温故知新姉妹編

高野山と弘法大師 空海上人、真言密教
Mount Kōya (Kōya-san)、 Kobo Daishi、Kūkai、
Koyasan Shingon Buddhism、Vajrayāna

           by   江守孝三(Emori Kozo-)

[高野山と空海] [三教指帰・性霊集] [求聞持聡明] [瞑想(阿字観)] [密教と印] [言葉] [真言] [曼荼羅] [般若心経] [リンク・本]
[100分de名著] [動画①] [②] [③] [④]・空海の風景 (動画)
読経(mp3)   [般若心経] 【高野山真言宗 お経 (1~31)】【虚空蔵菩薩真言 梵音(1~16)】

      画像ウリック拡大(週刊新潮 2013. 11.28)
高野山 - Wikipedia空海 - Wikipedia即身成仏, (高野山真言宗の総本山 金剛峯寺) (高野山 guide) (密教)
Mount Kōya (高野山 Kōya-san) , Kūkai(空海), Sohonzan Kongobuji(総本山 金剛峯寺), Shingon Buddhism(真言宗), Vajrayāna(密教)

  画像クリック詳細説明
世界遺産・高野山の見所を、日本画家・藤原重夫氏の温かい絵と、高野山塔頭寺院住職・山口文章師のやさしい文章でまとめられています。

弘法大師、空海上人 
宝亀5年-承和2年3月21日旧暦) (774年 - 835年4月22日新暦))

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弘法大師、空海上人の肖像
幼名 真魚(まお)
俗名:佐伯
法名 教海→如空→空海
法号 遍照金剛(へんじょうこんごう)
諡号 弘法大師(921年追贈)
尊称 弘法大師、空海上人
生地 讃岐国多度郡屏風浦
(現:香川県善通寺市
没地 高野山
宗派 真言宗
寺院 高野山金剛峯寺東寺ほか多数
恵果
著作 十住心論ほか多数
高野山奥の院
空海(くうかい、宝亀5年(774年) - 承和2年3月21日 (旧暦)(835年4月22日))は、平安時代初期の僧。弘法大師(こうぼうだいし)の諡号(921年、醍醐天皇による)で知られる真言宗の開祖である。俗名は佐伯 眞魚(さえき の まお(まな))。日本天台宗の開祖最澄(伝教大師)と共に、日本仏教の大勢が、今日称される奈良仏教から平安仏教へと、転換していく流れの劈頭に位置し、中国より真言密教をもたらした。能書家としても知られ、嵯峨天皇・橘逸勢と共に三筆のひとりに数えられている。

   
ご朱印
 
  奥の院(弘法大師様御廟)、金剛峯寺(高野山真言宗総本山)、金堂(高野山の総本堂)、根本大塔 、女人堂
   
ご朱印
 
熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社 (飛龍神社) (神倉神社))

 推薦本(一般)
◎空海の風景(司馬遼太郎)◎弘法大師 空海 全集8冊(筑摩書房)空海の思想について(梅原猛)日本の名著 3(中央公論)
三教指帰・性霊集(◎筑摩書房) (◎71岩波書店)◎密教の聖者 空海 新・高野百景①②③◎密教の本◎真言密教の本印と真言

 国立国会図書館
弘法大師(少年大日本史)お大師様と真言宗三教指帰(岩波) 空海(国立図書)空海書弘法大師弘法大師書三教指帰 (高野山大学出版部, 1939) 三教指帰 (森江藏版 明治15) ◎性靈集 (森江藏版 明26) 大聖空海 (横山健堂 著)日本仏教の心髄



『三教指帰』(さんごうしき、さんごうしいき)へリンク。 

 『三教指帰』は、空海による、宗教的寓意小説に仮託した出家宣言の書。空海が24歳の著作であり、出家を反対する親族に対する出家宣言の書とされる。流麗な四六駢儷体で書かれている。 蛭牙公子、兎角公、亀毛先生、虚亡隠士、仮名乞児の5人による対話討論形式で叙述され、戯曲のような構成となっている。
 亀毛先生は儒教を支持しているが、虚亡隠士の支持する道教によって批判される。最後に、その道教の教えも、仮名乞児が支持する仏教によって論破され、仏教の教えが儒教・道教・仏教の三教の中で最善であることが示されている。 弁証法的な手法によって、仏教が論理的に称揚されている。日本における最初の比較思想論であり、思想の主体的実存的な選択を展開した著作である。


『性霊集』(しょうりょうしゅう)◎性霊集【福州の観察使に與ふるの書】  

 『性霊集』は、空海(弘法大師)の漢詩文集。10巻。編者は弟子真済。正しくは『遍照発揮性霊集』(へんじょうほっきしょうりょうしゅう)。 空海の詩、碑銘、上表文、啓、願文などを弟子の真済(しんぜい)が集成したもので、10巻からなる。 正確な成立年は不明だが、遅くとも空海が没した承和2年(835年)をさほど下らない時期までに成立したとみられ、日本人の個人文集としては最古。 10巻のうち巻八~巻十の3巻ははやくに散逸し、現『性霊集』の巻八~巻十には、承暦3年(1079年)、仁和寺の済暹が空海の遺文を収集して編んだ 『続遍照発揮性霊集補闕鈔』3巻が充てられている。
 『性霊集』の序文によれば、真済は、師空海が一切草稿を作らず、その場で書き写しておかなければ作品が失われてしまうため、空海作品を後世に伝えるべく、自ら傍らに侍して書き写し、紙数にして約500枚に及ぶ作品を収集した。そして、これに唐の人々が師とやりとりした作品から秀逸なものを選んで加え、『性霊集』10巻を編んだという。一般的には、『性霊集』の編纂過程は、この序文の内容に即して理解されている


三教指帰・性霊集(筑摩書房) (71岩波書店)三教指帰・性霊集【空海眞筆】【解説】◎性霊集【福州の観察使に與ふるの書】
・性霊集.巻第5−7空海 著(出版者 森江佐七)・空海の風景 (動画)大日如来(宇宙最高の仏)・曼荼羅仏尊(儒教・四書五経) (道教・老子) (仏教・般若心経)


求聞持聡明法の会得の仕方(くもんじそうめいほう)
空海も会得し人生を変えた天才を生み出す超記憶術。
求聞持聡明法とは人間の記憶力を極限まで増進し天才的な才能を開花させる秘法です。


ご朱印 霊場24番
最御崎寺
(室戸山,明星院)


御厨人窟

神明窟

*最初に御影を用意する。
虚空蔵菩薩の図像は絹布に一尺一寸の満月の中に金色に光り輝いているように描かれていること。その図像に布の覆いをつければ求聞持聡明法用の虚空蔵菩薩の御影の完成です。

*修行の道場を造る
人里離れた山中に人知られず用意すること。道場の広さは人間が一人で生活できるほどで法具以外なにも無いこと。日没を知るための小窓等を東側に設けること。御影を安置し、十八道の契印で道場を清め、虚空蔵菩薩本尊をお招きして修行の道場の完成です。

*実践修行
百日間道場にこもり、生きるための最低限の修行食のみで生活する。日の出と共に本尊の前にさがつている覆いをめくりあげ、本尊の前にうやうやしく座り結跏趺坐を組む。塗香を腕などに塗り鈴を鳴らして虚空蔵菩薩を讃える真言を唱える。「オン・バサラ・アラタンノーオン・タラク・ソワカ」この後、一日一回、日の出とともに次の真言を百万回唱える。「オン・バサララタヤ・ウンナム・アカーシャ・ラバ・オン・アミリキヤ・マリボ・ソワカ」 俗世より離れたる山中において、真言を一日一度、早朝より百万回。これが求聞持聡明法の基本であり秘法です。
      「のうぼうあきゃしゃ ぎゃらばや おんありきゃ まりぼりそわか」

