朱子家礼(冠婚葬祭マニュアル)  [温故知新 戻る]
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朱子家礼(冠婚葬祭マニュアル)

 朱子家礼=文公家礼・・・朱子による冠婚葬祭マニュアルです。
   ※翻訳するにあたり、多くの図を付けて、少しでも理解しやすくなるように工夫しています。
 家礼序  序文です。
 通礼  一般的な礼儀作法について述べています。
 冠礼  成人式の礼儀作法です。
 昏礼  結婚式の礼儀作法です。
喪礼①, 喪礼②, 喪礼③  葬式の礼儀作法です。
 祭礼  祭祀の礼儀作法です。

家礼序~家で行う礼法に関する本の序文

 およそ礼には、本(根本・精神的な面)があり、文(装飾・形式的な面)があります。 家に実施する場合で礼を言えば、名分(義務)といった守るべきこと、愛敬といった実のあること、それが本(根本)です。 (訳注:愛とは他人を思いやること、敬とは自分をしっかり保つこと)。

冠婚葬祭(いろいろな礼法)、儀章度数(いろいろな作法)、それが文(装飾)です。 礼の本(根本)は、それぞれの家がふだんの生活に用いるべきものといった日常のものですが、礼はもともと一日として修めないわけにはいかないものです。
礼の文(装飾)は、さらにすべて人の道の最初から最後までをとりしきるためのものです。

それを「いつ実行するのか」「どこで実施するのか」によって、使用する儀式や作法などの内容が違ってくるものであるといっても、しかしながらこれを研究してふだんから明らかにし、これを練習してふだんから熟練していなければ、実際に礼を使う必要のある場面に出くわした際も、その時その場に適した礼を選んで正しく使うことができません。
これもまた一日として研究かつ練習しないわけにはいかないものです。

 三代(夏王朝、商王朝、周王朝といった3つの王朝の時代)の際は、『礼経(礼について総合的にまとめた本)』が完備していました。 しかしながら、そのなかで現存しているものは、宮殿・家屋・道具・服装の制式に関するもの、出入・起居の節度に関するものであり、すべてすでに今の世の中に適したものではありません。

世の中の君子は、
①ある場合には、昔と今の違いを考えに入れて、今の時代に通用する礼法に変更したりしています。 しかしながら、それも詳しすぎたり、大ざっぱすぎたりして、妥当なところに定まっていません。
②ある場合には、「礼の本(根本)をほったらかしにして、礼の末(末節)に努める」「実(実質)については手をぬいて、文(装飾)については熱心に取り組む」といったこと(すなわち、礼の心を忘れて、礼の形にばかりとらわれること)をしたりするようになっています。
この場合、もともとから志をもち、礼を好んでいる士は、ちょうど礼のポイントをとりあげられないで、貧しくやつれた状態のままで苦しんでいるようなもので、最終的には「熱心に儀式や作法などに取り組んでいるのだけれども礼の本質にたどりつけないこと」をとても気にしています。

 愚かな私は、上記2つの場合をともに悩みました。 そこで、かつて個人的に古今の本を研究し、そのポイントとして変えられないものを基準として、 そこに少しだけの加筆や削除を加え、そうやってこの一冊の本をつくりました。
およそ「名分を確実にすること」「敬愛を大切にすること」を本(根本)とし、礼を実施したり、実行したりするときになれば、 さらに浮文(礼の形式的な事柄・見ばえ)にこだわらず、本実(礼の本質的な事柄・心がけ)に熱心に取り組み、

そうやって、 孔子の「私は、礼の形式を重んじる弟子よりも、礼の心を重んじる弟子のほうがよいと思う」と言った思い( すなわち、礼の形式よりも精神を重んじる考え方)をひそかにみずから受け継ぎました。
志を同じくする人と一緒に礼をじっくりと研究して、 がんばって実行することを本当に願っています。

できることなら古人が「自身を正しくし、家族をきちんとさせた方法」や「葬式を丁寧に行い、先祖の遺徳を偲んだ心」についても再現できて、 国家において「教化を重んじ、人民を導いた思い」についても場合によっては少しでも参考になるようになってほしいと思っています。

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引用文献  

江守孝三(Emori Kozo)