TOP(戻る)温故知新(戻る)、 世界三大古典詩集 ( 「詩經」「万(萬)葉集」「ソネット集 SONNET(Shakespeare)」

万葉集(萬葉集 Man'yōshū)は日本人の心の古典、「万世にまで末永く伝えられるべき歌集」
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新元号【令和】『REIWA』 典拠は巻第五「万葉集」32の序文(0815~0862)

萬葉集  巻第四  相 聞
 よまきにあたるまき  したしみうた


(巻一・ニを補う 相聞と大伴氏関係の歌)    鹿持雅澄『萬葉集古義』



難波天皇(なにはのすめらみこと)(みいも)の、山跡(やまと)(いま)皇兄(すめらみことのいろせのみこと)奉上(たてまつ)れる御歌一首(ひとつ)

0484 一日こそ人をも待ちし*長き()をかくのみ待てば有りかてなくも


岳本天皇(をかもとのすめらみこと)のみよみませる御製歌(おほみうた)一首、また短歌(みじかうた)

0485 神代より ()れ継ぎ来れば 人さはに 国には満ちて
   あぢ(むら)の 騒きはゆけど* ()が恋ふる 君にしあらねば
   昼は 日の暮るるまで (よる)は ()の明くる極み
   思ひつつ (いね)かてにのみ 明かしつらくも 長きこの夜を

反し歌

0486 山の端にあぢ群騒き行くなれど(あれ)(さぶ)しゑ君にしあらねば

0487 近江路の鳥籠(とこ)の山なる不知哉川(いさやがは)()のこの頃は恋ひつつもあらむ


額田王(ぬかたのおほきみ)近江天皇(しぬ)ひまつりてよみたまへる歌一首

0488 君待つと()が恋ひ居れば我が屋戸の簾動かし秋の風吹く


鏡女王のよみたまへる歌一首

0489 風をだに恋ふるは(とも)し風をだに来むとし待たば何か嘆かむ


吹黄刀自(ふきのとじ)が歌二首

0490 真野(まぬ)の浦の淀の継橋心ゆも思へや妹が(いめ)にし見ゆる

0491 河上のいつ藻の花のいつもいつも来ませ我が背子時じけめやも


田部忌寸櫟子(たべのいみきいちひこ)太宰(おほみこともちのつかさ)()けらるる時の歌四首

0492 衣手に取りとどこほり泣く子にも益れる(あれ)を置きて如何にせむ 舎人千年*

0493 置きてゆかば妹恋ひむかも敷細(しきたへ)の黒髪敷きて長きこの夜を 田部忌寸櫟子

0494 吾妹子(わぎもこ)を相知らしめし人をこそ恋の増されば恨めしみ()

0495 朝日影にほへる山に照る月の飽かざる君を山越しに置きて


柿本朝臣人麻呂が歌四首

0496 み熊野の浦の浜木綿百重なす心は()へど(ただ)に逢はぬかも

0497 古にありけむ人も()がごとか妹に恋ひつつ(いね)かてにけむ

0498 今のみのわざにはあらず古の人ぞ益りて()にさへ泣きし

0499 百重にも来()かぬかもと思へかも君が使の見れど飽かざらむ


碁檀越(ごのだむをち)が伊勢国に往く時、留まれる()がよめる歌一首

0500 神風(かむかぜ)の伊勢の浜荻折り伏せて旅寝や為らむ荒き浜辺に


柿本朝臣人麻呂が歌三首

0501 処女(をとめ)らが袖布留(ふる)山の瑞垣(みづかき)の久しき時ゆ思ひき我は

0502 夏野ゆく牡鹿(をしか)(つぬ)の束の間も妹が心を忘れて()へや

0503 織衣(ありきぬ)*さゐさゐしづみ家の()に物言はず()にて思ひかねつも


柿本朝臣人麻呂が()の歌一首

0504 君が()()が住坂の家道をも(あれ)は忘らじ命死なずは


安倍女郎(あべのいらつめ)が歌二首

0505 今更に何をか思はむ打ち靡き心は君に寄りにしものを

0506 我が背子は物な思ひそ事しあらば火にも水にも(あれ)無けなくに


駿河采女(するがのうねべ)が歌一首

0507 敷細(しきたへ)の枕ゆ(くく)る涙にそ浮寝をしける恋の繁きに


三方沙弥(みかたのさみ)が歌一首

0508 衣手の()かる今宵ゆ妹も(あれ)(いた)く恋ひむな逢ふよしを無み


丹比真人笠麻呂が筑紫国に下る時よめる歌一首、また短歌

0509 臣女(おみのめ)の 櫛笥(くしげ)(いつ)* 鏡なす 御津の浜辺に
   さ丹頬(にづら)ふ 紐解き放けず 吾妹子(わぎもこ)に 恋ひつつ居れば
   明け暮れの 朝霧(がく)り 鳴く(たづ)の ()のみし泣かゆ
   ()が恋ふる 千重の一重も 慰むる 心も有れやと
   家のあたり ()が立ち見れば 青旗の 葛城(かつらき)山に
   棚引ける 白雲隠り 天ざかる (ひな)の国辺に
   (ただ)向ふ 淡路を過ぎ 粟島を 背向(そがひ)に見つつ
   朝凪に 水手(かこ)の声呼び 夕凪に 楫の()しつつ
   波の()を い行きさぐくみ 岩の間を い行き(もとほ)
   稲日都麻(いなびつま) 浦廻を過ぎて 鳥じもの なづさひ行けば
   家の島 荒磯の上に 打ち靡き (しじ)に生ひたる
   名告藻(なのりそ)* などかも妹に ()らず来にけむ