虚空蔵菩薩真言 梵音【Mantra to pay evil,cakra 願いが叶う真言 
虚空蔵菩薩真言2
【聞いているだけで運気が上昇するBGM】 成績向上、記憶力アップ、技芸向上、商売繁盛する真言




空海物語

世界遺産・高野山 『開創1200年』

高野山 弘法大師空海の曼荼羅世界

空海 YouTubeNHKスペシャル(空海の宇宙)弘法大師(空海)の原点即身成仏空海の風景(動画) 3/7歴史ヒストリア最澄と空海 般若心経エンサイクロメデイア空海


密教の瞑想法(阿字観・月輪観)


密教修行において、初歩でありどの密教修行においても中軸をなすのが、この瞑想法である。   
   故に、全ての修行者がマスターしなければならない密教修行の入り口でありとても大事な要である。


まず、阿字観を実践する前に阿字観の基礎である月輪観を実践してマスターしなければならない。

1:阿字観も月輪観も同様に本尊を座った時の目の位置等を考えて本尊を壁とかに掛ける事。

香炉に線香を一本立てて三礼(床に両膝・両肘・頭をつけ手のひらを仰向けにして礼拝する、これを三度繰り返す。)する。

3:修行者はその本尊から約一歩ほど離れて結跏趺坐にて座る。

4:阿字観が支障無く行われることを祈り合掌し、南無大師遍照金剛と三度唱える。

5:合掌しながら五大願を唱える。「衆生は無辺なれども誓って度せんことを願う。福智は無辺なれども誓って集めんことを願う。法門は無辺なれども誓って学ばんことを願う。如来は無辺なれども誓って事えんことを願う。菩薩は無上なれども誓って証せんことを願う。」

6:外五鈷の印を結び大日如来の真言を七度唱える。

7:月輪観・阿字観の順番で観法に入る

8:出定(静かに目を開き体には手をふれずに頭からつま先までさするようにする。)

9:回向文を唱える。

10: 二番目と同じように三礼して終わる。

 


   


  月輪観の本尊   

月輪観の実践:本尊の前に座ったら呼吸は浅くなく、深くなく、何より大切なのは意識して宇宙に満ちた力を吸い込み体内の汚れを押し出すがごとくにそして息が苦しくならないよう大事に呼吸する。呼吸が落ちついたらそれを維持しながら瞑想に入る。第一の段階は月輪を心に留め置き目を閉じていても見えるかのごとくになるまで意識を集中する。一段階がうまくいったら第2段階の広観へ移る。広観は目を閉じても見えるように強く意識を集中させた月輪を自分の心の中に引き寄せる。さらに精神中に引き寄せた月輪を立体の白い淡い光を放つ球に変化させこの球をどんどん大きくしてゆくのです。まず、自分の体の大きさにそして家の大きさ、町の大きさ、国の大きさ、地球の大きさ、最後に宇宙全体を覆うぐらいの大きさの球になるように月輪を広げていくのです。これが二段階の広観である。広観を何度も修することによって意識を限界まで広げる事が可能になるのです。広観に成功したならば次に第三段階の斂観を行う。斂観とは広観を行い極限まで拡大した月輪を少しの間維持する。月輪を安定した状態で維持させることができたら次にこの月輪を徐々に小さくして最初の大きさに戻していくのです。広観と斂観によって阿字観の基礎、月輪観が終了する。




  

阿字観の本尊

阿字観の実践:月輪観により自分と仏との一体感を感じる事が出来て来たので次は一歩進んで御仏の御心を感じる。すなわち我と仏と宇宙の本質である、つまり我即法界(果てることのない世界と自分とがひとつのものであると実感できたときそこに三昧の境地と仏の慈悲の心を感じとることができ初めて即身成仏の境地にいたることができるのです。その境地に至ったとき本尊の満月輪の中の蓮華座の上の阿字をみつめ、心のなかに観想するうちに阿字はだんだん大日如来の姿となっていき阿字が大日如来そのものと変わってくるのです。そのように観じられるようになることが阿字観の目的です。また、阿字を心の内に観じた後、この阿字を他の仏の梵字に変化させていき梵字を通じておのおのの仏を観想することができるようになるのです。

阿字観の修行によって最初にもっとも顕著に現れるのが意志の力によって虚空に阿字や月輪を形成する精神の集中力と強力な想像力です。  瞑想法の修行の成果として頭脳が覚醒する為、様々な一種超能力ともいえる鋭敏な感覚も養われたでしょう。 それは不思議なことではなくもともと人間が持っている能力の一部なのです。人は仏にも匹敵するぐらいの能力を秘めているのに、 ほとんどの人が気づかずに一生を終わっているのです。もったいないことです。人体は無意識の内に防衛本能が働き持っている 能力のほんの少ししか使えないように封印されているのです。その封印を解き放つ秘技の教えも密教のひとつなのです。

いつでも阿字観体験
総本山金剛峯寺では、国内最大級の石庭、蟠龍庭の中に建つ阿字観道場(一般非公開)にて、"阿字観"を体験できます。 阿字観とは、真言宗における呼吸法・瞑想法です。
高野山の清らかな霊気の中、心静かに瞑想し、忙しい日常を離れてゆっくりとした時間を過ごします。 初めての方でも僧侶が丁寧に指導、金剛峯寺ご参拝の折にはだれでも参加できます。

阿字観実修会
阿字観の指導経験豊かな総本山金剛峯寺阿字観能化による阿字観の実修会です。より深い阿字観の実修ができます。 1回以上、どちらかの道場で阿字観を体験したことのある方が対象です。
(大師教会での御授戒を受けていただき、その後に阿字観の実修となります。)

引用文献引用文献

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高野山真言宗 真言密教入門 、   一般本の紹介( 密教真言密教印と真言印と真言の図書

密教・不動護摩 印と真言

護摩祈祷

【高野山】真言密教護摩焚き
Shingon Esoteric buddhism Homa

手印




 
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奥の院・燈籠堂の案内
 奥の院
高野山の信仰の中心であり、弘法大師さまが御入定されている聖地です。正式には一の橋から参拝します。 一の橋から御廟まで約2キロメートルの道のりには、おおよそ20万基を超える諸大名の墓石や、祈念碑、慰霊碑の数々が樹齢千年を超える杉木立の中に立ち並んでいます。
 燈籠堂
高野山第二世真然大徳(しんぜんだいとく)によって建立。 堂内には消えずの火として祈親(きしん)上人が献じた祈親燈(きしんとう)、他、たくさんの方々の願いが込められた燈籠が奉納されています。
こちらのお堂では、ご廻向(ごえこう)やご祈祷、各種お守りの授与されています。
 •燈籠堂開扉時間
  通常:午前6時から午後5時30分まで
 •供養・ご祈祷 受付時間
  午前8時30分から午後4時30分まで。予約は不要です。
祈祷料・供養料・燈明料
高野山奥之院規定一覧表 (奥之院祈祷料:添え護摩祈祷 500円)



密教印
           密教において印は単に身振りを表わすだけでなく、教理そのものも表わすようになった。
           このため密教では印が著しく発達し、種類も増えかたちも複雑になった。主なものとして
           は金剛界大日如来の智剣印(智拳印)と、胎蔵界大日如来の法界定印がある。
               智拳印          法界定印


          智剣印はは両手とも親指を拳の中ににぎり、左手の人差指を立ててその第一関節までを
           右手の拳でにぎり胸の前に右拳を重ねたもの。これは密教の密教の教主である大日如来
           の智慧を示したもので深い思索から行動に移る一瞬をとらえたものだといい右手は仏を左
           手は衆生を表わすともいう。法界定印のかたちは釈迦の五印の定印と同じである。



九字の印
九字とは手刀で空間を「臨兵闘者皆陣烈在前」の掛け声ともに縦横に切り
九字の真言を唱えつつ素早く九字の印を作り神聖な波動を送り
邪を払うのが九字の印による破邪の法です。


