の昌邑王、昭帝の喪に奔り、道上に居て素食せず。霍光其の罪を數[せ]めて之を廢す。晉の阮籍、才を負いて放誕、喪に居りて禮無し。何曾面たり、籍を文帝の坐に質して曰く、卿は俗を敗るの人、長ず可からざるなり。因りて帝に言いて曰く、公方に孝を以て天下を治めて、阮籍が重哀を以て公の坐に酒を飲み肉を食うを聽[ゆる]さんや。宜しく四裔に擯けて、華夏を汚染せしむること無かるべし、と。宋の廬陵王義眞、武帝の憂に居り、左右をして魚肉珍羞を買い、齊内に於て別に厨帳を立てしむ。長吏劉湛入るに會う。因りて臑酒、炙れる車螯[しゃごう]を命ず。湛色を正して曰く、公今に當りて宜しく此の設け有るべからず。義眞曰く、旦は甚だ寒し。長吏は事一家に同じ。異と爲さざるを望む、と。酒至る。湛起きて曰く、旣に禮を以て自ら處ること能わず、又禮を以て人を處らしむこと能わず、と。隋の煬帝太子爲りしとき、文獻皇后の喪に居り、朝每に二溢の米を進めしめて、私[ひそか]に外をして肥肉・脯・鮓を取り、竹筒の中に置き、蠟を以て口を閉じ、衣襆に裹[つつ]みて之を納れしむ。湖南の楚王馬希聲、其の父武穆王を葬るの日、猶雞臛[けいかく]を食う。其の官屬潘起、之を譏りて曰く、昔阮籍喪に居りて蒸豚を食う。何れの代にか賢無からんや、と。然れば則ち五代の時、喪に居りて肉を食う者は、人猶以て異事と爲す。是れ流俗の弊、其の來ること甚だ近し。今の士大夫、喪に居り肉を食い酒を飮むこと平日に異なること無し。又相從いて宴集し、靦然[てんぜん]として愧ること無く、人も亦恬として怪と爲さず。禮俗の壞るる、習いて以て常と爲す。悲しいかな。乃ち鄙野の人に至りては、或は初喪未だ斂せざるに、親賓は則ち酒饌を齎り、往きて之を勞し、主人も亦自ら酒饌を備え、相與に飮啜醉飽して日を連ぬ。葬るに及びても亦之の如し。甚しき者は初喪に樂を作して以て尸を娯しましめ、殯葬に及びては、則ち樂を以て轜車を導きて、號哭して之に隨う。亦喪に乗じて卽ち嫁娶する者有り。噫、習俗の變じ難く、愚夫の曉し難きこと、乃ち此に至るか。凡そ父母の喪に居る者は、大祥の前には皆未だ肉を食い酒を飮む可からず。疾有るが若きは暫く須く食飮すべし。疾止まば、亦當に初に復るべし。必ず素食咽に下ること能わざること久しくして臝憊[るいはい]し、疾を成すを恐るる者の若きは、肉汁及び脯・醢[かい]、或は肉少しを許すを以て其の滋味を助く可し。恣に珍羞盛饌を食い、及び人と宴樂す可からず。是れ則ち衰麻を被ると雖も、其に實は喪を行わざるなり。唯五十以上、血氣旣に衰え、必ず酒肉の扶養に資[よ]る者は、則ち必ずしも然らざるのみ。其れ喪に居りて樂を聽き、及び嫁娶する者は、國に正法有り。此に復た論ぜず。

嘉言24
○父母之喪、中門之外擇樸陋之室爲丈夫喪次。斬衰寢苫枕塊、不脱絰帶、不與人坐焉。婦人次、於中門之内別室、撤去帷帳・衾褥・華麗之物。男子無故不入中門、婦人不得輒至男子喪次。晉陳壽遭父喪有疾、使婢丸藥。客行見之、郷黨以爲貶議。坐是沈滯坎坷終身。嫌疑之際不可不愼。
【読み】
○父母の喪には、中門の外にて樸陋の室を擇びて丈夫の喪次と爲し、斬衰し苫に寢ね塊を枕にし、絰帶[てったい]を脱がず、人と坐せず。婦人の次は、中門の内に於て室を別にし、帷帳・衾褥・華麗の物を撤りて去つ。男子故無ければ中門に入らず、婦人輒ち男子の喪次に至ることを得ず。晉の陳壽父の喪に遭いて疾有り、婢をして藥を丸ぜしむ。客行きて之を見、郷黨以て貶議を爲す。是に坐して沈滯坎坷[かんか]して身を終う。嫌疑の際、愼まざる可からず。

嘉言25
○父母之喪不當出。若爲喪事及有故不得已而出、則乗樸馬布裹鞍轡。
【読み】
○父母の喪には當に出づるべからず。喪の事及び故有るが爲に已むを得ずして出づるが若きは、則ち樸馬に乗り、布にて鞍轡[あんひ]を裹[つつ]む。

嘉言26
○世俗信浮屠誑誘、凡有喪事無不供佛飯僧。云、爲死者、滅罪資福、使生天堂受諸快樂。不爲者必入地獄、剉焼舂磨、受諸苦楚。殊不知死者形旣朽滅、神飄散、雖有剉焼舂磨、且無所施。亦况佛法未入中國之前、人固有死而復生者。何故、都無一人誤入地獄、見所謂十王者耶。此其無有而不足信也明矣。
【読み】
○世俗浮屠の誑誘を信じ、凡そ喪の事有れば佛に供し僧に飯せざる無し。死する者の爲に、罪を滅し福を資[たす]け、天堂に生まれ諸々の快樂を受けしむ。爲さざる者は必ず地獄に入り、剉焼舂磨[ざしょうしょうま]し、諸々の苦楚を受くと云う。殊に、死する者は形旣に朽滅し、神已に飄散し、剉焼舂磨有りと雖も、且く施す所無きを知らず。亦况や佛法未だ中國に入らざる前、人固より死して復た生くる者有り。何の故ぞ、都て一人誤りて地獄に入り、十王と謂う所の者を見ること無きや。此れ其の有る無くして信ずるに足らざるや明かなり。

嘉言27
○顏氏家訓曰、吾家巫覡・符章、絶於言議、汝曹所見。勿爲妖妄。
【読み】
○顏氏家訓に曰く、吾が家は巫覡[ふげき]・符章、言議に絶すること、汝が曹[ともがら]の見る所なり。妖妄を爲すこと勿かれ。

嘉言28
○伊川先生曰、人無父母、生日當倍悲痛。更安忍置酒張樂、以爲樂。若具慶者可矣。
【読み】
○伊川先生曰く、人父母無ければ、生日には當に悲痛を倍すべし。更に安んぞ酒を置き樂を張りて、以て樂を爲すに忍びん。具慶の者の若きは可なり。

嘉言29
○呂氏童蒙訓曰、事君如事親、事官長如事兄、與同僚如家人、待羣吏如奴僕、愛百姓如妻子、處官事如家事、然後能盡吾之心。如有毫末不至、皆吾心有所未盡也。
【読み】
○呂氏童蒙訓に曰く、君に事うること親に事うるが如く、官長に事うること兄に事うるが如く、同僚に與すること家人の如く、羣吏を待つこと奴僕の如く、百姓を愛すること妻子の如く、官事を處すること家事の如くして、然して後に能く吾が心を盡す。毫末も至らざること有るが如きは、皆吾が心未だ盡さざる所有ればなり。

嘉言30
○或問簿佐令者也、簿所欲爲、令或不從奈何。伊川先生曰、當以誠意動之。今令與簿不和、只是爭私意。令是邑之長、若能以事父兄之道事之、過則歸己、善則唯恐不歸於令、積此誠意、豈有不動得人。
【読み】
○或ひと、簿は令を佐くる者なり、簿の爲さんと欲する所、令或は從わずんば奈何と問う。伊川先生曰く、當に誠意を以て之を動かすべし。今令と簿と和せざるは、只是れ私意を爭うなり。令は是れ邑の長、能く父兄に事うるの道を以て之に事え、過は則ち己に歸し、善は則ち唯令に歸せざらんことを恐れ、此の誠意を積むが若きは、豈人を動かし得ざること有らんや、と。

嘉言31
○明道先生曰、一命之士、苟存心於愛物、於人必有所濟。
【読み】
○明道先生曰く、一命の士も、苟も心を物を愛するに存せば、人に於て必ず濟う所有らん。

嘉言32
○劉安禮問臨民。明道先生曰、使民各得輸其情。問御吏。曰、正己以格物。
【読み】
○劉安禮、民に臨むことを問う。明道先生曰く、民をして各々其の情を輸[いた]すことを得せしむ、と。吏を御むるを問う。曰く、己を正して以て物を格す、と。

嘉言33
○伊川先生曰、居是邦不非其大夫。此理最好。
【読み】
○伊川先生曰く、是の邦に居りては其の大夫を非らず。此の理最も好し。

嘉言34
○童蒙訓曰、當官之法、唯有三事。曰淸、曰愼、曰勤。知此三者、則知所以持身矣。
【読み】
○童蒙訓に曰く、官に當るの法、唯三事有り。曰く淸、曰く愼、曰く勤。此の三の者を知らば、則ち身を持つ所以を知る。

嘉言35
○當官者、凡異色人皆不宜與之相接。巫祝・尼媼之類尤宜疎絶、要以淸心省事爲本。
【読み】
○官に當る者は、凡そ異色の人皆宜しく之と相接わるべからず。巫祝・尼媼[におう]の類は尤も宜しく疎絶すべく、心を淸くし事を省くを以て本と爲さんことを要す。

嘉言36
○後生少年乍到官守、多爲猾吏所餌、不自省察、所得毫末、而一任之間不敢復擧動。大抵作官嗜利、所得甚少而吏人所盗不貲矣。以此被重譴。良可惜也。
【読み】
○後生少年乍[たちま]ち官守に到り、多く猾吏の餌する所と爲し、自ら省察せず、得る所毫末にして、一任の間、敢て復た擧動せず。大抵官と作りて利を嗜めば、得る所甚だ少くして吏人の盗む所貲[はか]られず。此を以て重譴[ちょうけん]を被る。良[まこと]に惜しむ可し。

嘉言37
○當官者、先以暴怒爲戒。事有不可、當詳處之。必無不中。若先暴怒、只能自害。豈能害人。
【読み】
○官に當る者は、先ず暴怒を以て戒と爲す。事不可なる有らば、當に詳かに之を處すべし。必ず中らざること無からん。暴怒を先にするが若きは、只能く自ら害す。豈能く人を害せんや。

嘉言38
○當官處事、但務着實。如塗文字、追改日月、重易押字、萬一敗露、得罪反重、亦非所以養誠心、事君不欺之道也。
【読み】
○官に當りて事を處するには、但着實ならんことを務む。文字を塗し、日月を追改し、押字を重易するが如きは、萬一敗露せば、罪を得ること反て重く、亦以て誠心を養い、君に事え欺かざる所の道に非ざるなり。

嘉言39
○王吉上疏曰、夫婦人倫大綱、夭壽之萌也。世俗嫁娶太蚤。未知爲人父母之道而有子。是以敎化不明而民多夭。
【読み】
○王吉疏を上して曰く、夫婦は人倫の大綱、夭壽の萌なり。世俗嫁娶すること太だ蚤し。未だ人の父母爲るの道を知らずして子有り。是を以て敎化明かならずして民多く夭す。

嘉言40
○文中子曰、婚娶而論財夷虜之道也。君子不入其郷。古者男女之俗各擇德焉。不以財爲禮。
【読み】
○文中子曰く、婚娶して財を論ずるは夷虜の道なり。君子は其の郷に入らず。古は男女の俗各々德を擇ぶ。財を以て禮と爲さず。

嘉言41
○早婚少聘、敎人以偸。妾媵無數、敎人以亂。且貴賤有等。一夫一婦庶人之職也。
【読み】
○早く婚し少くして聘するは、人を敎うるに偸[うす]きを以てす。妾媵[しょうよう]數無きは、人を敎うるに亂を以てす。且つ貴賤等有り。一夫一婦は庶人の職なり。

嘉言42
○司馬溫公曰、凡議婚姻、當先察其壻與婦之性行及家法何如。勿苟慕其富貴。壻苟賢矣、今雖貧賤、安知異時不富貴乎。苟爲不肖、今雖富貴、安知異時不貧賤乎。婦者家之所由盛衰也。苟慕一時之富貴而娶之、彼挾其富貴、鮮有不輕其夫、而傲其舅姑。養成驕妬之性、異日爲患庸有極乎。借使因婦財以致富、依婦勢以取貴、苟有丈夫之志氣者能無愧乎。
【読み】
○司馬溫公曰く、凡そ婚姻を議せば、當に先ず其の壻と婦との性行及び家法何如を察すべし。苟も其の富貴を慕うこと勿かれ。壻苟[まこと]に賢ならば、今貧賤と雖も、安んぞ異時富貴ならざるを知らんや。苟に不肖爲らば、今富貴と雖も、安んぞ異時貧賤ならざるを知らんや。婦は家の由て盛衰する所なり。苟も一時の富貴を慕いて之を娶らば、彼其の富貴を挾み、其の夫を輕んじて、其の舅姑に傲らざること有るや鮮し。驕妬の性を養い成し、異日患を爲すこと庸[なん]ぞ極り有らんや。借使[たとい]婦の財に因りて以て富を致し、婦の勢に依りて以て貴を取るとも、苟も丈夫の志氣有る者は能く愧ずること無からんや。

嘉言43
○安定胡先生曰、嫁女必須勝吾家者。勝吾家、則女之事人、必欽必戒。娶婦必須不若吾家者。不若吾家、則婦之事舅姑必執婦道。
【読み】
○安定胡先生曰く、女を嫁するには必ず須く吾が家に勝る者なるべし。吾家に勝れば、則ち女の人に事うる、必ず欽[つつし]み必ず戒む。婦を娶るには必ず須く吾が家に若かざる者なるべし。吾が家に若かざれば、則ち婦の舅姑に事うるに必ず婦の道を執る。

嘉言44
○或問孀婦於理似不可取、如何。伊川先生曰、然。凡取以配身也。若取失節者以配身、是己失節也。又問或有孤孀貧窮無託者、可再嫁否。曰、只是後世怕寒餓死故有是說。然餓死事極小、失節事極大。
【読み】
○或ひと孀婦は理に於て取る可からざるに似る、如何と問う。伊川先生曰く、然り。凡そ取るは以て身に配するなり。節を失う者を取りて以て身に配するが若きは、是れ己の節を失うなり、と。又、或は孤孀貧窮して託する無き者有らば、再び嫁する可きか否かと問う。曰く、只是れ後世寒餓死を怕る故に是の說有り。然るに餓死は事極めて小、節を失うは事極めて大なり、と。

嘉言45
○顏氏家訓曰、婦主中饋、唯事酒食衣服之禮耳。國、不可使預政。家、不可使幹蠱。如有聦明才智、識達古今、正當輔佐君子、勸其不足。必無牝雞晨鳴、以致禍也。
【読み】
○顏氏家訓に曰く、婦は中饋[ちゅうき]を主[つかさど]り、唯酒食衣服の禮を事とするのみ。國、政を預らしむ可からず。家、蠱[こと]を幹たらしむ可からず。聦明才智、識、古今に達すること有るが如きは、正に當に君子を輔佐し、其の不足を勸むべし。必ず牝雞晨に鳴きて、以て禍を致すこと無かれ。

嘉言46
○江東婦女略無交游。其婚姻之家或十數年間未相識者。唯以信命贈遺致殷勤焉。鄴下風俗專以婦持門戶、爭訟曲直、造請逢迎、代子求官、爲夫訴屈。此乃恆・代之遺風乎。
【読み】
○江東の婦女は略々交わり游ぶこと無し。其の婚姻の家或は十數年の間未だ相識らざる者あり。唯信命贈遺以て殷勤を致す。鄴下[ぎょうか]の風俗專ら婦を以て門戶を持ち、曲直を爭訟し、造請逢迎し、子に代りて官を求め、夫の爲に屈を訴う。此れ乃ち恆・代の遺風なり。

嘉言47
○夫有人民而後有夫婦。有夫婦而後有父子。有父子而後有兄弟。一家之親此三者而已矣。自茲以往至于九族、皆本於三親焉。故於人倫爲重也。不可不篤。兄弟者分形連氣之人也。方其幼也、父母左提右挈前襟後裾、食則同案、衣則傳服、學則連業、遊則共方。雖有悖亂之人、不能不相愛也。及其壯也、各妻其妻、各子其子。雖有篤厚之人、不能不少衰也。娣姒之比兄弟則疎薄矣。今使疎薄之人而節量親厚之恩。猶方底而圓蓋、必不合矣。惟友悌深至、不爲傍人之所移者免夫。
【読み】
○夫れ人民有りて而して後に夫婦有り。夫婦有りて而して後に父子有り。父子有りて而して後に兄弟有り。一家の親は此の三の者のみ。茲より以往九族に至るまで、皆三親に本づく。故に人倫に於て重しと爲す。篤くせざる可からず。兄弟は形を分ち氣を連ぬる人なり。方に其の幼なるや、父母左提右挈前襟後裾し、食わば則ち案を同じくし、衣せば則ち服を傳え、學ばば則ち業を連ね、遊ばば則ち方を共にす。悖亂[はいらん]の人有りと雖も、相愛せざること能わざるなり。其の壯なるに及びて、各々其の妻を妻とし、各々其の子を子とす。篤厚の人有りと雖も、少しく衰えざること能わざるなり。娣姒[ていじ]を之れ兄弟に比すれば則ち疎薄なり。今疎薄の人をして親厚の恩を節量せしむ。猶方底にして圓蓋なるがごとく、必ず合わず。惟友悌深く至り、傍人に之を移さるるを爲さざる者は免れん。

嘉言48
○柳開仲塗曰、皇考治家、孝且嚴。旦望弟婦等拜堂下畢、卽上手低面聽我皇考訓誡。曰、人家兄弟無不義者。盡因娶婦入門異姓相聚、爭長競短漸漬日聞、偏愛私藏以背戾、分門割戶、患若冦讎、皆汝婦人所作。男子剛腸者、幾人能不爲婦人言所惑。吾見多矣。若等寧有是耶。退則惴惴、不敢出一語爲不孝事。開軰抵此頼之、得全其家云。
【読み】
○柳開仲塗曰く、皇考家を治むること、孝にして且つ嚴なり。旦望に弟婦等堂下に拜し畢り、卽ち手を上げ面を低れて我が皇考の訓誡を聽く。曰く、人家の兄弟不義なる者無し。盡く娶婦門に入りて異姓相聚るに因りて、長を爭い短を競いて漸漬日に聞え、偏愛私藏して以て背戾して、門を分ち戶を割き、患、冦讎の若きにるは、皆汝婦人の作す所なり。男子剛腸なる者、幾人か能く婦人の言に惑わさるるを爲さざる。吾見ること多し。若等寧ろ是有るや、と。退きては則ち惴惴[ずいずい]として、敢て一語を出して不孝の事を爲さず。開の軰此に抵[いた]りて之を頼り、其の家を全くすることを得ると云えり。

嘉言49
○伊川先生曰、今人多不知兄弟之愛。且如閭閻小人、得一食必先以食父母。夫何故。以父母之口重於己之口也。得一衣必先以衣父母。夫何故。以父母之體重於己之體也。至於犬馬亦然。待父母之犬馬、必異乎己之犬馬也。獨愛父母之子、却輕於己之子。甚者至若仇敵。舉世皆如此。惑之甚矣。
【読み】
○伊川先生曰く、今人多くは兄弟の愛を知らず。且く閭閻[りょえん]の小人の如きも、一食を得れば必ず先ず以て父母に食わしむ。夫れ何の故ぞ。父母の口は己の口より重きを以てなり。一衣を得れば必ず先ず以て父母に衣す。夫れ何の故ぞ。父母の體は己の體より重きを以てなり。犬馬に至るまで亦然り。父母の犬馬を待するは、必ず己の犬馬に異なれり。獨り父母の子を愛するは、却て己の子より輕し。甚しき者は仇敵の若きに至る。世を舉げて皆此の如し。惑うの甚しきなり。

