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論語ー古典入門ー【論語は日本の文化】 
(第一部 孔子の生涯) (第二部 論語のことば)
 原文・書き下し文・現代語訳・英訳

【 小中学生に古典を語る 「論語(角川文庫)加地伸行著」 から内容を選んでいます。】 
古の人は男女七歳から「孝経」「論語」、次には「諸経」等を誦していた(「小学]」へリンク)

  (論語:加地伸行著)、 (論語指導士養成講座 1~24)、 (素読の思い出)、 (すらすら読める論語)、 (マンガ論語完全入門)

第一部 孔子の生涯

(一)孔丘少年、(二)孔子の学校、(三)不遇の時期、(四政治の乱れ、)(五)祖国の危機、
(六)政治家孔子、(七)流浪の旅(1)、(八)流浪の旅(2)、(九)運命ーそして別れ

(一) 孔丘少年

1-雍也第六 06-02

哀公問曰、弟子孰爲好學、孔子對曰、有顔囘、好學、不遷怒、不貳過、不幸短命死矣、今也則亡、未聞好學者也、

哀公(あいこう)問う、弟子(ていし)、たれか学を好むとなす。孔子対(こた)えて曰く、顔回(がんかい)なる者ありて学を好みたり。怒りを遷(うつ)さず、過ちを弐(ふたた)びせず。不幸、短命にして死せり。今やすなわちなし。いまだ学を好む者あるを聞(き)かざるなり。



2-為政第二02-04

子曰、吾十有五而志乎學、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而從心所欲、不踰矩、

子(し)曰(いわ)く、われ十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑(まど)わず。五十にして天命を知り、六十にして耳順(したが)う。七十にして心の欲するところに従って矩(のり)を踰(こ)えず。



3-述而第七07-21

子曰、我三人行、必得我師焉、擇其善者而從之、其不善者改之、

子(し)曰(いわ)く、三人行(おこ)なえば、必ずわが師あり。その善き者を択(えら)んでこれに従い、その善からざる者にしてはこれを改(あらた)む。



(二) 孔子の学校

4-述而第七07-13

子在齊、聞韶樂三月、不知肉味、曰、不圖爲樂之至於斯也、

子、斉(せい)にありて韶(しょう)を聞く。三月肉の味を知らず。曰く、図(はか)らざりき、楽(がく)をなすのここに至るや。


5-泰伯第八08-08

子曰、興於詩、立於禮、成於樂、

子(し)曰(いわ)く、詩に興(おこ)り、礼に立ち、楽(がく)に成る。


6-學而第一 01-06

子曰、弟子入則孝、出則弟、謹而信、汎愛衆而親仁、行有餘力、則以學文、

子(し)曰(いわ)く、弟子(ていし)、入りてはすなわち孝、出でてはすなわち悌(てい)、謹みて信あり、汎(ひろ)く衆を愛して仁に親しみ、行(おこな)って余力あればすなわちもって文(ぶん)を学べ。


(三) 不遇の時期

7-子路第十三13-05

子曰、誦詩三百、授之以政不達、使於四方不能専對、雖多亦奚以爲、

子(し)曰(いわ)く、詩三百を誦(しょう)す。これに授(さず)くるに政(まつりごと)をもってして達せず。四方に使いして専対(せんたい)するあたわずんば、多しといえどもまた奚(なに)をもってなさん。


8-學而第一 01-16

子曰、不患人之不己知、患己不知人也、

子(し)曰(いわ)く、人のおのれを知らざるを患(うれ)えず、人を知らざるを患(うれ)うるなり。


9-學而第一01-01

子曰、學而時習之、不亦説乎、有朋自遠方来、不亦楽乎、人不知而不慍、不亦君子乎

子(し)曰(いわ)く、学(まな)んで時(とき)にこれを習(なら)う。また説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)あり、遠方(えんぽう)より来(き)たる。また楽(たの)しからずや。人(ひと)知(し)らずして慍(いきど)おらず、また君子(くんし)ならずや。

English


(四) 政治の乱れ

10-為政第二02-03

子曰、道之以政、齊之以刑、民免而無恥、道之以徳、齊之以禮、有恥且格、

子(し)曰(いわ)く、これを道(みちび)くに政(まつりごと)をもってし、これを斉(ととの)うるに刑(けい)をもってすれば、民免(まぬが)れて恥なし。これを道(みちび)くに徳をもってし、これを斉(ととの)うるに礼をもってすれば、恥ありてかつ格(ただ)し。



11-顔淵第十二12-17

季康子問政於孔子、孔子對曰、政者正也、子帥而正、孰敢不正、

季康子(きこうし)、政(まつりごと)を孔子に問う。孔子対えて曰く、政(せい)なる者は正なり。子、帥(ひき)いるに正をもってすれば、たれかあえて正(ただ)しからざらん。


12-顔淵第十二12-18

季康子患盗、問於孔子、孔子對曰、苟子之不欲、雖賞之不竊、

季康子(きこうし)、盗(とう)を患(うれ)えて、孔子に問う。孔子対えて曰く、苟(いやしく)も子の欲せざらんか、これを賞(しょう)すといえども窃(ぬす)まざらん。


13-顔淵第十二12-19

季康子問政於孔子、曰、如殺無道以就有道、何如、孔子對曰、子爲政、焉用殺、子欲善而民善矣、君子之徳風也、小人之徳草也、草上之風必偃、

季康子(きこうし)、政(まつりごと)を孔子に問うて曰く、もし無道を殺してもって有道を就(な)さばいかん。孔子対えて曰く、子、政(まつりごと)をなすにいずくんぞ殺(さつ)を用いん。子、善を欲すれば民善なり。君子の徳は風にして、小人の徳は草なり。草はこれに風を上(くわ)うれば必ず偃(ふ)す。


14-雍也第六06-11

子謂子夏曰、女爲君子儒、無爲小人儒、

子、子夏(しか)に謂いて曰く、なんじ君子の儒(じゅ)となれ。小人の儒(じゅ)となるなかれ。



(五) 祖国の危機

15-子罕第九09-22

子曰、後生可畏也、焉知來者之不如今也、四十五十而無聞焉、斯亦不足畏也已矣、

子(し)曰(いわ)く、後生(こうせい)畏(おそ)るべし。いずくんぞ来者(らいしゃ)の今に如(し)かざるを知らんや。四十五十にして聞こゆるなきは、これまた畏(おそ)るるに足(た)らざるなり。


(六) 政治家孔子

16-學而第一01-05

子曰、道千乘之國、敬事而信、節用而愛人、使民以時、

子(し)曰(いわ)く、千乗(せんじょう)の国を道(おさ)むるには、事を敬(つつし)みて信あり、用を節(せっ)して人を愛し、民を使うに時(とき)をもってす。


17-微子第十八18-04

齊人歸女樂、季桓子受之、三日不朝、孔子行、

斉人(せいじん)、女楽(じょがく)を帰(おく)る。季桓子(きかんし)これを受け、三日朝(ちょう)せず。孔子行(さ)る。


(七) 流浪の旅(その一)