   手刀         手刀の切り方         手刀のおさめ方



九字とは手刀で空間を「臨兵闘者皆陣烈在前」の掛け声ともに縦横に切り
九字の真言を唱えつつ素早く九字の印を作り神聖な波動を送り
邪を払うのが九字の印による破邪の法です。
九字の法を唱え最後に一字加え増強したのが十字の法です。加える一字は目的に応じて違います。 代表的な一字は次の一字です。「破・喝・命 ・水・王 ・大 ・合 ・行 ・勝 ・天 ・鬼 ・一 ・龍 ・虎」 中国の九字は「青龍・百虎・朱雀・玄武・空珍・南儒・北斗・三態・玉如」(せいりゅう・びゃっこ・すざく ・げんぶ・くうちん・なんじゅ・ほくと・さんたい・ぎょくにょ)と読み唱えます。(印は同じです)


霊縛法『不動金縛りの法』の印



まず九字の刀印で空中に九字を切り場を清め霊の動きを弱める。 次に内縛印を結び不動明王の中呪を唱える。次に剣印を結び真言「おん・きりきり」と唱えすぐに刀印に結び変え再び真言「おん・きりきり」と唱える。 次に転法輪印を結び中呪を唱える。次に外五鈷印を結び大呪を唱える。次に諸天救勅印を結び真言「おん・きりうん・きゃくうん」と唱える。 最後に外縛印を結び中呪を唱えて『不動金縛りの法』の完成です。
怨霊などが人にとりつき悪い影響を与える時、その霊の動きを止め捕まえて成仏させ除霊する時などに使用するのです。 但し人間に直接この霊縛法を行なうとその人は身動きが取れなくなりその場に釘づけになると言われるので注意が必要です。

参考文献参考文献引用文献

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空海の言葉


弘法大師 空海の尊いお言葉です。あなたの煩悩を消すお守りとしてお読み下さい。

                                                                                       
生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く 死に死に死に死んで死の終りに冥し

虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願も尽きん。
 現代語訳:虚空、衆生、悟りが尽きれば、私の願いも尽きるであろう。

高山は風起り易く、深海は水量り難し、空際は人の察する無く法身のみ独り能く詳らかなり。
現代語訳:高山は風が起こりやすく、海の水の量は測ることができない。この空の果てがどうなっているのかは、人はわからない。ただ大日如来が知っているだけだ。

弧雲、定処無く、本自り高峰を愛す、知らず、人里の日、月を観て青松に臥す。
現代語訳:空にぽっかり浮かんだ雲はひと所にとどまっておらず、もとより高い峰を愛している。人里の生活を知ろうとも思わない。ただ月を見ながら松の根元に寝るだけだ。

遮那は中央に坐す、遮那は阿誰の号ぞ、本是我が心王なり。
現代語訳:大日如来は中央にすわっておられるが、大日如来とは誰をさすのか、そのもとは自分の心である。

波濤万万にして、雲山幾千ぞ。来ること我が力に非ず、帰ること我が志に非ず。
現代語訳:超えてきた波濤は幾万、雲、山は幾千。来れたのは私の力ではなく帰るのは私の意志ではない。

物の荒廃は必ず人に由る。人の昇沈は定めて道に在り。
現代語訳:物の荒廃は必ずその人による。人の昇沈は必ずその道の学び方にある。

貧道と君とは遠く相知る。山河雲水何ぞ能く阻てん。白雲の人、天辺の吏、何れの日か念ふこと無からん。
現代語訳:私とあなたとは昔からの知り合い。山河雲水がどうして隔てられましょう。出家の身と辺境の官吏ではあるが、あなたを思わない日は1日たりともない。

業障は重く功徳は軽し。
現代語訳:業障は重く、功徳はわずかである。

家も無く国も無く郷属を離れ、子に非ず臣に非ず孑として貧に安んず。
現代語訳:家もなく国もなく、郷里の縁者のもとを離れ、子でもなく臣でもなく、ただひとり貧しさに安んじる。

身は華と与に落ちぬれども、心は香と将に飛ぶ。
現代語訳:体は華が落ちるように地に落ちてしまうが心は香りが空中に漂うように飛んでいく。

文は是れ糟粕、文は是れ瓦礫なり。糟粕瓦礫を受くれば則ち粋実至実を失う。
現代語訳:文と言うのは糟粕であり、瓦礫である。そうした文を得てそれのみによれば、純粋な本質を失うことになってしまう。

親を辞して師に就き、飾を落して道に入る。
現代語訳:親元を離れて師に就き、虚飾を捨てて仏門に入った。

六大無碍にして常に瑜伽なり四種曼荼、各々離れず三密加持すれば速疾に顕わる重重帝網なるを即身と名づく。
現代語訳:宇宙を構成する六大に妨げがなければ、それらは常に溶け合っている。そして四曼荼羅は互いに離れることなく作用し合っている。仏と凡夫の間でなされる3つの働きを加持することによって宇宙の根源仏である大日如来と一体になり、成仏を可能にする。

貧を済ふには財を以てし、愚を導くには法を以てす。財を積まざるを以て心と為し、法を惜しまざるを以て性と為す。故に、若しくは尊、若しくは卑、虚しく往きて実ちて帰り、近き自り遠き自り、光を尋ねて集会することを得たり。
現代語訳:貧しい者を救うには財貨を用い、愚かな者を導くには仏法を用いた。財貨を蓄えないことを旨とし、仏法を教えることに力を惜しまない。そのため尊い者も、そうでない者も空虚な身で出掛けて、満たされて帰り、近い者も遠い者も光を求めて集まる結果になった。

風燭滅え易く、良辰遇い難し。
現代語訳:まさに生命は風前のともしび、よい星に遇うことは難しい。

仏法遥かに非ず。心中にして即ち近し。
現代語訳:仏は自分の心のなかにいる。

人の昇沈は定んで道にあり。
現代語訳:人が出世するか没落するかは、道理に基づいた生き方をするかどうかで決まる。

摩尼、自ら宝に非ず、工人能く瑩く
現代語訳:宝玉は、はじめから宝玉の形をしているわけではない。研鑚の職人が一生懸命磨いて光輝く玉となる。

能書は必ず好筆を用う。
現代語訳:弘法は筆を選ぶ。「弘法は筆を選ばず」などと誰が言い出したかは知りませんがこの文章を読む限り間違いですね。


引用文献



真言 の神秘


仏にはそれぞれの仏格に対して「真言」があります。 例えば地蔵菩薩は「オン・カカカ・ビ・サンマ・エイ・ソワカ」で、お地蔵様にお参りするときは、この真言を唱えるのが正式のご挨拶ということになります。まぁ、真言を知らない人は「南無地蔵菩薩」とか、「南無地蔵尊」でかまわないとおもいます。 この真言の中の主なものを下に書き出してみます。では、まず如来部です。

真言(1)如来部
大日如来(金剛界)  種字バン  
オン・バザラ・ダド・バン

大日如来(胎蔵界)  種字アーク  

ナウマク・サマンダ・ボダナン・アビラウンケン  

「ナウマク」はよく出てきますが「南無」の元の形で、「帰命します」 の意味です。「ナウマク・サマンダ・ボダナン」で「あまねく諸仏に帰依 します」という意味で、「オン」はその略形です。  「オン」については、後世、この音に対する信仰が高まり、タントラでは 世界はこの「オン」の文字から創成されたとされています。  「アビラウンケン」は古くから使われている呪文の一つですが、中東の 「アブラカタブラ」との関連を指摘する意見を聞いたこともあります。



(密教の本) 曼荼羅(マンダラ)仏尊干支と真言守り本尊



無量寿如来(=阿弥陀如来) 種字アン  
ナウマク・サマンダ・ボダナン・サンサク・ソワカ


阿弥陀如来 種字キリーク  
オン・アミリタ・テイゼイ・カラ・ウン
 

同じ仏でも名前が違う(=現れ方が違う)と別の真言を持つことがあります。甚だしいのが次回出てくる観音菩薩の場合です。
ここでも無量寿如来 と阿弥陀如来という同じ仏に対して、別々の真言があり、種字まで異なっています。