反し歌

0510 白妙の袖解き交へて帰り来む月日を()みて往きて()ましを


伊勢国に(いでま)せる時、當麻麻呂(たぎまのまろ)大夫(まへつきみ)()のよめる歌一首

0511 我が背子はいづく行くらむ沖つ藻の名張の山を今日か越ゆらむ


草嬢(うかれめ)*が歌一首

0512 秋の田の穂田(ほた)の刈りばかか寄り合はばそこもか人の()を言成さむ


志貴皇子の御歌一首

0513 大原のこのいつ柴のいつしかと()()ふ妹に今宵逢へかも


阿倍女郎が歌一首

0514 我が背子が()せる衣の針目落ちず入りにけらしな我が心さへ


中臣朝臣東人(あづまひと)が阿倍女郎に贈れる歌一首

0515 独り寝て絶えにし紐を忌々(ゆゆ)しみと為むすべ知らに哭のみしぞ泣く


阿倍女郎が答ふる歌一首

0516 ()が持たる三筋(みつあひ)に搓れる糸もちて付けてましもの今ぞ悔しき


大納言(おほきものまをしのつかさ)大将軍(おほきいくさのきみ)(かけたる)大伴の(まへつきみ)の歌一首

0517 神樹(かむき)にも手は触るちふをうつたへに人妻といへば触れぬものかも


石川郎女が歌一首

0518 春日野の山辺の道を随身(よそり)無く通ひし君が見えぬ頃かも


大伴女郎が歌一首

0519 雨障(あまつつ)み常せす君は久かたの昨夜(きそ)の雨に懲りにけむかも


後の人の追ひて(なぞら)ふる歌一首

0520 久かたの雨も降らぬか雨つつみ君に(たぐ)ひてこの日暮らさむ


藤原宇合(うまかひ)の大夫が遷任()されて(みやこ)に上る時、常陸娘子(ひたちをとめ)が贈れる歌一首

0521 庭に立ち麻を刈り干し重慕(しきしぬ)*東女(あづまをみな)を忘れたまふな


京職大夫(みさとつかさのかみ)藤原の大夫(まへつきみ)大伴坂上郎女(おほとものさかのへのいらつめ)(おく)れる歌三首

0522 娘子らが玉匣(たまくしげ)なる玉櫛(たまくし)の魂()むも妹に逢はずあれば

0523 よく渡る人は年にもありちふをいつの程そも()が恋ひにける

0524 蒸衾(むしぶすま)(なこや)が下に臥せれども妹とし寝ねば肌し寒しも


大伴坂上郎女が(こた)ふる歌四首

0525 佐保川の小石(さざれ)踏み渡りぬば玉の黒馬(くろま)()()は年にもあらぬか

0526 千鳥鳴く佐保の川瀬のさざれ波やむ時もなし()が恋ふらくは

0527 来むと言ふも来ぬ時あるを来じと言ふを来むとは待たじ来じと言ふものを

0528 千鳥鳴く佐保の川門(かはと)の瀬を広み打橋渡す()が来と思へば

右郎女ハ、佐保大納言卿ノ女ナリ。初メ一品(ヒトツノシナ)穂積皇子ニ嫁ギ、寵被ルコト(タグヒ)無シ。皇子(スギマ)シシ後、藤原麻呂大夫郎女ヲ(ツマド)フ。郎女坂上ノ里ニ家ス。仍レ族氏(ウヂ)ヲ坂上郎女ト()フナリ。

また大伴坂上郎女が歌一首

0529 佐保川の岸の高処(つかさ)の柴な刈りそね在りつつも春し来たらば立ち隠るがね


天皇海上女王(うなかみのおほきみ)に賜へる御歌(おほみうた)一首

0530 赤駒の越ゆる馬柵(うませ)(しめ)結ひし妹が心は疑ひも無し

右、今案フルニ、此ノ歌擬古ノ作ナリ。但往当便ヲ以テ斯ノ歌ヲ賜ヘルカ。


海上女王の(こた)へ奉る歌一首

0531 梓弓(つま)ひく夜音(よと)遠音(とほと)にも君が御言を聞かくしよしも


大伴宿奈麻呂宿禰(おほとものすくなまろのすくね)が歌二首

0532 打日さす宮に行く子をま悲しみ留むは苦し遣るはすべなし

0533 難波潟潮干のなごり飽くまでに人の見む子を(あれ)(とも)しも


安貴王(あきのおほきみ)の歌一首、また短歌

0534 遠妻の ここに在らねば 玉ほこの 道をた遠み
   思ふそら 安からなくに 嘆くそら 安からぬものを
   み空行く 雲にもがも 高飛ぶ 鳥にもがも
   明日往きて 妹に言問ひ ()が為に 妹も事無く
   妹が為 (あれ)も事無く 今も見しごと (たぐ)ひてもがも

反し歌

0535 敷細(しきたへ)の手枕まかず間置きて年そ経にける逢はなく()へば

右、安貴王、因幡八上釆女ヲ娶リ、係念極テ甚シク、愛情尤モ盛ナリ。時ニ勅シテ不敬ノ罪ニ断ジ、本郷ニ退却(シリゾ)ク。是ニ王意悼怛、聊カ此歌ヲ作メリト。


門部王の恋の歌一首

0536 飫宇(おう)の海の潮干の潟の片思(かたもひ)に思ひやゆかむ道の長手を

右、門部王、出雲守ニ(マケ)ラル時、部内(クヌチ)ノ娘子ヲ娶ル。未ダ幾時モ有ラズ、既ニ往来絶ユ。累月ノ後、更ニ愛心ヲ起コス。仍レ此歌ヲ作ミテ娘子ニ贈致(オク)レリ。


高田女王の今城王(いまきのおほきみ)に贈りたまへる歌六首(むつ)

0537 言清く(いと)もな言ひそ一日だに君いし無くば(しぬ)()へぬもの*

0538 人言(ひとごと)を繁み言痛(こちた)み逢はざりき心あるごとな思ひ我が背子

0539 我が背子し遂げむと言はば人言は繁くありとも出でて逢はましを

0540 我が背子にまたは逢はじかと思へばか今朝の別れのすべなかりつる

0541 現世(このよ)には人言繁し来生(こむよ)にも逢はむ我が背子今ならずとも

0542 常やまず通ひし君が使ひ来ず今は逢はじと動揺(たゆた)ひぬらし


神亀(じむき)元年(はじめのとし)甲子(きのえね)冬十月(かみなつき)、紀伊国に(いでま)せる時、従駕(みとも)の人に贈らむ為、娘子に(あつら)へらえて笠朝臣金村がよめる歌一首、また短歌