18-先進第十一11-17

柴也愚、參也魯、師也辟、由也喭、

柴(さい)や愚(ぐ)、参(しん)や魯(ろ)、師(し)や辟(へき)、由(ゆう)や喭(がん)なり。


19-為政第二02-15

子曰、學而不思則罔、思而不學則殆、

子(し)曰(いわ)く、学んで思わざれば罔(くら)し。思って学ばざれば殆(あや)うし。


20-雍也第六06-27

子曰、中庸之爲徳也、其至矣乎、民鮮久矣、

子(し)曰(いわ)く、中庸(ちゅうよう)の徳たるや、それ至れるかな。民よくすること鮮(すくな)きや久(ひさ)し。


21-學而第一01-07

子夏曰、賢賢易色、事父母能竭其力、事君能致其身、與朋友交、言而有信、雖曰未學、吾必謂之學矣、

子夏曰く、「賢賢たるかな易(とかげ)の色や」(賢を賢として色に易え)とあり。父母に事(つか)えてはよくその力を竭(つく)し、君に事えてよくその身を致(いた)し、朋友と交わり、言いて信あらば、いまだ学ばずというといえども、われは必ずこれを学(まな)びたりといわん。


22-顔淵第十二12-12

子曰、片言可以折獄者、其由也與、子路無宿諾、

子(し)曰(いわ)く、片言(へんげん)、もって獄(うったえ)を折(さだ)むべき者は、それ由(ゆう)なるか、と。子路(しろ)は宿諾(しゅくだく)なかりき。


23-子罕第九09-28

子曰、知者不惑、仁者不憂、勇者不懼、

子(し)曰(いわ)く、知者は惑(まど)わず。仁者(じんしゃ)は憂(うれ)えず。勇者は懼(おそ)れず。


(八) 流浪の旅ーその二

24-子罕第九09-12

子貢曰、有美玉於斯、韞匵 而藏諸、求善賈而沽諸、子曰、沽之哉、沽之哉、我待賈者也、

子貢曰く、ここに美玉(びぎょく)あり。韞(ひつ)に匵(おさ)めてこれを蔵(ぞう)せんか。善賈(ぜんこ)を求めてこれを沽(う)らんか。子(し)曰(いわ)く、これを沽(う)らんかな、これを沽らんかな。われは賈(こ)を待つ者なり。


25-子罕第九09-05

子畏於匡、曰、文王既沒、文不茲乎、天之將喪斯文也、後死者不得與於斯文也、天之未喪斯文也、匡人其如予何、

子、匡(きょう)に畏(い)す。曰く、文王、すでに没し、文、茲(ここ)に在らずや。天のまさに斯文(しぶん)を喪(ほろ)ぼさんとするや、後死(こうし)の者、斯文に与(あず)かるを得ざらしめん。天のいまだ斯文を喪ぼさざるや、匡人(きょうひと)、それ予(われ)をいかんせん。


26-衛霊公第十五15-01

衛靈公問陳於孔子、孔子對曰、俎豆之事、則嘗聞之矣、軍旅之事、未之學也、明日遂行、 在陳絶糧、從者病莫能興、子路慍見曰、君子亦有窮乎、子曰、君子固窮、小人窮斯濫矣、

衛(えい)の霊公(れいこう)、陳(ちん)を孔子に問う。孔子対(こた)えて曰く、俎豆(そとう)の事(こと)はすなわちかつてこれを聞けり。軍旅(ぐんりょ)のことはいまだこれを学ばざるなり、と。明日(めいじつ)ついに行(さ)る。
陳にありて糧(りょう)を絶(た)つ。従者病み、よく興(た)つことなし。子路(しろ)慍(いか)り見(まみ)えて曰く、君子もまた窮するあるか。子(し)曰(いわ)く、君子固(もと)より窮す。小人は窮すればここに濫(らん)す。

English


(九) 運命ーそして別れ

27-先進第十一11-08

顔淵死、子曰、噫天喪予、天喪予、

顔淵(がんえん)死す。子(し)曰(いわ)く、噫(ああ)、天、われを喪(ほろぼ)すか。天、われを喪(ほろぼ)すか。


28-先進第十一11-09

顔淵死、子哭之慟、從者曰、子慟矣、子曰有慟乎、非夫人之爲慟、而誰爲慟、

顔淵(がんえん)死す。子、これを哭(こく)して慟(どう)す。従者(じゅうしゃ)曰く、子、慟(どう)するか。曰く、慟(どう)あらんには、かの人のために慟(どう)するにあらずして、誰(た)がためにせん。


29-先進第十一11-22

子畏於匡、顔淵後、子曰、吾以女爲死矣、曰、子在、囘何敢死、

子、匡(きょう)に畏(い)す。顔淵(がんえん)、後(おく)る。子(し)曰(いわ)く、われ女(なんじ)をもって死せりとなす。曰く、子在(いま)す。回(かい)、なんぞあえて死せん。


30-雍也第六06-08


伯牛有疾、子問之、自牖執其手、曰、亡之、命矣夫、斯人也而有斯疾也、斯人也而有斯疾也、

伯牛(はくぎゅう)、疾(やまい)あり。子これを問い、牖(まど)よりその手を執(と)る。曰く、これを亡(うしな)わん。命(めい)なるかな。この人にしてこの疾(やまい)あり。この人にしてこの疾(やまい)あらんとは。


31-先進第十一11-11

季路問事鬼神、子曰、未能事人、焉能事鬼、曰敢問死、曰未知生、焉知死、

季路(きろ)、鬼神(きしん)に事(つか)うるを問う。子(し)曰(いわ)く、いまだ人に事(つか)うるあたわず、いずくんぞよく鬼(き)に事(つか)えん。曰く、あえて死を問う。曰く、いまだ生(せい)を知らず、いずくんぞ死を知(し)らん。


孔子の生涯 (終)

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第二部 論語のことば   

(一)家族、(二)友情、(三)学問、(四)教養人と知識人、 (五)弟子とともに、(六)生きかた、
(七)幸福論(個人として)
、(八)幸福論(政治を通じて)、(九)運命(そして別れ)



(一) 家族

1-學而第一01-02

有子曰、其爲人也、孝弟而好犯上者、鮮矣、不好犯上而好作乱者、未之有也、君子務本、本立而道生、孝弟也者、其爲仁之本與、

有子(ゆうし)曰(いわ)く、その人(ひと)となりや孝悌(こうてい)にして、上(かみ)を犯すを好(この)む者(もの)は鮮(すく)なし。上(かみ)を犯(おか)すことを好(この)まずして、乱(らん)をなすを好(この)む者(もの)はいまだこれあらざるなり。君子(くんし)は本(もと)を務(つと)む。本(もと)立(た)ちて道(みち) 生(しょう)ず。 孝悌(こうてい)なる 者(もの)はそれ 仁(じん)の 本(もと)たるか。


2-里仁第四04-21

子曰、父母之年、不可不知也、一則以喜、一則以懼、

子(し)曰(いわ)く、父母の年は知らざるべからざるなり。一(いつ)にはもって喜び、一にはもって懼(おそ)る。


3-為政第二02-24

子曰、非其鬼而祭之、諂也、見義不爲、無勇也、

子(し)曰(いわ)く、その鬼(き)にあらずしてこれを祭るは諂(へつら)いなり。義を見てなさざるは勇(ゆう)なきなり。


4-顔淵第十二12-05

司馬牛憂曰、人皆有兄弟、我獨亡、子夏曰、商聞之矣、死生有命、富貴在天、君子敬而無失、與人恭而有禮、四海之内、皆爲兄弟也、君子何患乎無兄弟也、

司馬牛(しばぎゅう)、憂(うれ)えて曰く、人にはみな兄弟(けいてい)ありて、われにひとりなし。子夏(しか)曰く、商(しょう)、これを聞く。死生、命あり。富貴は天にあり、と。君子、敬(つつし)んで失なく、人に与(むか)い恭にして礼あらば、四海のうち、みな兄弟(けいてい)なり。君子、なんぞ兄弟なきを患(うれ)えんや。


