TOP(戻る)温故知新(戻る)、 世界三大古典詩集 ( 「詩經」「万(萬)葉集」「ソネット集 SONNET(Shakespeare)」

万葉集(萬葉集 Man'yōshū)は日本人の心の古典、「万世にまで末永く伝えられるべき歌集」
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新元号【令和】『REIWA』 典拠は巻第五「万葉集」32の序文(0815~0862)


萬葉集  巻第十六 
 (とをまりむまきにあたるまき)

(伝説の歌、こっけいな歌、物の名を詠みこむ歌、民謡など)    鹿持雅澄『萬葉集古義』  


有由縁(よしあるうた)、また雑歌(くさぐさのうた)

娘子(をとめ)有りけり。()をば櫻兒(さくらのこ)と曰ふ。時に(ふたり)壮子(をとこ)有りて、共に此の(をとめ)()ふ。(いのち)()てて格競(あらそ)ひ、死を貪りて相敵(いど)みたりき。ここに娘子、なげきけらく、「(いにしへ)よりこの方、(ひとり)(をみな)の身、(ふたり)(をとこのいへ)往適()くといふことを聞かず。方今(いま)、壮子の(こころ)和平(にき)び難し。(あれ) (みまか)りて相害(あらそ)ふこと( ひたぶる)()めなむには如かじ」といひて、すなはち林に尋入 ()りて、樹に()がり(わた )き死にき。(ふたり)の壮子、哀慟血泣(かなしみ )()へず、(おのもおのも) 心緒(おもひ)を陳べてよめる歌二首(ふたつ)

3786 春さらば挿頭(かざし)にせむと()()ひし桜の花は散りにけるかも

3787 妹が名に懸かせる桜花咲かば常にや恋ひむいや年のはに


或ひとの曰く、昔(みたり)(をとこ)有りて、(とも)(ひとり)(をみな)(つまど)ひき。娘子(をとめ) ()をば縵兒(かづらのこ)と曰ふ* 嘆息(なげ)きけらく、「(ひとり)の女の身、()易きこと露の如し。(みたり)(をとこ)(こころ)(にき)び難きこと(いは)の如し」。すなはち池の(ほとり)彷徨(たちもとほ)り、水底に沈没(しづ)みき。時に壮士(をとこ)等、哀頽之至(かなしみ)()へず、(おのもおのも)所心(おもひ)を陳べてよめる歌三首(みつ)

3788 耳成(みみなし)の池し恨めし我妹子(わぎもこ)が来つつ(かづ)かば水は涸れなむ

3789 あしひきの山縵の子今日行くと我に()りせば早く()ましを*

3790 あしひきの山縵の子*今日のごといづれの(くま)を見つつ来にけむ


老翁(おきな)有り、竹取(たかとり)(をぢ)といふ。此の翁、季春之月(やよひばかり)に、丘に登りて遠望(くにみ)するとき、(あつもの)を煮る九箇(ここの)女子(をとめ)()へりき。(もも)(こび)(たぐ)ひ無く、花の(すがた)(ならび)無し。時に娘子等、老翁(をぢ)を呼び、嗤ひて「叔父来て此の鍋火()を吹け」と曰ふ。ここに翁、「唯々(をを)」と曰ひて、(やや)ゆきて、(しきゐ)(ほとり)著接()きたりき。しまらくありて娘子等、皆共に含咲(したゑ)み、相推し譲りけらく、「(たれ)そ此の翁を呼びし」。すなはち竹取の翁のいふ、「非慮(おもひ)の外に神仙(ひじり)偶逢()ひ、迷惑(まど)へる心()へがたし。近く狎れし罪、謌を(もち)(あがな)ひまをさむ」。即ち()める歌一首(ひとつ)、また短歌(みじかうた)