嘉言50
○横渠先生曰、斯干詩言兄及弟矣、式相好矣、無相猶矣。言兄弟宣相好、不要相學。猶似也。人情大抵、患、在施之不見報則輟。故恩不能終。不要相學、己施之而已。
【読み】
○横渠先生曰く、斯干の詩に、兄及び弟と、式[もっ]て相好し、相猶[ゆう]すること無かれと言う。兄弟は宣しく相好すべし、相學ぶを要せざるを言う。猶は似なり。人情は大抵、患い、之を施して報を見ざれば則ち輟[や]むに在り。故に恩終 わること能わざるなり。相學ぶを要せず、己之を施すのみ。

嘉言51
○伊川先生曰、近世淺薄、以相歡狎爲相與、以無圭角爲相歡愛。如此者安能久。若要久、須是恭敬。君臣・朋友皆當以敬爲主也。
【読み】
○伊川先生曰く、近世は淺薄にして、相歡狎[かんこう]するを以て相與すと爲し、圭角無きを以て相歡愛すと爲す。此の如き者は安んぞ能く久しからん。久しからんことを要すが若きは、須く是れ恭敬すべし。君臣・朋友は皆當に敬を以て主と爲すべし。

嘉言52
○横渠先生曰、今之朋友擇其善柔、以相與、拍肩執袂、以爲氣合、一言不合怒氣相加。朋友之際、欲其相下不倦。故於朋友之間主其敬者、日相親與、得效最速。
【読み】
○横渠先生曰く、今の朋友は其の善柔を擇びて、以て相與し、肩を拍ち袂を執りて、以て氣合うと爲し、一言合わざれば怒氣相加う。朋友の際は、其の相下るに倦まざらんことを欲す。故に朋友の間に於て其の敬を主とする者は、日に相親與し、效を得ること最も速かなり。

嘉言53
○童蒙訓曰、同僚之契、交承之分、有兄弟之義。至其子孫亦世講之。前軰專以此爲務。今人知之者蓋少矣。又如舊舉將及嘗爲舊任按察官者、後己官雖在上、前軰皆辭避坐下坐。風俗如此。安得不厚乎。
【読み】
○童蒙訓に曰く、同僚の契、交承の分は、兄弟の義有り。其の子孫に至りても亦世々之を講ず。前軰は專ら此を以て務と爲す。今人之を知る者蓋し少なし。又舊の舉將及び嘗て舊任の按察官爲る者の如きは、後に己の官上に在りと雖も、前軰皆辭し避けて下坐に坐す。風俗此の如し。安んぞ厚からざるを得んや。

嘉言54
○范文正公爲參知政事時、告諸子曰、吾貧時、與汝母養吾親、汝母躬執爨、而吾親甘旨未嘗充也。今而得厚祿、欲以養親、親不在矣。汝母亦已早世。吾所最恨者。忍令若曹享富貴之樂也。吾吳中宗族甚衆。於吾固有親疎。然吾祖宗視之、則均是子孫、固無親疎也。苟祖宗之意無親疎、則飢寒者、吾安得不恤也。自祖宗來、積德百餘年、而始發於吾得至大官。若獨享富貴而不恤宗族、異日何以見祖宗于地下。今何顏入家廟乎。於是恩例俸賜常均於族人、幷置義田宅云。
【読み】
○范文正公、參知政事爲る時、諸子に告げて曰く、吾貧しき時、汝の母と吾が親を養い、汝の母躬[みずか]ら爨[さん]を執りて、吾が親の甘旨未だ嘗て充たざりき。今にして厚祿を得、以て親を養わんと欲して、親在さず。汝の母も亦已に早世す。吾最も恨む所の者なり。忍びて若の曹をして富貴の樂みを享けしむ。吾が吳中の宗族甚だ衆し。吾に於ては固より親疎有り。然れども吾が祖宗より之を視れば、則ち均しく是れ子孫にして、固より親疎無し。苟も祖宗の意親疎無ければ、則飢寒の者、吾安んぞ恤[あわ]れまざるを得んや。祖宗より來[このかた]、德を積むこと百餘年にして、始めて吾に發して大官に至るを得。獨り富貴を享けて宗族を恤れまざるが若きは、異日何を以て祖宗を地下に見ん。今何の顏にて家廟に入らんや、と。是に於て恩例俸賜常に族人に均しくし、幷びに義田宅を置くと云う。

嘉言55
○司馬溫公曰、凡爲家長必謹守禮法、以御羣子弟及家衆、分之以職、謂使之掌庫廩・廐庫・庖厨・舎業・田園之類。授之以事、謂朝夕所幹及非常之事。而責其成功、制財用之節、量入以爲出、稱家之有無、以給上下之衣食及吉凶之費、皆有品節而莫不均一、裁省冗費、禁止奢華、常須稍存贏餘、以備不虞。
【読み】
○司馬溫公曰く、凡そ家長と爲りては必ず謹みて禮法を守り、以て羣子弟及び家衆を御し、之に分つに職を以てし、之をして庫廩・廐庫・庖厨・舎業・田園を掌らしむるの類を謂う。之に授くるに事を以てし、朝夕幹たる所及び非常の事を謂う。其の成功を責め、財用の節を制し、入るを量りて以て出だすことを爲し、家の有無を稱[はか]りて、以て上下の衣食及び吉凶の費を給し、皆品節有りて均一ならざること莫く、冗費を裁省し、奢華を禁止し、常に須く稍贏餘[えいよ]を存して、以て不虞に備うべし。

右廣明倫。
【読み】
右、明倫を廣む。

嘉言56
董仲舒曰、仁人者正其誼、不謀其利。明其道、不計其功。
【読み】
董仲舒曰く、仁人は其の誼を正しくして、其の利を謀らず。其の道を明かにして、其の功を計らず。

嘉言57
○孫思邈曰、膽欲大而心欲小。智欲圓而行欲方。
【読み】
○孫思邈曰く、膽は大ならんことを欲して、心は小ならんことを欲す。智は圓ならんことを欲して、行いは方ならんことを欲す。

嘉言58
○古語云、從善如登、從惡如崩。
【読み】
○古語に云う、善に從うは登るが如く、惡に從うは崩るるが如し。

嘉言59
○孝友先生朱仁軌隱居養親。常誨子弟曰、終身讓路不枉百歩。終身讓畔不失一叚。
【読み】
○孝友先生朱仁軌、隱居して親を養う。常に子弟を誨えて曰く、身を終うるまで、路を讓るとも百歩を枉げず。身を終うるまで、畔を讓るとも一叚を失わず、と。

嘉言60
○濂渓周先生曰、聖希天、賢希聖、士希賢。伊尹・顏淵大賢也。伊尹恥其君不爲堯・舜、一夫不得其所、若撻于市。顏淵不遷怒、不貳過、三月不違仁。志伊尹之所志、學顏子之所學、過則聖、及則賢。不及則亦不失於令名。
【読み】
○濂渓周先生曰く、聖は天を希い、賢は聖を希い、士は賢を希う。伊尹・顏淵は大賢なり。伊尹は其の君の堯・舜と爲らず、一夫も其の所を得ざるを恥ずること、市に撻たるるが若し。顏淵は怒りを遷さず、過を貳びせず、三月仁に違わず。伊尹の志す所を志し、顏子の學ぶ所を學ばば、過ぐれば則ち聖、及ばば則ち賢。及ばざるも則ち亦令名を失わず。

嘉言61
○聖人之道入乎耳存乎心、蘊之爲徳行、行之爲事業。彼以文辭而已者陋矣。
【読み】
○聖人の道は耳に入りて心に存し、之を蘊みて徳行と爲り、之を行いて事業と爲る。彼の文辭のみを以てする者は陋し。

嘉言62
○仲由喜聞過、令名無窮焉。今人有過不喜人規、如護疾而忌醫。寧滅其身而無悟也。噫。
【読み】
○仲由過を聞くを喜びて、令名窮まり無し。今人過有りて人の規すを喜ばず、疾を護りて醫を忌むが如し。寧ろ其の身を滅ぼしても悟ること無し。噫。

嘉言63
○明道先生曰、聖賢千言萬語、只是欲人將已放之心約之、使反復入身來。自能尋、向上去。下學而上達也。
【読み】
○明道先生曰く、聖賢の千言萬語は、只是れ人の已に放てる心を將ちて之を約して、反復して身に入り來らしめんことを欲するのみ。自ら能く尋[つ]がば、上に向い去かん。下學して上達するなり。

嘉言64
○心要在腔子裏。
【読み】
○心は腔子の裏に在らんことを要す。

嘉言65
○伊川先生曰、只整齊嚴肅則心便一、一則自無非僻之干。
【読み】
○伊川先生曰く、只整齊嚴肅なれば則ち心便ち一、一なれば則ち自ら非僻の干す無し。

嘉言66
○伊川先生甚愛表記君子莊敬日彊、安肆日偸之語。蓋常人之情纔放肆、則日就曠蕩、自檢束、則日就規矩。
【読み】
○伊川先生甚だ表記の君子莊敬なれば日に彊く、安肆なれば日に偸[おこた]るの語を愛す。蓋し常人の情纔かに放肆なれば、則ち日に曠蕩に就き、自ら檢束すれば、則ち日に規矩に就く。

嘉言67
○人於外物奉身者、事事要好。只有自家一箇身與心、郤不要好。苟得外物好時、却不知道自家身與心、已自先不好了也。
【読み】
○人、外物の身を奉ずる者に於て、事事好からんことを要す。只自家一箇の身と心と有り、郤て好からんことを要せず。苟も外物の好きを得る時は、却て自家の身と心と、却て已に自ら先ず不好にし了るを知道せざるなり。

嘉言68
○伊川先生曰、顏淵問克己復禮之目。夫子曰、非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動。四者身之用也。由乎中而應乎外。制乎外所以養其中也。顏淵事斯語。所以進於聖人。後之學聖人者、宜服膺而勿失也。因箴以自警。視箴曰、心兮本虛、應物無迹。操之有要、視爲之則。蔽交於前、其中則遷。制之於外以安其内。克己復禮久而誠矣。聽箴曰、人有秉彛、本乎天性。知誘物化遂亡其正。卓彼先覺、知止有定。閑邪存誠。非禮勿聽。言箴曰、人心之動、因言以宣。發禁躁妄、内斯靜專。矧是樞機興戎出好、吉凶榮辱惟其所召。傷易則誕、傷煩則支。己肆物忤、出悖來違。非法不道。欽哉訓辭。動箴曰、哲人知幾、誠之於思。志士厲行、守之於爲。順理則裕、從欲惟危。造次克念、戰兢自持、習與性成、聖賢同歸。
【読み】
○伊川先生曰く、顏淵克己復禮の目を問う。夫子曰く、禮に非ざれば視ること勿かれ、禮に非ざれば聽くこと勿かれ、禮に非ざれば言うこと勿かれ、禮に非ざれば動くこと勿かれ、と。四の者は身の用なり。中に由りて外に應ず。外に制するは其の中を養う所以なり。顏淵斯の語を事とす。聖人に進む所以なり。後の聖人を學ぶ者は、宜しく膺に服けて失うこと勿かるべし。因りて箴して以て自ら警む。視る箴に曰く、心は本虛、物に應じて迹無し。之を操るに要有り、視ること之を則と爲す。蔽うこと前に交われば、其の中則ち遷る。之を外に制して以て其の内を安んず。己に克ち禮に復ること久しくして誠なり。聽く箴に曰く、人、秉彛有り、天性に本づく。知に誘かれ物に化せられて遂に其の正を亡う。卓たる彼の先覺、止まるを知りて定まること有り。邪を閑ぎて誠を存す。禮に非ざれば聽くこと勿かれ。言う箴に曰く、人心の動く、言うに因りて以て宣ぶ。發するに躁妄を禁ずれば、内斯に靜專なり。矧[いわ]んや是れ樞機にして戎を興し好みを出だし、吉凶榮辱惟れ其の召く所なるをや。易きに傷れば則ち誕り、煩しきに傷れば則ち支る。己肆なれば物忤[さから]い、出づること悖れば來ること違う。法に非らざれば道わず。欽めよや訓辭を。動く箴に曰く、哲人幾を知り、之を思うに誠にす。志士は行を厲し、之を爲るに守る。理に順えば則ち裕に、欲に從えば惟れ危し。造次も克く念い、戰兢として自ら持ち、習いて性と成り、聖賢と歸を同くす。

嘉言69
○伊川先生言、人有三不幸。少年登高科、一不幸、席父兄之勢爲美官、二不幸、有高才能文章、三不幸也。
【読み】
○伊川先生言う、人に三の不幸有り。少年にして高科に登るは一の不幸、父兄の勢に席[よ]りて美官と爲るは二の不幸、高才有りて文章を能くするは三の不幸なり。

嘉言70
○横渠先生曰、學者捨禮義、則飽食終日、無所猷爲。與下民一致。所事不逾衣食之間、燕遊之樂爾。
【読み】
○横渠先生曰く、學者禮義を捨れば、則ち食に飽きて日を終わり、猷[はか]り爲す所無し。下民と致を一にす。事とする所は、衣食の間、燕遊の樂に逾ぎざるのみ。

嘉言71
○范忠宣公戒子弟曰、人雖至愚責人則明、雖有聦明恕己則昏。爾曹但常以責人之心責己、恕己之心恕人、不患不到聖賢地位也。
【読み】
○范忠宣公子弟を戒めて曰く、人至愚と雖も人を責むるは則ち明かに、聦明有りと雖も己を恕するは則ち昏し。爾の曹[ともがら]但常に人を責むるの心を以て己を責め、己を恕するの心もて人を恕せば、聖賢の地位に到らざるを患えず。

嘉言72
○呂榮公嘗言、後生初學且須理會氣象。氣象好時百事是當。氣象者辭令容止輕重疾徐、足以見之矣。不惟君子小人於此焉分、亦貴賤壽夭之所由定也。
【読み】
○呂榮公嘗て言う、後生初學且く須く氣象を理會すべし。氣象好き時は百事是れ當る。氣象は辭令容止の輕重疾徐、以て之を見るに足る。惟に君子小人此に於て分るるのみならず、亦貴賤壽夭の由りて定まる所なり。

嘉言73
○攻其惡無攻人之惡。蓋自攻其惡日夜且自點檢、絲毫不盡、則慊於心矣。豈有工夫點檢他人耶。
【読み】
○其の惡を攻めて人の惡を攻むること無かれ。蓋し自ら其の惡を攻めて日夜且く自ら點檢し、絲毫も盡さざれば、則ち心に慊[あきた]らず。豈他人を點檢するに工夫[いとま]有らんや。

嘉言74
○大要前軰作事、多周詳。後軰作事、多闊略。
【読み】
○大要前軰の事を作すは、多くは周詳。後軰事を作すは、多くは闊略。

嘉言75
○恩讎分明、此四字非有道者之言也。無好人三字、非有德者之言也。後生戒之。
【読み】
○恩讎分明、此の四字は有道者の言に非ざるなり。無好人の三字は、有德者の言に非ざるなり。後生之を戒めよ。

嘉言76
○張思叔座右銘曰、凡語必忠信、凡行必篤敬、飮食必愼節、字畫必楷正、容貌必端莊、衣冠必肅整、歩履必安詳、居處必正靜。作事必謀始、出言必顧行、常德必固持、然諾必重應、見善如己出、見惡如己病。凡此十四者我皆未深省。書之當座隅、朝夕視爲警。
【読み】
○張思叔座右の銘に曰く、凡そ語は必ず忠信、凡そ行は必ず篤敬、飮食は必ず愼節、字畫は必ず楷正、容貌は必ず端莊、衣冠は必ず肅整、歩履は必ず安詳、居處は必ず正靜。事を作すには必ず始めに謀り、言を出だすには必ず行を顧み、常德は必ず固く持ち、然諾は必ず重く應じ、善を見ては己出だすが如くし、惡を見ては己病むが如くす。凡そ此の十四の者は我皆未だ深く省みず。之を書して座隅に當りて、朝夕視て警と爲す。

嘉言77
○胡文定公曰、人須是一切世味淡薄、方好。不要有富貴相。孟子謂堂高數仭、食前方丈、侍妾數百人、我得志不爲。學者須先除去此等、常自激昂。便不到得墜墮。常愛諸葛孔明、當漢末、躬耕南陽不求聞達。後來雖應劉先主之聘、宰割山河、三分天下、身都將相、手握重兵、亦何求不得、何欲不遂、乃與後主言成都有桑八百株、薄田十五頃、子孫衣食自有餘饒、臣身在外別無調度、不別治生以長尺寸。若死之日、不使廩有餘粟、庫有餘財、以負陛下。及卒果如其言。如此軰人、眞可謂大丈夫矣。
【読み】
○胡文定公曰く、人須く是れ一切の世味淡薄なるべくして、方に好し。富貴の相有るを要せず。孟子、堂の高さ數仭、食前方丈、侍妾數百人なるは、我志を得とも爲さずと謂う。學者須く先ず此等を除き去り、常に自ら激昂すべし。便ち墜墮を得るに到らず。常に、諸葛孔明、漢の末に當り、南陽に躬耕して聞達を求めず。後來劉先主の聘に應じ、山河を宰割し、天下を三分し、身將相を都[す]べ、手に重兵を握り、亦何を求めてか得ざらん、何を欲してか遂げざらんと雖も、乃ち後主の與[ため]に、成都に桑八百株、薄田十五頃有り、子孫の衣食自ら餘饒有り、臣の身外に在りて別に調度すること無く、別に生を治めて以て尺寸を長さず。死する日の若きは、廩に餘粟有り、庫に餘財有らしめて、以て陛下に負[そむ]かずと言う。卒するに及びて果して其の言の如きなるを愛す。此の如き軰の人は、眞に大丈夫と謂う可し。