0543 天皇(おほきみ)の 行幸(いでまし)のまに 物部(もののふ)の 八十伴男(やそとものを)
   出でゆきし (うつく)(つま)は (あま)飛ぶや 軽の路より
   玉たすき 畝火を見つつ あさもよし 紀路に入り立ち
   真土山 越ゆらむ君は 黄葉(もみちば)の 散り飛ぶ見つつ
   親しけく ()をば思はず 草枕 旅をよろしと
   思ひつつ 君はあらむと あそそには かつは知れども
   しかすがに (もだ)も得あらねば 我が背子が 行きのまにまに
   追はむとは 千たび思へど 手弱女(たわやめ)の ()が身にしあれば
   道守(みちもり)の 問はむ答を 言ひ遣らむ すべを知らにと 立ちてつまづく

反し歌

0544 後れ居て恋ひつつあらずば紀の国の妹背の山にあらましものを

0545 我が背子が跡踏み求め追ひゆかば紀の関守い留めなむかも


二年(ふたとせといふとし)乙丑(きのとのうし)春三月(やよひ)三香原(みかのはら)離宮(とつみや)に幸せる時、娘子を得て、笠朝臣金村がよめる歌一首、また短歌

0546 三香の原 旅の宿りに 玉ほこの 道の行き逢ひに
   天雲の (よそ)のみ見つつ 言問はむ (よし)の無ければ
   心のみ 咽せつつあるに 天地の 神事依せて
   敷細(しきたへ)の 衣手(ころもて)()へて 己妻(おのつま)と 恃める今宵
   秋の夜の 百夜(ももよ)の長さ ありこせぬかも

反し歌

0547 天雲の外に見しより我妹子に心も身さへ寄りにしものを

0548 この夜らの早く明けなばすべを無み秋の百夜を願ひつるかも


五年(いつとせといふとし)戊辰(つちのえたつ)太宰(おほきみこともち)少弐(すなきすけ)石川足人(たりひと)の朝臣が遷任(みやこにめ)さるるとき、筑前国(つくしのみちのくちのくに)蘆城(あしき)駅家(はゆまや)(うまのはなむけ)する歌三首

0549 天地の神も助けよ草枕旅ゆく君が家に至るまで

0550 大船の思ひ頼みし君が()なば(あれ)は恋ひむな(ただ)に逢ふまでに

0551 大和道の島の浦廻に寄する波(あひだ)も無けむ()が恋ひまくは

右の三首(みうた)は、作者未詳(よみひとしらず)


大伴宿禰三依(みより)が歌一首

0552 我が君はわけをば死ねと思へかも逢ふ夜逢はぬ夜二つゆくらむ


丹生女王(にふのおほきみ)太宰帥(おほきみこともちのかみ)大伴の(まへつきみ)に贈りたまへる歌二首

0553 天雲の遠隔(そくへ)の極み遠けども心し行けば恋ふるものかも

0554 古りにし人の(たば)せる吉備の酒病めばすべなし貫簀(ぬきす)(たば)らむ


太宰帥大伴の卿の大弐(おほきすけ)丹比縣守(たぢひのあがたもり)の卿の民部卿(たみのつかさのかみ)遷任()さるるに歌一首

0555 君がため()みし待酒(まちさけ)安の野に独りや飲まむ友無しにして


賀茂女王(かものおほきみ)の大伴宿禰三依に贈りたまへる歌一首

0556 筑紫船いまだも来ねば予め荒ぶる君を見むが悲しさ


土師宿禰水道(はにしのすくねみみち)が筑紫より京に上る海路(うみつぢ)にてよめる歌二首

0557 大船を榜ぎの進みに岩に()(かへ)らば覆れ妹に因りてば

0558 ちはやぶる神の(やしろ)()が懸けし(ぬさ)(たば)らむ妹に逢はなくに


太宰の大監(おほきまつりごとひと)大伴宿禰百代が恋の歌四首

0559 事もなく()()しものを老次(おいなみ)にかかる恋にも(あれ)は逢へるかも

0560 恋ひ死なむ後は何せむ生ける日のためこそ妹を見まく欲りすれ

0561 思はぬを思ふと言はば大野なる三笠の杜の神し知らさむ

0562 (いとま)無く人の眉根(まよね)(いたづら)に掻かしめつつも逢はぬ妹かも


大伴坂上郎女が歌二首

0563 黒髪に白髪(しろかみ)交り老ゆまでにかかる恋には未だ逢はなくに

0564 山菅の実ならぬことを我に寄せ言はれし君は(たれ)とか()らむ


賀茂女王の歌一首

0565 大伴の見つとは言はじ茜さし照れる月夜(つくよ)に直に逢へりとも


太宰の大監大伴宿禰百代等が駅使(はゆまつかひ)に贈れる歌二首

0566 草枕旅ゆく君を(うつく)しみ(たぐ)ひてぞ来し志賀(しか)の浜辺を

右の一首(ひとうた)は、大監大伴宿禰百代。

0567 周防(すはう)なる磐國山を越えむ日は手向(たむけ)よくせよ荒きその道

右の一首は、少典(すなきふみひと)山口忌寸若麻呂。以前天平二年庚午夏六月、帥大伴卿、忽ニ瘡ヲ脚ニ生シ、枕席ニ疾苦ス。此ニ因テ駅ヲ馳セテ上奏シ、庶弟稲公、姪胡麻呂ニ遺言ヲ語ラムコトヲ望請フ。右兵庫助大伴宿禰稲公、治部少丞大伴宿禰胡麻呂ノ両人ニ勅シテ、駅ヲ給ヒ発遣シ、卿ノ病ヲ看シム。数旬ヲ逕テ幸ニ平復ヲ得。時ニ稲公等病既ニ療タルヲ以テ、府ヲ発チ京ニ上ル。是ニ大監大伴宿禰百代、少典山口忌寸若麻呂、及ビ卿ノ男家持等、駅使ヲ相送ル。共ニ夷守ノ駅家ニ到リ、聊カ飲シテ別ヲ悲シム。乃チ此歌ヲ作メリ。


太宰帥大伴の卿の大納言(おほきものまをしのつかさ)()され、京に入らむとする時、府官人(つかさひと)等、卿を筑前国蘆城駅家に餞する歌四首

0568 み崎()荒磯(ありそ)に寄する五百重(いほへ)波立ちても居ても我が()へる君

右の一首は、筑前の(まつりごとひと)門部連(かどべのむらじ)石足(いそたり)

0569 宮人の*衣染むとふ紫の心に染みて思ほゆるかも

0570 大和()に君が発つ日の近づけば野に立つ鹿も(どよ)みてぞ鳴く

右の二首は、大典(おほきふみひと)麻田連陽春(あさだのむらじやす)