3791 緑子の 若子(わくご)髪には たらちし 母に(うだ)かえ
   すきかくる* 這ふ子が身には 木綿肩衣 純裏(ひつら)に縫ひ着
   (くび)つきの (わらは)が身には 結ひはたの 袖つけ衣 着し我を
   ()に寄る子らが* 同輩(よち)には (みな)(わた) か黒し髪を
   真櫛持ち 肩にかき垂れ* 取り(たが)ね 上げても()きみ
   解き乱し 童に成しみ 紅の 丹つかふ色に*
   馴付(なつ)かしき 紫の 大綾の衣
   住吉(すみのえ)の 遠里(をり)の小野の 真(はり)もち にほしし衣に
   高麗(こま)錦 紐に縫ひつけ ささへ重なへ なみ重ね着
   打麻(うつそ)やし 麻続(をみ)の子ら あり衣の 宝の子らが
   打栲(うつたへ) 延へて織る布 日さらしの 麻手作りを
   重裳(しきも)なす (しき)に取り敷き* ほころへる* 稲置娘子(いなきをとめ)
   妻問ふと ()にそ(たば)りし 彼方(うきかた)の 二綾下沓(ふたやしたくつ)
   飛ぶ鳥の 飛鳥壮士(をとこ)が 長雨(ながめ)忌み 縫ひし黒沓(くりくつ)
   さし履きて 庭に立ち 往きもとほれば* 母刀自(おもとじ)* ()らす娘子が
   ほの聞きて ()にそ賜りし 水縹(みはなだ)の 絹の帯を
   引帯(ひこび)なす 韓帯(かろび)に取らし わたつみの 殿の甍に
   飛び翔ける すがるの如き 腰細に 取り飾らひ
   真澄鏡 取り並め懸けて おのが顔 還らひ見つつ
   春さりて 野辺を(めぐ)れば 面白み (あれ)を思へか
   さ野つ鳥 来鳴き翔らふ 秋さりて 山辺を行けば
   なつかしと (あれ)を思へか 天雲も い行き棚引き
   還り立ち (おほち)()れば うち日さす 宮女(みやをみな)
   刺竹(さすだけ)の 舎人壮士も 忍ふらひ 還らひ見つつ
   誰が子そとや 思はれてある かくそしこし*
   古の ささきし(あれ)や はしきやし 今日やも子らに
   いさにとや 思はれてある かくそしこし*
   古の 賢しき人も 後の世の (かがみ)にせむと
   老人(おいひと)を 送りし車 持ち帰り()

反し歌二首

3792 死なばこそ相見ずあらめ生きてあらば白髪(しろかみ)子らに生ひざらめやも

3793 白髪し子らも生ひなばかくのごと若けむ子らに()らえかねめや

娘子ら(こた)ふる歌九首(ここのつ)

3794 はしきやし老夫(おきな)の歌におほほしき(ここの)の子らや(かま)けて居らむ

3795 恥を忍ひ恥を(もだ)りて事もなく物言はぬさきに(あれ)は寄りなむ

3796 (いな)()()りのまにまに許すべき(かたち)は見えや(あれ)も寄りなむ

3797 死にも生きも同じ心と結びてし友や(たが)はむ(あれ)も寄りなむ

3798 何すとか違ひは居らむ否も諾も友の並々(あれ)も寄りなむ

3799 あにもあらぬおのが身のから人の子の言も尽くさじ(あれ)も寄りなむ

3800 旗すすき穂には出でじと(しぬ)ひたる心は知れつ(あれ)も寄りなむ

3801 住吉の岸の野榛(ぬはり)*(にほ)へれどにほはぬ(あれ)(にほ)ひて居らむ

3802 春の野の下草靡き(あれ)も寄りにほひ寄りなむ友のまにまに


壮士(をとこ)美女(をとめ)と有りき 姓名不詳二親(ちちはは)(しら)せずて、(しぬ)交接()ひたりき。時に娘子の(こころ)に、親に知らせまく(おも)ひて、歌詠みて、其の()に送れるその歌

3803 (こも)りのみ恋ふれば苦し山の端ゆ出で来る月の顕さば如何に

右、或ヒトノ云ク、男答ヘ歌有リトイヘリ。未ダ探リ求ムルコトヲ得ズ。


壮士(をとこ)有りけり。新たに婚礼(よばひ)して、幾時(いくだ)もあらぬに、忽ちに駅使(はゆまつかひ)と為りて、遠き境に遣はさる。公事(おほやけごと)限り有り。会ふ(とき)日無し。ここに娘子、感慟悽愴(かなし)みて、疾病(やまひ)沈臥(こや)れりき。年()て後、壮士還り来て、(かへりこと)(まを)()へて、乃ち()き相視るに、娘子の姿容(かほ)疲羸甚異(いたくみつれ)て、言語(こととひ)哽咽(むせ)びき。時に壮士、哀嘆流涙(かなし)みて、裁歌口号(うたよみ)せる、其の歌一首