★★
嘉言78
○范益謙座右戒曰、一、不言朝廷利害、邊報差除。二、不言州縣官員長短得失。三、不言衆人所作過惡。四、不言仕進官職、趨時附勢。五、不言財利多少、厭貧求富。六、不言淫媟戲慢、評論女色。七、不言求覓人物、干索酒食。又曰、人附書信、不可開拆沈滯。發人私書拆人信物。甚者、結爲仇怨。余得人所附書物、雖至親卑幼者、亦未嘗輒留。必爲附至。及人託於某處問訊于求、若事非順理、而己之力不及者、則可至誠辭却之。若已諾之矣、則必須達所欲。至於聽與不聽、則在其人。與人並坐、不可窺人私書。凡與賓客對坐、及往人家、見人得親戚書、切不可往觀、及注目偸視。若屈膝並坐、目力可及、則歛身而退、候其収書、方復進以續前話、若其人置書几上、亦不可取觀。須俟其人云某所惠書、云足下請觀之、方可一看。若書中事、無大小以至戲謔之語、皆不可於他處復說。凡入人家、不可看人文字。凡入人家、不可於几案上及書攀内、飜看人家書簡及記事冊子、錢穀文暦。若人將文字令己看、切不可於背後觀。皆無德之一端也。凡借人物、不可損壞不還。凡借一物、上至書冊下至器用苟得己者、則不須借。若不獲己、則須愛護過於己物、看用纔畢卽時歸還。切不可以借爲名、意在没納、及不加愛惜、至有損壞。大率豪氣者於己之物多不自愛。若借人物、豈可亦如此。此非用豪氣之所。乃無德之一端也。凡喫飮食、不可揀擇去取。凡飮食、蒸餅去皮、饅頭去蔕、肉去脂皮之類。皆非成人所爲。乃癡騃無知而已。自非生硬臭惡與犯己宿疾之物、豈有不可食之理。與人同處、不可自擇便利。凡與人同坐、夏則己擇凉處、冬則己擇暖處、及與人共食多取先取。皆無德之一端也。見人富貴、不可歎羨詆毀。富貴高下人所共知。見親戚相識輒稱其富貴。若得其實、卽是歎羨。可見不知義命。若不得實、卽是嫉疾。用心不佳、莫此爲甚。凡此數事有犯之者、足以見用意之不肖。於存心脩身大有所害。因書以自警。
【読み】
○范益謙の座右の戒に曰く、一に朝廷の利害、邊報の差除を言わず。二に州縣官員の長短得失を言わず。三に衆人作す所の過惡を言わず。四に仕進官職、時に趨き勢いに附くことを言わず。五に財利の多少、貧を厭い富を求むることを言わず。六に淫媟戲慢、女色を評論することを言わず。七に人の物を求め覓[もと]め、酒食を干め索むることを言わず。又曰く、人書信を附かば、開拆沈滯す可からず。人の私書を發き人の信物を拆く。甚しき者は、結て仇怨と爲る。余人の附ける所の書物を得ては、至親卑幼の者と雖も、亦未だ嘗て輒く留めず。必ず爲に附け至る。人の某の處に於て問訊于求するを託し、事理に順うに非ずして、己の力及ばざる者の若きに及びては、則ち至誠に辭して之を却く可し。已に之を諾するが若きは、則ち必ず須く欲する所を達すべし。聽くと聽かざるとに至りては、則ち其の人に在り。人と並び坐しては、人の私書を窺う可からず。凡そ賓客と對坐し、及び人家に往き、人親戚の書を得るを見るは、切に往きて觀、及び目を注ぎて偸み視る可からず。膝を屈し並び坐して、目力及ぶ可きが若きは、則ち身を斂めて退き、其の書を収むるを候ちて、方に復た進みて以て前話を續け、其の人書を几上に置くが若きは、亦取りて觀る可からず。須く其の人某に惠む所の書と云い、足下之を觀んことを請うと云うを俟ちて、方に一看す可かるべし。書中の事の若きは、大小と無く以て戲謔の語に至るまで、皆他處に於て復た說く可からず。凡そ人の家に入りては、人の文字を看る可からず。凡そ人の家に入り、几案の上及び書攀の内に於て、人家の書簡及び記事の冊子、錢穀の文暦を飜看す可からず。人文字を將て己をして看せしむるが若きは、切に背後に於て觀る可からず。皆無德の一端なり。凡そ人の物を借りては、損壞し還さざる可からず。凡そ一物を借るに、上は書冊に至り下は器用に至るまで苟も己むを得る者は、則ち須く借るべからず。己むを獲ざるが若きは、則ち須く愛護すること己の物に過ぎ、看用纔に畢らば卽時歸還すべし。切に借るを以て名と爲し、意は没納に在り、及び愛惜を加えず、損壞有るに至る可からず。大率豪氣なる者は己の物に於て多く自愛せず。人の物を借るが若き、豈亦此の如くなる可けんや。此れ豪氣を用うる所に非ず。乃ち無德の一端なり。凡そ飮食喫しては、揀擇[れんたく]し去取す可からず。凡そ飮食は、蒸餅は皮を去り、饅頭は蔕を去り、肉は脂皮を去るの類。皆成人の爲る所に非ず。乃ち癡騃無知のみ。生硬臭惡と己の宿疾を犯すとの物に非ざるよりは、豈食う可からざるの理有らんや。人と同じく處りては、自ら便利を擇ぶ可からず。凡そ人と同坐して、夏は則ち己凉處を擇み、冬は則ち己暖處を擇み、及び人と共に食いて多く取り先ず取る。皆無德の一端なり。人の富貴を見ては、歎羨詆毀す可からず。富貴の高下は人の共に知る所。親戚相識を見て輒く其の富貴を稱す。其の實を得るが若きは、卽ち是れ歎羨す。義命を知らざるを見る可し。實を得ざるが若きは、卽ち是れ嫉疾す。心を用うることの佳ならざる、此より甚しと爲るは莫し。凡そ此の數事之を犯す者有れば、以て意を用うるの不肖を見るに足る。心を存し身を脩むるに於て大いに害する所有り。因りて書して以て自ら警む。


嘉言78
○范益謙の座右の戒に曰く、

一に朝廷の利害、邊報の差除を言わず。
二に州縣官員の長短得失を言わず。
三に衆人作す所の過惡を言わず。
四に仕進官職、時に趨き勢いに附くことを言わず。
五に財利の多少、貧を厭い富を求むることを言わず。
六に淫?戲慢、女色を評論することを言わず。
七に人の物を求め覓[もと]め、酒食を干め索むることを言わず。

又曰く、
人書信を附かば、開拆沈滯す可からず。
人の私書を發き人の信物を拆く。甚しき者は、結て仇怨と爲る。余人の附ける所の書物を得ては、至親卑幼の者と雖も、亦未だ嘗て輒く留めず。必ず爲に附け至る。人の某の處に於て問訊于求するを託し、事理に順うに非ずして、己の力及ばざる者の若きに及びては、則ち至誠に辭して之を却く可し。已に之を諾するが若きは、則ち必ず須く欲する所を達すべし。聽くと聽かざるとに至りては、則ち其の人に在り。

人と並び坐しては、人の私書を窺う可からず。
凡そ賓客と對坐し、及び人家に往き、人親戚の書を得るを見るは、切に往きて觀、及び目を注ぎて偸み視る可からず。膝を屈し並び坐して、目力及ぶ可きが若きは、則ち身を斂めて退き、其の書を収むるを候ちて、方に復た進みて以て前話を續け、其の人書を几上に置くが若きは、亦取りて觀る可からず。須く其の人某に惠む所の書と云い、足下之を觀んことを請うと云うを俟ちて、方に一看す可かるべし。書中の事の若きは、大小と無く以て戲謔の語に至るまで、皆他處に於て復た?く可からず。

凡そ人の家に入りては、人の文字を看る可からず。
凡そ人の家に入り、几案の上及び書攀の内に於て、人家の書簡及び記事の冊子、錢穀の文暦を飜看す可からず。人文字を將て己をして看せしむるが若きは、切に背後に於て觀る可からず。皆無德の一端なり。

凡そ人の物を借りては、損壞し還さざる可からず。
凡そ一物を借るに、上は書冊に至り下は器用に至るまで苟も己むを得る者は、則ち須く借るべからず。己むを獲ざるが若きは、則ち須く愛護すること己の物に過ぎ、看用纔に畢らば?時歸還すべし。切に借るを以て名と爲し、意は没納に在り、及び愛惜を加えず、損壞有るに至る可からず。大率豪氣なる者は己の物に於て多く自愛せず。人の物を借るが若き、豈亦此の如くなる可けんや。此れ豪氣を用うる所に非ず。乃ち無德の一端なり。

凡そ飮食喫しては、揀擇[れんたく]し去取す可からず。
凡そ飮食は、蒸餅は皮を去り、饅頭は蔕を去り、肉は脂皮を去るの類。皆成人の爲る所に非ず。乃ち癡?無知のみ。生硬臭惡と己の宿疾を犯すとの物に非ざるよりは、豈食う可からざるの理有らんや。

人と同じく處りては、自ら便利を擇ぶ可からず。
凡そ人と同坐して、夏は則ち己凉處を擇み、冬は則ち己暖處を擇み、及び人と共に食いて多く取り先ず取る。皆無德の一端なり。

人の富貴を見ては、歎羨詆毀す可からず。
富貴の高下は人の共に知る所。親戚相識を見て輒く其の富貴を稱す。其の實を得るが若きは、?ち是れ歎羨す。義命を知らざるを見る可し。實を得ざるが若きは、?ち是れ嫉疾す。心を用うることの佳ならざる、此より甚しと爲るは莫し。

凡そ此の數事之を犯す者有れば、以て意を用うるの不肖を見るに足る。心を存し身を脩むるに於て大いに害する所有り。因りて書して以て自ら警む。



嘉言79
○胡子曰、今之儒者、移學文藝于仕進之心、以收其放心而美其身、則何古人之不可及哉。父兄以文藝令其子弟、朋友以仕進相招。往而不返則心始荒而不治。萬事成咸不逮古先矣。
【読み】
○胡子曰く、今の儒者、文藝を學び仕進を于むるの心を移して、以て其の放心を收めて其の身を美しくせば、則ち何ぞ古人に之れ及ぶ可からざらんや。父兄文藝を以て其の子弟に令し、朋友仕進を以て相招く。往きて返らざれば則ち心始めて荒[すさ]みて治まらず。萬事の成ること咸古先に逮[およ]ばず。

嘉言80
○顏氏家訓曰、夫所以讀書學問、本欲開心、明目、利於行耳。未知養親者、欲其觀古人之先意、承顏、怡聲、下氣、不憚劬勞以致甘腝、惕然慙懼、起而行之也。未知事君者、欲其觀古人之守職無侵、見危授命、不忘誠諫以利社稷、惻然自念思欲效之也。素驕奢者、欲其觀古人之恭儉節用、卑以自牧、禮爲敎本、敬者身基、瞿然自失、歛容抑志也。素鄙吝者、欲其觀古人之貴義、輕財、少私、寡慾、忌盈、惡滿、賙窮、卹匱、赧然悔恥、積而能散也。素暴悍者、欲其觀古人之小心、黜己、齒舌存、含垢藏疾、尊賢容衆、苶然沮喪、若不勝衣也。素怯懦者、欲其觀古人之達生委命、強毅正直、立言必信、求福不回、勃然奮厲、不可恐懼也。歴茲以往、百行皆然。縱不能淳、去泰去甚、學之所知、施無不達。世人讀書、但能言之、不能行之。武人俗吏所共嗤詆、良由是耳。又有讀數十卷書、便自高大、陵忽長者、輕慢同列。人疾之如讎敵、惡之如鴟梟。如此以學求益、今反自損。不如無學也。
【読み】
○顏氏家訓に曰く、夫れ讀書學問する所以は、本心を開き、目を明かにし、行に利せんことを欲するのみ。未だ親を養うを知らざる者は、其の古人の意に先だち、顏を承け、聲を怡ばし、氣を下し、劬勞を憚らずして以て甘腝[かんなん]を致すを觀、惕然として慙懼し、起ちて之を行わんことを欲するなり。未だ君に事うることを知らざる者は、其の古人の職を守りて侵さるること無く、危を見ては命を授け、誠諫を忘れずして以て社稷を利するを觀、惻然として自ら念思し之を效わんことを欲するなり。素より驕奢なる者は、其の古人の恭儉にして用を節し、卑くして以て自ら牧[やしな]い、禮は敎の本と爲り、敬は身の基なるを觀、瞿然[くぜん]として自ら失い、容を斂め志を抑えんことを欲するなり。素より鄙吝なる者は、其の古人の義を貴び、財を輕んじ、私を少くし、慾を寡くし、盈つるを忌み、滿つるを惡み、窮せるを賙[にぎ]わし、匱しきを卹[めぐ]むを觀、赧然[たんぜん]として悔い恥じ、積みて能く散さんことを欲するなり。素より暴悍なる者は、其の古人の心を小にし、己を黜[しりぞ]け、齒[やぶ]れ舌存し、垢を含み疾を藏し、賢を尊び衆を容るるを觀、苶然[でつぜん]として沮喪し、衣に勝えざるが若くならんことを欲するなり。素より怯懦なる者は、其の古人の生に達し命を委[す]て、強毅正直、言を立つるに必ず信、福を求めて回らざるを觀、勃然として奮厲し、恐懼す可からざらんことを欲するなり。茲を歴て以往、百行皆然り。縱い淳なること能わざるとも、泰を去り甚を去り、之を學びて知る所、施して達せざること無し。世人書を讀むに、但能く之を言い、之を行うこと能わず。武人俗吏の共に嗤詆[ちてい]する所は、良[まこと]に是に由るのみ。又數十卷の書を讀むこと有れば、便ち自ら高大にし、長者を陵忽し、同列を輕慢す。人之を疾むこと讎敵の如く、之を惡むこと鴟梟[しきょう]の如し。此の如きは學を以て益を求むも、今反て自ら損す。學無きに如かざるなり。

嘉言81
○伊川先生曰、大學、孔氏之遺書、而初學入德之門也。於今可見古人爲學次第者、獨頼此篇之存。而其他則未有如論孟者。故學者必由是而學焉、則庶乎其不差矣。
【読み】
○伊川先生曰く、大學は孔氏の遺書にして、初學德に入るの門なり。今に於て古人の學を爲むる次第を見る可きは、獨り此の篇の存するに頼[よ]る。而して其の他は則ち未だ論孟の如き者有らず。故に學者は必ず是に由りて學ばば、則ち其の差わざるに庶からん。

嘉言82
○凡看語孟、且須熟讀玩味、將聖人之言語切己。不可只作一場話說。看得此二書切己、終身儘多也。
【読み】
○凡そ語孟を看るには、且く須く熟讀玩味し、聖人の言語を將て己に切にすべし。只一場の話說とのみ作す可からず。此の二書を看得て己に切ならば、身を終うるまで儘[きわ]めて多し。

嘉言83
○讀論語者、但將弟子問處便作己問、將聖人答處便作今日耳聞、自然有得。若能於論・孟中深求玩味、將來涵養成、甚生氣質。
【読み】
○論語を讀む者は、但弟子の問う處を將て便ち己の問いと作し、聖人の答うる處を將て便ち今日の耳聞と作さば、自然に得ること有らん。能く論・孟の中に於て深く求め玩味し、將[も]ち來て涵養し成るが若きは、甚だ氣質を生ぜん。

嘉言84
○横渠先生曰、中庸文字軰直須句句理會過、使其言互相發明。
【読み】
○横渠先生曰く、中庸の文字軰は直[ただ]須く句句理會し過ぎ、其の言を互に相發明せしむべし。

嘉言85
○六經須循環理會。儘無窮。待自家長得一格、則又見得別。
【読み】
○六經は須く循環して理會すべし。儘[きわ]めて窮まり無し。自家一格を長じ得るを待ちて、則ち又見得て別ならん。


★★
嘉言86
○呂舍人曰、大抵後生爲學、先須理會所以爲學者何事。一行一住、一語一默、須要盡合道理。學業則須是嚴立課程。不可一日放慢。每日須讀一般經書一般子書。不須多。只要令精熟。須靜室危坐讀取二三百遍。字字句句須要分明。又每日須連前三五授、通讀五七十遍。須令成誦。不可一字放過也。史書每日須讀取一卷或半卷以上、始見功。須是從人授讀、疑難處便質問、求古聖賢用心、竭力從之。夫指引者、師之功也。行有不至、從容規戒者、朋友之任也。决意而往、則須用己力。難仰他人矣。
【読み】
○呂舍人曰く、大抵後生學を爲むるには、先ず須く學を爲むる所以の者は何事ぞと理會すべし。一行一住、一語一默、須く盡く道理に合わんことを要すべし。學業は則ち須く是れ嚴に課程を立つべし。一日も放慢す可からず。每日須く一般の經書、一般の子書を讀むべし。多くを須[もち]いず。只精熟せしめんことを要す。須く靜室に危坐し讀取すること二三百遍すべし。字字句句須く分明ならんことを要すべし。又每日須く前の三五授を連ねて、通讀すること五七十遍すべし。須く誦を成さしむべし。一字も放過す可からざるなり。史書は每日須く一卷或は半卷以上を讀取して、始めて功を見るべし。須く是れ人に從いて授讀し、疑難の處は便ち質し問い、古聖賢の心を用うるを求め、力を竭して之に從うべし。夫れ指引するは師の功なり。行いて至らざること有りて從容として規戒するは、朋友の任なり。意を决して往くは、則ち須く己の力を用うべし。他人を仰ぎ難し。


嘉言87
○呂氏童蒙訓曰、今日記一事、明日記一事、久則自然貫穿。今日辨一理、明日辨一理、久則自然浹洽。今日行一難事、明日行一難事、久則自然堅固渙然冰釋、怡然理順。久自得之。非偶然也。
【読み】
○呂氏童蒙訓に曰く、今日一事を記し、明日一事を記し、久しければ則ち自然に貫穿す。今日一理を辨じ、明日一理を辨じ、久しければ則ち自然に浹洽す。今日一難事を行い、明日一難事を行い、久しければ則ち自然に堅固す。渙然として冰釋け、怡然として理順う。久しくして之を自得す。偶然に非ざるなり。

嘉言88
○前軰嘗說、後生才性過人者、不足畏。惟讀書尋思推究者、爲可畏耳。又云、讀書只怕尋思。蓋義理精深、惟尋思用意、爲可以得之。鹵莾厭煩者、决無有成之理。
【読み】
○前軰嘗て說く、後生才性人に過ぐる者は、畏るるに足らず。惟書を讀み尋ね思い推し究むる者を畏る可しと爲すのみ、と。又云う、書を讀むは只尋ね思うを怕る、と。蓋し義理の精深なる、惟尋ね思い意を用いて、以て之を得可しと爲す。鹵莾[ろもう]にして煩を厭う者は、决して成る有るの理無し。

嘉言89
○顏氏家訓曰、借人典籍、皆須愛護、先有缺壞、就爲補治。此亦士大夫百行之一也。濟陽江祿讀書未竟、雖有急速、必待卷束整齊、然後得起。故無損敗。人不厭其求假焉。或有狼籍几案、分散部秩、多爲童幼婢妾所點汚、風雨蟲鼠所毀傷、實爲累德。吾每讀聖人之書、未嘗不肅敬對之。其故紙有五經詞義及聖賢姓名、不敢他用也。
【読み】
○顏氏家訓に曰く、人の典籍を借らば、皆須く愛護し、先ず缺壞[けっかい]有らば、就きて爲に補治すべし。此れ亦士大夫百行の一なり。濟陽の江祿は、書を讀みて未だ竟らざれば、急速有りと雖も、必ず卷束整齊を待ちて、然して後に起つことを得。故に損敗無し。人其の求め假るを厭わず。或は几案に狼籍し、部秩に分散すること有らば、多く童幼婢妾に點汚せられ、風雨蟲鼠に毀傷せらるるを爲し、實に德を累すと爲す。吾每に聖人の書を讀み、未だ嘗て肅敬して之に對せずんばあらず。其の故紙に五經の詞義及び聖賢の姓名有らば、敢て他に用いざるなり。

嘉言90
○明道先生曰、君子敎人有序。先傳以小者近者、而後敎以大者遠者。非是先傳以近小、而後不敎以遠大也。
【読み】
○明道先生曰く、君子人を敎うるに序有り。先とし傳うるに小なる者近き者を以てして、而して後に敎うるに大なる者遠き者を以てす。是れ先ず傳うるに近小を以て、而して後敎うるに遠大を以てせざるに非ざるなり。