5-子路第十三13-18

葉公語孔子曰、吾黨有直躬者、其父攘羊、而子證之、孔子曰、吾黨之直者異於是、父爲子隱、子爲父隱、直在其中矣、

葉公(しょうこう)、孔子に語りて曰く、わが党に直躬(ちょくきゅう)なる者あり。その父、羊(ひつじ)を攘(ぬす)む。しこうして子(こ)、これを証(しょう)せり。孔子曰く、わが党の直(なお)き者はこれに異なり。父は子のために隠(かく)し、子は父のために隠す。直(なお)きことその中(うち)に在り。


(二) 友情

6-學而第一01-04

曾子曰、吾日三省吾身、爲人謀而忠乎、與朋友交言而不信乎、傳不習乎

曾子(そうし)曰(いわ)く、われは日(ひ)に三(み)たびわが身(み)を省(かえり)みる。人(ひと)のために謀(はか)りて忠(ちゅう)ならざるか。朋友(ほうゆう)と交(まじわ)りて信(しん)ならざるか。習(なら)わざるを伝(つた)うるか。


7-公冶長第五05-25

顔淵季路侍、子曰、盍各言爾志。子路曰、願車馬衣輕裘、與朋友共、敝之而無憾、顔淵曰、願無伐善、無施勞、子路曰、願聞子之志、子曰、老者安之、朋友信之、少者懐之、

顔淵(がんえん)、季路(きろ)侍(じ)す。子(し)曰(いわ)く、なんぞおのおの爾(なんじ)の志を言わざる。子路(しろ)曰く、願わくは車馬(しゃば)衣(い)軽裘(けいきゅう)を、朋友とともにし、これを敝(やぶ)りて憾(うら)むなからん。顔淵曰く、願わくは善に伐(ほこ)るなく、労を施しすることなからん。子路曰く、願わくは子の志を聞かん。子(し)曰(いわ)く、老者(ろうしゃ)はこれを安んじ、朋友はこれを信じ、少者(しょうしゃ)はこれを懐(なつ)けん。


8-顔淵第十二12-24

曾子曰、君子以文會友、以友輔仁、

曾子(そうし)曰く、君子は文(ぶん)をもって友を会(かい)し、友をもって仁を輔(たす)く。



9-雍也第六06-03

子華使於齊、冉子爲其母請粟、子曰、與之釜、請益、曰與之庾、冉子與之粟五秉、子曰、赤之適齊也、乘肥馬、衣輕裘、吾聞之也、君子周急不繼富、原思爲之宰、與之粟九百、辭、子曰、毋、以與爾隣里郷黨乎、

子華(しか)、斉(せい)に使いす。冉子(ぜんし)、その母のために粟(ぞく)を請う。子(し)曰(いわ)く、これに釜(ふ)を与えよ。益(ま)さんことを請う。曰く、これに庾(ゆ)を与えよ。冉子、これに粟五秉(へい)を与う。子(し)曰(いわ)く、赤の斉に適(ゆ)くや、肥馬(ひば)に乗(の)り、軽裘(けいきゅう)を衣(き)る。われはこれを聞く。君子は急を周(すく)うて富めるに継がず、と。原思(げんし)、これが宰たり。これに粟九百を与う。辞す。子(し)曰(いわ)く、もってなんじが鄰里(りんり)郷党(きょうとう)に与うるなからんや。


10-衛霊公第十五15-09

子貢問爲仁、子曰、工欲善其事、必先利其器、居是邦也、事其大夫之賢者、友其士之仁者也、

子貢(しこう)、仁を為さんことを問う。子(し)曰(いわ)く、工(こう)、その事を善くせんと欲すれば、必ず先ずその器(き)を利にす。是の邦に居るや、その大夫の賢なる者に事(つか)え、その士の仁なる者を友とす。


11-季氏第十六16-04

孔子曰、益者三友、友直、友諒、友多聞、益矣、友便辟、友善柔、友便佞、損矣、
孔子曰く、益する者に三友あり、損する者に三友あり。直(なお)きを友とし、諒(まこと)あるを友とし、多聞(たぶん)を友とするは益なり。便辟(べんぺき)を友とし、善柔(ぜんじゅう)を友とし、便佞(べんねい)を友とするは損(そん)なり。


(三) 学問

12-八イツ第三03-15



子入大廟、毎事問、或曰、孰謂人之知禮乎、入大廟、毎事問、子聞之曰、是禮也、

子(し)、大廟に入り、事ごとに問う。或るひとの曰く、孰(た)れか謂う、人(すうひと)の子(こ)礼を知ると。大廟に入りて事(こと)ごとに問えり。子(し)これを聞きて曰く、これ礼(れい)なり。


13-衛霊公第十五15-30

子曰、吾嘗終日不食、終夜不寝、以思、無益、不如學也、

子(し)曰(いわ)く、われかつて終日食(く)らわず、終夜寝(い)ねずして、もって思うも益(えき)なし。学ぶにしかざるなり。


14-子張第十九19-05

子夏曰、日知其所亡、月無忘其所能、可謂好學也已矣、

子夏(しか)曰く、日にそのなきところを知り、月(つき)にそのよくするところを忘るなし。学を好むと謂(い)うべきのみ。


15-子張第十九19-06

子夏曰、博學而篤志、切問而近思、仁在其中矣、

子夏(しか)曰く、博(ひろ)く学びて篤(あつ)く志し、切(せつ)に問いて近く思う。仁、その中(うち)にあり。


16-學而第一01-14

子曰、君子食無求飽、居無求安、敏於事而愼於言、就有道而正焉、可謂好學也已矣

子(し)曰(いわ)く、君子は食に飽(あ)くを求むるなく、居(きょ)に安(やす)きを求むるなし。事に敏(びん)にして言に慎しみ、有道(ゆうどう)に就いて正(ただ)す。学(がく)を好(この)むというべきのみ。


17-為政第二02-02

子曰、詩三百、一言以蔽之、曰思無邪、

子(し)曰(いわ)く、詩は三百、一言にしてもってこれを蔽(おお)えば、曰く、思い邪(よこしま)なし。


18-憲問第十四14-25

子曰、古之學者爲己、今之學者爲人、

子(し)曰(いわ)く、古(いにしえ)の学者はおのれのためにす。今の学者は人のためにす。


19-季氏第十六16-09

孔子曰、生而知之者、上也、學而知之者、次也、困而學之、又其次也、困而不學、民斯爲下矣、

孔子曰く、生れながらにしてこれを知る者は上(かみ)なり。学んでこれを知る者は次(つぎ)なり。困(くるし)んでこれを学ぶは、またその次なり。困(くるし)んで学ばず、ここにおいて下(しも)となす。


20-為政第二02-17

子曰、由、誨女知之乎、知之爲知之、不知爲不知、是知也、

子(し)曰(いわ)く、由(ゆう)や、女(なんじ)にこれを知(し)ることを誨(おし)えんか。これを知(し)るをばこれを知(し)るとなし、知(し)らざるを知(し)らずとなす。これ知(し)れるなり。