3804 かくのみにありけるものを猪名川の(おき)を深めて()()へりける

娘子臥しながら()の君の歌を聞きて、枕より頭を挙げて声に和ふる歌一首

3805 ぬば玉の黒髪濡れて沫雪(あわゆき)の降るにや来ますここだ恋ふれば

今按フニ、此ノ歌、其ノ夫使ハサレテ、既ニ累載ヲ経、還ル時ニ当テ、雪落ル冬ナリキ。斯ニ因テ娘子此ノ沫雪ノ句ヲ作メルカ。


娘子が()に贈れる歌一首*

3806 事しあらば小泊瀬山の石城(いしき)にも(こも)らば共にな思ひ我が背

伝云(いひつて)けらく、(むかし)女子(をみな)有りけり。父母に知らせずて壮士(をとこ)(しぬ)()ひたりき。壮士その親の呵嘖(ころび)をかしこみて、(やや)猶予(いざよふ)(こころ)有り。此に因りて娘子斯の歌を裁作()みて、其の夫に贈与(おく)れりといへり。


(さき)采女(うねべ)が詠める歌一首*

3807 安積山(あさかやま)影さへ見ゆる山の井の浅き心を()()はなくに

右の歌は伝云(いひつて)けらく、葛城王陸奥(みちのく)の国に遣はさえし時、国司(くにのみこともち)あへしらふこと緩怠(おろそか)なりければ、(おほきみ)(こころ)に悦びず、怒色顕面(おもほでり)まして、飲饌(みあへ)()けしかども宴楽(うたげ)をもしたまはざりき。ここに(さき)の采女風流(みさを)娘子有りて、左の手に(さかづき)を捧げ、右の手に水を持ち、王の(みひざ)に撃ちて、此の歌を詠みき。ここに王の(こころ)解脱(なご)みて、終日(ひねもす)楽飲(うたげあそ)びきといへり。


(いや)しき人のよめる歌一首*

3808 住吉の小集楽(をづめ)に出でて正目(まさめ)にも*おの妻すらを鏡と見つも

伝云(いひつて)けらく、昔鄙しき人あり 姓名未詳也 。時に郷里(さと)男女(をとこをみな)、衆(つど)ひて野の遊びせりき。是の会集(つどひ)(うち)に、鄙しき人夫婦(めを)有り。其の()容姿(かほ)端正(きらきらし)きこと衆諸(もろひと)に秀れたり。すなはち彼の鄙人(をとこ)(こころ)()(うつく)しむの(こころ)(いや)増さりて、斯の歌をよみて美貌(きらきらしき)讃嘆()めたりき。


娘子が恨みよみて献れる歌一首*

3809 (あき)返し()らせとの御法(みのり)あらばこそ()が下衣返し(たば)らめ

伝云(いひつて)けらく、(むかし)(うるはしみ)せらえし娘子有り 姓名未詳寵薄(こころうつろへ)る後、寄物(かたみ)を還し賜りき 俗ニかたみト云フ 。ここに娘子、怨恨(うら)みて聊か斯の歌をよみて献上(たてまつ)りき。


娘子が恨みてよめる歌一首*

3810 味飯(うまいひ)を水に醸み成し()が待ちし(かひ)はかつて無し(ただ)にしあらねば

伝云(いひつて)けらく、昔娘子有り。其の()相別(わか)れ、年を経て恋ひわたりき。さる間に夫の君、更に他妻(あだしつま)()て、正身(みづから)は来ずて、(ただ)(つと)(おこ)せりき。此に因り娘子(をとめ)、此の恨みの歌を作みて、還し(おく)れりき。


娘子が*夫の君を恋ふる歌一首、また短歌

3811 さ丹づらふ 君が御言と 玉づさの 使も来ねば
   思ひ病む ()が身ひとつそ ちはやぶる 神にもな負ほせ
   卜部(うらべ)()せ 亀もな焼きそ (こほ)しくに 痛き()が身そ
   いちしろく 身に染みとほり むら肝の 心砕けて
   死なむ命 にはかになりぬ 今更に 君か()を呼ぶ
   たらちねの 母の御言か (もも)足らず 八十(やそ)(ちまた)
   夕占(ゆふけ)にも (うら)にもそ問ふ 死ぬべき()がゆゑ

反し歌

3812 卜部をも八十の衢も占問へど君を相見むたどき知らずも

或ル本ノ反シ歌ニ曰ク、

 3813 ()が命は惜しくもあらずさ丹づらふ君によりてそ長く欲りせし

右伝云けらく、(むかし)娘子有り姓ハ車持氏ナリ。其の()年を()徃来(かよ)はず。時に娘子、息の緒に恋ひつつ、痾疾(やまひ)沈臥(こや)れりき。日に()痩羸(みつ)れて、忽ち臨泉路(みまか)りなむとす。ここに使を遣はして、其の夫の君を喚ぶ。来て乃ち歔欷(なげ)きつつ斯の歌を口号()みて、登時(すなはち)逝没(みまか)りき。