嘉言91
○明道先生曰、道之不明、異端害之也。昔之害近而易知、今之害深而難辨。昔之惑人也、乗其迷暗。今之入人也、因其高明。自謂之窮神知化、而不足以開物成務。言爲無不周徧、實則外於倫理。窮深極微而不可以入堯・舜之道。天下之學非淺陋固滯、則必入於此。自道之不明也、邪誕妖妄之說競起、塗生民之耳目、溺天下於汙濁。雖高才明智膠於見聞、醉生夢死不自覺也。是皆正路之蓁蕪、聖門之蔽塞。闢之、而後可以入道。
【読み】
○明道先生曰く、道の明かならざるは、異端之を害すればなり。昔の害は近くして知り易く、今の害は深くして辨え難し。昔の人を惑わすや、其の迷暗に乗る。今の人に入るや、其の高明に因る。自ら之を神を窮め化を知ると謂いて、以て物を開き務を成すに足らず。言は周徧ならざること無しと爲して、實は則ち倫理を外にす。深きを窮め微なるを極めて以て堯・舜の道に入る可からず。天下の學淺陋固滯に非ざれば、則ち必ず此に入る。道の明かならざるにより、邪誕妖妄の說競い起り、生民の耳目を塗り、天下を汙濁に溺らす。高才明智と雖も見聞に膠[こう]して、醉生夢死して自ら覺らざるなり。是れ皆正路の蓁蕪、聖門の蔽塞なり。之を闢きて、而して後に以て道に入る可し。

右廣敬身。
【読み】
右、敬身を廣む。

善行第六

善行1
呂滎公、名希哲、字原明、申國正獻公之長子。正獻公居家簡重寡默、不以事物經心、而申國夫人性嚴有法度。雖甚愛公、然敎公事事循蹈規矩。甫十歳祁寒暑雨侍立、終日不命之坐不敢坐也。日必冠帶以見長者。平居雖甚熱、在父母長者之側、不得去巾襪・縛袴・衣服。唯謹。行歩出入無得入茶肆酒肆。市井里巷之語、鄭・衛之音、未嘗一經於耳。不正之書、非禮之色、未嘗一接於目。正獻公通判頴州。歐陽公適知州事。焦先生千之伯强、客文忠公所。嚴毅方正。正獻公招延之使敎諸子。諸生少有過差、先生端坐召與相對、終日竟夕不與之語。諸生恐懼畏伏。先生方略降詞色。時公方十餘歳、内則正獻公與申國夫人敎訓如此之嚴、外則焦先生化導如此之篤。故公德器成就、大異衆人。公嘗言、人生内無賢父兄、外無嚴師友、而能有成者少矣。
【読み】
呂滎公、名は希哲、字は原明、申國正獻公の長子なり。正獻公は家に居りて簡重寡默、事物を以て心を經せずして、申國夫人は性嚴にして法度有り。甚だ公を愛すと雖も、然れども公を敎えて事事規矩を循い蹈む。甫めて十歳、祁寒暑雨にも侍立して、終日之に坐を命ぜざれば敢て坐せざるなり。日に必ず冠帶して以て長者を見る。平居甚だ熱しと雖も、父母長者の側に在りて、巾襪[きんべつ]・縛袴[てんこ]・衣服を去るを得ず。唯謹む。行歩出入するに茶肆酒肆に入るを得ること無し。市井里巷の語、鄭・衛の音、未だ嘗て一たびも耳に經せず。不正の書、非禮の色、未だ嘗て一たびも目に接えず。正獻公頴州に通判たり。歐陽公適々州の事に知たり。焦先生千之伯强、文忠公の所に客たり。嚴毅方正なり。正獻公之を招き延べて諸子を敎えしむ。諸生少しく過差有れば、先生端坐し召して與に相對し、日を終え夕を竟えて之と語らず。諸生恐懼畏伏す。先生方に略々詞色を降す。時に公方に十餘歳、内は則ち正獻公と申國夫人と敎訓すること此の如く之れ嚴に、外は則ち焦先生化導すること此の如く之れ篤し。故に公の德器成就し、大いに衆人と異なれり。公嘗て言う、人生内に賢父兄無く、外に嚴師友無くして、能く成る有る者は少し、と。

善行2
○呂滎公張夫人待制、諱昷之之幼女也。最鐘愛。然居常、至微細事、敎之必有法度。如飮食之類、飯羹許更益、魚肉不更進也。時張公已爲待制河北都轉運使矣。及夫人嫁呂氏、夫人之母申國夫人姊也。一日來視女。見舎後有鍋釜之類大不樂。謂申國夫人曰、豈可使小兒軰私作飮食壞家法耶。其嚴如此。
【読み】
○呂滎公張夫人は待制、諱は昷之の幼女なり。最も鐘愛す。然るに居常、微細の事に至るまで、之を敎うるに必ず法度有り。飮食の類の如きは、飯羹は更に益すことを許し、魚肉は更に進めざるなり。時に張公已に待制河北都轉運使爲り。夫人呂氏に嫁するに及びて、夫人の母は申國夫人の姊なり。一日來て女を視る。舎の後に鍋釜の類有るを見て大いに樂まず。申國夫人に謂いて曰く、豈小兒軰をして私[ひそか]に飮食を作り家法を壞[やぶ]らしむ可けんや、と。其の嚴や此の如し。

善行3
○唐陽城爲國子司業、引諸生告之曰、凡學者所以學爲忠與孝也。諸生有久不省親者乎。明日謁城還養者二十軰、有三年不歸侍者、斥之。
【読み】
○唐の陽城、國子司業と爲り、諸生を引きて之に告げて曰く、凡そ學ぶは忠と孝とを爲むるを學ぶ所以なり。諸生久しく親を省みざる者有るか、と。明日城に謁して還り養う者二十軰、三年歸り侍せざる者有り、之を斥く。

善行4
○安定先生胡瑗、字翼之。患隋唐以來仕進尙文辭、而遺經業、苟趨祿利。及爲蘇・湖二州敎授、嚴條約、以身先之、雖大暑必公服終日以見諸生、嚴師弟子之禮。解經至有要義、懇懇爲諸生、言其所以治己而後治乎人者。學徒千數日月刮劘。爲文章、皆傳經義必以理勝。信其師說敦尙行實。後爲大學。四方歸之、庠舎不能容。其在湖學置經義齋・治事齋。經義齋者擇疏通有器局者居之。治事齋者人各治一事又兼一事。如治民治兵水利筭數之類。其在大學亦然。其弟子散在四方、隨其人賢愚皆循循雅飭。其言談・舉止、遇之不問可知爲先生弟子。其學者相語稱先生、不問可知爲胡公也。
【読み】
○安定先生胡瑗、字は翼之。隋唐以來仕進文辭を尙びて、經業を遺[わす]れ、苟も祿利に趨るを患う。蘇・湖二州の敎授と爲るに及びて、條約を嚴にし、身を以て之に先だち、大暑と雖も必ず公服して終日以て諸生を見て、師弟子の禮を嚴にす。經を解き要義有るに至りては、懇懇として諸生の爲に、其の己を治めて而る後に人を治むる所以の者を言う。學徒千數、日月に刮り劘る。文章を爲るには、皆經義に傳[よ]りて必ず理の勝るを以てす。其の師說を信じ敦く行實を尙ぶ。後に大學と爲る。四方之に歸し、庠舎容るること能わず。其れ湖學に在りて經義齋・治事齋を置く。經義齋は疏通にして器局有る者を擇びて之を居く。治事齋は人各々一事を治め又一事を兼ぬ。民を治め兵を治め水利筭數の類の如し。其れ大學に在りても亦然り。其の弟子散りて四方に在り、其の人の賢愚に隨いて皆循循として雅飭[がちょく]す。其の言談・舉止、之に遇いて問わずして先生の弟子爲るを知る可し。其の學者相語りて先生と稱すれば、問わずして胡公爲るを知る可し。

善行5
○明道先生言於朝曰、治天下以正風俗、得賢才爲本。宜先禮命近侍賢儒及百執事、悉心推訪。有德業充備足爲師表者、其次、有篤志好學材良行脩者、延聘・敦遣萃於京師、俾朝夕相與講明正學、其道必本於人倫、明乎物理、其敎自小學灑掃應對以往、脩其孝悌・忠信・周旋・禮樂、其所以誘掖・激勵、漸摩成就之之道、皆有節序。其要在於擇善、脩身、至於化成天下。自郷人而可至於聖人之道。其學行皆中於是者爲成德、取材識明達可進於善者、使日受其業。擇其學明德尊者、爲大學之師。次以分敎天下之學。擇士入學。縣升之州、州賓興於大學、大學聚而敎之、歳論其賢者・能者於朝。凡選士之法、皆以性行端潔、居家孝悌、有廉恥禮讓、通明學業、曉達治道者。
【読み】
○明道先生朝に言いて曰く、天下を治むるは風俗を正し、賢才を得るを以て本と爲す。宜しく先ず近侍の賢儒及び百執事に禮命し、心を悉[つく]して推訪すべし。德業充ち備わり師表と爲るに足る有る者、其の次は、志を篤し學を好み材良にして行脩まる有る者は、延聘・敦遣して京師に萃[あつ]め、朝夕相與に正學を講明せしめ、其の道は必ず人倫に本づき、物理に明かにし、其の敎は小學の灑掃應對より以往、其の孝悌・忠信・周旋・禮樂を脩め、其の誘掖・激勵、漸摩して之を成就する所以の道、皆節序有り。其の要は善を擇び、身を脩め、天下を化成するに至るに在り。郷人よりして聖人に至る可きの道なり。其の學行皆是に中る者を成德と爲し、材識明達にして善に進む可き者を取りて、日に其の業を受けしむ。其の學明かに德尊き者を擇びて、大學の師と爲す。次は以て分けて天下の學に敎う。士を擇びて學に入るる。縣より之を州に升げ、州より大學に賓とし興け、大學に聚めて之を敎え、歳ごとに其の賢者・能者を朝に論ず。凡そ士を選ぶの法は、皆性行端潔、家に居りて孝悌、廉恥禮讓有り、學業に通明に、治道に曉達なる者を以てす。

善行6
○伊川先生看詳學制。大槩以爲學校禮義相先之地、而月使之爭、殊非敎養之道。請改試爲課、有所未至、則學官召而敎之、更不考定高下。制尊賢堂、以延天下道德之士、鐫解額以去利誘、省繁文以專委任、勵行檢以厚風敎、及置待賓・吏師齋、立觀光法。如是者亦數十條。
【読み】
○伊川先生學制を看詳す。大槩以て學校は禮義相先にするの地にして、而して月に之を爭わしむは、殊て敎養の道に非ずと爲す。試を改めて課と爲し、未だ至らざる所有れば、則ち學官召して之を敎え、更に高下を考定せず。尊賢堂を制して、以て天下道德の士を延き、解額を鐫[ほ]りて以て利誘を去り、繁文を省きて以て委任を專らにし、行檢を勵して以て風敎を厚くし、及び待賓・吏師齋を置き、觀光の法を立つるを請う。是の如き者亦數十條。

善行7
○藍田呂氏郷約曰、凡同約者、德業相勸、德謂見善必行、聞過必改、能治其身、能治其家、能事父兄、能敎子弟、能御僮僕、能事長上、能睦親故、能擇交遊、能守廉介、能廣施惠、能受寄託、能救患難、能規過失、能爲人謀、能爲衆集事、能解闘爭、能决是非、能興利除害、能居官舉職。業謂居家則事父兄、敎子弟、待妻妾、在外則事長上、接朋友、敎後生、御僮僕。至于讀書、治田、營家、濟物、好禮・樂・射・御・書・數之類、皆可爲之。非此之類、皆爲無益。過失相規、犯義之過、一曰、酗博闘訟。二曰、行止踰違。三曰、行不恭遜。四曰、言不忠信。五曰、造言誣毀。六曰、營私太甚。不脩之過、一曰、交非其人。二曰、游戯怠惰。三曰、動作無儀。四曰、臨事不恪。五曰、用度不節。禮俗相交、謂婚姻・喪葬・祭祀之禮・往還・書問・慶弔之節。患難相卹、一曰、水火。二曰、盗賊。三曰、疾病。四曰、死喪。五曰、孤弱。六曰、誣枉。七曰、貧乏。有善則書于籍、有過若違約者亦書之、三犯而行罰。不悛者絶之。
【読み】
○藍田の呂氏の郷約に曰く、凡そ同約の者は、德業は相勸め、德は、善を見ては必ず行い、過を聞きては必ず改め、能く其の身を治め、能く其の家を治め、能く父兄に事え、能く子弟を敎え、能く僮僕を御し、能く長上に事え、能く親故を睦み、能く交遊を擇び、能く廉介を守り、能く施惠を廣め、能く寄託を受け、能く患難を救い、能く過失を規[ただ]し、能く人の爲に謀り、能く衆の爲に事を集[な]し、能く闘爭を解き、能く是非を决し、能く利を興し害を除き、能く官に居りて職を舉ぐるを謂う。業は、家に居りては則ち父兄に事え、子弟を敎え、妻妾を待ち、外に在りては則ち長上に事え、朋友に接わり、後生を敎え、僮僕を御するを謂う。書を讀み、田を治め、家を營み、物を濟い、禮・樂・射・御・書・數を好むの類に至るまで、皆之を爲す可し。此の類に非ざれば、皆益無しと爲す。過失は相規し、義を犯すの過は、一に曰く、酗博闘訟。二に曰く、行止踰違。三に曰く、行、恭遜ならず。四に曰く、言、忠信ならず。五に曰く、言を造り誣い毀る。六に曰く、私を營むこと太甚だし。脩めざるの過は、一に曰く、交わり其の人に非ず。二に曰く、游戯怠惰。三に曰く、動作儀無し。四に曰く、事に臨みて恪[つつし]まず。五に曰く、用度節ならず。禮俗もて相交わり、婚姻・喪葬・祭祀の禮・往還・書問・慶弔の節を謂う。患難には相卹[あわ]れみ、一に曰く、水火。二に曰く、盗賊。三に曰く、疾病。四に曰く、死喪。五に曰く、孤弱。六に曰く、誣枉。七に曰く、貧乏。善有れば則ち籍に書し、過有り若しくは約に違う者も亦之を書し、三たび犯して罰を行う。悛[あらた]めざる者は之を絶つ。

善行8
○明道先生敎人、自致知至於知止、誠意至於平天下、洒掃應對至於窮理盡性、循循有序。病世之學者捨近而趨遠、處下而闚高、所以輕自大、而卒無得也。
【読み】
○明道先生の人を敎うる、致知より知止に至り、誠意より平天下に至り、洒掃應對より窮理盡性に至り、循循として序有り。世の學者、近きを捨てて遠きに趨り、下に處りて高きを闚い、以て輕[かろがろ]しく自ら大なる所にして、卒に得ること無きを病む。

右實立敎。
【読み】
右、立敎を實にす。

善行9
江革少失父、獨與母居。遭天下亂盗賊並起。革負母逃難、備經險阻、常採拾以爲養。數遇賊、或刼欲將去。革輒涕泣求哀、言有老母。辭氣愿欵、有足感動人者。賊以是不忍犯之、或乃指避兵之方。遂得倶全於難。轉客下邳貧窮。裸跣行傭、以供母。便身之物莫不畢給。
【読み】
江革少[わか]くして父を失い、獨り母と居る。天下亂れて盗賊並び起るに遭う。革母を負いて難を逃れ、備[つぶ]さに險阻を經、常に採り拾いて以て養を爲す。數々賊に遇い、或は刼[おびやか]して將い去らんと欲す。革輒ち涕泣して哀を求め、老母有りと言う。辭氣愿欵、人を感動するに足る者有り。賊是を以て之を犯すに忍びず、或は乃ち兵を避くるの方を指す。遂に倶に難に全きを得。下邳に轉客し貧窮なり。裸跣行傭して、以て母に供す。身に便する物畢[ことごと]く給せざること莫し。

善行10
○薛包好學篤行。父娶後妻而憎包分出之。包日夜號泣不能去。至被敺杖、不得已廬于舍外、旦入而灑掃。父怒又逐之。乃廬於里門、晨昏不廢。積歳餘、父母慚而還之。後服喪過哀。旣而弟子求分財異居。包不能止。中分其財。奴婢引其老者曰、與我共事久、若不能使也。田廬取其荒頓者曰、吾少時所理、意所戀也。器物取其朽敗者曰、我素所服食、身口所安也。弟子數破其產輒復賑給。
【読み】
○薛包學を好み行いを篤くす。父後妻を娶りて包を憎み之を分ち出だす。包日夜號泣して去ること能わず。敺杖[おうじょう]せらるるに至りて、已むを得ずして舍外に廬し、旦に入りて灑掃す。父怒りて又之を逐う。乃ち里門に廬し、晨昏廢せず。積むこと歳餘、父母慚じで之を還す。後喪に服して哀に過ぐ。旣にして弟の子財を分ち居を異にせんことを求む。包止むる能わず。[すなわ]ち其の財を中分す。奴婢は其の老いたる者を引きて曰く、我と事を共にすること久し、若使うこと能わじ、と。田廬は其の荒頓なる者を取りて曰く、吾が少[わか]き時理むる所、意戀うる所なり、と。器物は其の朽敗する者を取りて曰く、我が素服食する所、身口安んずる所なり、と。弟の子數々其の產を破れば輒ち復た賑給す。

善行11
○王祥性孝。蚤喪親、繼母朱氏不慈、數譖之。由是失愛於父、每使掃除牛下。祥愈恭謹。父母有疾、衣不解帶、湯藥必親嘗。母嘗欲生魚。時天寒冰凍。祥解衣將剖冰求之。冰忽自解、雙鯉躍出。持之而歸。母又思黄雀炙。復有雀數十飛入其幕。復以供母。郷里驚嘆、以爲孝感所致。有丹柰結實。母命守之。每風雨祥輒抱樹而泣。其篤孝純至如此。
【読み】
○王祥、性孝なり。蚤く親を喪い、繼母朱氏慈ならず、數々之を譖す。是に由りて愛を父に失い、每に牛下を掃除せしむ。祥愈々恭謹なり。父母疾有れば、衣帶を解かず、湯藥必ず親[みずか]ら嘗む。母嘗て生魚を欲す。時に天寒にして冰凍る。祥衣を解きて將に冰を剖[さ]きて之を求めんとす。冰忽ち自ら解け、雙鯉躍り出づ。之を持して歸る。母又黄雀の炙を思う。復た雀數十飛びて其の幕に入る有り。復た以て母に供す。郷里驚嘆して、以て孝感の致す所と爲す。丹柰實を結ぶこと有り。母命じて之を守らしむ。風雨每に祥輒ち樹を抱きて泣く。其の篤孝純至なること此の如し。

善行12
○王裒字偉元。父儀爲魏安東將軍司馬昭司馬。東關之敗、昭問於衆曰、近日之事誰任其咎。儀對曰、責在元帥。昭怒曰、司馬欲委罪於孤耶。遂引出斬之。裒痛父非命、於是隱居敎授、三徵七辟皆不就。廬于墓側、旦夕常至墓所拜跪、攀柏悲號。涕涙著樹、樹爲之枯。讀詩、至哀哀父母、生我劬勞、未嘗不三復流涕。門人受業者、並廢蓼莪之篇。家貧躬耕、計口而田、度身而蠶。或有密助之者。裒皆不聽。及司馬氏簒魏、裒終身未嘗西向而坐。以示不臣于晉。
【読み】
○王裒[おうほう]、字は偉元。父儀、魏の安東將軍司馬昭の司馬爲り。東關の敗に、昭、衆に問いて曰く、近日の事誰か其の咎を任ぜん、と。儀對えて曰く、責、元帥に在り、と。昭怒りて曰く、司馬、罪を孤に委せんと欲するや、と。遂に引き出して之を斬る。裒、父の非命を痛み、是に於て隱居し敎授し、三徵七辟皆就かず。墓側に廬し、旦夕常に墓所に至りて拜跪し、柏を攀[よ]じて悲號す。涕涙樹に著き、樹之が爲に枯る。詩を讀みて、哀哀たり父母、我を生みて劬勞せりに至りて、未だ嘗て三復して涕を流さずんばあらず。門人、業を受くる者、並びに蓼莪[りくが]の篇を廢す。家貧にして躬ら耕し、口を計りて田づくり、身を度りて蠶[さん]す。或は密かに之を助くる者有り。裒皆聽かず。司馬氏魏を簒うに及びて、裒身を終うるまで未だ嘗て西に向きて坐せず。以て晉に臣たらざるを示す。