0571 月夜よし川音(かはと)清けしいざここに行くも行かぬも遊びて行かむ

右の一首は、防人佑(さきもりのまつりごとひと)大伴四綱(よつな)


太宰帥大伴の卿の京に上りたまへる後、沙弥満誓(さみのまむぜい)が卿に贈れる歌二首

0572 真澄鏡(まそかがみ)見飽かぬ君に後れてや(あした)夕べに()びつつ居らむ

0573 ぬば玉の黒髪変り白けても痛き恋には逢ふ時ありけり


大納言大伴の卿の(こた)へたまへる歌二首

0574 ここに在りて筑紫やいづく白雲の棚引く山の方にしあるらし

0575 草香江の入江にあさる葦鶴(あしたづ)のあなたづたづし友無しにして


太宰帥大伴の卿の京に上りたまひし後、筑後守(つくしのみちのしりのかみ)葛井連大成(ふぢゐのむらじおほなり)悲嘆(なげ)きてよめる歌一首

0576 今よりは()の山道は(さぶ)しけむ()が通はむと思ひしものを


大納言大伴の卿の、新しき(うへのきぬ)攝津大夫(つすぶるかみ)高安王に贈りたまへる歌一首

0577 我が衣人にな着せそ網引(あびき)する難波壮士(なにはをとこ)の手には触れれど


大伴宿禰三依が悲別(わかれ)の歌一首

0578 天地と共に久しく住まはむと思ひてありし家の庭はも


金明軍(こむのみやうぐむ)が大伴宿禰家持に(たてまつ)れる歌二首

0579 見まつりて未だ時だに変らねば年月のごと思ほゆる君

0580 足引の山に生ひたる(すが)の根のねもごろ見まく欲しき君かも


大伴坂上(おほとものさかのへ)の家の大娘(おほいらつめ)が大伴宿禰家持に(こた)へ贈れる歌四首

0581 生きてあらば見まくも知らに何しかも死なむよ妹と夢に見えつる

0582 丈夫(ますらを)もかく恋ひけるを幼婦(たわやめ)の恋ふる心に(たぐ)へらめやも

0583 月草の移ろひやすく思へかも()()ふ人の言も告げ来ぬ

0584 春日山朝立つ雲の居ぬ日なく見まくの欲しき君にもあるかも


大伴坂上郎女が歌一首

0585 出でて()なむ時しはあらむを殊更に妻恋しつつ立ちて去ぬべしや


大伴宿禰稲公田村大嬢に贈れる歌一首

0586 相見ずは恋ひざらましを妹を見てもとなかくのみ恋ひは如何にせむ

右、一云(あるはいふ)、姉坂上郎女がよめる。


笠女郎が大伴宿禰家持に贈れる歌廿四首(はたちまりよつ)

0587 我が形見見つつ偲はせ荒玉の年の緒長く我も偲はむ

0588 白鳥の飛羽(とば)山松の待ちつつぞ()が恋ひ渡るこの月ごろを

0589 衣手を折り()む里に*ある(あれ)を知らずぞ人は待てど来ずける

0590 あら玉の年の経ぬれば今しはとゆめよ我が背子我が名()らすな

0591 我が思ひを人に知らせや玉くしげ開きあけつと(いめ)にし見ゆる

0592 闇の夜に鳴くなる(たづ)(よそ)のみに聞きつつかあらむ逢ふとはなしに

0593 君に恋ひ(いた)もすべ無み奈良山の小松がもとに立ち嘆くかも

0594 我が屋戸の夕蔭草(ゆふかげくさ)の白露の()ぬがにもとな思ほゆるかも

0595 我が命の(また)けむ限り忘れめやいや日に()には思ひ増すとも

0596 八百日(やほか)往く浜の真砂(まなご)()が恋にあに勝らじか沖つ島守

0597 うつせみの人目を繁み石橋(いはばし)の間近き君に恋ひ渡るかも

0598 恋にもぞ人は死にする水無瀬川(みなせがは)下ゆ我痩す月に日に()

0599 朝霧の(おほ)に相見し人故に命死ぬべく恋ひ渡るかも

0600 伊勢の海の磯もとどろに寄する波畏き人に恋ひ渡るかも

0601 心ゆも()()はざりき山河も隔たらなくにかく恋ひむとは

0602 夕されば物()ひ増さる見し人の言問ふ姿面影にして

0603 思ふにし死にするものにあらませば千たびぞ我は死に還らまし

0604 剣太刀(つるぎたち)身に取り添ふと夢に見つ何の(しるし)そも君に逢はむため

0605 天地の神し(ことわり)無くばこそ我が()ふ君に逢はず死にせめ

0606 我も思ふ人もな忘れ多奈和丹*浦吹く風のやむ時無かれ

0607 人皆を*寝よとの鐘は打つなれど君をし()へば()ねがてぬかも

0608 相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の(しりへ)(ぬか)づく如し

0609 心ゆも()()はざりき又更に我が故郷に還り来むとは

0610 近くあれば見ねどもあるをいや遠く君がいまさば有りかてましも

右の二首は、相別(わか)れて後また来贈(おく)れるなり。


大伴宿禰家持が和ふる歌二首

0611 今更に妹に逢はめやと思へかもここだ我が胸欝悒(おほほ)しからむ

0612 中々に(もだ)もあらましを何すとか相見()めけむ遂げざらなくに


山口女王の大伴宿禰家持に贈りたまへる歌五首

0613 物()ふと人に見えじと生強(なましひ)に常に思へど有りそかねつる

0614 相思はぬ人をやもとな白妙の袖()づまでに哭のみし泣かも

0615 我が背子は相()はずとも敷細(しきたへ)の君が枕は夢に見えこそ

0616 剣太刀名の惜しけくも(あれ)はなし君に逢はずて年の経ぬれば

0617 葦辺より満ち来る潮のいや増しに思へか君が忘れかねつる


大神郎女(おほみわのいらつめ)が大伴宿禰家持に贈れる歌一首

0618 さ夜中に友呼ぶ千鳥物()ふと侘び居る時に鳴きつつもとな


大伴坂上郎女が怨恨(うらみ)の歌一首、また短歌

0619 押し照る 難波の菅の ねもころに 君が聞こして
   年深く 長くし言へば 真澄鏡 ()ぎし心を
   (ゆる)してし その日の極み 波の(むた) 靡く玉藻の
   かにかくに 心は持たず 大船の 頼める時に
   ちはやぶる 神や()けけむ うつせみの 人か()ふらむ
   通はしし 君も来まさず 玉づさの 使も見えず
   なりぬれば (いた)もすべ無み ぬば玉の 夜はすがらに
   赤ら引く 日も暮るるまで 嘆けども (しるし)を無み
   思へども たつきを知らに 幼婦(たわやめ)と 言はくも(しる)
   小童(たわらは)の 哭のみ泣きつつ 徘徊(たもとほ)り 君が使を 待ちやかねてむ