壮士(をとこ)が娘子の父母に贈れる歌一首*

3814 真珠(しらたま)緒絶(をだえ)しにきと聞きしゆゑにその緒また()()が玉にせむ

答ふる歌一首

3815 真珠の緒絶はまこと然れどもその緒また貫き人持ち()にけり

右伝云けらく、(むかし)娘子有り。夫の君に棄てらえて他氏(ひとのいへ)に改め()きき。時に壮士有りて、改め適くを知らずて、此の歌を贈遣(おく)りて、(をみな)父母(おや)請誂()ひき。ここに父母の(おも)ひけらく、壮士委曲(つばら)なる(さま)()らじとおもひて乃ち彼の歌に報送(こた)へがてり、改め適きし(よし)を顕はせりきといへり。


穂積親王の(うた)はせる歌一首*

3816 家にありし(ひつ)に鍵さし蔵めてし恋の奴のつかみかかりて

右の歌一首は、穂積親王の宴したまふ時、いつも斯の歌を(うた)ひて恒賞(あそびくさ)と為たまへり。


河村王の誦ひたまへる歌二首*

3817 柄臼(かるうす)田廬(たぶせ)のもとに我が背子はにふぶに笑みて立ちませり見ゆ 田廬ハたぶせノ反

3818 朝霞鹿火屋(かひや)が下に鳴くかはづ偲ひつつありと告げむ子もがも

右の歌二首は、河村王の宴せる時、琴弾きて、即ち先づ此の歌を()みて、常行(あそびくさ)と為たまひき。


小鯛王(をたひのおほきみ)(うた)ひたまへる歌二首*

3819 夕立の雨うち降れば春日野の尾花が(うれ)の白露思ほゆ

3820 夕づく日さすや川辺に作る屋の(かた)をよろしみうべそ寄り来る

右の歌二首は、小鯛王の宴の日、琴を取る登時(すなはち)必先(まづ)此の歌を吟詠(うた)ひたまひき。小鯛王ハ、(マタ)ノ名ハ置始多久美(オキソメノタクミ)トイフ、斯ノ人ナリ。


兒部女王(こべのおほきみ)(あざ)けりの歌一首

3821 うましものいづく飽かじを尺度(さかど)らし角のふくれにしぐひ合ひにけむ

右、(むかし)娘子有りき 姓ハ尺度氏ナリ。此の娘子、高姓(たふとき)美人(うましをとこ)(つまと)ふを聴かず、下姓(いやしき)醜士(しこを)の誂ふを()きき。ここに兒部女王、此の歌を裁作()みて、()(かたくなし)きを嗤咲(あざ)けりたまふ。


古歌(ふるうた)に曰く

3822 橘の寺の長屋に()()寝し童女(うなゐ)放髪(はなり)は髪上げつらむか

右ノ歌、椎野連長年ガ説ニ曰ク、夫レ寺家ノ屋ハ、俗人ノ寝処ニアラズ。亦若冠ノ女ヲ()ヒテ放髪丱(ウナヰハナリ)ト曰ヘリ。然レバ腰ノ句已ニ放髪丱ト云ヘレバ、尾ノ句重ネテ著冠ノ辞ヲ云フベカラザルカトイヘリ。改メテ曰ク、

 3823 橘の照れる長屋に()が率ねし童女放髪に髪上げつらむか


長忌寸意吉麻呂が歌八首(やつ)

3824 さす鍋に湯沸かせ子ども櫟津(いちひつ)桧橋(ひはし)より来む(きつ)()むさむ

右の一首は、伝云(いひつて)けらく、ある時衆(ひとびと)集ひて宴飲(うたげ)す。時に夜ふけて狐の声聞こゆ。すなはち衆諸(ひとびと)奥麿を(いざな)ひけらく、此の饌具雑器(くさぐさのうつはもの)、狐の声、河橋等の物に()けて、歌よめといへり。即ち声に(こた)へて此の歌を作めり。

3825 食薦(すこも)敷き青菜煮持ち()(うつはり)行騰(むかはき)懸けて休むこの君

右の一首は、行騰(むかはき)蔓菁(あをな)食薦(すこも)、屋の(うつはり)を詠める歌。*

3826 蓮葉(はちすば)はかくこそあるもの意吉麻呂が家なるものは(うも)の葉にあらし

右の一首は、荷葉(はちすば)を詠める歌。

3827 一二(ひとふた)の目のみにあらず五つ六つ三つ四つさへあり双六(すぐろく)のさえ

右の一首は、双六(すぐろく)頭子(さえ)を詠める歌。

3828 (こり)焚ける*塔にな寄りそ川隈の屎鮒(くそふな)()める(いた)女奴(めやつこ)