善行13
○晉西河人王延、事親色養。夏則扇枕席、冬則以身溫被。隆冬盛寒、體常無全衣、而親極滋味。
【読み】
○晉の西河の人王延、親に事えて色養す。夏は則ち枕席を扇ぎ、冬は則ち身を以て被を溫む。隆冬盛寒に、體常に全衣無くして、親滋味を極む。

善行14
○柳玭曰、崔山南昆弟子孫之盛、郷族罕比。山南曾祖王母長孫夫人、年高無齒。祖母唐夫人事姑孝。每旦櫛、縰、筓、拜於階下、卽升堂乳其姑。長孫夫人不粒食數年而康寧。一日疾病、長幼咸萃。宣言、無以報新婦恩。願新婦有子有孫、皆得如新婦孝敬。則崔之門安得不昌大乎。
【読み】
○柳玭[りゅうへん]曰く、崔山南、昆弟子孫の盛んなること、郷族比[たぐい]罕[まれ]なり。山南の曾祖王母長孫夫人、年高くして齒無し。祖母唐夫人、姑に事えて孝なり。旦每に櫛[くしけず]り、縰[かみつつみ]し、筓[かんざし]し、階下に拜し、卽ち堂に升りて其の姑に乳す。長孫夫人粒食せざること數年にして康寧なり。一日疾で病み、長幼咸萃まる。宣言す、以て新婦の恩に報ゆる無し。新婦に子有り孫有り、皆新婦の孝敬の如きを得えんことを願う。則ち崔の門安んぞ昌大ならざるを得んや、と。

善行15
○南齊庾黔婁爲孱陵令、到縣未旬、父易在家遘疾。黔婁忽心驚、舉身流汗。卽日棄官歸家。家人悉驚其忽至。時易疾始二日。醫云、欲知差劇、但嘗糞甜苦。易泄利。黔婁輒取嘗之。味轉甜滑、心愈憂苦、至夕每稽顙北辰、求以身代。
【読み】
○南齊の庾黔婁[ゆきんろう]、孱陵[せんりょう]の令と爲り、縣に到りて未だ旬ならざるに、父易、家に在りて疾に遘う。黔婁忽ち心驚き、身を舉げて汗を流す。卽日官を棄てて家に歸る。家人悉く其の忽ち至るに驚く。時に易疾みて始めて二日。醫云う、差劇を知らんと欲せば、但糞の甜苦[てんく]を嘗めよ、と。易、泄利す。黔婁輒ち取りて之を嘗む。味轉々[うたた]甜滑、心愈々憂苦し、夕に至れば每に北辰に稽顙[けいそう]し、身を以て代らんことを求む。

善行16
○海虞令何子平、母喪去官、哀毀踰禮。每哭踊頓絶方蘇。屬大明末東土饑荒、繼以師旅、八年不得營葬。晝夜號哭、常如袒括之日。冬不衣絮、夏不就淸凉。一日以米數合爲粥、不進塩菜。所居屋敗不蔽風日。兄子伯興欲爲葺理。子平不肯曰、我情事未申。天地一罪人耳。屋何宜覆。蔡興宗爲會稽太守、甚加矜賞、爲營壙。
【読み】
○海虞の令何子平、母の喪に官を去りて、哀毀禮に踰ゆ。哭踊する每に頓[にわか]に絶して方[わずか]に蘇る。大明の末、東土饑荒し、繼ぐに師旅を以てするに屬[あた]り、八年營み葬むることを得ず。晝夜號哭して、常に袒括の日の如し。冬は絮を衣ず、夏は淸凉に就かず。一日に米數合を以て粥と爲し、塩菜を進めず。居る所屋敗れて風日を蔽わず。兄の子伯興爲に葺理せんと欲す。子平肯ぜずして曰く、我が情事未だ申[の]びず。天地の一罪人のみ。屋何ぞ宜しく覆うべけんや、と。蔡興宗、會稽の太守と爲り、甚だ矜賞を加え、爲に壙を營む。

善行17
○朱壽昌生七歳、父守雍。出其母劉氏嫁民間、母子不相知者五十年。壽昌行四方求之不已。飮食罕御酒肉。與人言輒流涕。煕寧初、棄官入秦、與家人訣。誓不見母不復還。行次同州得焉。劉氏時年七十餘矣。雍守錢明逸以事聞、詔壽昌還就官。繇是天下皆知其孝。壽昌再爲郡守。至是以母故通判河中府。迎其同母弟妹以歸。居數歳母卒。涕泣幾喪明。拊其弟妹益篤、爲買田宅居之。其於宗族尤盡恩意。嫁兄弟之孤女二人、葬其不能葬者十餘喪。蓋其天性如此。
【読み】
○朱壽昌、生まれて七歳、父雍に守たり。其の母劉氏を出だして民間に嫁し、母子相知らざること五十年。壽昌四方に行きて之を求めて已まず。飮食に酒肉を御すること罕なり。人と言いては輒ち涕を流す。煕寧の初、官を棄てて秦に入り、家人と訣[わか]る。母を見ずんば復た還らずと誓う。行きて同州に次して得たり。劉氏時に年七十餘なり。雍の守錢明逸、事を以て聞し、壽昌に詔して、還りて官に就かしむ。是に繇[よ]りて天下皆其の孝を知る。壽昌再び郡の守と爲る。是に至りて、母の故を以て河中府に通判たり。其の同母弟妹を迎えて以て歸る。居ること數歳にして母卒す。涕泣して幾んど明を喪わんとす。其の弟妹を拊すること益々篤く、爲に田宅を買いて之を居く。其の宗族に於ける、尤も恩意を盡す。兄弟の孤女二人を嫁し、其の葬むること能わざる者を葬ること十餘喪なり。蓋し其の天性此の如し。

善行18
○伊川先生家、治喪不用浮屠。在洛亦有一二人家化之。
【読み】
○伊川先生の家、喪を治むるに浮屠を用いず。洛に在りて亦一二の人家之に化する有り。

善行19
○霍光出入禁闥二十餘年、小心謹愼未嘗有過。爲人沈靜詳審、每出入下殿門、進止有常處。郎僕射竊識視之、不失尺寸。
【読み】
○霍光禁闥を出入すること二十餘年、小心謹愼にして未だ嘗て過有らず。人と爲り沈靜詳審にして、出入して殿門を下る每に、進止常處有り。郎僕射竊に識して之を視るに、尺寸を失わず。

善行20
○汲黯、景帝時爲太子洗馬。以嚴見憚。武帝卽位、召爲主爵都尉。以數直諫不得久居位。是時太后弟武安侯田蚡爲丞相。中二千石拜謁。蚡弗爲禮。黯見蚡未嘗拜揖之。上方招文學儒者、上曰、吾欲云云。黯對曰、陛下内多欲而外施仁義。柰何欲效唐虞之治乎。上怒變色而罷朝。公卿皆爲黯懼。上退謂人曰、甚矣汲黯之戇也。群臣或數黯。黯曰、天子置公卿・輔弼之臣。寧令從諛承意、陷主於不義乎。且已在其位、縱愛身奈辱朝廷何。黯多病。病且滿三月、上常賜告者數、終不瘉。最後嚴助、爲請告。上曰、汲黯何如人也。曰、使黯任職居官、亡以瘉人。然至其輔少主守成、雖自謂賁・育弗能奪也。上曰、然。古有社稷之臣。至如汲黯近之矣。大將軍靑侍中。上踞厠視之。丞相弘宴見。上或時不冠。至如見黯、不冠不見也。上嘗坐武帳。黯前奏事。上不冠。望見黯避帷中、使人可其奏。其見敬禮如此。
【読み】
○汲黯[きゅうあん]、景帝の時、太子洗馬爲り。嚴を以て憚らる。武帝位に卽き、召して主爵都尉と爲る。數々直諫するを以て久しく位に居ることを得ず。是の時太后の弟、武安侯田蚡[でんふん]、丞相爲り。中二千石、拜謁す。蚡禮を爲さず。黯、蚡を見るに、未だ嘗て拜せずして之を揖[ゆう]す。上方に文學の儒者を招き、上曰く、吾云云たらんと欲す、と。黯對えて曰く、陛下内多欲にして外仁義を施す。柰何ぞ唐虞の治に效うを欲せんや、と。上怒りて色を變じて朝を罷む。公卿皆黯の爲に懼る。上退きて人に謂いて曰く、甚しきかな汲黯の戇[とう]なるや、と。群臣或は黯を數[せ]む。黯曰く、天子、公卿・輔弼の臣を置く。寧ろ從い諛い、意を承けて、主を不義に陷らしめんや。且つ已に其の位に在り、縱い身を愛すとも朝廷を辱しむるを奈何せん、と。黯、多病なり。病みて且[まさ]に三月に滿たんとすれば、上常に告を賜う者數たび、終に瘉えず。最後に嚴助、爲に告を請う。上曰く、汲黯は何如なる人ぞ、と。曰く、黯をして職を任じ官に居らしめば、人に瘉[こ]ゆること亡し。然るに其の少主を輔け成るを守るに至りては、自ら賁・育なりと謂うと雖も、奪うこと能わざるなり、と。上曰く、然り。古社稷の臣有り。汲黯の如きに至りては之に近し、と。大將軍靑、中に侍す。上厠に踞て之を視る。丞相弘、宴見す。上、或は時に冠せず。黯を見るが如きに至りては、冠せざれば見ざるなり。上、嘗て武帳に坐す。黯前に事を奏す。上、冠せず。黯を望見して帷中に避け、人をして其の奏を可とせしむ。其の敬禮せらるること此の如し。

善行21
○初魏遼東公翟黑子有寵於太武。奉使幷州受布千疋、事覺。黑子謀於著作郎高允曰、主上問我當以實告、爲當諱之。允曰、公帷幄寵臣。有罪首實庶或見原。不可重爲欺罔也。中書侍郎崔鑒・公孫質曰、若首實、罪不可測。不如姑諱之。黑子怨允曰、君柰何誘人就死地。入見帝不以實對。帝怒殺之。帝使允授太子經。及崔浩以史事被收、太子謂允曰、入見至尊、吾自導卿脱。至尊有問但依吾語。太子見帝言、高允小心愼密且微賤。制由崔浩。請赦其死。帝召允問。曰、國書皆浩所爲乎。對曰、臣與浩共爲之。然浩所領事、多總裁而已。至於著述、臣多於浩。帝怒曰、允罪甚於浩。何以得生。太子懼曰、天威嚴重、允小臣、迷亂失次耳。臣曏問、皆云浩所爲。帝問允信如東宮所言乎。對曰、臣罪當滅族。不敢虛妄。殿下以臣侍講日久、哀臣欲丐其生耳。實不問臣、臣亦無此言。不敢迷亂。帝顧謂太子曰、直哉、此人情所難、而允能爲之。臨死不易辭信也。爲臣不欺君貞也。宜特除其罪以旌之。遂赦之。他日太子讓允曰、吾欲爲卿脱死而卿不從何也。允曰、臣與崔浩實同史事。死生榮辱義無獨殊。誠荷殿下再造之慈、違心苟免非臣所願也。太子動容稱嘆。允退謂人曰、我不奉東宮指導者、恐負翟黑子故也。
【読み】
○初め魏の遼東公、翟黑子、太武に寵有り。幷州に奉使して布千疋を受け、事覺わる。黑子、著作郎高允に謀りて曰く、主上我に問わば當に以て實に告ぐべきか、爲に當に之を諱むべきか、と。允曰く、公は帷幄の寵臣なり。罪有りて實を首えば或は原[ゆる]さるるに庶からん。重ねて欺罔を爲す可からず、と。中書侍郎崔鑒・公孫質曰く、實を首うるが若きは、罪測る可からず。姑く之を諱むに如かず、と。黑子、允を怨みて曰く、君柰何ぞ人を誘いて死地に就かしむるや、と。入りて帝に見え實を以て對えず。帝怒りて之を殺す。帝、允をして太子に經を授けしむ。崔浩、史の事を以て收えらるるに及びて、太子、允に謂いて曰く、入りて至尊に見え、吾自ら卿を導きて脱せしめん。至尊問うこと有らば但吾が語に依れ、と。太子、帝に見えて言う、高允は小心愼密にして且つ微賤なり。制は崔浩に由る。其の死を赦するを請う、と。帝、允を召して問う。曰く、國書は皆浩の爲る所か、と。對えて曰く、臣と浩共に之を爲る。然るに浩の領する所の事は、多く總裁のみ。著述に至りては、臣、浩より多し、と。帝怒りて曰く、允の罪、浩より甚し。何を以て生かすを得ん、と。太子懼れて曰く、天威嚴重なり、允は小臣、迷亂して次を失うのみ。臣曏[さき]に問わば、皆浩の爲す所と云う、と。帝、允に信に東宮所の言える所の如きかと問う。對えて曰く、臣の罪族を滅するに當る。敢て虛妄せず。殿下、臣が侍講すること日久しきを以て、臣を哀れみて其の生を丐[こ]わんことを欲するのみ。實は臣に問わず、臣も亦此の言無し。敢て迷亂せず、と。帝顧みて太子に謂いて曰く、直なるかな、此れ人情の難しとする所にして、允能く之を爲す。死に臨みて辭を易えざるは、信なり。臣と爲りて君を欺かざるは、貞なり。宜しく特に其の罪を除きて、以て之を旌すべし、と。遂に之を赦す。他日太子、允を讓[せ]めて曰く、吾、卿の爲に死を脱せんと欲して卿從わざるは何ぞや、と。允曰く、臣、崔浩と實に史事を同じくす。死生榮辱、義獨り殊なる無し。誠に殿下再造の慈を荷うも、心に違いて苟も免るるは臣の願う所に非ざるなり、と。太子、容を動かして稱嘆す。允退きて人に謂いて曰く、我、東宮の指導を奉ぜざるは、黑子に負[そむ]くを恐るる故なり、と。

善行22
○李君行先生、名潜、虔州人。入京師至泗州留止。其子弟請先往。君行問其故。曰、科塲近。欲先至京師、貫開封戶籍取應。君行不許。曰、汝虔州人而貫開封戶籍。欲求事君而先欺君、可乎。寧遲緩數年、不可行也。
【読み】
○李君行先生、名は潜、虔州の人。京師に入り泗州に至りて留止す。其の子弟先ず往かんと請う。君行其の故を問う。曰く、科塲近し。先ず京師に至り、開封の戶籍に貫て應を取らんと欲す、と。君行許さず。曰く、汝は虔州の人にして開封の戶籍に貫る。君に事えんことを求めんと欲して先ず君を欺く、可ならんや。寧ろ遲緩なること數年、行く可からざるなり、と。

善行23
○崔玄暐母盧氏、嘗誡玄暐曰、吾見姨兄屯田郎中辛玄馭。曰、兒子從宦者、有人來云貧乏不能存、此是好消息。若聞貲貨充足衣馬輕肥、此惡消息。吾嘗以爲確論。比見親表中、仕宦者將錢物上其父母。父母但知喜悦、竟不問此物從何而來。必是祿俸餘資誠亦善事。如其非理所得、此與盗賊何別。縱無大咎、獨不内愧於心。玄暐遵奉敎誡、以淸謹見稱。
【読み】
○崔玄暐の母盧氏、嘗て玄暐を誡めて曰く、吾、姨兄屯田郎中辛玄馭[しんげんぎょ]を見る。曰く、兒子宦に從う者、人來りて貧乏にして存すること能わずと云う有り、此は是れ好消息。貲貨[しか]充足し衣馬輕肥と聞くが若きは、此れ惡消息。吾嘗て以て確論と爲す。比[このごろ]親表中を見るに、仕宦の者錢物を將ちて其の父母に上[たてまつ]る。父母但喜悦するを知りて、竟に此の物何くよりして來ると問わず。必ず是れ祿俸の餘資ならば誠に亦善事なり。其れ理得る所に非ざるが如きは、此れ盗賊と何の別ならん。縱い大なる咎無きも、獨り内心に愧じざらんや。玄暐敎誡を遵び奉りて、淸謹を以て稱せらる。

善行24
○劉器之待制初登科、與二同年謁張觀參政、三人同起身請敎。張曰、某自守官以來常持四字。勤・謹・和・緩。中間一後生應聲曰、勤・謹・和旣聞命矣。緩之一字某所未聞。張正色作氣曰、何嘗敎賢緩不及事。且道、世間甚事不因忙後錯了。
【読み】
○劉器之待制、初め科に登り、二りの同年と張觀參政に謁し、三人同じく身を起して敎を請う。張曰く、某官を守りてより以來、常に四字を持つ。勤・謹・和・緩、と。中間に一りの後生聲に應じて曰く、勤・謹・和は旣に命を聞く。緩の一字は某未だ聞かざる所なり、と。張色を正し氣を作して曰く、何ぞ嘗て賢に緩にして事に及ばざれと敎えん。且つ道え、世間甚事[なにごと]か忙に因りて後錯り了らざる、と。

善行25
○伊川先生曰、安定之門人、往往知稽古愛民矣。則於爲政也何有。
【読み】
○伊川先生曰く、安定の門人、往往にして古を稽え民を愛することを知る。則ち政を爲すに於てや何か有らん。

善行26
○呂榮公自少官守處、未嘗干人舉薦。其子舜從守官會稽。人或譏其不求知者。舜從對曰、勤於職事、其他不敢不愼。乃所以求知也。
【読み】
○呂榮公少きより官守の處、未だ嘗て人の舉薦を干[もと]めず。其の子舜從、官を會稽に守る。人或は其の知るを求めざる者を譏る。舜從對えて曰く、職事に勤め、其の他は敢て愼まずんばあらず。乃ち知を求むる所以なり、と。

善行27
○漢陳孝婦年十六而嫁、未有子。其夫當行戍。且行時、屬孝婦曰、我生死未可知。幸有老母、無他兄弟備養。吾不還汝肯養吾母乎。婦應曰、諾。夫果死不還。婦養姑不衰、慈愛愈固。紡績織紝以爲家業、終無嫁意。居喪三年、其父母哀其少無子而寡也、將取嫁之。孝婦曰、夫去時、屬妾以供養老母。妾旣許諾之。夫養人老母而不能卒、許人以諾而不能信、將何以立於世。欲自殺。其父母懼而不敢嫁也。遂使養其姑二十八年、姑八十餘、以天年終。盡賣其田宅財物以葬之。終奉祭祀。淮陽太守以聞。使使者賜黄金四十斤、復之終身無所與。號曰孝婦。
【読み】
○漢の陳孝婦、年十六にして嫁し、未だ子有らず。其の夫行戍[こうじゅ]に當る。且[まさ]に行かんとする時、孝婦に屬して曰く、我が生死未だ知る可からず。幸に老母有り、他の兄弟の養に備わる無し。吾還らずんば汝吾が母を養うを肯ぜんや、と。婦應えて曰く、諾、と。夫果して死して還らず。婦姑を養うこと衰えず、慈愛愈々固し。紡績織紝以て家業と爲し、終に嫁する意無し。喪に居ること三年、其の父母其の少くして子無く、而して早く寡となるを哀れみ、將に取りて之を嫁せんとす。孝婦曰く、夫去る時、妾に屬するに老母を供養するを以てす。妾旣に之を許諾す。夫れ人の老母を養いて卒うること能わず、人に許すに諾を以てして信なること能わざる、將に何を以て世に立たん、と。自殺せんと欲す。其の父母懼れて敢て嫁せず。遂に其の姑を養わしむこと二十八年、姑八十餘、天年を以て終 わる。盡く其の田宅財物を賣りて以て之を葬む。終に祭祀を奉ず。淮陽の太守以聞す。使者を使わし黄金四十斤を賜い、之を復して身を終うるまで與る所無し。號して孝婦と曰う。