21-述而第七07-08


子曰、不憤不啓、不不發、擧一隅而示之、不以三隅反、則吾不復也、

子(し)曰(いわ)く、憤(いきどお)らざれば啓(けい)せず。(ひ)せざれば発せず。一隅(いちぐう)を挙(あ)げて、三隅(さんぐう)をもって反(かえ)さざれば、またせざるなり。


22-衛霊公第十五15-15

子曰、不曰如之何如之何者、吾末如之何也已矣、

子(し)曰(いわ)く、これをいかん、これをいかんと曰わざる者は、われこれをいかんともする末(な)きのみ。


23-述而第七07-02

子曰、默而識之、學而不厭、誨人不倦、何有於我哉、

子(し)曰(いわ)く、黙してこれを識(し)り、学んで厭(いと)わず、人を誨(おし)えて倦(う)まず。我(われ)において何かあらんや。


(四) 教養人と知識人

24-為政第二02-13

子貢問君子、子曰、先行其言、而後從之、

子貢(しこう)、君子を問う。子(し)曰(いわ)く、まず行(おこな)え。その言(げん)はしかるのちにこれに従(したが)う。


25-里仁第四04-24

子曰、君子欲訥於言、而敏於行、

子(し)曰(いわ)く、君子は言に訥(とつ)にして、行ないに敏(びん)ならんことを欲(ほっ)す。


26-顔淵第十二12-16

子曰、君子成人之美、不成人之惡、小人反是、

子(し)曰(いわ)く、君子は人の美をなし、人の悪をなさず。小人(しょうじん)はこれに反(はん)す。


27-衛霊公第十五15-20

子曰、君子求諸己、小人求諸人、

子(し)曰(いわ)く、君子はこれをおのれに求め、小人(しょうじん)はこれを人に求む。


28-衛霊公第十五15-21

子曰、君子矜而不爭、羣而不黨、

子(し)曰(いわ)く、君子は矜(ほこ)りて争わず、群(ぐん)して党(とう)せず。


29-衛霊公第十五15-22

子曰、君子不以言擧人、不以人廢言、

子(し)曰(いわ)く、君子は言をもって人を挙(あ)げず、人をもって言を廃(はい)せず。



30-子路第十三13-23

子曰、君子和而不同、小人同而不和、

子(し)曰(いわ)く、君子は和(わ)して同(どう)ぜず、小人は同じて和せず。


31-子路第十三13-26

子曰、君子泰而不驕、小人驕而不泰、

子(し)曰(いわ)く、君子は泰(やす)くして驕(おご)らず。小人は驕りて泰からず。


32-子路第十三13-27

子曰、剛毅朴訥近仁、

子(し)曰(いわ)く、剛(ごう)、毅(き)、木(ぼく)、訥(とつ)なるは仁に近し。


33-雍也第六06-25

子曰、君子博學於文、約之以禮、亦可以弗畔矣夫、

子(し)曰(いわ)く、君子は博(ひろ)く文(ぶん)を学び、これを約(やく)するに礼をもってすれば、またもって畔(そむ)かざるべし。


34-雍也第六06-16

子曰、質勝文勝質則史、文質彬彬、然後君子、

子(し)曰(いわ)く、質(しつ)、文(ぶん)に勝れば野(や)、文、質に勝れば史(し)、文質(ぶんしつ)彬彬(ひんぴん)として、しかるのちに君子(くんし)なり。


35-陽貨第十七17-02

子曰、性相近也、習相遠也、

子(し)曰(いわ)く、性(せい)、あい近し。習(なら)いあい遠し。


36-憲問第十四14-05

子曰、有徳者必有言、有言者不必有徳、仁者必勇、勇者不必有仁、

子(し)曰(いわ)く、徳ある者は必ず言あり。言ある者は必ずしも徳あらず。仁者(じんしゃ)は必ず勇あり。勇者(ゆうしゃ)は必ずしも仁(じん)あらず。


(五) 弟子とともに

37-先進第十一11-02

子曰、從我於陳蔡者、皆不及門者也、徳行顔淵閔子騫冉伯牛仲弓、言語宰我子貢、政事冉有季路、文學子游子夏、

子(し)曰(いわ)く、われに陳(ちん)・蔡(さい)に従いし者は、みな門に及ばざりき。徳行(とくこう)には顔淵(がんえん)・閔子騫(びんしけん)・冉伯牛(ぜんはくぎゅう)・仲弓(ちゅうきゅう)。言語には宰我(さいが)・子貢(しこう)。政事(せいじ)には冉有(ぜんゆう)・季路(きろ)。文学には子游(しゆう)・子夏(しか)ありき。


38-子罕第九09-21

子曰、苗而不秀者有矣夫、秀而不實者有矣夫、

子(し)曰(いわ)く、苗(なえ)にして秀(ひ)いでざるものあるかな。秀いでて実(みの)らざるものあるかな。


39-雍也第六06-10

冉求曰、非不説子之道、力不足也、子曰、力不足者、中道而癈、今女畫、

冉求(ぜんきゅう)曰く、子(し)の道を説(よろこ)ばざるにはあらず。力足らざるなり。子(し)曰(いわ)く、力の足らざる者は、中道にして廃(はい)す。今、なんじは画(かぎ)る。


40-述而第七07-10

子謂顔淵曰、用之則行、舎之則藏、唯我與爾有是夫、子路曰、子行三軍、則誰與、子曰、暴虎馮河、死而無悔者、吾不與也、必也臨事而懼、好謀而成者也、

子、顔淵(がんえん)に謂いて曰く、これを用うればすなわち行ない、これを舎(お)けばすなわち蔵(かく)る。ただわれと爾(なんじ)とのみこれあるかな。子路曰く、子(し)、三軍を行(や)らば、すなわち誰(たれ)とともにせん。子(し)曰(いわ)く、虎(とら)を暴(う)ち河(かわ)を馮(わた)り、死して悔(く)いなき者は、われ与(くみ)せざるなり。必ずや事(こと)に臨んで懼(おそ)れ、謀(はかりごと)を好んでなす者(もの)なり。


41-泰伯第八08-06

曾子曰、可以託六尺之孤、可以寄百里之命、臨大節而不可奪也、君子人與、君子人也、

曾子(そうし)曰く、もって六尺(りくせき)の孤(こ)を託(たく)すべく、もって百里(ひゃくり)の命(めい)を寄すべし。大節(たいせつ)に臨んで奪うべからざるなり。君子人(くんしじん)か、君子人(くんしじん)なり。


42-顔淵第十二12-04

司馬牛問君子、子曰、君子不憂不懼、曰、不憂不懼、斯可謂之君子已乎、子曰、内省不疚、夫何憂何懼、

司馬牛(しばぎゅう)、君子を問う。子(し)曰(いわ)く、君子は憂(うれ)えず懼(おそ)れず。曰く、憂えず懼れず。ここにこれを君子と謂うか。子(し)曰(いわ)く、内に省(かえり)みて疚(やま)しからずんば、それ何をか憂え、何をか懼(おそ)れん。