右の一首は、香、塔、厠、屎、鮒、奴を詠める歌。

3829 醤酢(ひしほす)(ひる)搗き()てて鯛願ふ我にな見せそ水葱(なぎ)(あつもの)

右の一首は、酢、醤、蒜、鯛、水葱を詠める歌。

3830 玉掃(たまばはき)刈り()鎌麻呂室の木と(なつめ)が本を掻き掃かむため

右の一首は、玉、掃、鎌、天木香(むろ)、棗を詠める歌。

3831 池神の力士舞かも白鷺の(ほこ)()ひ持ちて飛び渡るらむ

右の一首は、白鷺の木を啄ひて飛ぶを詠める歌。


忌部首が数種(くさぐさ)の物を詠める歌一首*

3832 からたちと棘原(うまら)刈り()け倉建てむ屎遠くまれ櫛造る刀自(とじ)


境部王の数種の物を詠みたまへる歌一首 穂積親王ノ子ナリ

3833 虎に乗り古屋を越えて青淵に蛟龍(みつち)捕り来む剣大刀もが


作主(よみひと)しらざる歌一首

3834 梨棗(なつめ)(きみ)に粟つぎ延ふ(くず)の後も逢はむと(あほひ)花咲く


新田部親王に献れる歌一首

3835 勝間田(かつまた)の池は(あれ)知る(はちす)無ししか言ふ君が鬚なき如し

右或る人つたへけらく、新田部親王、(みさと)出遊(いでま)して、勝間田の池を()して、御心の中に()でたまひ、()の池より還りまして、忍ひかねて、婦人(をみな)に語りたまはく、今日ゆきて、勝間田池を見しに、水みちたたへて、蓮花(はちす)()りかがやけり。その(おもしろ)さかぎりなし。ここに婦人、此の戯歌(たはれうた)を作みて、すなはち吟詠(うた)ひきといへり。


侫人(ねぢけびと)(そし)れる歌一首

3836 奈良山の児手柏(このてかしは)両面(ふたおも)にかにもかくにも侫人の(とも)

右の歌一首は、博士消奈公行文(せなのきみゆきふみ)大夫(まへつきみ)がよめる。


荷葉(はちすば)を詠める歌一首*

3837 久かたの雨も降らぬか蓮葉に溜まれる水の玉に似たる見む

右の歌一首は、伝云(いひつて)けらく、右の兵衛(つはもののとねり)有り姓名未詳。 歌作みすることに()へたり。時に(つかさ)の家酒食(さけさかな)を備()け、府官人等(つかさびとたち)饗宴(あへ)す。ここに饌食()を盛るに、皆荷葉(はちすば)を用ふ。諸人酒酣(たけなは)にして、歌ひ舞ひ、駱駅*兵衛(つはもののとねり)を誘ひて、其の荷葉に()けて、歌を作めといへり。すなはち声に(こた)へて斯の歌を作めり。


心の()く所無き歌二首

3838 我妹子が(ぬか)に生ひたる双六(すぐろく)事負(ことひ)の牛の倉の()の瘡

3839 我が背子が犢鼻褌(たふさき)にせるつぶれ石の吉野の山に氷魚(ひを)そ下がれる 懸有ハ、反シテ云ク、さがれる

右の歌は、舎人親王、侍座(もとこびと)(のりご)ちたまはく、もし()る所無き歌を作む者有らば、銭帛(ぜにきぬ)(たば)らむとのりたまへり。時に大舎人安倍朝臣子祖父、乃ち斯の歌を作みて献上(たてまつ)る。登時(すなはち)募る所の銭二千文(ふたちち)給へりき。