反し歌

0620 初めより長く言ひつつ恃めずはかかる思ひに逢はましものか


西海道(にしのうみつぢ)節度使(せどし)判官(まつりごとひと)佐伯宿禰東人(あづまひと)()()の君に贈れる歌一首

0621 間無く恋ふれにかあらむ草枕旅なる君が夢にし見ゆる

佐伯宿禰東人が和ふる歌一首

0622 草枕旅に久しく成りぬれば()をこそ思へな恋ひそ我妹(わぎも)


池邊王(いけべのおほきみ)の宴に(うた)ひたまへる歌一首

0623 松の葉に月は(ゆつ)りぬ黄葉(もみちば)の過ぎしや君が逢はぬ夜多み


天皇(すめらみこと)酒人女王(さかひとのおほきみ)(しぬ)はしてみよみませる御製歌(おほみうた)一首

0624 道に逢ひて笑まししからに降る雪の()なば消ぬがに恋ひ()*我妹


高安王の、(つつ)める鮒を娘子に贈りたまへる歌一首

0625 沖辺ゆき辺にゆき今や妹がため我が(すなど)れる藻臥(もふし)束鮒(つかふな)


八代女王(やしろのおほきみ)の天皇に献らせる歌一首

0626 君により言の繁きを故郷の明日香の川に禊ぎしにゆく


佐伯宿禰赤麻呂が娘子に贈れる歌一首*

0630 初花の散るべきものを人言の繁きによりて澱む頃かも

娘子が佐伯宿禰赤麻呂に報贈(こた)ふる歌一首

0627 我が手本(たもと)まかむと()はむ大夫(ますらを)恋水(なみだ)に沈み*白髪生ひにけり

佐伯宿禰赤麻呂が和ふる歌一首

0628 白髪生ふることは思はじ恋水(なみだ)をばかにもかくにも求めて行かむ


大伴四綱が宴席(うたげ)の歌一首

0629 何すとか使の来たる君をこそかにもかくにも待ち()てにすれ


湯原王の娘子に贈りたまへる歌二首

0631 愛想(うはへ)なき物かも人は(しか)ばかり遠き家路を帰せし思へば

0632 目には見て手には取らえぬ月内(つきぬち)(かつら)のごとき妹をいかにせむ

娘子が報贈(こた)ふる歌二首

0633 いかばかり思ひけめかも敷細(しきたへ)の枕片去る夢に見え来し

0634 家にして見れど飽かぬを草枕旅にも(つま)のあるが(とも)しさ

湯原王のまた(たま)へる歌二首

0635 草枕旅には妻は()たらめど櫛笥(くしげ)の内の珠とこそ思へ

0636 我が衣形見に(まつ)る敷細の枕()らさず巻きてさ寝ませ

娘子がまた報贈ふる歌一首

0637 我が背子が形見の衣嬬問(つまどひ)に我が身は()けじ言問はずとも

湯原王のまた贈へる歌一首

0638 ただ一夜隔てしからに荒玉の月か経ぬると思ほゆるかも*

娘子がまた報贈ふる歌一首

0639 我が背子がかく恋ふれこそぬば玉の夢に見えつつ寐ねらえずけれ

湯原王のまた贈へる歌一首

0640 ()しけやし間近き里を雲居にや恋ひつつ居らむ月も経なくに

娘子がまた報贈ふる和歌(うた)一首

0641 絶ゆと言はば侘しみせむと焼大刀(やきたち)(へつか)ふことは(から)しや吾君(わぎみ)