薬師如来  種字バイ  
オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ

薬師如来大呪
ナウボウ・バキャバテイ・バイセイジャ・グロ・バイチョリヤ・ハラバア・ランジャヤ・タターギャタヤ・アラカテイ・
サンミャク・サンボダヤ・タニヤタ・オン・バイセイゼイ・バイセイゼイ・バイセイジャ・サンボドギャテイ・ソワカ

釈迦如来  種字バク  
ナウマク・サマンダ・ボダナン・バク  

この釈迦如来の真言は決り文句の「ナウマク・サマンダ・ボダナン」の後 に「バク」という釈迦如来の種字を置いた形で、いわば定型の真言になっています。

曼荼羅(マンダラ)仏尊干支と真言守り本尊

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曼荼羅
(金剛界曼荼羅)

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金剛界曼荼羅(国宝・東寺藏)
金剛とは「悟りの知恵がかたく壊れないこと」を意味する。知徳を体現する大日如来を中心とした諸尊の集まり(会)。胎藏界曼荼羅と合わせ、一つの宇宙を表現している。


(胎藏界曼荼羅)


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胎藏界曼荼羅(国宝・東寺藏)
胎藏とは、「母胎」を意味する。仏の真実があたかも母親の胎内に藏され、やがて時を得て出産するような、実在の世界像である。金剛界の「智」に対して、「理」の表現といえよう。

引用文献


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般若心経
ぶっせつ ま か はんにゃは ら  みつ た しんぎょう
正式には「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」となります。

かん  じ  ざい  ぼ  さつ    ぎょう じん はん  にゃ  は  ら  みっ  た  じ   しょう けん  ご  うん  かい  くう
観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。
 ど  いっ  さい  く  やく    しゃ  り  し      しき  ふ  い  くう      くう  ふ  い  しき      しき  そく  ぜ  くう
度一切苦厄。舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。
 くう そく ぜ  しき     じゅ  そう ぎょう しき  やく  ぶ  にょ  ぜ      しゃ  り  し      ぜ  しょ ほう  くう そう
空即是色。受想行識亦復如是。舎利子。是諸法空相。
 ふ  しょう ふ  めつ    ふ  く   ふ じょう     ふ  ぞう  ふ  げん    ぜ  こ  くう ちゅう
不生不滅。不垢不浄。不増不減。是故空中。
 む  しき    む  じゅ そう ぎょう しき   む  げん  に  び  ぜっ  しん  い     む  しき しょう こう  み  そく  ほう
無色 無受想行識。無眼耳鼻舌身意。無色声香味触法。
 む  げん かい   ない  し   む  い  しき  かい   む   む みょう やく     む  む みょう じん
無眼界 乃至無意識界。無無明亦 無無明尽。
 ない  し  む  ろう  し   やく  む  ろう  し  じん     む  く しゅう めつ どう     む  ち  やく  む  とく
乃至無老死 亦無老死尽。無苦集滅道。無智亦無得。
 い   む  しょ とく  こ     ぼ  だい さつ  た     え  はん  にゃ は  ら  みっ  た  こ
以無所得故。菩提薩。依般若波羅蜜多故。
 しん  む  けい  げ  む  けい  げ  こ      む  う  く  ふ     おん  り  いっ  さい てん  どう  む  そう
心無礙 無礙故。無有恐怖。遠離一切顛倒夢想。
 くう ぎょう ね  はん   さん  ぜ  しょ  ぶつ    え  はん  にゃ  は  ら  みっ  た   こ
究竟涅槃。三世諸仏。依般若波羅蜜多故。
 とく あの  く  た   ら  さん みゃく さん  ぼ  だい   こ  ち  はん  にゃ     は  ら  みっ  た
得阿耨多羅三藐三菩提。故知般若 波羅蜜多。
 ぜ  だい  じん しゅ   ぜ  だい みょう しゅ    ぜ  む  じょう しゅ   ぜ  む  とう どう  しゅ
是大神呪。是大明呪。是無上呪。是無等等呪。
 のう  じょ いっ  さい  く     しん  じつ  ふ  こ     こ  せつ  はん  にゃ  は  ら  みっ  た  しゅ
能除一切苦。真実不虚。故説般若波羅蜜多呪。
 そく  せつ  しゅ わっ   ぎゃ  てい   ぎゃ てい    は  ら  ぎゃ てい    は  ら  そう ぎゃ てい
即説呪日。羯諦 羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。
 ぼ  じ   そ  わ  か    はん  にゃ しん ぎょう
菩提薩婆訶。般若心経。

  お経を聞いてくださいね!<RealPlayer> <mp3>
般若心経 - 唱えてみよう!(YouTube動画で唱えます)
般若心経の読経~高野山金剛峯寺の専修学院生による<mp3>,

【般若心経の現代語訳】

観音さま(観自在菩薩)は深遠なる「智慧による悟りの修行」という行をなされていた時、この世はすべて「空(くう)」すなわち一切の存在は目には見えないものであることを見極めました。そしてあらゆる苦しみの災いから、救われる道を示されたのです。

お釈迦さまの弟子の舎利子に語りかけます。
「舎利子よ、あらゆる形あるものは、すべて空であり、空が形あるものを構成しているのです。すなわち、形あるものは空であり、空は形あるものです。したがって、心の動きも、すべて空なのです。」

「舎利子よ、この世のすべての存在は空であり、実体のないものです。それは生まれることもなく、消えたりすることもなく、汚れることもなく、きれいでもありません。増えることも減ることもありません。すべては空がもたらしているのです。」

空の世界は、形あるものは何もなく、感覚も、想いも、意思も、認識もありません。眼も、耳も、鼻も、舌も、身体も、心もありません。また、形も、音も、香りも、味も、感覚も、心に感じることもありません。迷いもなく、さらに老いることも死ぬこともなく、苦しみや、苦しみの原因もないのです。

悟りを求める人は、やすらぎに達する智慧をよりどころとしているから、心にわだかまりがないのです。とらわれることもありません。したがって恐れることもありません。すべての迷いからも遠く離れているから、心は永遠に安らかなのです。仏さまは、やすらぎの境地に達する智慧の完成をしたが故に、この上なき、悟りを得ることができたのです。

したがって安らぎの境地に至る知恵の実践こそは真実の言葉であり、悟りの言葉であり、最高の言葉なのです。だから一切の苦しみや虚しさを取り除いてくれるのです。そこで、この安らぎの境地に至るための、真の言葉を授けましょう。

その言葉とは
「ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボードヒ スヴァーハー」

この部分は仏の尊い呪文ですので訳さないのですがあえて訳してみると
「往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に完全に往ける者よ、悟りよ、幸あれ。」 ということです。

引用文献


四国霊場第七十五番礼所 善通寺 写経会

高野山写経体験
お大師さまは『般若心経秘鍵(はんにゃしんぎょうひけん)』という著作の中で、
般若心経について「『大般若波羅蜜多心経(だいはんにゃはらみたしんぎょう)』 というのは大般若菩薩の偉大な心髄である真言の悟りについて教えている。文章全体は一枚の紙を満たす程もなく、行数にすればたった14行にすぎない。 簡単そうであるが要領を得ており、漢訳でありながらその内容は深い」と讃歎されています。さらには、 「もし読誦し、講讃して供養するならば生きとし生けるものたちを苦しみから救い安らぎを与え、経典の教えを深く学び思惟すれば、悟りの道を得る」とも述べられています。
この素晴らしいお経の一字一句に願いを込めて、お写経に取り組んでみてはいかがでしょうか。 心を込めて浄書すれば、心身を集中させ、雑念を払い、心を安らかにさせてくれることでしょう。豊かな心を育む実践修行としておすすめ致します。