43-陽貨第十七17-04

子之武城、聞絃歌之聲、夫子莞爾而笑曰、割鷄焉用牛刀、子游對曰、昔者偃也、聞諸夫子、曰、君子學則愛人、小人學道則易使也、子曰、二三子、偃之言是也、前言戲之耳、

子、武城(ぶじょう)に之(ゆ)き、絃歌(げんか)の声を聞く。夫子、莞爾(かんじ)として笑って曰く、?(けい)を割(さ)くに、なんぞ牛刀(ぎゅうとう)を用いん。子游(しゆう)対えて曰く、昔は偃(えん)や、これを夫子に聞く。曰く、君子道(みち)を学べば人を愛し、小人道(みち)を学べば使い易(やす)し、と。子(し)曰(いわ)く、二三子(にさんし)、偃(えん)の言是(ぜ)なり。前言はこれに戯(たわむ)れしのみ。


44-公冶長第五05-09

宰予晝寝、子曰、朽木不可雕也、糞土之牆、不可朽也、於予與何誅、子曰、始吾於人也、聽其言而信其行、今吾於人也、聽其言而觀其行、於予與改是

宰予(さいよ)、昼寝(ひるい)ぬ。子(し)曰(いわ)く、朽木(きゅうぼく)は雕(ほ)るべからず。糞土(ふんど)の牆(かき)は?(ぬ)るべからず。予においてか何をか誅(せ)めん。子(し)曰(いわ)く、始めわれ、人においてや、その言を聴きてその行いを信(しん)じたりき。今われ、人においてや、その言を聴きてその行いを観(み)る。予においてか、これを改(あらた)めたり。


45-季氏第十六16-13

陳亢問於伯魚曰、子亦有異聞乎、對曰、未也、嘗獨立、鯉趨而過庭、曰、學詩乎、對曰、未也、曰、不學詩無以言也、鯉退而學詩、他日又獨立、鯉趨而過庭、曰、學禮乎、對曰、未也、不學禮無以立也、鯉退而學禮、聞斯二者、陳亢退而喜曰、問一得三、聞詩、聞禮、又聞君子之遠其子也、

陳亢(ちんこう)、伯魚(はくぎょ)に問うて曰く、子(し)もまた異聞(いぶん)あるか。対えて曰く、いまだし。かつて独(ひと)り立つ。鯉(り)、趨(はし)りて庭を過(す)ぐ。曰く、詩を学びたるか。対えて曰く、いまだし。(曰く)詩を学ばざれば、もって言うなし、と。鯉(り)、退いて詩を学ぶ。他日また独(ひと)り立つ。鯉(り)、趨(はし)りて庭を過(す)ぐ。曰く、礼を学びたるか。対えて曰く、いまだし。(曰く)礼を学ばざれば、もって立つなし、と。鯉(り)、退いて礼を学べり。この二者を聞く。陳亢(ちんこう)退き、喜んで曰く、一を問うて三を得たり。詩を聞き礼を聞き、また君子のその子を遠(とお)ざくるを聞けり。


(六) 生きかた

46-衛霊公第十五15-23

子貢問曰、有一言而可以終身行之者乎、子曰、其恕乎、己所不欲、勿施於人也、

子貢、問うて曰く、一言(いちげん)にしてもって終身これを行なうべきものあるか。子(し)曰(いわ)く、それ恕(じょ)か。おのれの欲せざるところは人に施(ほどこ)すことなかれ。


47-里仁第四04-15

子曰、參乎、吾道一以貫之哉、曾子曰、唯、子出、門人問曰、何謂也、曾子曰、夫子之道、忠恕而已無、

子(し)曰(いわ)く、参(しん)や、わが道は一(いつ)もってこれを貫(つらぬ)く。曾子曰く、唯(い)。子出(い)ず。門人、問うて曰く、なんの謂(い)いぞや。曾子曰く、夫子(ふうし)の道は忠恕(ちゅうじょ)のみ。


48-里仁第四04-09

子曰、士志於道、而恥惡衣惡食者、未足與議也、

子(し)曰(いわ)く、士、道に志して、悪衣(あくい)悪食(あくしょく)を恥ずる者は、いまだともに議(はか)るに足らざるなり。


49-里仁第四04-05

子曰、富與貴、是人之所欲也、不以其道得之、不處也、貧與賎、是人之所惡也、不以其道得之、不去也、君子去仁、惡乎成名、君子無終食之間違仁、造次必於是、巓沛必於是、

子(し)曰(いわ)く、富と貴(たっと)きとはこれ人の欲するところなり。処(お)らざるなり。貧と賤(いや)しきとはこれ人の悪むところなり。その道をもってこれを得しにあらざれば去(さ)らざるなり。君子は仁を去りて、悪(いず)くにか名を成さん。君子は終食の間も仁に違(たが)うなく、造次(ぞうじ)にも必ずここにおいてし、巓沛(てんぱい)にも必ずここにおいてす。


50-學而第一01-15

子貢曰、貧而無諂、富而無驕、何如、子曰、可也、未若貧時樂道、富而好禮者也、子貢曰、詩云、如切如磋、如琢如磨、其斯之謂與、子曰、賜也、始可與言詩已矣、告諸往而知來者也、

子貢(しこう)曰く、貧にして諂(へつら)うなく、富みて驕(おご)るなきはいかん。子(し)曰(いわ)く、可なり。いまだ貧にして楽しみ、富みて礼を好む者にしかざるなり。子貢曰く、詩に云う、「切(せっ)するがごとく磋(さ)するがごとく、琢(たく)するがごとく磨するがごとし」と。それこれの謂(い)いか。子(し)曰(いわ)く、賜(し)や、始めてともに詩を言うべきのみ。これに往(ゆ)くを告げて、来るを知る者(もの)なればなり。


51-衛霊公第十五15-29

子曰、過而不改、是謂過矣、

子(し)曰(いわ)く、過(あやま)ちて改めず、これを過ちと謂う。


52-子張第十九19-21

子貢曰、君子之過也、如日月之蝕焉、過也人皆見之、更也人皆仰之、

子貢(しこう)曰く、君子の過(あやま)ちや、日月(じつげつ)の食(しょく)のごとし。過(あやま)てば人みなこれを見る。更(あらた)むれば人みなこれを仰(あお)ぐ。


53-憲問第十四14-23

子路問事君、子曰、勿欺也、而犯之、

子路(しろ)、君(きみ)に事(つか)えんことを問う。子(し)曰(いわ)く、欺(あざむ)くなかれ。しこうしてこれを犯(おか)せ。


54-子罕第九09-18

子曰、譬如爲山、未成一簣、止吾止也、譬如平地、雖覆一簣、進吾往也、

子(し)曰(いわ)く、譬(たと)えば山を為(つく)るがごとし。いまだ成らざること一簣(いっき)なるも、止(や)むはわれ止むなり。譬(たと)えば地を平(たいら)にするがごとし。一簣(いっき)を覆(か)えすといえども、進むはわれ往(ゆ)くなり。


55-子路第十三13-13

子曰、苟正其身矣、於從政乎何有、不能正其身、如正人何、

子(し)曰(いわ)く、苟(いやし)くもその身を正しくせば、政(まつりごと)に従うにおいて何かあらん。その身を正しくするあたわずんば、政(まつりごと)をいかんせん。



56-顔淵第十二12-01

顔淵問仁、子曰、克己復禮爲仁、一日克己復禮、天下歸仁焉、爲仁由己、而由人乎哉、顔淵曰、請問其目、子曰、非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動、顔淵曰、囘雖不敏、請事斯語矣、