湯原王の歌一首

0642 吾妹子(わぎもこ)に恋ひて乱れば反転(くるべき)に懸けて寄さむと()が恋ひそめし


紀郎女怨恨(うらみ)の歌三首

0643 世間(よのなか)()にしあらば(ただ)渡り*痛背(あなし)の川を渡りかねめや

0644 今は()は侘びそしにける(いき)の緒に思ひし君を(ゆる)さく()へば

0645 白妙の袖別るべき日を近み心に咽び哭のみし泣かゆ


大伴宿禰駿河麻呂が歌一首

0646 丈夫の思ひ侘びつつ遍多(たびまね)く嘆く嘆きを負はぬものかも


大伴坂上郎女が歌一首

0647 心には忘るる日無く思へども人の言こそ繁き君にあれ


大伴宿禰駿河麻呂が歌一首

0648 相見ずて()長くなりぬこの頃はいかに(さき)くや欝悒(いふ)かし我妹


大伴坂上郎女が歌一首

0649 ()ふ葛の*絶えぬ使の澱めれば事しもあるごと思ひつるかも

右、坂上郎女ハ、佐保大納言卿ノ女ナリ。駿河麻呂ハ、此ノ高市大卿ノ孫ナリ。両卿ハ兄弟ノ家、女孫姑姪ノ族ナリ。是ヲ以テ歌ヲ題シ送リ答ヘ、起居ヲ相問フ。


大伴宿禰三依が(わか)れてまた()へるを歓ぶ歌一首

0650 我妹子は常世の国に住みけらし昔見しより変若(をち)ましにけり


大伴坂上郎女が歌二首

0651 久かたの天の露霜置きにけり家なる人も待ち恋ひぬらむ

0652 玉主(たまもり)に珠は授けて且々(かつがつ)も枕と我はいざ二人寝む


大伴宿禰駿河麻呂が歌三首

0653 心には忘れぬものを偶々も見ぬ日さまねく月ぞ経にける

0654 相見ては月も経なくに恋ふと言はば虚言(をそろ)(あれ)を思ほさむかも

0655 思はぬを思ふと言はば天地の神も知らさむ邑礼左変*


大伴坂上郎女が歌六首

0656 (あれ)のみぞ君には恋ふる我が背子が恋ふとふことは言のなぐさぞ

0657 思はじと言ひてしものを唐棣(はねず)色の移ろひやすき我が心かも

0658 思へども験もなしと知るものを如何でここだく()が恋ひ渡る

0659 予め人言繁しかくしあらばしゑや我が背子奥も如何にあらめ

0660 ()をと()を人そ()くなるいで吾君(わぎみ)人の中言聞きこすなゆめ

0661 恋ひ恋ひて逢へる時だに(うるは)しき言尽してよ長しと()はば


市原王の歌一首

0662 網児(あご)の山五百重(いほへ)隠せる佐堤(さて)の崎小網(さで)()へし子が夢にし見ゆる


安都宿禰年足(あとのすくねとしたり)が歌一首

0663 佐保渡り我家(わぎへ)の上に鳴く鳥の声なつかしき()しき妻の子


大伴宿禰像見(かたみ)が歌一首

0664 石上(いそのかみ)降るとも雨に(つつ)まめや妹に逢はむと言ひてしものを


安倍朝臣蟲麻呂が歌一首

0665 向ひ居て見れども飽かぬ我妹子に立ち別れゆかむたづき知らずも


大伴坂上郎女が歌二首

0666 相見ずて幾許(いくばく)久もあらなくにここだく(あれ)は恋ひつつもあるか

0667 恋ひ恋ひて逢ひたるものを月しあれば夜は(こも)るらむ(しま)しはあり待て

右、大伴坂上郎女ガ母石川内命婦ト、安倍朝臣蟲滿ガ母安曇外命婦トハ、同居ノ姉妹、同気ノ(ハラカラ)ナリ。此ニ縁テ郎女ト蟲滿ト、相見ルコト踈カラズ、相談ラフコト既ニ密ナリ。聊カ戯歌ヲ作ミテ以テ問答ヲ為ス。


厚見王の歌一首

0668 朝に日に色づく山の白雲の思ひ過ぐべき君にあらなくに


春日王の歌一首

0669 足引の山橘の色に出でて語らば継ぎて逢ふこともあらむ


娘子が湯原王に贈れる歌一首*

0670 月読(つくよみ)の光に来ませ足引の山を隔てて遠からなくに

湯原王の和へたまへる歌一首

0671 月読の光は清く照らせれど惑へる心堪へじとぞ()


安倍朝臣蟲麻呂が歌一首

0672 しづたまき数にもあらぬ我が身もち如何でここだく()が恋ひ渡る


大伴坂上郎女が歌二首

0673 真澄鏡(まそかがみ)()ぎし心を(ゆる)してば後に言ふとも験あらめやも

0674 真玉つく彼此(をちこち)兼ねて言ひは言へど逢ひて後こそ悔はありといへ


中臣女郎が大伴宿禰家持に贈れる歌五首

0675 をみなへし佐紀沢に生ふる花かつみ嘗ても知らぬ恋もするかも

0676 (わた)の底(おき)を深めて我が()へる君には逢はむ年は経ぬとも

0677 春日山朝居る雲の(おほほ)しく知らぬ人にも恋ふるものかも

0678 (ただ)に逢ひて見てばのみこそ玉きはる命に向ふ()が恋やまめ

0679 いなと言はば強ひめや我が背菅の根の思ひ乱れて恋ひつつもあらむ


大伴宿禰家持が交遊(とも)と久しく別るる歌三首

0680 けだしくも人の中言聞かせかもここだく待てど君が来まさぬ

0681 中々に絶ゆとし言はばかくばかり(いき)の緒にして()が恋ひめやも

0682 思ふらむ人にあらなくにねもごろに心尽して恋ふる我かも


大伴坂上郎女が歌七首

0683 物言ひの畏き国ぞ紅の色にな出でそ思ひ死ぬとも

0684 今は()は死なむよ我が背生けりとも我に依るべしと言ふと言はなくに

0685 人言を繁みや君を二鞘の家を隔てて恋ひつつ居らむ

0686 この頃は千歳や行きも過ぎにしと我やしか()ふ見まく欲りかも

0687 うるはしと()()ふ心速川の(せき)()くとも猶や()えなむ

0688 青山を横ぎる雲のいちしろく我と笑まして人に知らゆな

0689 海山も隔たらなくに何しかも目言をだにもここだ乏しき


大伴宿禰三依が悲別(わかれ)の歌一首

0690 照らす日を闇に見なして泣く涙衣濡らしつ干す人無しに


大伴宿禰家持が娘子に贈れる歌二首

0691 ももしきの大宮人は多けども心に乗りて思ほゆる妹

0692 愛想(うはへ)無き妹にもあるかもかく許り人の心を尽せる()へば


大伴宿禰千室(ちむろ)が歌一首

0693 かくのみに恋ひやわたらむ秋津野に棚引く雲の過ぐとはなしに


廣河女王の歌二首

0694 恋草を力車に七車積みて恋ふらく我が心から

0695 恋は今はあらじと(あれ)は思へるをいづくの恋ぞつかみかかれる


石川朝臣廣成が歌一首

0696 家人に恋過ぎめやもかはづ鳴く泉の里に年の経ぬれば


大伴宿禰像見が歌三首

0697 ()が聞きに懸けてな言ひそ刈薦(かりこも)の乱れて思ふ君が直香(ただか)

0698 春日野に朝居る雲のしくしくに()は恋ひ増さる月に日に()