仏説摩訶般若波羅蜜多心経ぶっせつ まかー はんにゃはらみーたー しんぎょう
The Heart Sutra

観自在菩薩。かんじざいぼーさつ 行深般若ぎょうじんはんにゃ 羅蜜多時。はーらーみーたじ 照見五*蘊皆空。しょうけんごーうんかいくう 度一切苦厄。どーいっさいくーやく
When the Avalokitesvara (Independent vision), Bodhisattva was practising profound wisdom. he had an illuminating vision of the emptiness of all five aggregates. which saves from all woes and troubles.
(心性の自在を観察し得る人は、深広無辺の妙智に透徹するが故に、この身も心もなべて皆実相の姿なりと悟り、目前の虚相にのみ執われないから、一切の苦厄も障りとならなくなってしまう。)

舎利子。しゃーりーしー 色不異空。しきふーいーくう 空不*異色。くうふーいーしき 色即是空。しきそくぜーくう 空即是色。くーそくぜーしき 受想行識。じゅーそうぎょうしき 亦復如*是。やくぶーにょーぜー
Sariputra! Forme does not differ from emptiness. and emptiness does not differ from form. Form itself is emptiness. and emptiness itself is form. Sensation, notion, action and cognition. are also like this.
(真実求道の人々よ、この世にありては、物も心も悉く、実相の姿に過ぎないのだ。故に千差万別の世界も、そのまま真空妙有の相に外ならず、一切のはからいを超える処に、真実の悟りがあるのである。)

舎利子。しゃーりーしー 是諸法空相。ぜーしょーほうくうそう 不生不滅。ふーしょうふーめつ 不垢不浄。*ふーくーふーじょう 不増不減。ふーぞうふーげん
Oh Sariputra! These matters are market by emptiness. neither being born nor perishing. being neither soiled nor pure. neither increasing nor decreasing.
(道を求むる人々よ、一切のものは何一つとしてそのまま、永遠の生命、久遠の実在ならざるものは無いのだから、生まれたり滅びたり、垢れたり浄まったり、減ったり増えたりする如き分別は、元来少しも無いのである。)

是故空中無色。ぜーこーくうちゅうむーしき 無受想行識。むーじゅーそうぎょうしき 無眼*耳鼻舌身意。むーげんにーびーぜっしんにー 無色聲香味觸法むーしきしょうこうみーそくほう 無眼界。むーげんかい 乃至*無意識界。ないしーむーいーしきかい
For these reasons, there is in emptiness. no form nor is there sensation, notion, action or cognition. no eye, ear, nose, tongue, body, mind. no form, sound, smell, taste, touch, object. "There is no eye", &c., till we come to "there is no mind".
(故にこの悟りの上には、物も心も行いも、森羅万象尽く、有るが如くに見えて真実にあるのではない。)

無無明亦むーむーみょうやく 無無明尽。むーむーみょうじん 乃至無老死。*ないしーむーろーし 亦無老死尽。やくむーろーしーじん 無苦集滅道。むーくーしゅうめつどう 無智亦無得。むーちーやくむーとく
There is no Knowledge, no ignorance, no destruction of knowlege, no destruction of ignorance. till we come to "there is no decay and daeth, no destruction of decay and death". No woe, or its formation, or its suppression or the way there to no gnosis or possessed.
(どうして迷いの歎きに苦しみ、悟りの歓びに執われることがあろう。そのまま天地の真源に立ち、光明三昧の生き通しなのである。)

以無*所得故。いーむーしょーとくこ 菩提薩垂。ぼーだいさったー 依般若波羅蜜多故。えーはんにゃーはーらーみーたーこー 心無*罫礙。しんむーけーげー 無罫礙故。むーけーげーこー 無有恐怖。むうくふ 遠離一切。おんりーいっさい 顛倒夢*想。てんどーむーそう 究竟涅槃。くーぎょうねーはん
Since there is nothing to be possessed. the bodhisattva mahasattva, by depending no the perfect wisdom. (the bodhisattva mahasattva) has thought free of entrapment or obstacle. Since he has no entrapments or obstacles. having thus nothing to fear. he separactes himself from all perverse imaginings and dreamlike notions. achieving complete and final perfect tranquility.)
(かくの如く尊き妙智は、万象の真源に徹し、一切の分別と執着とを解脱しているが故に、かかる道理を体得した人々は、自ずから無位の真人となって物や心を自由に使いこなし、行住坐臥、心に礙りなく、従って目前の是非、本末を過ることがなく、心は常に大磐石である。)

三世諸佛。さんぜーしょーぶつ 依般若波羅蜜多故。*えーはんにゃーはーらーみーたーこー 得阿耨多羅三藐三菩提。とくあーのくたーらーさんみゃくさんぼーだい
The Buddhas of the three ages, by relying on perfect wisdom. have had the supreme enlightenment.
(諸仏菩薩も祖師先哲も、この真空妙有の妙智を体得せられているが故に、世にたぐいなき真実の悟りを得られたと云うことが出来る。)

故知般若波羅蜜*多。こーち はんにゃーはーらーみーたー 是大神咒ぜーだいじんしゅ 是大明咒。ぜーだいみょうしゅ 是無上咒是無等等*咒。ぜーむーじょうしゅぜーむーとうどうしゅ 能除一切苦真実不虚。のうじょいっさいくーしんじつぷーこ
Therefore, Know this greatly luminous magical charm. this unexcelled charm, this charm that is the equal of the unequalled. that can remove all woes that is real. not vain.
(されば、一切の分別と執着とをすて、天地の真源に徹する妙智こそは、不可思議の力をもち、万象を包む光明であり、世に優れたる神秘をもち、たぐいなき霊力を働かすものと云うべきである。かくて世のあらゆる苦厄を浄化し安穏ならしむること必j定である。)

故説般若波羅蜜*多咒。こーせつはんにゃーはーらーみーたーしゅ 即説咒曰。*そくせつしゅーわっ 羯諦羯諦。ぎゃーてーぎゃーて 波羅羯諦。はーらーぎゃーてー 波羅僧羯諦。はらそうぎゃーて 菩提薩婆訶。*ぼーじーそわか
般若心経はんにゃーしんぎょう

I will therefore pronounce the charm of perfect wisdom. It runs like this. Gone, gone, gone, beyond, gone altogether beyond, Oh! What an awkening, All Hail! (Gate gate paragate parasamgate bodhisvaha)
(この故に尊い妙智の功力を人々に体得せしむるため、これを呪文として次の如くに説かれている。  往け、往け、さとりの彼の岸へ、吾れ他ともに到り得てさとりの道を永遠に成就なん。)



観自在菩薩(観世音菩薩)が深淵なる「般若波羅蜜多(知恵の完成)」の
修業をしていた時、人間は五つの要素が集まって作られているが、それらの五つの要素はすべて「空(実体がない)」であるということを、はっきり認識して、観自在菩薩(観世音菩薩=観音)はすべての苦から脱却し、また人々をすべての苦から救って下さった。

舎利子よ、よく聞きなさい。形あるもの(身体を含むすべての物質的現象)は「空」と別のものではない。「空」であることと形あるものとは別のものではない。形あるものは「空」である。「空」が形あるものを作っている。受(感覚)、想(表象)、行(意思)、識(認識)で作られている心の働きというものも、 また、形あるものと同様に、実体ではないのである。

舎利子よ、よく聞きなさい。すべてのものは「空」という性質を逸れることはできない。生じることもなく、なくなることもなく、汚いということもなければ、きれいということもなく、増えるということもなければ、減るということもないのである。このゆえにこの「空」の世界においては形あるものというものもなければ、感覚・知覚・表象・意思・認識作用からなる心もなく、眼も耳も鼻も舌も身(感触)も意(考えの生じるところ)などもなく、色や形や音や香りや味や感触や法(意識の対象)などもなく、眼と見えるものとで作りあげられている世界もなければ、思う主体と思われる客体とで作りあげられている世界もなく、無明もなければ、無明がなくなるということもなく、また、老死と老死がなくなるということもない。