善行28
○漢鮑宣妻桓氏、字少君。宣嘗就少君父學。父奇其淸苦。故以女妻之。装送資賄甚盛。宣不悦。謂妻曰、少君生富驕、習美飾、而吾實貧賤。不敢當禮。妻曰、大人以先生脩德守約、故使賤妾侍執巾櫛。旣奉承君子。惟命、是從。宣笑曰、能如是、是吾志也。妻乃悉歸侍御服飾、更著短布裳、與宣共挽鹿車歸郷里拜姑。禮畢提甕出汲、脩行婦道。郷邦稱之。
【読み】
○漢の鮑宣の妻桓氏、字は少君。宣嘗て少君の父に就きて學ぶ。父其の淸苦を奇とす。故に女を以て之に妻す。装送資賄甚だ盛んなり。宣悦ばず。妻に謂いて曰く、少君は富驕に生まれ、美飾に習いて、而して吾は實に貧賤なり。敢て禮に當らず、と。妻曰く、大人、先生の德を脩め約を守るを以て、故に賤妾をして侍して巾櫛を執らしむ。旣に君子に奉承す。惟命に是れ從わん、と。宣笑いて曰く、能く是の如くならば、是れ吾が志なり、と。妻乃ち悉く侍御服飾を歸し、更に短布裳を著け、宣と共に鹿車を挽きて郷里に歸り姑を拜す。禮畢わり、甕を提げ出でて汲み、婦道を脩め行う。郷邦之を稱す。

善行29
○曹爽從弟文叔妻譙郡夏侯文寧之女、名令女。文叔蚤死。服闋自以年少無子、恐家必嫁己、乃斷髪爲信。其後家果欲嫁之。令女聞卽復以刀截兩耳、居止常依爽。及爽被誅、曹氏盡死、令女叔父上書、與曹氏絶婚、彊迎令女歸。時文寧爲梁相。憐其少執義、又曹氏無遺類、冀其意阻、乃微使人風之。令女嘆且泣曰、吾亦惟之。許之是也。家以爲信、防之少懈。令女於是竊入寢室、以刀斷鼻、蒙被而臥。其母呼與語。不應。發被視之、血流滿床席。舉家驚惶、往視之莫不酸鼻。或謂之曰、人生世間、如輕塵棲弱草耳、何辛苦乃爾。且夫家夷滅已盡。守此欲誰爲哉。令女曰、聞仁者不以盛衰改節、義者不以存亡易心。曹氏前盛之時、尙欲保終。况今衰亡。何忍棄之。禽獸之行吾豈爲乎。
【読み】
○曹爽の從弟文叔の妻は譙郡の夏侯文寧の女、名は令女なり。文叔蚤く死す。服闋[おわ]りて自ら年少くして子無きを以て、家必ず己を嫁せんことを恐れ、乃ち髪を斷ちて信と爲す。其の後家果して之を嫁せんと欲す。令女聞きて卽ち復た刀を以て兩耳を截[き]り、居止常に爽に依る。爽誅せられ、曹氏盡く死するに及びて、令女の叔父上書して、曹氏と婚を絶ち、彊いて令女を迎えて歸る。時に文寧梁の相爲り。其の少くして義を執り、又曹氏に遺類無きを憐み、其の意阻まんことを冀い、乃ち微しく人をして之を風せしむ。令女嘆じ且つ泣きて曰く、吾も亦之を惟[おも]う、と。之に是なりと許す。家以て信なりと爲し、之を防ぐこと少しく懈る。令女是に於て竊に寢室に入り、刀を以て鼻を斷ち、被を蒙りて臥す。其の母呼びて與に語らんとす。應えず。被を發[ひら]きて之を視れば、血流れて床席に滿つ。家を舉げて驚惶し、往きて之を視て酸鼻せざる莫し。或ひと之に謂いて曰く、人の世間に生くるは、輕塵の弱草に棲むが如きのみ、何ぞ辛苦すること乃ち爾る。且つ夫の家夷滅して已に盡く。此を守りて誰が爲にせんと欲するや、と。令女曰く、仁者は盛衰を以て節を改めず、義者は存亡を以て心を易えずと聞く。曹氏前盛の時、尙終を保たんと欲す。况や今衰亡す。何ぞ之を棄つるに忍びん。禽獸の行、吾豈爲さんや、と。

善行30
○唐鄭義宗妻盧氏略渉書史、事舅姑甚得婦道。嘗夜有強盗數十、持杖鼓譟、踰垣而入。家人悉奔竄。唯有姑自在室。盧冒白刃往至姑側、爲賊捶撃幾死。賊去後家人問何獨不懼。盧氏曰、人所以異於禽獸者、以其有仁義也。鄰里有急、尙相赴救。况在於姑而可委棄乎。若萬一危禍、豈宜獨生。
【読み】
○唐の鄭義宗の妻盧氏、略々書史に渉り、舅姑に事えて甚だ婦の道を得。嘗て夜強盗數十、杖を持ちて鼓譟し、垣を踰えて入ること有り。家人悉く奔り竄る。唯姑の自ら室に在る有り。盧、白刃を冒し往きて姑の側に至り、賊の捶撃せらるるを爲して死するに幾し。賊去りて後、家人何ぞ獨り懼れざると問う。盧氏曰く、人の禽獸に異なる所以の者は、其の仁義有るを以てなり。鄰里急有るも、尙相赴き救う。况や姑に在りて委して棄つ可けんや。萬一危禍あるが若きは、豈宜しく獨り生くべけんや、と。

善行31
○唐奉天竇氏二女生長草野、幼有志操。永泰中群盗數千人、剽掠其村落。二女皆有容色。長者年十九、幼者年十六。匿巖穴間。曳出之、驅迫以前。臨壑谷深數百尺、其姊先曰、吾寧就死。義不受辱。卽投崖下而死。盗方驚駭。其妹繼之自投、折足破面流血。群盗乃捨之而去。京兆尹第五琦、嘉其貞烈奏之。詔旌表其門閭、永蠲其家丁役。
【読み】
○唐の奉天の竇氏の二女、草野に生長し、幼にして志操有り。永泰中に群盗數千人、其の村落を剽掠[ひょうりゃく]す。二女皆容色有り。長ずる者年十九、幼なる者年十六。巖穴の間に匿る。之を曳き出し、驅迫して以て前[すす]む。壑谷深さ數百尺なるに臨み、其の姊先だちて曰く、吾寧ろ死に就かん。義、辱しめを受けず、と。卽ち崖下に投じて死す。盗方に驚駭す。其の妹之に繼ぎて自ら投じ、足を折り面を破りて血を流す。群盗乃ち之を捨てて去る。京兆の尹第五琦、其の貞烈を嘉して之を奏す。詔して其の門閭に旌表し、永く其の家の丁役を蠲[まぬ]ぐ。

善行32
○繆肜少孤。兄弟四人皆同財業。及各取妻、諸婦遂求分異、又數有闘爭之言。肜深懷忿嘆、乃掩戶自撾曰、繆肜汝脩身、謹行、學聖人之法、將以齊整風俗。柰何不能正其家乎。弟及諸婦聞之、悉叩頭謝罪、遂更爲敦睦之行。
【読み】
○繆肜[ぼくゆう]少くして孤なり。兄弟四人皆財業を同じくす。各々妻を取るに及びて、諸婦遂に分異を求め、又數々闘爭の言有り。肜深く忿嘆を懷き、乃ち戶を掩い自ら撾[う]ちて曰く、繆肜、汝は身を脩め、行を謹み、聖人の法を學び、將に以て風俗を齊整せんとす。柰何ぞ其の家を正すこと能わざるや、と。弟及び諸婦之を聞き、悉く叩頭して罪を謝し、遂に更めて敦睦の行を爲せり。

善行33
○蘇瓊除南淸河太守。有百姓乙普明兄弟爭田、積年不斷。各相援據乃至百人。瓊召普明兄弟、諭之曰、天下難得者兄弟、易求者田地。假令得田地、失兄弟心如何。因而下涙。諸證人莫不灑泣。普明兄弟叩頭乞外更思、分異十年、遂還同住。
【読み】
○蘇瓊[そけい]、南淸河の太守に除せらる。百姓乙普明兄弟、田を爭う有り、年を積みて斷ぜず。各々相援據して乃ち百人に至る。瓊、普明兄弟を召し、之を諭して曰く、天下に得難き者は兄弟、求め易き者は田地なり。假令田地を得とも、兄弟を失はば心如何、と。因りて涙を下す。諸々の證人泣を灑がざる莫し。普明兄弟叩頭して外にて更め思わんことを乞い、分異十年、遂に還りて同じく住む。

善行34
○王祥弟覽母朱氏、遇祥無道。覽年數歳、見祥被楚撻、輒涕泣抱持。至于成童每諫其母。其母少止凶虐。朱屢以非理使祥、覽與祥倶。又虐使祥妻、覽妻亦趨而共之。朱患之乃止。
【読み】
○王祥の弟覽の母朱氏、祥に遇すること無道なり。覽年數歳、祥の楚撻せらるるを見て、輒ち涕泣して抱持す。成童に至りて每に其の母を諫む。其の母少しく凶虐を止む。朱屢々非理を以て祥を使えば、覽、祥と倶にす。又祥の妻を虐使すれば、覽の妻も亦趨りて之を共にす。朱、之を患えて乃ち止む。

善行35
○晉右僕射鄧攸、永嘉末、没于石勒、過泗水。攸以牛馬負妻子而逃、又遇賊掠其牛馬。歩走擔其兒及其弟子綏。度不能兩全、乃謂其妻曰、吾弟蚤亡唯有一息。理不可絶。止應自棄我兒耳。幸而得存、我後當有子。妻泣而從之。乃棄其子而去之。卒以無嗣。時人義而哀之、爲之語曰、天道無知。使鄧伯道無兒。弟子綏服攸喪三年。
【読み】
○晉の右僕射鄧攸[とうゆう]、永嘉の末、石勒に没し、泗水を過ぐ。攸、牛馬を以て妻子を負わしめて逃れ、又賊に遇い、其の牛馬を掠めらる。歩走して其の兒及び其弟の子綏[すい]を擔う。兩つながら全くすること能わざるを度り、乃ち其の妻に謂いて曰く、吾が弟蚤く亡び唯一息有り。理、絶つ可からず。止[た]だ應[まさ]に自ら我が兒を棄つべきのみ。幸にして存することを得ば、我後に當に子有るべし。妻泣きて之に從う。乃ち其の子を棄て之を去る。卒に以て嗣無し。時の人義として之を哀れみ、之が爲に語りて曰く、天道も知ること無し。鄧伯道をして兒無からしむ、と。弟の子綏、攸の喪に服すこと三年なり。

善行36
○晉咸寧中大疫。庾袞二兄倶亡、次兄毗復危殆。癘氣方熾。父母諸弟皆出次于外。袞獨留不去。諸父兄強之。乃曰、袞性不畏病。遂親自扶持晝夜不眠。其間復撫柩哀臨不輟。如此十有餘旬、疫勢旣歇、家人乃反、毗病得差。袞亦無恙。父老咸曰、異哉此子。守人所不能守、行人所不能行。歳寒然後知松柏之後凋。始知疫癘之不能相染也。
【読み】
○晉の咸寧中、大いに疫す。庾袞[ゆこん]の二兄倶に亡び、次兄の毗[ひ]復た危殆なり。癘氣方に熾んなり。父母諸弟皆出でて外に次す。袞獨り留りて去らず。諸父兄之を強う。乃ち曰く、袞、性、病を畏れず、と。遂に親しく自ら扶持して晝夜眠らず。其の間復た柩を撫で哀臨して輟[や]まず。此の如きこと十有餘旬、疫勢旣に歇[や]み、家人乃ち反り、毗の病差[い]ゆるを得。袞も亦恙無し。父老咸曰く、異なるかな、此の子。人の守る能わざる所を守り、人の行う能わざる所を行う。歳寒くして然して後に松柏の凋むに後るるを知る。始めて疫癘の相染むる能わざることを知る、と。

善行37
○楊播家世純厚、並敦義讓。昆季相事有如父子。椿・津恭謙。兄弟旦則聚於廳堂、終日相對未嘗入内。有一美味、不集不食。廳堂間、往往幃幔隔障爲寢息之所、時就休偃、還共談笑。椿年老、曾他處醉歸。津扶持還室、假寢閤前承候安否。椿津年過六十、並登台鼎、而津常旦莫參問、子姪羅列階下。椿不命坐、津不敢坐。椿每近出、或日斜不至、津不先飯、椿還然後共食。食則津親授匙箸、味皆先嘗。椿命食然後食。津爲肆州、椿在京宅。每有四時嘉味、輒因使次附之。若或未寄、不先入口。一家之内男女百口、緦服同爨、庭無間言。
【読み】
○楊播の家世々純厚、並びに義讓に敦し。昆季相事うること父子の如き有り。椿・津、恭謙なり。兄弟旦には則ち廳堂に聚り、終日相對し未だ嘗て内に入らず。一の美味有れば、集まらざれば食わず。廳堂の間、往往幃幔もて隔障して寢息の所と爲し、時に就きて休偃し、還りて共に談笑す。椿年老い、曾て他處より醉うて歸る。津扶持して室に還り、閤前に假寢して安否を承け候う。椿・津年六十を過ぎ、並びて台鼎に登りて、津常に旦莫參問し、子姪階下に羅列す。椿、坐を命ぜざれば、津、敢て坐せず。椿每に近く出で、或は日斜にして至らざれば、津先ず飯せず、椿還りて然して後共に食う。食えば則ち津親[みずか]ら匙箸を授け、味皆先ず嘗む。椿食を命じて然して後食う。津肆州と爲り、椿京宅に在り。四時の嘉味有る每に、輒ち使の次に因りて之を附す。或は未だ寄せざるが若きは、先に口に入れず。一家の内男女百口、緦服も爨[さん]を同じくし、庭に間言無し。

善行38
○隋吏部尙書牛弘弟弼、好酒而酗。嘗醉射殺弘駕車牛。弘還宅。其妻迎謂弘曰、叔射殺牛。弘聞無所恠問、直答曰、作脯。坐定。其妻又曰、叔射殺牛、大是異事。弘曰、已知。顏色自若讀書不輟。
【読み】
○隋の吏部尙書牛弘の弟弼、酒を好みて酗[く]す。嘗て醉うて弘の駕車の牛を射殺す。弘宅に還る。其の妻迎えて弘に謂いて曰く、叔、牛を射殺す、と。弘聞きて恠しみ問う所無く、直に答えて曰く、脯を作れ、と。坐定まる。其の妻又曰く、叔、牛を射殺す、大いに是れ異事なり、と。弘曰く、已に知る、と。顏色自若として書を讀みて輟[や]まず。

善行39
○唐英公李勣、貴爲僕射。其姊病必親爲然火煮粥。火焚其鬚。姊曰、僕妾多矣。何爲自苦如此。勣曰、豈爲無人耶。顧今姊年老勣亦老。雖欲數爲姊煮粥、復可得乎。
【読み】
○唐の英公李勣、貴きこと僕射爲り。其の姊病めば必ず親ら爲に火を然き粥を煮る。火其の鬚[しゅ]を焚く。姊曰く、僕妾多し。何爲れぞ自ら苦しむこと此の如き、と。勣曰く、豈人無きと爲さんや。顧[おも]うに今姊年老い勣も亦老う。數々姊の爲に粥を煮んと欲すと雖も、復た得可けんや、と。

善行40
○司馬溫公、與其兄伯康、友愛尤篤。伯康年將八十、公奉之如嚴父、保之如嬰兒。每食少頃則問曰、得無餓乎。天少冷則拊其背曰、衣得無薄乎。
【読み】
○司馬溫公、其の兄伯康と、友愛尤も篤し。伯康年將に八十にならんとするに、公之に奉ずること嚴父の如く、之を保つこと嬰兒の如し。食する每に少頃[しばらく]すれば則ち問いて曰く、餓えること無きを得るや、と。天少しく冷れば則ち其の背を拊[う]ちて曰く、衣薄きこと無きを得るや、と。

善行41
○近世故家惟晁氏、因以道申戒子弟皆有法度。群居相呼、外姓尊長必曰某姓第幾叔若兄、諸姑・尊姑之夫必曰某姓姑夫、某姓尊姑夫、未嘗敢呼字也。其言父黨交游、必曰某姓幾丈、亦未嘗敢呼字也。當時故家舊族、皆不能若是。
【読み】
○近世の故家、惟晁氏のみ、以道、戒を子弟に申ぶるに因りて皆法度有り。群居して相呼ぶに、外姓の尊長は必ず某姓の第幾叔若しくは兄と曰い、諸姑・尊姑の夫は必ず某姓の姑夫、某姓の尊姑夫と曰い、未だ嘗て敢て字を呼ばず。其の父黨の交游を言うに、必ず某姓の幾丈と曰い、亦未だ嘗て敢て字を呼ばず。當時の故家舊族、皆是の若きこと能わず。

善行42
○包孝肅公尹京時、民有自言。以白金百兩寄我者死矣。予其子、不肯受。願召其子予之。尹召其子。辭曰、亡父未嘗以白金委人也。兩人相讓久之。呂滎公聞之曰、世人喜言無好人三字者、可謂自賊者矣。古人言人皆可以爲堯・舜。蓋觀於此而知之。
【読み】
○包孝肅公、京に尹たる時、民自ら言う有あり。白金百兩を以て我に寄する者死す。其の子に予[あた]うれども、受くるを肯[したが]わず。其の子を召して之に予えんことを願う、と。尹其の子を召す。辭して曰く、亡父未だ嘗て白金を以て人に委ねざるなり、と。兩人相讓り之を久しくす。呂滎公之を聞きて曰く、世人喜[この]みて無好人の三字を言う者は、自ら賊う者と謂う可し。古人、人皆以て堯・舜と爲る可しと言う。蓋し此に觀て之を知る、と。

善行43
○萬石君石奮歸老于家、過宮門闕、必下車趨、見路馬、必軾焉。子孫爲小吏。來歸謁、萬石君必朝服見之不名。子孫有過失不誚讓。爲便坐、對案不食。然後諸子相責、因長老肉祖固謝罪、改之乃許。子孫勝冠者在側、雖燕必冠申申如也。僮僕訢訢如也。唯謹。上時賜食於家、必稽首俯伏而食、如在上前。其執喪、哀戚甚。子孫遵敎亦如之。萬石君家、以孝謹聞乎郡國。雖齊・魯諸儒質行、皆自以爲不及也。長子建爲郎中令、少子慶爲内史。建老白首、萬石君尙無恙。每五日洗沐歸謁親、入子舎、竊問侍者、取親中帬厠牏身自浣洒、復與侍者、不敢令萬石君知之、以爲常。内吏慶醉歸、入外門不下車。萬石君聞之不食。慶恐肉袒謝罪。不許。舉宗及兄建肉袒。萬石君讓曰、内吏、貴人。入閭里、里中長老皆走匿、而内吏坐車中自如。固當。乃謝罷慶。慶及諸子入里門、趨至家。
【読み】
○萬石君石奮、家に歸老し、宮の門闕を過ぐれば、必ず車より下りて趨り、路馬を見れば、必ず軾す。子孫小吏爲り。來り歸して謁すれば、萬石君必ず朝服して之を見て名いわず。子孫に過失有れば誚讓せず。爲に便坐し、案に對して食わず。然して後に諸子相責め、長老に因りて肉祖し固く罪を謝し、之を改むれば乃ち許す。子孫冠するに勝うる者側に在れば、燕と雖も必ず冠して申申如たり。僮僕には訢訢如たり。唯謹む。上、時に食を家に賜わば、必ず稽首俯伏して食い、上の前に在るが如し。其の喪を執るには、哀戚甚し。子孫敎に遵いて亦之の如くす。萬石君の家、孝謹を以て郡國に聞ゆ。齊・魯の諸儒質行と雖も、皆自ら以て及ばずと爲す。長子建、郎中令爲り、少子慶、内史爲り。建老いて白首にして、萬石君尙恙無し。五日の洗沐每に歸りて親に謁し、子舎に入り、竊に侍者に問い、親の中帬[ちゅうくん]厠牏[しとう]を取りて身自ら浣洒し、復た侍者に與え、敢て萬石君をして之を知らしめず、以て常と爲す。内吏慶醉うて歸り、外門に入りて車より下らず。萬石君之を聞きて食わず。慶恐れて肉袒して罪を謝す。許さず。舉宗及び兄建肉袒す。萬石君讓[せ]めて曰く、内吏は貴人なり。閭里に入れば、里中の長老皆走り匿れて、内吏車中に坐して自如たること固より當る、と。乃ち謝して慶を罷む。慶及び諸子里門に入れば、趨りて家に至る。

