論語教育 道徳教育 論語は日本の文化 《徳=仁.義.礼.勇.智.謙.信.忠.寛》 孔子 儒教
序
學而第一
為政第二
八
第三
里仁第四
公冶長第五
雍也第六
述而第七
泰伯第八
子罕第九
郷党第十
先進第十一
顔淵第十二
子路第十三
憲問第十四
衛霊公第十五
季氏第十六
陽貨第十七
微子第十八
子張第十九
尭曰第二十
論 語
(子張 第十九 )
19-01
子張
(
しちょう
)
曰く、士は
危
(
あやう
)
きを見ては
命
(
いのち
)
を致し、
得
(
う
)
るを見ては義を思い、
祭
(
まつり
)
には敬を思い、
喪
(
も
)
には哀を思う。それ
可
(
か
)
なるのみ。
19-02
子張
(
しちょう
)
曰く、徳を
執
(
と
)
ること
弘
(
ひろ
)
からず、道を信ずること
篤
(
あつ
)
からずんば、いずくんぞよく
有
(
あ
)
りとなし、いずくんぞよく
亡
(
な
)
しとなさん。
19-03
子夏
(
しか
)
の門人、交わりを
子張
(
しちょう
)
に問う。子張曰く、子夏は
何
(
なに
)
とか云える。
対
(
こた
)
えて曰く、子夏の曰えるは、可なる者はこれに
与
(
くみ
)
し、その不可なる者はこれを
拒
(
こば
)
め、とあり。子張曰く、わが聞けるところに異なり。君子は賢を尊んで衆を
容
(
い
)
れ、善を
嘉
(
よ
)
みして不能を
矜
(
あわれ
)
む、と。われの大賢なるか。人において何の容れざるところぞ。われの不賢なるか。人まさにわれを
拒
(
こば
)
まんとす。これをいかんぞそれ人を
拒
(
こば
)
まんや。
19-04
子夏
(
しか
)
曰く、小道といえども必ず観るべきものあらん。遠きを致すには
泥
(
なず
)
まんことを恐る。ここをもって
君子
(
くんし
)
はなさざるなり。
19-05
子夏
(
しか
)
曰く、日にそのなきところを知り、
月
(
つき
)
にそのよくするところを忘るなし。学を好むと
謂
(
い
)
うべきのみ。
19-06
子夏
(
しか
)
曰く、
博
(
ひろ
)
く学びて
篤
(
あつ
)
く志し、
切
(
せつ
)
に問いて近く思う。仁、その
中
(
うち
)
にあり。
19-07
子夏
(
しか
)
曰く、
百工
(
ひゃくこう
)
は
肆
(
し
)
に居りてもってその事を成し、君子は学んでもってその道を
致
(
いた
)
す。
19-08
子夏
(
しか
)
曰く、小人の
過
(
あやま
)
ちや、必ず
文
(
かざ
)
る。
19-09
子夏
(
しか
)
曰く、君子に
三変
(
さんぺん
)
あり。これを望めば
儼然
(
げんぜん
)
、これに
即
(
つ
)
けば温、その言を聴けば
(
はげ
)
し。
19-10
子夏曰く、君子は信ありてのち、その民を
労
(
ろう
)
す。いまだ信ぜられざれば、すなわちもっておのれを
(
や
)
ましむとなすなり。信ありてのちに
諫
(
いさ
)
む。いまだ信ぜられざれば、もっておのれを
謗
(
そし
)
るとなすなり。
19-11
子夏曰、大徳不踰閑、小徳出入可也、
子夏曰く、大徳、
閑
(
のり
)
を
踰
(
こ
)
えざれば、小徳は
出入
(
しゅつにゅう
)
すとも
可
(
か
)
なり。
19-12
子游
(
しゆう
)
曰く、
子夏
(
しか
)
の門人
小子
(
しょうし
)
は、
洒掃
(
さいそう
)
、応対、進退に当りては可なり。そもそも
末
(
すえ
)
なり。これを
本
(
もと
)
つくるものはすなわちなし。これをいかん。子夏これを聞きて曰く、
噫
(
ああ
)
、
言游
(
げんゆう
)
過
(
あやま
)
てり。君子の道はいずれをか先にして伝え、いずれをか
後
(
のち
)
にして
倦
(
おこた
)
らん。これを草木に
譬
(
たと
)
うれば、
区
(
く
)
してもって別たんや。君子の道はいずくんぞ
誣
(
し
)
うべけんや。始めあり、
卒
(
おわ
)
りある者は、それただ
聖人
(
せいじん
)
か。
19-13
子夏
(
しか
)
曰く、
仕
(
つか
)
えて
優
(
ゆう
)
なれば学び、学びて優なれば
仕
(
つか
)
う。
19-14
子游
(
しゆう
)
曰く、
喪
(
も
)
には
哀
(
あい
)
を致して
止
(
や
)
む。
19-15
子游
(
しゆう
)
曰く、わが友の
張
(
ちょう
)
や、よくし
難
(
がた
)
きをなす。しかれどもいまだ
仁
(
じん
)
ならず。
19-16
曾子
(
そうし
)
曰く、
堂堂
(