仏陀が教えてくれた苦に関する四つの真理(苦があること。苦には原因があること。苦は滅ぼすことができること。苦を滅ぼすには方法があること)もなく、悟りを得るための知恵というものもないし、また悟るということもない。得るべきことなど何もないからである。
菩薩は般若の知恵によって、心をとらわれるということがない。心にとらわれがないから恐怖というものがない。
すべての本末転倒した妄想から離れることができ、絶対的な安らぎの境地に至るのである。過去、現在、未来の三世の諸仏もみんな、般若の知恵によったが故に完璧な悟りを得られたのである。
だから、次のことを知るべきである。般若波羅蜜多は大いなる真言であり、明かりとなる真言であり、この上ない真言であり比べるもののない真言で ある。全ての苦を除くことを可能にしてくれる真実であって、虚偽ではないものである。

それでは般若波羅蜜多の真言を説こう。即ち、その真言とは次の通りである
「行った、行った、彼岸に行った、悟りよ、めでたし
Gone,gone,gone beyond,gone altogether beyonnd, Oh! What an awaening, All Hail!
(Gate gate paragate parasamgate bodhisvaha.)」

秘密の呪文(真言) ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボデー スヴァーハー には不思議な力がある。(梵語)
 pra junyaa paa  ra  mi  ta  yaam U  kto  ma ntrah  (プラジュニャーパーラミターヤーム ウクトー マントラハ
説般若波羅蜜多呪
 Ta  dya thaa  ga  te  ga  te  paa  ra  ga  te  (タド ヤター  ガテー ガテー パーラガテー 
即説呪曰掲諦掲諦波羅掲諦
 paa  ra   sam  ga  te   bo  dhi  sva  haa  (パーラサンガテー ボディ スヴァーハー
波羅僧掲諦菩提僧莎訶

引用文献(般若心経)



サンスクリット語 YouTube般若心経 ◎[ サンスクリット版・般若心経 MP3 ]

『 般若心経 』サンスクリット (梵語)小本テキスト

    Na  Mah  Sa  rva  junya  ya  (ナマス サルヴァジュニャーヤ
 (帰命一切智者)
 A  ryaa  va  lo  ki  te  shva  ra  bo  dhi  sa  ttvo  (アールヤー・ヴァローキテーシュヴァロー ボディーサットヴォ
 観自在菩薩
 gam bhi  ra yaam  pra junya  paa  ra  mi  ta yaam  (ガンビーラーヤーム プラジュニャー パーラミターヤーム
 行深般若波羅蜜多
 cha ryaam cha  ra  maa  no  (チャルヤーム  チャラマーノー
 時
 vya  va  lo  ka  ya  ti  sma  (ヴヤヴァローカヤティ スマ
照見
 Pa ncha ska ndhaah taam shcha sva bhaa va  (パンチャ スカンダース タームシュ チャ スヴァバーヴァ
五蘊皆空
 syu nyaa  n  pa  sya  ti  (シュニャーン パシャヤティ
度一切苦厄
  I   ka  shaa  ri  pu  tra  (イハ シャーリプトゥラ
舎利子
 ruu  pam shu  nya taa  (ルーパム  シュニャーター
(色即空)
 shu nya  tai  va  ruu  pam  (シュニャータ イヴァ ルーパム
(空即是色)
 ruu  paa nna  pr  tha  k  shu  nya  ta  (ルーパン ナ プリタク シュニャーター
色不異空
 shu  nya  taa  yaa  na  pr tha  gruu pam  (シュニャーターヤ ナ プリタク ルーパム
空不異色
 ya  druu pam  saa  shu  nya  taa  yaa  (ヤド ルーパム サー シュニャーター ヤー
色即是空
 shu  nya  taa  ta  dru pam  (シュニャーター タド ルーパム
空即
  E  va  mee  va  (エヴァム エヴァ
是色
 ve  da  naa  sam junya  (ヴェーダナー サンジュニャー
受想
 sam skaa  ra  vi junyaa naa  ni  (サンスカーラ ヴィジュニャーナーニ
行識亦復如
  I  ka  syaa  ri  pu  tra  (イハ シャーリプトゥラ
是舎利子
 sya  rva  dha rmah shu  nya  taa  la  ksha naa  (サルヴァ・ダルマーハ シュニャーター ・ ラクシャナー
是諸法空相
  a  nu  tpa nnaa  a  ni  ru  ddhaa  (アヌットゥ・パンナー ア・ニルッダー
不生不滅
  a  ma  laa  na  vi   ma  la  noo  (ア・マラ ナ・ヴィマラー  ノナー
不垢不浄
 na  pa  puu rnaah  (ナ パリプールナーハ
不増不減
 Ta smaa chaa  ri  pu  tra  (タスマーチ  チャーリプトゥラ
是故(舎利子)
 shuu nyaa taa yaam  (シュニャーター ヤーム 
空中無色
 na  ruu  pam  na  ve  da  naa  (ナ ルーパム ナ ヴェーダナー
無色 無受
 na sam junyaa na  sam skaa  ra  (ナ サンジュニャー ナ サンスカーラー 
無想 無行
 na  vi  junyaa na  ni  (ナ ヴィジュニャーナム  
無識
 Na cha kshuh shuro tra ghuraa na  ji hvaa  (ナ チャクシュフ  シュロートゥラ  グ(フ)ラーナ   ジーヴァ 
無眼耳鼻舌
 kaa ya  ma naam  si  (カーヤー  マナームシ 
身意
 Na  ruu  pa  sya bda  ga  ndha  ra  sa  (ナ ルーパ シャブダ ガンダ ラサ
無色声香味
 spra shta vya dha rmaah  (スプラシタヴヤ ダクマーハ
触法
 Na cha kshur dhaa tur  (ナ チャクシュル ダートゥル
無眼界
 yaa  va nna   ma  noo   vi  junyaa  na  dha  tuh  (ヤーヴァン ナ マノー ヴィジュニャーナ ダトゥーフ 
乃至無意識界
 Na  vi  dyaa naa  vi  dyaa na  vi  dyaa ksha yoo  (ナ ヴィドヤー ナーヴィドヤー ナ ヴィドヤークシャヨー
無無明亦無無明尽
 naa vi  dyaa ksha yoo  (ナーヴィドヤークシャヨー
無知尽
 yaa va  nna  ja  raa  ma  ra  nam  (ヤーヴァン ナ ジャラーマラナム 
乃至無老死
 na  ja  raa  ma  ra  naa ksha yoo  (ナ ジャラーマラナクシャヨー 
亦無老死尽
 na  duh kha  sa  mu  da  ya  ni  ro  dhaa maa  rgaa  (ナ ドゥフカ  サムダヤ ニローダ マールガ
無苦集滅道
 na unyaa nam  na  praa pti  r  (ナ ジュニャーナム ナ プラープティフ
無智亦無得
 apraa pti tvee  na  Boo dhi  sa  ttva sya  (アプラープティトヴァード ボディーサットヴァーナーム 
以無所得故菩提薩
 pra junyaa paa  ra  mi  taam  a  syuri tya  (プラジュニャーパーラミターム アシュリトゥヤ
般若波羅蜜多故
 vi  ha  ra  ty  a  chi ttaa  va  ra  nah  (ヴィハラティー ア・チッターヴァラナハ 
心無
 Chi ttaa  va  ra  na  naa sti  tvaa  da  tra stoo  (チッターヴァラナ ナースティヴァード アトラストー
礙故無有恐怖
 vi  pa  ryaa saa  ti  kraa ntoo  (ヴィパルヤーサーティ・クラントー
遠離一切顛倒
 ni shttha  ni  rvaa nah  (ニシタ・ニルヴァーナハ
夢想究竟涅槃
Trya dhva vya va  sthi taah  sa  rva  bu ddhah  (トゥリヤドヴァ・ヴヤヴァ・スティターハ サルヴァ・ブッダーハ 
三世諸仏依
 pra junya paa  ra mi  taam  aa syuri tyaa  (プラジュニャーパーラミターム アーシュリトゥヤー
般若波羅蜜多故得
 nu  tta raam   sa  mya ksam  (ヌッタラーム サムヤクサム
阿耨多羅三藐
 boo dhi  m  abhi sam  bu ddhaah  (ボーディム アビラムブッダーハ
三菩提
 Ta smaa j junyaa ta  vyu pra junya paa  ra  mi taa  (タスマージ ジュニャータヴヤム プラジュニャーパーラミター
故知般若波羅蜜多是
 ma haa  ma ntro ma haa  vi  dyaa ma  ntro  (マハー マントロ マハー ヴィドヤーマントロ
大神呪是大明呪是
 nu  tta ra  ma ntro  sa  ma  sa  ma  ma ntrah  (ヌッタラマントロ サマサマ・マントラ
無上呪是無等等呪
 sa rva du h  kha  pra  sa  ma nah  (サルヴァ・ドゥフカ・プラシャマナハ 
能除一切苦
 sa  tya  m  ami thya tvaa  t  (サティヤム アミト(フ)ヤトゥヴァート
真実不虚故
 pra junyaa paa  ra  mi  ta  yaam U  kto  ma ntrah  (プラジュニャーパーラミターヤーム ウクトー マントラハ
説般若波羅蜜多呪
 Ta  dya thaa  ga  te  ga  te  paa  ra  ga  te  (タド ヤター  ガテー ガテー パーラガテー 
即説呪曰掲諦掲諦波羅掲諦
 paa  ra   sam  ga  te   bo  dhi  sva  haa  (パーラサンガテー ボディ スヴァーハー
波羅僧掲諦菩提僧莎訶
 I   ti   pra junyaa paa  ra  mi  taa  (イティ プラジュニャーパーラミター
般若心経
 hri  da yam  sa  maa ptam  (フリダヤム  サマープタム
心 終