善行44
○疏廣爲太子太傅。上疏乞骸骨。加賜黄金二十斤。太子贈五十斤。歸郷里、日令家供具、設酒食、請族人・故舊・賓客、相與娯樂、數問其家金餘尙有幾斤、趣賣以共具。居歳餘、廣子孫竊謂其昆弟老人廣所信愛者曰、子孫冀及君時、頗立產業基址。今日飮食費且盡。宜從丈人所、勸說君置田宅。老人卽以間暇時、爲廣言此計。廣曰、吾豈老悖不念子孫哉。顧自有舊田盧。令子孫勤力其中、足以共衣食。與凡人齊。今復增益之以爲贏餘、但敎子孫怠惰耳。賢而多財則損其志、愚而多財則益其過。且夫富者衆之怨也。吾旣無以敎化子孫。不欲益其過而生怨。又此金者、聖主所以惠養老臣也。故樂與郷黨・宗族共享其賜、以盡吾餘日、不亦可乎。
【読み】
○疏廣、太子の太傅爲り。上疏して骸骨を乞う。黄金二十斤を加え賜う。太子五十斤を贈る。郷里に歸り、日に家をして具を供え、酒食を設けしめ、族人・故舊・賓客を請いて、相與に娯樂し、數々其の家金の餘り尙幾斤有るかと問い、趣[うなが]し賣りて以て具を共す。居ること歳餘、廣の子孫、竊に其の昆弟老人の廣の信愛する所の者に謂いて曰く、子孫君時に及びて、頗る產業の基址を立てんことを冀う。今日に飮食し、費して且[まさ]に盡んとす。宜しく丈人の所より、君に田宅を置かんことを勸說すべし、と。老人卽ち間暇の時を以て、廣の爲に此の計を言う。廣曰く、吾豈老悖[ろうはい]して子孫を念わざらんや。顧[おも]うに自ら舊田盧有り。子孫をして力を其の中に勤めしめば、以て衣食を共するに足る。凡人と齊し。今復た之を增益して以て贏餘[えいよ]を爲すは、但子孫に怠惰を敎うるのみ。賢にして財多ければ則ち其の志を損し、愚にして財多ければ則ち其の過を益す。且つ夫れ富は衆の怨みなり。吾旣に以て子孫を敎化すること無し。其の過を益して怨みを生ずるを欲せず。又此の金は、聖主の以て老臣を惠養する所なり。故に郷黨・宗族と共に其の賜を享くるを樂しみて、以て吾が餘日を盡すも、亦可ならざらんや、と。

善行45
○龐公未嘗入城府。夫妻相敬如賓。劉表候之。龐公釋耕於壟上、而妻子耘於前。表指而問曰、先生苦居畎畒而不肯官祿。後世何以遺子孫乎。龐公曰、世人皆遺之以危。今獨遺之以安。雖所遺不同、未爲所遺也。表嘆息而去。
【読み】
○龐公未だ嘗て城府に入らず。夫妻相敬うこと賓の如し。劉表之を候[うかが]う。龐公耕を壟上に釋して、妻子前に耘[くさぎ]る。表、指して問いて曰く、先生苦しみて畎畒に居りて官祿を肯[したが]わず。後世何を以て子孫に遺さんや、と。龐公曰く、世人皆之に遺すに危きを以てす。今獨り之に遺すに安きを以てす。遺す所同じからずと雖も、未だ遺す所無しと爲さざるなり、と。表、嘆息して去る。

善行46
○陶淵明爲彭澤令、不以家累自隨。送一力給其子書曰、汝旦夕之費、自給爲難。今遣此力助汝薪水之勞。此亦人子也。可善遇之。
【読み】
○陶淵明、彭澤[ほうたく]の令と爲り、家累を以て自ら隨えず。一力を送りて其の子に給する書に曰く、汝旦夕の費、自ら給すること難きと爲す。今此の力を遣り、汝が薪水の勞を助く。此も亦人の子なり。善く之を遇す可し、と。

善行47
○崔孝芬兄弟、孝義慈厚。弟孝暐等、奉孝芬盡恭順之禮。坐食進退、孝芬不命則不敢也。鶏鳴而起、且溫顏色、一錢尺帛不入私房。吉凶有須、聚對分給。諸婦亦相親愛、有無共之。孝芬叔振旣亡後、孝芬等承奉叔母李氏、若事所生。旦夕溫淸、出入啓覲、家事巨細一以咨决。每兄弟出行有獲、則尺寸以上皆入李之庫。四時分賚、李氏自裁之。如此二十餘歳。
【読み】
○崔孝芬兄弟、孝義慈厚なり。弟孝暐等、孝芬を奉じて恭順の禮を盡す。坐食進退、孝芬命ぜざれば則ち敢てせざるなり。鶏鳴きて起き、且つ顏色を溫にし、一錢尺帛も私房に入れず。吉凶須[もち]うること有れば、聚り對して分ち給す。諸婦も亦相親愛して、有無之を共にす。孝芬の叔振旣に亡びて後、孝芬等叔母李氏に承奉すること、所生に事うるが若し。旦夕溫淸し、出入啓覲し、家事巨細一に以て咨い决す。兄弟出で行きて獲る有る每に、則ち尺寸以上は皆李の庫に入るる。四時分ち賚[あた]うるに、李氏自ら之を裁す。此の如きこと二十餘歳。

善行48
○王凝常居慄如也。子弟非公服不見。閨門之内、若朝廷焉。御家以四敎。勤・儉・恭・恕。正家以四禮。冠・昏・喪・祭。聖人之書及公服禮器不假。垣屋・什物必堅朴。曰、無苟費也。門巷・果木必方列。曰、無苟亂也。
【読み】
○王凝、常居慄如たり。子弟も公服に非ざれば見ず。閨門の内、朝廷の若し。家を御[おさ]むるに四敎を以てす。勤・儉・恭・恕。家を正すに四禮を以てす。冠・昏・喪・祭。聖人の書及び公服禮器は假らず。垣屋・什物は必ず堅朴にす。曰く、苟も費すこと無からん、と。門巷・果木は必ず方列にす。曰く、苟も亂すること無からん、と。

善行49
○張公藝九世同居、北齊隋唐、皆旌表其門。麟德中高宗封泰山、幸其宅、召見公藝、問其所以能睦族之道。公藝請紙筆以對。乃書忍字百餘以進。其意以爲宗族所以不協、由尊長衣食或有不均、卑幼禮節或有不備、更相責望、遂爲乖爭。苟能相與忍之、則家道雍睦矣。
【読み】
○張公藝、九世同居し、北齊・隋・唐、皆其の門に旌表す。麟德中に高宗泰山に封じ、其の宅に幸し、召して公藝を見、其の能く族を睦む所以の道を問う。公藝、紙筆以て對さんことを請う。乃ち忍の字百餘を書して以て進む。其の意、以て宗族の協[かな]わざる所以は、尊長の衣食或は均しからざる有り、卑幼の禮節或は備わらざる有るに由りて、更々[こもごも]相責望し、遂に乖爭を爲す。苟も能く相與に之を忍ばば、則ち家道雍睦すと爲す、と。

善行50
○韓文公作董生行曰、淮水出桐柏山東馳、遥遥千里不能休。淝水出其側不能千里、百里入淮流。壽州屬縣有安豐。唐貞元年時、縣人董生召南隱居行義於其中。剌吏不能薦、天子不聞名聲。爵祿不及門。門外惟有吏日來徵租、更索錢。嗟哉、董生朝出耕、夜歸讀古人書。盡日不得息。或山而樵、或水而漁。入厨具甘旨、上堂問起居。父母不慼慼、妻子不咨咨。嗟哉、董生孝且慈。人不識、唯有天翁知、生祥下端無休期。家有狗乳、出求食。鷄來哺其兒、啄啄庭中拾蟲蟻、哺之不食鳴聲悲。彷徨躑躅久不去、以翼來覆待狗歸。嗟哉、董生誰將與儔。時之人夫妻相虐、兄弟爲讎、食君之祿而令父母愁。亦獨何心。嗟哉、董生無與儔。
【読み】
○韓文公、董生行を作りて曰く、淮水、桐柏山より出でて東に馳せ、遥遥として千里休むこと能わず。淝水、其の側より出でて千里なること能わず、百里にして淮に入りて流る。壽州の屬縣に安豐有り。唐の貞元年の時に、縣人董生召南、隱居して義を其の中に行う。剌吏薦むること能わず、天子名聲を聞かず。爵祿門に及ばず。門外に惟吏日に來て租を徵し、更に錢を索むる有り。嗟哉、董生朝は出でて耕し、夜は歸りて古人書を讀む。盡日息むことを得ず。或は山にして樵し、或は水にして漁す。厨に入りて甘旨を具え、堂に上りて起居を問う。父母慼慼たらず、妻子咨咨たらず。嗟哉、董生孝にして且つ慈なり。人識らず、唯天翁の知る有りて、祥を生じ端を下して休期無し。家に狗の乳する有りて、出でて食を求む。鷄來りて其の兒に哺し、庭中に啄啄[たくたく]として蟲蟻を拾い、之に哺して食わざれば鳴く聲悲し。彷徨躑躅[てきちょく]して久しく去らず、翼を以て來り覆いて狗の歸るを待つ。嗟哉、董生誰か將に與に儔[ともな]わんとす。時の人は夫妻相虐げ、兄弟讎と爲り、君の祿を食みて父母をして愁えしむ。亦獨り何の心ぞ。嗟哉、董生與に儔なうこと無し。

善行51
○唐河東節度使柳公綽、在公卿間最名有家法。中門東有小齋、自非朝謁之日、每平旦輒出至小齋。諸子仲郢皆束帶晨省於中門之北。公綽决私事、接賓客、與弟公權及群從弟再會食、自旦至莫不離小齋。燭至則命一人子弟執經史、躬讀一過訖、乃講議居官治家之法、或論文、或聽琴、至人定鐘、然後歸寢。諸子復昏定於中門之北。凡二十餘年、未嘗一日變易。其遇饑歳、則諸子皆疎食。曰、昔吾兄弟侍先君爲丹州剌吏。以學業未成、不聽食肉。吾不敢忘也。姑姊妹姪有孤嫠者、雖疎遠必爲擇壻嫁之、皆用刻木粧奩纈文絹爲資裝。常言必待資裝豐備、何如嫁不失時。及公綽卒、仲郢一遵其法。事公權如事公綽。非甚病、見公權未嘗不束帶。爲京兆尹・塩鐡吏。出遇公權於通衢、必下馬、端笏、立候、公權過乃上馬。公權莫歸、必束帶迎候於馬首。公權屢以爲言、仲郢終不以官達有小改。公綽妻韓氏相國休之曾孫、家法嚴肅儉約、爲搢紳家楷範。歸柳氏三年、無少長、未嘗見其啓齒。常衣絹素、不用綾羅錦繡。每歸覲不乗金碧輿、秪乗竹兠子、二靑衣歩屣以隨。常命粉苦參・黄連・熊膽、和爲丸賜諸子、每永夜習學、含之以資勤苦。
【読み】
○唐の河東の節度使柳公綽[こうしゃく]、公卿の間に在りて最も家法有りと名づく。中門の東に小齋有り、朝謁の日に非ざるよりは、平旦每に輒ち出でて小齋に至る。諸子仲郢[ちゅうえい]、皆束帶して中門の北に晨省す。公綽私の事を决し、賓客に接わり、弟公權及び群從弟と再び會して食い、旦より莫に至るまで小齋を離れず。燭至れば則ち一人の子弟に命じて經史を執らしめて、躬ら讀むこと一過し訖[おわ]り、乃ち官に居り家を治むるの法を講議し、或は文を論じ、或は琴を聽き、人定の鐘に至りて、然して後に歸して寢ぬ。諸子復た中門の北に昏定す。凡そ二十餘年、未だ嘗て一日も變易せず。其の饑歳に遇えば、則ち諸子皆疎食す。曰く、昔吾兄弟、先君の丹州の剌吏と爲るに侍す。學業未だ成らざるを以て、肉を食うを聽かず。吾敢て忘れざるなり、と。姑姊妹姪の孤嫠[こり]なる者有れば、疎遠と雖も必ず爲に壻を擇びて之を嫁し、皆刻木の粧奩[しょうれん]、纈文[けつぶん]の絹を用いて資裝と爲す。常に必ず資裝の豐備なるを待たば、何如ぞ嫁するに時を失なわざらんと言う。公綽卒するに及びて、仲郢一に其の法に遵う。公權に事うること、公綽に事うるが如し。甚だ病むに非ざれば、公權に見ゆるに未だ嘗て束帶せずんばあらず。京兆の尹・塩鐡吏と爲る。出でて公權に通衢[つうく]に遇えば、必ず馬より下り、笏を端して、立ちて候[うかが]い、公權過ぎて乃ち馬に上る。公權莫に歸れば、必ず束帶して馬首に迎え候う。公權屢々以て言を爲すも、仲郢終に官達を以て小しくも改むること有らず。公綽の妻韓氏は相國休の曾孫、家法嚴肅儉約にして、搢紳の家の楷範爲り。柳氏に歸して三年、少長と無く、未だ嘗て其の齒を啓くを見ず。常に絹素を衣て、綾羅錦繡を用いず。歸覲する每に金碧の輿に乗らず、秪[ただ]竹兠子に乗り、二りの靑衣歩屣[ほし]して以て隨う。常に命じて苦參・黄連・熊膽を粉にし、和して丸と爲して諸子に賜い、永夜習學する每に、之を含みて以て勤苦を資[たす]く。

善行52
○江州陳氏宗族七百口、每食設廣席、長幼以次坐而共食之。有畜犬百餘、共一牢食。一犬不至、諸犬爲之不食。
【読み】
○江州の陳氏、宗族七百口、食する每に廣席を設け、長幼次を以て坐して共に之を食う。畜犬百餘有り、一牢を共にして食う。一犬至らざれば、諸犬之が爲に食わず。

善行53
○溫公曰、國朝公卿能守先法、久而不衰者唯故李相家。子孫數世、至二百餘口、猶同居共爨。田園邸舍所收、及有官者俸祿、皆聚之一庫、計口日給餉、婚姻喪葬所費、皆有常數。分命子弟掌其事。其規模大抵出於翰林學士宗諤所制也。
【読み】
○溫公曰く、國朝の公卿能く先法を守り、久しくして衰えざる者は唯故李相の家のみ。子孫數世、二百餘口に至り、猶同居して爨[さん]を共にす。田園邸舍の收むる所、及び官有る者の俸祿、皆之を一庫に聚め、口を計りて日に給餉[きゅうしょう]し、婚姻喪葬に費す所、皆常數有り。子弟に分ち命じて其の事を掌らしむ。其の規模は大抵翰林學士宗諤[そうがく]の制する所に出づ。

右實明倫。
【読み】
右、明倫を實にす。

善行54
或問第五倫曰、公有私乎。對曰、昔人有與吾千里馬者。吾雖不受、每三公有所選舉、心不能忘。而亦終不用也。吾兄子嘗病。一夜十往、退而安寢。吾子有疾。雖不省視、而竟夕不眠。若是者豈可謂無私乎。
【読み】
或ひと第五倫に問いて曰く、公も私有るか、と。對えて曰く、昔人、吾に千里の馬を與うる者有り。吾受けずと雖も、三公選舉する所有る每に、心忘るること能わず。而れども亦終に用いざるなり。吾が兄の子嘗て病む。一夜に十たび往き、退きて安く寢ぬ。吾が子疾有り。省み視ずと雖も、竟夕眠らず。是の若きは豈私無きと謂う可けんや、と。

善行55
○劉寬雖居庫卒、未嘗疾言遽色。夫人欲試寬令恚、伺當朝會裝嚴已訖、使侍婢奉肉羹、翻汚朝服。婢遽收之。寬神色不異。乃徐言曰、羹爛汝手乎。其性度如此。
【読み】
○劉寬、庫卒に居ると雖も、未だ嘗て疾言遽色せず。夫人寬を試して恚[いか]らしめんと欲し、朝會に當り裝嚴已に訖[おわ]るを伺い、侍婢をして肉羹を奉じ、翻して朝服を汚さしむ。婢遽に之を收む。寬、神色異らず。乃ち徐[おもむろ]に言いて曰く、羹、汝が手を爛[ただ]らすか、と。其の性度此の如し。

善行56
○張湛矜嚴好禮、動止有則。居處幽室、必自脩整。雖遇妻子、若嚴君焉。及在郷黨、詳言正色。三輔以爲儀表。建武初爲左馮翊。告歸平陵、望寺門而歩。主簿進曰、明府位尊德重。不宜自輕。湛曰、禮下公門、軾路馬。孔子於郷黨恂恂如也。父母之國所宜盡禮。何謂輕哉。
【読み】
○張湛、矜嚴にして禮を好み、動止則有り。居處幽室、必ず自ら脩整す。妻子に遇うと雖も嚴君の若し。郷黨に在るに及びては、言を詳かにし色を正しくす。三輔以て儀表と爲す。建武の初、左馮翊[さひょうよく]と爲る。平陵に告げて歸り、寺門を望みて歩む。主簿進みて曰く、明府位尊の德重し。宜しく自ら輕んずべからず、と。湛曰く、禮に公門に下り、路馬に軾す、と。孔子郷黨に於て恂恂如たり。父母の國は宜しく禮を盡すべき所なり。何ぞ輕くすと謂わんや、と。

善行57
○楊震所舉荊州茂才王密、爲昌邑令、謁見、懷金十斤以遺震。震曰、故人知君。君不知故人、何也。密曰、莫夜無知者。震曰、天知、神知、吾知、子知。何謂無知。密愧而去。
【読み】
○楊震舉ぐる所の荊州の茂才王密、昌邑の令と爲り、謁見し、金十斤を懷にして以て震に遺る。震曰く、故人君を知る。君故人を知らざるは何ぞや、と。密曰く、莫夜知る者無し、と。震曰く、天知る、神知る、吾知る、子知る。何ぞ知ること無しと謂わんや、と。密愧じて去る。

善行58
○茅容與等輩避雨樹下。衆皆夷踞相對。容獨危坐愈恭。郭林宗行見之而奇其異、遂與共言、因請寓宿。旦日容殺鷄爲饌。林宗謂爲己設。旣而供其母、自以草蔬與客同飯。林宗起拜之曰、卿賢乎哉。因勸令學。卒以成德。
【読み】
○茅容、等輩と雨を樹下に避く。衆皆夷踞して相對す。容、獨り危坐して愈々恭し。郭林宗、行々之を見て其の異を奇とし、遂に與に共に言い、因りて請いて寓宿す。旦日、容鷄を殺して饌を爲る。林宗己が爲に設くと謂う。旣にして其の母に供し、自ら草蔬を以て客と同じく飯す。林宗起ちて之を拜して曰く、卿、賢なるかな、と。因りて勸めて學ばしむ。卒に以て德を成す。