顔淵(がんえん)、仁を問う。子(し)曰(いわ)く、おのれに克(か)ち、礼に復(か)えるを仁となす。一日、おのれに克(か)ちて礼に復(か)えらば、天下仁に帰(き)せん。仁をなすはおのれに由(よ)る。しこうして人に由らんや。顔淵曰く、その目(もく)を請い問う。子(し)曰(いわ)く、非礼は視るなかれ、非礼は聴くなかれ、非礼は言うなかれ、非礼は動くなかれ。顔淵曰く、回、不敏(ふびん)なりといえども、請う、この語を事(こと)とせん。

English


57-衛霊公第十五15-08

子曰、志士仁人、無求生以害仁、有殺身以成仁、

子(し)曰(いわ)く、志士(しし)、仁人(じんじん)は、生を求めてもって仁を害(がい)するなく、身を殺してもって仁を成(な)すあり。


58-泰伯第八08-07

曾子曰、士不可以不弘毅、任重而道遠、人以爲己任、不亦重乎、死而後已、不亦遠乎、

子(そうし)曰く、士(し)はもって弘毅(こうき)ならざるべからず。任(にん)重(おも)くして道遠し。仁もって己(おの)が任となす。また重からずや。死してのち已(や)む。また遠からずや。


59-里仁第四04-08

子曰、朝聞道、夕死可矣、

子(し)曰(いわ)く、朝(あした)に道を聞けば、夕(ゆうべ)に死すとも可(か)なり。


60-陽貨第十七17-14

子曰、道聽而塗説、徳之棄也、

子(し)曰(いわ)く、道すがら聴きて、塗(みち)すがら説くは、徳をこれ棄(す)つるなり。


61-郷党第十10-12

厩焚、子退朝曰、傷人乎、不問馬、

厩(うまや)焚(や)けたり。子、朝(ちょう)より退いて曰く、人を傷(きずつ)くるか、と。馬を問(と)わず。


62-子罕第九09-27

子曰、歳寒、然後知松栢之後彫也、

子(し)曰(いわ)く、歳(とし)寒くして、しかるにちに松栢(しょうはく)の後れて彫(しぼ)むを知るなり。


(七) 幸福論ー個人として

63-為政第二02-11

子曰、温故而知新、可以爲師矣、

子(し)曰(いわ)く、故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知れば、もって師たるべし。


64-述而第七07-29

子曰、仁遠乎哉、我欲仁、斯仁至矣、

子(し)曰(いわ)く、仁(じん)、遠(とお)からんや。われ仁を欲すれば、ここに仁至(いた)る。


65-里仁第四04-25

子曰、徳不孤、必有鄰、

子(し)曰(いわ)く、徳は孤(こ)ならず、必ず鄰(となり)あり。


66-雍也第六06-09

子曰、賢哉囘也、一箪食、一瓢飮、在陋巷、人不堪其憂、囘也不改其樂、賢哉囘也、

子(し)曰(いわ)く、賢(けん)なるかな回(かい)や。一箪(たん)の食(し)、一瓢(ぴょう)の飲(いん)、陋巷(ろうこう)にあり。人はその憂えに堪(た)えず。回やその楽しみを改(あらた)めず。賢なるかな回(かい)や。


67-述而第七07-15

子曰、飯疏食飮水、曲肱而枕之、樂亦在其中矣、不義而富且貴、於我如浮雲、

子(し)曰(いわ)く、疏食(そし)を飯(くら)い水を飲み、肱(ひじ)を曲げてこれを枕(まくら)とす。楽しみまたその中にあり。不義(ふぎ)にして富みかつ貴(たっと)きは、われにおいて浮雲(ふうん)のごとし。


68-述而第七07-19

子曰、我非生而知之者、好古敏以求之者也、

子(し)曰(いわ)く、われは生まれながらにしてこれを知る者にあらず。古(いにしえ)を好み、敏(びん)にしてもってこれを求(もと)めし者なり。


69-雍也第六06-18

子曰、知之者不如好之者、好之者不如樂之者、

子(し)曰(いわ)く、これを知(し)る者はこれを好(この)む者にしかず。これを好(この)む者はこれを楽(たのし)しむ者にしかず。


70-雍也第六06-21

子曰、知者樂水、仁者樂山、知者動、仁者静、知者樂、仁者壽、

子(し)曰(いわ)く、知者は水を楽しみ、仁者(じんしゃ)は山を楽しむとあり。知者は動き、仁者(じんしゃ)は静かなり。知者は楽しみ、仁者(じんしゃ)は寿(いのちなが)し。


71-微子第十八18-06

長沮桀溺耦而耕、孔子過之、使子路問津焉、長沮曰、夫執輿者爲誰、子路曰、爲孔丘、曰、是魯孔丘與、對曰是也、曰是知津矣、問於桀溺、桀溺曰、子爲誰、曰爲仲由、曰是魯孔丘之徒與、對曰、然、曰滔滔者天下皆是也、而誰以易之、且而與其從辟人之士也、豈若從辟世之哉、ユウ而不輟、子路行以告、夫子憮然曰、鳥獣不可與同群也、吾非斯人之徒與而誰與、天下有道、丘不與易也、

長沮(ちょうそ)と桀溺(けつでき)と 耦(ぐう)して耕す。孔子これを過(よぎ)り、 子路(しろ)をして津(しん)を問わしむ。 長沮(ちょうそ)曰く、かの輿(たづな)を 執(と)る者は誰(たれ)とかなす。子路曰く、 孔丘(こうきゅう)たり。曰く、これ魯(ろ)の孔丘か。 曰く、これなり。曰く、これならば津(しん)を知れり。桀溺(けつでき)に問う。 桀溺(けつでき)曰く、子は誰(たれ)とかなす。曰く、 仲由(ちゅうゆう)たり。曰く、これ魯(ろ) の孔丘の徒か。対えて曰く、しかり。曰く、滔滔 (とうとう)たる者は、天下みなこれなり。しかして誰(たれ) かもってこれに易(たが)わん。かつ 而(なんじ)はその人を辟(さ)くるの士に従わんよりは、あに世を 辟(さ)くるの士に従うにしかんや、と。?(ゆう) して輟(や)めず。子路行(さ)りてもって告ぐ。夫子 憮然(ぶぜん)として曰く、鳥と獣とはともに羣 (ぐん) われはこの人の徒にあらず。 而(なんじ)とともに誰(たれ)に 与(くみ)せん。天下の有道には、丘は 与(くみ)し易(たが)わざるなり。


72-先進第十一11-25


子路曾皙冉有公西華、侍坐、子曰、以吾一日長乎爾、無吾以也、居則曰、不吾知也、如或知爾則何以哉、子路率爾對曰、千乘之國、攝乎大國之間、加之以師旅、因之以飢饉、由也爲之、比及三年、可使有勇且知方也、夫子哂之、求爾何如、對曰、方六七十、如五六十、求也爲之、比及三年、可使足民也、如其禮樂、以俟君子、赤爾何如、對曰、非曰能之也、願學焉、宗廟之事、如會同、端章甫、願爲小相焉、點爾何如、鼓瑟希、鏗爾舎瑟而作、對曰、異乎三子者之撰、子曰、何傷乎、亦各言其志也、曰、莫春者春服既成、得冠者五六人童子六七人、浴乎沂、風乎舞雩 、詠而歸、夫子喟然歎曰、吾與點也、三子者出、曾皙後、夫三子者之言何如、子曰、亦各言其志也已矣、曰、夫子何哂由也、子曰、爲國以禮、其言不譲、是故哂之、唯求則非邦也與、安見方六七十如五六十而非邦也者、唯赤則非邦也與、宗廟之事如會同非諸侯如之何、赤也爲之小相、孰能爲之大相、