池田朝臣が大神朝臣奥守を(あざけ)る歌一首*

3840 寺々の女餓鬼(めがき)申さく大神(おほみわ)の男餓鬼(たば)りてその子産まはむ

大神朝臣奥守が報へ嗤ける歌一首

3841 仏造る真朱(まそほ)足らずば水溜まる池田の朝臣(あそ)が鼻の()を掘れ

或ヒト云ク、
平群朝臣が穂積朝臣を嗤咲(あざ)ける歌一首

3842 小児(わくご)ども草はな刈りそ八穂蓼(やほたで)を穂積の朝臣が腋草を刈れ

穂積朝臣が和ふる歌一首

3843 いづくにそ真朱掘る丘薦畳(こもたたみ)平群の朝臣が鼻の上を掘れ


土師宿禰水通(はにしのすくねみみち)が、巨勢朝臣豊人が黒色を嗤咲ける歌一首

3844 ぬば玉の斐太(ひだ)大黒(おほくろ)見るごとに巨勢の小黒(をくろ)し思ほゆるかも

巨勢朝臣豊人が答ふる歌一首

3845 駒造る土師(はし)志婢麻呂(しびまろ)白くあればうべ欲しからむその黒色を

右の歌は、伝云けらく、大舎人土師宿禰水通といふひと有り。(あざな)をば志婢麻呂と曰へり。時に大舎人巨勢朝臣豊人、(あざな)をば正月麻呂(むつきまろ)と曰へり、巨勢斐太朝臣名字ハ忘レタリ。島村大夫ノ男ナリ両人(ふたり)みな(かほ)黒かりき。ここに土師宿禰水通、斯の歌を作みて嗤咲けりぬ。かくて巨勢朝臣豊人これを聞きて、即ち和への歌を作みて(むく)(あざ)けりきといへり。


戯れに(ほうし)を嗤ける歌一首

3846 法師らが鬚の剃り杭馬繋ぎいたくな引きそ法師(なか)()

法師が報ふる歌一首

3847 壇越(だむをち)や然もな言ひそ里長(さとをさ)らが課役(えつき)(はた)らば(なれ)も半ら欠む


(いめ)(うち)によめる歌一首

3848 新墾田(あらきた)猪鹿田(しした)の稲を倉にこめてあなひねひねし()が恋ふらくは

右の歌一首は、忌部首黒麿(いみべのおびとくろまろ)が、夢の裡に此の恋の歌を作みて友に贈り、覚めて誦習(うた)はしむるに(もと)の如しといふ。


世間(よのなか)の常無きを厭ふ歌三首*

3849 生き死にの二つの海を厭はしみ潮干の山を偲ひつるかも

3850 世の中の(しき)借廬(かりいほ)に住み住みて至らむ国のたづき知らずも*

3852 鯨魚(いさな)取り海や死にする山や死にする死ねこそ海は潮()て山は枯れすれ*

右の歌三首は、河原寺の仏堂(ほとけどの)の裡の倭琴(やまとこと)(おも)に在り。


藐姑射(はこや)の山の歌一首*

3851 心をし無何有(むがう)(さと)に置きてあらば藐姑射の山を見まく近けむ

右の歌一首は、作主(よみひと)未詳(しらず)*


痩人(やせひと)を嗤咲ける歌二首

3853 石麻呂(いはまろ)(あれ)物申す夏痩によしといふものそ(むなぎ)取り()反シテ云ク、めせ

3854 痩す痩すも生けらば在らむをはたやはた鰻を捕ると川に流るな

右、吉田連老といふひと有り。字をば石麻呂と曰へり。所謂仁教の子なり。其の老、為人身体(かたち)(いた)く痩せたり。多く喫飲(のみくら)へども、形飢饉(うゑひと)のごとし。此に因りて大伴宿禰家持、聊か斯の歌を作みて戯咲(あざけり)す。


高宮王の数種(くさぐさ)の物を詠める歌二首

3855 葛英爾*延ひおほとれる屎葛(くそかづら)絶ゆることなく宮仕へせむ

3856 婆羅門(ばらもむ)の作れる小田を食む烏(まなぶた)腫れて幡桙(はたほこ)に居り


()の君を恋ふる歌一首

3857 飯食めど 美味くもあらず 歩けども 安くもあらず
   茜さす 君が心し 忘れかねつも

右の歌一首は、伝云けらく、佐為王(さゐのおほきみ)近習婢(まかたち)有り。時に宿直(とのゐ)(いとま)なく、夫の君遇ひ難し。感情(こころ)いたく結ぼれ、係恋(おもひ)(まこと)に深し。ここに宿(とのゐ)に当たる夜、夢の裡に相見る。覚寤(おどろ)きて探抱(かきさぐ)れども手にも触れず。すなはち哽咽歔欷(かなし)み、高く此の歌を吟詠(うた)ひき。(かれ)王聞かして、哀慟(あはれ)みたまひ、永へに侍宿(とのゐ)することを(ゆる)しき。


恋の歌二首*

3858 この頃の()が恋力記し()(くう)に申さば五位の(かがふり)