引用文献(般若心経)

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弘法大師 空海 全集8冊(筑摩書房)  訓み下し文・現代口語訳   弘法大師空海全集編集委員会 編集  
弘法大師空海の真撰とされる全著作に、現代語訳と懇切な語注を施した初めての全篇現代語訳全集。
本文は上段に漢文読み下し文、下段に現代語訳を掲げる。御入定千百五十年御遠忌記念出版の復刊。
空海全集1
真言密教の実践の奥義を展開する!雄大な気韻をたたえた詩文を縦横に駆使して、真言陀羅尼の意義と功徳を説き、 また、真言密教の戒律観と授戒の作法、梵字に対する独自の見解を表明した諸篇を収める。 真言密教の絶対の境地へのさまざまな実践的アプローチを示す一巻。
目次:
秘密曼荼羅十住心論( 異生羝羊住心第一、 愚童持斎住心第二、 嬰童無畏住心第三、 唯蘊無我住心第四、 抜業因種住心第五、 他縁大乗住心第六、 覚心不生住心第七、 一道無為住心第八、 極無自性住心第九、 秘密荘厳住心第十)
空海全集2
思想篇2
真言密教の神髄を開示する諸論集!精神の発達を十段階に分けて説く『秘蔵宝鑰』、顕教と密教の違いを明示する『弁顕密二教論』、 身体論・言語論・記号論を展開して現代思想に大きな示唆を与える『即身成仏義』『声字実相義』『吽字義』など、真言密教の神髄を端的に開示する諸論。
目次
秘蔵宝鑰、 弁顕密二教論、 即身成仏義、 声字実相義、 吽字義、 般若心経秘鍵、 秘密曼荼羅教付法伝、 真言付法伝、 請来目録、 真言宗所学経律論目録、
空海全集3
思想篇3
密教の代表的経典である大日経・金剛頂経・理趣経をはじめ、仁王経・法華経・梵網経・金光明経・金剛般若経・ 大日経疏・釈摩訶衍論などの経論の解説と研究を収める。空海独特の秘密の解釈により、仏典の世界はまったく新たな様相を呈する。
目次
大日経開題(法界浄心)、 大日経開題(衆生狂迷)、 大日経略開題(今釈此経)、 大日経開題(大毘盧遮那)、 大日経問題(隆崇頂不見)、 大日経開題(三密法輪)、 大日経開題(関以受自楽)、 金剛頂経開題、 教王経開題、 理趣経開題(弟子帰命)〔ほか〕、
空海全集4
真言密教の実践の奥義を展開する!雄大な気韻をたたえた詩文を縦横に駆使して、真言陀羅尼の意義と功徳を説き、 また、真言密教の戒律観と授戒の作法、梵字に対する独自の見解を表明した諸篇を収める。 真言密教の絶対の境地へのさまざまな実践的アプローチを示す一巻。
目次
秘蔵記、 五部陀羅尼問答偈讃宗秘論、 三昧耶戒序、 秘密三昧驕仏戒儀、 平城天皇灌頂文、 遺誡(弘仁の遺誡)、 建立曼荼羅次第法、 念持真言理観啓白文、 金剛頂経一字頂輪王儀軌音義、 梵字悉曇字母并釈義、
空海全集5 
詩文篇1
詩文の創作を志す人のための手引として名高い『文鏡秘府論』と、その縮約本である『文筆眼心抄』。 中国六朝から唐にかけての創作理論を体系的に編んだこの雄篇が、日本と中国の文芸史上に果した貢献は実に偉大なものがある。
目次: 文鏡秘府論
(天巻、 地巻―論体勢等、 東巻―論対、 南巻―論文意、 西巻―論病、 北巻―論対属)、 文筆眼心抄(声韻 調四声譜 調声 八種韻 六義 ほか)、
空海全集6
詩文篇2
本書には弘法大師空海の著わした詩文類のうち、二十四歳のときの処女作として名高い『三教指帰』三巻、『三教指帰』の別本であり、 真蹟が現存する『聾瞽指帰』の一部、ならびに、高弟の真済の編集に成る、平安初期のわが国の各分野の情況を生き生きと伝える漢詩文集『性霊集』十巻、 以上三篇の訓み下し文に現代口語訳と語注とを収めている。
三教指帰・性霊集【空海眞筆】【解説】
目次:
三教指帰、 聾瞽指帰、 遍照発揮性霊集、
空海全集7
本巻には、空海の書簡等を集成した『高野雑筆集』上・下、従来の文集に漏れていた遺文を長谷宝秀師が一本に纏めた『拾遺雑集』、 並びに空海の撰述になる現存最古の字書『篆隷万象名義』全六帖の影印を収めている。
目次:
高野雑筆集、 拾遺雑集、 篆隷万象名義、
空海全集8
後世への戒めを二十五箇条にわたって示した『御遺告』、空海の思想の重要な典拠の一つである『菩提心論』をはじめ、 伝記資料解題・年譜、著作の諸本・注釈書・研究文献に関する最新の詳細な目録、ならびに総索引を収録する。
目次
空海僧都伝・大僧都空海伝、 御遺告(二十五箇条)、 菩提心論、 主要伝記資料解題・年譜、 撰述書の諸本と注釈書一覧、 研究文献目録、