子路(しろ)・曾晳(そうせき)・冉有(ぜんゆう)・公西華(こうせいか)、侍坐(じざ)す。子(し)曰(いわ)く、われ一日なんじに長ずるをもって、われをもってするなかれ。居(お)りてはすなわち曰く、われを知らざるなり、と。もしなんじを知るものあらば、すなわち何をもってせんや。子路、率爾(そつじ)として対(こた)えて曰く、千乗(せんじょう)の国、大国の間(あいだ)に摂(はさ)まれ、これに加うるに師旅(しりょ)をもってし、これによるに饑饉(ききん)をもってす。由(ゆう)やこれを為(おさ)め、三年に及ぶ比(ころ)おい、勇ありてかつ方(ほう)を知らしむべきなり。夫子、これを哂(わら)う。求、なんじはいかん。対えて曰く、方(ほう)、六、七十、もしくは五、六十、求やこれを為(おさ)め、三年に及ぶ比(ころ)おい、民を足らしむべし。その礼楽のごときは、もって君子を俟(ま)たん。赤(せき)、なんじはいかん。対えて曰く、これをよくすると曰うにはあらず。願わくはこれを学ばん。宗廟の事、もしくは会同(かいどう)に、端章甫(たんしょうほ)して、願わくは小相とならん。点、なんじはいかん。瑟(しつ)を鼓すること希(まれ)なり。鏗爾(こうじ)として瑟を舎(お)いて作(た)つ。対えて曰く、三子者(さんししゃ)の撰に異なり。子(し)曰(いわ)く、なんぞ傷(いた)まんや。またおのおのその志を言うなり。曰く、暮春(ぼしゅん)には、春服すでに成る。冠する者五、六人、童子六、七人、沂(き)に浴し、舞雩(ぶう)に風し、詠(えい)じて帰らん。夫子、喟然(きぜん)として歎じて曰く、われは点に与(くみ)せん。三子者出ず。曾晳(そうせき)後(おく)る。曾晳(そうせき)曰く、かの三子者の言はいかん。子(し)曰(いわ)く、またおのおのその志(こころざし)を言うのみ。曰く、夫子、なんぞ由を哂(わら)うや。曰く、国を為(おさ)むるには礼をもってす。その言譲(ゆず)らず。このゆえにこれを哂(わら)う。ただ求はすなわち邦にあらざるか。いずくんぞ方(ほう)六、七十、もしくは五、六十にして、邦にあらざる者を見んや。ただ赤はすなわち邦にあらざるか。宗廟(そうびょう)、会同(かいどう)は諸侯にあらずしてなんぞ。赤やこれが小たらば、たれかよくこれが大(だい)とならん。


(八) 幸福論ー政治を通じて

73-子路第十三13-16

葉公問政、子曰、近者説、遠者來、

葉公(しょうこう)、政(まつりごと)を問う。子(し)曰(いわ)く、近き者説(よろこ)べば、遠き者来(きた)る。


74-憲問第十四14-45

子路問君子、子曰、脩己以敬、曰如斯而已乎、曰脩己以安人、曰如斯而已乎、曰脩己以安百姓、脩己以安百姓、尭舜其猶病諸、

子路、君子を問う。子(し)曰(いわ)く、おのれを脩(おさ)むるに敬をもってす。曰く、かくのごときのみか。曰く、おのれを脩めてもって人を安(やす)んず。曰くかくのごときのみか。曰く、おのれを脩めてもって百姓(ひゃくせい)を安んぜん。おのれを脩めてもって百姓を安んずるは、堯舜(ぎょうしゅん)もそれなおこれを病(や)めり。



75-為政第二02-01

子曰、爲政以徳、譬如北辰居其所、而衆星共之、

子(し)曰(いわ)く、政(まつりごと)をなすに徳をもってす。たとえば北辰(ほくしん)のその所に居て衆星(しゅうせい)のこれに共(むか)うがごときなり。

English


76-雍也第六06-28

子貢曰、如能博施於民、而能濟衆者、何如、可謂仁乎、子曰、何事於仁、必也聖乎、尭舜其猶病諸、夫仁者己欲立而立人、己欲逹而逹人、能近取譬、可謂仁之方也已、

子貢(しこう)曰く、もし博(ひろ)く民に施(ほどこ)してよく衆を済(すく)うものあらばいかんぞや。仁と謂うべきか。子(し)曰(いわ)く、なんぞ仁を事(こと)とせん。必ずや聖か。尭舜(ぎょうしゅん)もそれなおこれを病(や)めり。それ仁者(じんしゃ)はおのれ立たんと欲して人を立て、おのれ達せんと欲して人を達せしむ。よく近く譬(たと)えを取る。仁の方(ほう)と謂うべきのみ。


77-子路第十三13-01

子路問政、子曰、先之勞之、請益、曰、無倦、

子路(しろ)、政(まつりごと)を問う。子(し)曰(いわ)く、これに先んじ、これを労(ねぎら)う。益(えき)を請う。曰く、倦(う)むことなかれ。

English


78-為政第二02-19

哀公問曰、何爲則民服、孔子對曰、擧直錯諸枉、則民服、擧枉錯諸直、則民不服、

哀公(あいこう)問うて曰わく、いかにすればすなわち民服(ふく)せん。孔子対(こた)えて曰く、直(なお)きを挙げて、これを枉(まが)れるに錯(お)けば民服せん。枉(まが)れるを挙げて、これを直きに錯(お)けば、民服(ふく)せざらん。


79-顔淵第十二12-22

樊遅問仁、子曰愛人、問知、子曰知人、樊遅未達、子曰、擧直錯諸在、能使枉者直、樊遅退、見子夏曰、嚮也吾見於夫子而問知、子曰、擧直錯諸枉、能使枉者直、何謂也、子夏曰、富哉是言乎、舜有天下、選於衆擧皐陶、不仁者

樊遅(はんち)、仁を問う。子(し)曰(いわ)く、人を愛す。知を問う。子(し)曰(いわ)く、人を知る。樊遅(はんち)いまだ達せず。子(し)曰(いわ)く、直(なお)きを挙げてこれを枉(まが)れるに錯(お)き、よく枉(まが)れる者をして直(なお)からしむ。樊遅(はんち)退く。子夏(しか)を見て曰く、郷(さき)にやわれ夫子に見えて知を問うに、子曰く、直きを挙げてこれを枉(まが)れるに錯(お)き、よく枉れる者をして直からしむ、と。何の謂いぞや。子夏曰く、富めるかな、言や。舜(しゅん)、天下を有(たも)ち、衆より選んで皐陶(こうよう)を挙げて、不仁者、遠ざかる。湯(とう)、天下を有(たも)ち、衆より選んで伊尹(いいん)を挙げて、不仁者、遠ざかれり。


80-子路第十三13-09

子適衛、冉有僕、子曰、庶矣哉、冉有曰、既庶矣、叉何加焉、曰富之、曰既富矣、叉何加焉、曰教之、

子、衛(えい)に適(ゆ)く。冉有(ぜんゆう)、僕(ぼく)たり。子(し)曰(いわ)く、庶(おお)いかな。冉有曰く、すでに庶(おお)し。また何をか加えん。曰く、これを富(と)まさん。曰く、すでに富めば、また何をか加えん。曰く、これに教(おし)えん。