0699 一瀬には千たび(さや)らひ逝く水の後にも逢はむ今ならずとも


大伴宿禰家持が娘子の門に到りてよめる歌一首

0700 かくしてや猶や罷らむ近からぬ道の間をなづみ(まゐ)来て


河内百枝娘子(かふちのももえをとめ)が大伴宿禰家持に贈れる歌二首

0701 はつはつに人を相見て如何にあらむいづれの日にかまた(よそ)に見む

0702 ぬば玉のその夜の月夜今日までに(あれ)は忘れず間無くし()へば


巫部麻蘇娘子(かむこべのまそをとめ)が歌二首

0703 我が背子を相見しその日今日までに我が衣手は()る時もなし

0704 栲縄(たくなは)の長き命を欲しけくは絶えずて人を見まく欲りこそ


大伴宿禰家持が童女(をとめ)に贈れる歌一首

0705 葉根蘰(はねかづら)今せす妹を夢に見て心の内に恋ひ渡るかも

童女が来報(こた)ふる歌一首

0706 葉根蘰今せる妹は無きものを*いづれの妹ぞここだ恋ひたる


粟田娘子(あはたのをとめ)が大伴宿禰家持に贈れる歌二首

0707 思ひ遣るすべの知らねば片椀(かたもひ)の底にぞ(あれ)は恋ひ成りにける

0708 またも逢はむよしもあらぬか白妙の我が衣手に(いは)ひ留めむ


豊前国(とよくにのみちのくち)の娘子大宅女(おほやけめ)が歌一首

0709 夕闇は道たづたづし月待ちて()ませ我が背子その間にも見む


安都扉娘子(あとのとびらのをとめ)が歌一首

0710 み空行く月の光にただ一目相見し人の夢にし見ゆる


丹波大女娘子(たにはのおほめをとめ)が歌三首

0711 鴨鳥の遊ぶこの池に木の葉散りて浮かべる心()()はなくに

0712 味酒(うまさけ)を三輪の(はふり)(いは)ふ杉手触りし罪か君に逢ひ難き

0713 垣穂なす人言聞きて我が背子が心たゆたひ逢はぬこの頃


大伴宿禰家持が娘子に贈れる歌七首

0714 心には思ひ渡れどよしをなみ外のみにして嘆きぞ()がする

0715 千鳥鳴く佐保の川門(かはと)の清き瀬を馬うち渡しいつか通はむ

0716 夜昼といふ(わき)知らに()が恋ふる心はけだし夢に見えきや

0717 つれもなくあるらむ人を片思(かたもひ)(あれ)は思へば(めぐ)しくもあるか*

0718 思はぬに妹が笑まひを夢に見て心の内に燃えつつぞ居る

0719 丈夫と思へる(あれ)をかくばかりみつれにみつれ片思をせむ

0720 むら肝の心砕けてかくばかり()が恋ふらくを知らずかあるらむ


天皇(すめらみこと)に献れる歌一首

0721 足引の山にし居れば風流(みさを)無み*我がせるわざを咎め給ふな


大伴宿禰家持が歌一首

0722 かくばかり恋ひつつあらずば石木(いはき)にも成らましものを物()はずして


大伴坂上郎女が跡見(とみ)(たどころ)より、宅に留まれる女子(むすめ)大嬢(おほいらつめ)に贈れる歌一首、また短歌

0723 常世にと ()が行かなくに 小金門(をかなと)に 物悲しらに
   思へりし 我が子の刀自を ぬば玉の 夜昼といはず
   思ふにし 我が身は痩せぬ 嘆くにし 袖さへ濡れぬ
   かくばかり もとなし恋ひば 古里に この月ごろも 有りかてましを

反し歌

0724 朝髪の思ひ乱れてかくばかり汝姉(なね)が恋ふれそ夢に見えける


天皇に献れる歌二首

0725 にほ鳥の潜く池水心あらば君に()が恋ふる心示さね

0726 (よそ)に居て恋ひつつあらずば君が()の池に住むとふ鴨にあらましを


大伴宿禰家持が坂上の家の大嬢に贈れる歌二首 離リ絶エタルコト数年、復会ヒテ相聞往来ス。

0727 忘れ草()が下紐に付けたれど(しこ)の醜草言にしありけり

0728 人も無き国もあらぬか我妹子と携さひ行きて(たぐ)ひて居らむ


大伴坂上大嬢が大伴宿禰家持に贈れる歌三首

0729 玉ならば手にも巻かむをうつせみの世の人なれば手に巻き難し

0730 逢はむ夜はいつもあらむを何すとかその宵逢ひて言の繁きも

0731 ()が名はも千名(ちな)五百名(いほな)に立ちぬとも君が名立てば惜しみこそ泣け

また大伴宿禰家持が和ふる歌三首

0732 今しはし名の惜しけくも(あれ)はなし妹によりてば千たび立つとも

0733 空蝉の世やも(ふた)ゆく何すとか妹に逢はずて()が独り寝む

0734 ()が思ひかくてあらずば玉にもが真も妹が手に巻かれなむ


(おや)じ坂上大嬢が家持に贈れる歌一首

0735 春日山霞たな引き心ぐく照れる月夜に独りかも寝む

また家持が坂上大嬢に和ふる歌一首

0736 月夜には門に出で立ち夕占(ゆふけ)問ひ足占(あうら)をぞせし行かまくを()

同じ大嬢が家持に贈れる歌二首

0737 かにかくに人は言ふとも若狭道の後瀬(のちせ)の山の後も逢はむ君

0738 世の中の苦しきものにありけらく恋に堪へずて死ぬべき()へば

また家持が坂上大嬢に和ふる歌二首

0739 後瀬山後も逢はむと思へこそ死ぬべきものを今日までも生けれ

0740 言のみを後も逢はむとねもころに(あれ)を頼めて逢はぬ妹かも*

また大伴宿禰家持が坂上大嬢に贈れる歌十五首(とをあまりいつつ)