3859 この頃の()が恋力(たば)らずば京職(みさとつかさ)に出でて(うた)へむ

右の歌二首は、作者未詳。


筑前国(つくしのみちのくちのくに)志賀(しか)白水郎(あま)が歌十首(とを)

3860 おほきみの遣はさなくに情進(さかしら)に行きし荒雄ら沖に(そて)振る

3861 荒雄らを来むか来じかと(いひ)盛りて門に出で立ち待てど来まさず

3862 志賀の山いたくな伐りそ荒雄らがよすかの山と見つつ偲はむ

3863 荒雄らが行きにし日より志賀の海人の大浦田沼(たぬ)(さぶ)しからずや

3864 (つかさ)こそ差しても遣らめさかしらに行きし荒雄ら波に袖振る

3865 荒雄らは妻子(めこ)(なり)をば思はずろ年の八年を待てど来まさず

3866 沖つ鳥鴨とふ船の帰り来ば也良(やら)崎守(さきもり)早く告げこそ

3867 沖つ鳥鴨とふ船は也良の崎()みて榜ぎ来と聞こえ来ぬかも

3868 沖行くや赤ら小船(をぶね)(つと)遣らばけだし人見て解き開け見むかも

3869 大船に小船引き添へ(かづ)くとも志賀の荒雄に潜き逢はめやも

右、神亀の年中(とし)太宰府(おほみこともちのつかさ)、筑前国宗像郡の百姓(おほみたから)、宗形部津麻呂を差して、對馬の(かて)を送る舶の柁師(かぢとり)()つ。時に津麻呂、滓屋(かすや)郡志賀村の白水郎、荒雄が許に()きて語りけらく、「(あれ)小事(こと)あり。もし許さじか」。荒雄答へけらく、「僕(こほり)(かは)れども、船に(あひの)ること日久し。志兄弟(はらから)より篤し。殉死(ともにし)ぬとも、なぞも(いな)まむ」。津麻呂が曰く、「府官(つかさ)(あれ)を差して對馬の(かて)を送る舶の柁師(かぢとり)()つ。容歯(よはひ)衰老(おとろ)へ海つ()に堪へず。(かれ)来たりて祇候(さもら)ふ。願はくは相替りてよ」。ここに荒雄、許諾(うべな)ひて遂に()の事に従ひ、肥前国松浦県美弥良久(みみらく)の埼より発舶(ふなだち)して、直に對馬を射して海を渡る。すなはち(そら)暗冥(くらが)り、暴風(よこしまかぜ)雨に交じり、竟に順風(おひて)無くして、海中(うみ)沈没(しづ)みき。因斯(かれ)()()等、特慕(しぬ)ひかねて此の謌を裁作()めり。或ひは、筑前国守山上憶良臣、妻子の傷みを悲感(かなし)み、志を述べて此の歌を作めりといへり。


無名歌六首*

3870 紫の粉潟(こかた)の海に(かづ)く鳥玉潜き出ば()が玉にせむ

右の歌一首。

3872 吾が門の()の実もり()百千鳥(ももちどり)千鳥は来れど君そ来まさぬ

3873 吾が門に千鳥しば鳴く起きよ起きよ我が一夜夫(ひとよづま)人に知らゆな

右の歌二首。

3871 角島(つぬしま)の瀬戸の若布は人の(むた)荒かりしかど()(むた)和海藻(にきめ)

右の歌一首。

3874 射ゆ鹿(しし)(つな)ぐ川辺の和草(わかくさ)の身の若かへにさ寝し子らはも

右の歌一首。

3875 琴酒を 押垂(おしたる)小野ゆ 出づる水 ぬるくは出でず
   寒水(ましみづ)の 心も(けや)に 思ほゆる 音の少なき
   道に逢はぬかも 少なきよ 道に逢はさば (いろ)()せる
   菅笠(すががさ)小笠(をがさ) ()がうなげる 玉の七つ緒 取り替へも
   申さむものを 少なきよ 道に逢はぬかも*

右の歌一首。


豊前国(とよくにのみちのくち)白水郎(あま)が歌一首

3876 豊国の企救(きく)の池なる菱の(うれ)を摘むとや妹が御袖濡れけむ


豊後国(とよくにのみちのしり)の白水郎が歌一首

3877 紅に染めてし衣雨降りてにほひはすとも移ろはめやも


能登の国の歌三首

3878 梯立(はしたて)の 熊来(くまき)のやらに 新羅斧 落し入れわし
   懸けて懸けて な泣かしそね 浮き出づるやと 見むわし

右の歌一首は、伝云けらく、或る愚人(かたくなひと)、斧の海底(うみ)に堕ちて、(かね)(しづ)きて浮かばざることを(さと)らざりしかば、聊か此の歌をよみて(さと)せりき。