81-顔淵第十二12-07

子貢問政、子曰、足食足兵、民信之矣、子貢曰、必不得已而去、於斯三者、何先、曰去兵、曰必不得已而去、於斯二者、何先、曰去食、自古皆有死、民無信不立、

子貢(しこう)、政(まつりごと)を問う。子(し)曰(いわ)く、食を足(た)らわし、兵を足らわし、民にこれを信ぜしむ。子貢曰く、必ずやむを得ずして去らば、この三者においていずれを先(さき)にせん。曰く、兵を去る。子貢曰く、必ずやむを得ずして去らば、この二者においていずれを先(さき)にせん。曰く、食を去る。古(いにしえ)よりみな死あり、民、信なければ立たず。


82-顔淵第十二12-09

哀公問於有若曰、年饑用不足、如之何、有若對曰、盍徹乎、曰、二吾猶不足、如之何其徹也、對曰、百姓足、君孰與不足、百姓不足、君孰與足、

哀公(あいこう)、有若(ゆうじゃく)に問うて曰く、年饑(う)えて用足らず。これをいかんせん。有若、対えて曰く、なんぞ徹(てっ)せざるや。曰く、二なるもわれなお足れりとせず。これをいかんぞそれ徹せんや。対えて曰く、百姓(ひゃくせい)足らば、君たれとともにか足らざらん。百姓足らずんば、君たれとともにか足(た)らん。


83-顔淵第十二12-11

齊景公問政於孔子、孔子對曰、君君。臣臣、父父、子子、公曰、善哉、信如君不君、臣不臣、父不父、子不子、雖有粟、吾豈得而食諸、

斉(せい)の景公(けいこう)、政(まつりごと)を孔子に問う。孔子対(こた)えて曰く、君を君とし、臣を臣とし、父を父とし、子を子とす。公曰く、善(よ)いかな。まことにもし、君、君とせられず、臣、臣とせられず、父、父とせられず、子、子とせられずんば、粟(ぞく)ありといえども、われ得てこれを食(くら)わんや。


84-憲問第十四14-17

子路曰、桓公殺公子糾、召忽死之、管仲不死、曰未仁乎、子曰、桓公九合諸侯、不以兵車、管仲之力也、如其仁、如其仁、

子路(しろ)曰く、桓公(かんこう)、公子糾(こうしきゅう)を殺して、召忽(しょうこつ)これに死し、管仲(かんちゅう)は死せず。いまだ仁ならずといわんか。子(し)曰(いわ)く、桓公は諸侯を九合(きゅうごう)し、兵車をもってせざるは、管仲の力なり。その仁を如(いかん)せん、その仁を如(いかん)せん。


85-憲問第十四14-18

子貢曰、管仲非仁者與、桓公殺公子糾、不能死、叉相之、子曰、管仲相桓公覇諸侯、一匡天下、民到于今受其賜、微管仲、吾其被髪左衽矣、豈若匹夫匹婦之爲諒也、自経於溝涜而莫之知也、

子貢(しこう)曰く、管仲(かんちゅう)は非仁なる者か。桓公(かんこう)、公子糾(こうしきゅう)を殺したるに、死するあたわず。またこれに相(しょう)たり。子(し)曰(いわ)く、管仲は桓公を相(しょう)とし、諸侯に覇(は)たらしめ、天下を一匡(いっきょう)す。民、今に到(いた)るまで、その賜(し)を受く。管仲微(なか)りせば、われそれ髪(はつ)を被(こうむ)り、衽(えり)を左にせん。あに匹夫(ひっぷ)匹婦(ひっぷ)の諒(まこと)をなし、みずから溝涜(こうとく)に経(くび)れてこれを知るなきがごとくせんや。


(九) 運命ーそして別れ

86-公冶長第五05-06

子曰、道不行、乘桴浮于海、從我者其由也與、子路聞之喜、子曰、由也、好勇過我、無所取材、

子(し)曰(いわ)く、道行(おこな)われず、桴(いかだ)に乗りて海に浮ばん。われに従う者はそれ由(ゆう)なるか。子路(しろ)、これを聞いて喜ぶ。子(し)曰(いわ)く、由や勇を好むことわれに過(す)ぐ。材(よろしき)を取るところなし。


87-八イツ第三03-24

儀封人請見、曰、君子之至於斯也、吾未嘗不得見也、從者見之、出曰、二三子何患者於喪乎、天下之無道也久矣、天將以夫子爲木鐸、

儀(ぎ)の封人(ほうじん)、見(まみ)えんことを請(こ)うて曰く、君子のここに至るや、われいまだかつて得て見(み)えずんばあらず、と。従者(じゅうしゃ)、これを見(まみ)えしむ。出(い)でて曰く、二三子(にさんし)、なんぞ喪(うしな)うを患(うれ)えんや。天下の道なきや久し。天、まさに夫子(ふうし)をもって木鐸(ぼくたく)となさんとするなり。


88-憲問第十四14-37

子曰、莫我知也夫、子貢曰、何爲其莫知子也、子曰、不怨天、不尤人、下學而上達、知我者其天乎、

子(し)曰(いわ)く、われを知るものなきかな。子貢(しこう)曰く、何すれぞそれ子を知るなからんや。子(し)曰(いわ)く、天を怨(うら)みず、人を尤(とが)めず、下学(かがく)して上達(じょうたつ)す。われを知る者は、それ天(てん)なるか。


89-子罕第九09-16

子在川上曰、逝者如斯夫、不舎晝夜、

子、川の上(ほとり)にありて曰く、逝(ゆ)くものはかくのごときかな、昼夜を舎(お)かず。


90-尭曰第二十20-03

孔子曰、不知命、無以爲君子也、不知禮、無以立也、不知言、無以知人也、

孔子曰く、命(めい)を知らざれば、以って君子たること無きなり。礼を知らざれば、以って立(た)つこと無きなり。言(げん)を知らざれば、以って人を知(し)ること無きなり。


論語のことば  (終)


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孔子は、よきリーダーとなるために
人間としての「徳」を身につけなさい、そのための努力をしなさいと説いています。
論語は日本の文化 (日本訳) (英訳)、 四書五経は日本の文化(温故知新)
( 人は心で動く ) ( 利をみて義を思う )

上に立つ者(リーダー)は、それなりの器量と人格がなくてはいけません

  ・仁 (思いやりの心)
  ・義 (人間としての正しいすじ道)
  ・礼 (他の人に敬意を示す作法)
  ・勇 (決断力)
  ・智 (洞察力、物ごとを判断する働き)
  ・謙 (謙虚、つつましくひかえめ)
  ・信 (うそをつかない約束を守る)
  ・忠 (まごころ)
  ・寛 (寛容、心が広く人のあやまちを受け入れる)

の自分を律する倫理性(徳)をもたなければならないと孔子は説いています。



江守孝三 Emori Kozo

(姉妹篇 A) 論 語 Rongo :原文、読み下し
序 學而第一 為政第二 八佾 第三 里仁第四 公冶長第五 雍也第六 述而第七 泰伯第八 子罕第九 郷党第十 先進第十一 顔淵第十二 子路第十三 憲問第十四 衛霊公第十五 季氏第十六 陽貨第十七 微子第十八 子張第十九 尭曰第二十
(姉妹篇 B)  論 語Rongo: 原文,読み下し ,日本語Japanese ,英語English ,フランス語French ,ドイツ語German
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