空海の風景(上)(下) 司馬遼太郎著  中央文庫
空海風景上

平安の巨人空海の思想と生涯、その時代風景を照射し、日本が生んだ人類普遍の天才の実像に迫る。構想十余年、司馬文学の記念碑的大作。芸術院恩賜賞受賞。
空海風景下

大陸文明と日本文明の結びつきを達成した空海は哲学宗教文学教育、医療施薬、土木灌漑建築と八面六臂の活躍を続ける。その死の秘密もふくめ描く完結篇。


三教指帰・性霊集 (日本古典文学大系 71)  訓み下し文・漢文   空海著(渡辺照宏、宮坂宥勝)岩波書店
三教指帰

空海による、宗教的寓意小説に仮託した出家宣言の書。空海が24歳の著作であり、出家を反対する親族に対する出家宣言の書とされる。 流麗な四六駢儷体で書かれている。 蛭牙公子、兎角公、亀毛先生、虚亡隠士、仮名乞児の5人による対話討論形式で叙述され、 戯曲のような構成となっている。
三教指帰・性霊集【空海眞筆】【参考】
目次:
三教指帰 / 83、 三教指帰 巻の上 序を幷せたり / 84、 三教指帰 巻の中 / 104、 三教指帰 巻の下 / 116
性霊集

空海(弘法大師)の漢詩文集。10巻。編者は弟子真済。正しくは『遍照発揮性霊集』(へんじょうほっきしょうりょうしゅう)。 空海の詩、碑銘、上表文、啓、願文などを弟子の真済(しんぜい)が集成したもので、10巻からなる。 正確な成立年は不明だが、遅くとも空海が没した承和2年(835年)をさほど下らない時期までに成立したとみられ、 日本人の個人文集としては最古。 10巻のうち巻八~巻十の3巻ははやくに散逸し、現『性霊集』の巻八~巻十には、 承暦3年(1079年)、仁和寺の済暹が空海の遺文を収集して編んだ 『続遍照発揮性霊集補闕鈔』3巻が充てられている。
性霊集【福州の観察使に與ふるの書】
目次:
性霊集 / 149、 遍照発揮性霊集巻第一 大遍照金剛和尚文 / 157、 遍照発揮性霊集巻第二 / 181、 遍照発揮性霊集第三 / 209、 遍照発揮性霊集巻第四 / 227、 遍照発揮性霊集巻第五 / 265、 遍照発揮性霊集巻第六 / 285、 遍照発揮性霊集巻第七 / 309、 続遍照発揮性霊集補闕抄巻第八 / 337、 続遍照発揮性霊集補闕抄巻第九 / 385、 続遍照発揮性霊集補闕抄巻第十 / 419、
補注

三教指帰 / 473、 性霊集 / 493、 聾瞽指帰・三教指帰一覧表 / 542、 三教指帰・聾瞽指帰校異 / 544、 三教指帰引用・関係文献目録 / 550、 『詠十喩詩』出典一覧表 / 553、 醍醐本・高野板目次互照表 / 557、 性霊集校異 / 565、 性霊集引用・関係文献目録 / 568、 空海をめぐる人物略伝 / 573、 性霊集作品略年譜 / 589、


新・高野百景(其の壱)(其の弐)(其の参) 教育評論社   全三冊セット美麗ケース入。
世界遺産・高野山の見所を、日本画家・藤原重夫氏の温かい絵と、高野山塔頭寺院住職・山口文章師のやさしい文章でまとめたシリーズ全巻セット。 (一)四季折々の高野山の風景を歩く。 (二)世界遺産・高野山の歴史と美しさにふれる。 (三)耳を澄ませて高野山の声 聞いてみませんか。
         藤原 重夫(ふじわら しげお)(画) 山口 文章(やまぐち ぶんしょう)(文) 
新・高野百景(壱)

四季折々の高野山の風景を歩く。(あなたの心に高野山の風景が見えますか!!)
高野山は標高千メートル級の峯々に囲まれた聖地であり、現在も総本山金剛峯寺を中心とした寺院群や大伽藍など、現在も生き続ける信仰的存在の宝庫です。 しかし参拝者の殆どが奥の院と金剛峯寺を訪れる程度で高野山を理解したような錯覚に陥っています。 この『新・高野百景』はいわゆる“絵葉書的な風景”ではなく、“新たな高野山を発見!”という視点から、普通の観光では見過ごしてしまう場面を描いています。
目次:
第一話大門、 第二話お助け地蔵、 第三話祓川弁財天、 第四話西院谷、 第五話御社、 第六話山王院、 第七話御影堂、 第八話登天の松と杓子の芝、 第九話金堂、 第十話不動堂、 第十一話三昧堂と西行桜、 第十二話蛇腹道、 第十三話遍照ヶ岳、 第十四話霊宝館、 第十五話専修学院、 第十六話高野山高校、 第十七話瑜祇塔、 第十八話総持院登竜の藤、 第十九話六時の鐘、 第二十話真然大徳廟、 第二十一話高野山駅、 第二十二話女人堂、 第二十三話五の室谷、 第二十四話高野幹部交番、 第二十五話光の滝、 第二十六話刈萱堂、 第二十七話高野槇、 第二十八話町石道、 第二十九話二ツ鳥居、 第三十話祭海亭、 第三十一話空海大師記念堂、 第三十二話恵果空海記念堂
新・高野百景(弐)

世界遺産・高野山の歴史と美しさにふれる、(こころの癒しをもとめて…高野山の旅へ出かけませんか。).
世界遺産・高野山の「六角経蔵」「西塔」「三鈷の松」「高野山大学」「弥勒石」など、四季折々の見所32ヶ所を、温かい絵とやさしい文章でまとめるたシリーズ第2弾。
目次:
第一話丹生都比売神社、 第二話慈尊院、 第三話神谷の黒石、 第四話六角経蔵、 第五話西塔、 第六話壇上伽藍の修行僧、 第七話三鈷の松、 第八話大塔節分祈祷会、 第九話大塔の鐘(高野四郎)、 第十話蓮池と善女龍王、 第十一話勧学院、 第十二話高野山大師教会本部、 第十三話金剛峯寺勅使門、 第十四話常楽会、 第十五話法印転衣式、 第十六話切子灯籠、 第十七話徳川家霊台、 第十八話四脚門、 第十九話高野山大学、 第二十話宝珠ヶ峯、 第二十一話石楠花と多宝塔、 第二十二話真別処、 第二十三話青葉まつり、 第二十四話傘桜、 第二十五話一の橋、 第二十六話景教碑、 第二十七話奥の院参道石仏、 第二十八話中の橋と汗かき地蔵、 第二十九話密厳堂、 第三十話嘗試地蔵、 第三十一話弥勒石、 第三十二話立里荒神社、
新・高野百景(参)

訪れるごとに新しい高野山に出会う。(耳を澄ませて高野山の声 聞いてみませんか。)
世界遺産・高野山の「根本大塔」「高野三山」「奥の院経蔵」「御廟」など、四季折々の見所36ヶ所を、 日本画家・藤原重夫氏の温かい絵と、高野山塔頭寺院住職・山口文章師のやさしい文章でまとめたシリーズ最終巻。
目次:
第一話雲海、 第二話神谷の一里石、 第三話嶽弁財天、 第四話古絵図上の壇上伽藍、 第五話西塔大日如来坐像、 第六話孔雀堂・准胝堂、 第七話御影堂旧正御影供、 第八話根本大塔、 第九話愛染堂、 第一〇話大会堂、 第一一話東塔、 第一二話極楽橋、 第一三話ケーブルカー、 第一四話清不動堂、 第一五話金輪塔、 第一六話千手堂と不動明王・毘沙門天立像、 第一七話金剛峯寺しだれ桜、 第一八話金剛峯寺大主殿 第一九話金剛峯寺台所、 第二〇話胡麻豆腐、 第二一話ろうそく祭、 第二二話お衣替え、 第二三話中の橋口、 第二四話奥の院大杉林、 第二五話高野三山、 第二六話苗畑、 第二七話英霊殿、 第二八話応其上人廟、 第二九話頌徳殿、 第三〇話奥の院御供所、 第三一話水向地蔵、 第三二話玉川、 第三三話奥の院経蔵、 第三四話孝女お照の一燈、 第三五話燈籠堂、 第三六話御廟

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