3879 梯立の 熊来酒屋に ま()らる 奴わし
   さすひ立て ()()なましを ま罵らる 奴わし

右一首。

3880 香島()の 机の島の 小螺(したたみ)を い(ひり)ひ持ち来て
   石もち つつき(はふ)り 早川に 洗ひ濯ぎ
   辛塩に ここと揉み 高坏(たかつき)に盛り 机に立てて
   母に(まつ)りつや ()つ児の刀自 父に奉りつや み女つ児の刀自


越中国(こしのみちのなかのくに)の歌四首

3881 大野道は繁道(しげち)森径(もりぢ)繁くとも君し通はば道は広けむ

3882 澁谿(しぶたに)二上山(ふたかみやま)に鷲ぞ子()といふ(さしは)にも君が御為に鷲ぞ子産といふ

3883 伊夜彦(いやひこ)おのれ神さび青雲の棚引く日すら小雨そほ降る 一ニ云ク、あなに神さび

3884 伊夜彦の神の麓に今日らもか鹿()の伏せるらむ皮衣着て角つけながら


乞食者(ほかひひと)(うた)二首

3885 愛子(いとこ) 汝兄(なせ)の君 居り居りて 物にい行くと*
   韓国(からくに)の 虎といふ神を 生け捕りに 八つ捕り持ち来
   その皮を 畳に刺し 八重畳 平群(へぐり)の山に
   四月(うつき)と 五月(さつき)(ほと)に 薬猟 仕ふる時に
   あしひきの この片山に 二つ立つ (いちひ)が本に
   梓弓 八つ手挟(たばさ)み ひめ(かぶら) 八つ手挟み
   (しし)待つと ()が居る時に さ牡鹿の 来立ち嘆かく
   たちまちに (あれ)は死ぬべし おほきみに (あれ)は仕へむ
   ()(つぬ)は 御笠の()やし 吾が耳は 御墨の(つぼ)
   吾が目らは 真澄の鏡 吾が爪は 御弓の弓弭(ゆはず)
   吾が毛らは 御筆の()やし 吾が皮は 御箱の皮に
   吾が(しし)は 御膾(みなます)栄やし 吾が肝も 御膾栄やし
   吾が(みぎ)は 御塩の栄やし 老いはてぬ 我が身一つに
   七重花咲く 八重花咲くと 申し()やさね 申し賞やさね

右の歌一首は、鹿の為に(おもひ)を述べてよめり。

3886 押し照るや 難波の小江(をえ)に (いほ)作り (なま)りて居る
   葦蟹を おほきみ召すと 何せむに  ()を召すらめや
   明らけく ()は知ることを 歌人(うたひと)と ()を召すらめや
   笛吹きと  我を召すらめや 琴弾きと ()を召すらめや
   かもかくも (みこと)受けむと 今日今日と 飛鳥に至り
   置かねども* 置勿(おきな)に至り つかねども 都久野(つくぬ)に至り
   (ひむかし)の 中の御門ゆ 参り来て 命受くれば
   馬にこそ (ふもだし)掛くもの 牛にこそ 鼻縄はくれ
   あしひきの この片山の 百楡(もむにれ)を 五百枝(いほえ)剥き垂り
   天照るや 日の()に干し さひづるや 柄臼(からうす)に舂き
   庭に立つ 磑子(すりうす)に舂き* 押し照るや 難波の小江の
   初垂(はつたれ)を 辛く垂り来て 陶人(すゑひと)の 作れる(かめ)
   今日行きて 明日取り持ち来 我が目らに 塩塗り給ひ
   もちはやすも もちはやすも

右の歌一首は、蟹の為に(おもひ)を述べてよめり。


(おどろ)しき物の歌三首

3887 天なるや神楽良(ささら)の小野に茅草(ちかや)刈り(かや)刈りばかに鶉を立つも

3888 沖つ国()らす君が()め屋形黄染めの屋形神が()渡る

3889 人魂(ひとたま)のさ()なる君が唯独り逢へりし雨夜は久しく思ほゆ*



        巻第十六 了

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引用文献


○ManyoshuBest100
○万葉集[YouTube]
○萬葉集朗詠ライブ
○万葉集(動画 YouTube) NipponArchives
○歴史ヒストリア

○100分de名著 万葉集 其の1
○100分de名著 万葉集 其の2
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