善行59
○陶侃爲廣州刺吏。在州無事、輒朝運百甓於齋外、莫運於齋内。人問其故。答曰、吾方致力中原。過爾優逸、恐不堪事。其勵志勤力、皆此類也。後爲荆州刺吏。侃性聦敏、勤於吏職。恭而近禮、愛好人倫、終日歛膝危坐。閫外多事、千緒萬端、罔有遺漏。遠近書疏莫不手答、筆翰如流。未嘗壅滯。引接疏遠門無停客。常語人曰、大禹聖人、乃惜寸陰。至於衆人、當惜分陰。豈可逸遊荒醉。生無益於時、死無聞於後、是自棄也。諸參佐或以談戲廢事者、乃命取其酒器蒱博之具、悉投之于江。吏將則加鞭扑。曰、樗蒱者牧猪奴戲耳。老莊浮華非先王之法言、不可行也。君子當正其衣冠、攝其威儀。何有亂頭養望、自謂弘達耶。
【読み】
○陶侃[とうかん]、廣州の刺吏爲り。州に在りて事無ければ、輒ち朝に百甓を齋外に運び、莫に齋内に運ぶ。人其の故を問う。答えて曰く、吾方に力を中原に致さんとす。過爾として優逸せば、事に堪えざらんことを恐る。其の志を勵し力を勤むること、皆此の類なり。後、荆州の刺吏と爲る。侃、性聦敏にして、吏職を勤む。恭にして禮に近づき、人倫を愛し好み、終日膝を斂めて危坐す。閫[こん]外多事、千緒萬端、遺漏有る罔し。遠近の書疏手ずから答えざること莫く、筆翰流るるが如し。未だ嘗て壅滯せず。疏遠を引接して門に停客無し。常に人に語りて曰く、大禹は聖人なるに、乃ち寸陰を惜しむ。衆人に至りては、當に分陰を惜しむべし。豈逸遊荒醉す可けんや。生きて時に益無く、死して後に聞ゆる無きは、是れ自ら棄つるなり、と。諸參佐或は談戲を以て事を廢する事は、乃ち命じて其の酒器蒱博[ほはく]の具を取り、悉く之を江に投ず。吏將は則ち鞭扑を加う。曰く、樗蒱[ちょほ]は牧猪奴の戲れのみ。老莊の浮華は先王の法言に非ず、行う可からざるなり。君子は當に其の衣冠を正し、其の威儀を攝むべし。何ぞ亂頭養望し、自ら弘達なりと謂うこと有らんや、と。

善行60
○王勃・楊烱・盧照鄰・駱賓王、皆有文名。謂之四傑。裴行儉曰、士之致遠、先器識而後文藝。勃等雖有文才、而浮躁淺露、豈享爵祿之器耶。楊子沈靜、應得令長。餘得令終爲幸。其後勃溺南海、照鄰投頴水、賓王被誅、烱終盈川令。皆如行儉之言。
【読み】
○王勃・楊烱[ようけい]・盧照鄰・駱賓王、皆文名有り。之を四傑と謂う。裴行儉曰く、士の遠きを致すは、器識を先にして文藝を後にす。勃等文才有りと雖も、而れども浮躁淺露、豈爵祿を享くるの器ならんや。楊子は沈靜、應[まさ]に令長を得べし。餘は終を令[よ]くすることを得ば幸と爲す、と。其の後勃は南海に溺れ、照鄰は頴水に投じ、賓王は誅せられ、烱は盈川の令に終 わる。皆行儉の言の如し。

善行61
○孔戡於爲義若嗜慾、不顧前後。於利與祿、則畏避退怯如懦夫然。
【読み】
○孔戡[こうかん]、義を爲むるに於ては嗜慾の若く、前後を顧みず。利と祿とに於ては、則ち畏避退怯の懦夫の如く然り。

善行62
○柳公綽居外藩。其子每入境、郡邑未嘗知。旣至每出入、常於戟門外下馬。呼幕賓爲丈、皆許納拜。未嘗笑語欵洽。
【読み】
○柳公綽[りゅうこうしゃく]、外藩に居る。其の子每に境に入るに、郡邑未だ嘗て知らず。旣に至りて出入する每に、常に戟門の外に於て馬を下る。幕賓を呼びて丈と爲し、皆拜を納るるを許す。未だ嘗て笑語欵洽[かんこう]せず。

善行63
○柳仲郢以禮律身。居家無事亦端坐拱手。出内齋未嘗不束帶。三爲大鎭。廐無良馬、衣不熏香。公退必讀書、手不釋卷。家法、在官不奏祥瑞。不度僧道。不貸贓吏法。凡理藩府、急於濟貧卹孤。有水旱必先期假貸、廩軍食必精豐、逋租必貰免、舘傳必增飾、宴賓、犒軍必華盛、而交代之際食儲・帑藏、必盈溢於始至。境内有孤貧衣纓家女及筓者、皆爲選婿、出俸金、爲資裝嫁之。
【読み】
○柳仲郢[りゅうちゅうえい]、禮を以て身を律す。居家事無ければ亦端坐して手を拱す。内齋を出づるに未だ嘗て束帶せずんばあらず。三たび大鎭と爲る。廐に良馬無く、衣に香を熏ぜず。公より退けば必ず書を讀み、手に卷を釋[お]かず。家法、官に在りて祥瑞を奏せず。僧道を度せず。贓吏[ぞうり]の法を貸さず。凡そ藩府を理むるには、貧を濟い孤を卹[めぐ]むに急にす。水旱有れば必ず期に先だちて假貸し、廩の軍食は必ず精豐にし、租を逋[に]げば必ず貰免[せいめん]し、舘傳は必ず增飾し、賓を宴し、軍を犒[ねぎら]うには必ず華盛にして、而して交代の際、食儲[しょくちょ]・帑藏[どぞう]は、必ず始めて至るより盈溢にす。境内に孤貧衣纓の家の女の筓するに及ぶ者有れば、皆爲に婿を選び、俸金を出し、資裝と爲して之を嫁す。

善行64
○柳玭曰、王相國涯方居相位掌利權。竇氏女歸請曰、玉工貨一釵奇巧、須七十萬錢。王曰、七十萬錢我一月俸金耳。豈於女惜。但一釵七十萬、此妖物也。必與禍相隨。女子不復敢言。數月女自婚姻會歸、告王曰、前時釵爲馮外郎妻首飾矣。乃馮球也。王嘆曰、馮爲郎吏。妻之首飾有七十萬錢、其可久乎。馮爲賈相餗門人。最密。賈有蒼頭頗張威福。馮召而勖之。未浹旬馮晨謁賈。有二靑衣捧地黄酒出。飮之食頃而終。賈爲出涕、竟不知其由。又明年王・賈皆遘禍。噫、王以珍玩奇貨爲物之妖、信知言矣。徒知物之妖、而不知恩權隆赫之妖甚於物耶。馮以卑位貪寶貨、已不能正其家。盡忠所事而不能保其身。斯亦不足言矣。賈之臧獲、害門客于牆廡之間而不知。欲終始富貴、其可得乎。此雖一事、作戒數端。
【読み】
○柳玭[りゅうへん]曰く、王相國涯、方に相位に居りて利權を掌る。竇氏の女歸り請いて曰く、玉工一釵[いっさい]奇巧なるを貨[う]り、七十萬錢を須[もと]む、と。王曰く、七十萬錢は我が一月の俸金のみ。豈女に於て惜しまんや。但一釵七十萬は、此れ妖物なり。必ず禍と相隨わん、と。女子復た敢て言わず。數月にして女婚姻の會より歸り、王に告げて曰く、前時の釵は馮[ふ]外郎の妻の首飾と爲る、と。乃ち馮球なり。王嘆じて曰く、馮は郎吏爲り。妻の首飾に七十萬錢なる有り、其れ久しかる可けんや、と。馮、賈相餗[かしょうそく]の門人爲り。最も密なり。賈に蒼頭、頗る威福を張る有り。馮、召して之を勖[つと]む。未だ浹旬ならずして、馮、賈に晨謁す。二りの靑衣、地黄酒を捧げて出づ。之を飮むに食頃にして終 わる。賈、爲に涕を出だし、竟に其の由を知らず。又明年、王・賈皆禍いに遘う。噫、王、珍玩奇貨を以て物の妖と爲す、信[まこと]に言を知るなり。徒に物の妖を知りて、恩權隆赫の妖、物より甚しきを知らざるや。馮は卑位を以て寶貨を貪り、已に其の家を正すこと能わず。忠を事うる所に盡して其の身を保つこと能わず。斯れ亦言うに足らず。賈の臧獲、門客を牆廡の間に害して知らず。終始富貴ならんことを欲せども、其れ得可けんや。此れ一事と雖も、戒と作る數端なり。

善行65
○王文正公發解・南省・廷試、皆爲首冠。或戲之曰、狀元試三塲、一生喫著不盡。公正色曰、曾平生之志、不在溫飽。
【読み】
○王文正公、發解・南省・廷試、皆首冠と爲る。或ひと之に戲れて曰く、狀元の三塲に試さるる、一生喫著し盡ず、と。公色を正して曰く、曾、平生の志、溫飽に在らず、と。

善行66
○范文正公少有大節。其於富貴・貧賤・毀譽・歡戚、不一動其心、而慨然有志於天下。嘗自誦曰、士當先天下之憂而憂、後天下之樂而樂也。其事上遇人、一以自信、不擇利害爲趨捨。其有所爲、必盡其方曰、爲之自我者當如是。其成與否有不在我者。雖聖賢不能必、吾豈苟哉。
【読み】
○范文正公、少くして大節有り。其の富貴・貧賤・毀譽・歡戚に於るや、一つも其の心を動かさず、而して慨然として天下に志有り。嘗て自ら誦じて曰く、士は當に天下の憂いに先だちて憂え、天下の樂に後れて樂しむべし、と。其の上に事え人に遇うや、一に以て自ら信じ、利害を擇びて趨捨を爲さず。其れ爲す所有れば、必ず其の方を盡して曰く、之を爲すこと我よりする者は當に是の如くすべし。其の成ると否とは我に在らざる者有り。聖賢と雖も必とすること能わず、吾豈苟もせんや、と。

善行67
○司馬溫公嘗言、吾無過人者。但平生所爲、未嘗有不可對人言者耳。
【読み】
○司馬溫公嘗て言う、吾、人に過ぐる者無し。但平生爲す所、未だ嘗て人に對して言う可からざる者有らざるのみ、と。

善行68
○管寧嘗坐一木榻、積五十餘年、未嘗箕股。其榻上當膝處皆穿。
【読み】
○管寧嘗て一木榻[とう]に坐し、積むこと五十餘年、未だ嘗て箕股せず。其の榻上の膝に當る處、皆穿てり。

善行69
○呂正獻公自少講學、卽以治心養性爲本。寡嗜慾、薄滋味、無疾言・遽色、無窘歩、無惰容。凡嬉笑・俚近之語、未嘗出諸口。於世利紛華、聲伎游宴、以至於博奕奇玩、淡然無所好。
【読み】
○呂正獻公、少きより學を講ずるに、卽ち心を治め性を養うを以て本と爲す。嗜慾を寡くし、滋味を薄くし、疾言・遽色無く、窘歩[きんほ]無く、惰容無し。凡そ嬉笑・俚近の語、未だ嘗て諸を口に出さず。世利紛華、聲伎游宴より、以て博奕奇玩に至るに、淡然として好む所無し。

善行70
○明道先生終日端坐如泥塑人。及至接人、則渾是一團和氣。
【読み】
○明道先生、終日端坐して泥塑人の如し。人に接するに至るに及びては、則ち渾[すべ]て是れ一團の和氣なり。

善行71
○明道先生作字時甚敬。嘗謂人曰、非欲字好。卽此是學。
【読み】
○明道先生、字を作る時甚だ敬む。嘗て人に謂いて曰く、字好からんことを欲するに非ず。卽ち此は是れ學なり、と。

善行72
○劉忠定公見溫公、問盡心行己之要、可以終身行之者。公曰、其誠乎。劉公問行之何先。公曰、自不妄語始。劉公初甚易之。及退而自檃栝、日之所行與凡所言、自相掣肘矛盾者多矣。力行七年而後成。自此言行一致、表裏相應、遇事坦然常有餘裕。
【読み】
○劉忠定公、溫公に見えて、心を盡し己を行うの要、以て終身之を行う可き者を問う。公曰く、其れ誠か、と。劉公、之を行うに何れを先にせんと問う。公曰く、妄語せざるより始む、と。劉公初め甚だ之を易きとす。退きて自ら檃栝[いんかつ]するに及びて、日に之れ行う所と凡そ言う所と、自ら相掣肘矛盾する者多し。力めて行うこと七年にして而る後に成る。此より言行一致、表裏相に應じ、事に遇いて坦然として常に餘裕有り。

善行73
○劉公見賓客、談論踰時、體無欹側、肩背竦直、身不少動、至手足亦不移。
【読み】
○劉公、賓客を見るに、談論時を踰ゆるも、體、欹側[きそく]無く、肩背、竦直[しょうちょく]にして、身少しも動かさず、手足に至りても亦移さず。

善行74
○徐積仲車初從安定胡先生學、潜心力行、不復仕進。其學以至誠爲本、事母至孝。自言、初見安定先生退、頭容少偏。安定忽厲聲云、頭容直。某因自思、不獨頭容直、心亦要直也。自此不敢有邪心。卒謚節孝先生。
【読み】
○徐積仲車、初め安定胡先生に從いて學び、心を潜めて力めて行い、復た仕進せず。其の學至誠を以て本と爲し、母に事えて至孝なり。自ら言う、初め安定先生に見えて退くに、頭容少し偏なり。安定忽ち聲を厲して云う、頭の容は直くす、と。某因りて自ら思う、獨り頭の容直のみならず、心も亦直きを要せん、と。此より敢て邪心有らず、と。卒して節孝先生と謚す。

善行75
○文中子之服儉以潔。無長物焉。綺羅錦繍不入于室。曰、君子非黄白不御。婦人則有靑碧。
【読み】
○文中子の服儉にして以て潔し。長物無し。綺羅錦繍、室に入れず。曰く、君子黄白に非ざれば御[もち]いず。婦人は則ち靑碧有り、と。

善行76
○柳玭曰、高侍郎兄弟三人倶居淸列。非速客不二羹胾。夕食齕蔔匏而已。
【読み】
○柳玭[りゅうへん]曰く、高侍郎兄弟三人倶に淸列に居る。客を速[まね]くに非ざれば、羹胾[こうし]を二つにせず。夕食は蔔[ふく]・匏[ほう]を齕[は]むのみ。

善行77
○李文靖公治居第於封丘門外。廳事前、僅容旋馬。或言其太隘。公笑曰、居第當傳子孫。此爲宰輔廳事誠隘、爲太祝・奉禮廳事則已寬矣。
【読み】
○李文靖公、居第を封丘門の外に治む。廳事の前、僅に馬を旋らすを容れん。或ひと其れ太だ隘しと言う。公笑いて曰く、居第は當に子孫に傳うべし。此れ宰輔の廳事と爲れば誠に隘し、太祝・奉禮の廳事と爲れば、則ち已[はなは]だ寬し、と。

善行78
○張文節公爲相、自奉、如河陽掌書記時。所親或規之曰、今公受俸不少、而自奉若此。雖自信淸約、外人頗有公孫布被之譏。公宜少從衆。公嘆曰、吾今日之俸、雖舉家錦衣玉食、何患不能。顧人之常情、由儉入奢易、由奢入儉難。吾今日之俸豈能常有、身豈能常存。一旦異於今日、家人習奢已久、不能頓儉、必至失所。豈若吾居位去位、身存身亡、如一日乎。
【読み】
○張文節公、相と爲り、自ら奉ずること河陽の掌書記の時の如し。所親或は之を規して曰く、今公俸を受くること少なからずして、自ら奉ずること此の若し。自ら信じて淸約にすと雖も、外人頗る公孫布被の譏り有り。公宜しく少しく衆に從うべし、と。公嘆じて曰く、吾が今日の俸、家を舉げて錦衣玉食すと雖も、何ぞ能わざるを患えん。顧[おも]うに、人の常情、儉より奢に入るは易く、奢より儉に入るは難し。吾が今日の俸、豈能く常に有らんや、身、豈能く常に存せんや。一旦今日に異ならば、家人奢に習うこと已に久しく、頓[とみ]に儉なること能わず、必ず所を失うに至らん。豈吾が位に居り位を去り、身存し身亡びんこと、一日の如くなるに若かんや、と。

善行79
○溫公曰、先公爲郡牧判官、客至未嘗不置酒。或三行或五行、不過七行。酒沽於市、果止梨・栗・棗・柹、肴止於脯・醢・菜羹、器用甆・漆。當時士大夫皆然。人不相非也。會數而禮勤、物薄而情厚。近日士大夫家、酒非内法、果非遠方珍異、食非多品、器皿非滿案、不敢會賓友。常數日營聚、然後敢發書。苟或不然、人爭非之以爲鄙吝。故不隨俗奢靡者鮮矣。嗟乎、風俗頹弊如是。居位者雖不能禁、忍助之乎。
【読み】
○溫公曰く、先公郡牧判官爲りしとき、客至らば未だ嘗て酒を置かずんばあらず。或は三行、或は五行、七行に過ぎず。酒は市に沽[か]い、果は梨・栗・棗・柹に止まり、肴は脯・醢[かい]・菜羹に止まり、器は甆[じ]・漆を用う。當時の士大夫皆然り。人相非らざるなり。會すること數々にして禮勤まり、物薄くして情厚し。近日の士大夫の家、酒は内法に非ず、果は遠方の珍異に非ず、食は多品に非ず、器皿は案に滿つるに非ざれば、敢て賓友を會せず。常に數日營み聚めて、然して後に敢て書を發す。苟も或は然らずんば、人爭い之を非りて以て鄙吝と爲す。故に俗に隨いて奢靡ならざる者鮮し。嗟乎、風俗の頹弊是の如し。位に居る者禁ずること能わずと雖も、之を助くるに忍びんや。

善行80
○溫公曰、吾家本寒族、世以淸白相承。吾性不喜華靡、自爲乳兒時長者加以金銀華美之服、輒羞赧棄去之。年二十忝科名。聞喜宴獨不戴花。同年曰、君賜不可違也。乃簪一花。平生衣取蔽寒、食取充腹。亦不敢服垢弊以矯俗干名。但順吾性而已。
【読み】
○溫公曰く、吾が家は本寒族にして、世々淸白を以て相承く。吾が性、華靡を喜ばず、乳兒爲る時より長者加うるに金銀華美の服を以てすれば、輒ち羞赧[しゅうたん]して之を棄て去る。年二十にして科名を忝くす。聞喜の宴に獨り花を戴かず。同年曰く、君の賜は違う可からざるなり、と。乃ち一花を簪[さ]す。平生衣は寒を蔽うに取り、食は腹を充てるに取る。亦敢て垢弊を服して以て俗を矯め名を干[もと]めず。但吾が性に順うのみ。

善行81
○汪信民嘗言人常咬得菜根、則百事可做。胡康侯聞之、撃節嘆賞。
【読み】
○汪信民、嘗て人常に菜根を咬み得ば、則ち百事做す可しと言う。胡康侯之を聞き、節を撃ちて嘆賞す。

右實敬身。
【読み】
右、敬身を實にす。

(引用文献)

江守孝三 emori kozo