どうどう
)
たるかな、
張
(
ちょう
)
や、ともに並んで仁をなし
難
(
がた
)
し。
19-17
曾子
(
そうし
)
曰く、われはこれを夫子に聞く。人いまだみずから
致
(
いた
)
す者あらざるなり。必ずや親の
喪
(
も
)
か、と。
19-18
曾子
(
そうし
)
曰く、われはこれを夫子に聞けり。
孟荘子
(
もうそうし
)
の孝や、その
他
(
た
)
はよくすべきなり。その父の
臣
(
しん
)
と父の
政
(
まつりごと
)
とを改めざるは、これよくし
難
(
がた
)
きなり、と。
19-19
孟氏
(
もうし
)
、
陽膚
(
ようふ
)
をして
士師
(
しし
)
たらしむ。
曾子
(
そうし
)
に問う。曾子曰く、
上
(
かみ
)
、その道を失い、民
散
(
さん
)
ずること久し。もしその情を
得
(
え
)
んとせば、
哀矜
(
あいきょう
)
して
喜
(
この
)
むことあるなかれ。
19-20
子貢
(
しこう
)
曰く、
紂
(
ちゅう
)
の不善は、かくのごとくこれ
甚
(
はなはだ
)
しきにあらざりしなり。ここをもって君子は下流に居ることを
悪
(
にく
)
む。天下の悪みなこれに
帰
(
き
)
すればなり。
19-21
子貢
(
しこう
)
曰く、君子の
過
(
あやま
)
ちや、
日月
(
じつげつ
)
の
食
(
しょく
)
のごとし。
過
(
あやま
)
てば人みなこれを見る。
更
(
あらた
)
むれば人みなこれを
仰
(
あお
)
ぐ。
19-22
衛
(
えい
)
の
公孫朝
(
こうそんちょう
)
、
子貢
(
しこう
)
に問うて曰く、
仲尼
(
ちゅうじ
)
はいずくにか学べる。子貢曰く、文武の道、いまだ地に
墜
(
お
)
ちず、人にあり。
賢者
(
けんじゃ
)
はその大なる者を
識
(
し
)
り、
不賢者
(
ふけんじゃ
)
はその小なる者を
識
(
し
)
る。文武の道あらざることなし。夫子いずくにか学ばざるあらん。しこうしてまたなんの
常師
(
じょうし
)
かこれあらん。
19-23
叔孫武叔
(
しゅくそんぶしゅく
)
、
大夫
(
たいふ
)
に
朝
(
ちょう
)
に語りて曰く、
子貢
(
しこう
)
は
仲尼
(
ちゅうじ
)
よりも賢なり、と。
子服景伯
(
しふくけいはく
)
もって子貢に告ぐ。子貢曰く、これを
宮牆
(
きゅうしょう
)
に
譬
(
たと
)
うれば、
賜
(
し
)
の
牆
(
しょう
)
や肩に及ぶ。
室家
(
しっか
)
の
好
(
よ
)
きを
?
(
うかが
)
い見る。夫子の
牆
(
しょう
)
は
数仞
(
すうじん
)
なり。その門を得て入るにあらざれば、
宗廟
(
そうびょう
)
の美、
百官
(
ひゃくかん
)
の富を見ず。その門を
得
(
う
)
る者、あるいは
寡
(
すく
)
なしと、夫子のいえる、また
宜
(
うべ
)
ならずや。
19-24
叔孫武叔
(
しゅくそんぶしゅく
)
、
仲尼
(
ちゅうじ
)
を
毀
(
そし
)
る。
子貢
(
しこう
)
曰く、もってなすなきなり。仲尼は
毀
(
そし
)
るべからざるなり。他人の賢者は
丘陵
(
きゅうりょう
)
なり。なお
踰
(
こ
)
ゆべきなり。仲尼は
日月
(
じつげつ
)
なり。得て
踰
(
こ
)
ゆるなし。人みずから絶たんと欲すといえども、それなんぞ
日月
(
じつげつ
)
において
傷
(
やぶ
)
らんや。
多
(
まさ
)
にその量を知らざるを
見
(
あらわ
)
すのみなり。
19-25
陳子禽
(
ちんしきん
)
、
子貢
(
しこう
)
に謂いて曰く、子は恭をなすなり。
仲尼
(
ちゅうじ
)
はあに子よりも賢ならんや。子貢曰く、君子は
一言
(
いちげん
)
、もって知となし、一言、もって不知となす。言は
慎
(
つつし
)
まざるべからざるなり。夫子の及ぶべからざるや、なお天の
階
(
かい
)
して
升
(
のぼ
)
るべからざるがごときなり。夫子にして
邦家
(
ほうか
)
を得たらんには、いわゆる、これを立つればここに立ち、これを
道
(
みちび
)
けばここに行き、これを
綏
(
やす
)
んずればここに
来
(
きた
)
り、これを動かせばここに
和
(
やわ
)
らぐ。その
生
(
い
)
くるや
栄
(
はえ
)
あり、その死するや
哀
(
かな
)
しまる。これをいかんぞそれ
及
(
およ
)
ぶべけんや。
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