0741 夢の逢ひは苦しかりけり(おどろ)きて掻き探れども手にも触れねば

0742 一重のみ妹が結ばむ帯をすら三重結ぶべく()が身はなりぬ

0743 ()が恋は千引(ちびき)(いは)を七ばかり首に懸けむも神のまにまに

0744 夕さらば屋戸開け()けて(あれ)待たむ夢に相見に来むといふ人を

0745 朝宵に見む時さへや我妹子が見とも見ぬごとなほ恋しけむ

0746 生ける世に()はいまだ見ず言絶えてかくおもしろく縫へる袋は

0747 我妹子が形見の衣下に着て直に逢ふまでは(あれ)脱かめやも

0748 恋ひ死なむそこも(おや)じぞ何せむに人目人言辞痛(こちた)()がせむ

0749 夢にだに見えばこそあれかくばかり見えずてあるは恋ひて死ねとか

0750 思ひ絶え侘びにしものを中々に如何で苦しく相見そめけむ

0751 相見ては幾日(いくか)も経ぬを幾許(ここだ)くも狂ひに狂ひ思ほゆるかも

0752 かくばかり面影にのみ思ほえば如何にかもせむ人目繁くて

0753 相見てば(しま)しく恋はなぎむかと思へどいよよ恋ひ増さりけり

0754 夜のほどろ()()て来れば我妹子が思へりしくし面影に見ゆ

0755 夜のほどろ出でつつ来らく度多(たびまね)くなれば()が胸断ち焼くごとし


大伴の田村の家の大嬢が妹坂上大嬢に贈れる歌四首

0756 (よそ)に居て恋ふれば苦し我妹子を継ぎて相見む事計(ことはかり)せよ

0757 遠からば侘びてもあらむ里近くありと聞きつつ見ぬがすべ無さ

0758 白雲の棚引く山の高々に()()ふ妹を見むよしもがも

0759 如何にあらむ時にか妹を葎生(むぐらふ)(いや)しき屋戸に入り(いま)せなむ

右、田村大嬢ト坂上大嬢ト、并ニ右大弁大伴宿奈麻呂卿ノ女ナリ。卿田村ノ里ニ居レバ、田村大嬢ト号曰ク。但シ妹坂上大嬢ハ、母坂上ノ里ニ居ル、仍テ坂上大嬢ト曰フ。時ニ姉妹、諮問(トブラ)ヒテ歌ヲ以テ贈答ス。


大伴坂上郎女が竹田の(たどころ)より女子(むすめ)の大嬢に贈れる歌二首

0760 打ち渡す竹田の原に鳴く(たづ)の間なく時なし()が恋ふらくは

0761 早川の瀬に居る鳥の(よし)を無み思ひてありし()が子はも鳴呼(あはれ)


紀女郎が大伴宿禰家持に贈れる歌二首 女郎、名ヲ小鹿(ヲシカ)ト曰フ

0762 神さぶと(いな)にはあらずはたやはたかくして後に(さぶ)しけむかも

0763 玉の緒を沫緒(あわを)に搓りて結べれば在りて後にも逢はざらめやも

大伴宿禰家持が和ふる歌一首

0764 百年(ももとせ)老舌(おいした)出でてよよむとも(あれ)は厭はじ恋は増すとも


久迩(くに)(みやこ)に在りて、寧樂の(いへ)に留まれる坂上大嬢を(しぬ)ひて、大伴宿禰家持がよめる歌一首

0765 一重山(へな)れるものを月夜よみ門に出で立ち妹か待つらむ

藤原郎女がこの歌を聞き、即和(こた)ふる歌一首

0766 路遠み来じとは知れるものからに(しか)ぞ待つらむ君が目を欲り

大伴宿禰家持がまた大嬢に贈れる歌二首

0767 都路を遠みか妹がこの頃は(うけ)ひて()れど夢に見え来ぬ

0768 今知らす久迩の都に妹に逢はず久しくなりぬ行きて早見な


大伴宿禰家持が紀女郎に報贈(こた)ふる歌一首

0769 久かたの雨の降る日を唯独り山辺に居れば(いふせ)かりけり


大伴宿禰家持が久迩の京より坂上大嬢に贈れる歌五首

0770 人目多み逢はなくのみそ心さへ妹を忘れて()()はなくに

0771 偽りも似つきてそする(うつ)しくもまこと我妹子(あれ)に恋ひめや

0772 夢にだに見えむと(あれ)(うけ)へども*()はざればうべ見えざらむ

0773 言問はぬ木すらあじさゐ諸茅(もろち)らが練のむらとにあざむかえけり

0774 百千遍(ももちたび)恋ふと言ふとも諸茅らが練の(ことば)(あれ)は頼まじ


大伴宿禰家持が紀女郎に贈れる歌一首

0775 鶉鳴く古りにし里ゆ思へども何そも妹に逢ふよしも無き

紀女郎が家持に報贈ふる歌一首

0776 言出(ことで)しは誰が言なるか小山田の苗代水の中淀にして

大伴宿禰家持がまた紀女郎に贈れる歌五首

0777 我妹子が屋戸の(まがき)を見に行かばけだし門より帰しなむかも

0778 うつたへに籬の姿見まく欲り行かむと言へや君を見にこそ

0779 板葺(いたふき)の黒木の屋根は山近し明日の日取りて持ち参り来む

0780 黒木取り草も刈りつつ仕へめど(いそ)しき(わけ)と誉めむともあらじ

0781 ぬば玉の昨夜(きそ)は帰しつ今宵さへ(あれ)を帰すな路の長手を


紀女郎が裹物(つと)を友に贈れる歌一首 女郎、名ヲ小鹿ト曰フ

0782 風高く()には吹けれど妹がため袖さへ濡れて刈れる玉藻そ


大伴宿禰家持が娘子に贈れる歌三首

0783 一昨年の先つ年より今年まで恋ふれどなそも妹に逢ひ難き

0784 (うつつ)には更にも得言はじ夢にだに妹が手本を巻き()とし見ば

0785 我が屋戸の草の()白く置く露の命も惜しからず妹に逢はざれば


大伴宿禰家持が藤原朝臣久須麻呂報贈(おく)れる歌三首

0786 春の雨はいやしき降るに梅の花いまだ咲かなくいと若みかも

0787 夢のごと思ほゆるかも()しきやし君が使の数多(まね)く通へば

0788 うら若み花咲き難き梅を植ゑて人の言しげみ思ひそ()がする

また家持が藤原朝臣久須麻呂に贈れる歌二首

0789 心ぐく思ほゆるかも春霞たな引く時に言の通へば

0790 春風の音にし出なば在りさりて今ならずとも君がまにまに

藤原朝臣久須麻呂が来報(こた)ふる歌二首

0791 奥山の岩蔭に生ふる菅の根のねもごろ我も相()はざれや

0792 春雨を待つとにしあらし我が屋戸の若木の梅もいまだ(ふふ)めり


巻第四 了

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引用文献


○ManyoshuBest100
○万葉集[YouTube]
○萬葉集朗詠ライブ
○万葉集(動画 YouTube) NipponArchives
○歴史ヒストリア

○100分de名著 万葉集 其の1
○100分de名著 万葉集 其の2
万葉集読み上げ 巻1 ( 1 -27)
万葉集読み上げ 巻1 (28-49)
万葉集読み上げ 巻1 (50-84)

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